藤原緋沙子『春落葉』(藍染袴御匙帖 第三話)を読んで
またまた唸ってしまいました。
文章、あらすじ、テーマ、すべてが素敵な時代小説です。
藤原さんの小説を読んで気づいたのですが、彼女の創作動機のひとつには、「絵になる情景をイメージしておく」ということかなと推察しています。
以下ネタばれがあるので、ご注意ください。
この「春落葉」での「絵になる情景」は、今回の主人公がまだ郷里の藩の鳥刺し役(藩主の鷹の餌である鳥を集めて供する職業)だった頃の忌まわしくも悲しい事件の様子でしょう。これは彼女の作品を最初に読んで唸った「雪婆」の回想シーンにも匹敵するくらい強い印象を残しました。
そして、重要なアイテムとして登場する「鳥もち」。
その「鳥もち」を巡った事故。
弟の亡骸を目の当たりにした時の兄の悲嘆など。
すべてが、一枚の絵、いや、動画のような鮮やかな追憶シーンとなって、私の心をとらえて離しませんでした。
藤原先生の小説は、このような見事な部分に加えて、主人公の千鶴の凛とした、まさに藍染袴を靡かせて歩く行動の線と気持ちの気高さ、美し さ、
そして、毎回の事件の当事者のやむにやまれぬ動機などなど。
本当に心が洗われる物語ばかりです。
ありがとうございました。
今野敏『龍の哭く街』を読んで
(ネタバレ注意です)
龍の年にふさわしい読書となりました。意図せずでしたが。
ちなみに、具体的な龍については表記はなく、あくまで、「風水」上の「気」の通る道として、それが龍が通る道として物語のひとつの要素となっているのでした。
その、龍の哭く街というのは、新宿・歌舞伎町。
ヤクザがしのぎを削っている中、第二勢力として中国系マフィア、流泯(りゅうみん)と呼ばれる不良集団などが入ってきて、抗争が始まりそうな雲行きの中、一人のバーテンダーが中国の流泯から命を狙われおびえて暮らすという物語。
彼は、過去に、入国審査官として不法滞在中国人の男を、同僚らがリンチの末殺してしまった時にそのリンチに消極的ながら加わった経緯があり、それを悔いて退職し、今は歌舞伎町でバーテンダーをしているのででした。月日が経ってその中国人の兄が今では、香港経済界の超大物になり、主人公らリンチに関わったものを次々と流民や滞在中国人らを使って殺し、ついに主人公のもとに迫る、という御話でした。
今野敏さんは、この男が審査官をやめた後に台湾に渡り、中国の文化、武道を2年間学びこととなったきっかけとして、入国審査官として働いていた時に大変親切にした台湾人から感謝されて現地でも歓迎されたことを記しているので、主人公の人柄がつかめます。そう、彼は一時の過ちを悔やみながら、都会の一隅でひっそりと生きているのでした。
物語は彼のそんな人柄が最後に自らを救うこととなりますが、昨今問題となっている入国審査官による不法滞在外国人に対するひどい虐待を扱っている点で、社会派の小説と言えると思います。加えて、人と人との信頼もテーマになっているように感じられますし、中国の風水についても興味がもてるようになりそうな話に仕上がっています。また、この物語は、今野さんの小説でよくみられる「社会的な事件や問題を、ぐぐっと一人の人間の行いとの因果関係に落とし込む」という作風が色濃く出ていて、そこに私などは、物語に一層のリアリティと親近感を感じてしまいます。
また、主人公の、彼が同棲しているキャバクラの女性に対する心情およびその変化も興味がそそられます。もし映画化されるとしたら、この女性は原作より重要で目立つ存在になりそうです。いつものことながら今野さんの女性描写はほんと淡泊すぎるからです。
以上。
藤原緋沙子『花蝋燭』を読んで
書き下ろし時代小説『 藍染袴お匙帖 』シリーズの第一巻の第二話なのだが、見事過ぎる。第一話ではじまったこのシリーズの二作目なのだが、もうすでに、第一話で登場した登場人物のそれぞれの人柄がくっきりイメージでき、すでに安定した世界観が確立しているのに驚いた。
藤原緋沙子さんは、「先生」とつい呼びたくなるような、しっかりとした良識に裏打ちされた江戸下町の庶民の人情ドラマを描かれている。
ここでも今後藤原先生とお呼びしたい。
先生の物語には美点がたくさんある。情景描写が丁寧で、たぶん江戸の古地図に忠実に設定されているからだからだと思うのだが、物語の背景から私達読者は舞台をまるですぐそばで見ているような臨場感をもって楽しめる。
そして、人と人の「情愛」がテーマになっているし、巨悪や殺伐とした風景が出てこないので、人を殺める話でも、あまり心拍数を増やさずに読めるし、なんといっても、人間の良識を信じているような筆致がいい。先生の人に対しての視線に優しさと慈しみがにじみ出てくる。
また、主人公の千鶴さん(女医)の職業倫理と人としての感情などは読者からも十分感情移入できるし、彼女をとりまく助手やお手伝いさん、同心や侍などそれぞれが人としていい味を出している。
そして私が何よりいいなと思うのは、短編の中に、必ずひとつは、「その情景がありかりと心を打つ」シーンがあるからだ。
ここが先生の魅力の最も強いところだと思う。絵画的なのだ。ビジュアル映えがするのだ。
たぶん、この「絵になるシーンを作る」というのは、先生がドラマの脚本などを多く手掛けていることに関係があるのだろうと思う。
この「花蝋燭」を象徴するシーンは、やはり文庫本の表紙にも描かれている、赤子を牢屋から医院に抱きかかえ帰るシーンだと思う。前を蜂谷、後を有田の2人の牢番に挟まれてしずしずと赤子を抱え医院に戻る千鶴。蓬田やすひろさんのイラストが味わいがあっていい。
この『 藍染袴お匙帖 』シリーズはまだ私は5作しか読んでいないので、これからたっぷり楽しめると思う。とてもうれしい☆彡