ほっぺは、あたたかい
子供の教えをもう2年半もやっている。
ということは、はじめからいた子はもう2年半ぶん大きくなっているんだ。
でも最初の頃はそれこそ、日本語が通じやしなかった。ちゃんとずっと目を合わせていることも困難だった。お互いが、前からのお友達しか見えていないような状態だった。
毎週毎週おおきくなって、ふと気づくと遠慮とか思いやりとか、小狡さとかを覚えていっている。
思わずにやりとしてしまう。
時折どきどきさせられて、でもまた、やっぱり子供なんだなあと微笑んでしまう。
みんなあんなに手がべたべたしてたのに、今はそうでもない。
もう興奮でわけのわからないテンションになっちゃうことも、少ない。
疲れたからってお母さんの所に走っていってしまう事もない。
いつかこの子たちが旅立っていって、私の事を人生のどこかでまた思い出すのだろうか。
私が幼稚園の先生を覚えているように。
落書きをもらったり、シールをくれたりお手紙をくれたり。
そんなひとつひとつが私にとってはちゃんと思い出なのだけれど。
ということは、はじめからいた子はもう2年半ぶん大きくなっているんだ。
でも最初の頃はそれこそ、日本語が通じやしなかった。ちゃんとずっと目を合わせていることも困難だった。お互いが、前からのお友達しか見えていないような状態だった。
毎週毎週おおきくなって、ふと気づくと遠慮とか思いやりとか、小狡さとかを覚えていっている。
思わずにやりとしてしまう。
時折どきどきさせられて、でもまた、やっぱり子供なんだなあと微笑んでしまう。
みんなあんなに手がべたべたしてたのに、今はそうでもない。
もう興奮でわけのわからないテンションになっちゃうことも、少ない。
疲れたからってお母さんの所に走っていってしまう事もない。
いつかこの子たちが旅立っていって、私の事を人生のどこかでまた思い出すのだろうか。
私が幼稚園の先生を覚えているように。
落書きをもらったり、シールをくれたりお手紙をくれたり。
そんなひとつひとつが私にとってはちゃんと思い出なのだけれど。