アマヤドリ -359ページ目

『レベル7』宮部みゆき


著者: 宮部 みゆき
タイトル: レベル7(セブン)


目覚めたら記憶を失っていたふたり。自分たちは何者なのかを紐解いていくうちに大きな陰謀に巻き込まれていることを知る。



時折出てくる昔の記憶や風景のヒントがたくさんあるので謎解きはそんなに難しくない。
特に最後のどんでん返しは、主人公二人だけに対するどんでん返しであって冒頭を読んだ読者にはまったくどんでん返しではない。
しかしそうわかっていても、もしかして?と思わせるものはあった。
TVドラマ化されていただろうか?映像化したら面白そうだと思った。役柄の性格もはっきり描かれているし。

関係ないけれどこの中に出てくる小さな病院は私の家のすぐ近くの設定なので地理もそれもリアルな感じを与えてくれたと思う。


このストーリーとはあまり関係のないところで私の胸に響いたのは、他人が自分をどうみているかがその人の価値を決めるのではなく、自分の価値は自分が決めるのだということ。
どんなに高い評価をされていても自信がなければ安心することはできない。
自分は何者なのか、を探すことができるのは自分だけなのだ。


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好きなものは好き! にもレベル7を読んだ感想があります。
他の作品も、読んでみよう。

空を見上げてさんぽ道

バイトが休みだったから朝寝坊をして、『ドライビングMissデイジー』を見て、父と母と過ごして、ご飯を食べて。

とてものんびりと循環した一日。

お風呂で大好きな小川未明の童話集を読んだ。
『赤いろうそくと人魚』が好きだ。
優しい人魚と、人間のお話。
北の海の寒さが美しくてひとのこころは波みたいだと思う。


きれいな日本語を読むと、体がすうっと透き通るような気がする。
研いだ鏡のように、ちゃんと私のすみずみまで誤魔化さずに降りてゆける気がする。
ちゃんと毎日すこしずつ歩いてきて、その足跡がきちんと私の後ろをついてきていることをかみしめる。
はるか向こうの海原まで、光が届いてる事を確認する。

こうやってういたりしずんだり、それでいいのだ。


着実にひとつひとつ、ということがどうしても苦手みたいで、たいていの事は一足飛びに済ませちゃおうとおもう。
嫌いな事はとくに。
でもその嫌いなことというのが実際の生活のことであることが多くて、だから私には何かが欠けているなあ、とよく感じる。
大切ななにかが。
今にひどく痛い目をみるんじゃないかと恐れもする。
誰ともちゃんと一緒に暮らせないのではないか。
なにより…自分自身がいつ自分をその欠けた穴に堕とし込んで閉じ込めちゃおうとするのではないかと。

ひとつひとつ、の暮らしに憧れているのに。
いつか自分をこんな風に、このきれいな日本語の生まれるようなひとに変えてゆきたい。

ねえ、頑張れば、変わろうと思えば変わることができるよ。
分かっているのだから、真っ直ぐそれに向かって努力すれば大丈夫だよ。
多分、友達になら私はそう言うだろう。
なのに自分のことになると何故こんなに遠回りしてしまうのか。

でもその遠回りの道すがら、蹴った小石も私のものなんだな。きっと。

つなわたりの摩天楼

『残酷な神が支配する』を夜中に読んだ。
全く内容を知らずに読んだのだが、もがくようにごろごろしながら読んだ。
深い絶望と行き場のない地獄が早く晴れないかと夢中になって読み進んでしまったが、あまりのことに体力も気力も失われた感じで辛く、続きが読めなくなってしまった。
萩尾望都はとても大きな力を持っているから気をつけなければ負けてしまう。
あんまり、必死に読むのはやめよう。
続きは太陽の出ている間に読もう。

『スリーパーズ』を観た時にも思ったのだが、ああいう地獄から必死にひっしに逃げて表面上の解決を迎えても「酷い事をされたね、辛かったね、でももう大丈夫」とはいかない。
ひとは、誰かを決定的に損なってしまうこともありうるのだ。

そのことが、こわい。

こわさないで、お願いだから、誰も。

20時のcafe

昨日は家に帰る前にどうしても自分だけの時間が欲しくてわざわざ家の近くのカフェに入った。
おなかがすいていたからさつまいもパイとキャラメル味のスコーンと豆乳黒ごまバナナスムージーを頼む。

直前に本屋さんで手に入れた『残酷な神が支配する』を読もうかなあとも思ったけれど、『レベル7』の続きを読むことにした。


空の見えるカフェが好きだ。
やわらかい音でBGMがかかっているカフェが好きだ。
分厚いカップに飲み物を入れてくれるカフェが好き。

残念なことにそのカフェはそういうカフェではなかったけれど。

先に食べてしまってからかなり真剣に本に没頭する。素敵なカフェすぎると、おしゃれな人が来たり雲や車の明かりの変化に目を奪われすぎてなかなかこうは集中できない。

おじいさんが隣で煙草を吸ったり灰色のストールをちょっとずらして肩に掛けたお姉さんがフランス語の雑誌を読んでいたり。
誰も言葉を交わさず、その空間を共有する。あたたかな呼吸をしながら。
どこかよそ行きな気持ちのする背中のぴっと伸びる場所も好きだが、空間が拡散しないで自分だけを包んでくれる場所も好きだ。誰も知らないし誰もが自分のことをしている。


本を読みながら、どうして小説の中ではこうも簡単に人が死んでしまうんだろうと思った。まるでそこからしか話が始まらないみたいに。

誰かが作り上げた人の作り事の死。
そのひとり芝居に引きずり込まれているのだけれど。


でも、実際も、こんな風に簡単に人はいなくなってしまうのかもしれない。
だから、こんな風にたくさんの文字を費やして、虚構に変換して想いを綴るのだろう。

『残酷な神が支配する』萩尾望都

萩尾望都は、野田秀樹の『半神』で知ってそれ以来ひかれていたのだが、実はとても昔の漫画家なのかと思っていた。
恥ずかしながら…
そのくらい偉大な人だと思っていた。
漫画の内容も、文学みたいだし。

でも新刊を書いていると知って気にはなっていたのだが、ついに買ってしまった。
まだ3冊だけ。
まだ読んでいない。
明日お休みだから読もうと思っている。




著者: 萩尾 望都
タイトル: 残酷な神が支配する (13)