リメイク
他人の作ったモノを手直しするというのは、あまり気分がよくない。
元のデータを作った人に申し訳ないし、なおかつデータの作り方がメチャクチャだったりして
効率が悪い、悪い。
で、何の話かというと、上記のとおりプロがつくったとは思えない印刷物やパネルやデジタルコンテンツの
リメイクの仕事もままあるわけですよ。
データを見る限り、ありえない色づかいとデザインの精度。
で、格好いいようにつくりかえますわな。
お客のところにもっていくと、
「ここはもっと文字を大きく!」
だの
「文字は目立つように赤い色で!」
だのと言われます。
悲しき受注産業ですので言われたとおりに直していくわけですが、
ドンドンとダサくなる。
待ってくれと。
格好良くしたいからこの仕事が発生してるんじゃないの?
結果、作り直す前と対して変わらない出来栄えなら意味ないのに。
んで、わかった。
多分、元のデータを作った人は最大限努力したんだろう。
で、お客のセンスのなさに引きずられてこんな悲惨なモノが出来上がっちゃったんだ。
誰がやってもダサくしてしまうクライアント。
最悪です。
デザインの発注権があるんなら少しはデザインの勉強しろよ。
何が格好いいのか分析しろよ!
文字大きくして赤くすれば目立つなんて素人の考えじゃん。
センス磨け!
(↑赤くすると確かに目立つけど、それってテキスト主体が前提なわけで。)
ルール
書いてる内容がデザインと関係が無いことに、最近気づきました。(笑
戻します。
私がデザイン上のルールとして決めているのは形態の単純化と想像の基点。
(大体の人はそうだけど。)
形態の単純化というのはまんまですが簡単な形状で表現を行うこと。
やたらとこった、写実的な表現というのは広告にはむいてるけど、
それですら最小単位のエレメントではかなりの省略とディフォルメが行われてます。
事細かには説明しませんけどね。
想像の基点というのは、お客にとって落とし所をきっちりと押さえるということ。
わざわざ、お客には説明しないけど、普通に頭の回る人なら気づきそうなトリックを
仕込んでおくという事です。
たとえば、社名ロゴの制作の場合には、よ~く見ると社名が形状として含まれてるという感じ。
もちろんアルファベットをそのまま使うようなことはしなくて、上記のように単純化・省略化はしますけど。
上のロゴはウチのものです。
見たとおり「K」の文字がモチーフとなっていますが、
逆時計周りに90度まわすと、形状が稲の芽になっています。
これは私の名前に米が付くからなんですが、
わかりますかね?
後回りの囲いは、「枠には収まらないデザインをするゼ!」という意気込み。(笑
時間の概念
私はわりとせっかちだ。
待ち合わせをしたらその時間の15分前には必ずその場所にいっているほど。
待ち合わせの待っている時間は好きな人となら楽しいのかもしれないけれど、
仕事で待たされると機嫌がかなり悪くなる。
根本的に相手を待たすという行為は、相手の人生の一部を無為に消費させている
行為なのだと思う。それ自体に生産性などありはしないし、
一体、待たされた30分という時間があればどれだけのことが出来るのか。
その可能性を摘み取る行為に等しいので、少なくとも私は相手を待たさないようにしたい。
なので、平気で遅れてくるようなやつは、私を舐めているものと判断する。
つまり「コイツごときが、30分でいかほどのことができるよ?」と考えているいう事だ。
ので、上記のとおり15分前には待ち合わせ場所にいるわけである。
というようなことで、時間にうるさいのはそういう理由があってのことなのだけど、
女性にはことごとく不評である。
なんか、セコい!とか言われてますけど~、
だめですか、男が時間にうるさいのは?
ちなみにうるさいのは時間だけであとは物凄い適当なんですけどねぇ。
友へ
私には小学校の頃に、同じように美術の道に進もうとしている友人がいた。
彼には才能があった、私とは比べ物にならないくらいに。
彼の描く絵はどれも繊細で緻密なタッチと、情感のあふれる色彩で満ちていた。
それにくらべて、私の描く絵は稚拙で未熟すぎた。
私には無いものを持っている彼のことを深く尊敬するとともに嫉妬もしていた。
どうあがいても私にはたどり着く事のできない高みに、既に彼はいたからだ。
ただ、彼の家は代々医者の家系で彼は長男ではなかったものの、
親のススメで中学の頃には有名な進学校へと行くことになった。
それから数年後、同じ美術予備校に通うことになり、
そのときに親の反対を押し切って私立の進学校をやめ、
普通の学校に通いながら美大を目指していることを知った。
けど、彼は才能には恵まれたけれど、精神的に打たれ弱いところがあった。
彼ほどの才能があるものでも、前述のとおり予備校ではボロクソにけなされる。
才能のあるものほどそれは顕著になる。
講師からのプレッシャー、親からのプレッシャー。
それらに耐えかねたのか、彼は私の前から姿をけした。
風の噂では専門学校に行ったらしいがやはり周りの圧力に耐えかねて
辞めてしまったらしい、との事だった。
私もそれ以降、人の才能に嫉妬をするようなことは無くなったし、
うらやましいとも思わない。
けど、彼に見えていた世界というのは確実にあって、
それがいったいどんな世界であったのは彼にしかわからないのだ。
横柄120%
ものすごく混雑する朝の通勤ラッシュ時の事。
座席に0.5人分ぐらいの空きがあって、なんでかなぁと見てみると
混んでいるにもかかわらず足を「でーん!」と広げて1.5人分は占領していると見られるおっさんが…
詰める気などさらさらねぇよ!とばかりの態度。
ムカついたので無理やり割り込んで足の上に座ってやった。
したら、睨みやがるの!
会社でナンボ偉いのかは知らんけど、
周りのみんなに迷惑かけんなよ。
かなり見苦しい。
というかですね、なんか世間の事を解らないサル山のボスが下界に下りてきた感じ。
多分、電車通勤してるぐらいだからたいして偉くはないと思われるのですが、
その勘違いレベルが凄まじい事に気づいていないのね。
日本人の根本的な気質として、相手を慮ってある一定の距離を置く。
というのがあると思うのだけど、どーしてなくしちゃうかな。
あのね、会社でみんなが敬ってくれるのはそういう仕組みなのよ。
別に本当に敬っているわけじゃなくて、出世とかボーナスのために
下げたくない頭を下げ祭り上げているだけのこと。
そこを勘違いして尊大な態度をとっていると会社を辞めて、何の立場も無くなった時に
回りに誰もいなくなっちゃうかもよ、奥さんも含めてな!
徹夜あけにて
昔、(会社にいた頃)徹夜は日常茶飯事で、さすがに3日も4日も家に帰らないと服が臭い始める。
なので、我慢できなくなると徹夜明けの早朝にタクシーで帰宅するのだけど
(件のドケチ「社長のせいで、もちろんタクシー代は自分持ち)
タクシーの運転手の方に話しかけられる事が多かった。
(乗ってるの朝の4時とか5時とかよ。)
彼らもサービスでしてくれてるんだろうけど、正直二徹三徹明けではまともに会話をする気力が
なくていつも適当に受け答えをしてた。
その中で、一度だけ運転手に
「おにいさんデザイナーでしょ、大変だよね」
と言われたことがあった。
話を聞くとその運転手の方も、なんと昔はデザイナーだったという。
(目つきとか服装でなんとなく判断がつくそうで。)
もっとも、その頃はコンピューターなんてないし、写植文字を自分で貼ってたりしたらしいけど、
やっぱり昔から労働時間に対してあまりにも少ない収入で苦しくてやめちゃったという事だった。
「奥さんにも逃げられてたいへんだったよ、ははっ!」
と苦笑いをする運転手の方をみながら、
私まだ現役のデザイナーなんですけど…とはいえなかったわけで。
その頃は辞めることは頭になかったからまったく先の見通しがなくて、
自分の未来に暗雲が立ち込めたような気がしたんだよね。
ちなみに、徹夜明けの花は意識が朦朧としているせいか、夏場は朝顔すごくキレイで思わず
涙することが何度かありましたとさ。
デザインの力
前述の続きですが、
予算がないお客に限って、そのしわ寄せで見栄えがショボくなるのを
デザインでカバーしようとします。
私見なんですが、素材のショボさはカバーできてもそれ以上の何かに変えるのには、
やはりデザイン費にお金をかけないとね。
タイル一枚幾らで決まっているところより、いわゆる定価のないデザイン費用の方が
削りやすいというのはわかりますけど、しわ寄せを食らってしまうのはいかがなものかと。
日本の会社では知的労働の対価についてはなかなかお金を払わない体質で、
未だに見積りのデザイン費という項目に対して拒否反応があり、
見積書・請求書からはデザイン費という項目を消すように言われることもしばしば。
デザイン費の内訳なんて実質人件費でしかないんですが、
それに対して他人が値段を勝手に決めるというのが問題なんですけど。
話が飛びましたが、デザインだって魔法じゃないんだから、
作りや素材のショボさを覆して高そうに見せかけるのはかなり難しい、という事です。
スーパーの198円!とかのチラシのセンスを不動産に持ってきて、
それでよしとする人たちには本当のデザインの価値なんてわからんでしょう。
というか、ヤツらは人様に建物を売る立場で「このデザインはいいですよ!」とお客に進めるくせに、
建築のデザインの知識は皆無な事が多いです。(十中八九そう!)
何を根拠に良いといっているのやら。
だいたい、住む場所の外観なんて専有部分に比べたら遥かにどうでもいい場所じゃない。
他物件で競合があって広さ、値段、立地条件が確実にならんだ時ぐらいしか意味をなさないような
気がします。
中身については居住者の好きにできるわけだし。
とりあえず、私とデザインについて会話したいならまずそこから勉強!
でないと、打ち合わせで話の本筋までいくのに時間がかかって仕方ありませんがな。
予算のかけ方
ほんの数年前まで集合住宅(マンション)の販売センターなんていう形式はなかった。
バブル崩壊後の不動産はやはり停滞気味で、販売に苦しむ中でうまれたのが
現在のモデルルームとプレゼンテーションを兼ねる販売センターという形式だという。
年々販売センターにかける金額というのは二極化してて、
ものすごいお金をかけるか?
物凄くケチるか?
の二つになってきた。
制作サイドとしては物件自体はともかくとして、販売センターというカタチは
売るための空間としてのスペースデザインなので、それになりに演出をしたい。
いわゆる雰囲気で勝負するような世界だ。
が、広告宣伝費に回せるお金は決まっているので予算とのせめぎあいの中で
アレもダメ、コレもダメ。
になるとさびしい。
「いいんだよ、そんな余計なところにお金をかけるぐらいなら、物件の単価を下げたいんだよ!」
といわれると正直どうしようもなくなる。
外観はほとんどプレハブのまんま。
ついてる看板も金額だけが赤々とかかれたパチンコ屋のような装い。
これが格好いいかと聞かれたら良いわけがないのだけど、
結局のところ、空間へのこだわりを押し通して予算を獲得しても、
それは最終的には物件を買う方への負担という事になる。
(つまりは販売金額に上乗せされる)
自分のこだわりだけでウン万円高くなるのもなぁ。
でも、一生の買い物をする場所がプレハブみたいなところで本当にいいの?
先行
「パーレーツ・オブ・カリビアン/デッドマンズチェスト」を先行上映で見てきました。
まぁ、これから見る人の為に詳細は書きませんが、
まず前作をキッチリと見てる事が前提になっております。
でないと話のつながりがまったく見えません、劇中では何の説明もしないので。
なのでカップルで行く際には予習をしておいた方が無難かと。
上映時間も無意味に長めなのでご注意。
あと、最大の問題点はこれ一作では何の決着もつかないまま、
「パート3へ続く」ような感じになっているのでその辺は覚悟の上で。
(伏線は張られまくりますが何一つ回収してくれません、居心地悪い感じですよ。)
というか通常シナリオをかいたら何処と何処を削って一本にするかを考えそうなものですが、
これはシナリオを書いたら一本分より多かったので、
ついでだから薄めて2本分にしちゃえ、という意思が見え隠れしてて、
なんかだまされたような気になっちゃうんだよなぁ。
もう少し、脚本を整理する必要性があったのではないかと思います。
いらないエピソード多すぎ!
で、パート3もまんまと見に行く事になると。
思うツボですがな。
ゆれる
「ゆれる」という映画をご存知ですか?
つい、先週末に公開されたばかりなので知らない人の方が多いかも。
前回の生理的に云々というのは、
この映画に出てくるワンシーンでの台詞でもあります。
根本的にイヤなことがあっても翌日にはキレイさっぱり忘れていたりする私ですが、
なんらかの拍子におもいだしちゃったりするわけですよ。
まぁ、それはおいといて、
この「ゆれる」という映画は郷里で家業をついで平凡に暮らす兄と、
東京でカメラマンをしてそこそこ有名になっている弟の確執のお話です。
で、兄ちゃんが好きだった幼馴染の女の子を、突然郷里に帰ってきた弟がやっちゃうわけですが、
兄ちゃんはその関係を気付きながら知らない振りを続ける、
というかなり重い感じの映画ですが、結末はあまり暗くはならないのでオススメです。
まぁ、海外の派手なハリウッドムービーと比べてカップルで見に行った場合そんなに楽しめませんが、
映画が好きなら見ておいたほうがよい一本です。

