連想
専門学校の講師をしていたときにやっていた課題として、
「連想キーワードを100個書き出す」、
と言うものが在りました。
デザインにおいて柔軟な思考をやしなうのと、固定概念で固まった頭の中身を
一度リセットするためにやっていたのですが、意外とできない。
何でもいいので前後で関連性のあるキーワードを繋げていくだけなんですが、
例えば
「○」→「リンゴ」→「赤い」→「クレヨン」→「船の帆」→「ロープ」→「螺旋」→「遺伝子」
と言う具合。
その人の考え方とかが何となく見えてくるのですがある程度年齢がいくと、この連想が
30~40前後で止まります。
頭の中もとまってるんでしょう。
「どうしたらいいですか?」
と、聞かれたりもするけど、
それは自分の問題だから自分でなんとかするしかないわけで…
無理な要求
マンションの販売センターを作るのには相当の労力がかかります。
箱(建物)の中にあるものの全てに何らしかの形でデザインと係わり合いが
あるので、お客様との打ち合わせではかなり気を使います。
決めなくちゃいけない事が多いので、打ち合わせの資料(カンプといいます。)
も一人分がA3で50ページをこえることなんてザラ。
ソレですら毎回決まっていく部分を省いての枚数。
決まったことに関しては、次回には打ち合わせをしない、
というのが暗黙の了解になってはいますが
(でないと雪だるま式に問題が積み重なって終わらない。)
あるとき部長クラスのお偉いさんから、ものすごく怒られました。
理由は
「前回決まった点を記したカンプを次の打ち合わせ時もってこなかったから。」
いわく
「オレはいろんな物件の仕事をしてるんだ!決まったことを全て覚えてろとでも言うのか?」
と言うことでした。
なので前回に決まった事柄に対しては赤で大きく「決定済み」と書いて出力をする。
と言う余分な作業が発生するのでした。
出力も面倒なことながら(毎回分厚くなるので最終的には一人分が200ページくらいになってました。)
正直にいうと、決まったとはいえもう一度見返すと色々気になる点も出てきたりして…
都合がわるいんですよね。
ちなみに、このときの出力は一枚100円くらいなので、一人分の資料で20000円くらい。
これが10人近くいるので毎回の出力費用だけで20万円?
お金の話で申し訳ないけど50枚なら5万ですんでるのに…。
出力時間も一枚30秒として一人あたり1時間半はプリンターを動かしっぱなし。
10人ぶんだと出力だけで単純にみつもっても10時間…
ほぼ、一日仕事でした。
資源と時間の無駄の上に積み重なってできているんですねぇ。
他者との比較
専門学校で講師をしてたときに感じたのですが、
他人からの評価、比較を否定する方が多い、ということでした。
あなたに評価してほしくない、私はもっと優れた人間なんだと主張するのは
良いけど、実力が伴わないとね。
子を持つ親ですらこのざまですから、いまどきの小学生なんかの評価は
押して知るべし、なのです。
(まぁ、兄弟が学校の先生をしていて知ったのですけど。)
今、ほとんどの小学校では評価は「良くできました」「できました」「もう少しがんばりましょう」の3段階しかないらしく、
かつ最低評価の「もう少しがんばりましょう」はつけてはいけない決まりになっているそうです。
(いずれにせよ「もう少しがんばりましょう」という評価をしたところで親からのクレームで訂正させられる
以上はじめからつけないほうがもめなくて良い、と言うことらしいのですが…)
親として本当にそれで満足なんですかね?
もちろん親心としては子供にしてやれることは、してやりたいのが人情。
でもそれは子供の選択肢を増やす場合にのみにしておいたほうが子供のためになると思うんですが。
たとえば、本当に勉強ができない子供を親の力で医者にしてやっても、本人のためにはならんし、
そんな医者に診られる、他人様はさらに迷惑な限りですよ。
なにより等身大の自分を把握する機会を親が奪ってよいものなんでしょうか?
そんなわけで事実上の成績の2段階評価や、運動会での横並びゴールなどには私は大反対です。
(ビリになったら心が傷つく!ということらしいですが何いってんだか?)
馬鹿でもいいじゃない、足が遅くてもいいじゃない。
不出来だったとしてもその子自身が、自分で生きる道を探すのを影で見守るのが、親ってもんじゃないんですかねぇ。
グダグダな終わりかた
具体的に何を納品するかをきめないで引き受ける仕事がある。
マンションの販売センターとかがソレ。
そこで発生するデザイン関係は全部面倒をみてあげて幾ら。(グロス発注)っていう受注形式のため
明確な終わりが無い。
たいていの場合は、いただいている金額を常識の範囲に照らし合わせてこれ以上は無理!っという
感じになったらお客と相談&交渉。
暇ならね…
忙しいと、模型のキャプション(北とか南とかの方角や共用施設の名札みたいなもの)を作ってくれ!
という普段なら楽勝の仕事も回らなくなり始めます…
ましてや
「あー、キャプションを挿す台もないので適当にアクリル製のを買ってきてください!」
だったり、
「私は忙しいので現地まで納品に行ってください!」
とか言われると困る。
データはつくるけど、現地まで自分で納品ってのはなぁ…どうなのよ?
ましてや
「一緒に追加のパネルを3枚ほどもっていって取り付けてきてください!」なんていわれると
私は何屋ですか?…
って気にもなる。
お声が掛かるうちが華ではあるのですけど、発注される内容がなんかデザインとはかけ離れていくのは何故でしょうか?
困ったちゃん
近頃、沈静化していた宗教勧誘がここにきて激しい事になってきています。
もともとは地元の友人で(今はちがうけどな!)偶然にも東京に出てきたとのことで
久しぶりに会わないか?と誘われノコノコ付いていったら宗教勧誘だったというオチ。
もちろん断ったんだけど、毎日電話かけてくるし、勝手に自宅まで押し寄せてきて説得しようとするし…
要するにすごい迷惑なんですが何べん言って聞かせても、自分ルールを押し通すだけなので
会話にもならず、かといって放置すると色々と不都合がありまくり。
なにかうまくいかない事があると、「それは悪い気がついているから、お経を読めばよくなる!」
とのたまう。
違う!うまくいかないのは「自分に実力と運がないだけ」だ。
それ以外の理由をみつけようとするのは自分の無能さを認めれない卑怯者のみ。
常に実力で生き残らなくてはならない競争の激しい業界にいると、人の力なんか当てにしていられない。
ましてや神だのみなんて、もってのほか。
うまくいかないなら、うまく行かせる方法を頭を回転させてみつけろ!と…
他人が何を信じていようと別にその人の自由なんですけども。
他人(神様に?)に自分の能力不足を補ってもらって満足なのかと聞きたい。
それって自分のみの力じゃないわけですよね?
身の丈にあった生き方ってのを考えたほうがいいのではないかと思います。
でも、まぁ彼に言わせりゃ、「いつも神様は助けてくれる」そうですよ!
馬鹿じゃねえの?
ぼーなす
なんでも今期は平均で89万円くらいのボーナスが出たらしく、
そりゃ世間的には景気のいい話なんでしょうけど…
デザイン業界って基本、ボーナスは0円なんですよ。
ついても、ものすごい景気のいい時のみで5万円とかその程度。
飲食業では材料の原価が3割をこえると赤字らしいけど、デザイン業って人件費が8割をしめてるんだから
そりゃ、ボーナスもだせないよなぁと思ってしまいました。
利益率を上げようとすると利幅の少ないものを回数で稼ぐか、一回の利幅を上げるしか方法は無いんだけど、
単一のものを複数つくる類の仕事ではないため、回転率を上げるには人材を増やすしかなく、
それだって増やした分の人件費を稼ぐためにさらに回転率を…
という悪循環。
利幅を増やそうにも大体定価なんて決まってますから、基準額を1.5倍にしただけで発注がなくなることは必死。
どうやっても儲からない構造だと思います。
一番いいのはデザイン業から手を引くことだったりしてねぇ…
こころの病
今回は躁鬱の激しい人に対して攻撃的です、すいません。
先に謝っておこう。
基本的には躁鬱が激しくなった人は働くべきではないと思う。
誰にだってなる可能性があるわけで、自分だって例外ではないけれど、
職場に迷惑をかけるのだからなんらかの対処はするべきなんだな。
公務員なら同じオペレーションが他人にもできるように設定されているから問題はないのだろうけど、
デザイン業界で一人分の仕事を誰かが肩代わりするとなるとかなりの負荷がかかる。
ただでさえ、帰れないのに…
そりゃ、病気なんだろうけど、その人のせいで2、3日帰れなくて、ようやく連絡取れたと思ったら
「やっぱり今日も鬱なんで休みます!」って…
別にいいけどさぁ。
そんだけ休んどいて、出勤したら他の人と待遇は同じにしてくださいってのは難しいぞ。
れっきとした病気だし、誰だってなる可能性はある。
でも、それに甘えてはいないかい?特に酒のんで出勤してくる奴。
もう、訳わかんないよ。
「僕、鬱だけどむりやりがんばってます、だから酒飲んでテンションあげても見逃してね!」って事か?
親不幸者
私の事です。
すでに父親が他界しているのですが、職業上、仕事をほっぽらかして親の危篤に駆け付ける、
というような簡単で当たり前な事ですらできませんでした。
ごめんよ、親父。
危篤でいよいよ危ない!というときに私も仕事でピンチを迎えていたもので。
なんとかなる目処がついて実家に帰れたのは通夜の晩。
母親から死因は「多臓器不全によるショック死」であったことを聞かされました。
肝硬変も併発していたようです。
直接亡くなっていく過程を見たわけではないので亡くなってからもう2年近く経ちますが、
未だに父親がなくなったという実感がありません。
とはいえ、さすがに親父の葬式が済んでからの数日間は、
「親の死に目に会えないような職業なんてやってる意味があるのか?」と、ずっと考えていましたけど。
母や叔母には私の事が気がかりだ…といつも言っていたそうです。
2年も経つけど未だに答えは出せないんですよね。
反省文
お付き合いのある会社さんから、
「comeさんは作るものはソコソコなのに、説明があまりうまくないから損をしている。」
と言われました。
性格的にクドクドと説明するのは好きではないし、あんまりオレが!オレが!と前に出るのも好きじゃない。
と、自分に言い訳をしていたのではないか?と最近反省しております。
つまり、自分の作るものを過信するあまり説明責任をはたしていないのではないか?と思ったわけです。
ロジックを構築してモノを作ると、つい相手も同じ論理を積み重ねているような気になったりしますが、
自分が職業的にそれを考えているのに対し、お客は最後の部分の結果しか見せてもらえないのに、
私の頭の中にしか無いロジック部分を推測しろ!っていうのはかなりというか、むちゃくちゃ乱暴な話しな訳で…
すいません皆様、大変反省している事しきりです。
バイク便
いまや、デザイン業界になくてはならないバイク便。
ある意味、コイツラのせいで夜中に仕事をしなくてはならないといってもいい。
24時間走るものだから、お客も平気で夜中に「データを送ってよ!」と言うようなことをやる。
じゃあ、バイク便なんてなかった頃はどうしてたのか年配の方に聞いてみたら、
やっぱり原チャか自転車で原稿を届けていたらしい。
近距離ならいいけど、長距離をチャリってきつくないか?
しかも、寝ないで走るもんだから事故も多かったそうだ。
ちなみに私の友人は電車の動いている時間帯に帰れないのでバイクを買ったが、
逆にそれがアダとなり、ボスに「じゃあ何時まででもはたらけるね!」と言われた挙句、
事故って骨折した。
骨折程度ですんでよかったよホント。
国道246沿いでバイクで店頭なんて死を意味するからね。
その友人はどうして事故ったのか、前後の記憶が一切ないのでわからないそうだ。
彼にとって二重にラッキーなのは、その時徹夜をする羽目になった仕事相手とこの事故が縁で結婚した事。(笑
