我只是在慢慢旅行♪

我只是在慢慢旅行♪

2019年03月,ようやく実現した長期滞在台湾旅行の記録です。

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さて,長いようで短かった...ようで結局まあまあ長かった台湾滞在も今日と明日。
 
今日は,友人の東夫妻の創作の段取りを眺めて,かおりさんのすっとぼけの相手と調整をするつもりだ…ったのだが,雨が途切れつつもパラパラと降るハッキリしない天気でウマくいかず,まずお粥を食べる。
 
そして,アタクシの大好きなY區で東夫妻の台北での民泊生活で不足しているモノと,自分の帰国の荷造り(車いすの装着品のバラしとか)に必要なアイテムをダイソーの2階(←階段なので自分では買いに行けない)まで買いに行ってもらったりした。
 
東夫妻も自分も必要なモノは全て入手できてひと安心したところで,チョット変わった鍋屋で早めの晩メシ。
 
その後,今回の東夫妻の創作の旅と自分の「台湾西海岸縦断」の旅に共通したテーマについて,いつものコーヒー屋→二ニ八公園のベンチと場所を変えて2230まで話し合った。
 
結論なんかカンタンには出やしないテーマであることはわかっているのだが,だからと言って考えることをやめてしまっては一歩も前進できない。
私たちは,広くいろんなヒトの話に耳を傾け,相手を理解することに努めましょう,常に冷静でいましょう,という意見で完全に一致した。
 
やっぱり台北に留まって彼らを待っていて良かった。
隣のベッドのウクライナの女の子もいなくなった。
次に隣にやって来たのはアジア系のおにいさん。
ん?いつの間にか上の段のベッドにも誰かいるゾ。
昨日の深夜のうちに到着したんだな。
床の靴やサンダルはキチンと揃えてあるのできっと育ちは悪くないのだろう。

ロビーに出たら黒髪ヘソ出し半ケツ韓国娘がソファーに横たわっている。
その側ではも一人半ケツ娘がスーツケースに必死で荷物を押し込んでいる。

なんだかなぁww
でもまあ,この歳になって,しかも二足歩行できないクセに,バックパッカー宿に泊まって旅できるとは思ってもみなかった。
他の国ではこうはいかなかった。SingaporeでもMexicoでも全滅だった。

このドミトリはとても居心地が良い。
駅ちかでスタッフは明るく親切。英語もちゃんと通じる。
居室やロビーはもちろん,トイレやキッチン,シャワールーム等の共用設備も毎日掃除が行き届いていて非常に清潔。
それでいてとてもお値打ち価格。今日なんか確か¥700か¥800くらいだったハズ。
でないとこんなにダラダラとロングステイできっこない。

今回,台南市で「西海岸縦断」を終えたあとスグに日本に戻らずにこうやってダラダラと台北に滞在しているのには理由があった。

鹿児島枕崎の画家の友人夫婦が創作活動で世界を巡る旅に出る。彼らが日本を発つのが04/01で最初の訪問地がココ台北だったからだ。だから今日04/01まではどうしても台湾国内に留まっていたかったのだ。

もし,自分があのままラウンドを続けていたら,本島最南端部から東部へ移動する辺りだったハズだから,鉄道の経路とも離れているから,会うことは難しかっただろう。

それに,台南市にゴールした直後に福岡便の空きを調べたらなんと03月一杯は満席。
LCCだし復路のチケットは捨てて新しく別のチケットを買い直すか関空なり成田なり他の空港に行く便でも構わなかったのだが,どうしても早く日本に戻らなければならない事情は特にないし,いかんせんケチケチビンボー旅行である。
追い金の便変更の手数料と運賃の差額,安宿の宿泊費とメシ代はなるべく抑えたい。

それに,当然今回自走で行けなかった東部の街へ,台南からそのまま南廻りで鉄道で訪れることも検討したが,自分が泊まれるドミトリは0ゼロ。エレベータつきのホテルは非常に高い。
宿からの行動範囲も広いから負傷した腕で自走での観光はキビシい。

…と台南市に着いて早々に↑いろいろ考えて,「04月01に台北にいて且つトータルで最安値」のシナリオを探ったら,台北のこの宿にロングステイするのがベストだったのだ。

ってことで,画家のしんさんとかおりさん夫妻を桃園空港まで迎えに行って,8日間滞在する西門の民泊を探し当てて,西門界隈で晩メシ。


二人ともミョーに少食。自分だけガツガツ食ったったわ!






この2日間同じ部屋に泊まった陽気なイスラエル青年3人が今朝宿を発った。
足臭は強烈だったがナイスガイたちで楽しかった。
反対側の隣のベッドの女の子(Lisa loebとAlison Moyetといったところか)。cuteでカッコイイこのウクライナの二人はまだ滞在するようだ。

昨日アタマのネジを緩めまくったら,危うく首からアタマが落っこちそうになったので少しネジを締めなおした。

台北ニニ八紀念館

博物館としてはやはり規模は小さいが,他のどんな貴重なタカラモノを収蔵している博物館よりも存在意義ははるかに大きい。



1947年2月28日の前日から数ヶ月間に渡っての出来事を中心にドキュメンタリータッチで非常に詳しく紹介している。

順路の最終盤,タカサゴユリの白い緩い上り坂に差し掛かった。

このユリの回廊に,この国の人々の,核兵器をブチ込まれようが何をされようが決して揺らぐことのない強く静かな決意を見た。

子どもが「漂亮(きれい)」と言ってユリを手に取る。

溢れる涙で乱反射して辺りが真っ白けっけで車いすを前へ漕げない。



台湾のみなさん、だからこそです。
一時の損得勘定に流されて大陸に取り込まれてはいけません。
多くの犠牲があったからこそ,いまこの国は立派に自立しているではありませんか!
こうやって自らの手で「我が国」をつくりあげてきたではないですか!
「一国」なんて断じて許されませんよ。断じて。

/////
ところで,台北駅には地下街があるのだが,この案内図がウソが多く非常に困る。
クドいようだが,二足歩行できるヒトはどーにでもなるからイイんだけど,我々歩けん連中は,スロープとエレベータでしか移動できない(エスカレータを使うとイチャモンつけてくる輩がいてうるせー)ので,こうやって案内図に平気でウソをかかれると大変な苦労を強いられる。

このウソにもそろそろ慣れてきたいま,いくつかのエリアにわかれている地下街の中でも,ココ「Y區」が気に入ってしまった。

プチプラファッション,アニオタ,骨董品,マッサージ,各国料理大衆食堂,占い,散髪,ゲーム,メイドカフェ…





様々なカテゴリのテナントが入居していてボーッとブラブラしていても飽きないものだから,おお!気が付けばほぼ毎日足を運んでいるではないか!

宿への帰り道,ローカルのハンバーガー屋さんでダブルチーズバーガーのセットを食べる。

キャンペーン価格でこのボリュームでNTD199。
ニクがちゃんとニクでウマい!

コンビニでスナック菓子買って

シャワー浴びて洗濯も済ませたゾー
まずは…んー電脳街かな?
台北駅から青のMRTで数駅だ。

光華商場

自分はPCが大好き(マシンを組んだりプログラムを書くこと)で,自分で初めて組んだのはi486の時であった。
間もなくPentiumが発表され,PentiumPro〜と,以来現在に至るまで自分で使うデスクトップマシンは全て自分で組んでいる。


その頃から台北の電脳街は世界中のPC野郎が憧れる(?)聖なる地で,アキバ,日本橋,大須のあらゆるショップは,いち早く台北のトレンドをキャッチし取り入れることに躍起になっていた。

ところが…だ。
どのフロアもどのショップも実に活気がないのだ。
まぁアジアのこの手のショップにありがちな,お昼前後までのブッたるんだ雰囲気はもちろん承知しているが,テナントに空きが多いし訪れているお客も少ない。
まるでSingaporeのPeace Centreのようだ(←わからんかw)。


品物も日本でも見かけるようなモノばかり。
そりゃそうかぁ…デジモノも100均モノも生産卸の拠点はぜーんぶ大陸に行っちゃたからなぁ。

隣に新しいビルが立っていて,ココは女の子やファミリーも楽しめるようなテナント構成になっており,なかなかセンスは良かった。

特にJack Wolfskinの台湾製造品のアイテムを集めたブースがあってとても興奮した!

が…
ココでもエレベータでモメた。
詳細は割愛するが,ビルを運営する関係者たちは,最初は自分に高圧的であった。
しかし,自国民のあまりにも自己チューな現実を繰り返し見せつけられて,最終的には自分には非がないことを認めざるを得ず,自国民の不甲斐なさに唇を噛んでいる職員もいた。

理解して下さって深謝いたします。
間違っていることまで日本のマネをしてはいけませんよ。
今ならまだ間に合います。それが本当に正しい道なのかどうか考え直してみてください。

あー昔のようにフツーに旅行したいわ…

いつものコーヒー屋さんで休んで


今晩は台北駐在の同じ高校ん時の後輩クン2人と肉を食うのだ!
「荷物来たよ」というカミさんからのLINE。

ん?日本を発つ前に何かamazonで注文してたっけ?
とアタマをヒネリながら見た写真が↓

なんですとー?
えーっとこの荷物はオレが火曜日の午後に台南から出したヤツだよな?
で?福岡の家に木曜の午後に配達された,って?
あの窓口のおっちゃんがわざわざハンドキャリーして届けてくれたんか?

しかも台北ではなく台南発よ!
はは〜ん,さてはアレがまあまあ効いたのかな?

実は送り状にワザワザ「日本 福岡」と書いておいたのだ。
自分はいつも海外から日本へ郵便物を送る時には,その国から航路のある最寄りの都市を書いている。
つまり,岐阜県に送りたいのならNagoya Japan,和歌山に送りたいのならOsaka Japan,と。
ま,だれでもそうするんだろうけど,今回はそれもウマく噛み合ってこの驚異的なスピードが実現したのだろう。

いやあ,それにしてもスゴい!
大陸からくる荷物なんて2週間くらい放ったらかしはフツーなのに。
スゲー!スゲーぞ台湾!

で,路面は濡れているようだから,たぶん未明くらいには雨が降っていたのだろう。
1000前後にはたまにお日さまが顔を出すくらい雲が切れかかることもあったが,終日曇りの一日だった。

今日も午前中から行動を始めた。台大医院駅からMRTを2路線乗り継いで公館駅で下車。
向かった先は台湾大学。

たぶん北大かそれ以上あるんじゃなかろうか?とにかくデカい。
日本の旧帝大に似た佇まい...ってか,台湾大学はその昔,北大,東北大,東大,名大,京大,阪大,九大と同等の旧帝大(台北帝国大学)だったのだから,当然と言えば当然なのだ。

このキャンパスの中の人類学博物館に行きたかったのだが,なんと建屋の修繕工事の真っ最中で中に入ることができなかった。


キャンパス内に他にもいくつか博物館があるのだが,開館日や時間がまちまちで,今日のところはココだけに絞ってやってきたのだ。

あー今日はのっけからアテが外れてしまった。
一つ北の駅までノンビリ散歩した。

モワ〜っとした湯気に誘導されて

ノーマルなポークと

たけのこを刻んだヤツ

ウマものはウマいのである。

教育大学やその寮もあったりして,若いヒトがとても多い。

その後,MRTで台大医院駅まで戻って,今度は台湾大学医学部へ。

ここも訪れておきたかったところだ。
ルーツはもちろん日本統治の頃に遡る。

太平洋戦争の終戦前には大学院も設置され,日本国内の旧帝大医学部とほぼ同等に扱われ,多くの優れた研究者や医師を輩出した。
ところが二・二八事件後の白色テロによりその多くが弾圧され殺害された。
その後長い暗黒の時間を経ていまの台湾大学医学部がある。

付属病院の周りには,台北駅周辺以上に,足や腕がなかったり車いすに座ったままの物乞い,なんでかデジタルガジェット類や補正下着なんかを売る屋台があったり,よーわからん光景が広がっている。

ここから宿へは自走できる距離だ。
少し遠回りをして気になっていたお店でワンタン麺

んでもはや常連になってしまったコーヒー屋さんでコーヒーも買う。

あ,コンビニで夜食のおやつを買っとこ。
なーんかヘンな夢を見て,自分の「ちょっ…やめて!」という声で目が覚めたのが0330。
隣と上の段のaussieも起こしてしまったようだ。
目が覚めたついでにオシッコ。

再び眠りにつくも「ガン!」と上の段から何か落っこってきた?
同時に小声で
「so…sorry」
何だろ?ま,朝になってからで良かろう。

0830,ベッドに腰掛けて壁際の車いすを引き寄せていると,上の段からKurt Cobain似のイカしたあんちゃんが
「ゴメン,スマホ落っことした」
と顔を出した。

「イイのよ〜Nevermind✋(←座布団2枚!)」

今日は,台大医院駅からMRTに乗ってまず士林へ出て,士林で紅30(または304)バスに乗り換えて向かった先は!

国立故宮博物院

…ではなく,そのほんのチョイ先にある,

順益台湾原住民博物館
であった。

…しかしバスは,下の大通りでは停まらずに,少し小高い故宮博物院の建物の側まで一気に駆け上がってしまった。

「でぇ〜この車道を下りていくのぉ〜?」

とブツブツ言ってたら守衛のおっちゃんが「ついて来な!」とウィンクを飛ばしてきた。

「何かにゃ?」

とついて行くと,まるで忍者屋敷の仕掛けのように垣根の一部をスッと押すと,なんとシークレットなキャットウォークのような小径が現れたではないか!

「ココ下りて行きな!ずーっとスロープになっててメチャ早えーゾ」

やるやん!おっちゃん!謝謝!

シャーッと風を切って下りて行く途中で何組もの初老の男女のカップルがいた。
ん?また違うシークレットが隠されてんのか?

順益台湾原住民博物館

ココは公が運営するトコロではなく,ある大きな商社の創業者が運営する博物館だ。

規模としては小ぢんまりとしているが,コレクションの種類,保存状態の良さは大したものだ。

ところが,だ。ココでも問題は起きた。
B1の身障者トイレの押しボタンを叩いてドアを開けようとしたのだが,うんともすんとも言わない。

「は〜またかよ〜?」

急いで1Fの受付のおねえさんにトイレを開けてもらうようにお願いするも,持ってくるカギがことごとくハズレ。

ジャラジャラと,あーアレでもない,あーコレでもなかった,と結局トイレのカギを探しあてたのは20分後であった。
しかもニコニコしていらっしゃる。

この国のヒトってさ,きっとオレら身障者をニンゲンとは違う別の生きモンだと思ってるゾ。
果たして健常者に対して平気でこんなことできるかぁ?
暴動モンだぜ?

ま,コレもオレが悪いのね。
勝手に一方的に,「ボタンを押せばドアが開く」というきっとこの国ではあり得ない都合の良い期待をしていたアタクシがバカタレなのよ。
好きなようにテキトーにやって,どーぞ独自の進化を遂げてくださいな。

念のために言っておくが,展示そのものは素晴らしかった。
実に興味深いモノばかりだった。
私財を投じてこの博物館を建設して運営していることは立派だと思う。
ただし!
…もうイイ,やめとく。

その後,304バスで士林に戻り,どうせ士林にいるんだったら…と,しばらく時間を潰してから士林市場へ向かった。



夜だとヒトが多いだろうし早めの方が動きやすいだろう。

一応定番とされているモノは食べた。



が,どれも高いし雑でクオリティは高くない印象であった。
いま泊まっているドミトリの周りの方が安いしウマい。

MRTで台大医院駅まで戻り,昨日のコーヒー屋さんでリピ買い。

台北市は明日からしばらく雨の予報。

結局4泊もした台南鉄道大飯店。

格安でボロくてチョットでも揺れたら一気に崩壊しそうな佇まいなんだけど,ベッドメイクは丁寧だしベッド(ダブル)も湯舟もデカいし部屋も広い。受付のおねえさんの英語も流暢。
なかなか良いホテルであった。

1049発だからチョット早めにホームに入っておこうと1000過ぎに宿を出て駅に向かったのだが,駅前の大通りが歩行者の横断が禁止されていて,階段かエレベータで一旦地下に潜らなければならない。
潜って向こう側へ渡ったはイイが,渡った側のエレベータが動かない。
箱に乗って[1F]-[閉]と押しても黙ーったまま。

ヨタヨタとバアさんがやってくるも,動かないとわかったら
「アタシャ知らないよ!階段で行くから!」
とサッサと早足で逃げやがる!

あーーーーもう待ってられない!
急いでさっき潜ったエレベータで地上へ出て,車道を強引に横切る。

「コラコラコラコラー!」
と警察官か警備員かわからんがピーピー笛を鳴らすが,

「やかましいわ!オレをとっ捕まえる前にエレベータ動かせや!」
と,シャーっと逃げる。

118列車 屏東発七堵行 自強号(山線経由)は定刻の1049に台南駅を出発した。

メシはとーぜん台鉄弁当だ。


先週まで自分が漕いできた道路と度々平行する。

「あー!歩道を塞いでたあのトラックまだいやがる」
「あの歩行者用信号,やっぱり待てど暮せどずーーーっと赤なんだろな」
「おお,アソコに立ってたカカシ,ずっと紫色のブラジャーつけてんのかな?」



大林駅を通過したときは,自分が野営した野外ステージが見えた。

「よーあんなところで野営したなぁw」

やっぱり徒歩旅はものすごく中身が詰まっているから好きだ。
だって,通ってきた土地の空気,湿気,喧騒全て知ってるんだから。
野営したら尚更だ。
一夜を明かした地面の感触,ニオイ,ヒトや虫や鳥の声。ぜーんぶカラダとアタマん中に刻み込まれている。

台北に着く1500までのおよそ4時間の間いろいろ考えてちゃんと納得できた。
よくよく考えたらケッコーまあまあスゴいことやったんだな,って。
14日間...実質13日間で400km以上漕いで台北から台南まで行ってんだから。
「環島」できなかったんじゃなくて「西海岸縦断」したんだなw。

大変だったけどやっぱりやって良かった。


台北駅に着いて貸してもらっていた郵貯のキャッシュカードを同級生の玲玲に返して宿に向かう。

メッセージでリクエストしていた通りに前回泊まった部屋のベッドを確保しておいてくれた(キャンセルを促してきてたあのフザけた宿からは全額取り返してやったわ!)。
とーぜんあのキャミねえさんはもういないようだ。

外へ出て,まず


次に↑の店のスグ隣にコーヒー屋さんがあったので,試しに買ってみたらやっとそこそこ飲めるヤツに出会った。


これで終わりかと思いきや,↑でどうやら暴食癖に火が点いたらしく…
お粥と


定番のタピオカミルクティー

本日食ったモノは全て大当たりであった。
特にお粥!ここまで充実したお粥はなかなかない!

食った食った...寝よ。
この先無くてもよい荷物を,昨日郵便局で買っておいた便利箱3つに詰めた。

送り状も3部もらってきたので(←あーインボイスの用紙もらうの忘れたー),時間をかけて必死で書く。
自分は病気の都合上まともにペンで字が書けないから,たった3枚の送り状を書くのに1時間近くかかった。

便利箱3つを抱えて郵便局へ向う。
ガラス戸に映ったエッサエッサと運んでいる自分の姿がミョーに可愛い。

インボイスも必死で書いて,クレジットカードを差し出すと
「あーお支払いは現金のみですねん」
と。

道を挟んで隣接する郵貯ビルに行ってATMを操作するもカードが無情にも「ペッ!」と吐き出される。
うーむ,銀行じゃないとイカン,ってか?
近所の2軒の銀行のATMはなんでか2段も階段があるので不可。
数100m行ったところの銀行に段差のないATMを発見。ようやく現金を手にした。

他の職員はみんなお昼休憩に行ってるのに,自分の相手をしてくれたオッチャンは窓口でずっと自分を待ってくれていた。

「ごめんなさい〜ずーっと向こうの土地銀行(Land Bank)まで行ってました」

もう1300を過ぎている。
メシ屋もちょっとは空いてきたかな?
近所をのんびりシャカシャカしていて見つけたのがココ。

甘くてほんの少しだけ酸味のあるあんがかかった太揚げ麺。
お〜これも日本にはない味だ。

海老炒飯もシットリしていてウマい。
「ふ〜,ごちそうさま」

と手を合わせる様子を篠原涼子似のキレイなおねえさんにガン見されていた。ハズカシ…

ついでにコーヒー屋さんでアメリカンを注文したが,やっぱりとてもマズい。
マシンで濃く絞り出してお湯で割っているだけだもんな。ウマいワケがない。
嘉義市で飲んだアレはとてもおいしかったのになー

ラウンドを始めてからどーも胃の調子があんまり良くないので,今日はシッカリ晩メシ食うのはやめて,オヤツを買ってこ。

初老の夫婦が道端で売っていた回転餅なるモノ。
チョコとカスタードクリーム。
カスタードクリームはフツーにウマいが,チョコが濃い色の割にはチョコ成分が薄く感じる。

で,コンビニでスイカミルクとスナック菓子。


明日は1049発の列車に乗って台北へ移動して,またドミトリ生活だ。

最後にデカい湯舟にゆっくり浸かっとくか。

…と,車いすも風呂場でキレイに洗ってあげた。
2週間で400km以上も自分と荷物を載っけて運んでくれたんだから,よくよく見ると随分汚れてくたびれていた。
コイツがいなけりゃどうやってもココまでは来れなかった。

「うわぁ〜お前さんが一番キツかったよな〜すまんかったな〜ありがとな〜」

キレイさっぱり!ピカピカで気持ちよさそうだ!



部屋に並べた荷物を眺めると「よくもコレだけのモノを背負って来たな」と,我が事ながらあらためて感心する。

でも,テントやマット,寝袋,バーナーにコッヘル等野営に関するモノや,残り1.5ヶ月分の処方薬も,いろんなモノが要らなくなったのだから,着替えとかフツーの宿やドミトリ泊で要るものだけを残して,他は全て日本に送ることにした。

その前に,必ず行きたいトコロとついでに寄りたいトコロに行っておこう。

まず,必ず行きたいトコロ。

宿からおよそ1kmゆーっくり漕いで着いたのが湯徳章紀念公園。

ニ·ニ八事件において,国民党軍は湯徳章(坂井徳章)氏を市中引き回した上でココで処刑した。
彼らの功績があってこそ今の台湾がある。
烏山頭の八田氏と同様に,湯氏もこの地で人々の営みを静かに見守っている。

自身の死をも厭わず正義を貫き通し公のために尽くす。

「それが“日本精神”です。自分の生活も豊かにしたいですが,公に貢献することも忘れてはいけません。父に厳しく教わりました。」
昨日のタクシーの陳さんのお父さんは日本の統治時代に教育を受けた世代だ。

きっと自分にはできない。
カミさんを抱きしめるだけで精一杯のハズだ。

目を閉じて銅像の前で手を合わせた。

んで,この公園のスグ近くに,ガイドブックにもにも紹介されている林百貨店がある。ココがついでに寄りたいトコロ。

ココでもエレベーターを巡ってひと揉めあった。

んーこの国の人々…特にいかにもちゃんとしてそうに見えるヒトの,「わかりやすい弱者(←自分のように車いす利用だったりする)」に対しての,頭ごなしのクソ親切は実に不愉快だ。
本人たちは「イイコト」しちゃった感に満たされて大満足なんだろうが。
結局,彼等の理論でショートストーリーを美しく成立させたいだけなのだ。
こちらがどう感じていようが「おだまり!私たちの慈悲をありがたくチョーダイしなさい!」って。

これは↑の公に貢献云々とは全く違うおハナシだ。
日本でさえココまでヒドくはない。
ヤサシサでもオモイヤリでも何でもない。
完全に間違っている。

ま,イイや。
このビルにはいかにもカミさん好みの雑貨がドッサリ詰まっていて,お土産を買うなら必ずココも見ておこう,と決めていたのだ(←結局大した買い物もしなかったw)。


林百貨店を出たらお昼過ぎ。
宿方向に向かう途中で地図をチェックしたら,少し逸れたトコロにチマキ屋がある,と。
ATMで現金を補充してからそこへ向かった。


チマキはもちろんだが,ついでに注文したイカも茹でたレタスもバツグンにウマかった!




昼メシ食ったら,宿の裏のデカい郵便局で「便利箱」を購入。


要らなくなった荷物をコイツに詰めて,明日にでも郵便局に持っていく。

晩メシは,宿の近所のローカルなハンバーガー屋で買った。

漢字文化って助かるわー。
なんとなく推理できるもんねw
24(sun)は午前中のうちは,

◆台南→台北の火車の切符
◆台北での宿
◆台北→福岡の航空券

の手配でまあまあ忙しかった。

台鉄の切符はオンラインで予約と支払いまでができるのだが,車いす対応席が確保されているとは思えなかったので,念のために宿の向かいにある台南駅の窓口に聞きに行ったら案の定であった。
やはり車いす対応席はオンラインではとれないらしい。
普通席から車いす対応席にかえてもらった。

台北にはしばらく滞在するつもりなので,前回利用した(キャミねえさんがいた😂)ドミトリではなく,2番目の候補にしていた宿を予約,支払いも済ませた(←当然こちらが身障者であることは伝えていてwelcomeだった)のだが,1日経ったあと
「ごめん,今更なんだけど,バリアフリートイレ壊れてて,それでも構わないならOKよ」
とメッセージをよこしてきやがった。
ナメとんなコイツら。 
オメーらはよー,トイレ壊れて使えん宿に「イイッスよ」って泊まるんか?
ションベンしたくなったら宿出てどこかヨソでやって来い,って言ってんだぜ?
身障者ナメんのもいい加減にせーよコラ。
で,キャンセル不可です,だとぅ?
オメーらどいつもこいつも真剣に仕事せーよバカタレが!
おーし,数日後オメーんとこに行って全額取り返しに行くからオーナー呼んで待っとれ!
取り急ぎ前回泊まったキャミねえさんの宿もおさえておいた。

台北→福岡の航空券は,便の変更ができる航空券を買っておいたので,この変更は特に問題なく済んだ。
以前提出しておいた「車いす仕様確認フォーム」がおそらく反映されないんじゃ…という気がしたので再度提出しておいた。でも…イヤな予感がするな…

午後からは国立台湾歴史博物館に向かった。

ココも烏山頭と同様に必ず行きたかった場所のひとつであった。
メキシコのアソコほど巨大ではないので3〜4時間あればシッカリ学べる。
台北にある歴史博物館は美術品が多いらしく(←なんでしょ?)自分の趣向と合わない。
白菜とか角煮とかキリギリスにも興味はない。

台南にあるこの歴史博物館は,この国の複雑な歴史をシッカリと解説,展示してくれている実に中身の濃いトコロなのだ。

宿から8kmくらいだから昨日までの自分なら
「2時間かからんな」
とシャカシャカ漕ぎはじめているところだが,もう漕がない(ってか漕げん)。
台南駅から出ている18番バスは低床どころか4ステップもあるので乗れない。
陳さんのタクシーで送ってもらった。
LINEで友達になったから「帰りは呼んでね」と。

で,国立台湾歴史博物館。
書物やネットでの情報ももちろん重要だが,大きな図解,資料,音声,映像等で解説してくれると大変わかりやすい。



当然のことながら,日本が統治していた50年間についても非常に詳しく解説されていた。
日本人は最初は招かざる犬だったのだろう。しかし次第にそうではなくなっていった…
やはりこの国は絶対に他と同じただの「外国」ではない。

LINEで陳さんに迎えに来てもらって,短い時間だったが車内でいろんなことを話した。
「私は台湾のヒトを尊敬しています」
「なぜですか?」
数日前のGSの身障者用トイレと清掃チェックシートの写真を見せて
「こんな田舎のヒトも来ないようなトイレがとてもキレイでした。マジメに正直に働いています。」
「何をおっしゃいますか?あなた方日本人から学んだのですよ」
陳さんは続けた。
「こんなに真っ黒に焼けて…随分長い距離を漕いで来たんでしょう?一人で車いす漕いで台南まで来て,しかも歴史博物館なんかに半日にいる。日本人はとても勉強熱心だというのは話には聞いていましたが,本当でした。」
「私はいま60。水力発電の事業を興そうとしています。できますかね?」
「陳さんやりたいんでしょ?だったら猛勉強して何が何でもやんなきゃ!」
「はーい」

イイひとに会えた。

晩メシはファミマで,

スイーツはイチゴがゴロゴロ入ったヤツ♪