学問のすゝめ
学問のすすめ (岩波文庫)/福沢 諭吉

¥588
Amazon.co.jp
――印象に残った言葉――
「我輩の職務は、今日この世に居り我輩の生々したる痕跡を遺して、遠くこれを後世子孫に伝うるの一事にあり」――九編「学問の旨を二様に記して中津の旧友に贈る文」より
本書の目的の一つとして、徳川時代より続く封建制度の中にある旧弊の打破がある。ただ福澤がそれを目的とする余り、本書は多少過激になりすぎたきらいがある。それゆえに、福澤という人間の情念を少なからず疑ってしまった自分がいた。そんな私をホッと一安心させてくれた言葉がこれだ。
どうやら、結局は福澤も義に生きた男であったようだ。そして敬愛すべきことに、福澤はその願い通り、後世に多大なる「痕跡」を遺し、そのわが国に貢献するところ計り知れないように思う。そういう意味において、福澤という人間を知る上で素朴ながらも、私にとっては印象深いワンフレーズであった。
――感想――
時代が変わろうとしている。以前はただ支配され続けていただけの人民が、今度は自分たちで国を動かそうとしている。要するに、当時の日本は自由民主主義の過渡期にある。その中で、遅れ気味な人民の歩調を急かすために登場したのが、福澤であり、本書である。そういう点では、本書は明治の気運が知れる、非常に楽しい仕上がりになっている。
本書が執筆され始めたのは、明治5年。完成したのが、明治13年であるという。つまり、本書が書かれたとき、世は、封建・鎖国のときから一転、旧習の打破・近代化が求められる時代へと移ろうとしていた。ゆえに本書は明治の維新改革とともにあり、本書でいう「日本」「国家」とは明治政府そのものであると考えるべきであろう。
本書の説くところは、それほど難しいことではない。要は、「日本」を「独立」に耐えうる近代国家にすべく、そのために国家ではなく、国民への啓蒙を行っているのだ。そして、その国民のために存在するの「学問」である、と述べている。それゆえに『学問のすゝめ』と題されているのである。
読み進めていく中で、福澤の卓越した国際感覚に気付く。例えば、福澤は六編において赤穂浪士の罪深さを指摘する。赤穂浪士については、「裁判を不正なりと思わば、何が故にこれを政府へ訴えざるや」と述べ、彼らを義に尽くした勇者たちであると評した世間を「大いなる間違い」であるとする。こうした封建時代特有の「私裁」を糾弾し、近代国家に欠くべからざる「国法」の貴きを論じた福澤の気分は、当時の多くの日本人とかけ離れたものであるといえるだろう。彼の評価軸とは何であろうか。それは一点、世の文明に益あるか否か、である。ゆえに、赤穂浪士たちがいかに忠義に厚かろうと、いかに潔い死を選ぼうと、国家を良き道へ改革することのない死は無駄死である、と福澤は考えるのである。更に言えば、近代的民主国家にはそうした時にしかるべき作法・手続きが存在するのであり、無益な情誼に喜び、喝采している場合ではない、ということを言い含めているのだろう。そういう意味で本書は旧弊打破の本であるといえ、人民の「明治維新」を行おうとしているともいえそうである。
繰り返すが、本書の対象はあくまで「人民」である。四編にもあるように、明治維新の中にある「如何ともすべからざる原因」は「人民の無知文盲」である、と福澤は考えている。人民の無知文盲。こう記述する限り、あたかも人民にその不足の責があるように思える。これは少し言い過ぎだろう。まずは政府のみが急速な改革を行い、近代化を図った。この「上からの改革」に人民が遅れを取るのは仕方が無い。そんな状況にある読者諸君、人民諸君に宛てる言葉が「無知文盲」では、あまりに酷過ぎる。だが、きっと福澤はそれを踏まえた上で敢えて「無知文盲」と人民を罵ったのだろう。そこに福澤が行おうとした人民の啓蒙・改革への覚悟が見え隠れする。
また、大衆の啓蒙が必要になる時代というのは、一方で独特の虚しさが漂う時代でもあるように思う。例えば、福澤が本書で行う指摘には、現代に通じるような普遍性を備えるものも数多い。これは現代のような成熟した大衆化社会といえども、大衆啓蒙という本質的な課題に対して、未だに決定的な解決策を導き出せずにいる証左ではないだろうか。例えば、大衆を啓蒙する最たるものとしての「大学」。昨今の大学ほど、教育機構として総じて無価値なものはないだろう。大学は与えるふりを続け、学生は要求する振りを続ける。それは、我が慶應義塾ですら、例外ではない。『学問のすゝめ』と言うが、福澤の望む学問とやらを真に理解し、実行している学生が果たしてどれだけいるのだろうか。
明治時代、驚異的なベストセラーを誇ったといわれる本書。その真価がいまだに問われ続けているような気がする。そこに、大衆啓蒙への困難を思わずにはいられない。

¥588
Amazon.co.jp
――印象に残った言葉――
「我輩の職務は、今日この世に居り我輩の生々したる痕跡を遺して、遠くこれを後世子孫に伝うるの一事にあり」――九編「学問の旨を二様に記して中津の旧友に贈る文」より
本書の目的の一つとして、徳川時代より続く封建制度の中にある旧弊の打破がある。ただ福澤がそれを目的とする余り、本書は多少過激になりすぎたきらいがある。それゆえに、福澤という人間の情念を少なからず疑ってしまった自分がいた。そんな私をホッと一安心させてくれた言葉がこれだ。
どうやら、結局は福澤も義に生きた男であったようだ。そして敬愛すべきことに、福澤はその願い通り、後世に多大なる「痕跡」を遺し、そのわが国に貢献するところ計り知れないように思う。そういう意味において、福澤という人間を知る上で素朴ながらも、私にとっては印象深いワンフレーズであった。
――感想――
時代が変わろうとしている。以前はただ支配され続けていただけの人民が、今度は自分たちで国を動かそうとしている。要するに、当時の日本は自由民主主義の過渡期にある。その中で、遅れ気味な人民の歩調を急かすために登場したのが、福澤であり、本書である。そういう点では、本書は明治の気運が知れる、非常に楽しい仕上がりになっている。
本書が執筆され始めたのは、明治5年。完成したのが、明治13年であるという。つまり、本書が書かれたとき、世は、封建・鎖国のときから一転、旧習の打破・近代化が求められる時代へと移ろうとしていた。ゆえに本書は明治の維新改革とともにあり、本書でいう「日本」「国家」とは明治政府そのものであると考えるべきであろう。
本書の説くところは、それほど難しいことではない。要は、「日本」を「独立」に耐えうる近代国家にすべく、そのために国家ではなく、国民への啓蒙を行っているのだ。そして、その国民のために存在するの「学問」である、と述べている。それゆえに『学問のすゝめ』と題されているのである。
読み進めていく中で、福澤の卓越した国際感覚に気付く。例えば、福澤は六編において赤穂浪士の罪深さを指摘する。赤穂浪士については、「裁判を不正なりと思わば、何が故にこれを政府へ訴えざるや」と述べ、彼らを義に尽くした勇者たちであると評した世間を「大いなる間違い」であるとする。こうした封建時代特有の「私裁」を糾弾し、近代国家に欠くべからざる「国法」の貴きを論じた福澤の気分は、当時の多くの日本人とかけ離れたものであるといえるだろう。彼の評価軸とは何であろうか。それは一点、世の文明に益あるか否か、である。ゆえに、赤穂浪士たちがいかに忠義に厚かろうと、いかに潔い死を選ぼうと、国家を良き道へ改革することのない死は無駄死である、と福澤は考えるのである。更に言えば、近代的民主国家にはそうした時にしかるべき作法・手続きが存在するのであり、無益な情誼に喜び、喝采している場合ではない、ということを言い含めているのだろう。そういう意味で本書は旧弊打破の本であるといえ、人民の「明治維新」を行おうとしているともいえそうである。
繰り返すが、本書の対象はあくまで「人民」である。四編にもあるように、明治維新の中にある「如何ともすべからざる原因」は「人民の無知文盲」である、と福澤は考えている。人民の無知文盲。こう記述する限り、あたかも人民にその不足の責があるように思える。これは少し言い過ぎだろう。まずは政府のみが急速な改革を行い、近代化を図った。この「上からの改革」に人民が遅れを取るのは仕方が無い。そんな状況にある読者諸君、人民諸君に宛てる言葉が「無知文盲」では、あまりに酷過ぎる。だが、きっと福澤はそれを踏まえた上で敢えて「無知文盲」と人民を罵ったのだろう。そこに福澤が行おうとした人民の啓蒙・改革への覚悟が見え隠れする。
また、大衆の啓蒙が必要になる時代というのは、一方で独特の虚しさが漂う時代でもあるように思う。例えば、福澤が本書で行う指摘には、現代に通じるような普遍性を備えるものも数多い。これは現代のような成熟した大衆化社会といえども、大衆啓蒙という本質的な課題に対して、未だに決定的な解決策を導き出せずにいる証左ではないだろうか。例えば、大衆を啓蒙する最たるものとしての「大学」。昨今の大学ほど、教育機構として総じて無価値なものはないだろう。大学は与えるふりを続け、学生は要求する振りを続ける。それは、我が慶應義塾ですら、例外ではない。『学問のすゝめ』と言うが、福澤の望む学問とやらを真に理解し、実行している学生が果たしてどれだけいるのだろうか。
明治時代、驚異的なベストセラーを誇ったといわれる本書。その真価がいまだに問われ続けているような気がする。そこに、大衆啓蒙への困難を思わずにはいられない。