ダイバ!?
この世の中に城郭が新たに築城されることはありませんが、商業施設はバンバン建設されます。スカイツリーに合わせて開業する「東京ソラマチ」、渋谷にできる複合施設「渋谷ヒカリエ」などなど。お台場にはその名も「ダイバーシティ東京」という超大型施設がオープンします。
お台場と言えば、品川台場のことを思い浮かべてしまうヘビー城ーカーのわたくしですが、ちょっと知らない間に(※と言っても、フジテレビ以外に何があるのかはよく分かっていない)、そんなものが造られていたんですね。
ということで、このままでは東京オシャレスポットのブログになってしまうので、そんな台場に関する知識を。城めぐりには台場や砲台が30近く収録されていますが、そもそも「台場って何?」というのをブログでやってなかったので。
台場とは、幕末期に設置された砲台で、主に外国船の打ち払いを目的として建造されたものです。技術が未発達だった戦国期と違い、十分な殺傷能力を持つ兵器としての大砲を据え付けるための軍事施設ですが、砲台と言っても周囲に石垣や土塁が築かれることも多く、立派な城塞として機能していました。
今では公園や観光地になっている台場も少なくありませんので、ぜひ「お台場」だけではなく「台場」もめぐってみて下さい。(写真は品川第3台場)
抱負
さて、個人的に「今年の抱負は?」と質問されれば、ダンマリを決めこまざるをえないのですが、『発見!ニッポン城めぐり』について言えば、すでに昨年中からいろいろと考えていることがあります。
既存の城めぐり機能についてのパワーアップや改善はもちろん行っていきますし、家臣団についてもバージョンアップを考えているところです。また、昨年震災の影響などもあって残念ながら実現できなかったことも、今年は可能であれば実施していきたいと思っています。
さらには、今までにはなかった半リアルなイベントも鋭意企画中です。城めぐりをゲームとしてもリアルな城めぐりとしても、両方楽しめるようなものができればと目下七転八倒中です。
他にも、城めぐりとしては抱負(=やりたいこと)がたくさんあります(・ω・)/ まだ具体的なことが言えないのがもどかしい限りですが、今年も昨年以上にブログで裏情報をガンガン垂れ流していきたいと思っていますので、どうぞわたくしがクビ(または打ち首)にならないように願っていて下さい。
あけましておめでとうございます
初日の出をめでたく城から拝んだ方はいらっしゃるでしょうか。わたくしは、今年は明治神宮に初詣に行ってきました(城めぐりでいうところの「彦根藩下屋敷」があるとこですね)。あまりの人の多さに、分かっていたこととはいえ、ひと戦さ終えてきた足軽なみの疲労感を味わいました。
ちなみに、初詣というとつきものなのがおみくじですが、明治神宮のおみくじには吉凶がありません。大御心(おおみごころ)と言って、明治天皇や昭憲皇太后(明治天皇の皇后)の和歌が書かれています。
暗示にかかりやすく・打たれ弱く・「ホメられて伸びる」タイプのわたくしにとってはちょうど良いスタイルのおみくじとも言えますが、これは明治神宮独自のものなのです。
もし、すでにおみくじで「大凶」的なものを引いてしまった方は、来年から参考にしてみて下さい。(明智光秀や島津義久も吉が出るまでおみくじを引いたとかいう話もあるので、再チャレンジするというのもアリ!?)
ということで、新年早々堅い話をするのもあれなので今日はこのあたりで(堅い話をしたことがあるのか?)。
今年も何卒よろしくお願い申し上げますm(..)m
本年もありがとうございました
年末年始休暇に入ったのにブログを書いている自分をほめてあげたい、今そんな気分です( ・(ェ)・)
さて、今年も早いものでもう終わろうとしています。振り返ってみれば、2月に城主争いがスタートして、4月に1周年を迎えて、8月に3000城になって家臣団コレクションβが始まって、と個人的にはずっとてんやわんやしていた感じです。
携帯ゲーム戦国時代といわれる今の日本で、大手有名ゲームを戦国大名とするならば、山の中に隠れ住む落武者ほどの規模であるわたくしたちのゲームがここまで続けてこられているのは、ひとえにユーザーのみなさんの支えがあるからこそと実感しています。
時には厳しい批判やご意見を頂くこともありますが、城&歴史に対するこだわりと情熱だけは忘れずに続けてきたつもりです。また、多くの激励のお言葉を頂いたことも、日々の励みになっています。この場を借りて御礼申し上げます。これからも、さまざまなご意見・ご感想をお待ちしていますm(_ _ )m
そして、改めまして本年も『発見!ニッポン城めぐり』をご愛顧頂きましてありがとうございます。来年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
追伸:
今年の正月のブログを見返していると、「個人的目標」として“リアルに城めぐり”と語ってました。達成感はまったく無いですが、それでも30年来の悲願「柳川城攻め」ができたので、その点ではすごく満足しています(一瞬、燃え尽きかけたという噂も)。ということで、来年もできうる限り城を訪れたいと思っています。
↓写真は先日訪れた近場の平山季重館(東京都日野市)の石碑です。遠出できないこの悲しさ…
今年もいろいろとありましたが、いよいよあと4日で終わってしまいます。そんな年の瀬のどさくさにまぎれて、告知をひとつ。
『発見!ニッポン城めぐり Facebookページ』 が公開になりました(*゜▽゜ノノ゛
近頃、急激なスピードでわたくしのまわりにもFacebookユーザーが増えてきたこともあり、これは城めぐりとしても何かせねばという焦燥感に襲われ、とりあえずオープンだけしてみました。
※Facebookページとは?
“企業や有名人、アーティストやブランド、同好会などが、ユーザーとの交流のために作成・公開したページを「Facebookページ」と呼びます。Facebookページの「いいね!」を押してファンになると、そのFacebookページに関する情報をホーム画面で読めるようになります。” <Facebook公認ナビゲーションサイトより>
う~ん流行についていくのは大変( ̄Д ̄;;
当面はこのアメブロと同じ内容の記事を更新していく予定ですが、今後についてはFacebookだけで・・・みたいなことも考えるかもしれません。とりあえず、まずははじめてみることが重要かと思い立った次第です。
なので今のところ特に何ら目新しい情報は載ってません(・ω・)/ が、ぜひ一度訪れてみて下さい。
選挙で一票を投じるのは政策の中味に共感する候補者がいるからであって、街中の選挙カーがそんな中味にも触れずに「投票用紙には●●とお書き下さい」とだけお願いをして回っているのはのは間違っていると思うのですが、(今のところその中味がない)城めぐりFacebookページにて、ぜひ「いいね!ボタンを押して下さい」。
憎き!?一国一城令
城にまったく興味がない人にとって、雑木林に埋もれる石垣を見てテンションが上がっている石垣系男子のわたくしの姿は気持ち悪いらしいです。ま、気にしてませんけど(  ̄っ ̄)
確かに、一般的に「お城」と言えば松本城や姫路城のように立派な天守閣があってナンボみたいなところがあります。もちろん、誰にとっても建物が残っているに越したことはありません。だけど残っていないのです。その結果、石垣を愛でる性癖
がついたのかもしれません。
城が残ってない理由 というのは過去にブログでやったことがありますが、江戸幕府成立初期に大量に城がなくなった時期があります。その理由が一国一城令です。城の基本情報で、廃城年に1615年が異常に多いのはこのためなのです。
この法令は、戦乱の時代を経て全国に3,000以上もあったとされる城郭を、大名の軍事力を削減するために一国(令制国)あたり一城を残してあとは全て廃城とするというものです。これによって、全国の城郭は170ほどに激減しました。ただ、ややこしいことにこの法令がそこまで厳格ではなくて、一国を複数の大名が領有している場合や、幕府に対して功績の大きい大名に対してなど、一国に複数の城がある場合もあったのです。
例えば、仙台藩では「要害」という呼び方をすることで実質的に多くの城郭を維持していました。実際、城めぐりで「要害」で検索すると宮城県の城が結構出てきます。ものは言いよう…、というやつですね。
ものは言いようつながりで言うと、幕末に長州藩が築城した山口城も一国一城令に反していましたが、長州藩は山口城を「山口政事堂」と称し、幕府に対しては「城」ではなく「屋形」であると主張したとか。(まあ、コレに関しては幕末のどさくさとも言えますが。)
いずれにしても、城めぐり愛好家にとっては、一国一城令がなければもっといろいろと楽しみが増えたことは間違いありません。が、歴史は変えられません。
世間のイメージがどうであれ、廃城だって立派な「お城」です。ものは言いようということで…
天皇誕生日
今日から三連休で城攻略に出陣される方も多いかと思いますが、わたくしはと言うと世の中のクリスマスで盛り上がる雰囲気を本能的に回避しようとしているらしく、何の予定も決まっておりません(_ _。)
さて、前回のブログで祝日がどうしたこうしたと愚痴っておりましたが、今日は何の日かご存知でしょうか。そう「天皇誕生日」です。最近、とある本を読んだ影響もあり、自分が歳を重ねたせいもあり、皇室の尊さをしみじみと感じるようになってきました。
そんな「天皇誕生日」には、毎年「天皇誕生日一般参賀」というのが行われます。どこで行われるかというと、もちろん皇居です。皇居が江戸城跡一帯にあることは言うまでもないかと思いますが、ではなぜ皇居が江戸城跡にあるのかということは意外と知られていないかもしれません。
Wikipedia から部分的に引用すると…
“すでに大久保利通は正月下旬の時点で、京都には旧弊が多いとして大阪遷都論を政府へ提出し、木戸もこれに強く賛同している。これには公家などから反対が多く、結局大阪親征行幸の実行に留まったが、大久保・木戸らの間で遷都論は燻り続けていた。そんな中、江戸城が無血で新政府の管轄に入ったことは、遷都先として江戸が急浮上することに繋がった。
9月8日、年号が明治と改元されると、同月20日明治天皇が東京(7月に江戸から改称)行幸に出発し、10月13日に江戸城に到着。同時に名を「東京城」と改められ、東幸の際の皇居と定められた。幕府のシンボルであった江戸城に天皇が入ることで、天皇が皇国一体・東西同視のもと自ら政を決することを宣言するデモンストレーションともなった。この後、再度の東幸が行われるとともに、首都機能が京都から東京へ次々と移転。事実上東京が首都と見なされるようになり、東京城はやがて「宮城」(戦前)「皇居」(戦後)と呼ばれるようになったのである。”
ふむふむ勉強
。太田道灌によって1400年代に築城された江戸城には、北条氏や徳川氏の支配を経て、幕末から明治にかけてこんな歴史があったんですねぇ…。
最近では信号機がないことからその周辺がかっこうのジョギングコースになっている江戸城ですが、そんなお堀の周囲を走る人々にもぜひ知って頂きたい歴史を学びました。
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連休キャンペーン&データアップデート
すでにお気づきの方もいるかと思いますが、ちょっと予定より早く、昨夜から年末年始連休キャンペーンをスタートしています。
(ちなみに、大坂冬の陣イベントは昨日をもって終了しました。ご参加頂いたみなさま、ありがとうございました。)
そういえば先日、城めぐりスタッフのひとりが来年のカレンダーはものすごくめぐり合わせが悪いとブーブー言ってました。おいおい、そんな祝日の数を数えてる暇があったら異名のアイデアでも出してくれよ(-_-メ と思いつつカレンダーを見てみると、これが確かに悪い![]()
元旦からいきなり日曜日とバッティングしています。そして日曜日ならまだしも、来年の祝日で振替休日が適用されない土曜日とかぶっている祝日を数えてみたところ4つもあって、ゴールデンウィークですらあんまりゴールデンではありません…。数えなきゃ良かった(  ̄っ ̄)
話は脱線しましたが、ということで、年末年始の休暇が例年より少ない方も多いかと思います。が、キャンペーン中は城の攻略に行軍になにかと有利ですので、ぜひお出かけを計画してみて下さい。
※ちなみに、連休キャンペーンの内容は過去のブログ にて。
また、キャンペーンのスタートと時を同じくして、城郭基本情報の増強を行いました。
基本情報とは、「築城者」や「遺構」などの城詳細ページに表示されている情報です。まだまだ情報が少ない or ない城もたくさんありますが、今後も順次アップデートしていきますので、ぜひみなさんのリアルな城めぐりのお供にもご利用下さいませ![]()
(昨日までに頂いておりました間違い報告についても対応を致しておりますm(_ _ )m)
追伸:年末年始サポート等休業のお知らせ
※12/29~1/4の間、ユーザーサポートを休業とさせて頂きます。当該期間中に頂きましたお問い合わせメールにつきましては、1/5より順次回答させて頂きます。また、12/30のアバター更新はお休みとさせて頂きます。
ご理解とご了承の程、何卒よろしくお願い申し上げます。
攻城の種類(兵糧攻め/乾渇攻め)
自分が小学生だったころ、確か1学年6クラスくらいあったと思うので、40人×6クラス×6学年=約1500人ほど生徒がいたことになります。給食の時間には廊下や教室がてんやわんやしていた記憶がありますが、いくら子供とはいえ、1日の食糧消費量
はたいへんなもんです。
これを籠城戦にあてはめるとその大変さがわかります。保存技術も未発達な時代、毎日肉体労働する大人が何千人も籠もる城の食糧消費量は想像を絶します。よって、「籠城できる期間」というのはおのずから限られてきます。
その弱みにつけ込むのが「兵糧攻め/乾渇(かつえ)攻め」です。これは文字通り、城の周りに付城 を築くなどして厳重に包囲し、水食糧が尽きるのをひたすら待つ作戦です。
軍の構成が半士半農だった頃、城を囲むにしても農繁期にはそそくさと引き揚げなければならなかったものが、兵農分離が進んで包囲する側が長期間戦争に従事できる時代になると、兵の損耗が少ない「兵糧攻め」が増加していきます。
特に豊臣秀吉はそのスペシャリストであることは良く知られていますが、播磨三木城 、因幡鳥取城 はその代表例ですね。秀吉の言葉を借りれば、「三木の干殺し、鳥取の渇殺し、太刀も刀もいらず」だそうです(余裕のコメント(ノ゚ο゚)ノ)。
「兵糧攻め」の場合、城主が切腹して城兵は助けられる、というケースが一般的で、多少の餓死者は出るものの、圧倒的に戦死者が少ないのが特徴です。なので、ある意味すごく平和的
とも言えます。
「乾渇攻め」についても「兵糧攻め」とほぼ同じプロセスをたどり、以前ブログで取り上げた白米伝説 のようなつよがり伝説も生まれてくるのですが、「兵糧攻め」と違うのは、“補充される可能性がある”点です。
米は外部からの援助がないと増えませんが、水は雨が降れば一時的にしのげるのと、枯れない井戸やわき水などの水源があれば、ほぼ無限に補充可能なのです。
そんなこともあって、「乾渇攻め」をしてもまったく効果があがらなかった、という事例もしばしば見受けられます。「兵糧攻め/乾渇攻め」されたら最後、籠城する方は降伏あるのみと思いきや、実際そうとも言えないようです。
とはいえ、そんな水源すら破壊してしまう攻城法もあるので、それについてはまた次回取り上げることとしましょう![]()
年の暮れを感じる瞬間
例年、「今年の重大ニュース」的なテレビの特集を見て、「ああーもう今年も終わっちゃうのーヽ(;´Д`)ノ」と、年々早くなる時の流れに精神を翻弄されているのですが、最近では来年の手帳やカレンダーが恐ろしいほど早い時期から売り始めるので、半袖の頃には早くもため息をついている状態です…。
そんな中(どんな中?)、本日出社したらひときわデカいカレンダーが机の上に置いてありました↓
「文化財保護修復支援カレンダー」です。そう、みなさまからお預かりした義援金 を寄付させて頂きました「公益財団法人 文化財保護・芸術研究助成財団 」様より贈呈頂いたのです。
この写真、ヨコにタバコを置いて写さなかったんで大きさが全く伝わってませんが、結構大きいです。ちなみに、内容は『国宝 源氏絵巻物語』が題材になっています。まだ年末なのに、もう飾ってます。
そしてこのカレンダーは多くの方に文化財保存・修復の活動を知って頂くためのものなので、さっそくこちらで紹介&報告をさせて頂きました。ありがとうございますm(_ _ )m
さて、最後にちょこっと告知ですが、年末と言えば恒例の年末年始連休キャンペーンをやります。期間はと言いますと、12月20日に「大坂冬の陣イベント 」が終了しまして、その翌日12月21日から1月9日までとなります。
またキャンペーン開始はブログにて報告しますが、時期が迫ってきたのでお知らせでした![]()


