memo/ピナ・バウシュ動画
春の祭典
http://www.youtube.com/watch?v=KXVuVQuMvgA
カフェ・ミュラー
http://www.youtube.com/watch?v=Jm70fMM3JAk
youtubeで見てあれ?って思ったのだけれど…『talk to her』の中のピナの踊りって、カフェ・ミュラーだったの?
1冊だけ本を持って行くとしたら

来週からヨーロッパです。
去年はヨーロッパへ、『ムーン・パレス』を持って行きました。
とてもよい選択だったようで今でもこの本は私の心の奥深くに根雪のように座っています。
今年は何を持っていこう。
さこで、もし私だったら!孤独な1ヵ月間に持って行く1冊の本はこれにする!を、きいてみたいと思いました。
何にする?
- Paul Auster/柴田 元幸 訳
- ムーン・パレス
カウントダウン

チームのひとたちがお別れ送り出し会をしてくれた。
うなぎのぼりに忙しくなってゆくこれからの時期に1ヵ月も抜ける私なのに。
嬉しくて名残惜しくてずっと一緒にいたい気がしてしまったが、実際には何を話せるわけでもない。
別れ際にはいつも、こうしてもっと仲良くなればよかったという気持ちになる。
私は何をしにいきたいんだろう。
私の生きる場所をみつけたいのは確かなのだけれど、なぜヨーロッパへ…?
日本語ですら自分の想いをうまく翻訳できない気がしてもがいてそんな自分にしゅんとなるのに、もっと伝えづらい場所で私はなにか確かなものを築けるのだろうか。
答えはない、というのがもう私の今到達できる場所で、そのことを知りながらもやはりまたもう一度薄皮を剥いでみる。
1ヵ月もしかしたらほとんどひとりでいることに私は耐えられるのかな。
大丈夫だとわかっているけれど、なにかこう、今日は胸がきゅるきゅるいう。
澄んだ藍色に浮かぶ月と目が合った時と同じ。
ひたすら歩いたあのデンマークやオランダにまた行けるんだ。
夢/本番、ロシアの看守
うたたねの時の、夢。
私はカンパニーの先生の作品に出ている。3人しか出ない作品で、一人はいつも主演してるぽいひと(実際にはこのひとはいない)。もう一人は少し年上の、堅実な感じのダンサー。
もうすでに初日が終わって、なんだかとてもいい感じの作品であること、私も振付家や社長の満足の行ように踊れたことが嬉しい。
踊りながらとても気持ちがよくてうっとり目をつぶっちゃったことを覚えている。
衣装は肌色なかんじでさらさらとしていて、振付も少し覚えている。お客さんの反応や、光の感じも。
そうだ、公演はあと1週間くらい続くから舞台のお知らせを日記に書こう!と思って携帯を取り出す。
本番をやってる場所は森下スタジオくらいの感じなんだけど、なぜかセシオン杉並だということになってる。
売店に行くと警備員さんが2人いる。お菓子を買おうとする私。
ここでなにか重要なやりとりをしたんだけど…思い出せない。
なんか、ロシア的なことだったような気がする。閉鎖的な、セピア色の感じのこと。ちょっと古くて切ないようなこと。なんだっけ。
私はカンパニーの先生の作品に出ている。3人しか出ない作品で、一人はいつも主演してるぽいひと(実際にはこのひとはいない)。もう一人は少し年上の、堅実な感じのダンサー。
もうすでに初日が終わって、なんだかとてもいい感じの作品であること、私も振付家や社長の満足の行ように踊れたことが嬉しい。
踊りながらとても気持ちがよくてうっとり目をつぶっちゃったことを覚えている。
衣装は肌色なかんじでさらさらとしていて、振付も少し覚えている。お客さんの反応や、光の感じも。
そうだ、公演はあと1週間くらい続くから舞台のお知らせを日記に書こう!と思って携帯を取り出す。
本番をやってる場所は森下スタジオくらいの感じなんだけど、なぜかセシオン杉並だということになってる。
売店に行くと警備員さんが2人いる。お菓子を買おうとする私。
ここでなにか重要なやりとりをしたんだけど…思い出せない。
なんか、ロシア的なことだったような気がする。閉鎖的な、セピア色の感じのこと。ちょっと古くて切ないようなこと。なんだっけ。
ひとはけ、ふたはけ

空の色の濃い日だ。
目を奪われる。いちいち、空に視線が縫い止められる。
ひとは地平線を見るとほっとするそうだ。
空は果てしなく遠くて景色はかぎりがなくて、不安になっちゃうような気がする。自分の小ささが意識されて心がざわつくんじゃないかという気がする。
でも実際にはそれだけじゃないみたい。
それを越えたところ、昔の記憶にも結び付いてくるのかな。
いつも行動している都会を離れると、自分のまわりの空気が肥大して支配ができなくなる。感覚の届かない部分が増えるような、ぼやけながら遠ざかって反対から見つめられているような。
視覚もやっぱりおかしくて風景があんまり遠くて大きくて、距離がわからなくなる。自分の存在の大きさがはかれなくなる。
私はこれっぽっちだ、と思う感覚は孤独と似ていて、そこにはマイナスの淋しさはない。
しいんと向き合って、こくんと納得するような。
そういうことかな。
ただ受け入れる。
単純さも複雑さも、かきまぜてるのはこのこころだから。
やはりそれでいいのかも。