輪郭のないもののゆくえ
マグさんにいただいた水に浮くろうそくを灯してお風呂に入ることが、近ごろ好き。
久しぶりに友達の家にお邪魔する。もう20年もかわらない友達。
くだものの香りのお茶を飲み、柿をむいてもらい、お母さんとも話し、笑い、なんだか気持ちがすっと真っすぐになった。
ぴりっといっぽん通ったというよりは、やわらかに削ぎおとしたくなった、といった感じ。
ほかほかとあたたかい気持ちで、けれどももう夜は冬におちいったかのようで、傘を握る指が冷える。
沸かすそばから冷えてゆく湯ぶねにつかりながら火を眺める。
今日はネロリの香りのろうそくを加えて豪華に2本だて。
静かに燃えているほのおのさきっぽは、まるでおばけの足のようにいつのまにか透明にとけている。
空気にくねらされているほのおは輪郭があるけれど。
目に見えるものでこんなにすっと、空気との境のないものってほかにあるだろうか。
じっと見つめすぎて網膜にほのおが焼き付きそうだ。
今私が急に倒れてブラックジャックが私の網膜を誰かに移植したら、そのひとは一生このほのおが景色のなかにゆらめくことになる。
ふと、つい先日聴いた、全く目の見えない男の子が弾いた「月光」のことを思い出した。
3階席にいる私は彼を見ている。
彼は私を見ることはない。
草も空も月の光も。
その指を置いている鍵盤すら。
けれど彼は音を溶け込ませることでからだのなかだけの景色を離れ、どこまでも遠くに触れることができるんだ、と気付く。
