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司馬遼太郎(2002)『翔ぶが如く(九)(十)』文春文庫

翔ぶが如く〈9〉 (文春文庫)/司馬 遼太郎

¥610
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翔ぶが如く〈10〉 (文春文庫)/司馬 遼太郎

¥570
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 桐野は西南戦争を「天の利、地の利によって起つことがあるが、このたびは人によって起つ」と表現した。また、筆者は西南戦争を「宗教一揆に酷似」していると表現した。まったく両者ともよく言い当てているように思う。かたや東京では多くの留学生が欧米へと行くようになり、空前の国際化時代が到来している。それなのに、薩軍は西郷一人の存在によって国家を変えようという空疎な願いをもって、愚鈍な戦いを繰り広げている。これは「宗教的」という表現以外の何ものでもない。
 そもそも、そういった一つの宗教をもって、鹿児島県を独立国家たらしめていたものとは、いったい何だったのだろうか。それは、鹿児島という地理的要因かもしれないし、島津という歴史的要因かもしれない。ただそういう要因の数々が薩摩の強みでもあったし、弱みでもあった。今回の西南戦争における敗北では、その弱みが噴出してしまった。西南戦争とはただそれだけのことなのだろうが、明治を創った一人の英雄が迎えるこの運命には、非業の死を思わずにはいられない。

清家篤(2000)『定年破壊』講談社

 「日本の活力は定年破壊から」と主張する、清家氏が2000年に著した一冊。
 本書では、日本の労働市場がこれから歩むべき道が提案されているのだが、その中には定年退職制度は存在しない、との主張がなされている。
 定年制度のもつ制度的背景等、また定年制度を取り巻く様々な偏見や思い違いなどが明らかになった。

学問のすゝめ

学問のすすめ (岩波文庫)/福沢 諭吉

¥588
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  ――印象に残った言葉――

「我輩の職務は、今日この世に居り我輩の生々したる痕跡を遺して、遠くこれを後世子孫に伝うるの一事にあり」――九編「学問の旨を二様に記して中津の旧友に贈る文」より
 本書の目的の一つとして、徳川時代より続く封建制度の中にある旧弊の打破がある。ただ福澤がそれを目的とする余り、本書は多少過激になりすぎたきらいがある。それゆえに、福澤という人間の情念を少なからず疑ってしまった自分がいた。そんな私をホッと一安心させてくれた言葉がこれだ。
 どうやら、結局は福澤も義に生きた男であったようだ。そして敬愛すべきことに、福澤はその願い通り、後世に多大なる「痕跡」を遺し、そのわが国に貢献するところ計り知れないように思う。そういう意味において、福澤という人間を知る上で素朴ながらも、私にとっては印象深いワンフレーズであった。


     ――感想――

 時代が変わろうとしている。以前はただ支配され続けていただけの人民が、今度は自分たちで国を動かそうとしている。要するに、当時の日本は自由民主主義の過渡期にある。その中で、遅れ気味な人民の歩調を急かすために登場したのが、福澤であり、本書である。そういう点では、本書は明治の気運が知れる、非常に楽しい仕上がりになっている。

 本書が執筆され始めたのは、明治5年。完成したのが、明治13年であるという。つまり、本書が書かれたとき、世は、封建・鎖国のときから一転、旧習の打破・近代化が求められる時代へと移ろうとしていた。ゆえに本書は明治の維新改革とともにあり、本書でいう「日本」「国家」とは明治政府そのものであると考えるべきであろう。
 本書の説くところは、それほど難しいことではない。要は、「日本」を「独立」に耐えうる近代国家にすべく、そのために国家ではなく、国民への啓蒙を行っているのだ。そして、その国民のために存在するの「学問」である、と述べている。それゆえに『学問のすゝめ』と題されているのである。
 読み進めていく中で、福澤の卓越した国際感覚に気付く。例えば、福澤は六編において赤穂浪士の罪深さを指摘する。赤穂浪士については、「裁判を不正なりと思わば、何が故にこれを政府へ訴えざるや」と述べ、彼らを義に尽くした勇者たちであると評した世間を「大いなる間違い」であるとする。こうした封建時代特有の「私裁」を糾弾し、近代国家に欠くべからざる「国法」の貴きを論じた福澤の気分は、当時の多くの日本人とかけ離れたものであるといえるだろう。彼の評価軸とは何であろうか。それは一点、世の文明に益あるか否か、である。ゆえに、赤穂浪士たちがいかに忠義に厚かろうと、いかに潔い死を選ぼうと、国家を良き道へ改革することのない死は無駄死である、と福澤は考えるのである。更に言えば、近代的民主国家にはそうした時にしかるべき作法・手続きが存在するのであり、無益な情誼に喜び、喝采している場合ではない、ということを言い含めているのだろう。そういう意味で本書は旧弊打破の本であるといえ、人民の「明治維新」を行おうとしているともいえそうである。
 繰り返すが、本書の対象はあくまで「人民」である。四編にもあるように、明治維新の中にある「如何ともすべからざる原因」は「人民の無知文盲」である、と福澤は考えている。人民の無知文盲。こう記述する限り、あたかも人民にその不足の責があるように思える。これは少し言い過ぎだろう。まずは政府のみが急速な改革を行い、近代化を図った。この「上からの改革」に人民が遅れを取るのは仕方が無い。そんな状況にある読者諸君、人民諸君に宛てる言葉が「無知文盲」では、あまりに酷過ぎる。だが、きっと福澤はそれを踏まえた上で敢えて「無知文盲」と人民を罵ったのだろう。そこに福澤が行おうとした人民の啓蒙・改革への覚悟が見え隠れする。

 また、大衆の啓蒙が必要になる時代というのは、一方で独特の虚しさが漂う時代でもあるように思う。例えば、福澤が本書で行う指摘には、現代に通じるような普遍性を備えるものも数多い。これは現代のような成熟した大衆化社会といえども、大衆啓蒙という本質的な課題に対して、未だに決定的な解決策を導き出せずにいる証左ではないだろうか。例えば、大衆を啓蒙する最たるものとしての「大学」。昨今の大学ほど、教育機構として総じて無価値なものはないだろう。大学は与えるふりを続け、学生は要求する振りを続ける。それは、我が慶應義塾ですら、例外ではない。『学問のすゝめ』と言うが、福澤の望む学問とやらを真に理解し、実行している学生が果たしてどれだけいるのだろうか。

 明治時代、驚異的なベストセラーを誇ったといわれる本書。その真価がいまだに問われ続けているような気がする。そこに、大衆啓蒙への困難を思わずにはいられない。

三原・広島・下関・博多・長崎旅行記

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 3日間5都市の強行スケジュールで西日本を周遊。

□三原
 ドバイメトロの車両が続々と完成していた。まだ見ぬアラビアの希望に思いを馳せた。これからは、金融もロシア・中東の時代かもしれない。街のHot topicは、新たにヤマダ電機ができたことらしい。
□広島
 古く、威厳のある建物だった。原爆投下の日、婦女子を含めた多くの労働者たちが朝早くから働いていたという。勉強不足を思い知った。
□下関
 山口。古くは源平合戦。さらに長州藩のお膝元であった。巌流島の半分は、企業秘匿上の理由で会社のものであるらしい。奥深し。改めて、観光に訪れたいと思う。
□博多
 念願の博多。スマイルなホテルで1泊。有名店「せいもん払い」に行こうとするも、priceの関係で周りの反対に合い、敢え無く断念。一風堂の本店には、参上してきました。生田君、Happy Birthday!☆
□長崎
 はじめての長崎。出島に亀山社中。ずっと憧れの街だった。レンタ電動サイクルだったにも関わらず、坂は苦戦。福澤先生が、適塾に入塾される前の長崎遊学のときに寄宿したとされる、光永寺に行った。勝手な話だが、この寺にも少なからず所縁を感じることができるようになった自分に少し感慨深くなる。4年間ありがとうございました。
 亀山社中跡。跡地を周りながら、竜馬という脱力系な英雄の人生を改めて妄想する。竜馬像前の碑文は有名な以下の文。

 船が長崎の港内に入ったとき、竜馬は胸のおどるような思いをおさえかね、「長崎はわしの希望じゃ」と陸奥陽之助にいった、「やがては日本の回天の足場になる」ともいった。

 長崎も悪くない、…かもしれない。

Koeln

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 ケルン。古くは「コローニア・アグリッピネンシス」と呼ばれていたこの都市の建設者は、アグリッパである。彼は、幼き頃カエサルに見出され、初代ローマ皇帝アウグストゥスの代えがたい盟友となった男である。街の折々に、ローマ時代を思わせる遺跡があった。
 市街の中心部には、世界遺産としても著名な大聖堂がある。その側をライン河が流れている。河辺とともにある、アグリッパの造ったこの街にとても親近感が沸いた。