広島から 中国総領事館 誘致に待ったをかける -49ページ目

広島から 中国総領事館 誘致に待ったをかける

広島に県、市、県議会、市議会、経済団体を挙げ、中国総領事館を誘致する計画があります。
経済にばかり走り、国家安全保障を考えない誘致計画に警鐘を鳴らします。

このブログが広島への支那総領事館誘致についてしばらく話題にしていないから可能性が遠のいていると考えるのは大きな間違いだ。いつ誘致が決定されてもおかしくない状態は続いている。というよりもむしろ、誘致の可能性は高まっていると断言できる。危険な状態に入っている。

しばらく日支関係は、支那側から関係を断つ、イベント中止を申し入れるなど、地方レベルでも関係が進展しようがないと見ていたので、国政のことを書いていたまでである。ここへ来て、支那の方針転換が明瞭になってきている。

一言で言えば、安倍政権とは対立したままだが、民間と地方を抱え込んで外堀から埋めていこうということである。今までのように使えるパイプを次々に切ってしまっては、日本侵略が遅くなるということに本気で目を向けたのである。

これはぼくの自身の観察であって、どこかの識者が言っていることではないということは、予め断っておく。


昨年、2013年 11月26日から28日まで程永華駐日大使が、明確な目的を持って、劉毅仁駐大阪総領事を伴い、広島、岡山を訪れ、広島県知事と会見している。

程永華大使、劉毅仁駐大阪総領事、湯崎知事の三者を含む会談は、昼食を挟み、かなりの長時間に及んでいる可能性がある。

程永華駐日大使,広島,岡山両県を訪問し,講演
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11月26日から28日まで程永華大使と汪婉夫人は広島、岡山両県を訪問し、広島大学と岡山県各界主催レセプションでそれぞれ講演し、広島県の湯崎英彦知事、岡山県の伊原木隆太知事と会見し、また地方各界と幅広く接触した。劉毅仁駐大阪総領事が随行した。・・・アジアの協力の観点から中日関係の重要性を強調し、両国が地域協力を続け、推進するよう呼びかけた。広島大学の浅原利正学長はじめ教師・学生150人余りが講演会に出席した。講演の後、大使は同大学の中国人留学生代表と親しく会見した。

岡山県各界主催のレセプション・・・岡山市の大森雅夫市長、岡山大学の森田潔学長、岡山県の華僑華人総会、日中友好協会および各界の人々140人余りがレセプションに出席した。

程大使は湯崎広島県知事、伊原木岡山県知事と会見した際、両県が長年、中国との友好都市交流を続けていることを称賛し、両県がそれぞれの発展の優位性と一段と結びつけ、対中協力に力を入れ、互恵ウィンウィンの促進を踏まえ、両国関係の改善と発展で積極的に役割を果たすことを希望した。

湯崎、伊原木両知事は次のように強調した。日本経済の発展は中国と密接不可分で、対中協力を積極的に推進したい。現在の中日関係の政治面の行き詰まりが憂慮される。地方として中国との交流を続け、拡大し、両国民の理解と信頼の増進のため努力する。

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さて、11月26日、程永華駐日大使の広島大学での講演内容を見てみよう。
中国の発展とアジアの未来 程永華駐日大使の広島大学における講演
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貴大学は世界66カ国・地域の1千人近い留学生を受け入れ・・・ています。この1千人のうち、約半数は中国からの学生・・・この機会を借りて、広島大学による中国人留学生の教育とお世話に謝意を表したいと思います。

・・・広島は日本の対外往来の重要な港で、中国はじめアジア各国との頻繁な貿易取引が行われています。広島の地に立てば、アジアが中日共同発展のための空間であり、アジアの未来が中日の将来と運命にかかわることが切実に感じられます

一頃から、中日関係が重大な困難に陥り、両国の交流と協力を妨げ、そのため地方間の協力も一定の影響を受けています。私たちはこのようなことを望んではいません。当面大事なのは、双方が対話と協議を通して釣魚島などの問題の適切な処理策をみつけ、中日関係を正常な軌道に戻すことです。同時に、私たちは各分野の交流と協力を維持し、両国関係改善の条件を整えたいと考えています。

ここにおられる学生の皆さんがもっとアジアに関心を寄せ、中日関係に関心を寄せて、中日間の相互信頼と友誼のため、アジアの連帯と繁栄のために積極的な役割を果たされるよう心から希望する・・・

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広大側の扱い(おまけ)

自分の側から一方的に関係を切っておいて「地方間の協力も一定の影響を受けています。私たちはこのようなことを望んではいません」もないものだが、支那から日本の地方に働きかけて、やりたいことが出てきていることを示している。
「中日関係を正常な軌道に戻す」は、最近、支那要人、機関誌が使う共通の言い回し。
cf.「われわれは広範な日本国民と一緒に、両国関係の基礎を守り、日本の一部勢力の時代逆行に共同で反対し、共同で中日関係を再び正常な発展の軌道に戻す」

ただし、この講演はついでに行なわれただけで、ほんとの用事は、こっち。
知事スケジュール(11月25日~12月1日)
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平成25年11月27日(水曜日)10時00分
中華人民共和国駐日本国特命全権大使 程永華ほか

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「ほか」というのは、上に記したように、劉毅仁駐大阪総領事を指している。これまでも大阪総領事が単独で表敬することはあった。
cf.劉毅仁総領事 広島県知事,県議会議長,広島市長,市議会議長を表敬訪問(2012)

今回は支那の大使が、管轄の総領事を連れて、広島県知事湯崎英彦(広島県日中友好協会顧問)との会談を設定した。同日の次の予定は9時間後にセットされ、十分な時間が割かれている。

翌日、会談の結果を持って岡山県知事と岡山県議会議長を表敬する。
中華人民共和国駐日大使が知事・議長を表敬訪問

これらの会談は、三週間後の12/20に岸田文雄外相(広島県日中友好協会会長)ー程永華会談が組まれたことと無関係ではないと考えられる。この外相との会談も、程永華の要請で行なわれ、支那側に好意的に受け止められていることに注目だ。

直後に首相の靖国参拝があり、せっかくの外相会談が台無しになったと、口惜しそうに(あるいは、口惜しそうなふり、を)している。安倍首相と岸田外相との離間を計ろうとする狙いも感じられる。

程永華大使の「中国大使館・日中友好団体2014年新春会」でのあいさつ全文(2014年2月13日)2014/02/16掲載
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昨年末、日本の指導者が靖国神社に参拝し、中日関係に新たな重大な政治的障害をもたらし、同時に中日間のもとより極めて弱い相互信頼も完全に損ない、中国との対話、交流の基盤を壊してしまいました。

実際のところ、双方各界の苦しい努力で、昨年秋以降には、両国関係に実質的改善はみられないものの、各分野の実務交流に苦境の中で徐々に回復する兆しが現れていました。中国も新たな1年に中日関係をどのように改善するか考えていました。

12月20日、私は岸田外相と会って新たな年の両国関係を検討しました。中国中央テレビ局はこれを直ぐに放送しました。しかし数日後、日本の指導者が靖国神社を参拝し、中国との対話のドアを自ら閉ざし、みなさんの努力と希望は水の泡となりました。
(以下略)
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人民日報 2013年12月22日14:50
中日関係の改善はどれほど先か
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中国側の要請で、中国の程永華駐日大使と日本の岸田外相が20日夕方会談した。会談後、双方はインタビューで「双方は対話を通じて問題を解決すべきであることを確認した」「戦略的互恵関係を正常な軌道に戻すべく努力する」「大変友好的な雰囲気だった」「積極的に対話すべきという点で認識が一致した」など、久しく耳にしなかった言葉をそれぞれ口にした。中日関係に改善の兆しが生じたように見える。
(以下略)
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この会談について日本側のコメントは外務省のホームページで3行だけ。記者会見での言及もなし。
程永華駐日中国大使による岸田外務大臣表敬 平成25年12月20日

日経 外相と駐日中国大使「対話通じて問題を解決」と確認  2013/12/20 19:18
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岸田外相の就任後、程氏と正式に会談するのは初めて。・・・
外務省によると、日中双方は臨時国会閉幕後の時期を狙って会談を調整した
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レコードチャイナ 岸田外相が中国大使と会談、対話で関係改善へ=戦略的互恵関係の発展で一致―日本 2013年12月21日 14時24分
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・・・会談の具体的内容については両者いずれも明らかにしなかった
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(続く)
“従軍”慰安婦による日本バッシングが世界中に広がりつつある。最近は“性奴隷”という、より悪意を剥き出しにした表現が作り出され、流布されている。

日本政府が河野談話を否定しない限り、世界各地の日本(あるいは日系)の民間人による抗議の試みは必ず失敗する。なぜなら、「軍がレイプを指揮したことを日本政府が認めている以上、日本政府の見解に反する主張を行なうお前たちは、右翼活動家、民族主義者、歴史修正主義者だ」という韓国の主張に根拠を与えるからである。

このままでは、日本人が抗議の表明として海外で裁判を起こしても敗訴の判例が積み重なる結果となり、かえって“従軍”慰安婦は事実、日本は非常に悪い国家であったという主張のお膳立てをしてやることになってしまう。

河野談話は、緊急に日本国政府により否定、撤廃され、広く国際社会に伝えられなければならない。

アメリカや支那を恐れ、河野談話の撤廃に及び腰の安倍政権を動かすには、撤廃要求を数多く届ける以外にない。撤廃を求める署名はまだ十万に満たない。あなたはどうするだろうか。

【第3期】「河野談話」撤廃を求める署名のお願い


以下、昨日行なわれた衆院予算委員会の様子を含め、河野談話とは何かをあらゆる角度から、しかもできるだけ手短に理解できるようselectを試みたので、どうぞご参考に。

河野談話 平成5(1993)年8月4日(1'12")

内閣官房内閣外政審議室 いわゆる従軍慰安婦問題について 平成5年8月4日 

外務省 慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話 平成5年8月4日

外務省 歴史問題Q&A 
問5.「従軍慰安婦問題」に対して、日本政府はどのように考えていますか。


【藤井厳喜】従軍慰安婦の全貌― 韓国と反日勢力による捏造の実態を暴く(83'35")

櫻井よしこ 日本を貶め続ける「河野談話」という悪霊

2014-02.20 「慰安婦の証言の裏付け調査は行わなかった」石原信雄元官房副長官 山田宏 衆院予算委員会 1(29'51")

河野太郎公式サイト いわゆる河野談話について 2012年08月31日

なでしこアクションの公開質問状に対する河野洋平の回答

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2.22 追記
リンクに、昨年10月の産経の記事を落としてしまったので追加する。
元慰安婦報告書、ずさん調査浮き彫り 慰安所ない場所で「働いた」など証言曖昧 河野談話の根拠崩れる 2013.10.16

河野談話の誤りについては、これまで非常に多くの、外交評論家、学者、ジャーナリスト、市民団体などにより繰り返し指摘されてきたが、短期的に見て2014年現在の河野談話の見直しを求めるうねりに拍車をかけたのは、上記、昨年10月の産経のスクープである。各方面から高く評価された。

本日未明の産経「主張」も合わせて紹介する。河野談話見直しに向けて行なわれた多くの人たちによる長年の努力の、2/22現在の到達点を表していると言えよう。
[ 主張] 慰安婦問題 談話見直しへ検証急げ 河野氏らの国会招致実現を 2014.2.22 03:31

2013年10月以降の産経の記事には目を通しておきたい。
cf. BLOGOS 木走正水(きばしりまさみず)2013年10月17日
このタイミングで、また水島から出てきてしまった
家族のような思い」「私たちの家族」。
【直言極限】都知事選を終えて明確になった草莽崛起の核[桜H26/2/14]

ほとんど全編に渡り「寒い中、雪の中、一緒に行動してくれた皆さん」、「資金を提供していただいた皆さん」への感謝の言葉に満ちている。そしてまた新しい支援者たちが、感動のコメントを書き込んでいる。あえて文字起こしにとどめ、深く論評しない。

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0'41"~1'24"
まず、都知事選、一緒に戦ってくれました皆さんに、心から御礼を申し上げたいと思います。本当に私は今回汗をかき、涙を流し、寒い中、雪の中、雨の中、一緒に行動してくれた皆さんに、心から御礼を申し上げたいと同時に、同じ時間を共に過ごせたことを、これを一緒に働き、かつまた戦ってくれた皆さんに、感謝を申し上げたいと思います。

5'00~6'48
一番戦った人たちが傷ついたことも私は知っております。そしてその涙も私は知っております。私も同じ思いを皆さんとたぶん共有していると思います。そういう中で私は日本人、あるいは私と共に歩んでいただいた皆さん、田母神俊雄候補を先頭に、そして中心に、一緒に歩んでくれた皆さん、こういう皆さんがいること、これは日本は捨てたものではない、ひとり一人がほんとに日本人らしい、そして日本を愛する、そういった行動に立ち上がってくれたことを、私は一生忘れないと思います。そういう意味で、今回のこの戦いは、第一歩であります。第一歩であります。たとえ初戦、こういう形で破れたとは言えど、私は、新しい勝利への、そういった第一歩を、橋頭堡を築いたことができたとも考えています。それは票の数だけではなく、むしろ、皆さんの力でした。私というものをすべて捨てて、寒い中、雪の中、ポスティングをしていただいた皆さん、あるいは宛名書きをしていただいた皆さん、そして多くの、そんなお金持ちじゃない人が多かったにもかかわらず、なけなしの資金を、支援金として提供していただいた皆さん、本当にたくさんの日本人が、日本を愛する日本人が、無私の精神で、私たちとともに戦ってくれました同志であります戦友であります決して私たちはそれを忘れない、もちろん田母神俊雄候補も、このことは忘れません。

8'05"~最後
私達はできるだけ多くの若い人や、あるいは中高年、こういう人たちの支持、そして女性の支持、こういったものを広げていかなければなりません。これはたんに政策や、あるいは理念で人を集めるだけではなく、まずもって日本人の心、日本人の魂、八紘一宇と言われる家族のような思い誰もが私たちの仲間であり、誰もが私たちの家族である、そういった国民運動、心の、魂の回復運動、こういったものとしてこれからの国民運動を行なっていかなければならないのではないか、そう私は考えるわけであります。草莽崛起の精神は、絶対にくじけることはありません。これからも私たちは皆さんとともに、歩んで行きたいと考えるわけであります。改めまして、共に歩んでくれた、共に汗を流してくれた、共に涙を流してくれた皆さんに心から御礼を申し上げます。今日は以上です。
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一生忘れない」「これからも私たちは皆さんとともに、歩んで行きたい」との言葉の通り、いつか、「一緒に行動してくれた」「同志」「戦友」と呼ばれた人たちが、彼自身により切り捨てられてしまわないことを祈る。

cf. 都知事選を振り返る(1) 水島はどこを向いている
ZARDの坂井泉水が死んだとき、ある評論家が興味深い言葉を残した。

「知ってるか、知らないかではなく、好きか、知らないか。彼女を知っている人は、みんな彼女が好きだった。」

田母神としおという人物を十分、世間に知らしめることができたなら、間違いなく当選していたと思う。しかし、どうか勘違いしないで欲しい。ここで、彼の個人的な魅力、などという末節の話をするつもりはない。支持者たちは、田母神に象徴されるある種の概念、知識を、それを知り得たが故に彼を支持したという話だ。

敗因は、一重に、知名度が低かったこと、選挙期間(周知期間とも言う)が短かったことだ。選対を責める声が上がっているが見当違いだ。そもそも猪瀬辞職を受けて、水島が田母神を擁立しなければ、一連の化学変化は生じなかった。これは選対の最大の功績であって英断であった。

その後も選対は限られた時間内でよく戦った。もちろん何事にも反省点はあるからそれは別途分析するとして、現地で身体を動かして働いた人たちは、だれもが褒められるべきだと思う。

その他にも組織票がない、仲間であるはず??の総理大臣が反対したなど不利な条件が揃った選挙だったが、条件が厳しかっただけに明らかになったことがある。


61万という数をどう評価するか。ぼくの解釈はこうだ。

あと10日あったらどれほど票が伸びていたかわからない。そういうことを考えると61万は、過渡的な段階における、しかも時間切れの、ちょうど鉈でぶった切って中断させて出たような数字であって、数の多少を語るに、いささかそぐわないのじゃないかと思う。

あえて「過渡的な段階における」の意味を申しあげれば、

「戦後の占領を脱して(1952年)62年、そして、たとえば、江藤淳の『閉された言語空間』(1994年)から数えて20年目にして(「日本を主語とした」)都知事候補が初めて出たところで、」

ぐらいの意味だ。日本を回復させる挑戦は、これからも日進月歩で進んでいく。まだ開票の途中みたいなもんだ。

別の角度から見方を提示するなら、政治動向を明らかにするために行われた精度の高い国勢調査だったと見ることもできる。

国内からあえて関東を選び、国民のちょうど10%を超える人口を抱える地域を対象に(分母が大きく当てにできる)、かなり正確な全数調査を行いました、寒くても、天気が悪くても、期日前に行くか、当日行くか、いずれにせよ保守勢力のために投票行動を起こした人が、 0.4614×0.125(全体の投票率 46.14%× 田母神得票率 12.5%)≒ 0.0577 おりました、

つまり、2014年2月の時点で、有権者が(選挙に見向きもしない人を含めて)100人いた場合、明らかに6人はいないが、5人は確実に保守を支持しています、というわけだ。

都市部でだけ通用するデータだと思うなかれ。東京都には檜原村みたいなところもあれば、離島も抱えている。この数は東京以外でもそれほど離れないと思われる。

真冬の大雪のおかげで、安倍が反逆してくれたおかげで、甘さのない貴重なデータが取れた。61万じゃなく、「5%」あるいは「100人中5人」、これが今後の比較の基準値となるのだ。
次は勝ちたいと思うのであれば、チャンネル桜はタブーを設けず、選挙を振り返らなければならない。

水島は誰を大切にしているのか?

ぼくは、テクニカルな問題よりも、桜から出て行った人たちが今回の選挙で田母神の反対に回ったことを憂慮する。

選挙の大勢に影響なかったとはいえ、この動向は無視できない。今後広がれば、保守は日本を変えるほどには知事や議員を当選させることができなくなる。


まず、今回の選挙がどのような出来事の流れの中で組まれたものかを確認したい。

昨年、桜は年初から安倍政権に対する希望的な観測を次々に表明したが、ことごとく外し、保守層に安倍不信が広がるとともに、安倍をいつまでも擁護する水島の姿勢に疑義が唱えられるようになった。※1

WJFなど安倍批判に一定の説得力を持つ他のサイトからの攻撃に対して水島がいちいち神経質に反応したことも災いし、桜に対する批判的なコメントや投書が増えた。10月になって、桜の運営が、連日、夜を徹し徹底的にYouTubeやニコ動に書き込まれたコメントを大量に削除していることがわかってきた。※2

桜の削除は今に始まった事ではないとの声があるが、2013年10月の”粛正”は彼の国の共産党を思わせるほどで、無差別大量に行われ、敵も味方も薙ぎ倒した。二千人委員会や友の会のメンバーとしてそれまでチャンネル桜を資金、精神の両面で支えてきた人たちも、コメント削除の上ブロックされた。書き込めなくなった人たちが、2ちゃんねるや倉山満の動画などへ流れて実態が報告されるに及んで、削除が執拗かつ徹底的であったことが判明する。言論封殺との厳しい批判の声とともに、桜に対する支援をやめる趣旨の書き込みが相次ぎ、桜の経営危機が現実感を持って語られるようになった。

この一連の騒動の最中、二千人委員をやめることになった人の中には、最後まで水島に支持を表明しながら投書し続けたが、番組の中で不適切に扱われ、ブログ上で半狂乱となり、端から見ていても支援を打ち切るのは当然と思えるような気の毒な人もいた。

「家族のような国」を標榜しながら、些細なことで自分の支援者を切って捨ててしまった水島を見て、やがて自分もそのように扱われるのだろうかと思い支援をやめた人もいただろう。無差別削除を経験して、NHKやフジテレビ批判ができる立場なのかを冷静になって考えた人もあっただろう。

これらの経緯をリアルタイムで見ていた者として、今回、彼らが心情的に田母神反対の立場を取ったことには、同情を禁じえない。

チャンネル桜の支援者は常にいるが、個々の支援者は入れ替わっている。同じ論調で支持されるが、支持している者は移り変わっている。振り返ってご覧になればわかる通り、キャスターも、最後には意見が合わなくなり離れて行くケースが少なくない。SNSや2チャンネルなどを読んでいると、以前は支援していたが今はしていないという話をよく見かける。

表から人を大量に入れるが、同時に裏口からも大量に出す。回転ドアのようだ。何に似ているかと言えば、これは一世を風靡した人気カルトの人の流れそのものだ。この方式で維持される組織はやがて力を失い、時代の流れの中で特徴のない通俗的な団体として生き残りを図るか、あるいは消えてなくなる。


経営危機の話は、その後ネット上から急速に消えて行く。ぼくの分析は三つ。
1、月が変わって11月に入ると、水島は見違えるように、行われる批判に一切のコメントをしなくなった。
2、11月下旬『正論』の編集長、上島嘉郎のキャスター起用に成功した。
3、そして新年早々、田母神の都知事選出馬表明である。

騒動を打ち消す目的で思いついたかどうかは別として、人気回復の手段としてはどれも極めて優れていて、これらの方策を矢継ぎ早に打てる力はたいしたものである。皮肉る訳ではないが、安倍の3本の矢よりよほど有効だ。

しかし、選挙戦に際し、水島が選んだ手段は決して褒められたものではない。ここでもやはり、都合良く人を利用する傾向が見える。ぼくはこれが非常に気になっている。

水島は番組の中で、石原慎太郎の姿勢を何度も批判してきた。安倍登板がかかるタイミングで、尖閣の寄付金を国に渡そうとするのは息子の伸晃に首相をやらせるつもりだからだと言ったこともある。櫻井よしことともに、石原慎太郎は何度も番組の中で否定されてきた。あれはどうなったのか。それでも使うのか?

水島の思想やその運動に共感し、組織の末端で二千人委員会や友の会の会員として支えてきた人を切り捨てる一方で、今回の選挙では、最初から保守とはかけ離れた言動をとってきた人も重用された。

選挙中、ブログでは擁護したが、24日の昼、選対に対しぼくは以下のメールを送っている。
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デヴィ夫人が起用されていますが、おやめください。

皇太子廃嫡をブログから呼びかけるなど、田母神候補、また頑張れ日本の運動方針とは著しく思想が異なっており危険です。いつ手のひらが返るかわかりません。

またTBSでの平手打ち騒動も刑事事件に発展する可能性が出ています。他候補の支持者から、すでに印象操作に利用されつつあります。

今後は、デヴィ夫人が表立って田母神候補を応援する機会を、田母神陣営から作らないようお願いします。
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返事はなかった。番組で放送されている街宣を聞いた限りでは優れていたし、選挙にからんで問題を起こしたりすることはなかった。結果オーライという人もいるだろう。しかし、彼女のブログを読んでなお、田母神支援にふさわしい人と言えるのか。

北朝鮮問題に関しまして 2010年04月24日
横田夫妻はいつでも自由に北朝鮮に行けるのに、そうした努力を一切していません。何故 お孫さんや 義理の息子さんに会おうとしないのでしょう。どうして、 拉致事件のようなことが起きたのか、 朝鮮と日本の歴史を研究してみないのでしょうか。 1905年の頃からの歴史をみれば、おのずから判ることです。
現皇太子を廃嫡 『皇太子位を秋篠宮文仁殿下へ移譲』 署名運動  国民は我慢の限界 2011年11月15日
妻(皇太子妃)を 戒めることも 正すことも出来ず、口から出る言葉は、 国家、国民 より、「雅子が」 「愛子が」 では、天皇陛下と 仰がれる筈が ございません。・・・ご結婚前の 凛とした皇太子のお姿の 面影は一切なく小和田家の婿養子のような 皇太子に 天皇を 誰が望みましょう。
北朝鮮に行ってきます! 2012年04月08日
日本では、 北朝鮮の 衛星打ち上げに対して、自衛隊を総動員して、 大騒ぎ。・・・北朝鮮はすでに 過去2回にわたって(2006年、2009年)既にテスト済みであり、世界の宇宙科学者方を招くということは、自信 と 公平さの表れなのです。 それなのに 誤って日本の上空に来たら、(来る筈ありません、 海上なのですから)または 破片が落下したら(宮古島沖なのに)と想定し(そんな必要ないのに)、日・米・韓は、「衛星」を「長距離弾道ミサイル」と決めつけ、 迎撃する準備を整えています。
日本よ 頑張れ!北朝鮮よ 頑張れ! 2012年04月18日
慰安婦として 苦しんだ女性の方々への慰謝料なんて、微々たるものだ。  何故 払って この問題を終わらせないのか。「拉致問題」 より 酷いことを 日本は過去にしてきたのだ。

彼女の起用に関しては保守から批判の声が上がっていた。それでも水島は、彼女を最後まで利用し続けたのだ。田母神も田母神だ。これが繰り返されると、きちんと学び、確かな国家観を身に着けた人たちが支援できなくなる時がやって来るかもしれない。


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※1
8月15日にははっきした形を現している。
【水島総】ある公開質問状への回答 [桜H25/8/15]
番組中で明かされていないが、公開質問状の主は八重垣姫さん。二千人委員会の一人としてチャンネル桜を物心両面で支えてきた。ブログ「まさか、右翼と呼ばないで!」を遡ると、公開質問状は思いつきではなく2ヶ月半も前から意図されていたものだったことがわかる。彼女は安倍を支持する桜に対する信頼が揺らいでいることを度々吐露していた。「チャンネル桜への感謝はずっとあったけれど もう何も期待していない自分を悟ってしまった・・・公開質問状は 水島さんに送付します。ガン無視か、回答もらえるか、面会成るか、・・・それでも私はけじめとして・・・やります」(保守の崩壊2013 / 06 / 30 ( Sun ))

経緯をまとめると。
まず、桜に宛てられた質問状に記載されていた質問は、八重垣姫さんの思いを反映したものとはいえ、彼女が書いているブログ宛てに、複数の読者から届けられてきたものであり、八重垣姫さんの姿勢に対する疑義申し立てである。そしてこれは、「『できるだけ質問のニュアンスを知りたい、生の文章にその質問者の本質が表れるのです。』とチャンネル桜からの希望」(公開質問状に対するチャンネル桜の回答2013 / 08 / 15 ( Thu ))により、あえて編集を行わないまま送られた。

8月10日には桜の水島総、井上敏治、両氏に宛て公開質問状が出され、井上氏から「お送りいただきました公開質問状ですが、近々チャンネル桜の動画にてお答えしたい」旨、彼女の元へ返答があった。八重垣姫さんのところへ質問をした人たちに向かって、彼女自身が「番組で堂々お答えいただけるそうです。しっかり視聴してください。」と報告し、8月15日に回答となる異例の番組が組まれたのが、先の動画である。

こちらのページと並べて試聴すると、水島がまったく事態を把握しないまま、準備もなくいいかげんな番組を放ったことがわかる。

回答を試聴した八重垣姫さんが、「本日、この動画から『あなたはこの動画の所有者によってブロックされています。』と赤い字で出るアク禁にされ」、「なんて愚かな応援をして来たんだろうかと打ちのめされ」(公開質問状に対するチャンネル桜の回答2013 / 08 / 15 ( Thu ))たのは、もっともである。

※2
倉山満×上念司 チャンネルくらら 予告編 公開日: 2013/10/02
この動画のコメント欄は、一度全部目を通してみて欲しい。大量の「ブロックされた」「削除された」というコメント。「今二千人委員会を退会してきた」「 2時間後くらいに消去され・・・ 5年近くSO-TV会員をやってきたのに、気分悪い」なども。