103. ホタルバスの人気、きらきら橋アコギのヘッドおふたり
先ほども今宵のホタルバスが40名のお客様を乗せて 渋木方面に
出発しました。お帰りになられたほとんどの方々が 今度は 我社一階玄関
を出られて 右手のおとづれ川エリアに行かれる様です。圧倒的な数の
ホタルの乱舞と 数は少なめながらフワフワと悠然と宙に舞う 二種類の光の
遊びを楽しまれるみたいです。
先日も じゃらんじゃらん での準備中に 玉仙閣の女将さんが「 ねー、
21時になったら 一斉に電気を消して 少し下流のホタルが飛ぶのを皆で
楽しみましょうよ 」といわれて 「 アッ それいいですね、そうしましょう 」と
せっかく 約束していたのに 僕の一人相撲の前出の事故で 約束を果たせ
なかったことを 今 思い出しました。 女将さん 今度 専務に お詫びを
言っておきます。失礼しました。
「 きらきら橋アコースティックライブ」 は おとづれ夜市 じゃらんじゃらん
とは別のスタートをしたのですが そのあたりの事は 以前に書きました。
8年も継続するとは スタートの時には考えもしませんでしたが これも
カクテルスナック ロペ の山本マスターと もう一人 現在 長門市教育
委員会の 中学の国語の先生 白沢氏のお陰なのですよ。
氏は 地元の エフ ストリートという バンドのボーカルでして湯本納涼祭の
各種企画を通じて 以前からの知り合いではありましたが このアコギ
企画のスタートから トリを勤めて頂いていました。
この最近は 地元エフエム局、エフエム アクアの出演時間と微妙に
重なる事が 多いみたいで さりとて この企画を大切にしたいという思いは
大変に強く 何はともあれ短時間だけでも出演していただいている様です。
べスパ さんという山口では有名なグループのつながりも この先生との
出会いをスタートにしたものなのです。
この先生には 僕が個人的に大好きな「 ゆうぐれ 」という名曲があるの
ですが もしご興味がおありでしたら エフストリートの ホームページで
お聞きになってみられませんか。 今からロペで アドレスを聞いてみます。
えーっ、マスターの言葉そのまんま 伝えます。
「 あのなー、ヤフーの検索で エフ 点( ドット?)ストリート で 大文字
じゃった。でのー、打ったら PA機材 とかで 上から三番目あたりに出て
くるけー 」との事。私も これから 検索してみます。
久しぶりに 夜長にこれを 打っています。
102. じゃらんじゃらんと「 ゴスペル エンジェリック シャウト」
暖かくなった4月から11月の第一日曜日に 湯本温泉の河川公園で
じゃらんじゃらん という夜市を開催していることは 何回か書きました。
つい先日の三日にも実施したのですが この時の準備で 僕はテーブルを
自分の左足に落っことしてしまい、いつもは片付けまでいるのに なんとも
立っていられず早退いたしました。 お恥ずかしい。
同時開催の アコーステックライブでは出演者として 宇部から 20名程の
ゴスペルグループがおいでになるとかで なんとか最後までいたかったの
ですが次第に痛くなる足では立っていることもできず 失礼致しました。
このグループの事を 湯本温泉ファンの下関の某女子アナに聞きましたら
「 それは多分 ゴスペル エンジェリック シャウトって グループでしょう。
素敵な方々がいかれているんですね。」と 喜んでいただきました。
翌日 この企画のヘッドであるカクテルスナック ロペ のマスターに聞き
ましたら 「 いやー よかったぞー。PAの都合で随分お待たせして 申し訳
なかったけれど。」と大喜びでした。
手作りの いまだ 手探り状態ながら プロの方から いろいろの方にも
ファンになっていただき ご協力いただけるようになった きらきら橋
アコースティックライブを これからもどうぞ お楽しみ下さい。
101. 同級生はありがたい
とりあえず 「 100 」ページの記入がすんで ホッとしていましたら 大津
高校25期の加藤君から 今週土曜日の同窓会の連絡の電話がありました。
アレコレの後で「 お前が 『 読者数ウンヌン 』って書いていたから 協力
してやろうとしたけれど、どうやら 自分自身も 読者登録しないといけない
らしくて ちょっと待ってくれ 」との事。僕が他の方の登録をした事がない
為にその辺の事情が 不案内なのですが いずれにしても 気長に待つ事に
しました。
始めの頃には 実名で書くことが はばかられて イニシャルで書いていた
のですが 迷惑にならない様だったら 明かしてもいいのかなぁ、と今日
同級生の名を明かして書いてみます。 物言いがつきましたら すぐ削除
しますので その時にはご容赦を。
油谷町( 現 長門市油谷 )の役場にいて 町のスポーツ振興としてシー
カヤックを選択し そのコーチとして 同級生とはつゆ知らず 敬語で 電話
での就任要請をした「 W田 君 」が、「 和田 君」。それを受けて 電話
の最中に 相手に気付き「 お前、和田じゃ ないのか 」と聞いた U田君
が 「 内田 君 」でした。
何回か 長門に指導者として来ているうちに シーカヤックの世界では 随分と
有名人で 彼の顔が その世界の冊子の表紙に出ると 売上が伸びるらしい
という話が耳に入る様になり 彼の日程に合わせて 同窓会をしたことがある。
丁度 油谷町に そのシーカヤック用の建物を建設する事になり 我社に
宿泊中の彼の部屋に 「 内田先生に書いて頂く看板をお届けに来ました 」と
大きな木の切り株を輪切りにしたものを役所の方が来られ 内田先生って
誰だと 部屋が分からず 我社のスタッフと一緒に部屋の台帳をあせって
探した覚えがある。 当夜の同窓会も 大いに盛り上がり 翌朝のお昼前
「 やっと出来た 」と その看板を持って 彼がロビーに登場。その前に
こんな事があった。
少し 早目に看板を取りに来られていた 役所のスタッフの方達と 僕ら同級
数人が一緒にコーヒーを飲んでいる時に スタッフのお一人が 何かの話の
キッカケから 笑顔で帽子を脱がれて「 あのこれ 内田さんのサインなん
です 」と 僕達に見せられた。 その時に 大変 冷たい というか同級生
として 自然な反応をしたのが 僕と あの コン・・ム事件( 始めの頃、
10章までにに記入しているはず ) で 同時に挙手をした宮尾医院の
医院長の宮尾だったと思う。特にこの二人は 同じ男だけのクラス仲間だった
からかも知れない。 「 ウン?? ウチダ のサイン ???」
「 ブワッ ハッハー 」と遠慮のない 大笑い。 しばし後に 憮然とした
スタッフの方が「 皆さんはそうかもしれませんが ウチダ さんの サインって
なかなか 手に入らないんですよ 。」に今度は こちらが 失礼 失礼と
平謝り。あの うわさは 本当だったのかと 感じ入った次第。
ま この緊張感も その時だけで それからも お酒が入れば おい お前。
なんじゃ はよー しゃべれ( 早く 話せ )。誰が 好きじゃったんか。
ナンなら 会わしちゃろうか??。( わかります? )と そこは 高校時代の
そのまんま。
やっぱり 同級生とは ありがたきかな・・・・・。です。
100. なんとなんと100ページ目
あっという間の 99.ページでした。これからも 各種思い出を含めて
書き綴っていきます。どうぞ 気長に 気楽に お付き合い下さい。
昨日の じゃらんじゃらん( 湯本温泉第一日曜日開催の 夜市 )には
僕は途中退席で鑑賞が叶わなかったが、宇部の方から20名ほどの
アカペラチームが来られたとかで また賑わった事だと思います。
また「 86 」に書いた 味にウルサイ上野先輩が積極的に取り組まれた
直径2Mはある 大なべを使った ごった煮 も喜んでいただけたようです。
それにしてもこのブログの世界にデビューして まもなくの頃には 感じた
以上に大変で 面倒くさい世界に迷い込んだようで 少々反省した事もない
わけではありませんが とにかくキーボードをたたいている内に 面白い方
との出会いや なつかしい友人からの連絡もあったりして 結構 楽しませて
頂いてます。ま、いっぱしの作家先生にでもなったつもりで、さりとて 鼻持ち
ならないと嫌われないように 150万人のアメーバのブロガーのうちのひとり
として( 全体では 800万人でしたっけ )おつきあい下さい。
今朝もすこぶる よい天気で また暑くなりそうです。
昨夜22時に 「 無事に我が家に着きました 」という末娘からのメールに
ホッ としている 宿屋のおやじより。
99. 連日 ホタルバス 好評運行中
今日で 七日目のホタルバスが出発しました。それも御希望者が多くて
中型バスが 二台出ました。
今晩は 急にホタルの数が増えたようです。おとづれ川下流エリアも
今宵はつい先ほど ざっと見ただけで20数匹。 渋木の方は もっと出て
いるようです。
実は 昨日末娘が帰ってきまして 夜中の24時に 渋木の方面に出かけて
みたのですが 随分のホタルが飛んでいまして、久しぶりの感動でした。
木曽 という 名案内役が乗車しますので 一段と楽しく鑑賞をエンジョイ
されている様です。これから 我社にご縁の皆様 どうぞ どうぞ 楽しい
光の乱舞にご満足下さい。
お酒でベロベロの それも 大俳優の隣で 大失態の話の翌日には 美しい
幽玄のホタルの世界の誘い・・・と 僕の性格を 微妙にお疑いになる方が
いらっしゃるやもしれぬ、と一抹の不安を抱きながら 決して 御心配には
及びませぬ。と いらぬ御案内まで。
98. 97.の追伸です・・・任三郎さん、ごめんなさい。
高校時代の思い出として書いたし 今回は大学での グランドホッケー( 現
フィールドホッケー )歓迎コンパでの思い出から。
二次会で成城の 「 ファニー 」というスナックというか クラブに連れて
行かれた時の 恥ずかしいオハナシ。このお店、結構ファンも多くて 先輩、
後輩はその後に何度も通ったものらしいが 僕は これから続く事件が影響
して その後一度も訪問せずに卒業した。
例によって 一次会では 居酒屋で「 俺の酒が飲めないか 」「 記念にあの
花瓶で飲んでみるか 」あたりまでは記憶があるものの、せいぜいココまで。
後は両脇を先輩二人に抱えられて ズルズルと引きずられながら 歩いてその
クラブに。御案内のようにこの大学の校風はいたっておだやかで有名だが、
クラブは一応体育系であるからして 勿論それなりの厳しさはあったものの
先輩も 僕たちを大切にしてくださったし この時も「 とらのパンツはシマシマ
パンツ はいても はいても すぐ取れる 」と 踊って下さった四年生も
おられた。二次会への道すがら大きな声で大学の校歌を歌いながら・・・。
僕って男は自分の所属するチームや組織にすぐに愛着がわく男で 出身の小
中 高校の校歌はもとより 各種団体の応援歌や 熱川温泉での先輩に習った
日大の校歌 渋谷のハチ公前の池で「 学習した 」東京農大の ダイコン踊り
も懐かしく思い出す。 それは いずれ又。 ナイズされる意味では、
太陽にほえろのテーマソングの入ったテープを聴きながら スピード違反で
捕まったのは26才の頃・・・もさておき。
後日 バイト先の池袋西武で 他大学の話を聞いたら バケツで飲まされたり
店の鴨居で ミンミンゼミをさせられたり ゲロの中を泳がされたり ひどいとこ
では お店の二階から しょんべん小僧をさせられたりするほど
成城は品が悪くはなかったから 随分と 救われていたのかもしれない。
で で やっと本題。
二次会の店は 入って 左側がテーブル席で 先輩諸氏はそちらで飲まれて
まして 僕は 右側の黒いカウンターに座りました。ただ 水が欲しかっただけ。
マスターにたのんで顔をうつぶせにしていましたら 隣に誰か座ったようでした。
これが・・・ あなた・・・・ その・・・・ あの方だったのです。 任三郎・・・・・・
いえ 田村 正和 大先輩であったのですが それが分かったのは それから
二日後の校内の学食でした。 「 まったくもー すいづクンのせいで まさかず
のサインもらえなかったンだぞー。 あったま きたー」とマネージャーのひとり
に叱られました。後で知ったのですが 彼女がこれまた セリーグの有名な
選手の長女でして パワーのある同級生でして、ひたすら黙って聞いた ことの
次第は・・・・・・・・・。
やったー ラッキー。 サインをもらおうと もう一人のマネージャーと一緒に
マスターに 色紙とサインペンをたのんで カウンターの端っこで待っていたら
グラス一杯の水を飲み終えたあなたが カウンター 一杯にもどしたのよ。
まったく。 それからは 片付けをさせられるは まさかずは 飛んで帰って
しまうは もう最悪・・・。 一度や二度の フランス料理じゃすまないからね。
いーい??・・・・・・・。
確かに その 誰かのお座りになった 隣で もどした記憶はあり、ホンの
一瞬 頭がすっきりしたものの すぐにもとの木阿弥。気付いたのは 翌日で
先輩の家で寝ていた。
事の重大さに 山口から出てきたばかりの青年は 青くなるばかりであったが
こればっかりは いくら謝っても いかんともしがたく、さりとて ひたすら
ゴメン ゴメン。
この二十年間 興がのったときにこの話をするのだが 昭和49年の春の
事件の事で 田村氏の御記憶にもこんな 隣にいた客がゲロはいた事件なんて
ざらにはないであろうし、
もし もし ですよ、 万が一 お親しい方がおられたら 山口の宿屋のおやじが
お詫びをしたがっていたとご案内下さいませ。
97. お酒の席で
昨年から お酒は乾杯用の盃の三分の一程度。
先輩や同級生からは 「 かわいそう 」だの「 もう そろそろ再開していいん
じゃないのか 」と なんだかんだ言われつつ 「 大体 普通の方の 数十年
分は飲んで騒いだはずですから、悔いはありません 」と精一杯の負け
惜しみを言い続けている。
担当のドクターも「 別に悪いわけではないから、少々飲んでも大丈夫 」と
言っていただくのだが 僕の耳に入ってくる情報は 「 始めは気をつけて
飲み始めたんだけれど そのうちに 次第に 量が増えてねぇ 」と失敗談を
話される方が多い というものばかりで 一応 お酒に対する精神面での
区切りというか 決別はつけている。
この五月 六月は 所謂「 総会月 」で かなりの数の総会と その後の
懇親会にも参加している。昨年秋 我社 一階の カクテルスナック ロペ に
入ろうとドアを押したところ なんと言うか あの独特の雰囲気にフラフラして
椅子にも座れず すぐに帰宅した事は書いたが その後の それなりの訓練
や このお正月の25期の同窓会でかなり慣れてきて 今では 何の気後れも
なしに 以前とおなじような各種お店の出入りが可能になってきた。
でこの最近 シラフで懇親会場にいる様になったわけで 冷静なというか
さめた目で出席されている皆様を観察している。
自分が大騒ぎをする飲み方をしていたのは理解しているが 残念ながら今だ
似たタイプの人と一緒に夜遅くまで騒ぐまでには 回復していない。 いつか
タイムマシンでも出来たら 昔の自分と 酒を酌み交わしてみたいと思う僕は
ヘン なのか。
チョイと御用が出来ました。 どういう筋書きになるのか 分からないまま 席を
離れるのは 少し不安ですが とりあえず このまま書きっぱなしで 失礼致
します。ではでは。
で つい 翌日になっちゃいました。 続きで 書き始めていたのですが すごく
長くなりそうで 次の章に 切り取り 貼り付け しました。 どうぞ お付き合い
下さい。
96. なかなかホタルが増えません
おとづれ川のホタル 渋木地区のホタル ともにこちらが期待するほどには
数が増えてくれません。 何か原因があるのか・・・と少々気になっていました。
そこに木曽君 登場。彼の説明によりますと 「 土が固いと なかなか 出て
こない様です。一雨くれば 地面がゆるくなって ぞくぞく出てきますよ。」との
事。僕らがあれこれ悩んでもどうにもなりませんし ここは 自然の神様と
彼のウンチクを信じまして しばし 待つ事に致します。朗報をどうぞご期待
下さい。
ホームページのスタッフ紹介にも御案内しています 太郎と花子が 浴室の
湯番から 玄関前のつくばい に移ってきました。 昨冬の突然の大雪の日
まで この つくばいの中で二人仲良く 正に まんじりともせずにすごして
いるのをみかねた常務が湯番として 移していたものを 元の受け持ちに
返したものです。
昨日のこと あるファミリーのお母上が お子さんの写真をバチバチ撮られて
まして、子供さんの「 あっ 金魚だー 」の声に、「 あらま、太郎と
花子ちゃん。ここにいたのー? 」に今度は こちらが びっくり。へーっ、よく
見ていただいているんだなぁ。思わず 「 ありがとうございます。よく
ご存知で。 」 例によって ピースサインのお子様の写真が出来上がった
ようでした。
いろいろの方との出会いがあります。
95. ある学習テープから
今日一日、小倉に出かける車中にて 月に一度 学習というか 情報収集用に
送られるテープをふと聴いていました。 その講演者は「 随分以前に
世界的なインターネットに対する取組みの速さに対して 日本の対応が遅いと
危機感を感じていたが いざ 取り組む事に決定したら そのスピードたるや
さすが我が国・・・・と感心するほどで いまや 全世界のブログ人口の三分の
一が 日本人らしい・・・。 」と続いて へぇーッと ビックリ。その中に 僕も
入っている訳ですね。 まがりなりにも 100ものタイトルを継続できるとは
思っていませんでした。
この最近まで 自分が書いて 公開するのを繰り返すだけで 始めのころは
読み返して シミジミと妙な文章に、訂正しなければ、と思うものの 回線その
ものの対応の遅さから 面倒くさくなって そのままになっているのが
随分ある。 が この二週間前に 対応の早い回線に接続できてからはかなり
気楽に書ける様になってきました。
公開された自分の文章の すぐ隣の列に 何がゴチヤゴチャ書いてあるのか
も知らず いろいろとご無礼があったのかもと反省もしています。
書くことが頭に浮かばないときには あせる事もありますが 何とか続ける
つもりです。宜しく ご案内下さい。それにしても サザエさんとか コボちゃん
の連続掲載数十年は とても信じられない。
お陰で 読者数は少ないというか 気付いたら いつのまにかゼロになっており、
あわてて子供らに「 ゼロではやっぱり淋しい。おイヤでしょうが 読者登録して
くれないか 」とたのんだ ( 正確には 妻にそう伝えて欲しいと頼んだ )が
今のところ ナシノつぶて。おやじにアドレスを知られるのが そんなにイヤ
なのかと悶々としつつ、 ものわかりのいい おやじ面をし続けている。
どこのどちら様かはサッパリ分かりませんが、数字だけはわかるアクセス数の
表では随分と長い間 三桁の方に見ていただいているようで 感謝 感謝
の日々です。
94. 昨夜の ホタル
おとづれ川のホタルは 強い風のせいか 7から8匹が葉っぱの上で
揺られていました。 というか、しがみついていたのかも・・・。
確かに 飛ぶことの苦手な 生き物みたいですね。
なんとなく 「 おーい だれか 助けて くれない・・・・? 飛べないン
だけれど・・・ 」なーんて悲鳴が 聞こえてくるようでした。
渋木地区のホタルは ホタルバスのスタッフの話では 「 数で言えば
最盛時の一割くらいですが 他社さんが( バスを )出していない事もあって
大喜びでした。 」との事でした。いまから数が増えるにつけ 大渋滞になり
ますので どうぞ くれぐれもお気をつけられて ご鑑賞下さいませ。それと
これを読まれた方にお願い。その道路は 日ごろは通行量の大変少ない
道路ではありますが 地域の皆さんの 生活道路ですので クラクションや
他の車の迷惑になるような止め方をして車を離れての鑑賞に 十分ご注意
いただいて お楽しみくださいな。 よろしくお願い致します。
こちらは、満天の星を立体化したような 乱舞が車内からでも ゆ っくり
楽しめます。