2014/11/21~【クエストイベント】大坂冬の陣
このクエストイベントは過去を遡ってみるとどうやら今回が3回目の実施になるようです。大阪市という都会のど真ん中で全国各地の武将を多数発見できるという点で他のクエストイベントよりも大規模で、なおかつかなり広範囲にわたって武将が布陣しているので、すべての武将を発見するには何ヶ所も回らなければならない点も、大坂の陣の特徴と言えるでしょう。
各武将が発見できる場所ですが、過去のブログで当時の布陣の様子が確認できますので、大坂城を中心に現代の地図と照らし合わせながら、全国から参集した武将たちを見つけてあげて下さい(・ω・)/
わたくしの方でも、多忙な仕事の合間をぬって( ̄∀ ̄;) 現代の地図上に武将を置いてみました。
あんまりネタバレはよろしくないので、あくまで“ご参考まで”の地図ですが、こんな感じの密集度でした↓
画面内に残念ながら収まりきりませんでしたが、左側には九鬼守隆や薄田兼相が、画面下側のだいぶ戦場から離れた場所には、大御所家康と将軍秀忠が布陣してます。
冷蔵庫の残り物で夜食を作る手軽さで作ったので、この地図がどこまで正確かと言えば怪しいもんですが、ある程度の目安にはして頂けるかと思いますm(_ _ )m
最後に、開催期間ですがちょっと長めのクリスマス(12/25)まで!
もうそんな季節( ̄□ ̄;)!!
終了スポンサーサービスのお知らせ
終了するのは、
・イオンカードセレクト
・イオンJMBカード
・イオンSuicaカード
・ワタミふれあいカード
・コスモ・ザ・カード・オーパス
の5種類になります。
なお、すでにお申込済みの方や、11月20日までにお申込頂いた方は終了後でも既定日数経過後には貫高が贈呈されますのでご安心下さい。あと1週間ほどありますので検討中の方はお急ぎ下さいませ~(´Д`;)//。
年会費無料のクレジットカードはカード発行されるだけでかなり高額の貫高が獲得できるので非常におすすめなのであります。ちなみに、上の終了と前後してまた新たなカードも追加できるよう奮闘中ですので、予定は未定のスタンスにてご期待頂ければと思いますm(_ _ )m
また、上記とは別に以下のスポンサーについても変更・終了となりますので、あわせてお知らせします↓
・生協の宅配パルシステム(スマホ・ガラケー対応)→11/14でガラケーへの提供終了
・もぎたて★JAPANアイドル(auガラケー対応)→11/30で掲載終了
・ダストマン回収センター(ガラケー3キャリア対応)→11/30で掲載終了
・三国志のすべて(ガラケー3キャリア対応)→12/15で掲載終了
・浮世絵きせかえ(auガラケー対応)→12/15で掲載終了
※これらのスポンサーサービスについても掲載終了日まではこれまで通り利用可能です。
これから年末にかけてスポンサーサービスの入れ替わりも多くなってくるかと思いますが、大掃除のかたわらにちょくちょくチェック頂けると嬉しく思いますヽ(;´ω`)ノ
華麗なるプロフィール
目下天空の城として売り出し中の越前大野城に、昨日待望の雲海が発生したそうです。その様子はTVでも繰り返し報道されるほどで、もはや雲海パワーのポテンシャルは超高校級なのです(( ;゚д゚))
さて、そんな話題の越前大野城、人々の興味は雲海が出るか出ないかの一点に尽きます。いつ誰が建てたかなんてことは、まず話題に上ることはありません。
しかし、城めぐりユーザーであればこれはぜひ知っておいて頂きたい事案であります( ∵)/
大野城を築城したのは、戦国時代のメインイベントにことごとく関与しているにも関わらず、一般的にはおそらく地味なベールに包まれている、いや、それどころか知らない人の方が多いかもしれない金森長近(ながちか)です。
長近は信長に仕えて、古くは桶狭間の戦いをはじめとして、美濃攻略、上洛戦、長篠の戦いなど主要な合戦にはだいたい参戦してます。そして、越前一向一揆討伐での戦功により越前国大野郡を与えられ、越前大野城を築城したのです。
ちなみにその後の長近はというと、本能寺の変で嫡男を失い、賤ヶ岳では柴田勝家に属して敗戦を経験するものの、その後は秀吉に仕えて飛騨一国を攻略。新たな拠点として飛騨高山城や萩原諏訪城、増島城などを築城します。
さらに、秀吉没後は関ヶ原で東軍に与して飛騨での地盤を確固たるものとすると、自身はその城下町が“うだつの上がる町並み”として有名な小倉山城を築いて隠居。千利休に指南を受けたともいわれる長近は茶の湯にも造詣が深く、隠居後は茶の湯三昧だったであろう悠々自適な生活を送り、85歳で天寿をまっとうするのです。
こんな華麗なるプロフィールの持ち主でありならがら、築城の名手としてスポットライトを浴びることもなければ利休七哲にも数えられない長近さん。同じ“ながちか”でも、のぼうの城の影響で成田“長親”の方が先に有名になっちゃいましたが、文武両道で、天下人三人に長く仕えて家名を残したという経歴は、雲海に勝るとも劣らぬポテンシャルを秘めているといっても過言ではありません。
いつか、越前大野城のように全国的に有名になる日が来るかもしれません。
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2014/11/14~【クエストイベント】人取橋の戦い&耳川(高城川)の戦い
11月14日~、クエストイベントを2つやりますヽ(´▽`)ノ
1つは、過去に2回実施したことのある「耳川(高城川)の戦い」。耳川の戦いの話については、耳川だけに耳にタコができるくらい今までにしてきた気がするので、詳しくは過去のブログに任せましょう。
そしてもう1つは、クエストイベント初登場となる「人取橋の戦い」。この戦いは、伊達政宗の危機一髪人生の中でもかなり上位にランクインするであろう、極めて危なっかしい合戦です。
政宗の父、輝宗が畠山義継に拉致されて死去することになったのは知ってる方も多いと思いますが、政宗はその弔い合戦として畠山氏の二本松城を攻撃します。
そこへ窮地の二本松を救おうと、若くて勢いのいい政宗を快く思ってない佐竹・相馬・岩城・二階堂などの面々が3万もの大軍で押し寄せてくるのです。
対する伊達軍は7千ほど…。老将・鬼庭左月斎が戦死するなど、政宗麾下の奮戦空しく連合軍に圧倒的に押しまくられ、壊滅寸前になったところでなんとか日没に救われます。
ところが、一夜明けてみるとなんとビックリ( ̄□ ̄;)!! あんなにノリノリだった連合軍の方々が揃いも揃って撤収していたのです。その理由としては、佐竹陣営で家臣の1人が下僕に刺殺され混乱したからとか、佐竹本国を里見氏らが窺う動きを見せたからとか、佐竹義重がドラマの最終回を録画し忘れていたからとか色々言われますが、ともあれ政宗は絶体絶命のピンチを乗り切ったのであります。
時に政宗19歳。これ以降、政宗は東北の雄としてスターダムにのし上がっていくのですが、この合戦があったのが1586年ということで、すでに中央では秀吉が九州にまで攻め入らんとしている頃です。
あぁ、政宗があと30年早く生まれていたら…とつい想像力をたくましくしてしまう合戦でもあるのです(;´Д`)ノ
【耳川(高城川)の戦い】
2014年11月14日~11月30日
↓場所はこのあたり
≫スマホの方向け地図
≫ガラケーの方向け地図
【人取橋の戦い】
2014年11月14日~11月30日
↓場所はこのあたり
≫スマホの方向け地図
≫ガラケーの方向け地図
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店頭商品モニター一覧表示変更
さて、上記と時を同じくして店頭商品モニターの商品一覧画面の仕様を一部変更しました。
改めておさらいすると、この画面に表示される商品は、
【1】募集中(未参加)
【2】参加中(未回答)
【3】アンケート回答済み
【4】終了(回答期間終了)
の4パターンに分類されます。
上記に属さないパターンでは、未参加のまま募集終了した商品については商品自体が表示されない仕様です。
一方で、これまで「【4】終了」の商品については、「参加/未参加」、「回答済み/未回答」に関わらず全て表示される仕様であったため、見た目上は、その段階で初めて見る商品がある、という状況が起こりえました。
特に募集人数が少ない商品で起こりがちな現象で、ちょっと紛らわしかったので、「【4】終了」の商品はすべて表示されない仕様へと変更しました。
これまでは終わった商品も一定期間出ていたために、表示上は多くの商品が表示されていましたが、今後は【1】~【3】に該当する商品のみ表示されるようになりますのでご了承下さい。
11月中旬から12月中旬にかけてまた商品も増えてくる予定です。美味しかったアノお菓子も再登場する予定。新しい商品が登場した際には、今後もトップでお知らせが出ますので、ぜひお見逃し無きようチェック下さい(´∀`)//
家臣団がLINEスタンプになりましたε=(ノ≧∇≦)ヤター!!
なんと!本日より城めぐりでおなじみの戦国武将たちが、LINEスタンプになって登場しました~(´∀`)//ワー!!!
みなさんの配下に属しているであろう家臣の中から選りすぐられた40人の選抜メンバーたちが、城めぐりを飛び出してLINEの中で比類ない活躍をしてくれます!!
百聞は一見にしかず、さっそく代表的な戦国武将をご紹介致しましょう↓
などなど、個性豊かな全40武将が、それぞれわりと歴史的なエピソードに基づいた感じの仕草やセリフであなたのLINE上でのトークを強力に助太刀します。ぜひ、めぐらーさん同士のやりとりはもちろん、あえて歴史に興味のない人へのキラーパスとしてご活用下さい(・ω・)/
詳細・スタンプ一覧はこちら↓から御覧頂けます。
「戦国武将コレクション」
http://line.me/S/sticker/1010258
1ダウンロード50コイン(有効期限なし)
※購入したのにスタンプ一覧に追加されない、という方はLINEを起動し「設定」→「スタンプ」→「マイスタンプ」からスタンプをダウンロードして下さい。
毎度毎度のことながら、歴史的なこだわりに重きをおいたせいで、おそらく一生使うことがないであろうスタンプもいくつか含まれているとか( ̄∀ ̄;)
でもいいんです。わたくしたちはそんな細々としたこだわりをもってこれからも乱世を戦っていくつもりです。だから…LINEユーザーのみなさん、ここはひとつマストアイテムということでお願い申し上げますm(_ _ )m
従来型携帯一部非対応化のお知らせ
現在、『発見!ニッポン城めぐり』ではiPhone、Androidのスマートフォンアプリおよび従来型携帯(ガラケー)向けにサービスを提供させて頂いていますが、本日よりお知らせでも掲示させて頂いた通り、以下の従来型携帯については「2014年12月31日」をもって非対応となります。
■NTT docomo FOMAシリーズのうち、下記に該当する端末
・900~904シリーズ(例:SH902iSLなど)
・700~704シリーズ(例:F703iなど)
・8XXシリーズ(例:F883iなど)
・60Xシリーズ(例:N601iなど)
上記シリーズについては発売から相応の年数が経過しており、今後のサポート(不具合発生時の確認など)が現実的に難しくなってきたことから、誠に勝手ながら非対応端末とさせて頂く次第です。
皆様のご理解とご了承の程、何卒よろしくお願い申し上げますm(_ _ )m
城めぐりツアー第三弾レポート<2日目>
大量の写真からどれを載せるか選ぶだけで1日が終わってしまうという恐ろしい業務、それがツアーレポートです。修学旅行システムで、撮った写真を全部廊下に張り出して自由に見て頂きたい気持ちです\(´Д`;)
それでは2日目(最終日)のツアーレポートいってみましょう!
【「明智光秀 二日天下ツアー」レポート<2日目>】
昨年の伊達ツアーでは、朝目覚めるとなんと驚きの雪でしたが、今回は違いました。う~ん、実に快晴!すがすがしくて倒れそうです。
大好物の朝食バイキングを胃袋に詰め込んでいる最中、中国方面で毛利勢と対峙しているはずの羽柴秀吉が攻め上がってきたとの注進が入ったので、いざ出陣です (・д ・ )」
まずはホテルから至近の距離にある「明智左馬之助湖水渡り」の碑を下車観光。
山崎の戦いの際、安土城を守備していた光秀の娘婿秀満(左馬之助)は、光秀の敗報を聞いて急遽坂本城に向かうも大津で秀吉軍と遭遇、進退窮まったと思われたところを、なんと騎乗したまま琵琶湖を横断して坂本に入城した、という逸話の残るのがこの場所です。
秀満についてはエピソードが多いのでもっと紙面を割きたいところですが、先に進みましょう。
ちなみに、この石碑の後ろにチラっと写ってますが、背後には立派な“天守”がそびえます。
城の名前は「琵琶湖文化館(休館中)」。秀満はこの城に渡りたかったわけではないので注意が必要です( ̄ー ̄;
さて、明智軍はここから一路、京都と大阪の境である山崎を目指します。秀吉が大返しなら、こちらは名神高速で対抗。1時間かからず決戦場に到着~。
山崎駅前の人々に、「明智なんとかって書いてる変なバス来たでー」的な目で見られながらも、臨戦態勢を整えます。
まずは数名の現地ガイドさんによる解説↓
そして合戦の経緯を学んだ後、いよいよ明智決死隊は天王山に挑みます。
気温が高すぎたこともあって、10月も下旬だというのに序盤からすでに汗だくです。服装が難しいにもほどがあります(T▽T;)
天王山の登頂ルートは、「秀吉の道」というハイキングコースとして整備されていて、途中途中に下の写真のような陶板画が設置されていて、休憩しつつ歴史を学ぶことができます(明智ツアーが秀吉の道を登るのか、というツッコミはなしで…)。
そして、わりと登ったところ、山の中腹にいよいよ待望の石碑が登場します。
ついにキタ━(・∀・)━!!。決戦の地、いわゆる“天王山”の語源になった地です。
ここからは決戦場を眼下に見下ろすことができ、説明板には明智・羽柴両軍の布陣の模様が解説されています。大河ではしょられた分、どっぷり歴史に浸かります。
果たして劣勢の光秀に勝機はあったのでしょうか。合戦当時に思いを馳せたいものの、縦横に走る高速がそれを阻害します。だいぶ地形も変わってるみたいです....。
そしてここからさらに山の頂上を目指します。道もなし崩し的にどんどん険しくなってきました。
(*´Д`)=3ハァハァ......
ちなみに、この登山ルート上には幕末の十七烈士の墓や古くからの神社など、歴史的な遺産が数多く残ります。
そして登ること約1時間、ついに山崎城の主郭に到着(・ω・)/
登りきったそこは、良い感じにピクニック場と化していました。みんなレジャーシートをもってきて団らんを楽しんでいたのです。誰もここが城跡だと思ってないんだろーなー(;´Д`)ノ
でも、ちゃんと説明板もあります↓
遺構もちらほらと見つけることができます↓
これは堀切跡↑写真だと全く伝わりませんな。
落ち葉で埋もれてますが、これは井戸跡↑覗き込むと少し中が見えました。「お前ら絶対に押すなよ」のやつですね。
本丸でガイドさんの解説で案内してもらったら、小休止の後、山を下って元の山崎駅に戻ります。
駅のすぐ目の前には、千利休の茶室、国宝待庵がある妙喜庵があります。
ここで異能の者、利休さんがちょうどお茶してたとかしてなかったとか(´・ω・`)_且~~
明智軍一行も山登りの疲れを癒すため、この周辺で1時間ばかりの自由時間となります。われわれも軽く昼食をとったあと、駅前のデイリー“ヤマザキ”でスースーする汗ふきシートを買ってからバスに乗り込みます。
次なる目的地は、光秀が山崎敗戦後に逃げ込んだ勝龍寺城↓
模擬でも復元でもやっぱり建物があるっていいよね、を実感(´∀`) いつからのことなのか、現地では激しく“細川ガラシャ押し”でした。
忠興とガラシャのペア像もあります。
ここ勝龍寺城では、ガイドさんによる解説組と、自由行動組の二手に分かれての行動に。わたくしは資料館内でガイドさんの話を聞いてましたが、明智好きにはたまらない内容となっておりました(光秀に最も詳しい方を予め段取りして頂いたそうです、ありがとうございます)。
城跡は史跡公園としてよく整備されている上、櫓風の建物にはコンパクトな資料館もあり、城に興味がない方と行ってもブーブー言われないであろう、非常におすすめできる城です。
※城の所在する長岡京市民ですらほとんど城の存在を知らない、とガイドさんが嘆いてましたヨ(/TДT)/
こんな感じの演出もGood!!
今回のツアーのために用意してくれたわけではないのに、なぜか優越感イヤ━(*´∀`)━ン
勝龍寺城の観光を終えた後は、いよいよ最後の立寄地である「明智藪」へ向かいます。
小栗栖は勝龍寺城に逃げ込んだ光秀が、城を脱し坂本へ戻る途中に土民に刺され、帰らぬ人となった場所です。
話自体は有名であるものの、実際にここを訪れるとなると実は結構苦労します。まず前提として、近くの道路が大型車通行禁止となっているため少し手前にバスを停め、そこからは徒歩で住宅街の中を進む事になります。
見ての通り、観光客が押し寄せるような場所ではありません(TωT)
そして、たどり着いたその先は、文字通り“藪”でした。
隘路のため、軍勢が横列にしか展開できません...。
正面から見ると↓こんな感じ。
周囲は藪ですが石碑周辺はめっちゃきれいです。
そして、ここ明智藪では思わぬサプライズが。地元の城めぐり会員の方がツアー参加のみなさんのために差し入れを下さいました。ありがとうございました。
ちなみに、この石碑に隣接する本経寺にも「明智光秀供養碑」があります。
光秀の最後に胸が熱くなったところですが、名残惜しくもこれにて「明智光秀 二日天下ツアー」のすべての行程が終了となります。
今回のツアーにご参加頂いたみなさま、大変お疲れ様でした。そして、改めて御礼申し上げます!道中不手際も多かったと思いますが、みなさまのご協力で2日間無事終えることができました!ありがとうございますm(_ _ )m
また、ツアーの実現に尽力頂いた近畿日本ツーリストのみなさま、そして各スポットでガイドや解説を頂いたみなさまにも、この場を借りて御礼申し上げます。
過去2回の真田・伊達に比べると明智光秀という人気度では恐らくワンランク劣るであろう武将を題材にしたツアー。それでも多くの方々のおかげでこうして実現することができました。本当に企画者冥利に尽きます…。
実際に会員のみなさんと史跡を訪れ、ふれあいをさせて頂くことが次のツアーのみならず、さまざまな企画の糧になっています。これからも魅力的な企画&挑戦を続けていきたいと思いますので、今後ともよろしくお願い申し上げます(・ω・)/
今週はツアーレポート御覧頂きありがとうございました!
さよなら京都!
【前回のブログのクイズの答え】(上から順に)
・松平忠直
・E 約5億6千万円
・D
・帰雲(城趾)
・伊賀上野城
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城めぐりツアー第三弾レポート<1日目「夜」>
前回のブログでは「明智光秀 二日天下ツアー」の1日目観光部分をレポートしましたが、今回は1日目“夜”編です。画像が多いので、次回2日目レポートで完結になる見込みです。意図的に小分けにしてるわけではないので誤解されませぬよう.... ̄ω ̄;;
【「明智光秀 二日天下ツアー」レポート<1日目「夜」>】
1日目、本能寺~西近江を制圧した明智軍は、戦陣の疲れを癒すため夕暮れとともに琵琶湖畔のロイヤルオークホテルに入城します。かなり立派な水城、いやホテルです。
エントランスは安土城もびっくりの吹き抜けです。四方八方の砲座からホールにいる敵を殲滅できる構造のようです。
ここで戦友のみなさんは各部屋へと順次入られ、一方のわれわれスタッフは部屋のベッドのふかふか具合を確認する間もなく、すぐさま宴会場へと向かいます。そう、この後一大イベントが待っているのです( ̄□ ̄;)!!
普段このホテルでは結婚式が頻繁に行われているようで、↑この光るやつは通常「●●家●●家披露宴会場」という文字を映し出すべきものですが、どうですか、この堂々と浮いている感じは!若いホテルスタッフのひそひそ話が気になって仕方ありません( ̄ー ̄;
どうせなら「桔梗の間」だったら最高だったんですが、惜しいっ!「ライラック」でした。
やっぱり披露宴仕様。もしくはディナーショーか。ということで、まずは前半みなさんで夕食をお楽しみ頂き、夕食が一段落したところでいよいよ「マニアッククイズ大会」が幕を開けます(☆・´ω・`) /
クイズは、明智光秀の家臣団構成になぞらえて、幕臣衆や丹波衆、近江衆など全6隊に分かれてのチーム対抗戦となります。
実は準備段階でPCとプロジェクターとスクリーンの相性問題が勃発して大混乱に陥っていた上に、クイズ開始直後には予期せぬアクシデントが起こったことで、その模様を伝える写真がまったく残ってないのですが(汗)、スクリーンショットでいくつか実際に出題されたクイズをご紹介しましょう↓
城めぐりのゲームに関するこんなクイズや…
考えたところで答えが出るわけでもないこんな問題も(ちなみにこの問題は唯一正解者ゼロでした)↓
他にも、やはりホテルスタッフの視線が怖い、いかにもな問題も↓
もちろん今回も勝敗を左右する超難問書き問題をいくつか仕込んであったのですが、見事1チームだけ正解チームが出た問題が下の2つ。
こんな問題をたった30秒のシンキングタイムで解けてしまうってすごくないですか!?ほんと出題者側で良かったと胸をなで下ろす瞬間です。
※上に紹介したクイズの答えは次回ブログで発表しますので、それまで48時間くらい頭を悩ませて下さい。
さて、実際の大会では序盤から各チームのデッドヒートが続き、ラストまでどのチームが優勝するか分かりませんでしたが、最後の問題を制した「チーム山城衆」が見事栄冠を勝ち取りましたヽ(・∀・)ノおめでとうございます!記念に得点表示の画面も貼り付けておきましょう。
全問正解で100点なので、今回は平均すると問題がかなり難しかったことは確かなようです。知力の限りを尽くして頂いた各チームのみなさま、改めてお疲れ様でした≧(´▽`)≦
なお、優勝チームには光秀にちなんで下のようなマグカップのほか…
卓上名城カレンダーや戦国クリアファイルが贈呈されました。今気付きましたが、これ結構重いしかさばりますね(_ _|||)。失礼しました...。
そうこうしているうちにイベントもいよいよ終わりを迎え、みなさん会場をあとにします。引き続いて部屋飲みで歴史談義に花を咲かせた方々もいたとか。
われわれはというと、控え室にガラシャ様が首を長くしてお待ちでしたので、同じく今回の参加特典である異名とともに世に出す準備のため急いで部屋に戻ります。
キリシタンだけにリップをぷるぷるにする秘薬を海外から仕入れていたのか、個人的にはそんなくちびるが気に入ってます。夜のうちにはなんとか参加者のみなさんのお手元に届けることができました(・ω・)/
そんなこんなで、長かったようなあっという間だったような1日目の夜が更けていきます....。
光秀が本能寺を実行した夜、どんな気持ちで就寝したのか、わたくしもそこに思いを馳せながら眠りにつこうと思っていましたが、結果、数十秒で意識をなくした模様です( ̄Д ̄;; おやすみなさい!
城めぐりツアー第三弾レポート<1日目>
土日のどちらかでしこたま充電しないことにはライフゲージが常に点滅状態の己の体力を恨みつつ、月曜日を迎えてしまいました(;´Д`)ノ 今週は、そんな残りの全ライフをツアーレポートに捧げる覚悟でいってみたいと思います(T▽T;)///
例によって今回も文章が長~いので、晩酌のつまみ的にお楽しみ頂ければ幸甚であります。
【「明智光秀 二日天下ツアー」レポート<1日目>】
今回のツアーの集合はお昼前に京都駅だったので、われわれは朝駆けに二条城を攻城。本能寺の変で織田信忠が戦死した二条城とは別物なのでツアーと直接関係ないですが、“せっかくだからの精神”で訪れてみました。とはいえ、古都京都で“せっかくだから”で史跡をめぐり始めたらキリないんですけど…。
さて、想像以上に多い観光客にビビりつつ京都駅でツアーにご参加のみなさんと合流し、いざ出陣であります(´∀`)/
まぶしく照りつける太陽の中、最初に目指す地は旧本能寺跡です。「敵は本能寺にあり!あ!でも道が狭いから大通りにバスを停めてから徒歩(かち)で攻めよ!」と光秀が言ったかどうかは分かりませんが、仰せの通りに徒歩で跡地に到着!
明智軍城めぐり隊が本能寺“の石碑”を完全包囲します。
こんな感じの石碑がひっそり佇んでいます。ちなみに今日更新の「今週の一枚」でもピックアップさせて頂きました。
旧本能寺跡を観光し信長を倒した後は、間髪を入れずに近江の制圧に向かいます。しかし京の街路は明智軍およびその他の軍勢(観光客)で大渋滞していたため、予定より若干遅れて琵琶湖畔に位置する坂本城址に到着(・ω・)/
城址は今は公園として整備されています。ちなみに、遺構はほとんどなく、とある会社の敷地内で渇水時に石垣が顔を出すことがあるくらいとか。
公園の中に入ると…
殿がわれわれを迎えてくれます。み、光秀様、なんとも“特徴的”なお姿を(T▽T;)!
坂本城址の散策を終えると、次に向かうはまさにその坂本の町の中。江戸時代初期から穴太積みの技術を脈々と継承する粟田建設の会長さまが既にお待ちでしたm(_ _ )m
バスを降りると、はじめに穴太の歴史からその石積みの特徴などを解説頂きました。
その話の内容というのが、実際に代々受け継いできたものだけにかなり刺激的な内容で、しかも会長自身も職人でありますから、実体験に基づく体験談は何時間でも聞いていたいほどです。「石の声を聞く」という匠ならではの言葉が、ずっしり心に響きます...。
さらに、その後坂本の町を歩きながらいろいろと解説頂いたのですが…
とにかくここは“石垣だらけ”です。石垣が写らないように風景を撮るのが難しいくらいです( ̄□ ̄;)!!
この写真は手前と奥(門の左右)で積んだ人が違って、会長曰く「性格が出てる」そうです。
こちらの石垣は会長自身が積んだという石垣。会長は全国各地の石垣の復元・整備を行っています。実はあなたも見たことがあるかも…。
坂本はとにかく360度どこを見渡しても穴太積みがあって、見ていて飽きると言うことがありません。あとで見返すとSDカードの中身が“石だらけ”になってました(T▽T;)
会長自身にもそのことを非常に気にかけて頂いたのですが、時間に限りがあったため後ろ髪を引かれる思いでそろそろ次の目的地へ。
ちなみに、秘伝の書(?)を頂きました↓これでわれわれも石が積めるようになった?(・∀・)b
そして本日最後の訪問地は、明智光秀ゆかりの「西教寺」。実際に到着してみて気付いたこと。それは想像していた50倍くらい大きい寺院だったということです。この総門は坂本城の移築門と言われています↓騎乗して通れるよう背が高いとのこと。
この寺では、住職から寺の復興に尽力した光秀に関するさまざまな話を聞かせて頂きつつ、寺に伝わる明智光秀寄進状の写しを拝見させて頂きました。個人的にはこのタイミングで涙腺ヤバし( ̄^ ̄;)!!(後で他のスタッフになんでそこ?と言われましたが)。
その後、その広大な敷地内を順番に案内頂きます。
これは伏見城にあったと言われる建物で、重要文化財・客殿です。趣きがハンパないです。門や客殿など、寺にいながらにして城郭の味わいも楽しめます。
これは「小堀遠州」作と言われる庭園。近江国(池が琵琶湖)を模しているそうです。異能の小堀さんもここにいたとかいないとかー(・∀・)?
そして、ここに光秀とその妻・煕子、一族が眠ります。
煕子の父、妻木広忠がここにある墓にそれぞれを葬った後、墓前で自害したという話を聞いてまた涙腺が…。
最後に、特別公開の坂本城陣鐘を数人ずつに分かれて拝見させて頂きました(すいません実物の写真はNGです....)。
住職の話を聞いていると、改めて光秀の人柄・信仰心、妻への愛情などが伝わってきて、まさにこのツアーに相応しい体験をすることができました。ありがとうございましたm(_ _ )m
ここ西教寺にて、1日目の行程は終了です。良い感じに日も暮れてきまして、城めぐり隊は琵琶湖湖岸を沿って、一路大津の宿営(ホテル)をめざします。
いつもならここから夜の部のレポートになりますが、途中でまさかの容量エラー( ̄□ ̄;)!!が出てしまいましたので、本日はここまでに致しとうございます....。
それでは次回更新をお待ち下さい(・ω・)/


































































