アマヤドリ -357ページ目

ほっぺは、あたたかい

子供の教えをもう2年半もやっている。
ということは、はじめからいた子はもう2年半ぶん大きくなっているんだ。
でも最初の頃はそれこそ、日本語が通じやしなかった。ちゃんとずっと目を合わせていることも困難だった。お互いが、前からのお友達しか見えていないような状態だった。
毎週毎週おおきくなって、ふと気づくと遠慮とか思いやりとか、小狡さとかを覚えていっている。
思わずにやりとしてしまう。
時折どきどきさせられて、でもまた、やっぱり子供なんだなあと微笑んでしまう。
みんなあんなに手がべたべたしてたのに、今はそうでもない。
もう興奮でわけのわからないテンションになっちゃうことも、少ない。
疲れたからってお母さんの所に走っていってしまう事もない。

いつかこの子たちが旅立っていって、私の事を人生のどこかでまた思い出すのだろうか。
私が幼稚園の先生を覚えているように。
落書きをもらったり、シールをくれたりお手紙をくれたり。
そんなひとつひとつが私にとってはちゃんと思い出なのだけれど。

雲海

あの空の高いたかいところへ行きたい
ぐんぐんここから離れて分厚い雲をくぐって
目覚めたばかりの太陽に逢いに行きたい

息が続かなくなっても
羽根がどんなに重くとも
翔び続けてまっすぐ天を見つめたい

瞳はただ蒼く染まって強い光が射しこんで盲目になっても
瞬かず空のすべてを映したい

羽根が全て抜け雲海に落ちても
まだ届かない空が指の先にはあるから私は翔び続ける
遠ざからないで
其処にいかせて

誰か私の羽根を拾って
海に落ちてずぶぬれだけど


一緒に

空に昇ろう
瞳を閉じないで

一緒に

何も怖くないから
そして私は初めて瞳を閉じる

鏡に触れた指のむこう

自分の中の二重性というものを昔から感じてきてそれをことあるごとに恐れてきたけれど、そんなことをいつから考えてきたのだろうか。

とにかく母と祖母は仲が悪かった。母ははっきりと祖母を嫌っていた。その理由は私にもよく分かる。
その祖母に私はよく似ている。そう言われると母に嫌いだと言われているのと同じ気がしてすうっと心が冷えた。
自分には嫌な部分があるのだ。いつか祖母のようにひとに嫌われてしまう。
嫌われるのはいやだった。直したいけどどうしていいかわからなかった。それは皮膚の下を流れ、宿命的に滲みだしたもののように思えた。
隠さなきゃ。
隠し通すしかない。

ずっと母が恐かった。
いつも嫌われていると思っていた。父が私を弟より可愛がるからなのか。私が女の子っぽくないからなのか。もしかしたら母のように美人じゃないからかもしれない。
仲の良い母娘を見ると遊んでいる手がふと止まることがあった。
お母さんは私のことを嫌いなことにまだ気付いていないかもしれないな。だって自分の子供だもの。きっと自分の子供を嫌いだなんて悲しいだろうな。嫌われているのを気付かないふりをしていればお母さんもことさらにそれを深く思うことはないかもしれない。

友達に嫌われるのが恐かった。私をよく知っているひとが私を嫌いなのだから、もし友達が私を知ったら嫌われてしまうのかもしれない。
悪口は言わないようにしたし聞こえない振りをした。悪意は笑って流した。

とりつくろわなきゃいけない。
私は私を愛している部分もあったから、その光でずっと自分を照らしていれば嫌なところは隠せると思っていた。
本心を見せたら、この緊張を解いたら素の私が見えてしまう。だからダメ。嫌な私は閉じ込めて殺してしまおう。


そうして私は、光の中で誰とでも仲良く感じよく接することができるようになった。

でもふとあの時のように手が止まる。
これは本当の優しさなのだろうか。本物の親切なのか。

檻は大人になっても成長することなく拙いままだった。そして檻の中の嫌な私も死ぬことはなく一緒に成長してきた。
双子みたいに。
ぽきんと折れそうな細い檻は、多分その気にさえなれば簡単に破られてしまう。誰も檻に近付けないようにしなきゃいけなかった。時折そこに降りていって宥め、眠っていてくれと説得した。


でも私は気付く。
もし私が家族を持ったら。誰かと一緒に暮らしたら。
その家族は私の檻のあるところまで降りてきてしまうんじゃないだろうか。
一生その檻を隠したまま家族でいることなんかできっこない。不可能だし、きっとそんな距離は悲しすぎる。
耐えられない。
でもこれを受け入れてもらえるのだろうか?私にも正体の掴めない私。
親にすら愛されない私。



壊したいのは私なのかもしれなかった。
それとも、そんなに恐れるほど闇は濃くないと気付いたのだろうか。
それはいつだっただろう。
母が自分のことを嫌いだなどと思っていたことが、子供らしい思い込みだったと気付いてからもだいぶ長いこと、私はその檻の中の私を恐れていたのだけれど。


いまここには本当の愛する自分と檻を破った私がいる。
嫌いな私を弁護しようとするもっと醜い私もいる。
それはしわしわで太陽に当たればその肌が赤くひからびてしまうくらいに弱い。目も殆ど見えず絶えず耳を塞ごうとする。
意気がってみせる。
でも多分私は無理矢理手をとって歩かせている。

それでいい。

このひとと、ちゃんと歩いてきたし、これからも傍にいるのだから。

ムズカルキモチ

私は子供っぽいだろうか。
それでもいいとずっと思ってきたけれど、
感じるままに生きていけたらいいと思ってきたけれど、
それだけじゃ駄目なのは承知しているけれど

難しいよ。


いちご狩り

友人Nはこの夏結婚して外国に行ってしまう。中学の頃から仲が良くて、たぶん一生このままぼんやりと仲が良いであろう友達。
不思議と今まで旅行も遠出もしたことがなくて、あと少しの猶予で沢山遊ぼうと計画を立てている。グアムやディズニーシーや花見や…いちご狩りもそのひとつ。とにかくいちごが大好きなのだ。

新宿西口に6:50集合だったので前の日早寝をしたかったのに結局寝たのは2時。
寝呆けながら出掛けたわりにはバスもうきうき楽しくてずっとしゃべり通しだった。
何回も停まりながら、それでもまだ10時に目的地に着く。
焼津のさかな市場ではやはりまぐろだろう、ということであちこちの回転寿司屋に入りまぐろの食べ比べ。初めて大トロを食べたけど美味しかった。
ここではイカスミソフトクリームを食べた。バスガイドさんにお薦めされたからなのだけれど、実物を見てちょっと躊躇。本当に真っ黒だったから。濃い灰色でもない。黒。でも、買う。
真っ黒な様子は、練り胡麻のようだ。だからつい胡麻の味を舌が予想するのだが全く普通のソフトクリームと変わりはなかった。
ただ黒い。
笑うとNが大笑いし、つられて私が笑い、その口を見てNが笑い…と笑い続けた。近くにいた小さな子がこれまた口の周りをべとべとの黒にしているのが可笑しくてまた笑う。
楽しい食べ物だった。


登呂遺蹟に寄って堅穴式住居に入ったり、日本平の展望台では富士山が見えなくて残念だったり。

かなり満喫した頃にやっといちご。
いちごは「石垣いちご」と言って海に面した急な石垣の斜面にビニルハウスが並んでいる。おひさまをいっぱい浴びられるようにとのことだ。
私はいちご狩りってまだわりとすっぱいいちごを目を細めながら食べることを予想していた。だから現地でコンデンスミルクが配られた時少し「やっぱりね」と思った。
でもいちごは大きくて甘くてすごく美味しかった。
Nの分まで安倍川餅やたいやきを食べていなければ60個は食べられただろう。が、40個でもうリタイア。
でも40個といってもその大半は赤ちゃんのゲンコツくらいある大きなものだからよく食べたなあと思う。

天女の羽衣で有名な三保の松原に寄って、冬の海を眺めてきた。
冬の海が大好きで、もし私が映画を撮るならタルコフスキーのように撮りたいのだがうまくイメージすることができなかった。日本のエセ新鋭映画みたいな場面でしか思い浮かばない。センスがないのかしら。

帰りはガイドさんも静かで熟睡できた。目覚めるたび変わってゆく景色を惜しみながら…。


もうとうぶんいちごはいいや。