複雑系レトリック~自営業白書~ -55ページ目

「夢とシアワセ」考 その2

ポークソテー


昨日の晩ご飯はポークソテーのピカントソース


それとプレーンオムレツです。



ソースをちょっと焦がしてしまいましたが、まぁ大丈夫な範囲内。あぶねぇあぶねぇ。



さて、本日は昨日の記事 の続編となります。


アヤシイ雰囲気が漂っていますが、法人化とか狙っているわけではありませんのでよろしくおつき合い下さい。



さて、私は「夢はシアワセになるための道具であるべきだ」と思っています。



いや違う!俺は人の役に立ちたいんだ!自分の満足なんてどうでもいいんだ!


いいえ、あなたは人の役に立つことでシアワセを感じているのです。つまり最終的にはやはりあなたの満足のためです。



いや違う!夢はつかみ取るまで努力し続けなければならないんだ!


そうですね、努力する姿は美しいし、その渦中にいること自体が幸福なのかもしれません。

しかしもしも・・もしもですよ、夢を達成した結果、あなたが不幸になるのであればそんなものをいつまでも持っていても仕方ありません。早いとこ捨てて下さい。



私の意見はこんな感じです。私見ですよ、私見(笑



いまさらなんですけどシアワセという言葉の定義を確認させていただきます。



【幸福 こうふく】


不自由や不満もなく、心が満ち足りている・こと(さま)。しあわせ。



この不自由とか不満とかいうのもくせ者です。そもそも自由という言葉はあまりに幅広くて普通に使うのが難しい言葉。

私に言わせれば「心が満ち足りている状態」だけでいいんじゃないかと思っています。




私はすべての人間がシアワセを欲していると考えていますが、じゃあどういう状態になったらシアワセを感じるかという点においては十人いたら十種の答えがあるのだと思います。


・ お金さえあればシアワセだ

・ 時間さえあればシアワセだ

・ 家族が元気でいてくれさえすればシアワセだ

・ 自分が元気でありさえすればシアワセだ

・ 生きているだけでシアワセだ


なんぼでもあります。


つまりこういった多様な価値観をひっくるめて「満ち足りた状態」シアワセと呼んでいるわけです。

これは言葉の問題ですね。



さて、私は今現在、非常に満ち足りていると言い切ることができます。つまり私はシアワセです。


私が今「自分はシアワセだ」と言えるのは、もちろん人から言われたわけではなくて自分で決めていることです。



誰かから「あんたシアワセだね!」と言われて「おおそうか、俺はシアワセだ!」と思ったわけではありません。

逆に「おまえは不幸だ」と呪いをかけられても(笑)私が不幸になることはありません


シアワセという価値観は私の中に存在するものだと言えます。




だって、人から見て私の心が満ち足りているかどうかなんて分かりませんから。

私にしか分からないことです。


同時に人と比べることが出来ません

「あなたより私のほうがシアワセだ」などと言うことは出来ません。






しかし、巨大組織のトップにまで駆け上っていながら、人生を自ら終わらせる方がいらっしゃるのも事実です。

誰もがうらやむ立場なのに!充分にお金もあるだろうに!才能も実力もあるはずなのに!



逆に「五体不満足」の乙武さんのように、手足がなくとも胸を張って「私はシアワセだ」と言うことが出来る人もいます。



すべてを兼ね備えている人物、そしてすべてを手に入れた人物が不幸を感じる場合があります。

逆に、ハタから見たらなにもない、なにも持っていない人がシアワセを感じることも出来るのです。




というわけで私はこんな風に思うのです。


シアワセを感じられないなら、あなたが持っているものに意味はない。

シアワセを感じられるなら、あなたが持っていないことは問題にならない。



あくまでも、シアワセという価値は私たちの中に存在すると思います。


なにかを持っているから、なにかを持っていないからというのは、根本的にはシアワセと無関係なのだと思うのです。





私が「プロのミュージシャンになりたい」というを叶えて不幸になったというお話を昨日いたしました。

給料が安くて借金増えるし変な友達が部屋にころがりこんでくるし人格否定みたいなことを職場でされるし当時の彼女とはケンカしてばっかりだし。


そもそも、好きな音楽を作らせてもらえないし。



本来であれば、自分がなりたい自分になっているはずなのですから満ち足りているはずなんです。しかし私は当時極めてフシアワセでした。


そもそも私がやっていた商業ミュージシャンは必ずクライアントが存在します。「お金を出す人」ってのがいて、私たちはそのリクエストに応じた作品を作る必要があります。


私が作りたい音楽を作ることはできません。もちろん枠の中で表現することは可能ですが、ダメだし差し戻しなんて日常茶飯事ですよ。



しかしこれはプロとしては当然、当たり前のことだと思います。仕事ですから!

しかし私にはその当たり前のことが出来ませんでした。




私の本当の心の声は「作りたい音楽を作る」ことだった。

プロになることを本当に望んでいたわけではありませんでした。



私は音楽の道に挫折しましたが、その原因は自分のシアワセを見誤った点にあります。


プロになったら好きなことできなくなることくらい、最初から分かっていたはずなんです。だって仕事だもん。





私は挫折の経験から、かなり長い間音楽から離れて生活しています。

最近は普通に聞いたりしていますけど、5年くらい前は家で音楽を聴くのもイヤでした。


もちろん作曲も、楽器を手にすることもずーーーっとしていません。





ところが数年前、結婚を控えた友人からこんなお願いをされました。




「おまえに結婚式の曲を作って欲しい!これが俺の昔からの夢だ!俺の夢を叶えてくれ!」




昨日も申し上げた通り、私はプロになることを大いに公言していましたので、友人達は本気で応援してくれていました。

私はその気持ちを裏切ったという思いもあって、ミュージシャンをやめたときに沢山の友人を失いました。



でも、それでも私と友達でいてくれる友人・・そんな彼から「作曲をしてほしい」と頼まれたわけです。


正直言って、かなり複雑な心境でしたが、なんだか生まれて初めて本気で作曲を頼まれた気がしたんです。

そして私はブランクがばりばりに分かってしまうようなショボい曲をなんとかかんとか作りました(笑



それを私は結婚式で歌いました。

彼は、これ以上ないくらいに喜んでくれました。

なぜか私のほうが泣きそうになりました。




その後私はぽつりぽつりと音楽を聴くようになって、作曲が出来る機械をパソコンに繋げたりして、でも繋げるだけで使わなかったりして(笑

なんとなく、少しずつ音楽をまたやってみようかな・・なんて思っていた矢先。



つい先日、彼女が突然・・・


「誕生日プレゼント、決めた」


って言ったんですよ。


じつは我が家の誕生日プレゼントは、もらうほうが品物を決めるという流儀を採用しています。

つまり、彼女が決めたのは自分の誕生日にもらうプレゼントのことです。




「曲がいい」



うわああああああああああああ!!そう来た?そう来た?

大変だーーーーー大変だーーーーー!!!

ちなみに彼女の誕生日は10月・・・あわわわ時間がねぇブランクがすげぇ道具が足りねぇ。



だけど、まぁ再開するには相応しい原因だ。重たい腰を上げてみるか・・・


ちょっと、がんばってみますよ、私(笑





私は今とてもシアワセです。

そして、私がシアワセになるために、音楽をもう一度組み立ててみようかと思っています。

心の声を聞いて、自由な時間に、自由な音楽を作ってみよう、そんな気持ちでいます。


「夢とシアワセ」考 その1

アボカド ぼぉ~らぁーれー おーお~  かんたぁ~れ♪



こんにちは。右も左も分からない複雑系自営業者のコンプレクソロジストです。ごきげんいかが?



アボカドにょきにょき!!!

来たよ来たよーーー伸びて来たよーーーー!!




みなさんはをお持ちですか?


一口に夢といっても人によってとらえ方が違うと思います。私の辞書によれば、私には今特に夢と言えるものがありません。


目標と予定ならあります。しかし夢はありません。


この違いについてはまた別の機会に詳しくしつこく説明させてください。




とにかく、誰にでも夢や目標といった未来を設定するものがあると思います。


1年後にはこうなっていたい!10年後、こんな人間になりたい!来月の試験に合格したい!子どもにこんな人になってもらいたい!貯金を●●万円にしたい!



遠い未来、近い未来、大きなモノ、小さなモノといろいろありますが「こうなりたい・こうしたい」という思いは皆さん何らかの形でお持ちのことと思います。



しかし、ふとした瞬間に夢や目標がいったいどこからやって来たのか考えることがあるはずです。


どうしてそれを叶えたいと思っているのだろう。なんで私はそれを手に入れたいんだろう。そもそも、なんで俺の夢は「これ」なんだろう。



あなたがもし何かの夢をお持ちだったら、私は問いたい。


どうしてそうなりたいの?




私は10代のころからずっとプロのミュージシャンになりたいと思っていました。

当時「あなたの夢は?」と聞かれたら「プロのミュージシャンになること」と堂々と答えていましたし、むしろ自分から進んで人に公言してはばかりませんでした。


22歳のときに目出度くプロになることができました。もちろんメジャーじゃないですよ。

小さな制作会社に入って、CMの音楽作ったりしながら産みの苦しみを味わう日々です。


しかし、私はこの仕事を自分から辞めてしまいました。辞めたというより、逃げました。

パワハラみたいなものもあったし、そもそも音楽を作り出す苦しみもあったし、理由はなんぼでも思いつきますが、とにかく、最終的には逃げたわけです。


夢を叶えた私は、自分が望んだ環境で折れてしまいました。




今ミソジ前になって振り返った時に、「どうしてプロのミュージシャンになりたいの?」という自分に対する問いかけが不十分であったと強く思います。


特に「なんでプロ?」っていう部分ですね。どうしてアマチュアじゃいけないのか。



シンプルに音楽が好きなんだとしたら、趣味でテープでもなんでも作って聞きたい人に聞いてもらえばいいわけです。それを仕事にする理由にはなりません。合理的ではない。



プロというのは私にとってアイデンティティーだったのだと思います。もっと言うと、勲章みたいなもんだな。

自分の人生をわかりやすくするための道具。eiさん流に言うと、ドラマティックなナラティブを欲していたのだと思うわけです。


つまり、自分の内面から出てきた夢はあくまで「音楽をやりたい」ということであって、どうしてプロなのかという理由は極めて薄弱でした。

分かりやすい、人に分かってもらいやすいという安易な理由で「プロになりたい」ということを公言していたと思います。




当時の私には決定的に不足しているものがありました。


それは「シアワセ」という価値観です。



人の夢は十人十色の千差万別!世界の価値観は多様で、一人として同じ人間は存在しません。


いろんなものが存在していてかまわないし、逆にだからこそおもしろい。

全員が同じ方向を向いていたら、その人がどんな顔をしているのかすらわかりません。後ろ頭しか見えません。




しかし、多様な私たち全ての人に共通する価値観があります。


その価値観のことをシアワセというのだと思うのです。


私はシアワセになりたくない!という人に会ったことがありません。





厳しく律して、自分を追いつめるようにあらゆる人生の虚飾を廃する人もいます。

しかし、その人はそうすることでシアワセを感じているのだと考えます。


退廃的な生活に身を置いて、「どうせ俺なんて」と毎日毎日考えている人もいます。

しかし、この人は自分がシアワセになりたいという欲求を立派に持っています。



夢を設定する場合に「じゃあ、それが叶ったらあなたはシアワセですか?」という問いかけはとても大事だと思います。


問いかけの主体は自分、答えるのも自分です。

見栄とか体裁とか頑張りとかじゃなくって、心がなんて言っているのか聞く作業



私は全ての行動が、自分のシアワセに立脚したものでありたいと思います。


自分がシアワセだからあれする、これする。これが私にとっての「正解」です。



夢を達成してその結果「不幸せ」になるくらいなら、そんな夢は捨てちまえ!と思うんです。




夢や目標は、自分がシアワセになるための道具にすぎません。


人間はシアワセになるために生まれてきた・・なんていう言葉がありますが、もしこれが是であるならば、私たちはシアワセになることが人生のテーマなのではないでしょうか。存在意義なのではないでしょうか。



この話、続きます・・・・ちょっとアヤシイ記事だ(笑

燃えさかるワインと21世紀の映像サービス

エビのバルサミコ


こんにちは。複雑系自営業者のコンプレクソロジストです。お元気?


おっしゃーーー!!!やったぞーーーー!!!

諸兄!!ごろうぜよ!!ごろうぜよ!!



これは車検のときに行ったレストランで出た料理のパクリです!

エビのグリエ バルサミコソース

完璧!!ほとんどレストランと同じ!!彼女も絶賛!!



グリルってはじめて使ったんですけど、楽しいなぁこれ。あみ焼きやん!あみ焼きやん!
オーブンもいいけど、これまた焦げたところがナイスフレーバーですね。

ちょっとグリルにはまりそう。でも洗うのめんどくさそう。


左上のやつはホタテとアスパラのバターソテー

右上のやつは鳥レバーのテリーヌです。

このテリーヌもニオイを消す工夫をしているので、レバー嫌いな人でも食えると思います。
レバーをしっかり炒めてフードプロセッサーで卵とバターとブランデーとタイムと生クリーム入れてペーストにして、ちょっと蒸して1日冷やすと完成です。

いやーしかし昨日はまじでうまいこといきました。自画自賛!
一昨日の卵焼きとのコントラストがまた自分らしくてたまりません。


エビのバルサミコ2

ところでバルサミコのソースは結構いろいろ使えそうですよ。オススメです。鳥も合うだろうし、もしかしたら牛フィレとかもいいかもしれないし、余ったら装飾のためだけにも使えそうです。

ソースを作るときに赤ワインを沸騰させて半分になるまで煮るんですけどね、私生まれてはじめてワインに火がついたのを見ましたね。

ちょっと目を離した隙にぶおおおおおおおおおおおって燃えてるんですよ。


嗚呼・・綺麗だな。ファイヤーっていいよな。ワインでも火がつくんだなー。


おかげで良い感じにアルコールが飛び、ほのかに焦げ臭い香りも・・・これがいいんだよな。


私は炎が大好きです。これ系のエピソードには事欠かない人生。

以前こちらの記事 で私が火薬大好きであることをカミングアウトしましたが、火薬が好きで炎が嫌いだなんてそんなことがあろうはずもなく、もうファイヤー大好き!コウフンします。ハァハァ

キャンプで火をつけると、私はそれにつきっきりでまるで聖火のように燃やし続けます。キャンプが終わるまで燃え続けていないと気分が悪いです。
炎はとってもわがままで寂しがり屋なんですよ。面倒を見てあげないとすぐ消える。






ところで昨日は加入しているケーブルテレビのサービスマンが来ていました。
少し前からテレビの映りが悪くて、2秒おきくらいに映像と音声がブラックアウトしてしまいます。

これまた私が大好きなディスカバリーチャンネルとアニマルプラネットと囲碁チャンネル限定!なんだよ、嫌がらせかよ!


そんなわけで調査のために感じのいいお兄さんが来てくれていました。

結局のところSTBというチューナーみたいなやつが壊れていたみたいで、それを交換して解決!お兄さんお見事!さすがプロ!


このチューナーは交換したついでにバージョンアップしていて、以前は使えなかったサービスが使えるようになったとのこと。それがなんとビデオ・オン・デマンドサービスだったんです!


うわーーーオンデマンドってもう実用化されてたの?すげぇ!!



皆さんビデオ・オン・デマンドご存じですか?

簡単に言うと、好きな番組をいつでも見ることができるサービスです。
例えばリモコンでニュースを選択して再生すると、いつでもニュースを見られるんですよ!

10時まで待つことなくニュースを見ることが出来るので忙しい人にはありがたいサービスだと思います。私は暇ですが。

もちろん映画やバラエティなども提供されていて、まるでレンタルビデオ店がまるごと一件自宅にあるようなものです。すばらしい!

試しに無料で視聴できるレシピ番組を見てみましたが、映像も普通に放送されているものと同じ画質だし、早送りしたり巻き戻ししたり、コマ送りや一時停止まで出来るんですよ!嬉しいし楽しいし、なおかつ大好きです。



まぁ、このサービス自体がまだ始まったばかりだからコンテンツの数はまだまだ少ないです。映画なんかも聞いたことないタイトルばっかだし。

しかも今の時点では一つの番組を試聴するといちいち300円くらいのお金がかかるので気軽に・手軽にというレベルには達していません。
しかしこのサービスがそこそこ広まれば、視聴基本料金にある程度含まれるような形になっていくことでしょう。

そこまで行けばサービスとしてはかなり定着すると思います。



こういったサービスを目の当たりにすると本当にワクワクします。

やっと来たか・・・21世紀!


(未来社会に対する私の不満はこちら をご覧下さい)


オランデーズソースと二者択一の哲学

チキンオランデーズ


こんにちは。複雑系自営業者のコンプレクソロジストです。シャバダバ?


あーーもうクヤシイーーーーーーーー!!!失敗しました。



上は昨日の晩ご飯、チキンソテーのオランデーズソースと、牛スジのブラウンソース煮込み

このオランデーズソースってやつ、こないだ購入したレシピブックを忠実に再現して試してみたのですが、本当はもっととろとろになる予定だったのに・・・・・


これじゃ卵焼きやな!クヤシー!!
ちょっと目を離した隙に卵がすっかり固まってしまったとです。


卵は本当に目が離せませんね。最近、卵料理に慣れてきて私の中に慢心があったように思います。
これはいかん・・・気を引き締めなおさねば。

というわけで近いうちに復讐をいたします。リベンジだ!
覚えてやがれ、オランデーズソース!



牛スジは本当はスープを取るために買ってみました。

フォンドボーやってみようかと思ったけど、材料がなかったから「フォンブルン」ってやつにチャレンジ。
まあフォンドボーみたいなもんでしょ?わからんけど。


フォンブルン
たったこんだけしか取れなかった・・・

少ねーーーー!!(笑



ちなみにフォンドボーもフォンブルンも牛の骨付きのすね肉かなんかを使うらしいです。
だけど、そういうのってスーパーで見かけることがほとんどないとです。

しょうがないからなんとなく近そうな牛スジ肉でチャレンジしたわけですが、まぁスープはそこそこおいしく取れましたよ!



でもやっぱ少ない。

昨日製氷皿に入れて冷凍しようと思って流し込んだら、たったのロックアイス3つ分しか出来ないし・・・_| ̄|○


次やるときはもっとでかい鍋使って、2日とか煮込んだろうかと思っています。特大パスタ鍋がいいな。


牛スジの煮込みはこのときに出たカスみたいなものを使いました。カスっていうか・・・これなんていうんでしょうか。でがらし?(笑
コラーゲンたっぷりだし、仮にも牛肉を捨てるわけにはいかん!ということで使ってみたけど、案外うまかったです。どて煮風!







先日、私が道に迷った話をいたしました。

私は自分では方向音痴じゃないと思っていますが、客観的に自分を見て「あ、こりゃ方向音痴だわ」って普通に思い直しているところです。


道に迷ったときに、適当に道を選ぶことってありませんか?
例えば知らない町で駅を探すのなら、なんとなく人が沢山いるほうに歩く・・とか、大きな道を目指すとか。

私も適当に、というか要するに勘で道を選ぶことがよくあります。


「うーん、右かな?右だな」


こんな感じ(笑

そして、こういうことはだいたい目的地の近くで行われるものです。
あと100mで着くはずなんだけど、右かな、左かな。


私が適当に選択した道は、約90%の確率で不正解です。

これは経験則ですが、私はだいたい間違った方を選択してしまうクサイのです。


そりゃギャンブルに向いてないはずだわ。適正がない。


私のこの2択の弱さというのは恐らく遺伝です(笑
爺ちゃんも、オヤジもとってもギャンブル好きなんだけど、めちゃくちゃ弱いんですよ。

まぁ幸いにも私は10年ほど前にこのことに自分で気づいて、おかげで今はギャンブルを一切しません。


そんな私が道を2択で選ぶときに間違いやすいのは無理からぬこと・・・そんな風に思っていました。



そしてある日、やはり同じように左右を選ぶ機会に巡り会い、いつものように

「うーん・・右かな?」

と思っていたときにこのことに気づきます。

「むむ!いつも自分の勘に頼って失敗するから、今日はその逆を行ってみよう!逆バリだ!逆バリ!」


それで左の道を選択して歩きました。



あ、もうわかると思うけど、これも普通に間違いね(笑
見事に迷った。


もちろん右が正解だったわけです。



私が思う道は90%の確率で間違っているのだから、思ったほうと逆の道は90%の確率で正解なはずなのに。


世の中には不思議なことが山ほどあります。

これはまさに複雑系という学問が取り扱うべき命題なんじゃないだろうか、そんなことを考えるのでした。

心の声

イワシのショウガ煮

こんにちは。複雑系自営業者のコンプレクソロジストです。ごきげんいかが?



写真はイワシのショウガ煮!

彼女が作ってくれました。うまーーい!!



昨日は車検が終わった車を取りに行きました。
適当に入った近くの車屋さんでしたけど、とても親切だったし値段の説明も納得のいく内容でした。(相場とかぜんぜんわからんけど)

二人で「出来たら次の車検のタイミングで新しい車が欲しいね」なんて言いながら納車完了!



お昼ご飯はすぐ近くにあるイタリアンで済ませました。

このお店はバルサミコのソースがかなりイケているんですけど、昨日は中身がちょっと分かったぞ!

バルサミコ酢と、ハチミツだ・・・ちょっと真似してみよっと(笑



ハラ一杯になった後は、近くの古本屋に行きました。

私、以前は結構大量に本を読む人間だったんですけど、ここのところさっぱり読書をしていません。
そんなわけで12冊のプチオトナ買いとあいなりました(笑

彼女も2冊ほど、仕事で使えそうな本を買いました。





実は今、私の彼女はちょっとした悩みを抱えています。
悩みといっても深刻なものではなくて、どっちかっていうと贅沢な悩み。本人もそれを自覚しています。

きっかけはGWの五月病のたぐいで、連休明けに「あ、ちょっと仕事辞めたいかも」って思ったらしいんですね。


私もこういうことは何度も経験がありますから、よく分かる!彼女よりもずっと怠け者な私は毎週月曜日に同じこと思いますから(笑


ところで私たちは二人とも、仕事に対してある一定のコンセンサスを持って生きています。それはお金
仕事は誰がなんといってもお金を得るための行動です。お金がないと生きていけませんから、つまり生きていくためにしていることだと考えています。



お金以外での価値、例えばやりがい!とか必要とされている喜び!とか、そういったものが仕事をするインセンティブ(誘因)になっているっていう人もたくさんいると思います。

私はそういう方のことを、ある意味でうらやましいと思います。



彼女も私も、今のところ仕事に「お金」以上の価値を求めていません。自分が8時間働いて、その対価としてお金をもらう。以上!ザッツオール!です。

こういった考え方は、私たちがお金を大事に使うために必要な思想でもあり、なんのために行動するかという理由付けをシンプルにまとめ上げる手法でもあります。


しかし、私の彼女が仕事を辞めたいってチラっと思った理由はお金じゃないんですよね。
同年代の技術者よりは多くもらっていますし、会社の中でも評価はトップクラス。そしてそれに要する労働力が給料に対して多いかというとそんなこともありません。
(一時期はかなり徹夜続きでしたが、今はそんなことありません)

私の目から見ても、彼女の今の仕事はかなり費用対効果が高いと思います。
つまり一定の労働で、高い給料をもらっています。


給料が高い理由は、労働の品質が高いから。確かに彼女は相当に高品質な労働を会社に提供していますので、そこを適正に評価しているのであれば「もらって当然の金額」であるとは思います。

ただ、作業のクオリティーを適正に判断してくれる会社はそう多くありません。つまり彼女の会社は私たちの動労思想に基づくと、かなり嬉しい環境を提供してくれていると言えます。ありがたい。


これらのことは、彼女も全部自覚しています。

自覚した上で「じゃあなんで私は辞めたいと思ったのだろうか」ということに思索を巡らせているわけです。





自分自身が「こういった価値基準で生きている」と思っていたのに、心は違う信号を発しています。
この点に彼女が早く気づいたのは、すごいことだと思います。

私はブログをはじめたばかりのころに「自分に嘘をつかない」というレトリック という記事を書きました。
この中でも語らせてもらっていますが、人間誰でも、必ず!なりたい自分になるように出来ています。

自分のあり様というのは、すべて自分自身が決めていることだと考えています。


それに気づかずにフタをして生きていくことが、ストレスの根源になるんだと思うのです。
自分の声を、早めに聞いてあげることがとても重要です。



彼女は、素早く自分の変化に気づいて、心の声を聞こうとしています。


心の声に耳を傾けて、もう一回原点を確認するんです。






ところで、現在マイナスのブロガーシンクロ現象が発生中です(笑
なんだか気分がダウンな皆様にこの文章を読んで頂きたいと思って書きました。役に立たないかもしれないけど、私はあなたのことを応援しています。


ちなみに私の提唱するブロガーシンクロ現象の詳細についてはこちら