はるのくま
朝方、窓が風に押されてたてる音で目が醒めた。
もしかして吹雪なんじゃないかと思いながらカーテンに手を掛けるとおだやかに薄く陽がさしていた。
今日は出かけるんだよ、とちゅんに話し掛けると頭をぺったんこにしてずっと緊張した様子で私の目を見ない。
空は分厚い雲がたった今割れたばかりで、隙間から光がなんだか劇的にのぞいていた。
さっきの強い風があの雲をびりびりと裂いたのかもしれない。
その声のこだま。
電車の窓ガラスは曇っていて、太陽は春の靄をとおってきたみたいなやわらかさだった。
ふと顔をあげた目には金色の髪がかかっていて、透けるひかりはわたしにおきぬけの、まだ夢から完全には足を抜いていないかおりを思い起こさせた。
夢/元町の現場、大きな灰色の狼
夢。
仕事場が新宿の奥の方にあるという設定。そこは元町と呼ばれている。
まだ高校生の時に仲良しだったひとが出てきて暗い教室のようなところで長いこと話をする。
会社の電話を取ると現場で知り合った、仲良くしていた男の子だった。
話しているうちにいつのまにか隣に並んで現場にむかって歩いている。
元気?とか今どこの現場にいるの?とか訊ねる。実は元町にすぐ近いところなんだ、と彼は私になにも伝えなかったことをすこし申し訳なさそうにしながら話す。
以前のようにはにこにこ話してくれないことが少し悲しかったけれど、こうしてまた話せてよかったとほっとする。
途中とある小さな女の子に出会う。
久しぶりに逢った、前から知っている子のようだった。
小さくて髪がくりんとしていて好奇心で瞳がきらきらしている。
女の子は小さな竹のカバンを持ってお使いの途中みたいだったのに何故か私は話をしながら現場に連れていってしまう。
そして別れ際、もうこの子と連絡がとれなくなるのはいやだ、と思う。
どこかで半分夢であることを知っていたみたい。
別れたその子を追い掛けて、住所を教えてほしいと言う。
自分で住所が書けないくらいの年の子だったけれど夢だからどうにかなると考えていた。
それから、すごく強いヒーローみたいのになる夢も見た。
私の武器は手と、いつどうやって出るかわからない光っていて何かに当たるとバウンドする丸い光線のようなものだけだった。
この世の悪い生きものはかならず、ビルに入るときに見せる社員証みたいなものを胸にぶら下げていて、もともと誰であったのかということがわかる。
私はものすごく大きな狼をこらしめている途中にそのカードを見た。
薄く知っているひとで、狼を殴る手から力が失われた。
けれどこのままにしておくわけにはいかないから、早く楽に、狼を退治したいと思う。
素手で大きな狼を殺すことは私にはとても難しかった。
くびの辺りとか、背骨の辺りを、何度も痛くしないように一発で折ったりしたいのになかなかそうはならず生身の狼のからだは私の攻撃をやわらかく受けとめ、かたちを変えるばかりだった。
血がでたり狼が苦しんだりすることはなかったのだけれど(狼はずっとへらへらと脈絡のない憎らしいことを口にしている)骨が皮の下でいつもとは違うかたちになってゆくことを早くおわらせたかった。
THE OPEN DOOR
年末年始の稽古はこころとからだをずいぶんやわらかくしてくれたなぁと思う。
骨と骨の隙間に新しい風が吹いてくれているよう。
ことばは相変わらずよどみなく出てはこないけれど、まことをもって話したいという気持ちが深まる。
クリアになった。
この透明感を濁らせないようにものを見たいと思う。
からだに耳を澄ませるような稽古のなかであるとき、腰の中心が今まで感じたことのない定まり方をしたことが一度だけあった。
よく滑るボールベアリングがそれより少し大きな器のなかでくらくらと細かく自由に動く、うごくからこそその場に定まる、ような。
その動きは自分の意図とは関係がなくて不思議だったけれど不快ではない。
体重がまったくかからずどこにも引っ掛からない、といった感触。
骨盤を定めることと軸を地球の中心とつなぐこと、エネルギーを小さくゆがませずに巡る大きな球でとらえること。
一番の弱点をすぐに見破られる。
これはしばらく課題としてこころに留めよう。
先生がくりかえし言っていた自分という個人の中の普遍性とかうつくしいと感じる感覚と、自分以外の多くの人のそれとの寄り添いをみつけるという作業、意識。
自由に感覚をはばたかせることと呼吸をひとつにして全のなかで踊ることとをうまく共存させられなかった頑固な私のアタマをほぐしてくれたのはもちろん、なんだか生きて行くうえでのヒントみたいだと思う。
ひとと接することや自分のこころの中を覗き話し合うことと踊ることとは、同じ道のうえにちりばめられている…ように思う。
それから創ることに改めて興味がわいた。
まだ、意図的に設定するものと生まれてくる感覚との境、おもしろいものとはなんなんだろう…たくさん考えたいことがあるのだけれど。
音やことば、色のこと。
たぶん私が創るものから切り離せないのはとくに物語と夢と意識と無意識、ことばの色のことだと思う。
かたちとなって生まれてきてほしいな。そろそろ。
先生が薦めてくれた本をいくつか買ってみた。
紹介してくれた、その中のことば。
「何よりもまず、個人個人が自らの秘密の世界を明るみに出すことによって生じうる混沌は、統一を与えられて、多くの人が共有できる体験とならねばなりません。言いかえれば、演者が喚起しようとしている現実の側面が、どの観客についても同じ領域における反応を誘い出し、その結果、観客は一瞬、一体となって同じ印象をもつというふうにならねばならないのです。こうして、基本的素材が提示されると、物語りなり主題なりが何にもまして共通の場を提供する役割を果たします。共通の場とば個々の観客が年齢や背景の違いを超えて、隣にいる人と一体になってある体験を共有する可能性を与える場のことです。
…(略)…俳優と観客とが互いに結び付く千分の一秒の瞬間においては、肉体の包容の場合と同じく、重要なのは、密度、濃密さ、多層性、豊かさ…いいかえればその瞬間の質です。……」
Peter Brook
すれちがい、東京の灯りふたたび/危険運転致死傷罪
羽田空港にゆくモノレールの中ではっとする。
旅の中でみたジェットコースターの夢 や子供の頃からよくみる電車でどこかに行く夢の芽はここにあったのだ、というひらめきみたいな瞬間を目にして。
私がこの羽田空港までのモノレールに乗ったのはずいぶん小さなころだったと思う。
私の頭のなかにこの光景はずっと仕舞われてきたのか。
しばらく何も考えられなくなる。
空港のカフェでボスに手紙を書く。
私がヨーロッパにひとりで旅立つときにボスが手紙をくれてとてもうれしかったから。
空港にモノレールで向かったことで感傷的になったみたいで、手紙の文章がうまくまとまらなかった。
手紙とプレゼントを持って待っていたのに、結局見送ることはできなかった。
見送り終わったひとたちと偶然会って、私がいることを誰も知らずにびっくりしている様子を見て、私が信じようとしていたさいごの綱が切れたことを感じた。
ボスとしばらくの別れになるのに、見送りをしたかった私の気持ちを知っているのに、あえて邪魔をした。
お世話になっているしずっと迷惑をかけているからどんなことをいわれても我慢してきたけれど、このことは私のこころを折ったし、しばらくはきちんと彼女と話すことはできないだろう。
責任あるこの仕事を、踊りと両立させてゆくことはもう難しいかもしれない。
多分私はもともとこのひとと相容れない部分があるのだろうけれど、ここまでのことをされるということは彼女によっぽどの思いがあるのかもしれないのだから。
会社のひとたちは私が踊りながらこの仕事を続けることを応援してくれるけれど、でも彼女だけは、応援してくれている気持ち以上のやりきれなさを感じているのだろうと思う。
ずっとずっとそのことは感じていたし、私ができることはせめて、職場にいるあいだは自分のできる精いっぱいで働くしかないと思ってはいたけれど…。至らないところがたくさんあるのだろうな。
上のひとに彼女に迷惑をかけたくないと相談しても、誰も彼女の大変さに気づいてはいないし、誰も私がどのくらい思いつめているのかということも、知らない。
だからって意地悪をしていいとは私は思わないししばらくは笑って忘れることができない気がするけれど(でも話しかけられるとすぐ嫌なことを忘れてしまうから困る)、でもこの仕打ちにはいわれがないわけではないのだ。
けれど帰りは業者さんが車にのせてくれて、家までわいわいみんなで帰った。
景色を見ているとなんだか泣いてしまいそうだったけれど、私はこのひとたちの仕事ぶりが好きで、そんなひとたちの前で子供みたいなことをしたくなかったからもちろん泣いたりしなかった。
色んな話をしながら2時間くらいのドライブ。
プレゼントと手紙は今日ボスの荷物をドバイに送るということだったのでそこに一緒につめてもらうことにした。
よかった。
帰ってきて3人のお子さんが亡くなった事故の判決を新聞で読んで、悲しい気持ちになった。
事故をもみ消そうとしたその行為が罪を軽くすることになったなんていう判決を、被害にあったおふたりはいったいどんな気持ちできいたのだろう。
加害者はもっと重い刑を負うべきだ、とかそういうことは私はいいたくない。
いえない。
けれど、3人の命が目の前からこぼれていったお父さんとお母さんの気持ちは、日本の法律より絶対にぜったいに軽くないと思うんだけどな。
なんか悔しくてかなしくて仕方がない。
もっと決まりと決まり、文章とか憲法とかのすきまを埋めている心のことを考えないと、人間社会なんてどんどん立ち行かなくなるとおもうんだけど。
毎日新聞はその記事で囲むようにして、自衛隊派遣のために日本の憲法を変える、という記事を載せていた。
きっと、なにか意図があったんだと私はおもう。





