宿屋のおやじ日記 -106ページ目

83. 初体験・・・同乗者のおきざり + 同窓会案内

いろんな週刊誌やJAFの機関紙等の体験談で 僕にはおこらないと信じて

いた 同乗者の置き去りを体験してしまった。事もあろうに 大切な大切な

私のパートナー、つまり 私の妻を・・・。 思い出しても 冷や汗 三斗・・・。

昨日は朝から妙に眠たくてあくびばかりしていた。で前からの約束であった

山口方面に出かけたのでありました。於福のローソン 美祢のセブンイレブン

で牛乳やガムを仕入れて それなりの防御をしていたはずなんですが、体が

休んでいたというか 神経が冴えていなかったというか それは美東の

サービスエリアでした。彼女が「 私はココにいるから 」と言うもので 僕は

体操を兼ねてトイレに。「 僕にはおこらない 」と書いたのは 出発のときに

「 じゃあ出るよ。 」と声を掛けてからスタートしているからという自信があった

からで この時も 車に帰り じゃあ という問いかけに ウン という返事を

聞いたはずなのに どうも空耳だったらしくて、車を出してしまった次第。

走行車線に出てすぐに 携帯のベル。普段はしないのだが なぜか胸騒ぎで 

携帯をチラリ。画面に大きく 妻の名前。「 オイ 携帯を 誰かに使われてる

ぞ。」と言おうと顔を半分後ろに向けたら そこにあるはずの人影がない。

すべてを完璧完全に理解。芯から目覚めた。いや青ざめた。小郡で降りて

ユーターン。美祢で降りて また ユーターン。となると、30分はロスだなぁ、

と思いつつ。

この最近本当にありがたいのが こんな時にケンカにならないのである。

これも 昨年のトラブルのお陰。以前から「 『 まっ いいか 』という言葉は、

平和の元 」という Y蒲鉾のI 藤社長の影響で それなりに使っていたし 

効果もあったが こんな場面に生きてくる。 以前なら多分「 『居る』って

言ったじゃないか 」 「 そんな事 言ったって 」とほぼ間違いなく 口げんか

になったと確信するが 昨日も まず・・・あわてるな・・・と自己制御。安全確実

にモトのエリアに到着、一日の仕事を終えたのでありました。 こんな自分の

精神的な変化が あの 経験の最大の効果というか成果かも。

ただ 小郡では 料金所を出て またゲートをくぐるとすぐに おまわりさんや

黄色のジャンパーを着たかなりの数のおじさんおばさんが 安全運転のための

シオリやフルーツ等が入ったビニール袋を配っておられたために それを

もらわんがためにユーターンした様に解釈されたらシャクだなぁ、別の路線に

逃げてしまおうか とも考えたが 誘導しているおまわりさんを振り切って

挙動不審でパトカーに追いかけられるのもイヤだし と ただ ありがたく

頂戴いたした次第。


ついでに 大津高校25期の皆さん、県内在住者を主たる対象としての

同窓会を 6月9日の土曜日に18時30分に我社で開催します。我社の

売上増のためにも どうぞ前向きのおいでをお待ちしております。

山根朱美ちゃんと大野芳継君のギター演奏もたのんでおります。会費は

男だと思う人6000円 女性だと確信できる人4000円です。

オードブルで我社からの接待は無いと考えてください。いつもの事ですが

皆様それぞれでビールのセンを抜いて 歌好きは 勝手に歌ってもらいます。

詳細は加藤君の手紙をお待ち下さい。 ちょうど ホタル の時期です。

ホテルの前の少し下流が湯本では数少ない ホタルの飛ぶ場所ですので 

時間の調整が出来たら散策しましょう。なお 今回は県外の方には ご案内

していません。ご興味あれば 我社あてにでも 連絡下さい。

では 再会を楽しみに。


82. GW中の思い出

今年のゴールデンウィークの思い出です。

28日には 高野山の山崎 大阿闍梨・ダイアジャリ・様においでいただき

ました。大きな組織のトップのお立場になられるような方は 本当に

穏やかな方が多いですね。僕は昨年の出来事から お酒は止めています

ので 大阿闍梨様からお杯を何度か頂いて、途中から母にご接待役を交代

いたしましたが 20名程の皆様と和気藹々の雰囲気の中で それなりに・・・

というか 随分とお酒も頂いたようで 翌朝 「 さすがね、私たちがワイワイと

いろんな世俗の話をしていても ただただ にっこりと笑顔でうなずかれたり 

ただ黙って聞かれたりするばかり。本当に穏やかなかたでした。 」と話を

していました。「 これだけのお方が我が宿においでいただけた事に 心から

感謝しないとね。」とも。本当にありがとうございました。


ついふき出してしまったある方の 歌。

一昨日の事でした。廊下を歩いていましたら 九州の方からおいでのおじい

ちゃんと2、3歳くらいのお孫さんが手をつないで 前後に手を大きく振り

ながら歩いておられました。すぐ後ろに その娘さんというかお孫さんの

お母さん( 義理の娘さんでないことは 後の会話で分かりましたが・・・ )

と思しき方がご一緒でした。随分とお酒が入っているようで 歌が始まり

ました。「 おーてーてー つーなげてー のーみーちーをー 」と続いており

ました。(  アレッ 「 つないで 」 ジャナカッタッケ )( それにしても 素敵な

雰囲気だなぁ )と思いつつ 次の 「 ゆーけーばー 」を待っておりましたら 

しばし ヘンな 間 がありまして 「 はー ヨイヨイ 」 これには なんとか

我慢しようとしたのですが 思わず ぶはー。すかさず お母さんが 

「 またー、おじいちゃん。やめて下さい。 そんなヘンな歌。 」 「 ? ? ? 」

「 また 」という事は以前にも何か歌がらみの事件が このご家庭にあった

のか、といらぬ想像から どうにも 笑いが止まりそうになく 宴会場に逃げて

しばし 気を鎮めました。なんとも暖かい雰囲気が感じられるこのご家族の

方々に囲まれて 元気に大きくなってね、とそのお子さんの素敵な未来を

願ったひと時でした。

      連休の宿屋には いろんな出会いがございます。 

81. また 訂正と こいのぼりの思い出

前章の「 トルコ共和国一国分 」は 前年度のインドネシアを始めとする 

全世界での森林破壊の面積でございました。僕も 書きながら 体積のはず

が なんで面積の表現なんだろ?って感じていましたんで気付いてよかった。

消えた永久凍土のはずの 北極の氷の量は忘れてしまいました。

判明し次第 また 書き足します。ご容赦を。


ゴールデンウィークの後半の半分が過ぎました。

多くのご家族においで頂き ありがとうございました。どうぞ  車に気をつけ

られて お元気にお帰り下さいませ、と願うばかりです。


さて 4-5年前に 地元 スナックのマスター 上野 和平 先輩のアイデアで

「 こいのぼり の 川流し 」を 今年、我社だけですが 復活させました。

あちらこちらでこいのぼりを 紐でつないで たてに 流す催しは拝見はする

ものの その頃には 皆で「 アレでは メザシ じゃないか、鯉がかわいそう

だ 」 「 もう 空を泳ぐ機会をなくした こいのぼりがあって その上 せっかく

キレイな川があるのだから 本当に 川に流してみよう 」と意気投合。

初めて湯本温泉全体で取り組んだ年には おとづれ川の清流に20から

30匹のこいのぼりが 本物の鯉と一緒に泳いでまして、NHKの全国放送に

取り上げて頂きました。

翌年には 夜のライトアップも 中国電力さんの協力で実施。 すばらしく

素敵な演出になっていたのですが ここ数年、上流で大規模の護岸工事が

始まり また 田んぼの整備の時期と重なって オマケに 4月から 5月中旬

までと長く計画したもので こいのぼり そのものに付着する汚れもかなりの

ものとなり たわしでいくらこすっても落ちなくなって 終了後の洗濯が

これまた大変で自然消滅していた企画なのでした。雨が降ると引き上げて 

あがれば また 流しに行く という作業も大変でした。

今年は工事も済んだようで また田植えの準備もまだの様でしたから 5月

1日に思い切って 黒 赤の こいのぼり 二匹を流してみました。

本当の川に なんともでかい こいのぼりが 水中にもぐって泳いでいるの

ですから 特に男の子に好評で 喜んでもらっています。来週7日に引き

上げる予定です。

写真の掲載の仕方が分からず あと お勉強して 御案内させて頂きます。

しばし お待ち下さい。


80. 地球の大きさって

小学生の頃から地球の緯度 経度のナンとかカンとかで 東西と南北の

長さが違っていて楕円形である事は知っており というか聞いていて

時には「 えっ 知らないの 」なんて エッラそうに 会話していた事がある。


最近の事、直径1メートルの円で 普通の鉛筆を使用して書いた 円 ならば

その黒いシンの厚みの中にその誤差が十分に含まれる事を知りました。

つまりほとんど 円 と言ってもいいくらいだそうで・・・・・・。(  余談ですが 

この世には 絶対円は まだ 存在していないそうです )

それと合わせて 空気の厚さが やはりだいたいその厚さくらいである事を知り 

少々 ボーゼン自失、というか ショックでした。

そんな薄い幅しかないのならば 環境問題待ったなし ってのも確かに

本当で かなり慌てないといけないと実感した次第。北極の氷が 一昨年の

4ヶ月の間だけで トルコ共和国一国分だけ消失したなんていわれても 

ピンと来なかったというか なんとなく他人事であったことを反省しました。

昨冬 弟の注意から 車のアイドリングを止め 妻は マイバッグを実践して

います。「 お宅はいい箸を使ってますね。いい香りだ。 」なんていわれて

悦にいってましたが これから竹の箸を探すつもりです。 


マイ箸をポケットに入れていながら 駅弁の割り箸を使ってしまい 食べ

終わってから 「 あっ しまった 」と気がつく まだ自覚の足らない

修行不足の宿六です。


79. ゴールデンウィークの思い出

今年のゴールデンウィークの前半戦が終わろうとしています。

子供の頃から この連続するお休みの日がどうも嫌いでした。

テレビを観れば あの頃から 「 どこに行きましたか?」「 どうでしたか?」

なんてニュースが流され 当然、宿屋の息子は遊んでもももらえず、なんか

ワリを食っているようで それどころかシーズンに入ればなおさら 両親の顔を

見ることもまれで 淋しい思いをしていたが 小学校の5年頃に ふと気付いた

のは テレビに出ているあのバスの運転手さんや 近くのお店屋さん 芸姑

さんにも子供さんがいるはずで というか友達にもいたし 何も僕だけが 

淋しい思いをしているのではないのだと気付いてから 親を許せる気になった

記憶がある。

 

おかげさまで今年も多くのお客様に御予約いただいており 楽しい思い出を

つくって頂きたいと願っています。どちらにお出かけの皆様も どうぞ どうぞ

十分にお気をつけ下さってお帰り下さいませ。


以前 長崎で笑った 道路の看板の表示。

     「 スピードは控えめに 納税は お早めに 」

これは いいなぁ、と思った表示。

     「 おみやげは 無事故でいいよ おとうさん 」

  

78. ふと 読み返しつつ

いつもいつも 文章が長いなぁ、と反省はしております。

あれこれ書きながら あれもこれもと張り切ってしまう性分にて お許し下さい。

末娘から 二日に帰るというメールが入りました。


数年前に何かの会合に母を送る途中、「 『 人生はホンの瞬間の夢のよう 』

なんて言葉を聞いてはいたけれど 本当に そんな感じじゃね。」 とつぶやき

と言うか独り言を聞かされたことがある。それと 「 若い頃には 自分が

死んだら( 私の )母のそばに行きたい。父様とは いろんな事もあったし

お墓が別にとまでは思わないまでも しばらくは 母に甘えていたい と思った

りしていたけれど もうこの年になったら やっぱり 父様のそばが ええねぇ。

今ははっきりとそう思う。 」とこれは はっきり僕に話しかけられた。

話しかけられた前段の部分では 今まで聞いたこともない内容だったから

少々動揺しつつも 後半部分で いつか僕の妻がこう言ってくれるのだろうかと 

かなりの不安と 言ってもらえるようにこれからの人生の後半を過ごさなければ

ならんなぁ、と少々 いや かなり緊張した事がありました。


昨年のドタバタでは その母から「 ええかね、どんな事があったって 子供

らが三人とも皆 結婚するまでは 両親で責任持って お世話をせにゃ

( しなければ )ならんのだからね 」と 弱気虫にとりつかれそうにみえた

( らしい )僕にハッパをかけられた。


なかなか 強い男になれない 宿屋のおやじ が 湯本におります。


77. 今朝の新聞から

数章前に 朝、日経新聞の最終面から読み始めることを書きました。

セブンイレブンの持ち株会社というか セブンイレブンの育ての親 鈴木

会長のコーナーの文章には いろいろと考えさせられる事が多い。

 今朝は こんな一文がありました。

・・・・「 おいしいものは アキが来る 」・・・・・

でこれまた 以前 ある方から頂いた本に 東京の とらや さんの代表の

話が書かれていたのを思い出しました。 僕は 味と言うものは なんとなく

「 ガンコ 一徹。伝来OO年 」なんてイメージに感じていたから あの品の

ある ようかん の製法も家訓かなにかで 「 小豆OOOミリグラム 」なんて

のを 代々守り続けていらっしゃるものとばかり思っていました。あにはからん

や そこに書かれていたのは 「 毎年毎年 時代の流れをみながら そして

小豆を始めとする 材料の出来具合を含めて検討しつつ 味 『 を 』 変化 

『 させて 』 いる 」という話でした。正直これには ビックリ。なぜか とらや

のヨーカンは ちょくちょく事務所に届けられ いつも 目の前にあるもの全部

を好きなだけパクリと食べる習慣だったのが、勿論今はそんな事からは卒業

してますが、 じっくりと味わいつつ口に入れるようになりました。

 

で妻にこれを話しましたら そういえば 気に入ったサラダがあっても しばらく

すると また別の商品に そしてこれまたおいしい品に変わっている事が 

チョクチョクあるけれど そういう理由からなんだぁ、と感心してました。  

この彼女、売れ筋商品をかぎわける能力が非常に高くて感心する事が多い。

随分前のナタデココも。この田舎で特定のスーパーだけに しかも 一日3個

か5個かしか仕入れがない頃に「 ねーねー このナタデココって品、絶対

ヒットするよ。どうしたら商品の数を増やしてもらえるのかな。頼むべき? 」と

聞いてくれたことがあります。 すかさず「 3個なら3個、5個なら5個。あるだけ

全部買って いつも在庫をゼロにしていたら 増えるはず」と説明したら 瞬く間に

10個30個と増えていきまして 驚いてくれた体験があります。同じように 

自販機で「 生茶 」を飲んだときも「 これ 絶対 ヒット」と一言。僕は「 似た

ような商品も多いし 飛びぬけて売れるなんて 無理 」なんて生返事をして

ましたら 一年後の業界紙で飛びぬけて売れた事実を知らされた。


我社も いま喜んで頂いているから なんて 甘えるだけでなく 研鑽を

続けなければと感じております。

76. PTA活動のOBになって

高校の同窓会の案内をして すぐこんな事を書いてしまうと 怒られるのでは

ないべかと 思案しつつ キーボードをたたいています。さっき このアメーバの

「 クチコミ番付 」というコーナーをのぞいて見てみましたら 「 PTAの活動に

対して 新米パパ ママの為に先輩の方から 一言どうぞ 」と書かれた部分が

ありまして ふと こんな出来事を思い出しました。


中の子がまだ中学生で 何やかやと Pのお手伝いをしていた頃 東京での

仕事で旅行エージェントの方と とあるパーティで一緒になり 世間話をして

おりました。その方は 東京のご出身でたまたま娘同士が同い年という事が

判明した後、僕が随分前に仕入れていた次のフレーズに笑って頂いており

ました。 それは


「 人妻の浮気の始まり 携帯電話と 同窓会 」 というもので、


なるほど・・・アハハハ・・。と一笑いの後 それぞれ別々のテーブルに移動

ご挨拶。しばらく後で また一緒になり 「 水津さん さっきの言葉なんだ

けれど ちょっと ひとつ欠けてるように思うなぁ 」  「 そうですか 。それは

それは 」  「 エーットねぇ」


「 『人妻の浮気の始まり 携帯電話と 同窓会 と PTA 』ってのはどう?」


大都市という土地柄からなのか、何で突然にPが出てきたのか今だ不明です

が その時には僕もチョイと吹きだしはしたものの 心からは笑えませんでした。


と言うのも 僕の三人の子供の全ての学年で とても いい お父上と 

お母さんに恵まれていて いろんな活動が成功していて 随分と校内的に

認めてもらっていた時代でして とても感謝していたからなんですね。


僕の小学校時代には 所謂日教組の先生方の活動が活発で 直接僕が

習った先生にはいらっしゃらなかったが 「 ・・・先生が 毛沢東語録を 

生徒に配った 」とか 「 共産党宣言を生徒に読ませた 」 とか言う事が 

時々ありまして そのつど我が家が 集会場になり 頻繁に会合が開かれて

いた、思い出があります。やはりPTAの会長であった父がいつも議長のよう

で 8時に寝るときには( 僕は 中学校に入るまで夜の20時以降は 大人の

世界 という 洗脳をうけていて 初めて 中一で21時まで目が開いていた時

には 「 僕も大人になったんだ 」と感慨一入だった記憶がある。  それは

さておき・・・・ ) となりのガヤガヤの声に「 今日は何の話?」「 いいから

早く寝なさい 」と母から言われるなんて事が時々ありました。


僕たちがPで動く頃には そんな事もなく 先生ともみんな礼儀をわきまえた

仲良しで いろいろな企画に前向きに協力して頂いていた。学校の都合で、

というか 以前の校長先生の意向で中止になっていた事が 後でわかったが

夏のキャンプを復活させてもらい 僕の子供の時分には 普通の事であった 

川でのいかだ遊びや 教室での肝試し大会をしたり またまたある年には

中学校の夏休みに クラス対抗で 保護者と先生合同チームも作って それ

ぞれが42.195キロに挑戦。

「 15歳のオリンピック 」と銘打って キュウちゃん( 高橋 尚子選手)に

負けるな なんて 事も企画 喜んでいただいてました。勿論 一部に反対

意見はありましたが・・・・。


今 振り返っても 全ての企画立案、準備、実行で いわゆる かしこい 父親

と お母さんに 恵まれていた、とシミジミ感謝しています。あくまで 僕の

「 かしこい 」は 足したり引いたりや記憶力の「 かしこい 」ではない

 「 かしこい 」ですから 誤解のございませんように。「 父であり 母である

立場を十分理解した上で 熱心に 協力的に 多少のトラブルも前向きに理解

していただける 」と言うべきでしょうか。

「 よし やろうや。事故があってはならないから 精一杯気をつけはする

けれど、何か起こったら 一緒に 坊主になってやる。 」という先輩 同級 

後輩が 必ず ひとり二人はいてくださったし 「 面白そうじゃない。頑張って。

だいじょうぶよ、少しの怪我くらい 気にしなさんな 」と 数多くのお母さん方に

随分と応援して頂いた。


この最近 いろいろなニュースで 全国各地でおやじの会の復活 だとか 立ち

上げだとか地元の・・・さんの指導で等と 地域の活動が盛んになっているようで 

大変 うれしく感じています。


ちなみに 向陽小学校の夏のキャンプは 僕の直前の会長から 「『 他の

行事はともかくも この行事だけは中止しないでくれ 』と必ず次の会長に

つないでくれ 」というメッセージがキチンと続いているようで 夏休みの第一

か第二の土日に向けて 汗だくで川の土手の草刈りをしている保護者の方々

の姿を見るにつけ 車中で手を合わせている。


75. 山口・ザビエル大聖堂でのミニコンサートの案内

今朝 高校の同級生の 塩瀬( 現 棟久さん 小郡 在住 ) 佳代子ちゃん

からメールが入りました。

僕には前章の尾崎なんかと共に張り切ってやっていたバスケットバールだ

とかバレーボール等というスポーツウーマンのイメージが強いのだけれど、

お嬢ちゃんをフランスに留学させて帰国後、県内で( 筆者 勝手に書込み )

美人ピアニストとして活躍中のお母さんなんです。新聞報道で見られた方も

多いと思います。

つい先々週も秋吉の芸術村でコンサートを開催されたばかりなんだけれど

、こんな内容でした。


今 フランスのパイプオルガンの奏者であり また 指導者、そしてオルガンの

選定者でもある 「 マークボーガン 」氏が 我が家に来ておられます。

明日 10時からザビエル大聖堂でミニコンサートをしてくださる事になりました。

お時間があれば 是非おいでを。


僕だけでは もったいないので ここに書いていいかを聞きましたら どうぞ

との事でしたので ご案内まで。


74. 高校同窓会 こんなんはいかがですか  ?

例年、山口県立 大津高等学校は 女性の厄年( 32 ? 33 ? 才 )にあわせて

同窓会の総会を引受け開催しています。

「 なかなか 『 幹事をしてあげる 』という人がいなくて同窓会が開けない 」

というお話を聞く事がありますが 我が愛する 25期生には そんな事もなく

その年の数年前から 多い年には年2回、少なくともだいたい年に1度は 夏か

冬かに開催し続けてきました。

ただ この数年は 参加者数も減少気味で なんとかしなければという気持ちの

中でこの文章を掲載してみる事にしました。


今回は大津高校25期生の方に御案内。

以前から今浦公博君が 「 いつも地元に帰省するメンバーを対象にした

同窓会ばかりだけれど 時には 長門市近郊とか県内にいる仲間を相手に

した同窓会も開催してみたらいいじゃないか。 」という意見を言っていたのだ

けれど コチラの不精でそのままにしていました。

で今回こちらの というか 僕の勝手な判断と 我社の売上増のために 永年

監事の加藤君と和田カズマサにも連絡せずに このブログに掲載してみます。

勿論、後日 加藤にキチンと打ち直してもらい 葉書等で連絡しますんで 

前向きの参加を待っています。

というか 日時 時間含めての意見を聞かせてください。かなり僕が先走り

しています。

 

 日時 ホタルにあわせて六月の第二か第三金曜日  


     17時30分頃 市役所駐車場集合


     我社マイクロ乗車 多分 運転は ワタクシ 水津が担当

     

     登校していた道筋をウロウロして 母校 大津高校に


     20分か30分自由時間 校内ウロウロ。 耐震構造への対応で

    

     在学中より随分変化した校内を懐かしむ。( 学校へのお願い並びに


     責任を持っての片付け等は 宗本か 加藤か 和田か 水津が担当)


     18時頃からどこぞの教室を借りて マンドリンか ギター演奏を 


     尾崎か桑原か 山根にたのむ・・・( これは すでに水津が


     個別に折衝しました。 場所は 我社の懇親会場が 妥当かも ? )


 報告    まず 尾崎、桑原、山根に連絡。すぐに回答があったのは尾崎

     「 折角の企画ナンだけれど 六月が一番忙しい月でね、どうしても

     帰れません。」で まもなくして桑原から 「 面白そうねえ。尾崎や

     朱美ちゃんが前向きなら 協力してもいいけれど。」 しばし後に 

     山根さんからも返事がありまして「 ウーン、尾崎と直ちゃんがする

     なら行ってもいいけれど 」 でついでに朱美ちゃん、「 みんなも同じ

     だと思うけれど 今頃はカラオケで 歌の中心になることは まず

     出来ないから もし大野君でも呼べてあの頃の歌でも聞けたら

     面白そうね。 」との事でした。それと 尾崎が、今津さんも歌ったのを

     思い出させてくれました。     

   

  この四人を含めて まず 皆さんのご意見拝見。

  やっぱり土曜日の希望が多いのかなぁ。と思いつつ、もし 家族で参加

  しても・・・というか 帰省してもいい。 という同窓生があれば 

  格安ファミリープランも考えます。  ( たとえば 奥さん あるいは 

  ご主人 一泊二食 6000円 子供さん 4000円 ただし中学生は

  大人並み ) で、二次会前のころあいに 我社の前で ホタル鑑賞か 

  渋木での 正に 満天の星を立体化したくらいに乱舞する「ホタル橋」まで 

  ホタルバスを出してもいいし。

  湯本でホタルが飛ぶのは 我社の前を含めて二箇所くらいなんだよ。


随分前に ある同級の紹介で 俳句の会 の方々が泊まられて その場所に

御案内したら 後の感想で 「 一匹 二匹がふわふわ飛ぶのを観て それを

句にするのがいいのであって アレだけの数が飛び回っていたら どうにも

こうにも 詠みようが無いですなぁ。 」といわれて ごもっともと その方と

一緒に大笑いした事があります。


数年前に もうそろそろ 一泊で同窓会をしてみない ?  って 宮垣さんに

聞いてみたら 「 えっ エーッ %$#'&# \\ やだ まだ早い 」でジャンジャン。

実はその頃に、山陽方面から 僕たちと同じくらいの世代が 泊りがけで

浴衣着て騒いでいるのを見ていて いつもうらやましく感じていたから、の

問いかけだったんだけれどね。 そろそろ前向きに検討してみませんか。


今日はとにかく書きなぐりのままにしておきます。遠慮なく ご感想を。