夢/交通事故、白いインコたち
どこかアジアの国のタクシーに乗っている。ものすごく運転が荒くて交通ルールもめちゃくちゃ。道路にはたくさん銀色の手摺りみたいなものがあちこちに出現する。その手摺りと大型バスと路面電車の隙間を縫って走るのだけれどものすごいスピードだし少しでも隙間が空くとそこに突っ込んでゆくから今に大事故になるんじゃないかと恐い。ずっと汗をかいているくらい恐い。
私は車に乗っているはずなのになぜか体のどこかを壁や電車に擦りそうな、生身の感覚がある。
絶対に無理!という細い隙間、鋭いカーブを越えたところでほっとした途端、後ろからものすごい急ブレーキと衝撃音と悲鳴が聞こえ、金属やなにやらが前方に飛んでいった。
ほら!という気持ちと大変なことが起こってしまったという大きな悲しみがまぜこぜに押し寄せ、今感じたばかりの安堵を押し流す。
音からすると合計で3台くらいが事故をおこしたようなのだけれど、私はそれよりも今前に飛んでいったもののなかに人の体があったような気がして急いで残骸に駆け寄る。
男の人が2人、見ないほうがいいと私を止め(何故か会社のひと)、もう亡くなってるその子を運ぼうとする。
有名な中国か韓国の女優さんらしいその子は華奢で、いとも軽がると持ち上げられているように見えた。私はどうしてもその光景を直視することができなかった。見たらこの惨事が本当のことになってしまうような気がしたことと、あとなぜか、見てしまったら自分を深く傷つけるのではないかという気がしたから。
目の端でとらえた女の子は真っ赤だということ以外はわからない。私は泣きながら運ぶ邪魔にならないように移動しようとして余計に邪魔になり、その時に女の子から落ちるジャージャーいう血の音をきいた。
仲間のところに戻ると私がショックを受けていることが何故かあの男の人2人から伝わっていて、みんなやさしくしてくれる。
別の部屋にいるとちゅんの鋭い声が聞こえて、かけつけるとちゅんは5羽の鳥と一緒に籠に入っていた。
籠の中の鳥はすべて白をベースとしたインコで、羽根のふちにそれぞれきみどりとオレンジと赤と水色がほんのりのっている。ちゅんも白いインコで、淡い灰色と山吹色がかすかに羽根を飾っている。
ちゅんは色のない真っ白のやつとオレンジのやつに首辺りの毛を噛まれている。
ほらほら、喧嘩しないで。いじめないでね、と、2羽をちゅんから引き離す。
あまり私が介入したらちゅんの仲間内での立場もなかろうと、なるべくソフトに。
だけど新参者のちゅんがどうしたらこの輪に憎まれずに入ってゆけるのかということを心配する。
モノリス、忍者屋敷

もし今までなんども生まれ変わってきているとすると私は今回初めて人間になるのだという気がする。友達の話を聞くと小さい頃からかなりあらゆることを理性的に考えて行動し、それをきちんと自覚していたらしいけれど、私はというと本当に日々びっくりしたり喜んだり仕方のないことで悲しんでみたり、ただ漠然と生きていたみたいな気がするから。
試してみているんじゃないか、という感触がすごくある。
世の中にたくさんわからないことがあって、はっきりとしたかたちでものごとを覚えておけないことをそのせいにしてみたいだけかもしれないけれど。
感覚派、というのとももしかしたら違うのかもしれないなぁ、と最近思う。私が感覚派をうたうことは失礼にあたるんじゃないかなぁって。そこにはもっと動物に近いぼやっとした意識以前のごにょごにょ、の錯綜したとりとめのなさしかなかったんじゃないかな。
前に少し書いたけれど当然幼い頃に経験したんだとずっと思い込んでいた記憶を、大人になってからふとしたことでどうも人間の赤ちゃんのときの記憶ではなかったのではないか、と気付かされたことがある。私が四つ足で歩いていたときに人間がうがいをしているのを見てすごくびっくりした記憶なのだけれど、そのことがあるから、歯磨きをしているとき肩にちゅんが止まっているとこのこは何を考えているんだろうなと小さな頭のなかにトリップする。
人間がほかの動物とは違うあることにはっと気付いてしまったのは確かなんだろうな。気付いて手に入れたものが動物に比べて高等なものなのか、気付いて高等なものになったのかという問題は難しいから置いておくとして、とにかく、今までたたまれていたことのひとひらに触れた途端ぱたんぱたんと回転扉の明るいほうに照らされて、そうしたらドミノ倒しみたいに色んなことが繋がって、明確になって、はっきりとした意識とか記憶することに気付いたのだろう。
『2001年宇宙の旅』のモノリスはきっと、あそこに何かが書いてあったわけでも不思議な電波でお猿さんたちの脳みそをよくしたのでもなんでもなくて、あんな不自然で左右対称でつるつるしたでっかい、きちんと造られた物体があるということを知った、ということそれ自体がものすごい雪崩の発端になりえたということなんだろう。
…という、もうわかりきっていたようなことを最近自分で体感して、やっと手繰り寄せられるようになってきたような気がしている。
こんなことを考えだしたのは友達の日記にたたまれた次元の話がのっていて、また改めて手応えのようなちくりとした光を感じたからなのだけれど(たたまれている、というその表現もそこからお借りしたんだけど)、まさに毎日生きていてたたまれていることの端っこに触り、はらはらっとカードがおもてに変わり、過去と未来とか出来事と感覚とか、点どうしがすうっと繋がれちゃうことがあるな、と思ったから。
忍者屋敷の隠し扉と同じで一度壁だとしか思っていなかったところがおもてに開いてしまうと、すべての壁をただの壁だとしか考えていなかった頃には戻れなくなる。
隠し扉のおもてとうらは意識と無意識にも似ていて、両方をいっぺんに見ることはできない。見た夢のことを意識側から照らして追い掛けてもどんどん闇の向こうに逃げていっちゃうのと同じように。
もしかしたら私たちががなくしたのはそこかもしれないけど。
でもうらっかわがある、ということに気付くのは大事件だから、なんだか今わくわくしてるのはそのうらっかわへの小さなヒントが身の回りにはたくさん転がっているらしいということを今更ながら感じているからなのだろうと思う。
でもまだちょっと「?」とか、そのとっかかりにつめがひっかからなかったり、開いたカード同士を連鎖させられなかったり、ばっかりしている。
たくさんあるよ、ということをわかっただけでも大きな収穫だけれど、あまりぼやんとしているとこれ以上の気付きを、次の私に譲ることになってしまう。
なんとかして、今回わかりたいな。
で、次は、結構色んなことを考えてる子供になりたい。
いつもの壁を前に/遠い未来の舞台のお知らせ

いくつかのカンパニーにCVを送ったはいいけれど、そのお返事の内容がなかなかすべては把握できない。そこにまたリプライするなんてさらにさらに難関で、喜んで行きます!のひとことすら浮かばない。
いやー。
困ったな。
懐かしい舞台の写真がたくさん出てきた。
どれも嬉しそうなかおをしていて可笑しくなる。
いつも舞台ではひかりも空気も闇もあらゆる隙間も私の味方をしてくれているんだ、という感覚になってつい乱反射気味になってしまう。だけどひかりのことをたくさん考えたから、今までよりはもう少し粒同士をたたかわせないようにしよう。
まだ先だけれど5月12日(土)に草月ホールで踊ります。
自分がたどるすべての変化に責任を持てるよう。
すこし、のんびりやさんから足を洗わなきゃ。
アクロバティック白鳥の湖
以前、首藤さんの舞台をオーチャードホールに見に行った時にこのビデオをレセプションで流していて、すごいなあ、一度は見てみたい、と思っていた。
友達にビデオを借りたのでみてみたんだけど…。
とても面白かった。
自分がバレリーナじゃないからバレエ的に見るとどうか、というところをそんなに詳しく分かるわけじゃないけど…見せ物としてはとても面白いんじゃないかな。斬新な舞台ではあった。
主役の女の人はバレエをやっていたひとじゃないと聞いていたのだけれどそれにしてはかなり素敵に踊っていた。一度6番で正面に向かって立ったときにそのなんにもなさにはっとさせられたけど…でもおおむね、美しかった。
やっぱり肘の表現ががさつになってしまうのは脇に空気を含ませていないから…なのだろうか。美しい手の動きなのにどこかバレリーナの繊細さと違う。ショー的なんだ。派手、というだけでは片付かない。
でも運動神経だけでは片付けられないものが、確かにあったとは思う。
男性は踊り出すとすぐにバレエ素人だってばれちゃったけど。まあ、いいさ。
バレエに近いかなと思えるのは主役の女の人だけで、その他の人はやっぱりちょっとバレエとしてみるには無理があるなあ、という気がした。
だけど別にこの舞台はクラシックバレエなんですってうたってるわけでもないのだから、それでもいいんだけど。私がちょっと残念に思ったのは、バレエ的にどう、ということよりは、踊りとして、見せるものとして少し雑だったかなという感じを受けたから。
たくさんのアクロバットがあって本当に楽しいし、色とりどりの衣装、装置、床から離れた空間までも演じる場所にしていることはとても面白い。オデットもなぜあんなところからアラベスクの足が出てくるのか…理解できない体だし。
オディールが相手の男の人がばんざいをした手の上で逆立ちをして、そこからするする滑り降りてペシェをしたところは息を呑んだ。ビデオからもその音が聞こえた。あれは、すごいなあ。なんなの。あの身体能力は。
だけど踊りってやっぱり技とか派手さとか高さとか回転とかじゃなくて…
運動神経だけで踊っているとよく言われてしまう自分を反省する材料にもなったのでした。
いや、この舞台が悪かったわけじゃない。
とても楽しい、素敵な舞台だと思う。
バレエじゃないけどね、とか言うつもりもない。今は色んな表現があるんだもの。これからもっと色んな表現が生まれるんだもの。
すごいなあ、たのしいなあ、って胸がふるえたらそれでいいと思う。
単純だけど。
あ!
でも、逆立ちして足で白鳥の羽根の羽ばたきをやるのはどうなのかな??平泳ぎの足みたいだった。
あのひとは笑われるところはなくていいはずなんだけど、あの格好だけはどうしてもおかしかった。

