アマヤドリ -147ページ目

たらふくいちご


日曜は千葉までいちごをたらふく食べに行ってきました。
シンガポールにお嫁に行った友達が1週間だけ帰国していて、なんとか大好きな日本のいちごを食べに行きたい!という希望を叶えてあげたかったから。

予定が急に決まったからどのいちご狩りツアーも締め切っていてどうしようかなぁと会社の友達に洩らしたところ、あっさり知り合いにいちご栽培をしてるひとがいるよ!ということでお邪魔することになりました。
なんてラッキー。



そこのいちごはとても甘くて、でもいちごらしい酸味もあって美味しかった。
こんなに美味しいいちごは初めて食べた!と感動してくれたので私も満足。
おととしも彼女とはいちご狩りに行ったのだけれどその時よりも20個も多く食べてしまった。本当は100個食べるのが目標だったんだけど…おなかたぷたぷで無理でした。

きつきつのスケジュールを縫っての旅だったのだけれどたくさんお土産を買い(おひたしにするための菜の花の葉っぱとおごのり、ふきのとう。まだ蕾のポピーと元気な色合いに一目惚れしたガーベラ、いちごジャムに、それからお土産用いちご)物売りのおばさんみたいな大荷物で帰宅しました。
あ、私は友達からのシンガポール土産もあったんだった。

ビタミンをいっぱい採ったしお昼ご飯には大きなブリのカマを食べたし、豊かな一日でした。


子供の頃から仲が良くていろんな話をしてきたけれど、本当に大人になったんだなぁと感じた。
もしかしたら私は、全然変わっていないんじゃないかという気もしたのだけれど。きっとそんなもんなんだろうな。

シンガポールにも行きたい。
旦那さんの打った蕎麦を食べて、スコールを見て、紫外線に顔をしかめたい。

もどれるところ、生活のかおり

またヨーロッパに職探しに行きたいのです、ということを昨日ついに親分に打ち明けた。
そういう話をするときに私はついつい胸がいっぱいになって涙が出そうになって落ち着いて話すことができなくなる。
いつも笑ってる私が真剣な顔で改めてお話を持ちかけたものだから、親分は私が辞めたいとかセクハラを受けているとかいうようなもっと深刻な話をするのかと思ったらしい。話し終わったときほっとした顔をしていた。

2週間という約束だったけれど、色々見たいだろうから少し長く休みをあげられるように考える、とまで言ってくれた。
なんて有り難い…。
竣工まであとわずか。忙しいのはわかっていてそれでも言った我儘なのに。


この職場のひとたちのことが好きだ。
きっと、みんなはそのことを知らないだろうな…。

一緒にお弁当を食べなくなったことを、友達に話しながら泣いちゃうくらい淋しく思ってることも、みんなは知らない。


ところでなぜか私は職場のなかで「24歳、3児の母」ということになっているらしい。他のバイトの子よりも早く帰るのは子供を抱えていて大変なんだということに…。
最近何人かの人に「結婚してるってほんと!?」と言われて判明した。
男ばかりの職場だから面倒を避けさせようという心遣いで上司がまいてくれたのだと思いたいけど…きっとただ面白がってるだけ。
でも、3児の母に見えるとしたらそれはそれで嬉しいかもしれない。まったく家庭的な雰囲気を持ち合わせていない気がしていたから。ママに見えるってことは家事もできそうに見えるってことだよね?!ふふ。
嬉しかったから、職場の男の子のズボンの穴を縫ってあげた。
単純だ。

夢/眼鏡橋、ハーモニカ


200612211605000.jpgパーティーに呼ばれている。
ちゃんとしたパーティーなのでドレスなんだけど、ドレスをそのまま着ていくのは恥ずかしいから普段着にドレスをスカートみたいに引っ掛けてゆくという格好をしている。

はじめはおばあちゃんといた気がする。
パーティーの場所は磯子なんだけどずいぶん手前で電車だかバスだかを降りてしまって、歩くしかないかなぁと思っていた。
なのにいつのまにかおばあちゃんとははぐれ、会社の友達と一緒にコンビニにいた。友達は鏡がほしかったみたいなのだけれど(私が手に取ったものはフォトスタンドみたいな形をしたピンクのもので指を通すための穴と時計の針がついていた)、いつまでもぐずぐずしているので私は飽きて、古着が置いてある一角で遊んでいる。欲しかったざっくりした毛糸のコートが4800円だったけれどやはりどうも形がやぼったい。

外に出るとそこが磯子のひとつ手前の駅なのだということを教えてもらう。海岸添いに進めば磯子駅前に出られるらしい。おばあちゃんと歩くなんて無理な話だったんだと納得する。

いつのまにか自転車で進んでいる。
自転車で通った道はゲームのMISTの世界みたいだった。
ぬかるみの底に道が隠れていて、私は必死に友達(もう会社の友達ではなくなっている。いつのまにかジブリの主人公の誰かみたいな感じの子になってる)の轍にならう。
眼鏡橋のようなものを通った時のことが印象的。
床の板が撓んでやわらかな振動が車輪に伝わる。ずっと昔からひとびとの重みを受けてこんなふうに馴染むようにやわらかくなったんだろうなと思うと心地よかった。
遅れちゃいけないという気持ちとあと車輪が勝手に進んでいるような感触もあって、ひたすらこぎながら、目は脇の景色を眺めた。
橋の脇には分厚い硝子がはまっていて、四隅が白く汚れて曇っている。夜の光や闇の藍色がまるでお祭りのように目に飛び込む。
やっぱり横浜歩きはいいな、とうっとりする。
海岸沿いといっても砂浜じゃなくて工場を遠目にしながら壁の内側を進む。きらきら光るガスの炎とか、工場を繋ぐパイプの青銀のかんじとか…今度は歩こう。と思う。

小さな休火山や溶岩の吹き出しでできた丘みたいなものを乗り越えてみたりしているあいだに道は険しくなってゆき、ついに私は友達を見失う。…見失うふりをしたようなところもあったような。

そこは洞窟で、白い大きな猫のような生きものが私のほうにやってくる。風船みたいにふわふわ浮いているのだけれど。
私が「ちゅうちゅう」と言うとどこからともなくねずみがふわふわやってくる。「ちゅんちゅん」と鳴くと鳥がやってくる。
それらはそのゲームの中では敵だということになっていて、私はそのねずみや鳥を両手で包んでくしゃ、と空気を抜く。ごくごくやわらかい和紙でできた紙風船みたいな感触。
しばらくいろんな動物を生んでは消し、を繰り返しているうちに洞窟の奥からたくさんの外国のひとが走り出てきて私にくってかかる。
何を言っているのかわからなくてどきまぎしていたら友達が騒ぎを聞き付けて私を見つけだしてくれる。
どうやらそのひとたちはこのアトラクションの仕掛人なのだが、私が生み出したと思っているねずみや鳥は実は彼らの奥さんや子供がこのアトラクションのために演じていたもので、私が命を奪ってしまったから二度とかえってこないということだった。
よく見たら洞窟の奥にハーモニカみたいにたくさん穴が空いていて、私がくしゃ、と潰した動物の数だけそこが空席になっていた。
なんてことをしちゃったんだろうと、茫然とする。

想うことと想われること


『星の王子さま』からうけとったのは、想いの不思議。

一緒にいなくても私は遠い大切な友達のことを想うことができる。
もしかしてこういう気持ちを友達も私に抱いてくれているかもしれないと思う。
まさに今この瞬間、友達はただぼけっとパンに何を塗って食べようか、と考えているだけかもしれない。
でも私は、まさに今この瞬間、その友の温かさに包まれてみることもできる。
本当に私のことを想っていなくても、どんな瞬間もあたたかくなれる。


好きなことや大事なことができると、そのひとつのことだけじゃないすべてのものに秘密や輝きが生まれる。

ほんとうにたいせつなことはめにみえないんだよ、って、
そういうことだったんだ。
子供だった私はその意味を本当にはまだわかっていなかった。

追跡の土曜日

土曜日。
今日は入力がとても少なく午前中で終わってしまった。
明日のいちご狩りのためのバスをとらなければならないのに、JRバスはいつまでたっても話中だ。
そんなことをできちゃう、閑な土曜日。

親分と出勤してた女の子と3人でご飯を食べに行く。
親分はとっても気が短いので私たちが誘ったのにもかかわらずさっさと一人で1階に降り、次のエレベータに乗っている私に「早くしろ」と電話をしてくる。
エレベータを降りるともう電話は通じない。どこにいるのかときょろきょろすると歩道橋で向こう側に渡っている。歩道橋の階段を上がるともうまた姿が見えない。
ちらりと待っている後ろ姿を見せてはまた行ってしまう。
なんだか野生の動物のようだ。(森の鹿、というフレーズが思い浮かんだのだけれどこのひとに限って鹿という例えはありえない。古くなったうりんこ…のようなひとだ)
姿が消えるたびに推理を働かせて足跡を追う。
いたいた、とやっと横に並ぶのはお店の近くまで来てから。

今日はヒレカツ定食を食べた。ちょうど私の目の前の窓からは東京タワーが付け根付近から見えた。太陽のあたたかい光もいっぱい降ってきていた。
少し温められたキャベツをもりもり食べる。

私たちが半分も食べた頃だろうか。「先に帰ってるからな」と親分は早々に店を出てしまう。「あ、はい…」と、私たちが口の中のものを飲み込んでいるうちに。ごちそうさまも言わぬ間に風のように。

一緒にご飯を食べるって、一体なんでしょうか。
いつか親分に聞いてみたい。