鏡に触れた指のむこう
自分の中の二重性というものを昔から感じてきてそれをことあるごとに恐れてきたけれど、そんなことをいつから考えてきたのだろうか。
とにかく母と祖母は仲が悪かった。母ははっきりと祖母を嫌っていた。その理由は私にもよく分かる。
その祖母に私はよく似ている。そう言われると母に嫌いだと言われているのと同じ気がしてすうっと心が冷えた。
自分には嫌な部分があるのだ。いつか祖母のようにひとに嫌われてしまう。
嫌われるのはいやだった。直したいけどどうしていいかわからなかった。それは皮膚の下を流れ、宿命的に滲みだしたもののように思えた。
隠さなきゃ。
隠し通すしかない。
ずっと母が恐かった。
いつも嫌われていると思っていた。父が私を弟より可愛がるからなのか。私が女の子っぽくないからなのか。もしかしたら母のように美人じゃないからかもしれない。
仲の良い母娘を見ると遊んでいる手がふと止まることがあった。
お母さんは私のことを嫌いなことにまだ気付いていないかもしれないな。だって自分の子供だもの。きっと自分の子供を嫌いだなんて悲しいだろうな。嫌われているのを気付かないふりをしていればお母さんもことさらにそれを深く思うことはないかもしれない。
友達に嫌われるのが恐かった。私をよく知っているひとが私を嫌いなのだから、もし友達が私を知ったら嫌われてしまうのかもしれない。
悪口は言わないようにしたし聞こえない振りをした。悪意は笑って流した。
とりつくろわなきゃいけない。
私は私を愛している部分もあったから、その光でずっと自分を照らしていれば嫌なところは隠せると思っていた。
本心を見せたら、この緊張を解いたら素の私が見えてしまう。だからダメ。嫌な私は閉じ込めて殺してしまおう。
そうして私は、光の中で誰とでも仲良く感じよく接することができるようになった。
でもふとあの時のように手が止まる。
これは本当の優しさなのだろうか。本物の親切なのか。
檻は大人になっても成長することなく拙いままだった。そして檻の中の嫌な私も死ぬことはなく一緒に成長してきた。
双子みたいに。
ぽきんと折れそうな細い檻は、多分その気にさえなれば簡単に破られてしまう。誰も檻に近付けないようにしなきゃいけなかった。時折そこに降りていって宥め、眠っていてくれと説得した。
でも私は気付く。
もし私が家族を持ったら。誰かと一緒に暮らしたら。
その家族は私の檻のあるところまで降りてきてしまうんじゃないだろうか。
一生その檻を隠したまま家族でいることなんかできっこない。不可能だし、きっとそんな距離は悲しすぎる。
耐えられない。
でもこれを受け入れてもらえるのだろうか?私にも正体の掴めない私。
親にすら愛されない私。
壊したいのは私なのかもしれなかった。
それとも、そんなに恐れるほど闇は濃くないと気付いたのだろうか。
それはいつだっただろう。
母が自分のことを嫌いだなどと思っていたことが、子供らしい思い込みだったと気付いてからもだいぶ長いこと、私はその檻の中の私を恐れていたのだけれど。
いまここには本当の愛する自分と檻を破った私がいる。
嫌いな私を弁護しようとするもっと醜い私もいる。
それはしわしわで太陽に当たればその肌が赤くひからびてしまうくらいに弱い。目も殆ど見えず絶えず耳を塞ごうとする。
意気がってみせる。
でも多分私は無理矢理手をとって歩かせている。
それでいい。
このひとと、ちゃんと歩いてきたし、これからも傍にいるのだから。
とにかく母と祖母は仲が悪かった。母ははっきりと祖母を嫌っていた。その理由は私にもよく分かる。
その祖母に私はよく似ている。そう言われると母に嫌いだと言われているのと同じ気がしてすうっと心が冷えた。
自分には嫌な部分があるのだ。いつか祖母のようにひとに嫌われてしまう。
嫌われるのはいやだった。直したいけどどうしていいかわからなかった。それは皮膚の下を流れ、宿命的に滲みだしたもののように思えた。
隠さなきゃ。
隠し通すしかない。
ずっと母が恐かった。
いつも嫌われていると思っていた。父が私を弟より可愛がるからなのか。私が女の子っぽくないからなのか。もしかしたら母のように美人じゃないからかもしれない。
仲の良い母娘を見ると遊んでいる手がふと止まることがあった。
お母さんは私のことを嫌いなことにまだ気付いていないかもしれないな。だって自分の子供だもの。きっと自分の子供を嫌いだなんて悲しいだろうな。嫌われているのを気付かないふりをしていればお母さんもことさらにそれを深く思うことはないかもしれない。
友達に嫌われるのが恐かった。私をよく知っているひとが私を嫌いなのだから、もし友達が私を知ったら嫌われてしまうのかもしれない。
悪口は言わないようにしたし聞こえない振りをした。悪意は笑って流した。
とりつくろわなきゃいけない。
私は私を愛している部分もあったから、その光でずっと自分を照らしていれば嫌なところは隠せると思っていた。
本心を見せたら、この緊張を解いたら素の私が見えてしまう。だからダメ。嫌な私は閉じ込めて殺してしまおう。
そうして私は、光の中で誰とでも仲良く感じよく接することができるようになった。
でもふとあの時のように手が止まる。
これは本当の優しさなのだろうか。本物の親切なのか。
檻は大人になっても成長することなく拙いままだった。そして檻の中の嫌な私も死ぬことはなく一緒に成長してきた。
双子みたいに。
ぽきんと折れそうな細い檻は、多分その気にさえなれば簡単に破られてしまう。誰も檻に近付けないようにしなきゃいけなかった。時折そこに降りていって宥め、眠っていてくれと説得した。
でも私は気付く。
もし私が家族を持ったら。誰かと一緒に暮らしたら。
その家族は私の檻のあるところまで降りてきてしまうんじゃないだろうか。
一生その檻を隠したまま家族でいることなんかできっこない。不可能だし、きっとそんな距離は悲しすぎる。
耐えられない。
でもこれを受け入れてもらえるのだろうか?私にも正体の掴めない私。
親にすら愛されない私。
壊したいのは私なのかもしれなかった。
それとも、そんなに恐れるほど闇は濃くないと気付いたのだろうか。
それはいつだっただろう。
母が自分のことを嫌いだなどと思っていたことが、子供らしい思い込みだったと気付いてからもだいぶ長いこと、私はその檻の中の私を恐れていたのだけれど。
いまここには本当の愛する自分と檻を破った私がいる。
嫌いな私を弁護しようとするもっと醜い私もいる。
それはしわしわで太陽に当たればその肌が赤くひからびてしまうくらいに弱い。目も殆ど見えず絶えず耳を塞ごうとする。
意気がってみせる。
でも多分私は無理矢理手をとって歩かせている。
それでいい。
このひとと、ちゃんと歩いてきたし、これからも傍にいるのだから。