明日の為に今日の徹夜 (私が会社を辞めた訳_03)
~つづき
それから3月ほど経った頃、会社のあまりの経済状況の変わらなさに社長が切れ始めた。
曰く、
・会社の収入が一向に増えないのはみんなの営業不足である。
(社長の仕事はなんですか?他に仕事しねぇんだから営業ぐらいいけよ!)
・だけど俺様はなんといっても社長なのでワザワザ、平社員のところに出向いていくような営業は出来ない。
(アンタもこないだまでただのフリーランスだったけどな!いつからそんなに偉くなったよ!)
なので、オマエラが営業に行って来い!
・但し、個人宛できた仕事は全て会社で処理するように。
(みんな元々フリーのデザイナーだから個人宛のそこそこ仕事はあった。)
・当然、自分でとってきた仕事は自分で処理するように!
けど請求と振込みは会社を通せ!
(会社組織なのに個人で全部処理してた!見積、制作、打ち合わせ、納品、請求まで。)
・金額は俺が独断により分配。
というモノだった。
つまり仕事はとってこないと駄目で、処理するのも自分。
けどギャラは自分が搾取したい、とこういうわけだ。
だれが取ってくるよ?こんな条件で。
まぁ、それでも増えるか増えないか良く解らん明日の給料のためにみんな必死に営業してたけどね。
ここまでくると予想できるだろうけど、入ってくるギャラは全て社長の懐へ。
(一円たりとも、他人に払うのがイヤなので理屈云々じゃなく
とりあえず自分が得する方向に考えるんだな。)
曰く、
いままで減給してたんだから、俺が一番最初に補填をうけるのが当然!
だそうで。
~つづく
私が会社を辞めた訳_02
つづき~
何の前触れもなく給料が15万程度で振り込まれてから数日後、社長から社員一人ひとりが呼び出された。
曰く、
・今月の売り上げが苦しいので給料を下げた(振り込んでから事後報告です!ありえん!)
曰く、
・来月も売り上げが経っていないので今までみたいに20万を超える金額は払えない。
曰く、
・よって基本給を12万円とする、これはみんな平等に同じ金額だ!
その代わり手当てをいっぱいつけて今までとそんなに変わらない金額にする予定だ。
(じゃあ、減らす必要ないじゃん!そもそも足りないから変更するんだろうに!)
まぁ、コスイ事この上ない、この男の事だから絶対裏があると思っていたら、案の条やってやがりました。
自分の仲間だけ基本給19万円。
で、それ以外はバラバラだけど私の最低額12万から最高16万ぐらいまで。
彼の好みにより決定。
平等性のカケラもなかった。
とはいえ、個々で呼び出してる時点で想像はつくぞ。
みんなそんなに頭悪くないからな!
とどめの一言、
○○社からお金出してもらってるわけだし、それぞれの信用がかかっているんだから、
給料のような些細な事で、会社をかき回してはいけない。やめるなんてもっての他!
とにかくグダグダ言わずに働け!
でした!
~マダマダ、つづく
私が会社を辞めた訳
今回はちょっとだけヘビーな話を書こう。
私が会社を辞めた訳だ。
大学卒業後外注としてデザイナー→会社設立→退社後フ、リーランス
という道筋を通っていたわけだが、この↑会社は、実は大学卒業後にメインでお世話になっていた会社からの出資で設立された。
(もちろんいくらかは我々も出しているんだが。)
で、設立前に社長に確約させた事があった、
「給料が20万を切るようなら即会社を辞める。」
これだ。
現実には最初の二月でこの約束はあっさりと破られた。
ふた月後の給料は15万程度である。
(その後、減り続けて辞めるときには12万ぐらいでしたけど。)
会社の経営が苦しいかといえばそうではなかった。
このアホ社長は自分の取り分である60万を抜いた残金を残りの社員に分配するというわけの分らない
方式をとっていたのだ。
(設立資金を自分が出した訳でもないのに、給料が一番多くもらえるは当然だと思っていたようだ、
なぜならオレが社長だから!とか言ってたし。)
他人の金で作った会社だからそうそう簡単には(心情的にも)抜けられない事を計算した上での
暴挙である。
実際この会社をやめるまでの2年半、私は耐え続けたわけだけどね。
~つづく
不協和音
友人同士でデザイン会社を立ち上げる人はわりと多い。
でも、大体1~3年でケンカして分裂する。
やはり友人同士といえど面倒な客の仕事は押し付けあうし、
面白そうな仕事は取り合いになる。
また、お金の分配も問題だ。
どちらか一方が儲けていてもあまり給与で差をつけるわけにもいかず。
私の場合もそうですが、相手のことを一度嫌になるとありとあらゆる挙動にムカついてくるようになる。
ある意味結婚と同じですね。
そんなわけで会社を立ち上げる時には友人を入れない方が利口だと思います。
惨状
徹夜明けで納品をしに行った時のこと。
まぁ、昔からの付き合いで、かつ学生の頃にアルバイト扱いで世話になっていたこともあり、
殆んど身内のようなもの。
なので、今は立派に社員をしているが、私より後にはいった人たちもいるわけで。
その中に今は独立しているがそのまま社員→外注となっている後輩の娘がいた。
で、話はもとにもどるが彼女がイス寝してるわけですよ。
そらもう、ガーガーと。
後輩っていってももう二十台後半だろうから徹夜もつらかろう、と思っていると
口をあけて寝ておりました。
なんか脱力。
いや、別につきあってるとかそういうんじゃないし、女性に対して幻想を抱いているわけでもないけど。
ナイケド!
残念、ふつうにしてればカワイイのにねぇ。
理屈ノナイデザイン
大学を出て一番ショックだったのはロジックのないデザインはデザインとして
認めてもらえないということ。
それまでは自分の内在してる感覚だけでものを作ってきたんですね。
「だいたいこのくらい文字が離れてれば気持ちい空間ができる!」とか、
「この色の隣にこのくらいの面積で違う色が塗られてると格好いい!」とか。
課題として出された物の中で興味のないことにはとことん無反応でやる気もない私ですが、
面白いと思ったことに対してはかなりの集中力を発揮するようで、よく教授から
「キミは極端だ!」といわれていました。
構造を形成した後のロジックでは他人は納得してくれない。
だから仕事を始めてからは無理やり理屈から入るようになったのだけど、本当にそれだけなんだろうか、
という気も多少はします。
単に「思いついたカタチがキレイだったから」から入るのもアリなんじゃないのかなぁ?
理屈は大事なんだけど、(ないと他人が納得してくれないしね。)
完成に至るまでの経緯は多様性があってしかるべきだと思うんですが、
どうですか?教えて、エラい人。
ちなみに以前に書いた山梨の山中。
石割山というらしいです。
洞窟
アホ社長の下、会社員をやっていた頃、社員旅行に行きたいと社長が言い出した。
言いはするが、面倒な事は一切しないこのボケ、よりにもよってくそ忙しい4月に私を
幹事に任命しやがったのだ。
なのでそれの腹イセに企画したのが洞窟めぐり。
およそ、文化的なものにふれている人間の方が上等だと考えるこのアホ社長。
泥臭い、山登りや洞窟めぐりなんかは一番嫌がる事だった。
なので、洞窟の中で駄々をこね始めたときには、笑った笑った。
「奥まで行ってなにがあるんだよ!もどりたい!」
とか言っていたけど無視。
あのなぁ、山はそこにあるから登るんだよ。
同じく洞窟もそこにあるから潜るんだ。
理屈じゃねぇんだよ!!
とか思いました、ええ。
どんびき
昔、後輩の女の子の仕事をロハで手伝ったことがある。
お礼は何がいいですかと聞かれたので、
「体で返してください!」
といったら、相手どんびき。
「いや、ちがうのヨ!そういう意味ぢゃなくて、働いて返してくれ!」と言ってるの。
とあわててフォロー。
お金には換えられないし、もとより代価をもらうつもりで手伝ったわけではないので、
暇なときにタイミングが合えば私のお仕事のお手伝いをしてよ、という意味だったのだけど。
う~ん、そこまで引かれるとチョッと悲しい。
しかもそっち方面に誤解されたことがさらに悲しい。
で、くやしかったので、その後会うたびに、「結婚しようぜ、とりあえず今年中にな!」というようにナリました。
イヒヒヒヒヒ…
これってセクハラ?
やまなし
山梨に旅行に行ってきました。
といっても普段お世話になっている会社のご招待なのでロハですが。
山に登り、温泉に入りと一泊二日の短めの旅ではありましたが、
普段できない事をするのって楽しいよね。
電車に乗っていても、広告に目がいったり人々の話に耳を傾けたり服装を観察してみたりと、
なんらしか、(ほとんど病気のように)ロジカルに物事を捉えようとするクセがあるので、
心をまっさらにして遊ぶというのも必要な気がします。
そういや、生徒にも「もっと遊びなさい!」といい続けてました。
一日二日学校を休んだところでたいした差はないし、後で自分で埋めればいいわけで。
体験していないことは表現しようがない、といううのも事実ではありますよね。
ちなみに山梨県は、ひらがなでかくと「やまなし」となりますが、
周りは山だらけ、というか海に接していません。
そう考えると県名の由来についてしりたくなりませんか?
私はなります、ハイ!
専門はなんですか?
自営でやってるとポートフォーリオ(作品集)をもって営業に出向く事が多いのですが、
その内容がWEBだったり、グラフィックだったりCGだったりするものですから、
たまにお客さんから「専門はなんですか?」と聞かれることがあります。
実の所、「一つの事を100出来るより10個の事を10出来る」、
所謂器用貧乏の道を歩いてきたので専門は何ですか?ときかれると凄く困ります。
ですが上記のものは全部デジタルで簡潔するものなんですよ。
浪人の頃はプロダクト(工業製品)デザインをやりたかったんです。
デジタルの空虚さというのは同じ職業の方なら分ると思いますが所詮0、1の世界のもので
ひどく脆く、後世には残る可能性が少ないものです。
これに対してプロダクトは実際の形として残るもので、手に触れることのできる現実です。
この差が手に触れられるものを作りたいと渇望する私の中の衝動の元なのでしょうし、
デジタルの世界でのクリエイティブに生きていながら建築系の道を歩んでいる原因なのかもなぁ、
と考えたりします。
ちなみに何の因果か前出の同級生が結婚した相手はプロダクトデザイナーらしいです。
なりたかった職業にもなれず、彼女との関係性すら薄れた私と、両方をもっている彼女の旦那。
引き寄せられたものと、離れてしまったもの。
そうかんがえると、運命っておもしろいよね。
