Pちゃんのこと
私の宝物だったぴーちゃんは、1月22日の夜中1時頃
虹の橋を渡っていきました。
昨年11月のはじめ、鳥専門に見てくださる動物病院で、
「この状態で健康な糞をしていることが不思議」
「いつ何があってもおかしくない状態です」
と、ぴーちゃんの命があとわずかしかない事を宣告されました。
でも、私は先生の言葉を誰にも言うことができませんでした。
夫にも、ぴーちゃんをよく知る親友にも。
口に出すと、なんだかすぐに「その日が」来てしまいそうで。
1週間ももたないだろうといわれたその日から、
ぴーちゃんはものすごい頑張りで、2ヶ月以上生きました。
とてもとても苦しかったと思います。
いつもつらそうな息をしていました。
本当は身体を触られるのが大嫌いだったぴーちゃんですが、
私に頭や首を掻かれて、気持ちよさそうにしていました。
自分で羽を繕うことが出来なくなっていたので・・・。
1月19日、ぴーちゃんはとっても元気で、
私や夫にとても甘えてきました。
おしゃべりはもうできなくなっていたけど、
可愛い声でさえずったり、少し大きな声で私たちを呼んだりしました。
だから、まだまだ頑張れるだろうと思っていました。
1月21日の夜、ぴーちゃんが何も食べなくなってしまいました。
糞もしていません。
大好きなみかんを私の手からほんのひとかけらだけ口にしました。
でも、そのあとは水も何も口にしません。
もう助からないのなら、一緒にいてあげよう。と
夫の胸の上にぴーちゃんを乗せ、ホット用のペットボトルに熱湯を入れて湯たんぽにして
上から毛布をかけて保温しながら、夫と私とぴーちゃんの三人で一緒に過ごしました。
それでもやっぱり、いつもの寝床が一番暖かく過ごせるはずだと
ベッドルームに移り、ぴーちゃんは保温されたケージで、
私たちはいつものベッドで(ケージはベッドの枕元においています)寝ることにしました。
私はしばらく起きていて、薄明かりでぴーちゃんの姿を見ていました。
落ち着いているのを確認してから私も眠りましたが、
夜中になんだか嫌な感じがして目を覚ました時、
ぴーちゃんの身体は動かなくなっていました。
まだほんのりぬくもりが残っていました。
19日の元気なぴーちゃんは、最後の力を振り絞って甘えてくれたのかもしれない。
ぴーちゃんは小さな身体で本当に頑張りました。
一生懸命病気と闘う姿を見せてくれました。
こんなに頑張ったんだから、もういいよ。
誰も邪魔しないから、ゆっくり眠ってね。
夜更かしさせたり、長距離移動して一緒に里帰りしたり、
野菜をあげない日があったり、
決して良い飼い主ではなかったけど、
ぴーちゃんのこととっても大切に思ってたよ。
いなくなるなんてこと、全く考えずにいたよ。
ぴーちゃんからいっぱい色んなものを貰ったけど、
私は同じだけのものを返せていたのかな。
幸せだったのかな。
私はとっても幸せだったよ。
大好きなぴーちゃん、私のところへ来てくれてありがとう。
クリック募金
クリック募金を貼り付けて見ました。
企業が代わりに1クリックにつき1円を募金してくださるそうです。
1円といえども、皆で毎日すれば結構な額になるでしょう。
1日1クリック、それだけなら簡単ですよね。
ここへ来た皆さん、良かったらクリックしてみてください。
ネットって恐い面もたっくさんあるけど、
こんな使い方もできるんだなぁ。
つまみ食いって大事。
今日お客さんから苦情が来た。
「辛くて食べられない。最近全体に辛いよ」
よく私に苦情を言ってくるお客さんなので、
いつものことかとその時は「作った者に行っておきます」と軽く聞き流してしまったけど、
そのお客さんが帰ったあとで、気になっていくつか食べてみた。
「食べられないくらい辛い!」
これはお金出して出てきたら腹たつなぁ。
そして調理師に食べさせてみた。
その料理を食べると、他のものの味がわからなくなるくらい、
それそのものが調味料か?というくらい辛かった。
明日、あのお客さんは来てくれるかなぁ。
苦情を言ってくれるお客さんは明日も来てくれる。
何も言わずに帰っていくお客さんは、おいしくないともう二度と来てくれない。
苦情は真摯に受け止めないとね。
いつもはつまみ食いをして、まずかったら指摘するんだけど、
今日はつまみ食いをする余裕がなかった・・・。
調理師さんたち、つまみ食いっていうか・・・
「味見してください。((o(-゛-;)」
心からのお願いです。
私はO型です。
アメブロのニュースで見たんですけど・・・
「O型はメールの返信が異常に遅い」
私、メールの返信異常 に遅いです。
ブログのコメントの返事も遅いです。
お手紙の返事も、電話のコールバックも、
メールの返信に限らず、
O型の私は夏休みの宿題とか、仕事の段取りとか、
とにかく何でもかんでも、ギリギリにならないと動きません。
私がO型だからなのか、私が「私」だからなのかは
定かでないです。
私の周りにはなぜかO型がいないので、
ホント、わかりません。
みーんなB型もしくはAB型。
私以上に個性的な人ばかりなので、
ひとくくりに出来ない・・・。
1月17日
1995年1月17日、私は大阪に住んでいたので被災はしなかったけど、
彼(現夫)が神戸市の東灘区に住んでいて、アパートは全壊してしまいました。
あの倒れた高速道路から歩いても5分とかからない場所です。
地震の前日、家で仕事をしていた私は取引先とやり取りをしながら、
夜中の1時か2時頃にやっと終わって、そのままうとうとと眠ってしまいました。
仕事場が家なので、普段ならそのまま誰かが電話でもくれるまで起きないのですが、
その日に限って5:40頃に目を覚まし、「書類の整理をしとかなくちゃ」
と立ち上がった瞬間にあの揺れがきました。
被害の大きい神戸と違って、大阪は震度4ほどだったはずですが、
立っていられないほど、今まで経験したことのない揺れでした。
とりあえず、両親が心配だったので実家へ(大阪)電話して無事を確認。
・・・直後はすぐに電話も繋がったんです。
テレビもラジオも持っていなかった私は世の中がどんなことになっているか、
全くわかりませんでした。
母が、「神戸のほうは震度7で、倒壊した家もあるらしい」と教えてくれて、
神戸に住む彼に電話しました。(後回しかよ(^▽^;)
呼び出し音は鳴るけど、出ない。
歩くたびにミシミシと音がして揺れる古いアパートが無事なはずはない。
余震が来るたびにドキドキしながら何度も電話を鳴らしていたら、
7時頃、向こうから電話がかかってきました。
「家無くなったわ」
と一言。もう、腰が抜けました。
電話線って、切れても呼び出し音が鳴るんだ・・・。
彼の方でも情報が全く無かったので、私の方がもっと被害にあってるかもしれないと、
車でこちらに向かったものの、どこも通れなくて立ち往生していた時に、
親切な方が持っていた携帯電話を貸してくれたのでした。
あの頃はまだ携帯電話はお金持ちの持ち物だった・・・。
お互いの無事を確認した後で、近所に住んでいる知り合いのところへ行き、
TVを見せてもらって、状況を初めて認識しました。
2,3日してなんとか彼が大阪までたどり着き、
倒壊した家の中にある家財道具を取りに行こう。と一緒に神戸へ
実際に目にした神戸の町は、まるで戦争でも起こったかのようでした。
彼のアパートは倒壊しても、火が出なかったので、住人は全員無事でした。
特に、彼の部屋は2階で、たんすなどの大きな家具もなかったので
下敷きになったりすることも物が壊れることもなく、無傷。
彼の仕事道具をとりに行ったり、仕事の準備をしたりで
何時間も歩き、元々故障のあった膝が痛くて足を引きずっていると
知らない車が止まり、「相当歩いているようだから」と見ず知らずの私たちを
遠回りして最寄の電車が動いている駅まで乗せて行ってくれる人がいたり、
何も食べてないだろうと、自分の船にのせて食事させてくれる人がいたり、
火事場泥棒するような酷い人がいる一方で、
とてもとても暖かくて親切な人がそれ以上にいて、あの酷い状態の中
私たちはとても穏やかな気持ちでいられました。
・・・ただ私たちは何一つ失わなかったので、家族を亡くした方に比べれば、
被災者とはいえないかもしれません。
毎年この日になると、あの時のことが鮮明に思い出されます。
あけましておめでとうございます
コレを見ている皆さん、新年をいかがお過ごしでしょうか?
ズボラな私は、今年の年賀状を今頃書いています(・・。)ゞ
いつも夫と私の似顔絵を描いて、プリントしているんですが、
さぁ印刷!という時になぜかプリンターが動かない!!
なぜ??今から手書きかぁ??。゚(T^T)゚。
枚数は少ないから別にそれでもいいんだけど・・・
そういえば、今までコピー機で作ってたんだっけ。
今年はスキャナがあるので、自宅でプリントまで出来るはずだったのに。
市販のものならたぶん普通にプリントできるんでしょうけれど・・・
そうすると、送った後で「手抜き!」と友人からお叱りを受けるので、
どうしたもんかしら。
結婚して10回目のお正月、
8回は似顔絵、酉年の時はぴーちゃんの写真。
今回は・・・。
ああまた年賀状が減っていく。(自業自得!)
とりあえず、今年もよろしくお願いいたします。
これ、どうも異常に似ているらしい。
「私のも描いて」ってよく頼んでくる人がいるけど、
実は自分達の顔以外描けないヽ(゜▽、゜)ノ
大晦日です~
毎年大晦日は夫の実家へ、ぴーちゃんも連れて里帰りするのですが、
今年はぴーちゃんが長距離移動できる状態ではないので、
私とぴーちゃんはお留守番することになりました。
ということで、結婚して初めての
一人と一羽で迎える新年です。
たまにはこういうのも、のんびり出来ていいなぁ。
いつもTVのチャンネル権は夫にありますが、
今日は自分の好きなものを見放題!
・・・・と思って番組表を見ても、
見たい番組がない・・・。
CSとかCATVとかないから
普通の地上波だけです。
しょうがないからビデオでも見ようかな。
それとも早々に眠りにつくか?
ではでは、ここへ来てくださった方々、
素敵な新年をお迎えくださいね(o^-')b
Pちゃん只今闘病中
11月のはじめ、なんだか元気のなかったPちゃん。
寒くならないうちに病院へ連れて行って診てもらおうと
いつも行く動物病院へ。
とても良心的で優しい先生だけれど、
残念ながら鳥専門ではない。
ずっと以前に「黄色脂肪腫」と診断されていた病気が
実は「精巣腫瘍」かもしれない。とのこと・・・
雄のセキセイインコにはよくある病気。
Pちゃんの鼻が黒っぽくなってきた時
もしかしたら?と思ったけど
そこの先生は、年齢が行くとこんな風になったりするよ。
と、わりと気楽に応えてくれたので、それほど心配はしていなかった。
でも、やっぱり自分の調べた知識も少しは信じればよかった。
よく見るとオシリが少し膨らんでいる。
いつもの先生ではもうお手上げのようなので、
ちょっと遠いけど、より専門的に勉強されている先生を
紹介していただいた。
そこで見ていただいた結果、「精巣腫瘍」の可能性大。
身体が小さいだけに、レントゲンを撮ったり手術をしたりすることは、
その行為そのものが危険だというので、
投薬治療をすることにした。
なるべく症状を抑え、苦痛がないように。
病気が進行しないように。
今日は12月26日、Pちゃんはとても頑張っている。
餌もいっぱい食べて、野菜や果物も食べて、
お薬も飲んで。
まだまだ私も頑張らなくっちゃ。
愛すべきおっさん
私の仕事は調理関係である。
この仕事場に、とんでもなく「どんくさいおっさん(調理師)」がいる。
後数年で還暦を迎えようという、結構年配なおっさん。独身。
数をきちんと数えられない。
字をあんまり知らない。
1のことを10言わないと理解できない。
カタカナ語を言われると理解できない。
だから忙しくなってくると、きつく当たってしまうことがある。
自分の父親ほどの年上の男の人に、
タメ口きいたり、叱ったり、
でも、そのおっさんは嫌な顔をしない。
いつもいつも、私のためにお茶を入れてくれたり、
自分で釣ってきた魚を料理して食べさせてくれたり、
何か物をくれたり。
どんな仕事も、どんくさいなりにとても一生懸命にしている。
うそをつかない、時間に遅れない、
とても正直で善良。
私にとっては仕事仲間の中で一番信頼できる人。
今までの人生の中で、あんなに純粋でかわいらしい
愛すべきおっさんに出会ったこと、ないなぁ。
ずっと元気でいてほしいなぁ。
西の魔女が死んだ
ある日本屋さんで、暇つぶしに何か簡単に読める小説でも買おうと
何も考えず物色していた時に見つけた本。
オズの魔法使い系の話が好きな私は、
このタイトルに惹かれてとりあえず手にとってみた。
どうも、お話はSFやファンタジーではない。
不登校の女子中学生の「まい」が主人公。
その「まい」がタイトルの「西の魔女」のところへ魔女修行にいく。
西の魔女とは、彼女の母親の母親。ようするにおばあちゃん。
「魔女」といっても、オズの魔法使いの悪い魔法使いみたいな
恐いおばあちゃんではなかった。
とっても優しくて暖かくて、キュート。
この本、児童書らしいけど大人が読んでも十分面白い。
優しくて暖かい気持ちにしてくれる、
ちょっと切ないお話だった。
暇つぶしに買った本だったけど、
ちょっと寂しい気持ちになっていたり、
癒されたいって思っている人に、激しくオススメ(o^-')b

