アマヤドリ -60ページ目

蛹化


とてつもなくもやもやしている。
もやもやはいろんなもやもやで、それをどうにかもやもやじゃなくしよう、という私の芯のようなものがすでにもやもやに包まれてふやかされているのでその作業に辿り着くこともできない。
核に触ろうにも、お互い覆われているから近寄れないかんじ。
ぼんやりと太い思考しかできない。
反復横跳びの、両方のラインに辿り着かないかんじ。
ビブラフォンの音みたい。
目に映る景色がただただ蒼いひかりを残して通り過ぎる。

音楽を止める。
耳をフリーにして走ってゆく生活の灯りを眺める。
…なにもかんじないわけではない。
ちいさく、震える。
ただそれをじっくりと核までしみ込む時間を待てない。

焦り?
それもあるか。
でも、なんかそれだけじゃないな。
たぶんとても、ちっちゃなきっかけでこれをまるごと頷けるようになる。
そんな予感。

細かく分析してゆくことと全部をかかえこんじゃうこと、矛盾する思考や感覚、ループする生きること、あがったりさがったり、ひりひりしたり皮膚がとてつもなく分厚くなったり。
なにかがひょいひょい、とそれらを繋いでくれたらもうちょっと濃い空気を呼吸できる。

そんな気がする。


でもたぶん待っててもだめなんだ。

自分の歯を噛もうとしているみたいだ。


ヒントは、大事にしたいもののなかにある。

Maestro

横浜をさまよっていて見つけたSHORTSHORTS THEATERで見たGeza M. Toth の"Maestro"というアニメ作品がとても面白かった。
本番まであと5分…という楽屋風景。
マエストロである鳥がジュースを飲んでくちばしをぴちぴちぴち、ってやるところもなんだか可愛かったし刻々と変わってゆくアングルもとてもよかったのだけれど…

このラストに思わず!!吹き出しちゃいました。
YOUTUBEにあったので。

まつぼっくり

昼間、旅から帰ってきた父と母から「お土産あるよ」というメールが届いていた。
うちに帰って私のために残されていたご飯を片付けながら(なにしろ今日はお肉をたくさんたべたからもう入らない)ふと食器棚を見ると、大きなまつぼっくりがちり紙にくるまれて置かれていた。
とても、とても大事に。

もちろん、お土産とはこのまつぼっくりではないだろう。
でもまつぼっくりを見たその瞬間、私は「お土産あるよ」という父のことばをすぐに思い出した。
ちゅんへのお土産ならわかるけど私へだったならすごく可笑しい、と思わずにやつきながら、なのにきゅうに胸が締め付けられるみたいに、切ないみたいになった。
いとしいかなしい、みたいにかな。


ずっと好きなこともろくにせずに働いてきた父とおうちを守ってくれた母。
一度だけ行ったヨーロッパのビデオを10年間も見続けていたり。
会社でおやつに出たおせんべい一枚を家に持って帰ってきてくれたり。
手厳しくて全然愛情をまるだしにはしないのに、近所の赤ちゃんを抱く手がとてつもなくやさしいことに気付いたり。


いつもこういう時に感じるこの感情は、なんだろう。
両親がほんのちいさなことを大事にしているのをまのあたりにしたときに感じる、この気持ち。


誰かこの気持ちになまえをつけて。

ううん。
やっぱりつけないで。


まつぼっくりはちり紙に包まれてそっと棚に、あたたかそうに落ち着いている。

あめふり、煙くさいわたし


雨だった。

いつもと違う広い部屋はしんと静かで、ぽっかりとあいた途中の時間に目が醒めた。
ひどく喉が乾いて水を飲み干す。
はじめにカーテンを開けたときには道は乾いていたのに、雨だった。
見渡すかぎりのアスファルトの、降り始めの匂いを想う。

このホテルに残っているのはもうほとんど私だけだと思うと不思議な気持ちになる。
ハーモニカのようにすかすかとぽっかり部屋を残して、みんな同じところへ引き抜かれていっているのかと思うと。


傘がないからフードをかぶって歩いた。少し慌てているから汗をかいてしまう。
もうだいぶあたたかいけれどその汗がすぐに冷えるくらいには、まだ涼しい。大股で、湿気を呼吸しながら歩く。

道がわからないと途中の小さな階段とかにもなんとなく登ってみたくなる。新たな枝分かれを試みたらもしかしたらひらけるかもしれないと考えて。
けれどじっと我慢してとにかく最初に信じたところまでは行ってみるべきだ。
それが迷子ごっこで得た法則。
目線だけじゃなく足がむいたらやっと、曲がってみてもよい。

地図ではわからなかった立体を越えてみてやっと駅をみつけて辿り着く。

ホテルにちゃんとこれたの?
と会社のみんなに聞かれる。
あまりにも遅い時間に辿り着いたから誰も私がちゃんとあの部屋のひとつにおさまっていたことを知らないのだ。
最後にチェックインして、最後にチェックアウトする。
なんて迷惑な客なんだろう。


夕方から事務所の上で焼肉大会があった。
いつもはぴしっと厳しく真面目に接しなきゃいけない職人さんたち(私の仕事はあら探しが主なのだ) とでれでれ肉を食べたりビールを飲んだりすることがやたらと嬉しい。

おなかいっぱい肉を食べさせてもらい外に出ると、どしゃ降りだった。
地面をたたくしぶきの音を聴きたくてヘッドフォンを外した。

秘める、春のにおい、つばさ


感情の動きやたかまりを、はじめから動きにすまいとするのではなくてどんどん出して探っていこう。
全面に押し出すか、秘めるかというのはそのあとに考えたらいい。
まずは、どう動きたくてどうあらわしたいのか、どこにいきたいのかをきちんとわかることから。

***

道行くひとはもう春のよそおいだな。
冬の日本はまっくろけだから、ちらほら花が咲いたように軽い。
なるべく手ぶらに近いようにして散歩がしたいな。
稽古があるからなかなかままならないけど。

3月の舞台は、近郊と都会がひとつのテーマでもある。
つくりてのひとが横浜のひとだから、こんなふうに横浜の町を眺めるのもいいな。
空気だけでも感じ取ろう。

みなとみらいは散歩にはもってこいだ。
ひらけていて、けれど建物もにょきにょきとおもしろい。
少しだけヨーロッパのかおりもする。

***

今日の稽古では、踊りももちろんやったけれど半分の時間を使って、踊るときに持つお面を作った。
片目にしようと決めていたので左目をつぶして、そこに翼をつけることにした。
翼が、左目を覆っているように。