シェスタのあと
ほんとは休みなんだけど、仕事がどうしてもおわらなかったから。
でもお昼すぎに、空いている電車でゆったり出かけるのって楽しいな。
黄色いちょうちょな気分。
こんなときにしか、
見えないことがきっとある。
まっとうな
ストレートなおひさまのしたで。
よし。
ばりばりこなして、早く帰るぞ。
新築祝い、ライオンキング
週末は昔の芝居仲間の新居へ遊びにいった。
渋谷にある友達のうちから車で茅ケ崎まで。
長旅だったけれど会わなかった間の近況やらドイツ話やらを話していたらあっという間だった。一緒にやってたころには一番衝突していたひとだったのに今は一番仲が良い気がする。
本気でぶつかったからなんだろうな。
収穫、と思う。
新居はとても綺麗で、しかもちゃんと広い。大好きなサーフボードが飾ってある、海の見えるお家。
一番身を固めそうになかったやつなのにめっちゃ幸せそう。
「ムカつくな」
とか
「こんな幸せな空間には長くはいられへん」
とかいつもの憎まれ口をたたきつつ、過ごす。
別にたいした話をしなくても居心地がいいから不思議。いろんな事情があって私は長い間みんなと会えなかったのだけれど、それでも。自然と受け入れてくれる。ぼろくそ言われるけど。お前のゆうてることは相変わらず全くわからへん、とか、お前にはこういう平穏な結婚生活は50くらいにならないとおとずれなそうだとか、その化粧はなんやねん!昔はすっぴんやったやんか!とか。そりゃ、何年前だよ。
暴言の応酬。
私も仕返しするけど。
海に行きたかったのに雨が降ってしまったからマンションの屋上から烏帽子岩を見る。江ノ島も。
なんかうれしい。
久々の友達と見る景色。
初めて会う奥さんともすぐ打ち解けたし、用意してくれたご飯やケーキに感動したし、
あんな家族ならいいなぁと思った。
本気で幸せそうだからすごく嬉しい。
なんか痒い感じ。変だなあ~。
めっちゃにこにこして、いい旦那さんになってる。
ふふ。
よかったなあ。
帰り、車で送ってもらうときにまた失敬にも
「あんな幸せそうな生活を見て、ワタシはどこで道を誤ったんかな…って深く反省しいや」
とか言う友達。
誤ってないから。
まっとうだから。
ずいぶんいろんな話をした。
彼は本職は教員なんだけど、趣味で今少し売れてきているお笑い芸人をプロデュースしている。
そのひとがまっちゃんと一緒に食事をしたりルミネに出たりCMに出たりしているらしい。私も応援しよう…と思っていたらよく話を聞いたら一緒に芝居をした友達だった。
TVも見ないしお笑い芸人を知らないから全くわからなかった。
友達が売れてゆくは嬉しい。
みなさんもライオンキングのネタをやる芸人さんを見かけてもし面白かったら、応援してあげてください。
★ ★ ★
アロマオイルをおみやげに。
おもちゃの万華鏡のように
そこの公演を観るのは2度目。
1度目はそのいつ終わるともわからない繰り返しからくる息のつまる感じ、に衝撃を受けたので(いくつかあるナンバーのすべてに対して、とは言い難いのだけれど)楽しみだった。
…が…
ちょっと拍子抜け。
少し時代に取り残されちゃった感じがする。
それとも私が、メインダンサーをあまり好きじゃなかったからだろうか?
少し残念だった。
でも一人、この人はいいなぁと思うダンサーがいてその人には見入ってしまった。
第一身体が綺麗。
反省。
微妙な震えと切れるみたいな繊細さが身体という物体からだけではなく、そのひとの顔より前の空気のなかで醸し出されてる。
演出も面白かった。
あとひとり、いい動きをする子を見つけた。
ただこの子は本当に音からはみ出て踊りたいらしく、目で確認しているのかと思うくらいの時差で踊っていた。遅取り好きな私でも、あれはちょっとゆったりしすぎだろう!と言いたくなる感じ。
でも伸びやかに動く手足が気持ちよくて、ずっと目で追った。
コンテンポラリーは呼吸を読んで動きを合わせることが多いのだけれど、やたらと呼吸音ばっかりきかせられると疲れる。さらにはソロ部分でもやたらとしゅ、とかす!とか音を出すんだもん。タイミングがわかりやすすぎて、ふいを突かれる面白さが半減する。
それからもうどう見てもタイミングを測ってます、っていう目付き。
あとなんだかOLみたいな表情で踊るのはやめてほしいとすごく思った。
日常じゃないのだから。
あとは逆に作りすぎなのは本当にいやなのだけれど。
お客さんのレベルと演じ手のレベルが均衡してはいけない。
だけど、わりと近すぎる舞台が結構あるような気がする。
自分でもできそうなものをわざわざ観たいとは思わないのだから…それじゃいけないよ、と、
自分に言い聞かせた。
ダヴィンチ・コード展
23日は仕事帰り職場のみんなとダウ゛ィンチ・コード展へ。
六本木ヒルズなんて全然わからない!というみんなを引きつれ、六本木ヒルズなんて全然わからない私が先頭に立ち、歩く。
あの蜘蛛みたいなオブジェを友達は「ママン」という名だと言っていたけど本当だろうか?確かめるのを忘れた。でも事実だとしたらどうしてなんだろう。母、のママンかなぁ。スティーブン・キングの「IT」を思い浮べてしまう。
さすが日本だ、と看板が道案内をしてくれることに安堵しながら森美術館へじぐざぐ進む。
映画を既に見ているみんなは半券を持っていてそれで300円引きにしてもらっていた。
ダウ゛ィンチのレスター手稿展を見ていたので少しダウ゛ィンチに詳しくなったような気がしていたのだがこの展覧会は全くあの映画のための展覧会で、映画を見ていずしかもキリスト教の知識もそんなにない私にはどこまでがダウ゛ィンチと本当に繋がりがあってどこからが映画としてのエンターテイメントなのか、ちょっとよくわからなかった。
というよりもすべては映画のため、というふうにしか見えなかったので、やっぱりこれは本を読まねばいけないなぁと思った。
こういった謎を解明しているという類の本は、どこまで信じてしまっていいのかいつも疑問に思いながら読んでしまう。
昔イースター島の地下に潜る話を読んだことがあるのだけれど、その内容が本当に真実に迫った記録であるのかそれともそのひと個人の突拍子もない思い付きであるのか、今だにわからない。
真実など誰にもわかっていないとしたら、その説はひとつの可能性ではあるのだからこんなことを考える必要はないのかもしれないし、読み物として本当におもしろかったから問題ないとも言えるのだけれど。
でもこの説が一般にどの程度知られ、どのくらい正式に受け入れられているのだろう、ということをいつも思う。
作者はただただ自信満々に書いてるし私にはそれを検証する知恵がない。
学生の時に民俗学のちょっと変わった研究をしたので論文を書くときには参考文献捜しに苦労したのだけれど、やっと見つけた本を読みながらいつももやもやした。
私が読んでるこの本が詭弁に近いものだったらどうしよう、と。
実際そういうものもあったし最初その説の方向で進めていてつまづいたのだけれど。
やっぱりそれについてさまざまな角度から見てみないと、どう考えていいかわからないものな。
本を読もう。
ダウ゛ィンチ・コードのこと、わからんすぎる。
★ ★ ★
森美術館から見えた東京タワー。
展望台に行くお金をけちったので、おじさんが写っちゃった。
- ダン・ブラウン, 越前 敏弥
- ダ・ヴィンチ・コード (上)
俯瞰、だけど深部
深いところまで降りていきつつ、そこから彼女だけひょいっと角をまがってしまうことがあって、私は不意を突かれることもしばしば。
でもだから、私もその見たことのなかった通りの景色を目にすることもできる。
そういう会話は自分の心をすっと修正もしてくれる。
時には、どうしてこんなシンプルなことに気付かなかったんだろう?どうしてただ真っすぐ見つめてひとりで発見することができなかったんだろう?と自分のこの頭の雑然さに驚いてがっかりもするけれど。
昨日は、
お店の冷房にやられてしまった。
途中から頭は痛み、生あくびばかり出る。
腰から下は感覚がおかしくてものすごい量の血が滞っているみたいな感じがする。
話を聴きながらこめかみやあごのリンパ腺をごしごししたり、膝の裏を触ったり。
でもどうしても気分がすぐれなくて帰りの電車でも足が震えた。
冷房は恐いなぁ。
何だかもうちょっと、
探求してみよう。
と、今は思う。
もう少し自分を離れて、ただ熱に動かされるだけではなく。


