アマヤドリ -85ページ目



その柿に一目惚れして、剥くのを待ってもらった。
くっつくようにまぢかでカメラを構える私を、ふたりがにこにこと見ている。

なんていいおかお。
てのひらにしっくりとくる重み。
なにもうらぎらない。

柿はあまくてとても美味しかった。

輪郭のないもののゆくえ


マグさんにいただいた水に浮くろうそくを灯してお風呂に入ることが、近ごろ好き。

久しぶりに友達の家にお邪魔する。もう20年もかわらない友達。
くだものの香りのお茶を飲み、柿をむいてもらい、お母さんとも話し、笑い、なんだか気持ちがすっと真っすぐになった。
ぴりっといっぽん通ったというよりは、やわらかに削ぎおとしたくなった、といった感じ。
ほかほかとあたたかい気持ちで、けれどももう夜は冬におちいったかのようで、傘を握る指が冷える。

沸かすそばから冷えてゆく湯ぶねにつかりながら火を眺める。
今日はネロリの香りのろうそくを加えて豪華に2本だて。

静かに燃えているほのおのさきっぽは、まるでおばけの足のようにいつのまにか透明にとけている。
空気にくねらされているほのおは輪郭があるけれど。
目に見えるものでこんなにすっと、空気との境のないものってほかにあるだろうか。

じっと見つめすぎて網膜にほのおが焼き付きそうだ。
今私が急に倒れてブラックジャックが私の網膜を誰かに移植したら、そのひとは一生このほのおが景色のなかにゆらめくことになる。


ふと、つい先日聴いた、全く目の見えない男の子が弾いた「月光」のことを思い出した。
3階席にいる私は彼を見ている。
彼は私を見ることはない。
草も空も月の光も。
その指を置いている鍵盤すら。

けれど彼は音を溶け込ませることでからだのなかだけの景色を離れ、どこまでも遠くに触れることができるんだ、と気付く。

藍色の風


風がじゅんばんに樹をふきはらって通り過ぎていった。
あの風は、どこまでいくのかな。
空たかいところではまた違うゆるやかな風がめぐっていて、雲はわたしのほうへゆっくりとせまっている。

バイクの音。
葉っぱがおたがいにざらざら触れ合う音。

音をうみだすことはすごいことだ。

音と風をさいぼうひとつひとつにめぐらせて、おどりたい。

てのひらでいつくしむ

photo.jpg
父と母は今日ハイキングにいったらしい。
私はリハーサルだから忙しいんだと言っているのに、金曜の夜からさんざん誘われた。
いい加減、子離れしてほしいものである。
リハーサルなくても行かないし!とか冷たく言い放ってみると本気で落ち込んじゃって、可哀相になる。

リハーサルしてる最中にも父からたくさんメールが送られてくる。
紅葉がきれいだよ、とか、動物園に立ち寄りました、とか。
母はきっと私が貸してあげたBaby Holgaで撮影してるはずだ、とほほえみつつ、でもメールには無視を決め込む。甘やかしたらどしどしメールしてくるに決まってるもの。リハーサルなんだっつーの。


遅くなってすっかり体が冷えて家に帰ったら、私がお風呂に入っているあいだにおうどんを煮てくれた。
お母さんのおうどんはおいしいな。
お母さんのドリアも大好き。どんな高級レストランのものよりも、お母さんのにんじんとかたまねぎとかがぶつ切りで入ってる、ぱさぱさしたドリアが好きだ。

うどんを食べる私に、すごくおいしいケーキ屋さんをみつけたのよ、とうれしそうに教えてくれる。
どれどれ、と、栗のパイ包みみたいなのを食べたらびっくりするほどじんわりした美味しさで、こんなお店が東京に進出してないなんてすごいね!と言うと、とてもうれしそうに、大事そうに、していた。
今度どこかの差し入れにできるね、と言うと、ちゃんと紙袋からお店の名前を切り取って冷蔵庫にマグネットで留めてくれた。

移り変わるもののなかに身を置きがちな私は、こんなこころもちにとても弱い。
ほんのちいさなことでもたいせつに大事にするきもち。
丁寧に、一日を刻むこと。
とっておき、という小さなあたたかみをまるごと包むひと。

なんかうどんが胸につかえてうまく飲み込めないや。


ヨーロッパから帰ってきて少しお父さんやお母さんと仲良くなった気がする。
私がたくさんのものを見て感じて幸せだったから、お父さんやお母さんにもそれを得てほしい気持ちもあって少し、共有したいものが増えたということなのかもしれない。
普通の娘をもつお母さんにならこんなことごくごく初歩的なことなんだろうけど。

お父さんとお母さんは今でも15年前に行ったヨーロッパのビデオをたまに見ているんだけど、そういう姿も、思い出すとうどんとかが胸につっかえる。

二人にヨーロッパ生活を味あわせてあげたいなぁ、という気持ちもむこうで踊りたい動機のひとつなんだけど、
でも今はちいさな景色や、ケーキを共有しようと思う。


写真はお父さんが送ってくれた鴨の写真。
へんなかお。

おり


かたまっている
冷えてはいない
かたまっている
つもりすぎて?
わからないけど

割れるか
溶けるかするまで
こころがうごかない