広島から 中国総領事館 誘致に待ったをかける -63ページ目

広島から 中国総領事館 誘致に待ったをかける

広島に県、市、県議会、市議会、経済団体を挙げ、中国総領事館を誘致する計画があります。
経済にばかり走り、国家安全保障を考えない誘致計画に警鐘を鳴らします。

それにしても、中国人による日本の土地、とくに民有地取得の問題は、考えれば考えるほど深刻だ。

上述の通り、守る側からは手が打てず、手をこまねいて事態が悪化するのを待ち、目に見えるようになって、勝ち目の乏しくなった戦いを強いられる。実は公有地というのは民有地よりもずっと守りやすい。すでに名古屋、新潟で見られてきた通り、住民の反対運動で、計画自体白紙に戻すことが可能であるからだ。

しかし、民有地の場合、そうはいかない。取引の自由がある。土地取得までは勝手にやられてしまう。そして、今回のように所有権の移転など個人的な取引の内容は公開されないのが普通である。新光町の土地も、中国側が領事館を建設せず、所有権取得を周辺住民に知らせず、そのまま駐車場として使い続けることもできた。問題は領事館に留まらない。日本各地で、すでに多くの土地が我々の知らないところで取られてしまっている。

これを防ぐには思いのほか多くの法改正ないし、新法成立によらなければならない。外国人への土地取得を規制するのはもちろんだが、それだけでは足りない、ザル法の誹りを免れない。なぜなら当然、”日本人”が買っていくからだ。中共の工作員が、中国国籍のまま日本の土地を買うようなことをするか?ゆるゆるになった帰化要件のハードルも高く設定し直さなければならない。これも急務だ。すでに”日本人”になってしまった工作員たちによる土地取得をどのように阻止するのかは、頭の痛い問題だ。一刻も早いスパイ防止法の成立が望まれるが、これも作ったらそれで終わりではなく、実際、運用してみなければちゃんと所期の目的を果たすかどうかわからない。

国会議員は一刻も早く要点を見定めて、関係法をまとめて国会を通さなくてはならない。一律規制ができるよう、さっさと法の網をかけ、全国に目を配り、不備を見届けて、実効性のあるものに修正する。そしてこれを繰り返す。国会議員は法律を作ることが仕事だが、あたかも永遠の時間をかけたいかのようだ。その間に失われる領土ははかりしれない。彼らに圧力をかけないのんびりした国民にも責任がある。


各国が軍事費に金をかけるのはなぜか、ということを考えてみて欲しい。何のために金をつぎ込んで戦闘機を作り、戦車を作り、命を犠牲にしてまで戦うのか?

相手の国土を侵略するため、逆の立場からは、自国の領土を守るためである。

中国共産党にしてみれば、売買取引をするだけで、敵国領土を易々と手にできる今の日本は入れ食いウハウハ状態である。兵を養い、作戦を練って、リスクを取り攻めていく必要はない。ミサイルや潜水艦を作る必要さえない。戦わなくて良いのだ。中国が戦闘機1機作る金、それに乗せるパイロット養成にかける時間と金で、いったいどれほど多くの日本の土地を買えるかを考えたことがあるだろうか?武器を作って訓練している暇があったら、工作員を帰化させて、金を投じて領土を手にする方が早いに決まっている。中国では金はバンバン刷ってしまうから、日本の土地なんか、タダ同然だ。

さらにもっと考え致さなければならないことがある。現在の日本の国土は、だれがどういう犠牲を払って守られたものなのかということである。

かつて日本兵が骸を群れと曝しこの国を守り抜いた。現在生きている我々の努力で獲得したものではない。

鳩山由紀夫は言った。

「日本列島は日本人だけのものじゃない」

たしかにそうだ。民有地でさえ「(現在生きている)日本人だけのものじゃない」。

英霊たちが命を賭して獲得した土地。我々、今生きている日本人は、それを一時的に預かっているだけであるからこそ、自分の意思で、この国の土地の処分(売却)を許されない。この領土をせめて維持し、次の世代の日本人に引き渡すのが役目である。あえて言うなら、所有者というよりも、正当な権利を受け継いだ管理人というべき立場だ。

鳩山が、「日本列島は日本人だけのものじゃない」と言ったとき、実はその言葉に反し、日本列島の処分権を持つという意味で、紛れもなく「(自分たち)日本人だけのもの」だという確信の元に発言している。そうでなければ、つまり所有者でなければ、外国人のために勝手に日本を開放したり、売ったり(処分)することはできないからである。この不遜の輩の頭の中、そこには、英霊もいなければ、子孫もいない。歴史さえ存在しない。

ただ、自分だけが存在する、徹底した利己主義の世界。これこそ世界市民主義の正体だ。
新潟で民間の土地が買われたという記事が2011年12月から出始めていた。万代小学校跡地売却が市民の反対で頓挫した時から、中国側が次善の策として当然打ってくるだろうと予測された話だった。今回、一生懸命になって登記を探した人も何人かいたようだ。しかし、登記に注目しても売却阻止の役には立たない。

2012.3.2日経
新潟、中国が総領事館移転へ土地取得 環日本海の交流深化期待
http://www.nikkei.com/news/local/article/g=96958A9C93819490E2E3E2E4818DE2E3E2E1E0E2E3E09EE0E3E2E2E2;n=9694E3E4E3E0E0E2E2EBE0E0E4E6

日経の記事は少しおかしな記事。「売ります」に「買います」の合意があれば、土地の代金が払われていなくても売買契約は成立し所有権は移転する。所有権移転登記が行なわれることで所有権が移転するわけでもない。日本の土地登記制度においては登記に公信力がなく、登記簿が真の所有者を示すわけではない。登記簿を見て土地の所有者がすっきりわかれば司法書士はいらない。そもそも所有権を取得した後、登記を行なわず、そのまま放置しておいても構わない(この場合、真の所有者は登記簿とは関係ないところに存在する)のだ。

今回の件も、未だ「登記簿上は同企業(新潟市内の民間企業)が所有している」のであり、所有権移転登記前に、土地取得は関係者への取材で明らかにされ「中国が総領事館の移転先として新潟市の県庁の近くにある広大な土地を取得する契約を結んでいたことがわかりました」(http://www.youtube.com/watch?v=fccQ3a9M6P8)
と、ニュースが流している通りである。何の情報も持たずに、ただ今の登記を見ても、中国が土地を取得したようには見えないのだ。


これまで中国が、公館用に公有地ばかりを狙ってきたのは、公有地がまとまった一等地であったからで、民間で同じような条件がそろう物件が転がっていれば、そちらの方が取得しやすいので、とっくに取得されているはずであった。しかし、県庁所在地の駅周辺など、民有地で、広く、形の良い優良物件は転がってはいない。

今回、新潟で取得された民有地は、中央区新光町15。google 地図で検索してみたところ、県庁の庁舎から約400m、日本海に注ぐ信濃川の河口に面した一等地で、14,900㎡ ほど。なぜ万代小学校に優先して押さえなかったのか、不思議なほどの場所なのだ。

ということは、おそらく、万代小学校の話が頓挫した後、中国側が秘密裏に、特定の地主に絞り込み、一年間かけて交渉を重ねた結果、やっとまとめた話なんだろう。それも、破格の金額提示があって初めてできる話だ。もし登記簿を見るというのならば、前の所有者を特定しその財政状況を調べた方が、今後への対策になるだろう。どこの企業がどういう状況下で手放す決意をしたのか、ということだ。

中国側の進め方はいたって下手で、いくら土地取得が成功しても、住民の不信感をそのままに土地取得を公表すれば、強引な印象は否めず、今後ますます、摩擦は激しくなる。直近の名古屋の例を経験しながらこうなのだから、移転、建設に時間をかけるつもりは毛頭ないという意思表示なんだろう。地方の反対住民の付け入る隙があるとすれば、こういう中国側の進め方の荒さにある。
新潟の民有地売却問題が動いている。

以下の動画は、すべて2012年3月2日に起きたことを即日報道したもの。

中国総領事館 県庁近くの1万5000㎡購入へ
http://www.youtube.com/watch?v=QemCT7ViIEQ(5’50”)
中国総領事館 移転へ広大な土地を取得
http://www.youtube.com/watch?v=fccQ3a9M6P8(2’01”)

平成24年3月2日新潟市議会 佐々木薫議員×篠田昭新潟市長
『新潟中国総領事館 民有地売却問題』
http://www.nicovideo.jp/watch/sm17128743(33’23”)

篠田市長は、要するに、安全保障、外交は国の専管だから新潟の問題ではないと繰り返している。そもそもこの答弁の根底には、国家という観念が抜け落ちており、たとえ外交・防衛の最終的な判断が国によるとしても、その国にこの識見が欠けている場合、地方からであっても、必要な意見、反対を申し入れ、国に対し判断の変更を迫ることができるという感覚がない。これは現在、まさに名古屋で行なわれている。

名古屋でやっていることを篠田新潟市長が行わない理由は、次の発言に集約されている。

「これまでの請願、ならびに市民の皆様のご意見、そして議会、地域の皆様のご意見を大きく総括致しますと、中国総領事館については長年の新潟の要望が実ったことであり、今後日中の交流、これを促進していくのは、大きい方向としてお認めをいただいている」(7’03”~7’25)

中国との関係促進の方向を明示している。安全保障は国の専管という見方を繰り返し示しながら、安全保障の問題が存在しているとはまったく考えてはいないのだ。国際情勢の変化とともに民意も変化しており、伴って市の方針も変わって良いのだが、そのような柔軟性も示されていない。
広島市東区牛田東3丁目には、日本で唯一のチベット仏教の僧院がある。
http://www.mmba.jp/zurde/access
細々とではあるが、チベット仏教は広島を一つの拠点として日本に紹介されている。しかし、これもまた市民にはほとんど知られていない。

当の広島県は「中国政府の人権に関する問題など外交に関する事項については,国の専管事項であり、コメントする立場にない」と回答している。

では政府はどうだろうか。声を上げることができるだろうか?

政府要人には、早くから問題に着目し、活動を行ってきた人もいる。先月 WEDGE Infinity に、チベット亡命政権から野田首相に親書が渡っているという記事が掲載され、折しも、3月10日のチベット民族蜂起記念日が来週に迫っている。中共がこれを口実に省内のチベット人を逮捕、殺害する事態が心配される。

ようやく政府の人となり、政治思想を国政に反映できるようになった、牧野聖修経済産業副大臣に、記事の事実関係を含め、時を移さず、問い合わせを行なった。

ホームページの表紙には、ダライ・ラマとの握手の写真。
http://www.seishu.org/

今回は基本的な2つの質問だけをぶつけてみた。回答によっては第二第三のメールを用意する。

以下、全文
=====
牧野 聖修 様

不躾に突然メールを差し上げますことをお許しください。私は広島市に住む一市民で × × と申します。
組織・団体とは関係なく個人の資格でこのメールを認めております。

チベットに関するご著書『ダライ・ラマの微笑』を拝読いたしました。ご著書を通し、日本の国会議員の中でいち早く、チベットの人権問題に関心を寄せ取り組んでこられた様子を垣間見させていただきました。政府が抱える問題についても、短いながら明瞭に指摘されています。

政府内だけでなく議員の中でもひときわ真摯な、付け焼き刃ではない取り組みをされてこられたことに敬意と信頼を寄せております。

さて、先月、2012年02月24日、WEDGE Infinity(WEDGE web版)に有本香さんによる「チベット亡命政権から野田総理への親書」と題する記事が掲載されました。
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/1726?page=1
この記事は、掲載から一週間経った今も注目を集め WEDGE Infinity で、記事アクセスランキングの1位になっています。

多くの人々が関心を寄せるのは、この記事に書かれていることが真実であれば看過できないものがあると考えるからであると思います。

二点、質問にご回答いただけたら幸いです。

1. 有本香さんが公表した野田総理宛の親書はほんとうに存在し、野田総理に届けられていますか。
2. 1 の答えが Yes であるとの前提の上で、今後、政府は何らかのアクションを起こすことを予定していますか。

牧野副大臣に対してこの質問をお送りするのは、右の通り、日本の政治家の中でもっとも深くチベットを理解され、現在は野党の国会議員ではなく、政府側の、それも副大臣の要職に就かれ、野田総理にも近く、日本政府の情報発信に影響力を発揮できる立場になっていらっしゃるからです。よって、他のどなたにも同じ質問をする意味を認めません。

ラクパ・ツォコ氏が書いたとされる親書は「閣下におかれましては、ジュネーブで開かれる国連人権委員会にて、チベットの問題への関心を表明してくださいますよう、お願い申し上げます」という一文で締め括られています。

副大臣は、1994年12月ダラムサラにおける「国連の人権委員会で、チベット支援の協力をして欲しい」との要請に対し「道はまだ遠いと感じ、努力するという返事にとどめた」と記していらっしゃいます。

こう続いています。

テンジンさんが別れ際に言った。『多くの人がこのダラムサラに来て視察をし、私たちを励ましてくれる。それは本当にありがたいことです。でもダラムサラを離れ、本国に戻るとすぐに私たちのことを忘れてしまう人が多い。ミスター牧野は私たちのことを絶対忘れないで欲しい』と涙ながらに言った。
ー『ダライ・ラマの微笑』51ページ

3月10日が近づいており、チベット側に独立の意思がなくても、中共はこれを口実に圧力を強め、犠牲者が増える可能性が高いのではないかと危惧しております。

以上2点につき、どうかお返事をいただけますよう重ねてお願い申し上げます。

住所
氏名
=====
河村たかし名古屋市長の「南京事件はなかったのではないか、討論会をしたい」という発言が波紋を広げている。「話し合いたい」と呼びかけたら「交流を停止する」という回答が返ってきた。

中国側の対応の噛み合わなさが、発言の正しさを決定的に証明している。「話し合おう」と言っただけで、相手の本性を浮き彫りにした河村市長は、まさに急所を押さえたと言える。

J-CASTが、識者の言葉を掲載している。
http://www.j-cast.com/tv/2012/02/23123076.html?p=2
=====
早大大学院の北川正恭教授は「個人の立場で言うならともかく、公人の立場で外交問題を言ったらその責めは本人が厳しく負わなければいけない。ちょっと軽率」
=====

違う。理解していない。

河村市長は、一般的に南京事件に言及したのではなく、南京市が姉妹都市提携をしている日本の自治体の首長として、友好関係を深めるために必要だと思慮したことを述べたまでのことであり、当然、公人の立場で発言しなければ意味がない。軽率なのではなく(今回に限れば)思慮深いのだ。彼は名古屋市長でなければできない発言をしたのだ。

北川教授の思考は、ちょうど先日、広島県がチベット弾圧に対して述べた「中国政府の人権に関する問題など外交に関する事項については,国の専管事項であり,コメントする立場にないと考えます。」という姿勢に通じるものがある。姉妹都市名古屋が南京事件を避けて通るのは、友好県広島が四川省のチベット弾圧に沈黙するのと構図が似ている。

そして河村発言はここからが真骨頂だ。朝日新聞から。
http://www.asahi.com/politics/update/0222/NGY201202220008.html?ref=reca
=====
また、友好都市提携を結んでいる南京市に対し、「友好関係は不変で34年間重ねてきた交流を今後も継続したい」と関係の継続を求めた。
=====
南京市政府が名古屋市との公の交流を当面停止すると発表した」反応へのうまい切り返しだ。簡潔でありながら、名古屋側が誠実な態度であること、また南京市の強硬な姿勢に面し、少しも刺激されていないことを内外に明らかにした。

国政に携わろうと思う者はこの河村の対応をしっかり覚えておくことだ。日本の為政者、識者が今回のような冷静な対応を繰り返すことで、事態を見守る他の国々が「本当は南京大虐殺など、なかったのではないか」という問いかけを始めるようになるのだ。適切な機会を捕らえた識者の発言に、加瀬英明のNEWS WEEK への掲載の例がある。
http://www.youtube.com/watch?v=mNo-DHQYk2U

この正反対が、尖閣諸島での漁船体当たり事件の際の菅直人のやり方だ。彼はこう繰り返していた。「大人の対応」。実際には、理不尽な要求をしてくる相手に対し、何も考えることができず、有効な手を持たず、非力な「幼児の対応」しかできなかったのに、政府は自らの無能を「大人の対応」という真逆の言い換えで粉飾したのである。

日本は相手と対峙することを恐れるあまり、問題を、より一層複雑で解決の難しいものにしてきた。中国と対峙することを恐れてはならない。問題を率直に取り上げることだ。


発言は、また、図らずも?、名城住宅跡地を中国総領事館用地として取得されるという事態を遠のける効果をも引き出したのではないだろうか。今回の”事件”は、名古屋総領事館土地取得移転問題の最中、これまでやられっぱなしだった歴史認識問題を日本の国益に繋げる仕方で利用する知恵を示したものでもある。「歴史認識」を逆手に取った形だ。

今回も中国は「交流の停止」を一方的に通告し、関係をこじれさせておきながら、こじれた責任を相手に負わせるという、いつも通りの、単純で、幼稚な対応に終始している。そしてこれからも、同じ反応を繰り返すものと思われる。中国の政治家が馬鹿だからではなく、日本に対して強硬な姿勢をとらざるを得なくなった国内事情が関係しているからだ。

日本に対してものが言えない”弱腰”な政府は先鋭的な人民の攻撃対象になる。反日を機会に始まる暴動も、やがて矛先が共産党に向けられ、一党支配体制が崩れることになりかねないことを政府は警戒しているのだ。南京事件、靖国参拝など、反日を育てるために利用してきた、まさにその「歴史認識」によって自らの首を絞めるというジレンマに陥っている。日本としては、中国という国のこの特殊な性格を、今後うまく利用することを考えたい。

彼らは日本の中へ侵入する機会を窺っている。経済を介して、またある時は媚中の政治家を利用して関係を深め、抜き差しならない関係にしてしまうというのが、中国の世界戦略である。その中国に自ら「交流を停止する」発言をさせたことは、今や、反日トピックが日本の外交カードになりつつあることを示している。

「ラブレターは結婚するまでは送る側の武器だが、結婚してからは送られた側の武器」。同じモノが攻守逆転して利用される様をよく言い表している。日本鬼子(ひのもとおにこ)に見られたような知恵のある切り返しが、日本外交のお家芸だと信じたい。