なぜ、妊娠中などに読まなかったんだろうと後悔するくらい、面白かった。

 

タイトルから分かる通り、性別分業における問題提起が主だが、あくまでも、

「わたしはこういう考え方には違和感がある」「でも、あくまでもわたしの意見であって、皆にそうしろとは言わない」「(不妊治療など)もっと調べたい方は専門家へ」というスタンスが良いと思う。押しつけがましくない文体も、気軽に読める理由のひとつではないか。

 

でも、これは女性ながら世帯主であり、稼ぎ頭であるナオコーラさんだから言えるのかなぁと思う部分もある。

わたしが言うと、どの口で言うてるんやとなってしまいそうだな……。

 

わたしは出産直後と、その後夫の多忙時だけ母に来て貰ったことがあるが、それ以外は基本夫婦で子育てしている。

それだけだと大変なこともあるので、行政を頼ったこともあるのだけれど、

「実家のサポートは?」と100%きかれる。いや、行政の人からすれば状況把握のために必要なんだろうけれど、

中には親兄弟の助けあってしかるべし、みたいな口調の方もいて、

実家のサポートなきゃ子育てしちゃいかんのか、実家の遠い我が家は負け組なのか?と卑屈になったこともある。

なので、そういった行政の質問にモヤるナオコーラさんのエピソードにすごく共感してしまった。

実際実家が遠かったり、居住年数の少ない町で子育てすると、ストレスはめちゃくちゃアップするらしいので、

行政の方はそういう家族を見捨てることなく掬い上げていただきたいなと、ニュースも見ながら思った。

 

それにしても、私の親は性別役割などに囚われない、リベラルで柔軟な両親であると思っている。

父は家事はしないものの、子どものとき、わたしたち兄弟は本当に父親っ子で、よく遊んでもらった。

ただ、なぜかその娘であるはずの私は保守的な部分や、ステレオタイプな部分も持っていて、

やはり学校生活など、保守的な田舎町での意識が育ってしまったのかな、と思っている。

せめて、子をがんじらめにはしたくないなぁと感じるこの頃である。

 

 

 一昨年のクリスマスだったか、妊娠中に教会を転入会し、今の教会の教会員となったお祝いにいただいた。

佐々木正美先生がどんな方かは、その後たまたま観ていたニュース番組で知り、

「貴重な本をいただいたんだな」と感謝して、その頃から読み始めてはいた。

 

 が、息子が生後4ヶ月頃から抱っこしていないとぐずり続けることが続き、動けるようになると後追いも酷くなったので、

平日昼間ワンオペ育児だったわたしは疲弊してしまい、本を読む時間や余裕もなかったし、

中でもこういった育児書はとてもじゃないけど、受け容れられなかった。

妊娠出産祝いには重すぎるプレゼントなんじゃないか、と失礼なことを思ったりもした。

 

それでも、やはり育児に迷ったときは、頼りになる本だと思った。結局育児に躓いて、子どもと離れたときに読んだのである。

 

子ども、赤ちゃんの要求にできるだけ応えてあげましょうという言葉には、「そんなもん理想だ!」と言いたくなるだろう。

実際わたしもそうだ。

だけど、子どもの発達段階に応じた達成課題があり、

中でも要求が受け容れられたことにより自信が育ち、自立・自律心の育っていくこと、

それを逃してしまうと後々大きな問題に発展してしまう可能性の高いこと、

大きくなってからでは、乳児期に戻ってやり直すことは難しいことを聞くと、頷くしかなくなってしまう。

親だって、親の20代30代は今しかないといえばそうだけれども……

ただ、今の人は我慢をしなくなった、と言われてしまうと複雑な部分もある。それはわたしたちだけのせいではないし、

今の若い人は景気の悪い時代しか知らず、若い人に限らないと思うが、人々は将来も約束されず、安い賃金で働きだけを期待され、それでいて便利で豊かな複雑な時代を生きているのだ…と言ったら言い過ぎだろうか。

それでも、そんな世の中で、次の世代を育むこと、未来を創ることはこの上ない仕事だと言われたら、取返しのつかないことになる前に全うしたいと思うのだ。

 

言っておくが、けして佐々木先生は育児は母親だけのものと言っているのではない。

どうしても妊娠出産、授乳は女性のことだし、子どもと触れ合う時間が多いのが母親が多いことから、母親に向けて書いていることが多いのだ。

また、親が幸せでなければ子も幸せでないことも書かれている。保育士や幼稚園の先生は、子どもの幸せを願うならば、親を責めて敵に回すべきでないと書かれていて、それは少し安心した。育児がうまくいかない親を支援しなければならない、そういう親も愛さなくてはならないと。

だから、親に我慢しろと、根性論を説く本でもない。育児に悩む人を見捨てるような内容ではない。
臨床や保育士・幼稚園教諭との勉強会や、アンケートなどの統計データに基づく話も多く、似非医学ではないはず。
当初のわたしのように誤解してしまわないように、はっきり言っておく。
 
ただ、アンケートによると、わたしのように、現在の住まいの居住年数が短く、近くに頼れる人もおらず、育児本が頼りな不安症な母親は、
やはり育児不安のリスクがかなり高い。
お人よしすぎて警戒心がなさすぎるのも問題かもしれないが、人付き合いを大切にして、不安を解消していきたいものだ。

 

 

 児童文学作品で、結局子どものうちにスルーしてしまい、読まずに大人になってしまったというものが割とありまして……

ナルニア国ものがたりもその一つ。(あとはケストナーとかルナールとか。トールキンも、指輪物語の映画をチラッと観ただけ)

 

 しかし、大人になりクリスチャンになり、結婚して引っ越した先の教会に来てみると、本棚にナルニア国物語があり、教会の子どもが『ライオンと魔女』のDVDを観ている……

 

あれ? もしかして聖書モチーフだったの?キョロキョロ

 

と、ここで初めて「読んどきゃ良かったな」と思ったのでした。

 さらにそれから3、4年が経過したのですが、先日、その教会の牧師先生と再会しまして、ナルニア国の話になったわけではないんですが、「そういやまだ読んでなかったな」と思い出し、図書館で借りてようやく読むことができました。

当初、岩波文庫の本は貸し出し中だったので、大型の絵本で読みましたが、これも絵がすごくキレイだったし、色んな訳が読めたので良かったです(訳については後述)。

 

 ネタバレ……と言っていいのか分かりませんが、アスランがイエス・キリストの象徴だというのは、教会で話を聞いて知っていたので、純粋にファンタジーを楽しむというよりは、聖書のどこが元ネタか探りながら読んでしまったなぁというのが、本当のところです。

それから、これはウィキペディアによればトールキンは許せなかった部分らしいですが、

 

聖書と神話とサンタクロースを、ひとつの物語でいっしょくたにするのは、アリなんだな……てへぺろ

 

と、ぶっちゃけ思ってしまいました。

だって神話は多神教で、キリスト教は一神教で、サンタクロースは神様でもなんでもない、聖ニコラウスがモデルの架空の人物?ですからね笑い泣き

 

でも、これは子どものときに読んでたらハマっただろうなと思います。

星座の話を父親から聞くのが好きだった頃があったので、ギリシャ神話は大好きでしたし、クローゼットを通して繋がってる世界というのも、子どもにとってはワクワクする話ですよね。

子どもに聖書物語を知ってもらう一端としては良いのかなと思いました。

 

翻訳の瀬田貞二さんは、先日読んだ、福音館書店創業者の松井直さんの著書で絶賛されている翻訳者のひとりなのですが、

今読むと時代・世代が変わったせいか、なかなか言葉遣いが変わってるところがあるなぁと思いました。

でも、ゆっくりじっくり、想像にひたりながら読むにはこういう調子が良いんでしょうねぇ……

なぜターキッシュ・デライトをプリンに訳してしまったのかすごく謎なんですが……

(日本でいうと、わらび餅に似ているので全然違う汗)

 

続きも読めたら読んでいきたいと思います。

ちなみに読むにあたって、『魔術師のおい』とどちらが先なのか迷ったのですが、時系列は『魔術師のおい』が、出版順は『ライオンと魔女』が最初になるようです。
時系列で読んだ方がつながりが分かって面白いのかな……ちょっと次はどれを読むかしばらく迷おうと思います。

岩波少年文庫は『ライオンと魔女』が1巻となっています。

 

 

 児童書・絵本の出版社の福音館書店の創業者・松居直氏の講演会録。

「福音」という名の通り、福音館書店はクリスチャン企業で、松居氏はクリスチャンである。

牧師から薦められた2冊のうち1冊。借りた日のうちに読むのは私にとっては珍しい。

 

 長崎で中学生や小学生による殺人事件が相次いだ頃、キリスト教雑誌の創刊記念講演会での内容。

加害者となった少年少女たちは、「心」で言葉を「聴く」という体験が少なかったのではないだろうかという問題提起から始まる。

 

 敗戦後、「生きるとは何か」を模索しながら本を読み、本の作り手となったエピソードから始まり、生育と絵本、言葉の関係について語られていく。

 国語は「読み書き」以前に「聴く」ことである(特に母親から)。本離れ、活字離れとは即ち言葉離れである。お母様から教わった雨降りの表現が今も忘れられないこと。言葉を知っているだけでは作文は書けないこと。絵本は「大人が読んでやる」もの。日本語の調べを大切にすること。イエス様の教えはもともと口伝え。だから日曜礼拝の聖書の朗読は「聴く」ようにしている。

などのことが印象に残り、興味深かった。息子にも絵本や児童書はぜひ読んで聞かせたいと思ったし、遊びや会話で、たくさんの言葉を吸収して欲しい。そのためにも、やっぱり親の言動は気を付けないといけないなど、色々と考えた。

 

 ただ、蛇足かもしれないが、赤ちゃんが産まれてすぐ五感をはたらかせているのに、哺乳瓶やベビーカーがそれを阻害しているという書き方などなど、やっぱり著者は昔の人だなぁと思ってしまう箇所がいくつかあった(終戦時18歳なら私の祖父と同い年くらいか……)。

母親だけが育児をするのでない。母親でない人がミルクを飲ませようと思えば哺乳瓶は必須だし、母親も、体質で母乳が出ないのはどうしようもない。赤ちゃんが五感をはたらかせるために、刺激になるように、外出させて、それにベビーカーを使うのだ。子どもが五感をはたらかせるために、もっと外で遊ぶべきと書いているのに矛盾している……汗

細かいと言われるかもしれないが、この本が読まれて欲しいであろう若い親たちとの間に距離を感じるような表現は、どうも気に掛かってしまった。

 

 

 

↑なぜか価格が1万5000円くらいで表示される!?!?

定価1800円くらいの本ですし、アマゾンでも1500円くらいから売ってますヨー!!!!

 

前記事にも書いた通り、なろう民になろうとしている私ですが…

(あ、ちなみにめちゃくちゃPV数少ないですけど、第一話だけ上げてます!)

それにあたって、たまたま図書館で見つけた、いわゆる小説の書き方本のひとつ。

著者も専門学校などで小説の書き方を指導されている先生のようです。

 

いわゆるファンタジー世界というのは、中世ヨーロッパ風の世界が多いと思いますが、

実際の中世ヨーロッパとはどのような社会情勢だったのかを解説しつつ、

そこからアレンジを加えて、あなたの独自の世界観を作っていこうというのが大まかな内容です。

 

わたしとしては、やはり中世ヨーロッパの実情が簡単に解説されつつ、

(この“簡単に”とか“ざっくり”というのがキモかもしれません。

 専門書読もうと思ったら疲れてしまったり時間がなかったりで、なかなかそこまでできないからあせる)

小説における世界観の作り方が解説されているのが良かったですね。

世界観とストーリーの作りこみのバランスという話が面白かったです。

めちゃくちゃ読み込んだのは、後半の“ファンタジーのお約束”“ファンタジーファイル”です。

特に貴族とか騎士とか、位が高いのか低いのかとか、社会の関わりがどうなのかって、今の日本に無い職業や階級はピンときにくいので、いいかもしれません。同じ職業でもキャラクターの捉え方まで書いてあって面白かったです。

あとは、わたしは『魔法使いの嫁』で、「え、そんなの考えたことなかった!」と思ったんですが、魔法は使用者の内からくるか、外からくるかという問題

わたしはずーっとごっちゃで考えていたんですが、まほよめはこれを、内からくるのが「魔法使い」、外からくるのが「魔術師」、魔女はまた別個の扱いと定めていて、なるほどなぁと思ったことがあります。わたしはどうしようなぁ…明らか召喚術とかは外やけど。

 

他にも深めたい方には別の書籍もオススメされているので、そちらも読んでみたいなーと思いました!

育児やってるのもあってなかなか筆が進みませんが、頑張っていこうと思いますあせる

 

 

 物騒なタイトルの本ですが、最近育児ストレスのせいか、本当家族にキレそうになってしまうことが多くて……気になって読んでみた次第です。

 読んでみると意外や意外、自分と共通している部分が多いように感じて、頷いたり涙ぐみながらも読んでしまいました。そこまで長くはないし漫画なのでサラッと読めます。キレるメカニズムの解説とか、対処法もシンプルにまとめてあるので、読んで良かったと思いました。

 

 わたしも、イライラを抑え込もうとするんだけど、結局は爆発させてしまう。でも普段は温厚。

田舎で刷り込まれた昔ながらの価値観や、いじめ等により他人からの評価が気になる癖が抜けきらず、周囲の人たちの評価に敏感になってしまう。そこから「未来に悪いことが起こる」と思い込んで、その恐怖に耐えきれなくて、冷静になれず過剰な、時にとんちんかんな行動に出てしまう。著者と同じく、わたしも誰かに「ダメ」って言われることを恐れているんだなぁと思います……この辺りが著者との共通点かな。

 

 そんな中ですごく参考になったのは「状況」と「心」の話でした。

口では「状況」についての悩みを打ち明けているのかもしれない、でも本当はここですべきは「状況へのアクセス」ではなくて、本人の「心」にピントを合わせるということ。

わたしも転勤族の妻であることとか、子どもを保育園に入れられず仕事が見つからないとか、色んな悩みを人に言いますけど、たぶん、求めているのは具体的なアドバイスじゃないんだなって自分でも思います。逆にアドバイスされるとイライラしてしまうんです。ただ、ちょっとわたしの心境を分かって欲しいだけで……。

そうやって状況にばかりアクセスされてしまい、心が無視されてしまうと、自己肯定感が下がり、何かと自己否定にしか視線がいかなくなってしまう。そんなボロボロな状態が続くと、少しの刺激でも過剰な反応になってしまう、つまりキレてしまうのです。

 

 セラピーについてはよく分からなかったんですが、

(わたしは所謂エセ医療やスピリチュアルみたいなのが大嫌いなので、標準医療以外は警戒してしまう性質なんですよね…)

自分の中の感情をロールプレイングして、主観的に見たり、客観的に見たりする方法はなるほどと思いました。著者の場合は、自分がああなりたくないと思っていた母親のようだと気付

けたようだったし……。

「今ここにいる」エクササイズも、頭冷やすにはいいかもしれないなと思いました。感情一切抜きで、目に見えるありのままを意識したり、言ったりするものです。

あまり感情的にならずに、落ち着いて生活していきたいなーと思う日々です。

 

 

 

 

!!注意!!

この記事は、現在アニメ放映中の『ジョジョの奇妙な冒険』

第5部「黄金の風」のネタバレを含みます

 

 

 

 

 

 

  『The Book』と同じく、『ジョジョの奇妙な冒険』と作家がコラボレーションした外伝のひとつ。

今回は、現在アニメ放映中の5部。

著者はラノベ作家の上遠野 浩平先生で、わたしは上遠野作品はこれが初見

5部の物語が終わった後のことが主に描かれています。

 

原作中盤において、幹部のブチャラティは、ボスを裏切ります。

そこでブチャラティ・チームで唯一ついて行かずに決別したのが、パンナコッタ・フーゴ

タイトルにある「パープル・ヘイズ」は彼のスタンド能力

(※注:ビジョンや人格を持つ超能力のようなもの)

で、彼の突然キレる性格・精神力が、獰猛な殺人ウィルスを繰り出す能力となったと言われています。

結局は5部の主人公であるジョルノ・ジョバーナがブチャラティらと共にボスを倒し、

ジョルノが組織の新たなリーダーとなったため、

フーゴは「恥知らず」と組織で裏切り者扱いされてしまうのでした…というのが物語の始まり。

忠誠心を見せて組織に戻れと、フーゴはある命令を受けます…。

 

 個人的には、原作の話が終わった後の話ももちろん面白かったのですが、

原作の時系列の中で語られなかった部分が物凄く面白かったです。

例えば、ナランチャの入団における詳細なエピソード。ブチャラティがジョルノを連れてきたときのフーゴの違和感。

それから、フーゴはブチャラティ・チームの中で唯一、原作で過去のエピソードが語られないので(敵によるデータブックが読み上げられるだけ)、過去について掘り下げがあります。

アニメ版では過去のエピソードがアニメオリジナルで作られていたのですが、わたしは上遠野版の方が個人的には好きです。おばあちゃんへの愛…。

もちろん、『恥知らず~』はあくまで外伝、パラレルワールドのようなもので、続編ではないんですよね。

それでアニメは原作の世界観を守りつつやってるんだと思います。

 

 全体的に物語はフーゴをはじめとする登場人物(悪役も含む)の過去の振り返りや、自問自答が多いですが、

特にフーゴがブチャラティに同行しなかったことを反芻し、

元・仲間ら(特にナランチャ)の行動や自ら取った行動について思考するシーンからは、

原作の見方も変わってくるような部分もあって興味深かったです。

面白いのは、ブチャラティがよりカリスマと優しさ溢れるリーダーに思えて、その分彼の薄幸に泣いたことでしょうか。

フーゴの物語なのにブチャラティがもっと好きになったというよく分からない現象です(笑)。

 よって、原作の世界観やキャラ立ちはしっかり守られているので、その上で書かれたストーリーにすごく引き込まれました。

さらには、それにオリジナルキャラクターが絡められているので面白いです。

わたしはムーロロがジョルノと対面したシーンの回想がすごく好きです。

 

 原作・アニメ共に、5部は4部の登場人物も出てきて始まりますが、序盤で彼らはフェードアウトしてしまうので独立性が高い作品となっています。

(ただ、3部と4部を知っていた方がもちろん面白い)

 

 上遠野版は、4部の他の人物や、他の部と関連を作っていて、その設定もなかなか面白いなと思いました。トニオさんの話とか。

ただ、石仮面の話はあまりにもあっけなくて残念でした。

1部未読で、2部はアニメを全部観たのですが、DIOのしぶとさで、死闘が何代にも渡っているわけですから、こんなあっけなくていいの!?キョロキョロ と思ったり。

 

 オリジナルキャラ何人かいますが、スタンド能力名がいかにも英語のカタカナ書き、っていうものもあって、荒木先生の命名センスの良さが分かりました…ショボーン

いえ、上遠野先生がセンス悪いってわけじゃあないのですがあせる

一応パープルヘイズと同じく、すべてジミヘンの曲から名づけられているようなのですけどね。

 

巻末にスタンド能力についての考察・解説がありますが、これもなかなか原作キャラやスタンドが分析されているので面白いです。

プロシュート兄貴とペッシの性格とスタンドの考察はなるほどビックリマークと頷いてしまいました。

ギアッチョへのツッコミがところどころあって笑っちゃう爆  笑

 

 ニコニコ動画やYouTubeで人気のゲームバグ動画『パッショーネ24時』もあって、5部のアニメと原作にハマりつつあるわたしですが、こちらの小説もおすすめです~ドキドキ

 

 

少し前に、NHKのあさイチで、J・K・ローリングのインタビューがあり、たまたま視聴することができました。

子どものときは小説家が夢だったのですが、ほとんど完結させたこともないまま、忙しさや生活のことに負われ今にいたる……

まあ、ありきたりですね。

しかし、今年出産して育児に追われているという環境の中、改めて聞いたローリング氏の境遇には、親近感を覚え、

「ローリング氏のように、(売れることはなくても)子育てしながらも、何かできるんじゃないか」

とインスパイアされてしまいました。

そこで手に取ったのが、本棚のこの本。以前、図書館のリサイクル本(図書館が処分する本を、無料で市民が持ち帰ることができる)で貰ってきたまま、積読になっていました。

 

本や物語が好きで、自分でも考えてみたりはする、かつ成績も良い。そして親の期待もあって、手に職つけてみたつもりだったが、結局はお金ややりがいに繋がらず、物語に思いを繋げてしまう。

ローリング氏の場合はそれが語学であるとか、秘書職だったけれど、あまり具体的に考えたり、自分の適性や将来を考えないまま職業選択してしまったから。あぁ…なんだか分かる、と思ってしまう。わたしの場合は文学とか、司書職とか……お金にならないでいえば、今就こうとしている仕事もそうかもしれない(まあ、わたしは転勤族の妻という時点で仕事については詰んでいる)。

 

シングルマザーで、赤子を抱えて、カフェでねばりながらハリー・ポッターを書いたことは子どものときから知っていた。

でも、同じく赤子を抱える身となった今、それがどれだけ大変なことなのか、子どものときとは同情が桁違いである。

なんせ、赤ちゃんは泣くのが意思表示の方法で、うちの子の場合はベビーカーに置いておくと、構ってくれと泣き続ける。とてもカフェなんか行けない。

それをローリング氏は、最初散歩で寝かしつけた後、カフェでエスプレッソと水でねばりながら、紙ナプキンやメモ用紙に執筆していったのだという。それを継続して、1年で『賢者の石』をまとめあげて出版社に持ち込んだのだ。

ジェシカ(ローリング氏の長女)が、カフェで寝続けてくれる手のかからない赤ちゃんだったからかもしれないが、

そうであったとしても、少しずつでもいいから毎日続けていくということ、そして、カフェでもどこでも、ハリー・ポッターの世界を広げて、想像の世界に浸り、創造していくことができたということ。

やはり、ローリング氏の才能はそういうところなんだと改めて思った。過酷な環境でも、自分の創造・想像力を守って生かしていけるか。

ハリー・ポッターの世界が面白いのは、細かく設定された世界観でもあると思う。ハリーたちの人間ドラマが面白いのももちろんだけど、自分があの世界に入り込んだらどうなるのだろうかと、読者にも想像力を与えてくれることも魅力のひとつだとわたしは思っている。

漫画『魔法使いの嫁』だって、作者はハリポタファンである。インスパイアされたひとりなのだろう。

もちろんそれはイギリス伝承の魔女、魔法生物、薬草学もあるのだろうけど、彼女のオリジナルのものも多く存在するだろう。それを考え出すアイデアのあること、尊敬する。

 

そんなわけで、最近わたしは、なろう民になろうとしている。まだ投稿はしてなくて、6000字書き溜めているところだけど。

子どものときいくつかファンタジーを書いたり、RPGツクール2000で作りかけていたゲームのシナリオがあるので、そのひとつを書き起こしている。

『小説家になろう』はすぐ埋もれてしまうみたいだけど、とりあえず完結させて、読んでもらえますように……

話は反れたけど、近況も含めた、久々の読書感想アップでした。

 

 

 タイトルが長いので『アラ生き』と略されているようです。

Twitterでもフォローして、日々読んでいる"よく眠りたまに色々考える主婦"(@toppinpararin)さんの著書。

Twitter本…というよりは、それにさらに書下ろしエッセイを加えて、しっかり読み物になりました、という感じです。

Kindleは月1冊までと決めているのですが、ぎぼむすの続きを買わず即行こちらを購入してしまいました…。

(もはや、ドラマが終わってぎぼむすがどうでもよくなってしまっている…!ガーン)

 

 人間関係の部分であるとか、優等生キャラで振舞っていた田舎から大学進学を機に都市部に出てきた部分とか、共感できる部分が多くて、何度も頷いたり笑ったりしてしまいました。

文章がコミカルでありながら、しんみりとくる部分のギャップもあって、すごく読み応えのある1冊だったと思います。

 

 中でも、田舎でそこそこ勉強できると優等生というのがアイデンティティになり、高いプライドのあまり失敗を恐れ、そのまま共感性羞恥となってしまう流れが、まんま自分やんって感じでした…。

こうあるべきという、世の中の"神話"に自ら固執して"呪縛"されるのでなく、自分も子どもも、自身を認めて自尊心を育てていきたい、そんなゆるいながらも健気な筆者の生き方が頼もしいです。

まだわたしは子どもを産んだところなので、子どもがもっと大きくなったらこんなことがあるのだなということも参考に読みました。何度も読み直してもいいかもしれません。

 

 

 わたしは視聴していなかったのだけれど、「世界一受けたい授業」で、作家・芸人の又吉直樹さんがオススメされていたという本。

放送後、Twitterで話題になっていたのでKindleで購入してしまった。

他にも読みたい漫画あったんだけどね…『ぎぼむす』『まほよめ』の続きが…ガーン

(Kindleは月1冊までと決めているので漫画がなかなか進まない…汗)

 

 著者が触れているような、

「なぜ学校は“みんな仲良く”という幻想を子どもたちに押し付けているのか?

 自分たち大人はそうはできないと分かっているはずなのに

という疑問はわたしも抱いていて、むしろ学校生活の中で、学生のうちに、社会に出てから必要とされるであろう、この対処法を教えて欲しかったとつくづく考えていたひとりだったので、この本にはもう頷くことしかできなかったというのが大まかな感想。

相手のことを攻撃するでもなく、相手に合わせすぎもしないで、うまくスルーしたり、適度に距離を置く能力。

それも「相手を尊重すること」のある種の方法であると気付かせてくれる。

「自分には理解できないしそうではないけど、そういう人たちもいるんだ」と、多様性を認めていく考え方にも繋がっていくのではないか。

そしてそもそもの、なぜ仲良くすることが求められているのか?も分析しており、もう頷くことしかできなかったというか…。

要は、日本は社会に蔓延する不安から逃れるために、未だムラ社会を引きずっている…というわけね。

他者からの承認欲求は、わたしはかなり強い傾向にあるのだけれど、そのために空気を読もうと頑張り過ぎるので、

(まあ、転勤族で基本ヨソモノだから仕方ないとは思うけどショボーン)

コミュニケーションに疲弊してしまうんだなと改めて頭で理解したって感じです。

 

 それから、後半にあった「コミュニケーション阻害語」集の中に、「ヤバい」があったのだけれど、これも自分に当てはまって「ヤバいな」と思ったことのひとつ(あ、早速使っているあせる)。

 いつからだったか、本当に本を読まなくなって、自分の語彙力というか、表現力というか、著しく低下したなと感じているのですが、その理由の大半を占めているのがこの「ヤバい」という言葉や、「めっちゃ」などの過剰表現だと思っているのだ…ショボーン

これはコミュニケーションの際、相手との距離感や向き合い方の経験値を得ることがない、いわば「逃げアイテム」となってしまうらしい。

DQでも逃げてばっかりじゃレベル上がっていかないもんねてへぺろ←例えがぶっ飛びすぎか…?あせる

 

又吉さんより、先にこの本を取り上げたのは朝日新聞らしいが、10年も前に出版された本をよく発掘したなと驚きでしかない。

報道で、著者も癌で、この本の執筆のきっかけとなった著者のお嬢さんも、20代の若さで心臓病により逝去されたと聞いて切なくなったが、

書物は残るということの偉大さを改めて重く受け止めたことも、感想のひとつである。これからも、少しでもこの本で救われる人がいたらいいなと思う。