複雑系レトリック~自営業白書~ -30ページ目

成長の記録

アボカド

こんにちは。複雑系自営業者のコンプレクソロジストです。ごきげんいかが?




本日は私が生暖かく観察しているものどもの生育状況を一気にご報告致します。


まずこの写真のアボカド身長50センチとあいなりました。



いやしかし、これスーパーで一個100円で買ったアボカドの・・まぁ言ってみればカスなわけですよ。


それがこんなに育ってしまうなんて・・・本当に植物って不思議です。



ツタンカーメン王墓から出てきたエンドウ豆が現在流通しているというのも頷けます。



てか、逆に



スーパーってすげぇもん売ってんだな!!!



と思ってしまうんですよね(笑



イトーヨーカ堂が売っているものって、サラダになる果肉だけではないんですね。

私たちは果肉と同時に可能性も買っているんじゃないだろうか・・・



単なる食料品店としての見方を改める必要があるかもしれません(ない)。






さて、次にこちら



白い毛2



シロナガモモゲタロウです。


何度も同じことを申し上げるのはキョウシュクなのですが、こいつの属性はあくまでも


モモゲ


ですのでよろしくお願い申し上げます。


こちらは一度挫折を経験した上で、現在もたくましく育ち続けています。



本日の身長は約8センチ・・・



前回の教訓を生かして結び目は作らないでまっすぐ育て!(`Θ´)







で・・今日はちょっと皆様にご報告が御座います。











































ウデナガシロゲタロウ


これ、見えますか?見えないよね見えないよね(`Θ´)



あのですね、私には右腕があるんですが、肩のちょっと下くらいに


白い毛



が生えてるんですよ。



これ3日くらい前に気づきました。



この白い毛はシロナガモモゲタロウと同様に、宝毛とか福毛とか呼ばれる縁起物だそうですが、私の知らない間に一本増えていたわけです。




シロナガモモゲタロウにとってもこれは嬉しいニュースです!弟の誕生!!!



というわけで




命名: シロナガウデゲタロウ




いや、それにしてもこれ、キレイに写真を撮るナイスな方法がないものでしょうか。黒い紙とか使ってもなかなかうまいこといかないし・・・まぁいいや。



平生より皆様からはアボカドと毛にただならぬ応援を頂戴しております。


これからも時々ご報告をさせて頂き、健やかなる成長の証をご覧に入れたいと考えています。






|Θ´) アディオス!!


|彡サッ

蘇る記憶とトリガーサウンド

サーロインステーキデミグラス

こんにちは。複雑系自営業者のコンプレクソロジストです。ごきげんいかが?


写真は昨日の晩ご飯、サーロインステーキのデミグラスソースです。

ソースにはちょこっとだけ焦がしたポルチーニ茸を入れて風味出してみた。

(`Θ´)アヘアヘ



いつも我が家で買うのはだいたい一枚700円くらいの安いお肉なんですが、今回はちょこっとだけ奮発して一枚千円のやつを買ってみました。


やっぱ違うな・・・かなり(`Θ´)



カボチャのポタージュスープ もう一品はカボチャのポタージュスープです。


スープって粉で売られているやつと比べて、自分で作るのは格段にウマイと思います。

あんまり失敗もしないし。


今日は記事の最後にこいつのレシピをご紹介致します。






私は18才から20才まで大阪の専門学校に通っていて、一人暮らしをしていました。


当時私が住んでいた集合住宅は、近所の人から「高度成長時代の遺物」と呼ばれるものすごい所で、公団住宅程度の大きさのビルで1フロアに60部屋がひしめきあっていました。


一応6畳一間ではあるのですが、横幅が両手広げた+αくらいの幅しかありません。



この様子を外から見るとなかなか衝撃的です。


とにかく窓と窓が考えられない距離に隣接しているのです。




そしてなんと、これが10階建てなんですよ!



つぅことは、ちょっとした大きさのビルに600世帯が収容(笑)されているわけです。



まさに兎小屋!!!もとい、独房!!



これは私が聞いた噂ですが、各部屋の窓に鉄格子(!)が取り付けられていた時期もあったのだそうです(笑

ほんとかよ・・・




ちなみに家賃は一ヶ月2万円(笑



600世帯のビルが全部で4棟ありますので、満員状態であれば総勢2400人のリトルシティーと化します。




もうめんどくさいので言いますが、その名も



ヤングタウン(`Θ´)



関西圏では結構有名らしいのでご存じの方もおいでになるかもしれません。

それにしても、ものすごいネーミングセンスに感心しきりです。



ここは府か市か忘れたけど公営の単身向け住宅で、今でも夢見る若者が沢山集まってくるのだと聞き及んでいます。

お金はないけど、希望が沢山・・・ギチギチに(笑)詰まっている場所です。




ヤングタウンの室内にはトイレも風呂も台所もなく、ただ水が出る蛇口が一個あるだけの質素な作り。


私はあんまり共同○○ってのが好きではなくて、台所もちょっと遠いし、最初のころはよくカップラーメンなんかを買って食べていました。






話は変わりますが、当時私がよく聞いていた音楽は以前ご紹介した変態ギタリストのスティーブ・ヴァイとか、あとはケイト・ブッシュなど。


ケイト・ブッシュ曰く


「私は子宮で音楽を作る」


だそうですよ。



(`Θ´) じゃあ私はsdfghjkで作りましょうか!!!




ケイトブッシュはシンガーソングライターのくせに70トラックの最終ミックスなんかを自分でやってしまうのだそうです。

まぁこの人も一種の変態だと思います。


結構美人なんですが、身にまとったオーラは非常に怪しげというか艶容・・・





日本で最も有名な曲は、恐らく


嵐が丘


という曲でしょう。



これはエミリーブロンテ「嵐が丘」という文学作品に触発を受けて作られていますが、こんだけ文学作品が醸し出す世界観というか、ニオイを音に出来るのってすごいと思います。








皆様は恋のから騒ぎという番組をご存じでしょうか。


あれのオープニングで異常に声の高い人が歌っていますが、あれです!あの曲が嵐が丘です!



Heathcliff, it's me, Cathy come home.I'm so cold,



ああああああ・・・恐いなぁ恐いなぁ・・・

((((;`Θ´)))ガクガクガクブルブルブル


私が怖がっている理由はエミリーブロンテの作品を読んで、ケイトブッシュの歌を聴くときっと分かるんじゃないかと思いますが、まぁめんどくさいのでスルーします(笑





さて、話は戻って・・・・


ヤングタウンで私はラーメンを買って食べていたわけですが、お金もないしラーメンだけじゃ足りないし、自動的に自炊の必要性が出てきました。


だけどやっぱり共同台所は遠いしめんどくさい。



で、私が考えたのが


電子レンジで炊飯


という作戦。



ご存じの方も多いかもしれませんが耐熱ガラスの容器を使うと電子レンジでご飯を炊くことができます。


言うておきますが、すごくマズイです(笑


無理もないけど(`Θ´)





この場合おかずをどうするかという点が問題になりますが、電子レンジはご飯を炊いていて別のことに使えないし、レンジで炊いたご飯は冷めるとさらにマズくなります。

温かいうちに騙し騙し食うのがベストですので時間差で使うことも出来ません。



そこで私が目を付けたのがオーブントースターでした。


トースターだけど一応オーブンだし・・・ということでゴミ捨て場から動くオーブントースターを拾ってきて(笑)キレイに掃除して使うことにしました。



お肉を買ってきて、それに塩コショウをふります。


そしてそれをそのままオーブントースターに入れて焼く!!!(`Θ´)




少なくともインターネットプロバイダーや携帯会社にお金を払うだけの余裕がある皆様にはあまりオススメ出来るものではありません。


とにかく、ものすごい勢いでが出てきます(笑




だけど一応食えるものが完成するんですよね。

世の中って不思議(`Θ´)




マズイご飯とマズイ肉をハフハフいいながら食べていたのはもうかれこれ10年前のこと。

本当に懐かしいです。



そしてその時に私が聞いていた音楽が、前述のケイトブッシュでした。



ケイトブッシュには悪いけど、私が食事するときは決まってBGMにさせて頂きました。




私は今でもケイトブッシュの嵐が丘を聞くと、あのとき毎日食べていたマズイ飯の香り(と煙)を思い出します。


しかも相当リアルによみがえります(笑




音楽というのは私たちが自覚している以上に深く脳に食い込んでいるものですよね。


一曲の歌が誰かを思い出させてくれたり、つらかったことや楽しかったことを思い出させたり。



思い出すという表現は生ぬるい・・・もっと、そう、やっぱり


蘇る!


なんだなと思います(`Θ´)




同時に、たいしたもんじゃありませんが奮発すれば牛肉が食べられる己の境涯をとても有り難く思うのです。








<カボチャのポタージュスープ>


材料 たまねぎ 1/2個  ベーコン 25g  かぼちゃ1/4カット 水500cc  牛乳250cc


調味料 固形ブイヨン1/2個  バター25g




たまねぎを薄切り、ベーコンを適当に小さく切って、バターで炒めます。


そんなに長いことやらなくてもOKだと思います。飴色にまでしなくていいと思う。


そんで、カボチャの種と皮を取り除いてぶつ切りにして、一緒に炒めます。

私は3分くらい炒めています。バターを適当になじませる程度。



で、水500ccとブイヨン1/2個を入れて30分煮込みます。


ヘラでカボチャが簡単に崩れるくらいになったらこれをフードプロセッサーにかけてなめらかにします。

ちなみに私は面倒だけどフードプロセッサー使わずに裏ごしをしています。こっちのほうがなめらかになると思う。


体力と時間が余分にかかりますが。



なめらかにしたやつをまた鍋に戻して牛乳を入れます。これは様子みながら徐々に入れていくのがいいと思う。

昨日は牛乳がなかったので水と生クリームで代用しました。


ちょっと煮立たせてパセリやらクルトンやら、適当にトッピングして完成!!!


ファミレス程度のスープなら絶対こっちのほうが上です!!

もちろん冷たくして次の日飲んでもうまいっす!(`Θ´)

敬老の日と完全なる脱力

ジャガイモ

こんにちは。複雑系自営業者のコンプレクソロジストです。ごきげんいかが?



昨日は中秋の名月


地域によっては雲が出ていたようですが、幸い私が住んでいる所は雲一つない快晴。



お月様は星が見えなくなるくらいに輝いていました。


じっと見ていられないくらいまぶしかった。 (`Θ´)






そして本日は敬老の日です。


10年くらい前に他界した私の父方の爺ちゃんは相当強烈なキャラクターでした。



幼児(私)を階段から落とすし鼻先でうんこされても気づかないし



ちなみに上にリンクした二つの話は、爺ちゃんが70代の頃の話です。



「あんた、よう考えてみいばい。こげな70代おる?爺ちゃんは私がお嫁にきたときからボケとったんよ。」


とは母の談・・・・




いつもボーっとしているとかいうのとはちょっと違います。


そうではなく



ボーッとしていないことがない



という、より積極的なボケ。ポジティブなボケです。





これまで何度か書きました通り、私の実家は美容院を営んでいます。


ちなみに創業者婆ちゃんで、若い頃に修行してのれん分けで独立したのだそうです。




終戦間もない当時の美容師は花形商売でしたし、村に一件しかない美容院は当然繁盛します。



ですので、私の父は幼いころはわりと不自由なく育てられたのだそうです。


小さい頃に友達と映っている写真には誰もが草履を履いている中で、ただ一人だけ靴を履いている父の姿があるらしい・・(←見せてもらったことないけど




儲かる商売というのはいつの時代も忙しいものだと思います。


婆ちゃんは働きづめ・・・それがたたってかどうか分かりませんが、結核を患い余命三ヶ月と診断されました。




「あたしゃ、3ヶ月で死ぬっち言われてから30年生きとる」



こういうことをサラっと言ってのける苦労人です。


ちなみに今では40年に達していると思いますし、まだまだ記録を伸ばしそうです(笑





で、爺ちゃんはそのころ何をしていたかというと・・・・










































何もしていなかった!


すげぇぜ爺ちゃん!!(`Θ´)




多分そのころの美容師っていうのは女性の仕事ですよね。


当時は「髪結いの亭主」だなんていう言葉もあったそうで、こんな言葉が存在する時点でいかに「なにもしないでよかった」か察することができるというものです。





私は無駄な力み(りきみ)を取り除くのがとても得意です。


意図的にリラックスする・・・起伏をコントロールする・・そんな感じ。




しかし、在りし日の爺ちゃんに比べたら私の特技なんか屁でもありません。


完全なる脱力!




なにもしないで良いと言われて、本当になにもしない人でした。


ある意味すばらしいと思います。





で、そのまま老人になった(笑




ああ・・・なんつー人生だ。本にしたら文庫本1冊くらいで終わってしまうんじゃないか・・


私の記憶では、爺ちゃんがピッとした所を見たのは2回くらいしかありません(笑



私は18才まで実家にいましたので、だいたい10年に一回くらいはびしっとするんですよね。

極めてレアケースです。





ところで婆ちゃんと爺ちゃんは見合いで結婚しています。


婆ちゃんは結婚後しばらくして仲人さんのところに出かけました。







































クレーム言うために!

わざわざ遠くまで出かけたらしい(笑



「ようこんなやつを紹介してくれたな!」ってことのようです。



いくら髪結いの亭主といえども、あそこまでなにもしないでいられると文句の一つも言いたくなるでしょう。




正月帰省したときは、父と二人で


「俺たちには爺ちゃんの血が入っとるけのぅ」


と戒め合うのが習慣化しています(笑




私は、人間ってのは存在そのものが尊いんだと思っています。


その上に夢とか成功とか名声とかそんなものをのっけなくても、一人一人が十分にかけがえのない存在。



で、これを地でいってそのまま死んだのが私の爺ちゃんですが(笑)さすがに私はここまで自分の論理に徹することは出来そうにありません (そりゃそうだ)

中秋の名月

だんご

こんにちは。複雑系自営業者のコンプレクソロジストです。ごきげんいかが?



珍しく自分から進んでみていた「女王の教室(ドラマ)」が終了しました。



ドラマですのである意味当然ですが、若干の御都合主義的な面があったのも事実。


しかし全体として私はやっぱりこのドラマ好きだな(`Θ´)



阿久津真矢というキャラクターが表現していたものは師弟だと私は思います。



生徒と先生・・じゃなくって、師匠と弟子




確かに今の子ども達は師匠という存在がどういうものかあんまり分かっていないかもしれない・・・そんなことを考えていました。





ところで今夜は中秋の名月だそうです。


真矢も「今のことに目を向けずに将来のことばかり心配するのはやめなさい」って言ってたし、今夜は彼女と二人で月でも愛でようかと思います。


ちなみに中秋の名月の日は意外と晴れる確率が低いらしいんですが、今日はとりあえず関東以西はおおむね天気が良いようです。




私の育った街には大きな川が流れていて、そこには結構立派な河川敷があります。


高校生のころは友人達と安酒を飲み、この河川敷で朝になるまで語り合ったり、星をながめたりしました。




買ってきたヘビ花火(うんこ花火)を4人くらいでじーっと眺めたり、寒い日は適当にそこらへんにあるものを燃やして暖を取ったり・・・



獅子座流星群が来ると知って、朝まで流れ星を見ていたこともありました。




夜空を眺めていると自然といろいろな疑問が湧いてきます。



例えば私たちが肉眼で見ることのできる恒星のほとんどは3光年~3000光年の範囲内にある天体ですが、あの星とこの星と、最大で1000倍も距離の差があるとは到底思えません。


どんなに眺めても平面的な夜空。


奥行きが感じられない。


どう見ても、何度見ても流れ星は恒星が落ちてきているようにしか見えないし・・・


だけど一方はちょっとした石ころ・・・一方は太陽の数十倍もあるようなどでかい星なわけですよね。てことは地球の数千倍のでかさ?

もしそんなもんが落ちてこられた日には「地球に落ちている」のか「地球が落ちている」のか分かりません。



はぁ・・・とても・・とてもそんな風には見えない。


見れば見るほど手が届きそうです。




この「光年」は光が1年間で移動する距離を単位にしているわけですが、てことはこの星の放った光にも1000倍の時間差があるわけですよね・・・


3年前の光と、3000年前の光・・・ああ・・・どんなんか。




私が見上げる星の中には、ツタンカーメンが生まれたころに発せられた輝きもあるんだなぁ・・・


そして今から3000年後の人達は、私が生まれたころの輝きを見るんだろうなぁ・・・




私たちが見ているものはすべて過去の映像です。






夜空で最も存在を主張しているのは言うまでもなくですが、お月様をじーーーーーーーーーーっと30分くらい眺めているといろいろな見え方があることに気づきます。


私は月がに見えるんですよね。



真っ暗な夜空はかりそめです。


黒いテントの中に入っていると思って下さい。




そして月はそのテントに空いた穴です。






天蓋の外はとても晴れやかで明るい世界。


薄雲がさす真昼の空が見えます。



もし鳥の影なんかが見えたりしたら「あああああやっぱり穴だった!!!!」って思うだろうな(笑






しかし朝が近づくにつれて天蓋の色は薄くなり、だんだんと明るくなって太陽がすべてのものをぶちこわします



夏場などはこの時間帯になるとミミズがみょろみょろとはい出してくるんですよね。


土の中が暑いからかどうか分からないけど、結果的にさらに暑い陸上に出てきて死んでしまいます。


そしてすぐに干からび、足の踏み場もないほどグロい光景が展開されます。




ところで、この時間帯になるともう一つ湧き出してくるものがあるんですね。















































お年寄り!

爺ちゃん婆ちゃんが朝の散歩をする時間帯ミミズがはい出してくる時間帯ほぼ完全に一致しているのです。


この大発見をした時は、きっとミミズと老人になにがしかの因果関係があると予測しましたが、眠い頭でボケーーーーーーーーーーーっと眺めている私たちには議論を発展させる余裕はありませんでした。




というわけで、中秋の名月から明日の敬老の日に向けて非常にシームレスに展開してゆくお話をさせていただきました。(`Θ´)←少しは敬え


時間が止まった島と私の所属するべき社会

コーヒー

こんにちは。先日こちらの記事 で私の見事なブラックスキンを披露し、皆様からの暖かな励ましのお言葉に感謝しきりのコンプレクソロジストです。ごきげんいかが?



ちなみに私の小学校のときのあだなはインド人です。子どもってほんと残酷よね。(`Θ´)



記憶にはないのですが、母によると私は小学校のときに黒んぼ大会優勝した経歴があるのだそうです。



私はわりと器用なほうで、あれやらこれやらそこそこ出来る男ですが(ウヘヘ)その代わりに「なにかでトップになる」ことが出来ません。

プログラマーという職業もかなり適性があると思いますが、それでもやっぱり1番じゃないんだよなぁ・・・



しかし母の話が正しければ、もしかすると唯一誰にも負けないのがこの黒さかもしれない。(`Θ´)





だとしたら私にとってブラザーの道を突き進むことが一つのシアワセのスタイルなんじゃないか!?



YO!YO!白くなりたる山ぎわチェキ・・・♪






私にとってブラックスキンは永くコンプレックスの中央を占めるものでした。

だってほら、やっぱ人と違うのってイヤなもんじゃないですか。



社会には自分たちと違うものを排斥しようとする機能があると思います。

しかしその機能は実は自分の中にも備わっているんです。


つまりみんなと違うものを自分自身がなかなか肯定できないというケースがあって、それは重大なコンプレックスに直結する要因となります。



私は、オレンジや水色のランドセルを使っている今の子どもたちを羨ましく思います。

彼らは私の世代よりも、みんなと違うことを肯定する度量を携えているのかもしれません。





ところで、私は沖縄生まれです。


その後九州で育ちましたが、一番下の妹が生まれたとき以来沖縄にはずっと行っていませんでした。


ものごころついた後に行く機会があったのは高校二年生のとき。



当時既に10年ぶりの生まれ故郷で、私にとっては微かな記憶を確かめる貴重な機会になりました。




このときに沖縄に行くことが決定した際に、私が非常に興味をもっていたことがあります。


これだけは絶対に確認せねばならない。そうでなければ行く意味がない。


私が関心を寄せていたことがら、それは・・・









































ブラック仲間がいっぱいいるはず!!


(TΘT)アウアウ




私の所属するべき社会がそこにあるのかもしれない!!!



そんで、沖縄に行ったですよ!夏休みですよ!


こないだアップした写真とは比較にならんほど肌が黒い状態です。



で、私は那覇空港付近であたりを見回したわけですが、詳細な観察を行った結果・・・

















































私が最もブラック!!!


(TΘT)アウアウ 勝った




どうしてですか?ここは南国、楽園でしょ?ブラックパラダイスなはずでしょ?


なんでですか?なんで私がトップランカーなんですか?


教えてください!愛は死にますか?心は死にますか?





見渡すかぎり、普通に黄色人種ばかりの街・・・


親戚一同から「おまえ黒いなぁ」と言われるこの空しさ。


ネイティブの方々から一目置かれるレヴェルだったわけです。

そりゃ内地の人間が私をしてインド人と言うのも無理はありません。





正直言うて私はかなり期待していました。


その時の私の気持ちを例えるとするならば、腐海で虫たちとたわむれようとメーヴェに乗り込むナウシカのようなものです。



しかし、そこに虫はいませんでした。てか、私が虫でした。ああ・・もうわけがわからぬ。




とにかく、このときに私が会った親戚は恐らく20名近くにも上ろうかという中、私を上回る黒さを持つ人はただの一人もいませんでした。


SO、私が抱いた微かな期待は見事に打ち砕かれたのですYO。






ところで、ご承知の通り沖縄には米軍の基地が沢山あります。


沖縄は多分唯一の電車が通っていない都道府県であろうかと思いますが、その理由は米軍基地があるために敷地を確保できないからだそうです。


目下政治的にもこの問題は非常にデリケートに扱われていますが、私が行った当時はそんなにぴりぴりしたムードはありません。



九州しか知らない私にとって、米軍基地の近くにあるお店は異国情緒漂うステキな街でした。






米軍基地の近くにあるお店で私が商品を眺めていたところ、基地で働いていると思われる黒人の父子が入ってきたんです。



彼らは仲良く会話をしながら、商品を眺めています。




彼らはお互いに目を合わせることはあんまりしていません。


会話をするときは、相手を視界の端っこに入れるような感じです・・・イメージ伝わりますかしら・・・




皆さんもきっとそうですよね。


誰かとショッピングするときに視線の中心は商品にあるわけで、会話をするたびにいちいち相手のほうを向いたりしないと思います。






しばらくして商品を眺めていた私の横に、この黒人のお父さんがやってきて突然しゃべり出したのです。


「I am ぱうえyぱghr;gはkfだb;jkんf;あr」




私は彼のほうを見ましたが、そこには話すべき相手がいません

息子は遠くの棚で別の商品を見ているんです。



てことはもしかして、今のって



私に言うたのかね?(`Θ´)




お父さんはしばらく商品を熱心に見ていましたが、こちらからの反応がないこと(笑)をいぶかしく思ってか、突然私のほうをパッと見たんですよね。



そこで交わされる視線・・・


全てのことを理解した二人・・・




「HA! HA! HA! HA!」

ハハハじゃねぇって・・・(`Θ´)



説明が長くなりましたが早い話、私はこのお父さんに息子と間違えられたわけですよ。




しばらく私のことをじろじろ見ているお父さんの視線から


「おまえ、黒いなぁ」


という仲間意識がひしひしと伝わってきます。





その時私は思いましたね。



ああ・・


やっぱりここには私の所属すべき社会があった!!!


(TΘT) メンソーレ






未だに週に1回くらいしか外に出ないくせにブラックスキンをキープし続けている私。



すっかりコンプレックスは昇華できていますし、今では自分の肌色が結構気に入っています。


それどころか一回転して「人と違ってなんぼ」くらいに考えていおり、私が世界を多様にしている一助を担っていると自負しています。



そして、真剣に老後を沖縄で過ごせたらいいなーって思っています。