みなさま、とてもお久しぶりです。

予想外に早く梅雨が明けて、暑いですね。

 

 

  お元気ですね? 私も元気にしております。

アメーバブログさまは七夕に向けてびっくりイベントを開催していますね。

 

 

 私のブログは七夕イベントに参加していないにもかかわらず、妙なことが起きました。

この画面を見てください。

 

 

 変でしょ?

 

 

 突然、この世には時間の単位は1秒しかなくなったかのような表示になりました。

これは、1秒1秒という時間を大事にしなさい! というアメーバブログさまからの

メッセージかもしれません。

 

 しかしながら、原因はあるはずだと思い私のパソコンを調べました。

そうしたらですね、パソコンの時間設定が実際の時間ではなくてあり得ない時間に

設定されていました。

(夜中にパソコンのハードをSSDにしてOSもwindows10(英国版)→(日本語版)

にしようと思い、いろいろと言語設定や地域の設定、時間などの設定を変えてしまった

のが原因でした。     ちなみにハードの交換とOSの換装はうまくいきませんでした!

 

 1秒表示も面白かったのですが、現在は元の状態に戻りました。 

                                   どうでもいいことですよね。 

 

 

< 留美のこと など > 

 

 

「兄上! 兄上!」

「んっ?」

 

 

「君の名は?」

「留美でございます。いつもお世話になっております。」

「うん、こちらこそ お世話になっています。 どうしたの?」

「・・・」

「どうしたの? 汗かいているよ」

「暑いんです!」

 

 

「その服は冬用のゆきんこモードだよ。 暑いに決まっているよ」

「だから、暑いんですって! 汗も出てくるし、気が遠くなるほど熱いんですよ!」

「怒っているの? 怒った顔もかわいいねっ!」

 

「どこまで馬鹿な兄上なのですか!」

「じゃ、脱ぎなよ! ほらっ!」

「キャッ! 変態!でござりますか!!」

「・・・」

 

                                 ( ↑ 2017年11月22日 鳥海山)

 

 冬はすっぽりと雪に覆われていた実家の地域ですが、さすがに6月ともなると

雪は鳥海山にまだらに残るくらいで、平野では跡形もなく雪は消えた状態になります。

 

                                ( ↑ 2018年6月23日 鳥海山)

                                ( ↑ 2018年6月23日 鳥海山 ) 

 遅い春はあっという間に通り過ぎて、これから一気に夏に向かいます。

 

                                     ( ↑ 2018年6月25日 )

 清らかな水は雪解けの名残でまだまだ、痛いほど冷たい水です。

でも、その中でカジカたちが元気な姿を見せてくれました。

            (サンショウウオとサワガニを探したのですが今回は出会えませんでした)

 

                                     ( ↑ 2018年6月25日 )

                                     ( ↑ 2018年6月25日 )

 カサゴ目カジカ科カジカ属  学名 Cottus pollux  

カジカは生態により2種類に分類されます。

一生を淡水で過ごす河川型を「大卵型」と呼び、渓流などのきれいな水域に棲みます。

もう一方は卵は淡水で産みふ化すると海に下り河口付近で成長してから再び遡上するものを「小卵型」と呼びます。 

私の実家の地域にいるカジカは「大卵型」です。

 

                                     ( ↑ 2018年6月25日 )

 地元での開発は平地では容赦なく進み、どんどん昔ながらの風景が

消えていきます。

 生活するには便利になることかもしれませんが、私の記憶の中の風景と

重ならなくなっていきます。

 

                                    ( ↑ 2018年6月25日 )

 この山あいに流れる清流は私が子供のころからよく遊びに来ていた場所です。

日曜日におやつを持って自転車でここまで、よく来ていました。

 

                                    ( ↑ 2018年6月25日 )

    

  ( ↑ よい形の石なので持ち帰り、メダカの水槽に入れました )

 

 もう少し離れた場所に行くと先史時代に使われていたという土器の破片を

見つけられる場所があります。

「貝塚」と言うには沿岸部から離れすぎているので違うかもしれません。

ただ、近くには大きな河川がある場所です。

当時、その場所に行って やみくもに土を掘ると土器の破片が出て来ました。

現在では立ち入り禁止にされていて、その場所に入ることは出来ません。

もう一度、掘ってみたいにゃぁ。

 

 

 この場所に付随する記憶は色褪せていません。

子供のころ、父と母、そして私の3人で車でこの場所に来たことがあります。

楽しかったなぁ。

淡い緑が色を増してきている様を母はまじかに見られてうれしそうでした。

                                 (タイムスリップ出来るならこの時代がいいな)

 

                                 ( ↑ 2018年6月25日 )

 

 

「兄上! 素敵な服ですね」

「そうだね。 ビスチェというものらしいよ」

 

 

「以前 ルイちゃんが作っていたものと一緒だね」

 

 

「よく似合っているね。少し、大人っぽく見えるよ」

「何十両もしたのではないですか? 兄上の懐は大丈夫でござりますか?」

「大丈夫だよ!」 「それと今、小判は使われていないんだよ」

 

 

 家の小さな畑にミニトマト、ミズナス、ナガナス、キュウリ、エゴマの苗を植えました。

それと小さなメロン。

 

 

 苗を植えるにはギリギリのタイミングです。

ミミズが暮らす栄養の高い土と日差しと雨の水が、いずれたくさんの

ごちそうをもたらしてくれるはずです。

 

 

 家の裏にある柿の木の大きな枝を切り落としました。

樹齢30年ほどの柿の木です。

渋柿ですが、秋になるとたくさんの実をつけます。

以前は皮をむいて軒先に干して「干し柿」を作ったりしていました。

現在はヒヨドリとスズメのごちそうになっています。

 

 

 枝が大きく張り出して隣の家のビニールハウスの上まで伸びています。

法律的には領空侵犯になります。

 

 

  隣の家からは何も苦情は出ていませんが、きっとジャマだと思っているはずです。

横に張り出している部分だけでも切ることにしました。

私の愛用のチェーンソーでぶった斬ります。

 いずれ落下するであろう枝にロープをくくりつけて横から父に引っ張ってもらって

いたのですが、あまり効果もなく切り落とされた太い枝は私の身体を包み込みながら地面に落下しました。

 

 

「兄上!大丈夫でござりますか?」

「大丈夫だよ」

 

 

「身体中、すり傷だらけになっているではござりませぬか!」

「そうだね。 やられちゃったね」

 

 

「この勝負は柿左衛門の勝ちでござりまするか?」 

「うん、柿左衛門の勝ちだ」

「兄上!愛用のヘルメットはいかがなされたのですか?」

 

 

「部屋に置いてあるよ」

「何故に半袖なのでございまするか?」

「暑かったので・・」

「兄上は本当に馬鹿なのでございまするか?」

「例え夏でも作業時はヘルメットと長袖が決まりではありませぬか!」

「・・・ですよね・・」

 

 実家での愛車 Kei さんの眼にあたる部分をきれいにしました。

15万キロを走っているKei さんです。

ヘッドライトカバーに汚れがついてだいぶ黄ばんできています。

                   (もう少しがんばればフォグランプになるのかな?)

 

                                    ( ↑ きれいにする前)

 私は今まで車にワックスというものをかけたことがありません。

当然、車用の洗剤なども持っていないのでとりあえず、風呂にあったもので

磨いてみることにしました。

 

 

「バスマジックリン」 うん、これでいいのかな?

スポンジに溶剤をつけて、クリクリと磨いてみました。

 

                                          ( ↑ みがいた後)

「おっ、効果があります」スポンジに汚れが付いていました。

その分、ライトカバーはクリアになっているということです。

 

                       ( ↑ 向かって左はみがく前 右は磨いた後です)

 

 比べてみても一目瞭然です。

「Keiさん、とてもきれいですよ!」 「澄んだぱっちり眼だ!」

「美人レベルが急激に上昇しましたよ!」

 

                  ( ↑ 使用前後 2面比較 向かって左が前 右が後です )

 

「留美ちゃん、今日はドライブに行こうか?」

「兄上! 気が狂ったのですか?」

「私が車に乗っている姿を他の誰かが見たらきっと笑いますよ!」

「そしてchoco家末代までの恥になりまする! 覚悟の上でございまするか?」

「別にかまわないよ」  

「留美ちゃんはいつも家の中にいて退屈だろう?」

「確かにそうでござりますが・・」

「行こう!」

「キャッ! その手を・・その手をお離し下され!」

「・・・」

 

 

 

 

「うわーっ きれいな景色ですね」

「うん、田んぼだね。 見たことなかったんじゃない?」

 

 

 

「うわーっ 水が流れる音がこれほど心地よいものだと初めて知りましたよ」

 

 

「あの鳥は知ってる?」

「アオサギっていう鳥だと思うよ」

「大きな鳥ですね。 空を飛べたら気持ちがいいでしょうね」

「そうだね」

 

「山や川にはたくさんの生きものが暮らしているのでしょ?」

「よく知っているんだね」

「いつもテレビを見て勉強していますから!」

 

 

                            ( ↑ 平沢海水浴場 2018年6月26日 )

 

「大きな水たまりですね。 これが海というものなのですか?」

「この先は世の終わりですか?」

 

 

「そうでもないみたいだよ」

「この海のずっと、ずっと先に行けばユーラシア大陸があるよ」

「さらに、その先 まっすぐ進んでいけば、またこの場所に戻ってこられるんだよ」

「本当でございますか?」 「うん、本当だよ 時間はかかるけど」

 

 

「世の中はとても広く、美しく、気持ちがよくて不思議に溢れているのでございますね」

「そうだね」

 

 

「兄上!これは何でございまするか?」

「ドライブレコーダーというもので車の前方と後方をカメラで撮影できる

ものなんだよ」

 

 

「何故にそのようなものが必要なのですか?」

「うん、車を運転している時に宇宙から円盤が飛んで来たり、隕石が

降ってくることがまれにあるので、それを撮影してテレビ局に高く売りつける

ためにあるものなんだよ」

「へぇー、うまく撮影できるといいですね」 「そうだね」

 

 

 夏服になった留美ちゃんも母と同様にドライブを楽しみました。

留美ちゃんと共に出掛けた一日は終始、よい天気で汗ばむほどでした。

 

                                                     ( ↑ 父と留美 2018年6月26日)

 

 あの日、家族で出かけた日の写真は残念ながらありません。

もし、存在していたとしても色はうすれ、写真そのものもボロボロになり

表情もよく分からない状態になっていたかもしれません。

もう、何十年も前のことですが、私はあの日のことを鮮明に記憶しています。

心の中に存在している風景だからこそ色褪せることがないのだろうなと思います。

 

 

 ドライブを終え、家に戻ってから驚いたことがありました。

海での写真を確認していたのですが、留美ちゃんの表情は今まで見ていたものと

まるで違って見えました。

潮風に髪が遊び、眼はしっかりと海原をみつめています。

言葉を発している最中の唇。

背景や太陽光、いつも見ているシチュエーションではないので違って見えるのは

あたり前かもしれませんが、留美ちゃんの表情は太陽に負けないくらいに輝いて

いるように私には見えました。 

 

 

「兄上!江戸へ戻られるのですか?」 

「うん」

 

「道中 お気をつけてくだされませ」

「うん  行ってくる」

 

 

   最後まで読んでいただき、ありがとうございました。 

 

 

 

 

 

                                               (photoACより)

 

 それはまるで、宇宙空間に存在する惑星のようです。

 

                           (photoACより)

 透明な球体から何かが飛び出しました。

小さな命です。

 

                                     (photoACより)

  メダカの誕生です。

 

 しばらくの間は両親から贈られた栄養袋の養分で生活します。

 

                               (photoACより)

 

 身体がちょっと大きくなると、今度は自分で食べものを探して生活します。

 

 生まれてから1年ほどすると、身体は立派に成熟します。

 

 出会いを経て、いよいよ繁殖です。

 

 そして、また 新しい命が誕生します。

 

「誕生おめでとう!」

 

今までも、これからも何世代にもわたり繰り返されていきます。

 

                                 (photoACより)

 

 いい季節になってきました。

家の可愛いメダカたちが繁殖を始めました。

 

 魚と話をすることは出来ませんが、メダカたちは私の存在を認識しています。

水槽の近くに行くとやたらガラス面に近づいてきます。

指を差し出すと応えるように泳ぎます。

(ただ、食べものを要求しているだけなのかもしれませんが・・)

 

 メダカは可愛いですよ。

もし、よかったら飼育してみませんか? 

 

                                   (photoACより)

 

( メダカの飼育のすすめ )

 

 メダカそのものは小さい生き物ですが意外にたくましい生命力があります。

種類は様々ありますが、飼育するならば最もポピュラーなヒメダカがいいと思います。

 

 一般的にメダカの寿命は自然界では1年から2年ですが、飼育下であれば

2年から3年くらいです。 まれに4年近く生きる個体もいるようです。

 

                               (photoACより)

 

 水温が23度を超え、日照時間が13時間ほどになると成熟した個体は

繁殖をはじめます。

 

 尻ビレが大きく長いものがオス、短いものがメスです。

                             (画像はお借りしています) 

 

 繁殖する時、オスは尻ビレを使いメスの身体を抱き包むようにします。

メスはその状態でタマゴを生み受精させます。

 

( 1 まずは水作りです!)

 メダカの飼育に適した水は弱アルカリ性から弱酸性の水です。

水をアルカリ性に変えてしまうサンゴ砂などの使用は避けましょう。

水道水も問題なく使えますが、その中には消毒のための塩素がはいっているので

カルキ抜きをしてから使うようにしましょう。

(ペットショップなどでカルキ抜きの薬は売られています)

 お金をかけない方法としては水道水を何かの容器に入れて2日から3日ほど

天日に充てると自然にカルキは抜けます。

 

 すぐにメダカの飼育に適したよい水を作りたいのであれば市販されている

バクテリアの繁殖促進剤などを使用する方法もあります。  

 

( 2 水底に敷く石と水草を用意しましょう!)

 水底に小石を入れましょう。

大きなものよりも小さめの方がいいと思います。

私の水槽には麦飯石という石を入れています。

  (100円ショップのペットコーナーなどでも購入できます)

この石は小さい穴がたくさん開いている多孔質の石でミネラルを溶出します。

ミネラルは生物にとって必要不可欠な成分です。

人間同様、魚の生きる環境づくりにプラスになります。

 

 水槽内のアクセントとして1つか2つ、大きめの石を入れると見栄えもします。

メダカにしてみれば生きる環境の中に凹凸があれば身を隠せる場所が生まれます。

飼育者もメダカも、何もない ただの空間よりも楽しめるかもしれません。

 

 水槽には水草が必要です。

マツモ、アナカリスなどといった植物が適しています。

水草は酸素の供給源でもあるし、産卵したタマゴを付着させる土台にもなります。

また、水槽内の余分な栄養分を分解してくれるバクテリアの生活の場所にもなります。

 

( 3 水質管理をしっかりと!)

 水槽内の水質をなるべくよい状態で維持するためにエアーを入れたり、

循環器などの導入を積極的に考えましょう。

 

 メダカにあげる食べものは、浮遊性のものを使うと水が汚れにくくなります。

 

 水槽の掃除はこまめにやった方がいいと思いますが、いきなり水を全部変えてしまうと

せっかくよい状態の水が出来ているのにまた初めから水を作り直さなければならなくなり

ます。

なので、月に一度くらいのペースで水槽のコケなどを落としてから水を三分の一くらいは

そのまま残して使うようにした方がいいと思います。

 

( 4 魚は温度差と水質の違いがいちばん苦手!)

 魚全般に言えることですが、水温の異常な変化があるとあっさりと死んでしまいます。

なるべく大きな変化がおこらないような場所に水槽を設置するようにしましょう。

ベランダや外に水槽を置く場合、西日がガンガンにあたるような場所は避けましょう。

 

 あと、肝心なことです。

水槽に水を入れ、カルキも抜き、受け入れ態勢が完成したら いよいよメダカの投入です。

はやる気持ちはわかりますが、家にメダカを連れてきていきなり水槽には入れないでくだ

さい。

 そんなことをするとメダカは水温の差に驚き死ぬか病気になったりします。

なので、まずはメダカの入っている袋の水温を水槽と同じにします。

メダカが袋に入ったままの状態で、水槽の水面に浮かせましょう。

これで30分ほどすれば同じ水温になるはずです。

 その後はメダカが入った袋の中に少しずつ水槽の水を入れていきます。

時間をかけて入れた方がメダカにとっては刺激が少なくなります。

こうすることにより、メダカがこれから入る水槽と同じ水質になります。

こうしたことを「水合わせ」と言います。 

 

 さぁ、お待たせしました!

メダカの投入です!!

 

 メダカは愛嬌のある顔をしているし、見ていて飽きません。

人にもなつくし、とても可愛い魚です。

大切に育てていきましょう。

 

 

 私は水槽の中でタマゴを付けたメスを見つけたら小さいネットですくい

細い筆などで、メダカの身体を傷つけないようにしてタマゴをはずして

繁殖用の小さな水槽に移します。

 

 

 

 大人たちが暮らす水槽にタマゴがあると大人たちがタマゴや生まれたばかりの

稚魚を食べてしまうことがあります。

タマゴから孵化するまでおおよそ2週間くらいです。

厳密には25度の水温であれば10日間で孵化します。

 

 

 温度が低ければその分、孵化するまでの日数が加算されていきます。

 

 

 その後、子供が誕生してしばらくはそのまま小さな水槽に入れておき

成長したら他の養育用の水槽に移します。

そして成長したら大きいメダカだけが暮らす水槽に入れます。

 

 

 長く飼育していて「もう飽きちゃったな」などとなり近くの田んぼや河川にポイッと

してはいけません。

「そこにメダカが生息しているから・・という事であってもしてはいけません。

 

                                (photoACより)

 

 同じメダカでも、厳密に言えば今まで生きてきた地域によって違いがあります。

ポイッとすることによって、乱交配が進み個が失われていきます。

また、昔からあった環境の生態系を崩してしまうことになります。

飼育を始めたら、命を最後まで見届ける覚悟が必要です。

 

 たとえ、小さなペットでも私たちと同じ命を持っています。 

生きものを飼育するということは、その命を預かることになります。

2年から3年間のメダカの命は私たちの一生分と同じ重さがあります。

逆の立場になって考え、自分がそういうふうにされたら嫌だなと思う

ことはしないように。

自分がそうされたら、うれしいなと思う事を考えてあげましょう。

 

 

 と、ここまで書いてきて ふと思ったのですが、これって人間の社会生活での

ガイドラインと重なりますね。

例えば仕事上での関係、夫婦間、親子間、もちろん、一方が管理者で一方が

ペットというわけありませんが、単純に「お互いがきもちよく生活出来るように

考えなければならない」ということでは同じかな? という結論に至りました。

 

 あれっ、メダカから人生を学ぶという結果になりました。  

まぁ、いいですかね。

 

 

 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

  「歩くこと」は楽しいと思います。

車での移動や乗り物を使えば目的地に効率よく短い時間で到着出来るので

それはそれでよいと思うのですが、自分の歩幅でのんびりと移動すると

普段気が付かなかった、街の景色やにおい、音などを感じることが出来ます。

 

 

 また、自分の力で一歩、一歩 前に進めると達成感もあります。

私にとって、歩くことは自分が「生きている」ということを実感できる時でもあります。

 

      

 この数年間、「なるべく歩く」ということを心がけてきました。

仕事に入ると、あまり体を動かしません。

一日中パソコンに向かい、動くのは口と眼と指先くらいのものです。

目の前におやつがあれば手が出ます。

間食はしない方がいいのは分かっていますが、世の中にはおいしい

お菓子がふんだんにあります。 

その誘惑に負けてしまいます。

 

 

 そのうえ、ご飯まで食べます。(完全に摂取量オーバーです!)

眠くなるとイスに座ったまま寝ています。 (さっさと帰って寝ろ!)

こういう生活はよくないですね。

なんのメリハリもなく、日々を惰性で過ごしているように思えてきます。

いつ、生活習慣病になったとしても不思議ではありません。

 

 そこで、手軽な運動として「なるべく歩く」なのです。

どしゃ降りの雨だったり、仕事でヘロヘロに疲れてしまったら、素直に電車で帰りますが

多少、元気が残っていて帰れる時間が早めであれば歩きます。

 

              ( ↑ 最近のベスト歩数です )

 

 「歩くこと」のきっかけは自転車での長距離サイクリングで自分の足に自信が持てなくなったのが始まりでした。

自転車で走るとき走行距離が40キロを越えると左のひざに痛みが出るようになりました。

その場所は以前スキーで傷めた場所です。

鍛えれば元の状態に戻すことが出来るのではないだろうかと思いました。

 

 足腰のトレーニングとしての運動は何かしら続けた方がいいと思っています。

本当は水泳とかやりたいのですが、最も手軽に出来るのが「歩く」ことでした。

 

 仕事場所は渋谷が多いです。

そこから、家までの距離はおよそ6キロほどです。

普通の速度で歩いて家までにかかる時間は1時間とちょっとくらいです。

早足で汗ばむくらいのスピードで歩けばもっと運動効率は上がるのでしょうが

私は、いい加減なところがあるのでマイペースで歩きます。

BGMはもちろんBoAさんの曲です。

 

 

 私が作ったベストアルバムです。(個人的にはすばらしい選曲だと自負しています)

 

 

 

 途中、100円ショップに寄ったり、床屋に行ったり、時には喜多方ラーメンを

食べたりします。 (電車でまっすぐ帰って寝た方が健康的かも)

 

 

 

 元々、歩くことは好きでした。

知らない場所を歩くことって面白いです。

特に、時代を感じさせる路地の商店の店構えとか古い家並みとか

庭木の花とか、メダカやザリガニが生息している水路とか見ていると飽きません。

 

 

 それほど、急いで家に帰る必要もないので、ぷらぷらしていていいのです。

               (なんだ、その投げやりな言い方は!)

 

 

 基本歩くのは歩道がある大きな道だし、夜でも明るい道を選びます。

安全第一です。

 

 歩いていると体力もつきますが結構、刺激的な出来事に直面したりします。

 

 お金を拾うこともあります。

現金13万円が入った高級財布を拾ったことがあります。

「どうするべきか」じっくりと考えてから交番に届けました。

          (考える必要はない!すぐに届けなさい!)

 お礼に3万円いただきました。→ 貯金しました!!  

 

 

 意外な方と出会うこともあります。

東京には有名な方が多く暮らしています。

深夜の2時過ぎに代々木上原の近くを歩いて帰る時にプロレスラーの

高山善廣さんと歩道ですれ違いました。

 

                                    ( ↑ 画像はお借りしています )

 

 私はあまりの恐怖感からか気が動転してしまい ?? おもわず声をかけてしまいました。

 

 プロレス界のことは詳しくありませんが当時テレビの番組やコマーシャルに

高山さんが出演されていたということもあり、どんな方かは知っていました。

身長196センチ、体重125キロという立派な体格です。

お顔は正直に言うとちょっと怖いですが、実際にお話をしてみるとものすごく

紳士的な方でした。

毅然としていて、口調は「です、ます調」で丁寧な話し方をする方でした。

深いやさしさと思いやりのある方だと感じました。

ご自身がオーナーを勤める「いぶくろつかみ」という店を経営されていて

その帰りでした。

「是非、いらしてください」と下げる頭がものすごく低くて驚きました。

深夜の薄くらい歩道で、男が2人 深々と頭を下げあいました。

                    (「いぶくろつかみ」は閉店しています)

 

 事故を目撃することもあります。 

 深夜、井の頭通り大山の交差点で交通事故が起きました。

私が信号待ちを終え横断をし終えた直後に大きな音がして振り返ると3台の車が

大破していました。

直進する1台の車が高速で交差点に突っ込み右折しようとした対向車と衝突

しました。

 私はこの時に初めて、「110番の緊急通報」をしました。

「大山の交差点で事故が起きました」

「事故を起こしたのはあなたですか?」「私は事故を目撃した通行人です」

「けが人はいますか?」「どの車からも人は出てきません」

「私が様子を見に行かないとダメなんでしょうか・・」

                (衝突した3台の車は大破しましたがドライバーたちは無事でした)

 

 

 たまに、きれいな女性に声をかけられます。

「下北沢はこの方向でいいんですか?」 

あっ、今の人 甘い花の香りがした。

                (おっ、やっぱり変態だね!)

 

 

 そして、歩いている時は思考タイムです。

ぼんやりと様々なことを考えながら歩きます。

 

 家族のこと、友だちのこと、仕事のこと、自分のこと、そしてみなさんのこと。

 

 前を見て、景色を楽しんで歩きます。

一歩、踏み出せばその分前に進みます。

 

 誰でも、どんな人でも自分の力で前に進めます。

ステッキを使ってでも、手すりにつかまりながらでも、松葉杖を使ってでも。

車椅子を使ってでも。

歩くスピードは関係ないと思います。

肉体的に前に進むことだけが、一歩ではありません。

大事なことは精神的に前に進むことだと思います。

それが生きることだと思います。

自分の力で踏み出す一歩は誰にも真似の出来ない、偉大な一歩になるはずです。

                   (何でこんな事を書いているのだろう・・)

 

 この原稿の下書きを書き始めた時に、とてもよい言葉に出会いました。

2018年5月20日(日)の朝日新聞の社会面にその言葉はありました。

「窓」というコラムがあります。

 

 

 その記事の結びの言葉にこころを打たれました。

 

 一日一日をていねいに「暮らす」 

> 一つ一つに心をこめて「暮らす」

> その積み重ねが「生きる」ということ。

 

 あたり前のことかもしれませんが、健全な社会であるために、

私たちが豊かな心で生活していくために、

ひとりひとりが心がけて実践していかなければならないことだと思います。

 

 プロレスラーの高山さんは試合中に大怪我をしてしまい、

現在はその治療に専念されています。

命をかけて毎回の試合に臨んできた方です。

治療とリハビリにがんばっています。

 

                        ( ↑ 画像はお借りしています )

 

 いつかまた、あの日のように歩道で会えたらいいなと思っています。

 

 

 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

  以前から気になっていたものがありました。

これです。

 

                                                                                                (esa)

 これが「地球の真の姿」だということで一時期ネット上で騒がれました。

初めてこれを見た時に私はゾッとしました。

 

                                                                                                      (esa)

「こんな姿だったのか! 丸くなかったのか!?」

「私が愛していたものの真の姿はこんなだったのか!!!」

 

 

 実はこれ、ESA(欧州宇宙機関)の観測衛星GOCE(Gravity field and steady-state Ocean

 Circulation Explorer)により作成された史上最も正確な地球重力場のデジタルモデル

です。 この重力地図はジオイドと呼ばれています。

 

                                                         (esa)

 ジオイドとは、地球の物理的な外見ではなく重力を捉えた姿です。 

地球物理学や測地学ではジオイドを「重力の等ポテンシャル面」とも呼んでいるのだそうです。

地球の地殻は均一ではないため、地表での重力も地点によって異なっています。

その地点にかかる重力の強弱がジオイドにも画像のように起伏として生じています。 

黄色は重力が大きな地点を示し、青色は重力が小さな地点を示しています。

 

 実際の地球の姿はここまでゆがんではいませんが、まん丸ではないようです。

地球の自転により発生する遠心力が赤道方向にかかり、楕円の形になっているそうです。

                        (ふーん、そうだったんだ)

 

                                                                                     (universal-sci)

 分かりやすくするために高低差は誇張されています。

あくまでもこれは重力を通して観た「仮想の地球表面」ということになります。

 

 なぜか「ほっ」とします。

 

 「地球の真実の姿」というものは、これまであまり深く考えたことはなかったことです。

普通に考えると「地球の姿」はこんな感じになると思います。

 

                                                                                              (NASA)

単純に美しいですよね。

1972年12月 アポロ17号により撮影された地球の姿です。

青く丸い地球が映っています。

 

 

南極大陸とアフリカのとなりにあるマダガスカル島が見えています。

まるで漆黒の闇の中に浮かぶ宝石のようです。

 

 こちらは2008年 日本の衛星「かぐや」が月の表面越しに撮影した地球です。

 

                                           (JAXA・NHK)

 初めて見た時は鳥肌が立ち、体中の血液が熱くなり、得体のしれない幸福感がこみあげて

きたことを思い出します。

 この姿こそが「地球の真実の姿」だと思うのです。

 

                                             (JAXA・NHK)

 地球は美しさをともなっています。

 

 人間でも動物でも植物でも昆虫でも、そのありのままの姿が真実であって

それは絶対的に「美しいもの」なのです。(と、思います)

 

 そんな「美しい地球」の片隅で、ある出来事が起きていました。

にゃんと(らぶしねまさん言葉)普段、会ったりすることのないブロガーさんたちが

一堂に会したのです。

2018年5月5日(土) この日 日本の空を埋め尽くすほどの鯉のぼりたちが

悠然と青空を泳いでいました。 

 集合場所は上野公園噴水広場です。 集合時間は11時30分ころ。

数日前からこの計画が出ている事を私は把握していました。

「行きたい」「いつも、いいねやコメントを入れてくださる方に直接お会いして

ごあいさつをしたい」 

 

 けれども今の仕事はGWなど関係なくずっと続いている。 

「無理だな」とあきらめていたのですが、前日になり急遽5日の日は

休めることになったのです。  「やったーっ!」

 

 こんなチャンスはめったにないはずです。

ひょっとしたら、これがみなさんとお会いできる最初で最後のチャンスかもしれない!

目印は各自が「黄色いもの」を持参するという事でした。

 

 

 JR上野駅の公園口から出て上野動物園方向に向かいました。

すごい人です。  この日は天気もよく動物園に行くにはもってこいの日です。

                 (チビッコパンダとハシビロコウを見に行きたいにゃぁ)

 

 果たして、みなさんと合流できるのか?   

キョロキョロと首振り人形のようにして噴水広場を歩きます。

 

 大きな黄色いバッグを持った女性とブログの記事の中で見たことがある

アメーバデザインのTシャツを着たきれいっぽい女性がいました。

 

 まちさんとセーニョさんだ!

「会えたーッ」 

 主催者のまちさん  日常が出張というくらいの多忙な日々を過ごしています。 

   こちらになります→  「まち」さんのブログ

1日に2度、朝と夜に記事を更新されています。

こんな きゃしゃなのにどこから、そんなパワーがでてくるのでしょうか?

 

 もう一人の主催者、音楽ユニット「流星」のピアノ担当 セーニョさん  

   こちらになります→ 「流星」さんのブログ

気持ちのやさしさがそのまま、見た目に出ています。 普通に美人です。 

 

 次々と人が集まり、合計10人になりました。

この日は朝から天気がよくて、強い日差しでした。

そんな中をみんなで歩きながら西郷さんの傍を通過して公園から出ました。

 

                                    (西郷さんと愛犬のツン)

 その後、アメヤ横丁の1本 隣の道にある大衆飲み屋に入りました。

やはり、みなさん大人ですね。 (あたり前かな?)

 

 

 私はお昼から飲み屋に入ったのは初めてでした。 貴重な体験が出来ました! 

そこで17時ころまでずっと一緒でした。 

 

 

 生れて初めて会う人たちなのですから多少の不安もありましたが、すぐにそれは

解消されました。 

 考えてみれば、お会いして話をしたことがなくてもそれぞれのブログの記事を読んでい

れば、今までどのようなことを経て現在に経ったのか、おおよそどんな性格の方なのか

は把握できているのです。

まるで旧知の知人と会っているかのような錯覚に陥りました。

 

 

作詞・作曲やイベントのプロデュースも手がける「らぶしねま」さん 

   こちらになります → 「らぶしねま」さんのブログ

 

ビーズ クリエイター そして歌手でもある 「リルビー」 さん 

   こちらになります →  「リルビー」さんのブログ

 

頭脳明晰、好奇心旺盛 ハツラツとした 「Nikki」 さん 

 こちらになります →  「Nikki」さんのブログ

 

詩人として本「てんで」を出版されている 「細川きむち」 さん 

 こちらになります → 「細川きむち」さんのブログ

 

モデルか?と思わせるみごとなスタイルのスレンダー美人 「くぷな」 さん 

 こちらになります → 「くぷな」さんのブログ

 

髪がきれいで、やさしく若々しい、「ひろりん」 さん 

 こちらになります →  「ひろりん」さんのブログ

 

ただ、傍にいるだけでほっと安らげる不思議な気持ちになる 「えみりん」 さん 

 こちらになります →  「えみりん」さんのブログ

 

 みなさんには共通したものを感じました。

もちろん、それぞれのブログを運営しているということでは同じですが、

根底に大きなエネルギーを感じます。

 ひとり、ひとりが出されている記事の分野が重なりません。

みな、ひとり、ひとりの才能と個性が光る記事を出されています。

 

 この方たちが情報の発信源だったのか! すごいにゃぁ。 

今、目の前に本人たちがいるのか! 

 

 暑い日のビールはおいしいですね。  

私もずいぶん大人になりました。 もう100歳ですからね。 

 

 みな、好奇心が旺盛で、面白がり屋で、人を愉しませる話術が上手です。

気持ちが優しくて、おもいやりがあり、こころが温かい方たちばかりでした。

地球上に、こんないい人たちがいたんだなぁと思うほどでした。 

 

 「時間が止まればいい」とちょっと頭をよぎりました。

 

 遠い距離で離れ離れに存在していた小さなアンテナたちが

ネットワークを駆使してつながった瞬間でした。

 

 みなさんは、現在のありのままの地球のように美しく、計り知れない魅力を持った

方がたでした。      (おっ、無理やりまとめに入ったな!)

同じ時間を過ごさせていただいて、たくさんのパワーをいただきました。

本当にありがとうございました。

 

 

 お顔が見えるブログの記事っていいですね。 

ブログ仲間というより、普通の友達みたいに感じます。

                   (いいのか、そうでないのか わかりませんけど)

 

 今ではお会いしたブロガーさんたちの記事に眼を通すと、その方のお姿が

眼に浮かびます。

記事を読むと、自動的にその方の肉声に変換されて頭に入ってきます。 

向かう記事との距離がさらに近づきました。

今までになかった面白い現象です。

 

 みなさんとお会いできて、本当によかったです。 愉しかったです。

また、会える日を楽しみにしています。

 

 それまで、みなさん!

健康に注意して元気に過ごしてくださいね。

 

 帰り道、電車の中で

「時間を止めることは出来ないからこそ、今が面白いんだろうな」

とぼんやりと思いました。

 

 2018年5月6日()の地球です。  

私たちが集合した地域がチラッと見えています。

 

                                     ( epic_1b_20180506014201 )

 (地球の最新画像はここで見ることが出来ます) こちらになります → 地球の最新画像

 

 丸く青く、とても美しいです。 いつもの地球です。 

みなさんの美しい生き様がこの惑星の中にあります。 

 

 

 ちょっと大げさですが、この美しい地球で今、生きていられてよかったです。

原始時代ではなく、インターネットが普及した今の時代に生きていられてよかったです。

 

 

 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。 

 

 

 

 

 

 

                                             (鳥海山)

 先週は実家に行っていました。

 

 

 

 最近 みつけた、景色のよい場所です。

市内を流れる川、そして川のずっと先に雪を載せた山並みが見えています。

 

 

 

 

 

   こちらは鳥海山(ちょうかいさん2236m)です。

真っ白な姿で、何者をも寄せ付けないかのように凛として見えます。

山々は厳しい冬を越え、夏に向けてじわじわと冠雪が解けてきています。

今の季節の山々はとても美しい姿になっています。

 

 実家に向かう途中と東京へ戻る時に<どうしても見たいもの>

<どうしても行きたいところ>がありました。

そして自分の希望を実現することが出来ました。  感無量!!! 

 

 ひとつめは福島県の吾妻小富士に生息する<種まきウサギ>の確認です。

やっと会えました! 

 

 

                                       (2018年4月11日 福島)

 

 

                                      (2018年4月11日 福島)

 

                                   

 昨年からずっとこのタイミングを待っていたのです。

ほらね。 ウサギの形に見えますよね。

 

 

                                       (2018年4月11日 福島) 

 冬から春になり、この吾妻小富士の斜面の雪渓が少しずつ解けてきて、ウサギの形が

浮き上がったら畑に種をまく時期なのです。

昔からこうして、種まきウサギは人々の信頼を裏切らずに毎年、種をまく時期を知らせて

きました。

 

 

                                        (2018年4月11日 福島)

 

 んっ? 畑にまく種は何の種でしょう?

田植えをするにしても、まだ早いですよね?

 

 どういうことなのでしょうか?

 

 

                                                                  (2018年4月19日 福島)

 

 まだ、種まきウサギは完成していないのでしょうか?

不完全な種まきウサギなのでしょうか?

 

 

                                                                                         (2018年4月19日 福島)

 正確には<種をまく時期を知らせる>ではなく

<種をまく準備の開始を知らせる>ということなのでしょうか?

 

  

                                         (2018年4月19日 福島)

 謎が深まってしまいました。  今後の課題ですね。

 

 ふたつめです。

やっと、食べることが出来ました。

とてもおいしかったです。  

 

 一見、地味な普通のナポリタンですが、口の中にひろがる味はいつか昔の時代に

感じた味わいそのものでした。 何故か懐かしいぞ。

<ピノキオのナポリタン> 最高でした! 

 

 

 

 2018年4月19日 私は新庄駅で途中下車しました。

ピノキオのナポリタンを食べるためです。

4か月前に場所を確認していました。

もう、眼をつぶっても駅から店に歩いて行けます。(嘘です)

 

 時間は午前11時過ぎ、まだ昼には時間があります。

 

 

 ドアを押して店内に入ります。

こじんまりとした空間に日差しが入り、一瞬 店内が部分的に明るくなりました。

 

 

 

 左手にカウンターが見えて、厨房にやさしそうな女性がいました。

お客はひとりだけ。

やせた男性がカウンターに座りタバコをくゆらせていました。

 

 開口いちばん、「ナポリタンをお願いできますか?」

店の女性は「10分ほど時間がかかりますが大丈夫ですか?」

「大丈夫です」

考えてみたらまだ席にも着いていませんでした。

大きめのバッグを下ろして、右手の奥の席に座りました。

 

 

「やっと食べられる! いよいよだ!」

今まで、なんどかチャンスはあったものの新庄で途中下車せずに通過していました。

「その度に、次回か・・」と思うのですが何度も思っているうちに嫌になりました。

「今回は絶対食べよう」

 

 カウンターのお客と店の女性の会話からマスターは出かけていることをうかがい

知れました。 この女性はマスターの奥さんなのだろうな。 

二人でやっている店なのだろうか。

 

 店内を見渡すと、あちらこちらにピノキオの絵や人形などが見えました。

なぜ、ピノキオという名前の喫茶店なのだろう? 

 

 およそ10分後、女性がナポリタンを持ってきてくれました。

 

 

 

「こ、これだ! これが ピノキオのナポリタンなのだ!」

サラダまで付いていました。

 

 

 立ち上がる湯気の中にケチャップの甘い香りが包まれています。

 

 

 麺をフォークでクルクルっとまいて口に入れます。

麺は歯ごたえがある。

私が自分でスパゲティを作る時の麺のゆで方よりも固めです。

でも、しっかりとしたコシがある感じです。

ほどよい厚さに切られたウインナーとタマネギが見えます。

麺と具に付いたケチャップがうまく絡んで深い味わいを作り出しています。

「うまい! 来てよかった」

 

 値段はいくらなんだろう?

メニューも確認しないでただ、ナポリタンを注文していました。

見ると650円です。 サラダも付いています。 「安いな」

人気メニューであることを実感しました。

 

 私がこのナポリタンを食べてみたいと思ったきっかけは山形在住のhanaさんの記事

でした。 

昨年、記事の中でおいしそうなナポリタンとチョコレートパフェ(異常に巨大です)が

紹介されていました。

 

 

 

 見ているうちに、どうしても食べてみたい衝動に駆られていたのです。

 

 考えてみれば、私の人生の中で独りで喫茶店に入り、ナポリタンを食べたのは

生まれて初めてのことでした。

それに、純粋な喫茶店に入ったのもずいぶん久し振りのことでした。

 

 有線だと思いますが、私が店内にいる間 ずっとカーペンターズの曲が流れていました。

懐かしいです。

カーペンターズの曲は好きでよく聴いていました。

雰囲気のある空間でカレン(女性ボーカリストの名前です)の甘くやさしい声が響きます。

何十年も時間を遡ったかのような錯覚に陥ります。

 

 

 

 ナポリタンを食べてからコーヒーを飲みました。

ひきたてで入れたてのコーヒーの味はやはり違います。

ピノキオはとてもいい喫茶店でした。

 

 支払いをする時に店の女性とお話しをしました。

いい雰囲気の店だということ、ナポリタンがとてもおいしかったことを伝えて

いろいろお話をうかがいました。

 

 「以前は通りの角に店があったのですか?」と話をきりだしました。

以前は通りの角にあった店と現在の店の2つの店舗だったのだそうです。

 

 

                    (↑ 通りに面した元店舗とその正面に見える現在の店舗)

 

 といっても、現在の店舗は半分がヤキトリ屋さんだったそうです。

2011年の震災後にヤキトリ屋の主人が仙台に戻ることになり、ちょうど通りの角の店舗

の賃貸契約が切れることもあり、現在の場所の店舗を少しだけ改装して現在のピノキオが誕生したということでした。

(新庄でも震災は営業面ではだいぶ影響を受けたと話していました)

最近は手軽にコーヒーを飲める場所(コンビニやスタバなど)が増えてきていることで

喫茶店にも多くのお客さんがコーヒーを飲みに来てくれると話していました。

 

 温かい人柄を感じさせる、とても感じの良い女性でした。

 

 「角の店に来てくれていたのですか?」と聞かれたので「いや、いい店があると

知り合いに教えていただいて、それでどうしても来たかったのです」と話すと

店の女性は「その知り合いの方に感謝しないといけませんね」と言っていました。

   (hanaさんの存在は明かしませんでしたが、ピノキオのママさんに感謝されていますよ!)

「また、いらしてくださいね」と私を送ってきれました。

 

 ピノキオを出た後、通りを駅の反対方向に歩きました。

私の実家のある場所よりも鳥海山が大きく見えるはずです。

なんとか住宅地を抜けられれば壮大な山並みがみえるのではないだろうかと思いながら

歩きました。

 

 行き着いたのは「最上公園」でした。

 

 

 最上公園はかつて新庄藩祖戸沢政盛が築いた新庄城趾の公園です。

 

 

 

 立派な外濠の中にいくつかの噴水があり、のんびりとした開放的な公園です。

 

 

  武器庫跡の高台から山並みを探しますが、住宅に阻まれてなかなか見えませんでした。

鳥海山は、この場所からは見ることが出来ませんでした。

 

 

 

 

 

 公園となっている周辺の場所には桜の木が植えられています。

私が行った19日はまだ、さくらの花は開花していませんでした。

この日から全国的に気温は急激に上がり始めました。

そして、後日 21日にこの桜たちが満開になったことをブログの記事で知りました。

                (hanaさん、ご結婚記念日おめでとうございます) 

 

    23hana6さんの記事

 

 以前から気になっていることなど、さまざまな思いをひきづって日々生活しています。

その中でちょっとずつ、自分の希望を叶えられたらそれに越したことはありません。

 

 今後も少しずつ、自分の希望をかなえていきたいと思います。

 

 

 

 

 「たくさんの方に見てもらえたらいいな」と思った記事

 

     のりちゃんの記事

 

 はじめに紹介した場所でみつけた風景です。

くるみの木が倒れていて、その傍らでスイセンの花が咲いていました。

 

 

 

 

 

 くるみの木は寿命だったのか、積雪の影響で倒れたのかはわかりません。

何十年もの歳月をくるみの木はスイセンと共に生きたのだと思います。

倒れた木はいずれ朽ち果て、土にかえるのでしょう。

 

 

 

 川の土手にはつくしの森が出来ていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして桜の木もありました。

 

 

 

 私が訪れた時はまださくらはつぼみの状態でしたが、今頃はこの桜並木は

満開になっているはずです。

 

 

 

 最後まで読んでいただき、ありがとうございました

 

 コメントをいただけるとうれしいのですが、すぐに対応できないと思います。すみません。 

 2018年4月7日(土) 

この日私は本番を翌日に控えて不安と期待と絶望をかみしめながら、それでも

わずかな淡い希望を維持しつつ悶々と受験勉強にいそしんでいました。

 

 「乙種第4類 危険物取扱者」の国家試験を受験することになっていました。

この資格は比較的 取得しやすいということで以前から人気があります。

年間約23万人もの方々が受験申請をしています。

 

 危険物取扱者の資格があれば発火性、または引火性のある危険物を取り扱い

それらを製造、貯蔵することが出来ます。

ガソリンスタンドや化学工場などで危険物の取り扱いや保安を監督します。

タンクローリーの運転や化学工場、石油プラントなどには危険物取扱者を置かないといけ

ません。

けっこう、需要の高い資格です。  

「危険物取扱者」の資格は甲・乙・丙の3種類があります。

乙種は危険物の内容によって6つに分類されています。

その中でいちばん人気が高いのが「乙種第4類 危険物取扱者」の資格です。

 

 

 2017年の6月 私は「二級ボイラー技師」の資格(免許)を取得しました。

            (筆記試験はまぐれで合格できたと思っています)

 

 

 その実技講習の時に話をした方に言われていたことがありました。

 

 

「乙4の危険物は二級ボイラーとも相性がいいので資格は取った方がいいですよ」

「・・そうなんですか・・」

 

 なんだか、よくわかんないですけど次に資格を取得するとしたら「乙4危険物」にしよう

と決めていました。

2017年の年末にオークションで中古のテキストを落札しました。 1000円だったかな?

                                         / 小計  1000円   

その後、しばらくは少しずつテキストを読み進めていました。

          (いつもの事ですが初めは専門用語がさっぱり理解できません)

同時に、試験の日程と仕事の予定をみて、受験申請をするタイミングをはかっていました。

そして3月1日に受験申請をしました。  受験手数料 3400円  / 小計  4400円  

試験実施日は4月8日(日)です。 

仕事は4月6日(金)には終わるので、この日は確実に受験出来るのです。

 

 試験の日が決まるまで、テキストの勉強は全然進みませんでした。

モチベーションがあがりませんからね。

結局、「やらなければ」と思い 取り組んだのは受験申請をした日からでした。

 3月31日の夜 やっと、テキストを最後まで眼を通すことが出来ました。

その勢いでテキストの巻末にあった模擬試験その1 を試してみます。

 

 試験内容は 「危険物に関する法令」から15問 

          「基礎的な物理学及び基礎的な化学」から10問 

          「危険物の性質並びにその火災予防及び消火の方法」から10問 

 合計 35問が出題されます。  

それぞれの科目で正解が60パーセント以上あれば合格です。

 

 実際の試験の時間は2時間あります。

初めての模擬試験は1時間で終えられました。 

結果は法令-6問正解  物理・化学-5問正解  性質・消火-7問正解  

それぞれの科目で60パーセントなので法令は9問以上正解しなければなりません。

物理・化学と性質・消火は6問以上の正解が合格基準になります。

第1回目の模擬試験はみごとに不合格です。

しかし、初めての割にはそこそこの点数になっています。

試験本番までにもう一度テキストに眼を通すつもりでいました。

直感として「なんとかなる!」とこの時は思っていました。

<あと、ほんのちょっとレベル>だったので試験に対する不安はありませんでした。

 

 そして、あっという間に本番前日を迎えます。

仕事が入っている時は急遽 徹夜の作業になったりすることもあります。

前回、模擬試験その1 を実践してから結局 何も勉強を進められていません。

それでも、こころの中の決まり文句は依然「なんとかなる!」です。

そして、試しに2回目の模擬試験 その2を実践してみました。

結果は、法令-2点、物理・化学-4点、性質・消火-6点 でした。

「あれっ!?」 前回の成績よりも落ちています。

模擬試験その1は比較的やさしい問題だったのかもしれません。

 

 それにしても法令-2点 というのは衝撃的な結果です。

もはや <なんともなりませんレベル>です。

「完全にオワタ?」 「これ無理でしょ」 「男らしくあきらめれば?」

「明日はいい天気になるぞ、釣りにでもいけば?」

「テキスト代と受験手続料をドブに捨てるのか?」

「明日のために今まで、どれだけの時間をかけたというのか・・全部無駄にするのか?」

 こころの中で様々な声が行き交っています。

 

「本当にやめるなら今なんだろうな・・」

 

「危険物取扱者」の受験資格は特別ありません。

受験しようと思えば誰でも受験することができます。

実務経験も必要とされていません。

現実に小学生でも合格しています。 (まれな例だと思います-天才ですね)

「法令-2点の男」・・小学生以下のレベルです。  もはや単なるアホですね。 

 

 この資格は受験申請をしても、実際に受験をしないで試験を放棄する方の

数が異常に多く見られます。

平成29年度のデータをみると23万6656人が申請をしていますが、実際に受験した

人数は21万415人となっています。

                           ( ↑ 消防試験研究センター HPより)

 

 私が思うに「簡単に資格がとれる!」と知り、軽はずみで受験申請をしたものの

実際の内容を確認して挫折し、去って行ったのではないかと思います。

 

 資格の取りやすさはあると思いますが、冷静に合格率をみるとこの数年では

28パーセントから34パーセントくらいの数字になっています。

決して高い数字ではありません。

10人のうち6~7人が合格できないのです。

 

「・・私もか?」  いや、私はあきらめません。 ここからなのです!

 

 私の「法令-2点!」この落第点の原因は何なのか?

答え合わせをしながら、懸命に考えていました。

問題の中にはまるでサービス問題といえるような普通の常識があれば何も専門的な勉強を

していなくても答えを出せる内容の問題が出ることもあります。

私が正解できている問題は、サービス問題だけです。

                (過去はこの手の問題が多かったようです)

正解できなかった問題をみると、「完全に内容を把握出来ていなかった」ものや

「微妙なひっかけ問題」でした。

 

 ひとつの問題に対して、5つの答えが用意されています。

その中に1つだけの正解があるのです。

「○○について正しいものはどれか?」 とか「間違っているものはどれか?」

などという問題に対して、ほんのちょっと言い回しが違っていたりする内容のものが

選択肢の中に用意されています。

 もちろん、すべての内容が正確に頭に入っていればすんなりと答えられるはずなのです

が意外に覚えなければならない項目が細かくてとても多いのです。 (あっ、言い訳ですね)

 

 危険度の高い順に並べられた危険物の分類。

 

 

 その危険物の特徴。危険物を扱う者に対する国が定めた取り決め。

物質の三態変化、静電気、物理変化と化学変化、燃焼の三要素。

引火点や発火点の数字、水に溶けるかどうか?色は?臭いは?

毒性は? 指定数量は? 化学反応式は? 火災が発生した場合使用する

最適な消火剤は? などなどありますが・・。

 

 私の対策としてとにかく、些細な言い回しの違いにだまされないようにすることでした。

すぐに、答えを出さずにまず、問題を3回読む。  

出すべき答えは正しい内容のものなのか? 間違っているものを選ぶのか? 

試験の時間は35問に対して2時間もあります。 たっぷりと用意されています。

じっくりと取り組んでも大丈夫なはずです。

落第点だった問題をもう一度やり直し、満点が取れるまでやりました。

この時点で本番の試験まで24時間を切っています。

残された時間で何が出来るか? 

 

 部屋から見える外はとてもいい天気です。 

 

 

「多摩川に最近行ってないな」 「床屋にも行きたいな」 

「ダイソーで買ったプチブロックまだ組み立ててないな」 

 

 

「BoAさんのライブのDVD見たくなったな」 

こんな時に限って様々なことが頭をよぎり始めます。

「もうこの状況から離れたい」という自分がいます。 

 

邪念が次々と沸き起こりますがギリギリの精神力で抑えます。

 

 

「もう少しやってみよう」 「やれるだけのことをやって後は潔く散ろう

私だって「やる時はやるのです!」 (やらない時は何もやりません) 

 

 インターネットで見つけた「過去の問題」をプリントしたものが2セット残っています。

が、今 挑戦しても合格基準に達する自信がありません。

とりあえず、テキストを最初から見直すことにしました。

テキストでは重要なことは赤い文字になっています。

これを重点的に読み進め、後は各項目での小テストのような問題を解いていきます。

分厚いテキストです。 

 

 テキストの赤い文字は重要ポイントです。

読んでいて「あぁ、なるほどなぁ」「そういうことだったのか」と思う点が

いくつもありました。   (気が付くのが遅すぎます!) 

 

 とっくに日が暮れました。 

晩ごはんの時にテレビをつけてみると楽しげなバラエティー番組が映っていました。

「楽しそうだな・・」 プチッ!  テレビを見ている場合ではありません。

 

 真面目にテキストに眼を通していた・・はずなのですけど。 

気が付くと、なぜか世の中は4月8日になっていました!

「眠っていたのか!」やってしまいました。

(私はとても寝つきがよいのです)  それにしてもよく寝ました。

 

 朝の5時です。 「なんとかなるかな?」

本試験は15時15分から始まります。 集合時間は14時55分。

受験票をみると3/3と書かれています。

おそらく試験は3回に分けて行われ、私はその最後の組なのでしょう。

まだ、時間はあります。

都合が良いことに、試験会場は私の家の近くです。 

ギリギリまで受験勉強ができます。

 

 すぐに、手元にある過去の問題にとりかかります。

1つはまだ合格は出来ませんでしたが、もう1つはギリギリの及第点でした。

可能性が見えてきた瞬間です。

 

「It’s showtime fox!」 「ふふっ、面白くなってきたぜ!」 

この2つの過去の問題を満点がとれるまでやって、後はもう一度テキストに眼を通して

本試験に臨むことにしました。

 

 朝ごはんは食べましたが、昼は食べている時間的余裕はもうありません。

お菓子のベビースターラーメンをおかずに食パンをかじりながら(とても変わったごはんです)

テキストに眼を通します。  

 時刻は13時前です。 

 

 家を14時頃までに出れば余裕で試験会場まで行けるはずです。

電車は使いません。 歩いて行きます。    交通費-ゼロ! /  小計4400円   

 

 少し余裕をみて早めに家を出ました。

ゆっくりと歩きます。

そーっと歩かないとむりやり詰め込んだ情報がこぼれ落ちそうです。

40分ほど歩いて試験会場に到着です。

14時35分には会場に到着していました。

 

 

 試験センター構内には若い方から私のように100歳近い方たちも多く見かけました。

みんな、ベンチに腰掛けてテキストやノートを片手にもくもくと勉強しています。

 

 タイミングよく試験で使う教室にすぐに入れました。

 

 

 試験会場は2階と3階の、2つの教室に分けられていました。

 

 おそらくですが、1回目の受験者は433人、2回目は328人、3回目は325人

あまりが受験したようです。                (choco調べ)  

 

 本日だけでこの試験を受験する人数は1086名ほどになると考えられます。

単純に計算すると369万2400円のお金が動いています。

東京での試験に限り、「乙種第4類 危険物取扱者」は毎週行われます。 

                      (資格ビジネスは立派に成立しますね)

 試験に集中しましょう。

 

 

 テキストを開き、危険物の定義の一覧表を見ます。  最終確認をします。

1類 酸化性固体 2類 可燃性固体 3類 自然発火性物質及び禁水性物質

4類 引火性液体 5類 自己反応性物質 6類 酸化性液体 

 

 

 大丈夫です。 完璧です。 

 

 15時15分 試験開始。

法令の問題から取り組みます。

ゆっくりと、あわてずに問題を読みます。  「なんとかなる・・」

30分ほどすると、試験を終えた方たちは退出が許されます。

この時点で私はまだ法令15問の問題すべてを終えていません。

いったいどうすれば、こんなに早く終えられるのだろう? 不思議です。

 私が最後の35問目の問題を終えたのは試験開始から1時間20分を過ぎた頃です。

ここから第1問に戻り、もう一度見直します。

 どう考えても自信の持てない問題が4つありました。

それ以外はなんとか答えられているような気がしました。

 

 ふと見ると教室はガラガラになっていました。

私の席は一番後ろなのでよく状況が分かります。 残っている人は8人だけです。

今更教室から出てもしょうがないので、そのまま最後まで残り自信のない問題を

もう一度 考えていました。

1問だけ、答えを変えました。 

 

 17時15分 2時間経過 試験終了です。

 

 なんと、合格発表は当日でした。

35分後です。  私は外へ出て、近くのコンビニまで歩きコーヒーを

飲みながら発表の時間が訪れるのをぼんやりと待っていました。 

 

 そして発表です。

ドキドキわくわく、この瞬間は楽しいですね。

 

 

 

 

 自分の受験番号をみつけて喜んでいる方、記念写真を撮る方、

仲間同士で抱き合っている方、携帯片手に誰かに報告している方 

合格されたみなさん、よかったですね。

 

 

 私はというと・・受験番号はE3-164 です。  

 

 

  あるのかなー? ん?   

 

 

 これは146だ。  

 

 

 あっ! ありました! 

 

 

 E3-164   見間違いではありません。 何度見てもあります。

よかったです。  なんとか合格できました!     

 

 帰り道、ぼたん桜が満開になっていました。

 

 

 ソメイヨシノよりもだいぶ後に花をつけるさくらです。

 

 

 「サクラ・サ・ク」 私のこころのサクラも満開です。

 

 翌日、12時から消防試験研究センターのホームページでも合格者が発表されます。

 

 

 

 正式な通知は4日ほどしたら発送されるそうです。

その通知を待って免状交付申請手続きをします。 2800円  /  小計 7200円 

 (2018年5月納入分から2900円に値上がりします)

免状送付用封筒に貼る切手料金            392円  /  小計 7592円 

(申請手続き書類を郵送する場合は430円の料金がかかりますが

                                  私は窓口へ直接持参します)

                                ゼロ円   /  合計 7592円 

 

 4月中に手続きを済ませれば5月15日に免状が発送されます。

 

 

 少しでも興味が持てる分野のことを知るということは愉しいことだと思います。

それまで持っていなかった知識を蓄えられることになります。

資格を得たからといってもすぐに、実益に結びつけられるものではありません。

けれども、自分の人生において可能性は広がります。

 

 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。 

 

 

  桜が満開です。

 

 みなさまのブログでも各地の桜が満開です。

 

 

 いい季節ですね。

花粉が舞うと辛いのですが春は日本の季節の中で4本の指に入るほど魅力のある季節です。

                   (4本あったらそりゃ入りますよね・・)

 

 これから新学期を迎える学生さん、新たに社会に出た方、永い勤続を終え退職された方。

これから、夏、秋、冬が来てまた1年したら桜が咲く春を迎えます。

その時に「今年の春もいいけど、去年の春も良かったなぁ」と思えるといいですね。

そのためにも今日をいい一日にしなければなりませんね。   へぃ。

 

 

 世田谷のとある場所に小さな時計店があります。

看板は出していませんが店名は「とんちぼ時計店」といいます。

ここには、時折 時を刻む事を休めている時計たちがやってきます。

 

 

「次の方どうぞ」 「こんにちは」

「初めてですね。」 「はい、よろしくお願いいたします」

 

 

「お名前は?」

「EMPORIO_アルマーニと申します」

 

 

 

 この日、私のところに現れたのは高級ブランドの名を冠した時計でした。

今までは高性能(カシオのGショックなど)の時計を預かることは控えていました。

なぜなら、一度裏ブタを開けてしまうと、防水機能がなくなることがあるからです。

むやみに触り、外観にキズをつけるわけにもいきません。

ましてや、私のせいで もし、ひとつの大切な時計を壊したら 責任をとれません。

理由を述べて、ひきとってもらっていました。

高度な技術が必要な修理・電池交換にはそれなりの技術や工具・環境が必要なのです。

 

 

 電話口の向こうで「止まったままの時計があるんだけど見てくれる?」

「いいけど・・、メーカーは?」 「アルマーニの時計」

「裏ブタはどんな風になっている? 平らになっているだけ? 円形の周りに溝がある?」 

「小さい溝が・・」 「6個だね?」 「そうなっている」 

私の持っている工具で開けられそうです。

しかし、問題はブランド品であることです。 

「もし、失敗したら・・」

「もし、キズをつけたら・・」という懸念でした。

 

「直せる?無理かな? その一言が決定打となりました。

「無理なわけはないよ」「電池交換だけで済むと思うよ」

 

 こうしてまじまじと見ると、さすが高級ブランドの時計だと思います。

品がある。 クロノグラフだし。 インターネットで検索してみると数万円で

出ている現行機種でした。 

ブランド品の中での廉価版という扱いでしょうか。

高級時計を製造できる技術を生かして大量にさばける商品も作る。

メーカーの商魂のたくましさを感じさせます。  まぁ、いいか。 

 

「大丈夫かな?」 「中はどんな構造になっているかまったく知りません」

「知らないのなら見てみればいいか・・」

 


 

 

 「では、はじめましょうか」 

 

 時計の動きが止まっている原因を探ります。

おそらく電池が切れたのだと思いますが、いずれにせよ裏ブタを開けることになります。

 

 

 裏ブタの周りに溝が入っています。

このタイプの裏ブタは開ける時に要注意です。

専用の工具がありますが、開ける際に溝から工具のツメが浮き上がり、勢い余って

フタにすり傷をつけてしまうことがあります。

 

 今回は試みとして裏ブタに初めから保護シールを貼ってみました。

と言っても、ただ単にセロテープを貼っただけです。

何もしないよりはいいかな? という感じです。

 

 

 この手の溝ありの裏ブタを開ける工具はいくつか用意されています。

ツメが2つのタイプのもの。  

 

 

それと3つのものです。

 

 

 これは3点支持オープナーという名称の工具です。(そのまんまですね)

 

 3つのツメの工具の方が安定はしますが、幅の調整の時にフタにキズをつけないように

気をつけなければなりません。

 

 

 裏ブタは反時計回りで開けられます。 

廻す時に工具が滑らないように上から押さえつける力を決してゆるめないようにして

注意しながら廻します。

 

 この時計のオーナーは中学の体育の先生です。

 (だからクロノグラフなのですね。)

体格もいいし、パワーもあります。

キズをつけたら、私の身に何が起こるかわかりません。

命がけで慎重に廻します。

 

 少しゆるんだら、あとは指で廻します。

「よかった」 無傷で開けられました。 

 

 

「ほほーう」

これがアルマーニの内部ですか。

思っていた通り、しっかりとしています。

空間に無駄がないです。

びっしりと機能が詰まっている時計らしく重厚な感じがします。

 

 どんな電池を使っているのか確認します。

 

 

 

 電池カバーがあります。

先端の細くなっている2つの部分が隣接する部分のすきまにはさまる形で固定されています。

先のとがったものでひっかけてツメをはずせばカバーは横にずらすことが出来ました。

 

 ボタン電池のプラス面に「395 RENATA」という文字が見えます。

はぁー、やはり高級ブランドです。

スイス製の純正電池が入っていました。

 

 

「とんちぼ時計店」にはこの「395 RENATA」電池の在庫はありません。

AMAZONで検索して同じ電池を購入しました。

 

 時計の裏ブタはよくあるパターンとしては今回の時計のように開けるための溝が

入っているタイプと薄い平らなフタが使われているものが多いです。

 

 

 比較的手頃な価格のクオーツ時計は、後者の平らなフタがパコッとはめられている

ものが多いです。

このタイプのフタには良く見ると一部分だけに隙間が作られています。

そこにバターナイフのような薄いものを入れて力をいれるとはずせます。

 

 

 こんな感じですね。  ブランド時計と比べるとだいぶスカスカに見えます。

全体的に隙間が多く必要最低限のものしか入っていません。

 

 

 電池を固定しつつ、時計本体のムーブメントを固定出来るようにプラスチック製の

リングが使われています。

 よく考えられた仕組みです。

製作コストも低く抑えられるし、時計そのものの軽量化にも貢献できるわけです。

 

 よく使われている電池は「SR626」などです。

この電池であれば、100円ショップなどでも購入できます。

専門店に持って行き、時計の電池交換を依頼するとおそらく1000円近くの値段に

なると思います。

自分でやれば108円で済みます。 (ただ、失敗するリスクもありますが)

 

 

 「395 RENATA」電池が届きました。

入れてみましょう。 電池カバーも元の状態に戻してっと。

 

 

 んっ? 中央の目立つ細い秒針が作動しません。

右の小さな針は動き出しましたが他の針は動いていません。

全身から血の気がスーッとひいていくのを感じます。

やってしまったのか? 弁償かな? 

 

 思い出しました。 私はこのような高級時計に触るのは初めてです。

クロノグラフの使い方もよく理解していません。

インターネットで取り扱い説明書を探します。

 

 ふむふむ。  大きな細い針は計測用の針なのですね。

時計本来の秒針は右の小さなものでした。

「助かった」 壊してはいないようです。

左はクロノ機能の分針、真ん中はクロノ機能の時針だということが分かりました。

 

 

 

 取説にクロノグラフの設定の仕方が出ていました。

時計の右に3つのボタンがあります。

真ん中は通常の時計と同じように時刻を合わせる竜頭(リュウズ)です。

上のボタンはストップウオッチで言えばスタートボタンです。

同じ上のボタンをもう一度押すと秒針がストップします。

リセットは下のボタンです。

これを押すとクロノ機能の時間、分、秒の針がゼロの場所に戻ります。

 

 電池交換をするとリセットをしても、この針がゼロの場所にこなくなるようです。

調整が必要になります。

 

 

 

 上と下のボタンを同時に押します。 2秒以上押すと矯正モードになります。

これでクロノ秒針の調整が出来るようになります。

上のボタンを押すと1目盛り進みます。

押し続けると針が早送りされます。

下のリュウズを押すと次の時針へ切り替わります。

 

 こういう調整が必要なのですね。

さすがに機能が多いと面倒なことも多いです。

 

 でも、無事に電池交換を終えることが出来ました。

これで、この時計はこの先、1年半から2年は動き続けるはずです。

その頃にまた会えるような気がします。

それまで、なるべく傷つかないで美しい時計のままでいてくれたらいいなと思います。

 


 

 <思考Time>

 ふと「時間」って何なのかな?と思っても簡単に答えは導き出せません。

古代の人が夜空を見上げて一日を知り、月、年という概念を当てはめ科学的に

宇宙のシステムを解明して、地球で生きる私たちの足元に時間という道を作りました。

その時間の道は宇宙が始まったビッグバン以降、今日までつながっています。

「時間」はブラックホールでは止まるかもしれませんが、地球上では物理的に止まることは

ありません。 

 

 「時間」はやってくるものなのでしょうか?

それか過ぎ去るものなのか。 

「時間」を見えるように形にしたものが「時計」です。 

時計をみている限り、「時間」はやってくるように思えます。

 

 この地球上に存在するもの、生きるもの、そうでないものすべてに平等に与えられているものが「時間」です。

 

 

 「人生は一度だけ」と言われていますが、人生どころか、この一秒、一瞬も

一度だけですね。

その積み重ねが歴史になっていきます。

 

 果てしない時間の道の中で、泣いたり、笑ったり、悔やんだりしながら明日を迎えます。

 

 桜の花もひとつの「時計」です。

1年後、また美しい桜の花が咲き誇るはずです。

それまで、また自分の「時間」を刻みながら楽しみに待つことにします。

 

 

 「とんちぼ」とは新潟の佐渡に伝わる妖怪みたいなものです。

<タヌキ>という説もあります。 また<むじな>とも言われています。

この「とんちぼ」が引き起こしたであろう怪現象を幼少期に体験した友人と

話しているうちに「とんちぼ時計店」の名称が生まれました。

 私としてはとても気に入っている店名です。

 

 

 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

 私たちの日常生活の中でなくてはならないものって何でしょうね?

 

 精神的なものではなく形のあるもので生活の手助けになる道具です。

たくさんあると思いますが小振りではあるものの、今や重要度は「最高峰」とも言えます。

 

 

 そーです!  携帯電話ですよね。

毎月の使用料金はバカになりませんが、生活する上ではなくてはならないものだと

思います。

 

 先日、使用している携帯の会社からメールが入りました。

こんな感じのものでした。

 

 

 何だろな? と見てみると

「今後の携帯電話の機種変更が3月末をもって出来なくなる」

と書かれていました。

「んっ? 何のこっちゃ? でも、何かすごく悪い予感が・・」  

 

 私の使っている携帯用電話は今後どうなるのだろうか?

「いよいよ・・終わりなのかな?」 

一抹の不安を抱えながら、駅前にある「Y! mobile」の店舗に向かいました。

 

 

 2018年3月上旬、私の使用している携帯用電話は「070」の番号から始まる

PHSの電話です。 

この「070」の番号がメインですが、なぜか同じ電話の中に「080」から

始まる携帯電話の番号も入っています。

1つの身体に2つの番号を持っている携帯電話でした。

 

 

 2013年9月に機種変更をしてガラケーからアンドロイドのスマートフォンにしたら

こうなりました。

それまでのPHSの機能にインターネットなどに接続するために「080」の番号を

割り振ったという感じのものでした。

携帯できる電話の機能だけではなく、小さなパソコンを手に入れられたようなものなので

それはそれでよかったのですが・・。

 

 ちょっと説明しますと。

PHSとは簡易型携帯電話のことです。personal handyphone systemの略です。

若い世代の方はご存知ないかもしれませんが、1995年(平成7年)から

存在しています。

「携帯電話」のカテゴリーには入らず、「携帯端末」という部類になります。

携帯できる電話なのですから、携帯電話でいいはずですが、通信に使用する

電波の違いでそうなるようです。

 

 私が初めて持った携帯電話は「090」の番号から始まるものでした。

いちいち、公衆電話ボックスに入らなくても家に電話をかけられるし、仕事の面でも

とても便利でした。 

 この電話です。 ストレート型の電話でした。

 

 

 1998年(平成10年)ころに契約したものです。

今見てみると「おもちゃ」っぽいですね。 

 

 携帯電話は1985年(昭和60年)9月にNTTがレンタルで出したショルダータイプ

のものが始まりです。 

現在、しもしも芸人の平野ノラさんが愛用?しているような電話です。

                      (バブル期は1986年から1991年頃です)

 

 

 その後、形態はどんどん小さくなり、電波もアナログからデジタルになるなど

様変わりしながらPHSと携帯電話は肩を並べるようにして、その便利さから世の中に急速

に普及しはじめました。 

      (始めはPHSも好調でしたがすぐに携帯電話の時代に突入していきます)

 

 

 その頃、携帯電話に対する警告が発せられるようになりました。

携帯電話で使用している電波が健康被害を引き起こすということでした。

「携帯電話を使うってことは電子レンジに頭を突っ込んでいるのと同じだ」

「このまま使っていくと人類は病気になり滅びる!」

当時一緒に仕事をしていた人がこのような内容の話題を盛んにいう人でした。

「使うならPHSがいいよ! 病院なんかでは健康面への影響が少ないこの電話を

使っているんだよ」とPHSの電話を私に見せつけて、まるで自分はノアの箱舟の

優先チケットを手に入れたように、ドヤ顔で私に言いました。

 

 「そ、そうだったんだ!」

素直な私は影響を受けて早速、携帯電話を解約してPHSにしました。

 

 

 私は病気になるわけにもいかないし、しばらくの間は確実に稼ぎ続けなければ

ならない状況でした。

そして、何よりも私を動かした大きな理由は当時、実際に携帯電話を使用していると

持っている手がしびれたり、頭がボーッとしてきたり、といった現象が起きていました。

今まではなかったことなので、明らかに携帯電話の電波の影響だと私は確信したのです。

 というわけで「090」の番号とお別れをして「070」の番号に変更しました。

 

 世の中は私の行動とは裏腹に携帯電話が主流になり、PHSの存在は先細りの

状態が長く続いてゆきます。

 

 

 2007年2月にトランシーバみたいなストレートタイプの電話から折りたたみ式の電話になりました。  

当時の私にはパコッと折りたためる電話がすごくカッコよく見えていました。

そして、なによりも携帯にカメラ機能が付いたというのが大きな変化だったと思います。

携帯のカメラで撮影した画像をメールに添付して送る、写メールなどというものが

登場して来ました。 今ではあたり前のことですが、当時は画期的な出来事でした。

 

 

 私が手に入れた「070」の番号は友人、知人、仕事関係の人たちに伝わっています。

名刺を渡すと人によっては突っ込みを入れてきます。

「070なんていう番号もあるんですね」 

「この番号は最新の携帯の番号なんですか?」 

時にはひどいことも言われます。 「PHSって何ですか?」 

 

「まだ存在しているんです!」 「PHSなのでカベが厚いとつながりませんけど・・」

周りからは使えない番号という認識の中とは裏腹に、私にとって「070」はとても

愛着のある番号になっていきました。

低迷を続けるPHS、ほとんどの方々に認識されないままできたPHS

「でも、出来るならば、この番号を長く使っていきたい」と思っていました。

 

 

 はじめにPHSを契約した会社「ウイルコム」が2010年に会社更生手続きをとります。

このことで事実上、従来のPHS事業は消滅しました。

その後、ソフトバンクがこれからのPHSの運営をすることになりました。

かろうじてPHSの電波が世の中に存在しているということでしょうか。

 

 「いずれ、PHSは消えるな」もう何年も前から抱いていた不安でした。

「なんとか「070」の番号を維持できるといいけどなぁ。」

 

 そして2013年に契約を更新してから4年後に今回の通知メールを受け取ったわけです。

「終わりかもしれない。 いよいよ「070」を失うのか」 

 

 店舗で聞いてみました。

「PHSはなくなるんですか?」

「いや、今すぐにというわけではないんですけど・・」

(今すぐにはなくならないけど、いずれなくなるという意味ですよね?)

 

 「今のうちに機種変更した方がいいんですよね?」

「おすすめいたします。 特典もありますし」

「時期を逃すと携帯電話を選べなくなるかもしれません」

 

「私は070と080の2つの番号を持っていますけど、

070の番号はどうなるのですか?」

「出来ればずっと、この番号を使いたいのですけど・・」

「大丈夫ですよ!」 「どちらかひとつの番号を残せばいいだけです」

 

「えっ! そーなんですか!」

「じゃ、 070 を残します!」 

「070で携帯の電波を使えるようになったのですか?」

「・・・回答なし・・」 (なぜ答えがなかったかよくわかりません)

 

 携帯電話の急激な普及により、番号が不足している現実を考えると今までの

PHSで使ってきた「070」もそのまま携帯電話の番号として使った方が得策なのは

素人でも考えが及びます。 

 

 こうして現状維持することが出来た「070」の番号ですが、新たに契約したこの番号が

PHSの電波を使っているのか携帯電話の電波を使っているのかはよくわかりません。

ただ、知人は今までの通話の際の呼び出し音が聞こえるときの状態はソフトバンクの

電話に掛けた時と同じだと言っていました。

 「以前の電話で話をする時より接続の状態が良い」そうです。

 

 どんな理由であれ「070」の番号を残せてよかったです。

もうひとつの「080」の番号には残念ながら愛着を持てませんでした。

この番号から電話を掛けることは、ほとんどなかったし完全にデータ通信用でした。

結局、11ケタの番号全部を記憶することすらできないままでした。

数年間お世話になりましたが、「080」とは完全にお別れしました。

ありがとうございました。

 

 「070」から始まる私の電話番号は私だけの番号です。

どこまで使えるのか今はわかりません。

あと数年したら、番号ごと完全消滅ということもあるかもしれません。

もし、そうなったら・・。

 

 今は考えないでおこうと思っています。

Y!mobile での契約が続く限りは「070」の番号は使えるという説明でした。

「070」の番号 この数字はいわば私そのものです。

社会の主流になることはなく、細々とかろうじて生きているようなもの。

でも医療の分野や災害時での活用範囲は広くまだまだ可能性を秘めているPHSです。

 電話の機種はandroid one のS1にしました。

アイフォンを薦められるかなと思っていたのですが、店舗の方に

「カラーは白があるものがいいです」と伝えたらこれを薦められました。

出ている中ではいちばんCPUの性能が高いと言っていました。

ネットで検索してみると厳しいことを書かれていたりしますが、私にとっては

ものすごく優れた携帯電話です。 

びっくりするほどサクサク動きます。

 (比較対象物が今まで使用した事のある電話に限られるので)

 

 ワンセグは見られませんが、1310万画素の写真を撮ることができます。

5.0インチのフルHD液晶ディスプレイも気に入りました。

大きめな画面は車を運転する時にナビ代わりとして活躍するかもしれません。

 

 こんな携帯のケースも購入しました。

パスモのカードも入られるので便利ですね。

 

 

 

 「070」と、どこまで一緒にいられるのかはまったく分かりませんが、

番号も携帯電話そのものも、出来る限り大事にしていきたいと思っています。

 

 

 携帯電話による健康被害についてはよくわかりません。

国が何かしらのデータを出したということも聞いていないし、知り合いなどで

携帯電話が原因で病気になったという話も聞きません。

特別な影響がないのか、まだデータとして反映されていないだけなのかすら

よくわかりません。 

 

 携帯電話の電波は人間の生きる環境にはじめからあったものではありません。

携帯電話の使用は健康に影響のない程度で済ませられるようにしましょう。

 

 

 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

 2018年2月から3月 とても貴重な時間を過ごしていました。

 

 寒さが厳しい1月から2月を乗り越え中旬に入ると少しずつ日差しが強くなり

にわかに周囲は春めいてきます。

 

 そんな中、私の愛する子供が結婚式を挙げました。

上の子です。

 

 

 2015年にすでに入籍は済ませてあったのですが、式は挙げていませんでした。

 

 

 私は面倒なことが嫌いです。

披露宴の最後に新郎の父としてあいさつがあると聞くと、「出席するのをやめる」

言ったほどです。

 

 

 私は結婚式を挙げていません。 

入籍だけして、日帰りで熱海まで行き、寛一お宮の像を見に行っただけでした。

 

                     (参考画像 寛一とお宮 像      あたみニュースより)

 

  お金もなかったし、社交辞令的にほめられるのが想像できたし、忙しい人たちの

時間を自分の都合で費やしてしまうのが申し訳ないと思っていました。

 

 

 何年か後に私の奥さまの母上が「妹の時は絶対式を挙げる」と言っていたことを知ります。

私の奥さまも友人の結婚式のビデオを見たりする中でどんな気持ちで見ていたのかなぁ

と思うと心苦しくなります。

多少、無理をしてでも式は挙げたほうが良かったのかもしれません。

 いまさらながら、反省。 

 

 で、子供の式ですが、たくさんの同僚や上司、友人たちに集まっていただき、

和やかなとてもいい式と披露宴でした。

 

 いつでも、私の後についてきて甘えていたあの小さな子供が一人前になり、

社会に出て自立して、結婚までして、ずいぶん立派になったものだなぁと思いつつ

涙がでそうになる局面をグッとこらえながら式と披露宴を見守りました。

 

 こうした式が執り行われることで新婦の家族や親戚の方たちにあいさつをすることが

できます。

もし、私のように式を挙げなければ、後で個別に奥さまを紹介しなければなりません。

よくよく考えたら、こっちの方がずっと面倒なことです。 さらに猛省。 

 

 小さい時から変わらず、こころのやさしい子供です。

私の義理の娘になる新婦もやさしく、しっかりした人です。

二人で力を合わせて楽しい家庭を築いていってほしいと思います。

 

 上の子が結婚式を挙げてくれたおかげで、下の子と会うことが出来ました。

4年ぶりでしょうか。 

下の子は日本に住んでいません。

イギリスの学校でコンピュータ・ネットワーク管理の仕事をしています。

 

 集合場所は私の実家。

先に私は実家に戻っていました。

イギリスからイタリア経由で成田、そして上の子の家に泊まり、荷物を置いて翌日 実家へ。

実質3日ほどかかります。

距離にしておよそ1万キロの移動をしたわけです。

同じ惑星とはいえ、やはり遠いものですね。

 私の父もとても喜んでいました。

 

 下の子とはめったに会うことは出来ません。

二人で、あちらこちらと出かけました。

 

 「水ぬるむ春」というにはまだ早いですね。

3月の末くらいからの言葉でしょうか。

実際、2月の下旬の水は冷たかったです。

 

 

 水元公園に釣りをしに行きました。

以前、子供が夏に戻った時は横浜の大黒ふ頭の釣り公園に行ったのですが、

1匹も釣れませんでした。

海はダメだったので、今回は淡水です。

 

                                         ( ↑ ヒドリガモ)

                                           ( ↑ ヒドリガモ)

 

                                            (↑ ムクドリ)

 この日は気温が下がり、けっこう寒かったです。

私としてはタナゴ釣りを体験して欲しいと思い、この場所を選んだのですが

ウキンコの反応は一切ありませんでした。

 

 

 

 20分しても反応無し。  1時間しても反応無し。  1時間半経っても同じ。

 

 

 今日は釣れませんね。

 

 下の子は釣れても釣れなくてもどうでもいいようでした。

 

 

 一度も釣り竿に触れることもなく、もちろん練りエサにも触れず、じっと寒さに

耐えながら電子本を読んでいました。

 

                                           (↑ オオバン)

                                            (↑ オオバン)

 

 私が枯れ枝を釣り上げたときは笑っていました。   まぁ、いいか。

 

 

 こんな時は作戦を変えます。

釣れないのなら網ですくえばいいのです。

 

 

 常連の釣り師たちが帰った後に同じ場所に行き、網を入れてみました。

ヒョヒョ、入りましたね。

 

 

 クチボソの稚魚です。

手長エビもいますが、獰猛な肉食のエビなのでこれはリリースします。

家の水槽がにぎやかになりました。

 

 

 夜は2人でご飯をつくり食べました。

なんでもない、肉を焼いただけとか野菜を炒めただけとか簡単な料理ですが

一緒に食べるとおいしさが増します。

 

 小田急線の電車に乗り、温泉のお湯が出ている銭湯に何度か行きました。

 

 旧暦では春は1月から3月です。

ずいぶん寒い春です。

確かに年賀状に新春とか書きますからね。

 

 二十四節気(にじゅうしせっき)の分類では、春は立春(新暦2月4日ころ)から

立夏前日(5月5日ころ)までとなります。

確かに春を感じる時期はその頃ですよね。

 

 

 梅の花が咲き、眠っていた景色の中に彩りがうまれます。

開花すれば小さな虫たちも動き始めます。

春は始動の季節です。

 

                                             (↑ ホオジロ)

 

 

 高尾山にも行ってみました。

標高は約600メートルの山です。

都心から程近く、手軽なハイキングコースとして人気のある山です。

 

 

 何度か来たことがあります。

 

 ケーブルカーやリフトもあるのであまり傾斜している道を歩かなくても山の上の

方に行くことができます。

登山道もいくつかあるので一般的なコースの他にやや自然色の強いコースや

途中に吊り橋があるコースなどもあり楽しめます。

「どのコースにする? リフトに乗ったことあったっけ?」 

「ないけど・・、始めから歩いて行こう」 

「んっ(結構 大変なんだけどな)

 

 

 実は高尾山は登り始めの道がいちばん傾斜が大きいです。

ダウンの上着を着ていましたがすぐにじゃまになります。

案内板によると山頂までは1時間半ほどで着くと表示されていました。

1時間半? 歩くペースが速い人だよな。

 

 私たちはのんびりと歩きます。

 

 途中、面白い場所があります。

断層がむき出しになっています。

 

 

 地層が薄く重なり、その層が70度から80度くらいの角度になっているのです。

激動の歴史がここに刻まれています。

 

 この周辺の山々は1億年前は海底だったそうです。

長い時間をかけて海底に砂や泥、有機物が堆積して地層を形成しました。

砂岩と粘板岩が交互に重なっています。

 

 「海の底だった場所が今は高尾山の一部になっているのか!」

と驚きますが、問題はこの眼の前の地層の角度です。

この角度がとてつもない大きなエネルギーだったという証なのです。

海底で平らな状態だったはずのものがどうすれば、こんな角度で地上に現れてくるので

しょうか。

大地殻変動が起きた証です。

 

 

 1億年前にこのあたりにいなくてよかったと思います。

ホモ・サピエンス(現在のヒト)の出現が20万年前ですから、居たくてもいられませんけど。

 

                                     (↑ リフト乗り場)

 

 

 高尾山といったら「タコ杉」です。

樹齢450年だそうです。

 

 かつて参道を切り拓いている時にじゃまになるので木を伐ろうとしたら杉は

ひと晩で自分の根っこをぐにゃぐにゃにタコの足のように曲げたという

言い伝えがあります。

 

 

 その参道を切り開いていたのが天狗なのだそうです。

大きな1本杉があっては道が作れない。

「今日はもう日が暮れるので無理だが明日、この木を切り倒そう」という会話を

巨大杉が耳にして一晩で根を曲げたという伝説になっています。

 本当かどうかはわかりませんが、そのおかげで現在でもこの場所に巨大杉は

立っていられ、脇には参道もあるわけなのですね。

 

 

 

 

 今でもこの山に天狗が暮らしているでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 参道を歩いている時に上の方からの視線を感じたらそれはきっと天狗だと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 山頂は展望台になっています。

天気がよければここから富士山が臨めます。

 

 

 今回は残念ながら曇っていて見えませんでした。

「もう一度来い」と天狗に言われたような気がします。

次回は富士山を拝めるでしょうか。

 

 

 短い時間でしたが愛する子供たちと接する時間が持てました。

普通であればこれがあたり前なのでしょうが、そうではないケースもあります。

何が幸せで何がそうではないかは、人によって異なります。

 

 

 早春を満喫して、下の子はまた長い時間をかけて自分の居場所に戻りました。

 

 

 高尾山で私たちが歩きながら探していた場所がありました。

結局は見つけ出せなかったのですが、それでも満足でした。

 

 私の好きな写真です。

高尾山で撮ったものです。

 

 とてもいい子供たちがいてくれて私は幸せです。

 

 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。 

 

 みなさま、お久し振りです。

お元気でしょうか?

お元気ですね。 よかったです。

私もなんとか元気にやっています。 

 

 

 2月11日から5日間ほど実家に行っていました。

ちょうど、その時期は北陸や東北は大雪に見舞われていました。

ものすごい量の雪が空から落ちてきていました。

「よく、こんなに雪が降ってくるなぁ」と驚くばかりです。

 

 

 

 そして、毎日雪かきでした。

積もり続ける雪との戦いです。

自然の力に人間はおよびません。

けれども、戦いを挑み続けなければなりません。

ちかれますなー。

 

 

 その頃の他のみなさまのブログの内容はやはり、雪がらみが多かったです。

大雪の影響で車が雪に覆われて立ち往生。

車が3日近く身動きが取れなくなる異常な様子をニュースで知りました。

恐ろしい事です。

普段の生活の中ではありえない事態です。

車に閉じ込められた方がたはどんな思いで2日間の夜を過ごしたのでしょうか。

ガソリンが減っていく中、雪が自分と車を覆ってゆきます。

不安ですよね。

車の中に閉じ込められて排気ガスが車内に充満して亡くなった方もいます。

あまりにも、ひどい話です。

なぜ、こんなことが起きたのか、今後どうすれば防げるのか。

降雪に対するドライバーの準備不足が原因と言えるかもしれませんが、そんな時

迅速に力を差し出してくれる何かしらの行政の対策が必要だと思います。

 

 

 冬の季節に開催されるお祭りといえば、やはり「雪まつり」と言うことになります。

何と言っても全国的に知名度が高いのは、札幌の「雪まつり」ですね。

私が読者登録させていただいているユーザーさまの中で「札幌雪祭り」を紹介していた方は3名いました。

 おひと方は北海道の方なので雪祭りに行くのは分かります。

しかし、私が すごいなぁと思ったのは札幌在住ではなく福島や関東で暮らす方が札幌まで

行っていたということです。

フットワークがいいですよね。

 

 飛行機に乗り札幌まで飛んでいき美しい雪祭りを紹介されていました。

人が違えば視点も異なります。

同じものを見てもそれをどう伝えるのか個性が感じられて面白かったです。

ありがとうございました。

私は冬の札幌に行ったことはありますが、雪祭りは見たことがありません。

雪の像、氷の像 すごい芸術作品でした。 

やはり、呼び込める人の数や観光収入などを考えると札幌の雪祭りがいちばん

経済効果が大きいかもしれません。

 

 実は私の実家の地域でも同時期に「雪祭り」が行われていました。

こじんまりとですけど。

 

 

 まず、実家に行き荷物を置いてその後に久し振りに「雪まつり」に行ってみる

ことにしました。

 

 

 降りしきる雪の中、開催の場所へ独りで向かいます。

たちまち、雪で体中が覆われていきます。

 

 

 まつげに雪が載り、そのまま凍っていきます。

長靴の先がまるで氷砕船の船首のように雪のかたまりを砕きます。

「変わらないのは、雪だけか・・。」

 

 

 視界をさえぎるほど降る雪の向こうに現実と入り混じった過去の記憶が

フラッシュバックしはじめました。 

 

 

 開催場所は駅から離れた場所になっていました。

以前の場所は市のにぎやかな商店が立ち並ぶ中心街が開催する場所でした。

今年は駅から離れています。 

 

 場所としては大きな通りの両サイドに大型の店舗が並んでいて車で行って買い物を

してくるというような郊外型の店舗が多いエリアです。

 

 昨年か前の年は確か、建築中だった駅舎の横の広場でやっていたように思います。

「開催の場所が転々としているということか・・」

「いつものあの場所」ではなくなってしまったのですね。

このことは何が言えるのでしょうか。

時代が移り変わる中で、生活の様式やスタイルはどんどん変化をしていきます。

トコトコ歩いたり、バスに乗って買い物や病院に来ていた人たちの移動手段は今では

ほとんどが車です。 

 

 城下町の町は、しっとりと落ち着いていて趣があり、道や家の塀、屋根やカベに

時代を感じられました。 古くから続いている大きな酒造メーカーがこの町を代表する企業です。 

かつては「東北の灘」とも言われた地域です。

豊かな水が田んぼを潤し、おいしいお米を育て、日本酒も全国の方が愛してくれました。

 

 私にとっての故郷は10代の終り頃までに見ていた町です。

にぎやかな商店街の中にデパートがあり、その最上階にゲームセンターがあり、

たこ焼きを売っているオバサンがいて。

 木造建築の図書館があり、2階で本を借りてクラスメイトと競争しながら本を

読んでいました。

 映画館が2つありました。  大きな店のレコード屋さん。

プラモデル屋さん。 子供の私には、充分刺激があり面白いと思える町でした。

 いつしか、映画館は火事で消失し、デパートは再開発でなくなりました。

だんだん、自分の記憶の中の事柄と実際の風景がリンクしなくなりました。

そして、いつしか記憶の世界だけとなりました。

 

 私が実家に来ていても、どこかよそ者感がぬぐいきれないのは自分の記憶と実際

眼にするものに大きいズレを感じるからなのだと思います。

その場所で生きてこなかったので、あたりまえといえばあたりまえです。

 

 

 雪で作られたお堂とその両脇に犬が座っているというのが決まりの典型パターンです。

私が最後に地元の雪まつりを見たのは10代の終わり頃でした。

その頃は、主要駅からまっすぐ伸びた駅前通りの先にある市役所の横のグラウンドや

公園の広場を会場として開催されていました。

 雪で作るお堂や雪像もあまり巨大なものはなく、こぶりなものが多かったよう

に記憶しています。 

 

 

 「お堂と犬」 なぜ、このようなものを作るようになったのか調べてみるとそれは

400年ほど前の出来事で白盗(はくとう)と言われていた盗賊たちがいたそうです。

白昼堂々と盗みを働いたのだそうです。

それを当時の藩主がこらしめたとありました。

400年前の藩主ということは江戸時代初期のことですから、初代藩主 佐竹義宣の

ことかもしれません。

 

                                                   (佐竹 義宣 wiki)

 

 明確に藩主の名前を出して記述している解説はありませんでした。

                          (あくまでも伝承ですからそういうものなのだと思います。)

 

 再びこのような悪党が現れないようにと、米の粉で小さな犬や鶴亀を作り

旧小正月の晩に、家の入口や窓々にお供えして祈念したのが、この雪まつりの始まりとされています。

 

  地元の「雪祭り」を数十年ぶりで見ることが出来ました。

規模や知名度は札幌の雪まつりには到底及びませんが、温かみのある冬の風物詩

だと思います。

 

 雪国のあちらこちらで「雪まつり」が開催されます。

切っても切れない「雪」との縁です。

どの地域でも、ベースにあるのは「雪の降る土地で生きる」ということです。

 

 そうした土地で雪で作った形で歴史を伝えているのは、雪に対して特別な感情を

持っているからです。

この土地ならではの民俗行事だと思います。

 

 私のこころが、いちばん刺激を受けたのは道の傍らに作られたお堂の中で

ちょこんと祀られていた小さな犬でした。

 

 

 

 その姿は、いつかどこかで見たはずの犬とそっくりです。

私の記憶の中の何かと結びつきました。 

 

 

 

 

 

   最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

                                             (2017年 うっちゃん)

 

  うっちゃん3月3日 お誕生日おめでとうございます!