アマヤドリ -117ページ目

眠っちゃった舞台、ふたつ。




土曜は友達のライヴでZeppへ。
ジャスティンのライヴ以来。
照明が面白くてずっと観察していた。本当はノートを出していろいろ書いたりしたかったけど一緒に行ったのが会社の人だったから気になっちゃったら悪いなーと思って、やめた。

照明にも流行があるんだろうな。
だけど相変わらず私は、観客を照らす照明が好きになれない。

表現するひととプロデュースするひととの関係について考えさせられる機会が多い。
中途半端なものでお客さんが満足すると思っているとしたらとんでもない。お客さんはへたにある分野だけに偏っているひとよりもずっと豊かだ。
制作者はもちろんのこと、表舞台にたつひともそれを忘れてはいけない。その場合、直接的にいつも意識しろというわけではなく“本気でいる”ということに含まれるのだからもうこれはしごく当然のことなんだけど…

むにゃむにゃ。
こういうこともちゃんと理論立てて書けるようになりたい。
気持ちばっかり膨らんでちっとも筋道のとおらない、ただの夢みるユメコちゃんみたいになっちゃうんだもの。
それだけだったらいいけれど不用意なことばでなにかを損なうことはしたくない。


ゆりかもめからの景色は夢でみた虹色の空に似ていた。
沖縄料理を食べて久しぶりに会社のひとと話して、すごく嬉しかった。
会社のことではかなり行き詰まっていてそうなると私はひとに対しても臆病になるから。
話して、自分の未熟さも再確認。
だけど悩んでいる原因がそこにあるのなら改善の余地もあるんじゃないか!と希望がわく。よかった。





今日はおばあちゃんのお師匠さんのお孫さんの出ているお能を見に行った。
結局のところお能ではなかったんだけれども…
実り多い一日でした。
舞台をみたことも、おばあちゃんと過ごせたことも、それからなにより友達とゆっくり語れたことも。

素敵な一日のことはまたゆっくり。



27:09



心臓の振動や呼吸をあわせたものに対して情がわかないわけがない。
情がわけば時間を注ぐことになる。
こころとじかんと。
こんなに曖昧にしてだからこそ確かなものをついやしちゃったら、そりゃあ、もったいなくて簡単にそこから身を離すなんてできない。

お風呂にも入らずことんと寝てしまっていたことに気付き、いつどこで誰となにをなのか判然としない頭でタオルや着替えをひっぱり出す。
風が凪いで遠くの車のおと(私の知らないところで誰かが生きてる)が耳に入る。

ワッフルの国で出会った女の子はいつも少しの迷いをそのひとみのどこか奥深くに宿している。
私が意識することもなかった街の音に耳を澄ます彼女。
その感覚をうつしとろうとこころみる。
この日本にいるときのほうがずっと、異国にいるみたいに見えるのはなぜなんだろう。


裸眼だけどひとつだけ星を見ることができた。
にじんでひずんだ音をたてているけれど。

起きてしまったちゅんがわずかなひかりを頼りにあわてて飛んできて、私の肩にとまる。
足にはぎゅっといつも以上にちからが入っている。緊張した目(たぶんあまり見えていない)をして、羽根を少し膨らませている。
暗いところは恐いだろうに私についてくるためにならちょっとは我慢できるようだ。小さな冒険。
だから私も、そのときにはいつも以上にはなしかける。
どんなにまっくらでも私がいるから大丈夫だよ、と。


愛情って素敵な錯覚なんだろうか。

3 -O.=I.



遥かに耳を澄ませたら

ほほに触れる風にきづいた

わたしよりずっと貌を変えるものたち

少しとおい駅から歩いて仕事に行くことにしている。
その道添いに大きな樹が並んでいる。
わりと、無造作に。
すたすた歩いているように見せ掛けて、ほんとうは芝生のあいまからにょきにょきといろんな雑草が顔を出しているのをいちいち眺めている。
サルノコシカケみたいなのが幹についていたり。朽ちた切り株もあったり。

顔見知りになってきたからだろう、いろんな表情を見せてくれるようになった。わたしたちはどこかでお互いを確認している。
ときには無関心になり(夜は、わりとそうだ)ときに同じ風に吹かれて。

夜。
照明を浴びたみどりたちはなんともいえない存在感で視界のなかにうかびあがる。
急に生きているみたいになるなと思う。昼間よりも大人びる。
動くことが当たり前のわたしたちとはちがう、時間のかたち。
海みたい。
ずっとずっと昔から、ここにいたのだ。


芝生や樹たちの根は雨のあとどのくらいの水を吸っているのだろうか。
どんな音をさせて雫を落としているんだろう。


こんな都心にこれほど生々しいものがあるのかと、ちいさく驚かされる。
ゆっくりいろんな角度から眺めたり写真をとったりしたくなるけれど、省庁をふちどっている場所だから警備員さんがいつも目を光らせていてその勇気が出ない。

露光



どうしてもすこし空に顔を向けながら歩く。
空も見たいし、葉っぱも見たいし、鳥も発見したいから。
あとこうすると、鼻の穴に風がダイレクトに入ってきてなんだか良い。

だから私はじっさいのところよりだいぶん自分の背をおおきいと思っている。


いつもこの木々の葉の裏側しか見ていないなぁと、見上げるたびに思う。
背伸びをしたいみたいな気持ちになる。
その、跳ね返されたものではなく濾過されやわらかくかえられたひかりが、好きなのにもかかわらず。


葉脈が艶やかに息づいている。
これは誰の鼓動か。