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山内昌之『イスラームと国際政治―歴史から読む』岩波新書

イスラームと国際政治―歴史から読む (岩波新書)/山内 昌之

¥777
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 『イスラームと国際政治』というやや堅いタイトルからは、想像もつかないほど読み易かった。
 オムニバス形式にまとめられた本書は、なかなか理解しづらい複雑怪奇な「イスラーム」というキーワードが、文字通り「鍵」を握る国際政治上のそれぞれの現象をトピックごとに概観している。これまで「イスラーム」に対して直球勝負を挑み、完全に挫折し迷宮入りしていた私の「イスラーム」への興味関心も本書により、少し灯りが燈されたようなそんな心持である。内容としては10年近く前のものではあるが、お勧めの一冊である。
 特に興味深かったトピックを一つ挙げるとするならば、イスラームを内包したマレーシア社会の経済発展を挙げたい。多民族・多宗教国家であるマレーシアは、経済的再配分・権力分有・議会制度をその多様性に適応させ、40年間に及ぶ持続的経済成長を達成、更にその結果として民族的対立と緩和に成功した。そして、そうした社会の変化の中心にいたのが国民の約半分を占めるイスラームであったというのである。ここに古典イスラーム教理の説く、「民族・文化・宗教の違いを超越する救済の使命と正義の感覚」がみられる、と筆者は述べている。こうした中東とはまた別の「イスラーム」の一面は、その後マレーシアを襲った通貨危機への政策的対応とともに非常に興味深いものである。

小管信子(2005)『戦後和解―日本は〈過去〉から解き放たれるのか』中公新書

戦後和解 - 日本は〈過去〉から解き放たれるのか (中公新書 (1804))/小菅 信子

¥777
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本書によると、そもそも近代以前のヨーロッパにおける戦後講和というものは「忘却」によってなされていたという。つまり当時は、これからの両国における平和関係維持のために過去は忘れる、という妥協による和解が慣例であったのである。しかし、19世紀ごろから様々な事情により、忘却による和解を許容しない、いわば「今後築くべき未来平和のために、戦争という過去を忘れてはいけない」ことが必要とされる時代になったのである。この和解アプローチの大きな転換を再認識することが現代の外交問題にとっても肝要なのではないか、と本書は説いている。
 だが、過去に相手に与えられた想像を絶するような苦痛を「常に」想起することでその相手と築き上げる「友情」によって、我々はどれだけ「平和」へと近づくことができるのだろうか。今の日本が直面している課題を鑑みると、私はこの道がどうにも果てしなきものになってしまうのではないかと、考えてしまう。そして、それがたとえ歴史的に不可逆的な流れであるとしても、私はついつい「忘却」の魅力に引き寄せられてしまう。
 そんな私を諭すように、筆者は忘却による和解は許容されない世界に生きる以上、過去を明らかにした上で、未来の平和のために両者は譲歩と妥協が必要であると、戦後の日英関係の変遷を例に挙げて説いていく。
 戦後、日本軍によって泰緬鉄道建設に用いられた英軍捕虜処遇問題を発端とした英国内での「反日」感情は、1990年代になるまでたいそう強いものであった。しかし、そうした両者の軋轢も20世紀末に修復されることとなる。その変化の要因として、英国から経済的な要請や、当事者の高齢化も一因として考えられるが、ここで筆者は、民主的された社会における民間活動の重要性を強調している。そして民間を基点とした、かつての敵との積極的な「対面」によって日英関係は一応の解決を得、さらに合同慰霊などの戦後和解の形は、今日的な戦後平和構築の価値観とも一致していると述べている。
 いずれにしても、今後とも日本が〈過去〉から解き放たれることはなさそうである。

文明論之概略

文明論之概略 (岩波文庫)/福沢 諭吉

¥840
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 ―「試験の世の中」―

 これは『文明論之概略』のなかでわたくしが最も気に入った言葉である。第3章において、何事も実験を重ねながら、その試行錯誤によってより高度な真理を追求していくものである、という文脈で使われている。人はある答えに至ろうという思いのあまり、極端な思想にとかく傾倒しがちである。特に当時の福澤の眼にはそれが、まざまざと見えて仕方がなかったに違いない。
 本書内では、何かに没頭する、その弊害を決して忘れてはいけない。ある程度の余裕ともいうべき、距離感が必要である、と述べられている。考えてみれば、対象との間の距離感、これを保とうとする不断の努力というものは学問を志すものの最も根幹をなす部分でもある。個人的な見解であるが、わたくしは、学問というものは「平衡感覚」を保つための練習である、と考えている。つまりは学問を通した試行錯誤の中で養うべきであると考えていたのだが、こうした命題を「試験の世の中」と簡潔に表現した福澤の着想には、ただ詠嘆するばかりである。


 ―感想―

 素直な気持ちを述べれば、わたくしは福澤を「先生」と呼ぶのに少し違和感がある。
 わたくしは現在、慶應義塾大学に在籍し、その文化を楽しんでいる。この事実をもってすれば、勿論「先生」と呼ぶことは決して不思議ではないだろう。しかし、わたくしは福澤の代表的著作にほとんど触れたことがないのである。にもかかわらず、福澤の残した思想を学ばずして福澤を「先生」と呼ぶことは一種の思考停止といえよう。ここでなんとかこの違和感を凌駕すべく、福澤を代表する古典『文明論之概略』に挑みたいと思う。

 それでは、内容へと入りたい。
 当初、わたくしはタイトルが何を意味するのかわからなかった。幕末、明治初期という時代を生きた福澤がなぜ「文明」について述べるのだろうか。
 まず、文明の語義を明確にしたい。本文中で福澤は「文明とは人の身を安楽にして心を高尚にするを云ふなり」と述べ、さらに「文明とは結局、人の智徳の進歩と云ふて可なり」と結んでいる。つまり文明の意としては、生産手段の発達等に伴う生活水準の向上だけでなく、人々の精神性の進歩という面も含まれるのである。ちなみに『文明論之概略』で福澤が深く言及していくのは後者である。
 福澤は、国の政治は人々の文明の程度に強く依存すると述べている。さらに当時の状況から、日本の独立を考えるには決して避けては通れない道、それが文明であると考え、本書を著したことがわかる。

 そして、読み進めていくとふと気付くことがある。それは、本書の「回りくどさ」である。章立てを見ればわかるのだが、決して本論を急ごうとしていない。思考における方法論を国外の学者たちの考えに依拠しながら、福澤の考えを余すことなく伝えぬくための土壌を築こうとしている様が伺える。率直にいえば、わたくしにとってはこれを理解するまでが非常に辛かった。少なからず読破を諦めかけた。しかし、逆に言えば看破するのに労を要するほどの導入部、これこそが福澤の思想の真髄を伝える道程の遠さを物語っているのではないだろうか。国民の「文明」の程度と、福澤の考えるそれの程度を大きく乖離していた。最終的には、自国の独立を論じながらも、本書の大部分を人々の啓蒙にあてている。この点にこそ『文明論之概略』の現代にも読まれる名著たる所以があるのではないか、と思う。
 戦後、高度経済成長期を経て、経済的には世界的にも揺ぎない地位を確立したにも関わらず、わが国は「自国の独立」が危ぶまれ続けているといわれている。たしかに日本の政治家たちが戦後歩んできた道を辿れば、その要因として様々なことが挙げられるだろう。しかしながら、わたくしは本書を読み終えた後、「人民、愚に還れば、政治の力は次第に衰弱を致さん」という福澤の言葉を、思わず反芻してしまった。100年という月日をもってしても、福澤によって語られた言葉の意味性は決して減じてはいない。

 国を憂う。この困難。その在り方。それらの愉しみと、深遠さ。それらを『文明論之概略』に学んだ気がする。

魚住昭(2006)『野中広務 差別と権力』講談社文庫

野中広務 差別と権力 (講談社文庫)/魚住 昭

¥730
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 野中広務。彼の名前を聞いて何を想像するだろうか。それは老骸、利権、北朝鮮との癒着など決して良いイメージではないかもしれない。しかし、彼の背景にあったものはあまりに特殊であった。そしてそれを背負うことは決して光の見えることのない暗い闘いを意味するのだ。 本書は、差別という重い十字架を背負い続け、政治における権力闘争を生き抜いた、彼の壮絶な半生を綴っている。
 彼は、部落から求められる役割と部落外から求められる役割という二つの顔をうまく使い分け、『調停者』として権力を握っていった。その性質は中央政界に入ってからも変わることなく、利害の異なる集団の境界線上に身を置き、権力を発揮し続けた。特に彼の状況把握能力は恐ろしく卓越していたといえる。そして彼は「影の総理」として君臨するまでになった。
 しかし、彼でさえも差別を利用することはできても、結局、克服することがでなかったのだ。むしろ、先人よりも強く差別と向き合おうとした結果、辿り着いたのは、彼の人生を賭してまで成したものその全てを、まるであざ笑うかのような残酷な現実であった。人の心に潜むこの闇はどれほどに深いのだろうか。いやそれともそれは永田町であるからこそなのか。
 とにかく、その闇をひたすら突き進み、傷つき、嘆き、怒り、失望していった彼の半生は、ノンフィクションとは思えないほどに衝撃的であった。 

阿部謹也(1988)『ハーメルンの笛吹き男―伝説とその世界』ちくま文庫

ハーメルンの笛吹き男―伝説とその世界 (ちくま文庫)/阿部 謹也

¥756
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グリム童話の一作として知られる「ハーメルンの笛吹き男」伝説。本書はこの伝説の起源を辿る中でヨーロッパ中世社会に潜む差別の問題を明らかにし、さらにはそこに生きる人々の心的構造の核心に迫ろうと試みる。
 まず、民衆伝説の研究はその性質上、非常に繊細さが必要とされる。例えば、伝説を合理的検証によって、民衆の虚構としてみなし、すぐさま否定してしまうことは簡単である。しかし、それでは民衆の心たるものを自在に内包しうる、伝説の自由奔放な性格までも無視してしまうことになりかねない。どのような伝説も、神話と同様にそれ自体の中に「無限の価値」を持っており、当時の民衆の生の感情を辿る唯一無二の鍵とさえなりうるのである。しかし、一方で伝説は本来柔軟な性格を持った民衆の精神を絶対化・固定化してしまう力も持ち合わせている。それが発展すると、かつて「笛吹き男」がプロイセンによるドイツ統一のシンボルとして位置づけられたことから分かるように、政治的利用や民衆教化に用いられることも容易に想像できるだろう。
 しかし、そんな苦難に正面からぶちあたり『伝説と自己との無限の距離の重みに耐えつづけ』ながら、「笛吹き男」を中心として中世賤民たちの社会を描こうとした本書は実に読み応えのあるものであった。笛吹き男に関して言えば、土地所有が社会的序列の基礎をなしていた中世社会では彼らのような土地に縛られることのない、いわゆる遍歴芸人は人間としての序列の枠外とみなされていた。それだけでなく彼らが外界から持ち込む様々な異教的文化は、教会のキリスト教普及にとって障害でしかなかったため、彼らは支配権力にとって危険な存在として認識された。そのような状況下において、東方植民や少年十字軍といった何らかの原因によって生じた、急激な人口減少という恐怖の捌け口として扱われた遍歴芸人の歴史は、非常に私の歴史的感覚をくすぐるものであった。