作曲のための機材が揃いました!
こんにちは。複雑系自営業者のコンプレクソロジストです。サヴァ?
7月中旬を過ぎて本格的に暑くなってきました。皆様いかがお過ごしでしょうか。
写真は金曜日の晩ご飯、ビーフストロガノフです。初めて作ってみたけどわりと成功!
あ、ちなみに連勝街道まっしぐらだった横綱朝青龍がついに破れました。
快挙を成し遂げたのは琴欧州というものすごいしこ名を持つ外国人力士。
まぁこの名前で日本人だったら反則ですけどね。この人はブルガリア出身の2メートルを超す巨人みたいな男です。
相撲の世界においてはダントツでハンサムなので、角界のベッカムとか呼ばれてます。
なんとも哀愁の漂うニックネーム・・・・あ、でも性格は暗い(笑
でもようやった!!!!やらかした!!!!
今場所、面白くなってきたなー (`Θ´)
以前記事にしたので覚えて下さっているかもしれませんが、私は彼女の誕生日に曲を作ってプレゼントする計画を立てています。
つい先日ギターを数年ぶりに引っ張り出してきて、いろいろと準備を始めています。
彼女の誕生日は10月・・・私の音楽のブランクを考えると、そろそろ始めないとまじで間に合わん・・・(笑
そのようなわけで昨日は二人で少し遠出をして、結構でかい楽器店に行って参りました。
ちょっと・・・少年に戻ったかも・・・(`Θ´)
やっぱ楽しいなーーーー楽しい!!
沢山の楽器が並べられていて、周辺機器やレコーディング機材なども見ているだけで楽しいです。
私はパソコンを使って音楽を作ります。一応、これで食っていたこともあるので機械の操作は大丈夫なんですが、とにかく6年くらい離れていましたので驚くことがいくつもありました。
なんつっても値段がすげぇ下がってる・・・
ギターやベースなどの楽器そのものは昔と大して変わりませんでした。
だけど音を作る周辺機器、電子機器の値段がどえらく安い!!!!
10年くらい前に私が購入したマルチエフェクターという機材、当時10万くらいしたやつが、同じクオリティーのサウンドで1万円程度で手に入るんです。
恐れ入谷の鬼子母神 (`Θ´)
MTR(マルチトラックレコーディング)というアマチュアミュージシャンにとってはなくてはならない機材も、デジタル録音でCDを焼いてくれる機能などが盛り込まれていて4万円とかで売ってる・・・すげぇ。昔は15万くらいしたなぁ。
そんなわけで、おおむね必要な物は、思っていたよりも安く全て揃えることができました。
まずはこれ
ギターとマイクです。
ギターは15年前から使っていたやつなんですけど、マイクを持っていなかったのでスタンドと一緒に新調しました。
あまり知られていないかもしれませんが、マイクスタンドってのはすごく重要なんです。
これがあると、ないとで、録音した結果が全然違います。
よく分からないけど、やっぱ手に持っているとノイズがどうしても入るんです。
マイクスタンド3000円・・・だいぶ安くなったもんだなぁ・・・
昨日は新しいギターの弦を買ったりピックを買ったりしました。
久しぶりの新品の弦・・・きもちいいいいーーちょーきもちいいいーー
この写真はMIDI音源という楽器です。
例えばカラオケ屋さんで流されるボーカルなしの音楽、あれはこのMIDI音源というやつを使って演奏されています。
演奏するのはもちろんコンピュータ。
パソコンとこの楽器を接続して、データを送ってあげると音が鳴るようになっています。
最近はカラオケもすごく進化していますが、今でも多くの場合この電子機器が使われています。これもそろそろ10年くらいになるかな・・・
貧乏時代に売らなかった数少ない機材の一つ(笑
私の場合、ギターとボーカル以外の全てのパートをパソコンに入力してこの機械で演奏します。
この機械はオーディオインターフェースっていうやつです。
ギターとかマイクはアンプで増幅してあげないと大きな音が出ません。それにパソコンには直接差し込むところがないので、オーディオインターフェースと呼ばれるこうした機械が必要です。
この機械はアンプの役割や、エフェクターと言われる音響効果を付けることもできるオールインワンタイプの機材です。
本当はそれぞれ別々の機械にしたほうがいいっちゃぁいいんですが、まぁ自宅で録音する程度だし、省スペースでわりと便利そうです。
この機械にはマイクを差し込むところ、ギターを差し込むところ、そして上のMIDI音源を差し込むところがあり、最終的にはUSBを使ってパソコンにデータを送ることが出来ます。
これでひとしきり機材が揃いました。
昨日は試しにちょっとだけ録音してみたのですが、やっぱ最初から作曲するのは大変なので、知っている曲なんかを適当に・・ものすごく適当に作って録音してみました。
私が選んだ曲は・・・
もののけ姫
米良美一
稀代のカウンターテナーが歌うこの美しい曲・・・
はりつめたぁーゆみぃのーーーふるえる♪
もちろん裏声ね。こんなの地声で歌えるわけねぇし。(`Θ´)
自分で聞いても非常に笑える出来映えです。やっぱ音楽は楽しくないとね!
あ、言っておきますがブログでアップとかできませんよ。
そんなことしたら
絶対に読者が減ります。
そのうちもうちょっとマシなものが出来たらアップするかもしれませんので、その時は是非聞いてやってください。
昨日は数年ぶりの楽器屋で買い物をしたり、揃った機材でもののけ姫を録音したりと楽しい一日でした。
ホワイトバンド 理想と現実の共存
先日、ホワイトバンド が到着したということをお知らせいたしました。写真は彼女の腕です。
本日はこのホワイトバンドについての私なりの意見を発表させていただきます。
まず予備知識として、私は募金やボランティアに対する興味を、ほぼ全く持たない男です(笑
こういうことを堂々と言うのってわりと勇気がいるものですな (`Θ´)ハハハ
ホワイトバンドの理念を私が正確に把握しているかというと、答えは否です。はっきりいって、よく分かりません。
一本300円に対して100円が本当に困っている人を救うために使われるというのは分かる、しかし具体的にどういうお金の使われ方をするのか私は知りません。
しかし、100円・・・ひゃくえん・・・ううむ・・・
百円玉を一つ無くしてしまっても、恐らく私は気づかないでしょう。
商売のお金だったら気づきますが(帳簿があるから)、私個人のお金だったら確実に気づかない・・・
つまり、私にとってはそのような価値でしかない100円というお金が、誰かにとって本気でありがたいものになるのであれば是非とも使ってもらおうじゃねぇか!と考えたんです。
同時に今自分が置かれている境遇に対する感謝の念を禁じ得ません。こんなありがたいことはありません。
ホワイトバンドのサイトによると3秒にひとりの子どもが貧困で死んでいる・・きれいな水が飲めない人は10億人(!)いるとのこと。
こういうことに思いをはせると、私が日常で抱える問題なんてものは大概のことがどうだっていいことばかりです。
全て、些末なことです。
ちびまる子の父、ヒロシが言う通り「人間の生き死にのことと酒のこと以外は、どうでもいいことばっかりだ」と、私も思うのです。
そういった数少ないどうでもよくない事柄がいろんな国で起こっていることを知ってはいますが、私は基本的に関わっていません。
私は私なりに、積極的に関わってこなかった理由を持っていますが、まぁこれは本旨とはずれるのでスルーします。(`Θ´)
しかしそんな私も、ボランティアなどに関わっている方の話をおうかがいする度に、ある種の罪悪感を感じていたのも事実。
ホワイトバンドは私の罪悪感を解消してくれる手軽なツールと言えます。
私は罪悪感を解消出来る、そして実際に恐らく助かる人が増える、八方丸く収まる。
これは個人的な意見ですが、そもそも本当の意味で利他的な行動というものは世の中に存在しないのではないかと思っています。
私がホワイトバンドを買った理由は、誰かが助かるという「だけ」の理由ではありません。恐らく最も大きな理由は、「買うことによって、それで自分の気が済む」ということなのです。
私はこのホワイトバンドを、外出するときはかならず身につけていようと思っています。
全くボランティアに関心を持たない私が、ただ買うだけじゃなくて身につけてみようかと思う理由は、このホワイトバンドが非常にシンプルなデザインだからです。
あんまり言うとアレなんですけど、例えばほら、赤い羽根ってありますよね。
本当に申し訳ないのですが、私はアレを胸に刺して街を歩くことは出来ません。目立ちすぎる。
そして何故か政治家を連想してしまう・・・この点も申し訳ないけどマイナスポイントだ・・・
あの羽根は鶏の羽根を赤く染めているものを使っているのだそうです・・・
ニワトリ・・大丈夫か・・・ハゲてはいないか・・・
ヒヨコの立場から申し上げるとかなり気になるとです。(`Θ´)
その点ホワイトバンドはほとんど抵抗なく身につけていることが出来るデザインだと思います。
私は身につけるものはあまりごちゃごちゃしたのが好きじゃありませんが、パッと見た瞬間、***のマークもさりげなくてかわいいと思うし「あ、ちょっと欲しい」と思わせてくれました。
身につけてもいいと思わせるデザインを用意しているというのは、このキャンペーンが優れている最大のポイントだと思います。
沢山の人に参加してもらいたいと思うのであればそうでないと!!ポップじゃないと!!
そうであってこそ、私のように関心の薄い人間を巻き込んでいくことが出来るのだと思います。
このホワイトバンドは、当然ながら製造原価や輸送などの経費がかかっています。無料ではありません。
先ほど申し上げた通り実際に困っている人に渡るお金は100円に過ぎませんし、だいたい私はこれをネット販売で注文しましたが
二本セットの代金 600円
送料 420円
ヤマト運輸・・・うはうは?
まぁヤマトさんにはいつもお世話になっておりますので文句はありませんが、本当だったら1000円を私が寄付するほうがよっぽどいいに決まっています。
ホワイトバンドを買うよりは、シンプルに1000円を寄付したほうが沢山の人が助かります。
しかし私は、この白い輪ゴムが果たす最大の役割が「広告」であると思っています。
これを身につけて外出する私は、デコに「募金!」と書いて街を歩いているようなもので、それを見た人が私と同じようにこれを買ってみようと思う可能性はゼロではありません。
もしホワイトバンドをしている人をみかけて同じく参加した人が世の中に沢山増えたとしたら、私がこれをして外出する意味は大きいでしょう。
赤い羽根と同様に、参加者を広告活動に参画させるという機能を考えると、ある程度の製造原価をかけて行う価値はあると考えています。
「そやけど、これ、わざと入手しにくいようにしてるんとちゃうかなあ、って気もしています。」
って仰ってたんですよね。うほおおこれは興味深し!!(`Θ´)
本当のところはどうか分かりませんが、もしそうだとしたらこれはおもしろい話だと思います。
いろんな問題はあるのでしょうが、私なんかから見ると非常に清廉潔白で無骨なイメージのたぐいのキャンペーン。そこにマーケティング理論が応用されているのって非常に興味深いじゃないですか。
有名人をCMに起用したり、デザインを万人受けするものにしてみたり、なんとなく夢と現実、理想と合理主義がバランス良く共存しているような気がします。
私はこうした極端に偏らないバランスの取れた物が大好きで、商売人の私としては「うわーこれはやられた。参りました。」というような気持ちで参加しているんです。
ものすごく真面目に作って一般人は蚊帳の外で取っつきにくいものよりも、どうせだったら一人でも多くの人に参加してもらおう・・そういう意図が読み取れます。合理的や・・・
今まで関わってこなかった人を巻き込んでいくインセンティブ(誘因)をとっても上手に、しかも沢山用意している。
とにもかくにも、この資本至上主義の頑固な私を参加させたという点で、ホワイトバンドが非常に優れたキャンペーンであるということは疑いありません。
それと、私はこのホワイトバンドを大切に扱う必要は全くないと思っています。
いじくりまわして、興味がある人にも触ってもらってあっという間にイエローバンドになってしまうくらいの勢いで粗末に扱えばいい。
そしてぶっ壊れたらまた買えばいい。
こんな時こそ世界に名だたる消費大国の底力を見せてやろうじゃねぇか!くらいに思うわけです。日本人を甘く見るなよ!
ということで、私と彼女は先陣を切ってホワイトバンドを粗末に扱ってみたいと思います。
まず・・・
これは私が考えた
オバQ
上出来!
次に、彼女が考えた・・・
工
工業とかの「工」ですね。
うぬぬぬ、凝ってるな・・・・
そして最後も、やっぱり彼女が考えた・・・
洋なし
よ・・・洋なし・・・(`Θ´)
二人して1時間くらいはこうやって遊んでいました。どうですか、粗末に扱っているでしょう。
洋なしのあたりになるとネタも尽きています。
ちなみにこの後はナス、キュウリ、ニンジンと繋がっていったのは言うまでもありません。
ねじったりまるめたりしていろんな形を作りましたが、スーパーインドア派の地味なカップルらしい一時を過ごすことができました。
女王の教室
こんにちは。ただでさえ暑いのに暑苦しいイラストで申し訳ない複雑系自営業者のコンプレクソロジストです。ごきげんいかが?
私はほとんどテレビドラマを見ません。
理由はシンプル。毎週同じ時間にテレビの前にいられる自信がないからです。
(テレビっつってもプロジェクターなんですけどね)
途中が抜けてしまうと猛烈にハラがたつし、なにより一般的なラブロマンスにあまり魅力を感じない。
とか言いながら冬ソナは全部見ましたが・・・(`Θ´)
彼女が見てたので付き合いで見たような感じでしたが、冬ソナはおもしろかったです。いろいろ感じる所があって、かなり前に記事にもしました(こちら )。
そんな私が、数年ぶりに自分の意志で見ているドラマがあります。
天海祐希が小学校の鬼教師を演じる学園ドラマ。この天海さんという方、元宝塚男役トップだそうですが・・・
かっこええ・・・(`Θ´)
衣装もあってか、アダムスファミリーのモーティシア(奥さん)を彷彿とさせます。
このドラマは現在の学校教育現場での問題をかなり如実に表しているように思います。そして天海祐希さんが演じる超合理的な教師が、非常に過激な方法で問題を解決していくという・・・まぁこの点はファンタジーなのでしょうが。
興味がおありの方は、どうやら今日15時くらいから1話2話が再放送されるそうなのでご覧になってみてください。ちなみにドラマの本編は本日(毎週土曜日)21時からです。日本テレビ、関東だったら4ch。
これまでにも何度か申し上げてきましたが、私はゆとり教育に反対です。
そもそもゆとり教育とは何か。私の理解では
詰め込みのために時間を失った子供たちに考える・工夫する機会を与え、豊かで柔らかい脳みそと生きる力を獲得させる
ということになります。
つらつらと私の意見を書いてみたところ、ものすげぇびっくりするような長い記事になってしまったのでちょっと一旦全部消します(笑
ほんで、要点だけを箇条書きにします。
・ そもそも学校にはゆとりがあった。ゆとりがなかったのは塾のせい、つまり親のせい。
・ 詰め込み教育の本質はサバイバル。つまり死にたくないという動物としての自然な欲求の発露だ。
・ 教科書を薄くして、時間を減らすのであれば学力が下がることを予期しておくべきだ。学力低下を容認するのなら薄く短くすればいい。
・ 「生きる力」の正体は根気と忍耐だ。繰り返し練習によってのみ養成されるこの能力が、それを行わないことによって低下するのは当然だ。
まぁ・・こんな感じ。 (`Θ´)
私はゆとり教育の理念はすばらしいと思っています。しかし方法論があまりにも稚拙で、本気で取り組んでいるとは思えません。
ぶっちゃけると、ゆとり教育ってのは実は特定の人間の趣味の世界だと思っていて、実名は出しませんが、ある人の持つトラウマの昇華に日本全国が付き合わされているという恐ろしいことが起こっています。
そんで、この女王の教室というドラマ、個人的な私の意見とかなーーりマッチした思想が根底に流れており、とても共感して見ているんです。
主人公の方法論は非常に過激なんですけど、なんていうか極端な例を示して本質を暴き出すという手法だと思えば許せますし、そもそもフィクションだし。
でも、もしかしたら現場で働いている方が見たらツッコミどころ満載でハラ立つかも(笑
ドラマがこの先どうなっていくか予想が難しいんですけど、教育に興味を持っている方にはオススメします。
彼女の夢と趣味
こんにちは。複雑系自営業者のコンプレクソロジストです。ごきげんいかが?
発注していたホワイトバンド が届きました。予期せぬ到着でしたのでこれについての私の意見は後日改めて記事にいたします。
ちなみに写真はkayoさん のマネしてオフィシャル風にグレースケールにしてみた。
(`Θ´) パクッタ
本日は昨日に引き続き、私の彼女の話をさせて頂きます。
私の彼女はマシーンのようにやるべきことを片っ端から片づけて行くタイプで、不要な情報は綺麗さっぱり忘れる能力・・つまり老人力を持っています。
料理の味を忘れるなどといったレベルではありません。食ったこと自体を忘れるのです。
一般的な老人力のレベルであれば、言われれば思い出すということが多いでしょう。
「あーあー、おもいだした。あれね。」
といった具合。
しかし彼女は記憶の根本からばっさりと切り捨てるという特技を持っています。
「ほらーこないだ話したじゃない。あれよ、あれ」
「どれ?」
そんな彼女が数字にだけは異常な記憶力を発揮するというのはまたおもしろい話。情報を全部数値化してんじゃねぇ?もしかして。
彼女は比較的ドライで無機質なタイプ。言い換えるととてもシンプルな人間だと思います。
なんといっても、小学校の時の文集に書いた「将来の夢」が
「早く大人になりたい。」
なんともコメントに困りますが、実は私が彼女を尊敬する最大のポイントがここに隠されています。
これはだいぶ前にもブログでご紹介したかもしれませんが、ニーチェの言葉にこのようなものがあります。
「君たちの能力を超えている何ものをも、決して欲するな。能力を超えて欲するような人々には、ある悪しき虚偽がある。」
ニーチェ!!!!!すげぇ洞察力!!!!
そしてそれを端的に表す表現力!!!!
私たちは誰もが皆、将来の展望や夢を多少なりとも持っていると思います。
しかし、地に足のついていない夢はその人を不幸にしてしまう可能性が高いという私の意見を先日記事に致しました(こちら )。
ニーチェの言う「悪しき虚偽」で済むならまだいいです。「悪しき」がなんぼのもんじゃい!「虚偽」がなんぼのもんじゃい!
ぼんやりと夢想するのはいいでしょう。もちろん地に足がついていればなにも文句はありません。
しかしそれがその人自身の不幸の種になってしまうのならそうも言っていられません。
そして私は悪しき虚偽が不幸の種になる可能性はとっても高いと考えています。
なぜなら、身の丈を超えた夢というのは、実はそれが叶わないものであることを自分が一番よく知っているからです。
実はそのことに気づいているにも関わらず心の深層部分にフタをして、映らなくなったテレビをひっぱたきながらだましだまし生きているのです。
そもそも私たちが身の丈を超えた目標や夢を設定してしまいがちなのは、社会的なインセンティブ(誘因)に強く影響されているということをよく知るべきです。
小学生に将来の夢を聞くと、多くの場合が壮大なスケールの特大ドリームが返ってくるではありませんか。
サッカー選手になりたい
総理大臣になりたい
大企業の社長になりたい
なんで?どうして?
もし全員がサッカー選手になったら、観戦する人がいなくなりますよ(笑
私は子どもの壮大な夢に悪しき虚偽があるとは思いません。
しかし子ども達がそうしたことがらに価値を見いだしている理由を考えてみると、私たち大人が作り上げている社会的な価値観にものすごく強い影響を受けていることを否定できないと思います。
サッカー選手、総理大臣、社長・・・
これらのドリームに共通するのは社会的な成功だと思います。
彼らは「成功したい」と思っているのです。
「成功が善である」と教わっているのです。
私たちが作り上げた社会が、こうした価値観を子どもに与えているのです。
じゃあなんで成功が善であるという価値が蔓延しているのだろう・・・
成功というスタイルには多くのパターンがありますが、ほぼ全てにおいて共通しているのが「有名、高名」であるということでしょうか。
多くの人に知られることに対して価値を見いだすということはつまり、誰かに覚えておいて欲しいという欲求の現れであろうと思います。
これは所謂 「生きた証」
その人が生きていた証拠を、なるべく多くの人に共有してもらいたい。
そして、何らかの生きた証を残すことが人生の意味である・・という価値観が存在するのだと考えています。
生きた証・・・人生の意味・・・
人生に意味を求めるから成功することに価値の基準を置く、というのが本質なのではないでしょうか。
人生に意味を求めるから、わざわざ不幸になる選択をしてしまう場合があるのではないでしょうか。
しかし人生に意味なんてものはもとよりありませんよ。生きているだけで尊いことです。
命は尊いものでしょ?だったら生きていること自体が尊いことなんです。
私も、あなたも、なにをしてもしなくても自動的に尊いのです。
さらにその上に意味を求めるのは贅沢です。そんなものはごく一部の才ある人間にお任せしておけばいい。
身の丈を超えて意味を求めすぎるあまりに生きていることの尊さを見失っては、ただただ虚しいだけだと思うのです。
これはビクトル・ユゴーの名作、レ・ミゼラブルの中の一節です。
「ついでに言うが、成功とはかなりいやらしいものである。成功は、価値と似ているように見えるために、人はだまされる。・・・(中略)・・・成功せよ、これが理論である。出世は能力のある証拠だ。宝くじで儲けよ、そうすればあなたは有能な人間だ。勝ったものは尊敬される。幸運に生まれよ、それがすべてだ。チャンスをつかめ、あとはなんでも手に入れることができる。幸福であれ、偉人と思われるだろう。世紀の輝きをなしている五人か六人の大きな例外をのぞいては、同時代の賞賛は多くの場合近視からくるものにすぎない。金メッキは純金である。だれでも一向にかまわない、成功者でさえあれば。」
実は私自身、ニーチェの言う「能力を超えて欲するような人々」の一員であったろうと思います。
しかし私の彼女はそういう面をほとんど全く持っていません。
なんつったって小学生のときの夢が「早く大人になりたい」ですからね。
社会が要求する人生の有り様にほぼ全く影響を受けていないのだと思うのです。
こういった人は社会の要求と自分の本音の要求というものを完全に分けて考えることができます。
全員に共通した価値観ではなくて、自分が本当に求めているものを正確に受信出来るので、どうすれば自分がシアワセになれるのかということを比較的簡単に導き出すことができるでしょう。
私は以前こちらの記事 で
シアワセを感じられないなら、あなたが持っているものに意味はない。
シアワセを感じられるなら、あなたが持っていないことは問題にならない。
という私の考えをご紹介しましたが、この点において彼女はお手本のような人だなといつも思います。
とても尊敬しています。
さて、そんな大地に根を張ったマシーンのような彼女にも、多少の悩み事があります。
無趣味 (‘Θ‘)
そう、彼女には趣味と言えるものがほとんどありません。
ブランド物にも興味がないし、好きだったバイクももう乗る機会がありません。
スノボもサーフィンもしないし、とにかく非常なしまり屋ですのでほとんど金を使わないし。
私は過去に出会った人間の中で、彼女ほどニーチェの言う「悪しき虚偽」を持たない人を他に知りません。
しかしその反作用で起こる現象がこの無趣味・・・
そんな彼女は面接などで提出する履歴書の「趣味」の欄と格闘する運命にあります。
ちなみに今勤めている会社に提出した履歴書には・・・
お菓子
と書きました。
「ああ、お菓子作りですか?」
「いいえ、食べるほうです。」
面接官、撃沈!
言っておきますが彼女はウケを狙っているわけではありません。ここがすごいところです。
マジで悩んで書いた結果が「お菓子」です。
しかも食うほうです。
彼女はスナック菓子やチョコ菓子をこよなく愛しており、多少イライラしても森永アーモンドチョコレートを一つ口に放り込むだけで、とたんに嬉しそうな笑みを浮かべる付き合いやすい女です。
でもこれ趣味かな・・・まぁいいけど。
そんな極めて無趣味な彼女。
一方で私はどちらかというと多趣味な人間です。なんでもかんでもクビつっこむタイプ。
以前はこれに加えて「飽きやすい」という要素が大爆発しており、永遠に変遷の輪廻を繰り返す平家物語の化身のような男でしたが、今ではだいぶものごとが続くようになってきました。
彼女と付き合って4年、私の趣味はだんだんと彼女に伝染しています。
暴走する老人力と数値化された記憶
こんにちは。複雑系自営業者のコンプレクソロジストです。ごきげんいかが?
突然なんですが、みなさんこの数字を記憶して下さい。
19455468
覚えましたか?ありがとうございます。お手間とらせてすいません。ありがとうございます。
さて、昨日の晩ご飯はホタテとカシューナッツ炒め。
ナマイキにもヤングコーンとか入れてみたとです!
(`Θ´)
ここ最近ずっと化学調味料を使わずに料理をしています。
中華も自家製の鶏ガラスープを使っていますし(厳密にはガラじゃないけど)、洋食を作るときも自分で取ったスープしか使いません。
なんかとっても自己満足!!
自己満足とはいえ、満足は満足なんですよね。満ち足りています。
あ、ちなみに彼女はいつもおいしいと言ってくれます。この言葉があるから作ったカイがあるというもの。
「次はなにをやらかそうかな・・ふふふ」
とか思うわけです。
さて、今日は私の彼女の話をさせていただきます。
実は私の彼女は非常に強力な老人力を持つ女です。
(老人力についてはこちら )
老人力とは、簡単に言うと忘れる能力のことです。
人間はがんばって覚えることはできますが、がんばって忘れることは本来できない構造になっており、それを実現するのが老人力という「力」であるという考え方。
つまり忘れるという消極的な現象を敢えて積極的に捉えようという試みなのです。
たとえばこんなやりとりがよくあります。
「昨日の晩ご飯さー」
「うん、オムレツおいしかったよ」
「いや、カレー」
まぁ、料理ってのは作った人のほうが覚えているのは納得出来ます。
しかし二人で見た映画とか、テレビとかそういったことがらを彼女はあんまり覚えていません。
私たち二人の間ではこれを
老人力の暴走
と呼んでいます。
ドラゴンボールZでは、孫悟空がナメック星での戦いを終えて地球に戻り、家族とくつろぐシーンがあります。
奥さんであるチチに対して孫悟空は軽くツッコミを入れるのですが、チチは目測で30メートルくらい吹き飛ばされます。
また風呂場で遊んでいた彼は調子に乗ってスーパーサイヤ人になってしまい、家をぶっ壊すといった場面も・・
孫悟空は長年の修行で非常に強大な力を身につけており、これらのシーンは彼の力がある意味で暴走状態にあることを示唆しているのです。
つまり実生活に支障をきたす程度にまで、力のコントロールが困難になっています。
孫悟空と同様に彼女の老人力も暴走状態となっており、本人が覚えておきたいと思っていることがらもあっさりと忘れてしまうという困ったことになるのです。
本人曰く
「実生活に支障をきたす程度の老人力」
とのこと。
しかし私から見ると、彼女は非常に効率よく情報を取捨選択しているようにも見えます。
なんていうか、どうでもいい情報とそうでないことをきっぱりと自動的に選別している感じ。
問題なのは本人の意志がそっちのけっていうことでしょうか(笑
本人は覚えておきたいと思っているのに、脳が自動的に「こんなもんいらんわい」ということで捨ててしまうのです。
しかし客観的に見てその選択基準はとても合理的に思えます。
つい先日、二人の間でこんなやりとりがありました。
「ねぇねぇ、あなたってさぁ、無駄のない女よね。」
「そう?なんで?」
「だって余分な感情とかほとんどないじゃん。たとえば嫉妬とか人と自分を比べるとかしないでしょ。ヒステリーも全くないし、わざと困らせるフックみたいなこともしないしねぇ。」
「うん、しない」
「すげぇ合理的よね。やるべきことを坦々と片づけていって、無駄なこと考えないし。」
「そう?」
「ある意味で無機質な感じがする・・・・そうだな・・・・
まるでマシーンみたいだよね」
あ!しまった言い過ぎた! (`Θ´)
マシーンはねぇだろう、マシーンは!!
「・・・・
そう? (‘Θ‘) ヘヘ 」
あ、なんか嬉しそうや(笑
喜ぶところか?私は一瞬しまったと思ったわけですが、彼女はこのマシーンという表現がとても気に入ったらしい・・・
でも私に言われたからこそ嬉しいとも言っていました。他の人に言われたんだとしたら怒るかもしれん・・
そうなんです、彼女はまるでマシーンのように正確に冷徹に物事を片づけていくタイプ。
そしてどうでもいい情報は自動的に捨てる機能が搭載されています。
先週見た映画なんてどうでもいいじゃないですか。昨日なにを食ったかなんて、どうせ一ヶ月したら覚えているやつはいないんです。だったら素早く破棄するというのは非常に合理的なのかもしれない。
さて、そんな強力な老人力を持った彼女・・・先日新たな特技が発覚いたしましたのでこの場で発表させて頂きます。
先ほどこの記事の冒頭でご紹介した7桁の数字・・・思い出せますか?
見ちゃダメですよ。是非とも思い出してみて下さい。
思い出せたよーっていうあなた!シンプルに尊敬します!まじすごいとです。
実はこの数字はあるテレビ番組で紹介されていた記憶力を試すテストみたいなやつなんですが、記憶する方法も紹介されていたのでご覧になった方は覚えていても不思議ではありません。
私もその記憶する方法を使ったところ、何日もたった今でもこの数字を思い出すことができるようになりました。
だけど最初にこの数字を見たときは、約30秒でしっかり忘れてしまったのです。
ちなみに数字は
19455468
でした。これを覚えるときに
いくよゴーゴー、ヨーロッパ
という語呂合わせを作ると簡単に覚えられます。この語呂合わせのおかげで私は今でもこの数字を思い出せます。
このテレビを彼女も一緒に見ていましたが、彼女はなんとこの数字を語呂合わせなしでずっと覚えていられるんです。
19455468
このままの状態で何日も記憶しているんです。
そして驚いたことに、「いくよゴーゴーヨーロッパ」っていう日本語のほうがはるかに覚えにくい・・・というんですよ。
語呂合わせなんかよりも数字の羅列のほうが覚えやすいんだって・・・これってちょっと普通じゃないよなぁ。
「いくよ・・なんだっけ?」
「ゴーゴーヨーロッパ」
「なにそれ、覚えられない (‘Θ‘#)」
いや、普通はこっちのほうが覚えやすいはず・・・(笑
「なんで数字のほうが覚えやすいの?だって数字の羅列には全然脈絡ないじゃん。」
「でもさ、数字ってのは0~9までの10種類しかないわけじゃない?日本語は平仮名だけでも50個あるわけでしょ?だったら数字の羅列のほうが覚えやすくて当然じゃない。」
ああ・・・なんとなく納得・・・
とりあえず脳の構造が根本的に違うんだなってことを実感しました。
彼女の脳は昨日食ったメニューをすぐに破棄する極めて強力な老人力を持っているにもかかわらず、7桁の数字の羅列を何日も覚えていられるという特異な構造をしているようです。
恐らく全ての情報を数値化して記憶していると思われる彼女の脳みそ・・・
やっぱ、マシーンだ・・・











