【子育て】家事育児をこなそうとして見失うもの
こんばんはCocoro tableの柴田裕美子です。今日は父の日でしたねわが家では最近文字を書くことに興味を持ち始めた息子が夫に手紙を書きましたパパ、いつもいっしょにはしってくれてありがとうと♡とにかく走るのが大好きな息子らしいメッセージで、こころが温まりましたさて、先日コロッケ作りの時にコロッケを作ることになった深い理由があると書きましたが、今日はそれを書きます。このブログでも度々登場する息子はもうすぐ5歳になります。そんな息子はとにかく自分で見たい、やりたい、試してみたい。という時期に入ってきました。心理学ではエリクソンのこころの発達段階という考え方があり、息子の年齢は「自主性vs罪悪感」を獲得する時期。とにかく自分でやってみたい時期にあたります。これは、1歳、2歳代の「自分で!」とも違う好奇心の表れではあるのですが、自分で出来ることも増えてきたし、判断も勝手にするようになってきたので、見ていて危なっかしいことも多いです…男の子を育てたことがある方ならあるある、だと思いますが…(私はかなりの心配性なので、いつもハラハラしてます。)やめてと言ったことをするし、いけないとわかっているはずのこともする。お友達を手が出てしまうこともある。子どものこころが成長していく上でとっても大事なことだと頭ではわかっています…。でも、毎日のこととなると子どものこころの成長といった視点が欠けてしまい、「やめて」、「ダメ」、「何度も言ってるでしょ」といった言葉が多くなっていましたそんな時に幼稚園での保護者面談がありました。先生からは、男の子らしいと思っているのか言葉や仕草少し乱暴だったり、ダイナミックな動きも多く、危なっかしいというお話がありました。家でも少し気にしていたことなので、園でもやっぱり出てしまっているかーという感じで聞いていたのですが、先生が「昔は実際に経験をしてみて怪我をしたり、痛い思いをして学ぶという時代もあったけれども、今はそういう時代ではない」と言いました。私はそれを聞いて、正直とても驚きました預かっている側としては危ない行動は控えて欲しいのはわかりますが、子どもの好奇心、何が危ないかとか、まだ自分には出来ないことに挑戦して自分のチカラを知る、といった学習って時代の問題ではないはず…。(しかも息子は怪我をしたりもしていないし、お友達に怪我をさせたりもしていない)終わりの時間もあったし、自分の中でも消化しきれない言葉だったので、面談では何も言わなかったのですが、何となく釈然としないまま帰宅し、息子をよーく観察してみました。よーく観察することこれが私の育児の基本であったはずなのに、気づいたらちょっと観察くらいになっていました…息子をよーくみていると、やっぱりとにかく自分でみたい、やってみたい!それはもう好奇心の塊…笑私が嫌がることをして、気をひこうとかしているわけではない。コロッケ作りの途中で「こういうことをずっとやりたかったんだよ!」「仕事が欲しかったんだよ」と言うくらい。笑(息子はふとした時に芯をついた発言をするので、はっと気づかされることが多いです)こちらの記事★にも書いています。お米を研ごうとすると踏み台を真横に持ってきてジーと見ているし、気になることは何でも質問してくるし、コロッケ作りもやってみる?と聞くと目をキラキラさせて「うん!」と言うし…なんて純粋なこころなんだろうと思ったと同時に、家事を効率よくこなすことばかりにとらわれていた自分に気づき、反省しました何かを効率よくこなそうと必死になっていると、たいてい落とし穴があって、大事なことを見失います。今回は子どもの好奇心を大切にすること、を見失っていました。釈然としない面談だったけれど(笑)、その時に本当にそう?いけないことをしている?やめさせるべき?と疑問をもち、子どもをよーく観察する、という原点に立ち戻ることが出来たから、子どもの好奇心を大切にすることを見失っている自分に気づくことができました。ある意味、先生に感謝集団を扱う先生としては危ない行動は控えて欲しいという気持ちもわかるし、息子の好奇心を満たせる場は幼稚園だけではないので、私は息子の好奇心が満たされるようにたくさんの経験をさせてあげようと心に決めました私の忍耐力が試されますが(汗)、一緒に楽しめる方法を探しながら頑張ります!では、また