☆空飛ぶ もとちくれった 出張所☆ -2ページ目

馬鹿げたはなし

ずーっと持ちつづけていたことに答えを得て、嬉しくて踊りだしたのもつかの間。
現実は、たった1つの答えを得たくらいで、何もかも解決しないんだよね。当たり前だけど。
お互い前提として違うもので出来ていると認識して対人関係を構築しようとしても、
そもそも相手に「あなたの砂粒は数えないわ」と言われたらそこでストップだもんなぁ…。

それが、自分で選べる対人関係上なら、あっても仕方ないし当然あると思う。
嫌なら砂浜に入らないし、離れていることは私にとってそれほど難しいことじゃない。
でも、深く理解を必要として、つきあわざるを得ない場というのがある。

どちらかと言えば私は、好きなものも嫌いなものも同じくらい知りたくて、同じくらい時間をかけて、探る。
例えば、私は虫が大嫌いだけど、大嫌いだから、その生息地や形態やいろんなことを知りたい。
いつか、何かを知ることで虫を怖いと、嫌だと思わなくなるかもしれないし、なれるものならなりたい。
それを言ったら以前の会社の上司に「それはアナタ、好きなのよ」と言われた。
いや、怖いんで情報が欲しいだけなんですけど…と思ったんだけど、どうだろう。
すっごく嫌いなものは、実はすっごく好きでもあると、たまに書かれているのを見る。
何の関心も持たれないよりは、嫌われた方がよくて
嫌われるということは関心を持たれている、意識せざるを得ない何かがそこに存在している、とか。

そうかもしれないな、とも思うし、そういうわけでもないような気もする。
だから何だよ、とも思う。でもそんなことは私にとって、どっちだって同じだ。
依然として私は虫が「嫌い」であると意識するし、それがとても「好き」だとは思えない。
自分がそう思えない以上は本質がなんであれ、「嫌い」でいいとも思う。
どちらの言葉を使っても、私が虫を見て怖気をふるうのも、発見した際に1、2m飛びすさるのも変わらない。
そして私のテリトリー内に侵入した「虫」を様々な形で排除するのも変わらない。

それは虫に限らない、私は私の嫌いなものを知りたいし、探ることもするし、それを吸収したいと思う。
実行するし、そのルートは好きなものに対するそれと何ら変わりない。
変わりないけど、最終的に排除しようとするのか、共存を選ぶのか。
嫌い、から始まる探索は、ある一面「排除する理由探し」であり「排除の正当性探し」を含む。
そしてそれを認識することは、これもまた自分基準ではさほど難しいことじゃない。

私はどこかで正当性を求めているし、排除する理由も欲しい。
それは非難されようが、間違っていようが欲しいものは欲しいのだ。
ただし、得られなくても構わないし、それが私の中で納得し受容したうえで機能するのか確認はし続ける。

娘が生きていくためには私が必要なものとは違う理解が必要だ。
言ってくれなきゃわからない、言ってくれれば出来ることはする。そう言われる。
そしてその「言うこと」は一般社会ではたいてい拒否され、拒絶され、理解すら拒まれる。
及ぶ範囲で、あくまでも多数が寄る側のやり方に添うなら理解するということだ。

もちろんこの広い世界には、本当に理解し、手を差し伸べ、共存できる人もいる。
でも本当にごくわずかだと思う。
そしてそのうちの多くは「好意」を持っていることは間違いない。
「好意」(愛情と言っていいと思う)を持つことは、意識して出来ることではない。
知識や、経験を持っても対象に好意を持っていなければ、機能しない。

猪木が大好きでも近くにいたら迷惑なように、何かを理解し、共存(一時的に含まれるのでなく)する場では
知識や経験だけでは続かない何かがある。
それが人間であるし、それが共存するということだと思う。
その最後の何かは、好意だと思っている。

でも好意は、コントロールできないし、するものではない。
好意を持てない相手に、出来ることはとても少なく、距離が必要だと思う。
けれど、その距離を持てない場があるのが社会だ。

だからこそ理解が必要なのに、その理解を持ち、共存を模索するには好意が必要なんて、おかしい。
そんなはずないだろ、とも思う。
それじゃ生きていけないじゃないか。
娘は、必ず集団の中で平均にほど近い発達を求められる。
そしてそれを得られないのは、まだ幼い娘のせいではなく、親の努力が足らないせいだそうだ。

まったく馬鹿げてる。
相手が私を、娘を、「違うもの」だと認識してくれなかったらどうすればいいんだ。
そこから理解してもらう努力をしなければいけないのか。
その努力とは違う努力をし続けて、果てしなく努力しつづけて、何があるというんだ。
好きでもない、ろくでもない共存を得るために、生きるためだけに、それを得なければならないのか。
本当に馬鹿げてる。

もっと最低限の場所を探せばいいのか。私にはわからない。
ただいつも娘に申し訳なく思う。こんな親でごめんよ、と心から思う。

動物として生きたいのかなと思うこともある。
私が生きていて、心底圧倒され、畏敬の念を覚えるのは、夫や猪木のように
無神経なほどに、知識や精神性や利他性も求めない、そばにいるとわりと大変な人だからだ。

集の変容と個の変容は性質が違う。
そして集の性質は最大公約数でしかありえなく、大きく変化し、よりよく成長するために
莫大な犠牲が出る。そしてその犠牲は弱いものだ。
知識を持たず、強さも持てず、支援されつづける生き物が犠牲になる。
もちろん、中にはそうでないこともあるけどそれは本当に少数だ。
支援を受ければ、何かを差し出すことになる。その差し出すものは犠牲になることだ。
違うと言われても信じない。
違うものもあるとは思う、思っているけど、受けた支援はさらなる弱化を促す。
そして弱化したものは支援と同時に支配を受ける。

私はそういう集的変容をどこかで憎んでいる。
それが持つ正当性や必要性、その意義の大きさを認識してもなお。
それでも。
それでも、それは正しくない。そうするしかないだけだ。

して欲しいことを探すのでなく、して欲しくないことを探すのが一体なんで出来ないのか。
して欲しくないことを告げると「甘えている」と言われる。
「甘え」の中で生きているのは一体どっちなんだと言いたくなる。
「して欲しくない」ことを告げられた際に持つ思いは「甘え」意外の何者でもない。
それがこの国の文化だ。

その「甘え」の文化を美しく、尊いと感じるには私にはまだ知識も経験も、そして大きな好意を持てる成熟さを持ちえていない。

その憎むものを持っているのは私だ。それが私を本当に落胆させ、しんから驚愕し、絶望させる。

理解なくして、生きられない場にいることに疲れた。
そしてそれを自分がその場に立つまで、そうと感じられなかった自分にうんざりする。
ほんと、馬鹿げてる。

だけど絶対にいつか必ず決着をつける。
私なりのやり方で。必ず決着つけてやる。どんなにそれが間違っていると言われても。
どんなに泣いても、どんなに傷が大きくても、必ずやり遂げてみせる。
やると言ったら、やる。


2008年7月12日(土)PM:0:08に上げた記事です。

やふーでは非公開の記事。
怒りにかられて書いたから落ち着いてから見直して公開しようと思ったけどやめた。
読み返すと、むらむらと怒りがよみがえる。


すごいおとこのはなし

物語ではありません。本当にいる「あいつはすげー!」の話です。
あんまり、考えていることを切り替えるのがうまくないので、切り替えのために書くことにしました。
とりさんと話して、うしさんにお手紙書いたので、あとはもぐらと話す予定なのです。
猫もいるけど、猫は今旅を終えてのんびりしてます。

で、すごいおとこのはなしなんですが、この「空ちく」(空飛ぶもとちくれったの略、今考えた)では
ちょくちょく話題になる、猪木です。
わたくし、ちょっちぷんはプロレスと格闘技をこよなく愛しており、好きな選手やら技やら
あの時の試合やら、色々ありますが、中でも猪木が大好きです。
身内の絡みで何度か直接お話したこともあるんですが、あの人は本当にすごい。
なんていうか「すごい」以外の形容詞がしっくりこない。
まあ「長い」とか「でかい」とか「アゴ(形容詞でない)」でもいいんですが
「すごい」が一番ぴったりくるんです。
周りの人は、本当に大変みたいですが、遠くで見てる私には何の害もないので無問題。

なんて言えばいいのか、ひどい言葉ですが「あの人頭おかしいんじゃないか!?」と思うような。
まったく何考えてるかわからないです。
何を思い出して突然また猪木のことを書こうと思ったかって言うと
何日か前に、たまたまテレビをつけたら、猪木に関するエピソードが話されていて
(前後を見ていないので細部が違うかもしれない)
物まねタレントの春一番が生死の境目をさまようほどの病気で入院していたとき
入院していると聞いた猪木がお見舞いに来てくれたそうで
何を言うかと思ったら、開口一番


元気ですかっ!!


と言った、って話だったんです。
元気なわけねーーー!!!正直、ちょっと不謹慎かもしれませんが、大爆笑しました。
猪木が見舞い、のあたりでちょっぴり「何の話したんだろ。まともな話したのかな。してたら驚きだな。」
と思ったんです。思ったんだけど。
まさかそれをそこで言うとは。なんか、なんだろう。
ほんとにあのおっさんスゲーなぁ、としみじみ、本当にしみじみ思いました。

多分、近くにいたら絶対迷惑な人なんです。あの人が私の父親だったらこんな風に思わないだろうとも思う。
でも、あの人はすごい。私が最も興味を持っているランスにも負けないくらい謎です。
ランス(ミラクルなロードレーサー)とか山野井さん(クライマー)が持つものとは種類が違うけど。
損得をまったく考えてない。
猪木をかついだ興行がわりと失敗するのも当然で、あの人は自分が楽しいか楽しくないか
やりたいかやりたくないかしか考えてないです。多分。
みんなが楽しくなればいいな、とか、みんなにも何か、とかなくはないかもしれない。
でも多分、それは後で思いつく。
決断はすべて「自分」。別にそのこと自体は不思議でもすごくもないんだけど。

何かな、尊敬っていう感じじゃないな。
…うーん、畏敬、でいいかも。大仰に見える言葉だけど。
ここ最近「カリスマ」ってたくさんいるけど、20世紀に日本に生まれたカリスマは猪木だけだと思う。
時代的に馬場さんと何かと比較されるけど、馬場さんは人格者、って感じ。
猪木は…やっぱり「あいつはすげー」だと思う。
私なりの猪木観というか、もっと思うところも、もっといっぱい書きたいこともあるんだけど、また今度。

いやー、引退興行を生で見て良かったなー。
異種格闘技編DVDBOX買って、一片の悔いなしだよ。
そりゃ、会社退職するとき猪木の人生ゲームもらうわ。
パーティグッズの猪木マスクも貰ったけど、それはガジラに破壊されますた。
メモパッドセット(何の意味があるのか知らないけど引退記念に作ったらしい)も大事にしてあるし。
サインも大事に持ってる。写真もある。
一見、特に猪木好きに見えないちょっちぷんだけど、かなり好きだと思う。


だけど、闘魂ビンタはされたくない。



2008年7月9日(水)AM:10:50に上げた記事です。

猪木ネタ。猪木はいい。猪木みたいに生きていきたい。
そんな風に生きられたら、どんなに楽しいだろう。
猪木、ほんと大好きだー。

馬鹿になれ!

実が熟しゆく過程

これから書くことは、私の思春期から持ちつづけていた一連の疑問と迷いに、一つの答えを得て成熟の段階を1段進んだと生まれて初めて体感したこと、生って随分時間が経つのに、一向に生育の成果を見せない小さな若い実が熟し始めたことを忘れないための記録みたいなものになると思う。

だから、いつも以上に話が飛躍したり、いつも以上に破綻をきたしたり、読んでもさっぱり意味がわからないようなことになったり、一つのことに複数の答えが書かれていたりするかもしれない。
それは、まだ私がこれを得たばかりで、そしてまだ昨日までの自分に捕らわれている部分であると思う。首まで浸かった、スライムのような、迷いと言葉にならない疑問と苦しみだったものを整理し、今の私を少しこざっぱりさせるための「踊り場」として書きたい。まあ意味がわからないのは、文章力がないことが最大の原因なんだけど。

複数の解釈や答えを持ってしまったものは、頭が整理され、出すべきものが出された後に、私がどれを本当の答えだと感じたかも整理されるだろうと思っている。

 
 私が真っ先に「これだ!」と感じたのは、私の中にいつも、常に意識しつづけてきた、迷いと言葉にならない疑問と苦しみを、一つのメカニズムとして整理するための答えだった。常々、感じていることとして「メカニズムを知ったところで何の役にも立たない」ということがあるのだけれど、一つわかったのはメカニズムに落とし込むことが出来、それを「自分自身」が回答であると心底感じたときには、それは指針となりうるということだ。

後々、その指針を再度、洗い出し、検討しなおし、修正したり、削除してやり直すはめになるとしても、それは自分のことを考える強い土台となる。失ってもなお。

そのメカニズムとは、「他者」という最大の関心である概念から多きに渡って、私の生まれ育った共同体では二重の意味がもたらされているということと、二重であるわりに社会の形は、日本で独特に育まれた「甘え」がベースだということだ。この「甘え」は子犬が親犬に甘える場合の「甘え」とは異なる。

 
 私が常日頃使用する、「他者」は「異なるものでなる」人だ。牛男さんの記事 では例として書かれた部分の「異なる価値感情を持つ人」と同じように感じる。(ただし、私は、そのことは意識していたけれど、その認識と、私の持つベースの違いを理解していなかった。混在していることにマヌケにも気付いていなかったから苦悩していたのだと思う)

日本文化における「身内」や「見ず知らずの人」や「知り合い」といった、自分を中心とした対人サークル内の遠近ではない。身内であろうが、遠くの人であろうが、さっき通りかかった人であろうが、友人であろうが、「他者」であることに変わりはない。愛する夫であっても、娘であっても「他人」だ。私は自分や人というものを理解することのイメージとして、人は砂浜であると考えている。砂浜の砂粒の数を数えきることなど出来ない。出来ないにも関わらず数えることが私の「個」への理解のイメージだ。(自分を理解することも含めているため、「他者」とはせず「個」とした)

私はとても濃く、先に書いた日本独特の文化における「甘え」を持っている。人一倍それを求めてもいる。それは私が母を失ったときから、最も濃い「甘え」を許す場を持ち得なかったからだ。私は虐待されたり、放置されたりしたこともなければ、愛されなかったとも思ったことはない。物理的にも精神的にも。記憶がないわけではなく、ない。大きな病を持ったこともなく、障害と言われるものもない。端から見たら恵まれた環境だと言われることもある。それでも私は「甘え」を拒絶されてきた。

その背景をこの先も書く予定はなく(と言っても明確に決定しているわけではない。私はあまり物事を明確に決めることが多くない。そのうち書くかもしれないしわからない)それを悩んでもいない。ただ、私はそれがどういった理由から起こったのか、何故なのか、腑に落ちることを知りたかった。その答えが「他者」にとって答えとなりうるかどうかも知らないし、わからない。それが答えとなりうるには出会うときが最も重要だと思うし、出会わない人もいるだろう。出会っても答えとはなりえないこともあるのかもしれない。個人的には日本という共同体で暮らす以上は必ずどこかの段階でこの答えは大きく関わってくるだろうとは思うけれど。

私は枝葉末節というと聞こえが悪いが、目の前に立ちはだかる問題そのものを解決するということが上手くない。いつもその根を探そうとしてしまう。ある意味全ての事象に根を見出していしまうことが歪んでいるのかもしれない。そういう極端な性格形成が成されているため、なかなか一般化できる考えが持てない。

 
 母が死んでから「甘え」を拒絶された、と書くと、父が恐ろしく冷たい人間であるように見えるかもしれないけれど、そうではない。父は父の持つやり方で、私を、妹を愛しつづけていると思う。それでも私は私の置かれた環境が本当に辛かった。

そういった密かな苦悩を誰かに告げることは恐ろしくて出来なかった。(試みたことはあるのだけれど、上手く言葉に出来なかったため、相手をとても悲しませたと思う)
はっきりとそれを、受けられなかった、奪い取られた、持ち得なかった、そういう人たちに「あんたみたいに恵まれた人間なんか嫌いだ」「おまえは私とは違う」「幸せな人間のことなど理解したくない」と言われることが心底怖かったからだ。私は決して幸せな人間ではない。不幸ではないが幸せな人間ではない。そしてその間というわけでもなかった。だからどちらの側からも拒絶されるのが怖かった。私の持つ苦しみに高低や善悪、大小をつけられることが怖かった。「より苦しい」「よりましである」そう評価されることが死ぬほど怖かったのだ。

そしてその思いとともに、そういった人と直接的に交流を持ったこともほとんどなかった。交流を持たなかったのは拒絶が怖かっただけではなく、私がその痛みを理解することはないことを知っていたからでもある。私の持つ共感や肯定はかなり狭い。共感する能力は最大限に伸ばされたと感じているが、それが及ぶ範囲が狭く、それを活かすだけの自己を持っていなかった。「同じような感覚」(だと思える事)を経験したように感じる、という意味の共感は数限りなく、底浅く持ってはいるけれど。

そんな調子の成長でしかなかったのに、私は誰かの苦しみや哀しみや怖れを見るのが嫌だった。笑っていて欲しいと願わずにはいられなかった。そういう言葉や思いが偽善的で、極めて利己的であるという判断を下しているにも関わらず。

その矛盾を私は長い間、漠然とした形で、でも大きな範囲を占めて持ちつづけた。それを持っていることが嫌でたまらなかった。その答えの一角は、答えを得た今もまだ未完成ではある。あるけれど、私がその矛盾を持つ理由を得られたことが、今回の1ステップの終わりだと思う。矛盾を矛盾として、それを持つことの理由さえわかれば良かったのだと思う。その答えを得て、私の思春期が終わったと言える。次へと進んだと確信した。


 メカニズムをこの答えが作り、それを指針としたところで、対人では活かせないのは「他者」という「異なるものからなる」存在だからであるのは先に書いたとおり、この先も私は「他者」をこの定義をもとに価値付けしたり、それを元に関係構築することはない。

「個」と「個」の関係構築においては、今まで暫定的に採用した、『相手の持つ「好悪の傾向」と「価値基準」、背景』をもとにするだろう。どんな答えを得たところで、私は「個」の持つ思想でも傾向でも価値判断でも、それを司るのは、快不快から成した好悪であると考えているからだ。それを土台として据えたことへの揺らぎはない。人は成熟する。成熟の過程において得たものすべては、その好悪を時に覆い、時には覆すといった、反する判断を持つことも知識として持っている。それを踏まえても揺らぎはない。

私の持つ「甘え」に由来した「個」へのこだわりに対しても、このメカニズムによって答えを得た。私は私の持つ定義と違う部分への疑問を持っていた。そしてその疑問すら何なのか解っていなかった。ただ違和感として持っていただけで何が何なのか、わからないこともわからなかった。

私が育んだ「他者」という定義が、私の持つ日本独特の「甘え」から育まれる「他者」の定義とはズレがあるということ、私の持つ土台から成長するはずの「他者」は育たなかった。私が持った定義は元来育ち得ないはずのものであることを、私ははっきりと認識していなかった。私は私の育んだ元来のものに、後天的にしかし自然発生的に、さらには対抗するものとして得たものを、その土壌を無視し、生育環境も整えず無理やり挿し木していたのだ。


 利他的になることを漠然と目的にしていたのも頷ける。どうあがいても自分が利己的であることへの否定を持てないにも関わらず、成熟の行く先が利他的な人間であることに置いていたのは、自分を知ることによって得た認識と、漠然と持っていたベースが異なる性質のものであることに気付いていなかったからだ。

その漠然とした何かを持ち始めてから、この気付きに出会うまで、なんとなく答えに近いところにある解釈や思想や言葉や文章や感覚には出会っていたし、気になったことも多数にあるのだけれど、理解力が低いのか、頭が悪いのかわからないけど、腑に落ちて来なかった。

そして、その答えを得たのに私はやっぱり、人に拒絶されることは怖いし、関わる際の好意を求める自分を成長させられない。拒絶を受けたり、嫌われることは怖いけれど、当然仕方のないことだとも思っている。「なんだかこの人嫌い」と感じたとき、それが私の投影であることがわかっても、どうにもならない。投影をしていると自覚することと、それをはずすことはまた別のことで、今の私にはまだ出来ない。まったく36年近く生きていて一体何をやっているんだという感じではあるし、情けなくもあるけれど、まあこれが今の限界なんだろうと、ちょっとだけ楽観する目も持ってはいる。


 気付きはいつも、その辺に転がっていて、それが気付きだとわかっていても、実際の気付きとして実感し得ないのだということ、そしてそれはどんなに言葉を尽くしても、どんなに情熱を持ったとしても、どれほど利他的であったとしても、相手がそのタイミングでなければ伝わることがないこと、それでも、伝えたい、役立てたい、と思うこと。

それらを実感することが出来たのは、私の人生において初めてのことだった。この感動が、初産の苦しみを忘れて、また出産に挑めるように、忘れながらも次のステップへ進み、また旅をする糧になるのだな。

ブログ、開設してよかった!!

◆オマケ◆
これを上げるにあたって推敲したつもりなんだけど、実は校正作業が最も苦手なことを思い出した。
単なる誤字脱字などなどの言い訳です。



2008年7月7日(月)PM:11:07に上げた記事です。ですってついたりつかなかったりしてるな。

これ私が「ブログ」という場所で書いた最上の記事。
これにとても重大な事実が書かれていて、私はこれを書いた後はいつでも、ここからその事実を
すぐに取り出して、明確に意識したときのことを思い出せる。
このきっかけになった本は、再読後、さらにまた読んでいるけれど
それをもとに考えると、今まで疑問だったことに対する、すべてのつじつまが合う。
当然、こういった論は批判もあるのだけれど、批判はどれも弱く、その代わりとなる
すべてのつじつまが合うような論はない。

この本を本当に素晴らしいと思う理由の1つに、日常的な言葉で書かれているということがある。
専門的な分野のことは、専門用語を使うことがとても多くなり、菓子パンのように、すっと食べられない。
硬くて塩も使わず、焼いて何日も経ったフランスパンを食べるようなものだ。
(ここ数日、食べることの比喩ばっかり)
「外界認識の原基的機制の一斑を照射しうる認識論的視座」は
「彼は座って、りんごを手に取り、眺めて食べた」と同じくらいの認識では理解出来ない。 
知識は、専門的な話を一般にフィードバック出来るくらい、血肉として取り込むことが出来て初めて活きる。
専門分野で、専門家しか読まないものでも、そういった書き方が出来るくらいになりたい。 

書かれていることを据えて、日本における共同体、社会を見れば、そのメカニズムがよくわかる。
さらに、使用する言語のファジイさの理由もよくわかる。
これを知っているのと知らないのとでは、天と地ほどの差がある。
メカニズムや言語性の基となる概念を知ることによって、対策は立って、思考は広がっていく。
そうすることが、私のあり方の土台を作る礎になる。
最もすごいのは、その漠然とした理論をほとんど人は感覚的に知っているのだけれど
それを理論として破綻なく言語化し、私が生まれたころから今も人を知る手がかりの中心となっていることだ。
誰も言っていなかったことを、初めて言うというのは本当にすごいことだ。             

本題の前に

ついこの間、随分前に書いた、思いやりってなんだろう?
というあたりの記事から考えていたことの答えとめぐり合った。
核心部に触れたと思う。私の中で、ひとつの答えが出る瞬間に差し掛かったと言ってもいいと思う。
最後のきっかけの一つは学生の頃、10年以上前に一読しただけで、購入に至った本。
再読の機が今であったというのは運命だとすら思う。
私が、その本の内容をきちんと咀嚼できる力と知識を持ったんだと感じる。
そして、もう一つは牛男さんの記事。
最後の最後のきっかけに、その2つと、今このときに出会えたのは本当にツイていたと思う。
なのに、感動しすぎているのか、荷が勝ちすぎなのか、まとめられないでいるのだけれど
少しずつ文章にはしつつあるのだけれど、その前に。

2年ほどの時の間、ほぼずっと、ブログで出会った2人が一緒だった。
それぞれ、自分の中で起こる疑問や、何やかやについて考えていただけかもしれない。
だけど、何でかずっと一緒だったみたいな気がする。
不思議なもので、生まれて35年と3分の2くらいの間に
私はここで出会ったほど、好きだと思う人に出会ったことがない。
たった3年。たった3年間に私は「この人」と思う人に3人出会った。
PCのこちら側では35年と3分の2の間に3人なのに。
そのうちの1人のことは、ずうっと前に書いた。
今日は2人目の人のこと。3人目の人とは、これからたくさん話して、いつかまた書けたら嬉しい。

もちろん、ブログ上のことしか知らない。
いつかどこかでリアルに会うことがあるのかないのかも知らない。それはどうでもいい。
会うときは会うだろうし、会わなければ会わない。
ここで必要なこと以外、何も知らないままでいい。
ずっと、この先も何かを一緒に考えることが出来たらと心から思う。
文字だけのやりとりは、すべての面を見ることも、知ることもないのだろう。
だからいい関係が築けるとも聞く。いい関係かどうかなんて、どうだっていい。

当然、好きな人には好かれたい。でも、好かれなくても、仕方ない。
好かれなければ交友は出来ないかもしれないけれど、これから交友が途絶えたとしても出会えてよかった。
相手がどう思うかは知らないし、知らなくていい。
でも、ほんの一瞬でも、同じような気持ちではなくても、心底出会ってよかったと思ってくれたら
とても嬉しい。

似ている形を持つ人とは、持たない人よりは通じることが多いと思う。
ものの見方も似ていれば、のびのびと会話も出来る。
それは本当に心地よくて、ありがたい。
たとえそれが、私の持つ「甘え」がもととなった感覚だとしても、持ててよかったと思う。
これから、やっとたどり着いた、一つの答えから私は多分次の段階に進む。
最終的な目的は「完成した自分はどんな生き物か」ということだから、完成したと思わない限り
(多分ずっと思わないのだろうとも思うけれど)終わらない。
今たどり着いた一つの理解は、言葉に、文章にしたら、私の表現力や文章をつづる力では不足があるし
「そんなの当たり前だし、みんな知ってますけど?」ということなのかもしれない。
もしかしたら、ものすごい気付きで、すごいことだったとしても伝わらないとも思う。

でも、今このたどり着いたと確かに感じた気持ちは、なくならない。
そして、多分、その人には伝わると思う。いままでのように。
その答えを求める中、ずっと良き理解と、良きアシストと、良き後押しをしてくれた人は
私がブログを始める前から、心に描いてきた成熟へのロールモデルに重なった人だった。
いつもほんの少し先にいるような、ずっと先にいるような、横にいるような感じがした。
少し離れてそれを見させられる人は、私がその人を誉めたたえているように見えたと思う。
そしてそれが、時として、その人に少し恥ずかしい思いをさせたこともあると思う。
私には、あまりWEBという概念がなく、自分の立ち位置は常にPCのこちら側と同じだったから
いわゆるWEB上の作法やルールのinなことを知らない。
その部分では、ちょっぴり申し訳ない気持ちもあったりする。

1つの答えに出会った記念に書きたかった。本当に感動した、すごい出来事だから。
いつか、私の描くロールモデルとは、ずれるのかもしれないし、それ自体はどうでもいい。
その人がそのロールモデルと重ならない人だったとしても、私はその人と出会いたい。
その人とは、反することや重ならない、理解の及ばないことがあったとしても
絶対に、今と同じ関係性を持つことが出来ると信じている。
本当に出会えてよかったと心から思う。
会わせてくれたすべてのものに感謝する。





2008年7月5日(土)PM:9:44に上げた記事。

この後、私は個人的にとても重大なことを記事に書いたんだけど、こっちのがウケたみたい。
不思議と、人間は「人と人」の間で起こる波のようなものに触れると共鳴する。
私は、よく言えば素直な性格で、いわゆる感動ポイントなどではすぐ泣く。
もちろんそれでいいと思っていて、いいと思うからそこを育てているのだけど。
だけど、性善説を信じてはいない。人間というのは元来、身勝手でわがままでうそつきで怠け者だ。

この記事とは、ちょっとずれるけれど記事後半部分でちょっと触れた
WEB上における立ち位置に最近注目している。
基本的には現実と変わりのないものでありたいし、
どんな場においても対人のあり方は変わらない。そこが変わらない以上はルールも変わらない。
そうでないものが防犯以外の目的等で必要だとは思わない。
思わないんだけども、対人の場においては相手がそうでない限り、その立ち方は良いものでもないなと思った。
そしてそれは逆にPCのこちら側の立ち位置を改めることが必要なのかもしれないとも思う。

そのうちなんか書こう。そういう気分になったら。

よるねこ ver.2

ぼくは よるねこ

よるだよ

よるそのものなの

真っ黒さ

よるとひるのさかいめで

ひるは寝てる

よるも寝てるときもあるけどね

よるが来ないと困るでしょ

だから毎日夜を広げる

楽しいね

楽しいよ

ぼくの歩く姿を見たらきっと笑っちゃうよ

だって楽しいんだもん

たるっくたるっくたるっくるん

たるっくたるっくたるっくるん

るんるんるん

たるっくたるっくたろっくろん

楽しいね

楽しいよ

まあるい金色の目だよ

きらきら光って大きくて

満月みたいにおいしそう

たるっくたるっくたるっくるん

ぼくはなーんにも考えない

ぼくには真っ黒な闇がある

真っ黒な闇には夢がある

夢の中にはお話がある!

お話があると…

お話があると…

ぼくは…


楽しい!!

たるっくたるっくたるっくるん!

たるっくたろっくたろっくろん!


momoでないどこかでよるねこの修行中の幸せな猫へ




2008年7月2日(水)PM:11:05に上げた記事。

もう1匹のよるねこ、何を隠そうJPんちの猫である。
浅からぬ縁のある猫で、うちのぷんたろうとは同じくらいの猫年齢
そして出身地が同じ。兄弟じゃないんだけどね。
可愛いやつです。
猫も歳を取ると歩き方も緩慢な感じになるんだけれど
こやつは今も「たるっくたるっくたるっくるん」という感じで軽やかに楽しそうに歩く。
ぷんたろうも、おまえも長生きするんだぞ。

よるねこ ver.1

私は本当によるなの。よるだから他の存在に憧れるのよ。

あの生き物はわたしなの。

それでいてあの生き物はあなたなの。

このあと、あの生き物はもっとかなしいことを、たった一匹で受け取るの。

私の永遠のテーマは孤独だからね。

みんな孤独だけど。

孤独だからあれこれ求めるってわけ。

だから、あの生き物のことが気にかかるの。

そういう中で、あの生き物がどんな風に、あの生き物的孤独を受け取るか。

あなたはこの後、少し前の、よるねこになる前の私のようなときを迎えるのよ。

その時、あなたは言う。

よるの言葉が、届いたって。

今、あなたが感じて、思っていることは、大事なところ。

あの時、私にはあなたがいた。

あなたがいたから、私はよるねこになったの。

次にあなたにその時が巡ってきたら、私が必ずそれを受け取る。

それは、私の、よるねこの仕事なの。

よるねこはそのためによるねこであって、よるねこのためによるねこなの。

わたしはね、わたしのために、よるねこなの。





愛され本当のよるねこになったmomoへ



2008年7月2日(水)AM:1:36に上げた記事。

真っ黒な猫を「よるねこ」と呼んでいます。
やふーでは私の知っている真っ黒な猫の1匹、momoの写真を載せた。
写真ないと、この記事ますます締まりがないな。
そんで、上げてから思い出したんだけどさ、momoってオスなのよね。
momoは死んで、本当によるねこになったのです。

もぐらのはなし2

もぐらは、さっきまでお昼寝していた一番目の穴を、よーく見てみました。
よく見ると、なんだかデコボコで、片側がまぁるくなっているのに
その反対側はまっすぐだったり、あっ!足元にはたくさんの小石があって、とがったのもあります。

「どうりで、さっきお昼寝した時、背中が痛かったわけだ」

もぐらはまず小石を取り除くことにしました。
小石や、木のかけらは探せば探すほど、たくさんあって、なかなか取りきれません。
もぐらは1つ1つ、ゆっくり時間をかけて、取り除いた小石や、木のかけらを取り出します。
ふと、気が付くと、太陽が西のそらにしずみかけていました。

「ああ、もう今日が終わるぞ。また明日にしなくちゃ。」

もぐらは、そうつぶやいて、お弁当やコップを赤いリュックサックに大事にしまって
とびきり上等なスコップから泥のかたまりを取って、穴からはいでました。
暗くなってしまうと、ふくろうさんに叱られちゃう!
穴からはいでたもぐらは、急いで谷を走り、ラプタラの森へ帰りました。

「ふう、ふう、ふう、もうちょっとでラプタラの森だ。」

ラプタラの森のはずれは、もうみんなとっくに帰ってしまいだれもいません。
たくさん走って、やっとラプタラの森に着くと、まっすぐおうちへむかいます。
七色樫の根元にある、おうちに着くと、もぐらはリュックサックをおろして
お弁当とコップをかたづけ、泥だらけになった手と足と、だいじなとびきり上等のスコップを洗いました。

「うわぁ、つめの中も真っ黒だよ!スコップもきたなくなっちゃった!きれいに洗おう。」

ごしごしと、あわあわと、手も足も、そしてだいじなだいじなとびきり上等のスコップもきれいに洗いました。
全部きれいになったので、もぐらは晩ご飯を食べて、今日一日のことを考えました。

「今日、ぼくは100までの道をつくったんだ。そして最初にもどって点検した。そしたら全然きれいじゃなかったから、きれいにすることにした。きれいになったら次の穴もきれいにしよう!」

おふろに入って、かみさまのおはなしを聞きにいく前に、日記を書こうと思ったもぐらは、
ベッドにぴょんっ!と飛び乗って、ペンを持って日記を開きました。

外からがやがや声が聞こえます。おや?おやおや?
小さなまどから、明るい太陽のひざしが入っています。

「あれれ?ぼく、寝ちゃったんだ!もう朝になっちゃった!かみさまのお話聞けなかったんだ!」

もぐらは少し残念だったけれど、昨日はとっても楽しかったし、疲れちゃったからしかたないなと思いました。
さあ、また新しい一日が始まります。
もぐらは大急ぎで朝ご飯を食べて、お弁当を作り、リュックサックにお弁当とコップを入れて外に出ます。

「あっ!いけない!きれいに洗ったとびきり上等のスコップを忘れちゃった!」

あわてて取りに戻り、かけあしで谷へ向かいます。
ラプタラの森は、もう、しん、としてだれもいませんでした。
ラプタラの森のはずれでは、みんなが、わいわいがやがや、楽しそうに穴を掘っています。

「おーい、もぐらくん!おはよう!」

いのししが手を振っています。

「いのししくん、おはよう!」

「もぐらくん、おそいおそい、もうみんな穴を掘り始めてるよ。」

「うん、ちょっとねぼうしちゃったんだ。ぼくもこれから掘るよ。」

急いで、谷へ向かうもぐらの耳に、動物たちの話声が聞こえます。

「私、あと一つで100の穴が出来るわ!」
「ぼくなんて、あと穴半分だよ!」
「ぼくは100の穴を掘り終えたから、しかくんの手伝いをしてるんだ。」
「ねえ、たくさん知ったよね!」
「うん、たくさん知ったね!」

もぐらはびっくりして思わずとまってしまいました。

「みんなはもう100の穴をほとんど掘ったし、知らなければならないことを知ってるんだ!」

こんなに素敵な朝なのに、なんだかもぐらは哀しくなってしまいました。
けれど、せっかくお弁当も作ったし、昨日の続きをしたかったので、気を取り直して谷へ向かいました。
足取りはかろやかではなかったけれど、力強く歩いて、もぐらは谷まで行きました。

「そうだ。ぼくはゆっくりなんだもの。しかたないよ。時間がかかったっていいや。ぼくはぼくの穴を作ろう。」

もぐらはそう言って、今日もまた特別製の大きな素敵なサングラスをかけて穴をていねいに、きれいにしました。
お昼を食べて、お昼寝して、太陽が西に沈み始めるまで、ゆっくり、でも一生懸命穴をきれいにしました。
今日が終わりかけた、その頃、やっと1つ目の穴がきれいになりました。

「やったぞ!この穴はもう完璧だ!ぼくがいつも作るどんなトンネルにも負けない、きれいで完璧な穴だ!」

もぐらは嬉しくて、笑いながら、谷の底でくるくると踊りだしました。
くるくるくるくる、ぴょんぴょんぴょんぴょん!

「はぁ、はぁ、いきがくるしいや!でも、とっても嬉しいぞ!」

たった1つの穴だけど、もぐらはとても嬉しくて、明日もあさってもずうっと頑張ろうと心に決めました。




2008年7月1日(火)AM:11:06に上げた記事。

自分だけが、取り残されるような感覚を持ったもぐらの行く先は。
もぐらは、追いつきたいのか。もぐらは何がしたいのか。
もぐらは1匹になって考えます。
もぐらの穴掘りはまだ始まったばかり。

ていうか、続き書こうと思いつつ、なんだか脱力中。
やっぱり夏バテ気味なのか。夏嫌い。夏って、いつも気分の調子が悪くなる。

もぐらのはなし1

ラプタラの森に住む動物たちは、毎晩寝る前に森で一番古いくぬぎの木の下で、ラプタラの森のかみさまにお話をしてもらっていました。
かみさまは、ある晩、生まれてから死ぬまでに知らなければならないこと、というお話をしました。
それは穴を掘るお話でした。

「死ぬときまでに、100の穴を掘るのだよ。100が全てなのだ。でもそれは完璧な穴でなければならない。難しいけれど、100の穴は誰でも掘るもので、100掘れずに死ぬ者もおれば、100の完璧な穴を掘るものもおる。その100の穴が、生きるものすべてが知らねばならないことなのだよ。」

動物たちは、ひそひそととなりあったものと、穴について話しました。
そのお話は、動物たちには、とても刺激的で、なんだかとても素敵なことのようでした。
かみさまは、にっこり笑って

「さあ、今日のお話はこれで終わった。みんな家に帰ってやすみなさい。」

と言って、立ち上がりました。
うさぎも、しかも、いのししも、りすたちも、興奮で顔をぴかぴかさせながら、つれだって帰ってゆきました。
もぐらも、わくわくした気持ちでスコップを持って、家まで走って帰りました。

次の日は朝からラプタラの森は大騒ぎでした。
みんなが、それぞれ森のはずれに穴を掘り始めたのです。
かみさまは、朝はやくからそれをくぬぎの木のてっぺんで見ていました。

もぐらも、うんと早く起きて、とびきり上等のスコップを持って、特別製の大きな素敵なサングラスをして森のはずれへ行きました。
どこもかしこもラプタラの森の動物たちでいっぱいです。

「ぼくはもっと谷のほうに行こう。ぼくはもぐらだもの、穴掘りはこの森のだれより得意なんだから。」

もぐらはそうつぶやいて、谷まで急ぎ足で降りてゆきました。

「ここにしようっと」

石ころだらけで、とても掘るのが難しそうな、ひっそりと静かな谷で、もぐらは黙々と穴を掘りました。
穴を掘るのが得意なもぐらは、あっという間にいくつも穴を掘りましたが、ちょっぴり不安になってきました。

「ただ穴を掘るだけでいいのかしら」

不安になったけれど、他にどうすることも思いつかなかったので、もぐらは穴を掘りつづけました。
ざく、ざく、ざく、ざく、どんどん掘りつづけました。
太陽が真上にきたので、もぐらは一休みして、お昼を食べることにしました。
森から出てくる、もっとうんと前に早起きして作ったものです。
太陽の光がさんさんとふりそそぐ静かな谷で、一人でお昼を食べていると
サングラスをしていても、少し目が痛くなってきたことに気付きました。

「太陽が出ているときに、こんなにずうっと外にいたことないから目が痛いや」

もぐらはきょろきょろとあたりを見渡しましたが、日陰が見当たりません。
このままだとちょっとも目を休められません。
もぐらは考えたすえに、お昼まで掘った中で一番深く掘った、一番初めの穴の中に入ることにしました。

「やあ、ここは太陽も当たらないし、とっても涼しいぞ」

もぐらはおいしくお昼を食べて、谷の冷たい水を飲んで、一番初めの穴の中でうとうととお昼寝をしました。
すっきりと目が覚めると、新しい元気がお腹のまんなかあたりから、ぐんぐん生まれてくるような気がします。

「さあ、これからまたがんばろう。」

一生懸命、もぐらは穴を掘りつづけました。
頑張って、あっという間にもぐらは100の穴を掘りおえてしまいました。
穴掘りの得意なもぐらですものね。

「おや、ぼくはもう100の穴を掘ってしまったぞ。」

だけど、もぐらは何ひとつ今朝起きたときと変わりません。
何も知っていることも増えていません。
もぐらはなんだか哀しくなってしまい、ぽろぽろとなみだをこぼしました。

「ぼく、何も変わってないや。すごく頑張ったのにな。」

座り込んでぽろぽろ泣いていると、ふいに昨日の晩かみさまが言ったことを思い出しました。

「かみさまは、100が全てで、だけどそれは完璧な穴でなければならないって言ってた。そうだ、ぼくの掘った穴は完璧なんかじゃない。ぼくはいつだって、もっとゆっくりやってきたもの。急いでやったことがなかったから、わからなかったけど、きっといつもよりゆっくりやれば完璧に出来る。だってぼくは穴掘りの得意なもぐらなんだもの。」

もぐらは一番初めの穴にまたもどって、今度は点検することにしました




2008年6月30日(月)AM:11:40に上げた記事。

なんでもじっくり取り組まずにはいられない、ある意味偏屈なもぐらのはなし。
もぐらは、どこへ向かっているのか。
もぐらは「知る」ことが出来るのか。
もぐらは幸せな毎日を過ごしているだろうか。

第1話(何話まで続くか未定というか適当オチだけしか決まってない)

種が育ちゆく過程

【※注意】
1:発達心理というか児童心理学では、発達とは便宜上、成長によるものと、学習によるものとに分けられます。
そこで言われる成熟とは成長の過程であり、環境や経験に影響されることの少ない発達側面を指すのですが、私が通常使用している「成熟」は、そちらの成熟とは違っています。

2:chargeupさんの記事 につけたコメントの内容で使用した発達では、進行状況に合わせ、両面を含んだことをお断りしておきます。
ただし、成長と学習を対立(分化)させることは相対的な概念規定で、どんな形での成熟過程も環境的要因を除くことが出来ないように、どんな形の学習過程も成熟的要因を除くことは出来ません。

3:2でのリンク先コメ欄の同一視についても、児童心理における同一視は発達の1段階の意、他の防衛機制の同一視の意と混在しています。
後に投影の方、つまり防衛機制の同一視であるところに落ち着きました。(わたりとりさんはこの混在の中でも、かなり最初の段階から主旨に沿った、投影として発言していらしたゆえに進みが速かったんですね)
【※注意終わり】

自分の視点的にはコメントで話が繋がっていたほうが見やすいのですが、もともとの主旨とは少々ズレるので記事にしました。そしてそれならちょっと膨らませたい。
もともとの主旨とは「ネット上の事象」から持った、うみはあおさんの疑問や知的好奇心から始まっており、主に「投影」が及ぼす、対人関係における阻害要因についてであり、ひいては説教族のメンタリティに結びつくもの(かな)と私個人は考えています。
発達を考える際の前提はchargeupさんのところで発展した、ゲストブックでのうみはあおさんとの対話をまとめた一連の記事を参照してください。(きちんと編集するのが面倒なわけではないとかあるとかいやいやそんなことはほんとにありませんとかは言えませんほんとごめんなさい怒られないように下に記事リンクつけたわけじゃないんですほんとものぐさですみませんて言ったら面倒だって言ってるみたいじゃないかというツッコミはゆるしてください)


●その続き●
一般的な意味での共感性が、運良くある程度育まれている場合、同一視(発達の1段階)は(3)の段階に
(程度はまた別として)そう強くは現れないとは思うんです。

(1)親和の欲求が高まる→(2)共感性が育まれる

この流れが何らかの要素によってスポイルされた状況下では

(1)何らかのスポイルの下に(ここより前の段階の発達環境や発達条件に何らかの壁ないし目かくしが用いられた)親和欲求が高まる→(2)他者を自己と同一視「してしまう」→(3)『自と他は【同じ人間】なんだ』と認識させようとする(こと自体に気付いていない)

という流れも生まれうると考えているのですが、この(2)の同一視は投影です。
「してしまう」とカッコでくくったのは同一視でも種類が違っていることの強調です。
さらに(3)に優越欲求が重なり、平等欲求もある、という感じで捉えています。
なので、以前、優越欲求は誰しも持っているという話をしましたが、その通りであるけれど、前提条件が変わってくると、現れる形が変わってくるという結果が導き出せるかなと。

同じく、防衛機制としての同一視、投影も誰しもが持っていて、発達段階における同一視の時期を経た後でも完璧な形の客観性や、対人関係の自己限界設定が保たれた状態を維持しきれる人は、かなり稀であると思うのです。
ここから投影が過度になされているからといって、排除の形をとることが必ずしも良いとは言えない、という私個人のスタンスに繋がります。
ただ、排除という状態に近い、距離を取るというスタンスは必要不可欠であるとも思います。
人はそれぞれ心地よいと感じるパーソナルスペースの広さが違っているし、それはパーソナルスペースだけでなく、親和のとりかたも大小あるので。

発達の過程における個の自立周辺は、生活環境、文化や歴史が大きく関わるため、もともとが成熟、学習両面の発達は順序こそ一定であれ、水準や発達時期においては基準値もはっきりしたものはありません。
その中には障害となりうるケースもありますが、関わる部分はあれども障害のケースはまた別の分野として考えたいと思っています。

関わる部分と書いたのは、前述の「誰しもが持っている」というところなのですが、サポートにまわったつもりの人もまた濃度の差はあれど、区別がついているとは言えない事はあります。
しかし存在する事象においては、自他の境界を区別することが必要になります。
自他の境界を区別するというのは、自分の領域(精神性や相対的な)の限界点を設定することです。
血を流すのは本人に任せるということですね。怪我をした人に合わせて血を流すことが助けとはなりません。
この辺が「共感」の違いの部分であると思います。(この「共感」は話題を進めるには、多分後にまた今回と同じように、何らかのライン設定が必要になると思います)
治療にあたれる状態を維持することは、社会で生きる上において、相互扶助が成り立つ条件であると言えると思うのです。

共同体感覚を育てるためには、社会性が必要であることから、共感し一体化することが究極の状態とされるむきもありますが、共感による一体化が必ずしも理想的とは言えません。
むしろ健全(という言葉が適切かどうか)な共同体を育むにあたり「集」が完全な一体化を遂げることが適切とは言えないのではないかと思います。

禅の思想では、如意という、意のごとくの「意」は我欲ではなく自他の境界を越えた森羅万象に共通する仏の心であるとされ、仏の心を「「智慧」と「慈悲」があり、それは認許とも言い換えられ、自分とは違う相手を許し認め、自分とひとつとする「不生不滅・不垢不浄・不増不減」の空の価値観に立つおおらかな心のこと」と説明しています。

同じように、合気道では「心・気・体」と言い、心と体を気で結んで、心と体を一体にすると同時に、その気を相手と合わせて相手と一体化し、さらにそれを宇宙大にまで拡げることを目的としているそうで、その目的は自他が和合した自然の動きができるような心身の鍛練を求めるがゆえだそうです。
自他を和合させるためには、心身共に自他の境界を無くさなければならず、その鍛練法として合気道は「呼吸」を重視しているそうです。(私の中では合気道は格闘技として分類していないため詳しくないのです)
この二つの目的というか理念は目指すところは同じものだと考えています。
人間は成熟が高まるとそういった精神世界を求めるようになるとか。

そういった宗教的な観念を、私は「個」の完全な成熟を目的としていると考えています。
はたしてそこまでの成熟を迎えた人がどれくらいいるのかという疑問は置いておいて。
しかし、現代社会で「個」のみが成熟することによってその「個」がなす「集」が完全に成熟するとは言えないだろうとも思うのです。
それは私の不勉強からくる無理解なのかもしれませんが、少なくとも日本における共同体はそういった発展を遂げていないというのも理由の一つです。

このchargeupさんのところで発展した一連の流れや、共同体感覚の謎 コメント欄でも出てきた部分で

自他の境が溶け消え、全てが自分の感覚質のもとに宿命付けられてしまう、ありていに言えば「狂う」ということ(byわたりとりさん)

こちらが禅の精神性的部分、進んだ方向は、chargeupさんのところで主旨とされる部分、このつながりをわたりとりさんは左右の腕で表したというふうに解釈しているのですが(ちょっと自信ない)

また自他の境界も、自己と他者の精神がつながっているように感じるということと、自己と他者の認識のフレームが同じであると思っていることは、よく似て見えるが異なる話なのかな(byわたりとりさん)

この前部分が前の精神性的部分、後部分がchargeupさんのところで主旨とされる部分かな、と進むに従って、思えてきました。
この後、私はこの両方のつながり部分も考えたいのですが、進む方向的には多分「同一視」を様々な視点から捉えて骨子が出来たように、「共感」をそういう形でまとめていくというのが順当かなとも思いました。

このつながりを考えるにあたっては、ファウラーの信仰発達理論なんかを読んでみると良いのかな。※発達心理とは全く別のものです
手元にないので、いつ読めるか心もとないけど。
それに「個」と「集」における規範についても気になるところではあります。
順当に行くと「共感」の後になるのかな。3兄弟話は。

そんなところで、例によって長くなりすぎた感満天なので終わります。(唐突)

追記:今回はさすがに「こんな記事もあります」は「共同体感覚に関する対話4」がトップでした(笑)




2008年6月27日(金)PM:1:27に上げた記事です。

はー、やる気あったなー。このときは。楽しくて楽しくて。
そういう気持ちのときしか書かなければいいんだけどね。そういう気持ちのときは流れが全然違うとこだったりね。
一長一短なもんだ。ま、次に波が来たときは目をつぶって、耳を塞いで、飛び込め。


一言ふふん改め裏ゲスブきら~ん☆その4だったか?

一言メッセージに対抗して今日からこっちにする。飽きるまで。
最初だけ記事で投稿、次からコメ欄で続けることにしよう。
新記事を上げて2、3日したら書庫移してまた一言ふふんをTOPにする。(覚書)

一言ふふん:この季節になってもつま先が冷えるってどうよ?



2008年6月20日(金)PM:11:08に上げた記事です。

はいはい、くだらない記事です。てか、コメント欄で進めていく予定だったので記事とも言えず。
とりあえず、後々コメント欄を移す予定でいるので、その時伸びるはず。
今のコメント数80以上。


…orz