城めぐりツアー第三弾レポート<2日目> | 「ニッポン城めぐり」運営ブログ

城めぐりツアー第三弾レポート<2日目>

大量の写真からどれを載せるか選ぶだけで1日が終わってしまうという恐ろしい業務、それがツアーレポートです。修学旅行システムで、撮った写真を全部廊下に張り出して自由に見て頂きたい気持ちです\(´Д`;)

それでは2日目(最終日)のツアーレポートいってみましょう!

【「明智光秀 二日天下ツアー」レポート<2日目>】

昨年の伊達ツアーでは、朝目覚めるとなんと驚きの雪でしたが、今回は違いました。う~ん、実に快晴!すがすがしくて倒れそうです。
 


大好物の朝食バイキングを胃袋に詰め込んでいる最中、中国方面で毛利勢と対峙しているはずの羽柴秀吉が攻め上がってきたとの注進が入ったので、いざ出陣です (・д  ・ )」

 


まずはホテルから至近の距離にある「明智左馬之助湖水渡り」の碑を下車観光。

山崎の戦いの際、安土城を守備していた光秀の娘婿秀満(左馬之助)は、光秀の敗報を聞いて急遽坂本城に向かうも大津で秀吉軍と遭遇、進退窮まったと思われたところを、なんと騎乗したまま琵琶湖を横断して坂本に入城した、という逸話の残るのがこの場所です。

秀満についてはエピソードが多いのでもっと紙面を割きたいところですが、先に進みましょう。

ちなみに、この石碑の後ろにチラっと写ってますが、背後には立派な“天守”がそびえます。

 


城の名前は「琵琶湖文化館(休館中)」。秀満はこの城に渡りたかったわけではないので注意が必要です( ̄ー ̄;

さて、明智軍はここから一路、京都と大阪の境である山崎を目指します。秀吉が大返しなら、こちらは名神高速で対抗。1時間かからず決戦場に到着~。

 


山崎駅前の人々に、「明智なんとかって書いてる変なバス来たでー」的な目で見られながらも、臨戦態勢を整えます。

まずは数名の現地ガイドさんによる解説↓

 


そして合戦の経緯を学んだ後、いよいよ明智決死隊は天王山に挑みます。

 


気温が高すぎたこともあって、10月も下旬だというのに序盤からすでに汗だくです。服装が難しいにもほどがあります(T▽T;)

天王山の登頂ルートは、「秀吉の道」というハイキングコースとして整備されていて、途中途中に下の写真のような陶板画が設置されていて、休憩しつつ歴史を学ぶことができます(明智ツアーが秀吉の道を登るのか、というツッコミはなしで…)。

 


そして、わりと登ったところ、山の中腹にいよいよ待望の石碑が登場します。

 


ついにキタ━(・∀・)━!!。決戦の地、いわゆる“天王山”の語源になった地です。

ここからは決戦場を眼下に見下ろすことができ、説明板には明智・羽柴両軍の布陣の模様が解説されています。大河ではしょられた分、どっぷり歴史に浸かります。

 


果たして劣勢の光秀に勝機はあったのでしょうか。合戦当時に思いを馳せたいものの、縦横に走る高速がそれを阻害します。だいぶ地形も変わってるみたいです....。

そしてここからさらに山の頂上を目指します。道もなし崩し的にどんどん険しくなってきました。

 


(*´Д`)=3ハァハァ......

ちなみに、この登山ルート上には幕末の十七烈士の墓や古くからの神社など、歴史的な遺産が数多く残ります。

そして登ること約1時間、ついに山崎城の主郭に到着(・ω・)/

 


登りきったそこは、良い感じにピクニック場と化していました。みんなレジャーシートをもってきて団らんを楽しんでいたのです。誰もここが城跡だと思ってないんだろーなー(;´Д`)ノ

でも、ちゃんと説明板もあります↓

 


遺構もちらほらと見つけることができます↓

 


これは堀切跡↑写真だと全く伝わりませんな。

 


落ち葉で埋もれてますが、これは井戸跡↑覗き込むと少し中が見えました。「お前ら絶対に押すなよ」のやつですね。

本丸でガイドさんの解説で案内してもらったら、小休止の後、山を下って元の山崎駅に戻ります。

駅のすぐ目の前には、千利休の茶室、国宝待庵がある妙喜庵があります。

 


ここで異能の者、利休さんがちょうどお茶してたとかしてなかったとか(´・ω・`)_且~~

明智軍一行も山登りの疲れを癒すため、この周辺で1時間ばかりの自由時間となります。われわれも軽く昼食をとったあと、駅前のデイリー“ヤマザキ”でスースーする汗ふきシートを買ってからバスに乗り込みます。

次なる目的地は、光秀が山崎敗戦後に逃げ込んだ勝龍寺城↓

 


模擬でも復元でもやっぱり建物があるっていいよね、を実感(´∀`) いつからのことなのか、現地では激しく“細川ガラシャ押し”でした。

忠興とガラシャのペア像もあります。

 


ここ勝龍寺城では、ガイドさんによる解説組と、自由行動組の二手に分かれての行動に。わたくしは資料館内でガイドさんの話を聞いてましたが、明智好きにはたまらない内容となっておりました(光秀に最も詳しい方を予め段取りして頂いたそうです、ありがとうございます)。

城跡は史跡公園としてよく整備されている上、櫓風の建物にはコンパクトな資料館もあり、城に興味がない方と行ってもブーブー言われないであろう、非常におすすめできる城です。
※城の所在する長岡京市民ですらほとんど城の存在を知らない、とガイドさんが嘆いてましたヨ(/TДT)/

こんな感じの演出もGood!!

 


今回のツアーのために用意してくれたわけではないのに、なぜか優越感イヤ━(*´∀`)━ン

勝龍寺城の観光を終えた後は、いよいよ最後の立寄地である「明智藪」へ向かいます。

 


小栗栖は勝龍寺城に逃げ込んだ光秀が、城を脱し坂本へ戻る途中に土民に刺され、帰らぬ人となった場所です。

話自体は有名であるものの、実際にここを訪れるとなると実は結構苦労します。まず前提として、近くの道路が大型車通行禁止となっているため少し手前にバスを停め、そこからは徒歩で住宅街の中を進む事になります。

 


見ての通り、観光客が押し寄せるような場所ではありません(TωT)

そして、たどり着いたその先は、文字通り“藪”でした。

 


隘路のため、軍勢が横列にしか展開できません...。

正面から見ると↓こんな感じ。

 


周囲は藪ですが石碑周辺はめっちゃきれいです。

そして、ここ明智藪では思わぬサプライズが。地元の城めぐり会員の方がツアー参加のみなさんのために差し入れを下さいました。ありがとうございました。

ちなみに、この石碑に隣接する本経寺にも「明智光秀供養碑」があります。

光秀の最後に胸が熱くなったところですが、名残惜しくもこれにて「明智光秀 二日天下ツアー」のすべての行程が終了となります。

今回のツアーにご参加頂いたみなさま、大変お疲れ様でした。そして、改めて御礼申し上げます!道中不手際も多かったと思いますが、みなさまのご協力で2日間無事終えることができました!ありがとうございますm(_ _ )m

また、ツアーの実現に尽力頂いた近畿日本ツーリストのみなさま、そして各スポットでガイドや解説を頂いたみなさまにも、この場を借りて御礼申し上げます。

過去2回の真田・伊達に比べると明智光秀という人気度では恐らくワンランク劣るであろう武将を題材にしたツアー。それでも多くの方々のおかげでこうして実現することができました。本当に企画者冥利に尽きます…。

実際に会員のみなさんと史跡を訪れ、ふれあいをさせて頂くことが次のツアーのみならず、さまざまな企画の糧になっています。これからも魅力的な企画&挑戦を続けていきたいと思いますので、今後ともよろしくお願い申し上げます(・ω・)/

今週はツアーレポート御覧頂きありがとうございました!

 


さよなら京都!

前回のブログのクイズの答え】(上から順に)
・松平忠直
・E 約5億6千万円
・D
・帰雲(城趾)
・伊賀上野城

 

 


ニッポン城めぐり まとめ記事

 

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