痛いニュース で、ネット社会のせいで新聞業界が構造不況に陥ったという、週刊ダイヤモンドの特集記事を紹介していました。
 私も数ヶ月前に宅配新聞をやめてしまいました。それまでも、ネットで十分ではないかと思いながらも、新聞購読をやめてしまっては教養ある社会人ではなくなり、まっとうな世間から足を踏み外してしまうのではないかというよくわからない妄想に取りつかれ、読めないまま溜まる新聞に埋もれて 生活していました。
 
 部屋は片づきましたが、情報化社会から取り残されるのではないかとびくびくしていました。読みたい時は通勤途中の駅かコンビニで買えばいいと私も思って いたのですが、朝の時間は30秒でも貴重です。それに、満員電車内で新聞を広げられませんから、読むのは夕方になります。どうせなら夕刊だけ配達して欲し いものです。
 新聞社のサイトに努めて目を通すようにしましたが、リアルタイム過ぎて、何が今日の重要事項なのかよくわかりませんでした。新聞を捨てるなら、情報感度を高くし、自分なりの収集、整理方法を確立しなければなりません。
 
 いろいろ試しましたが、iGoogleに各新聞社の配信記事を集約するようにしてやっと落ち着くようになりました。やっと落ち着いたので、こうするといいですよというコメントはくれぐれもしないで下さい。
 確かに、ネットでこれだけの情報が手に入るなら、有料の宅配新聞はいらないかも知れません。選挙の時マニフェストが来ないのには困りましたが。
 
 新聞というのはサイズでかすぎです。電車の中で広げて読んだら大迷惑です。家で読むにもちょっと扱いが大変です。
 昔のテレビドラマかアニメでは、朝食時にお父さんだけが広げた新聞紙で顔も上半身も覆い隠していて、それは何かの象徴のようにも見えました。そういうお 父さんの隠れ蓑か、生ゴミをくるんで捨てるにはあの大きさは便利ですが、純粋に読むための利便性を考えると大きすぎます。
 
 ただ、ネットのニュースだって無料ではなくて誰かが取材している訳ですし、ネットニュースが今後一斉に有料化していく可能性は低いので、ニュースの質が下がっていくのではないかとやや懸念します。
 
 
 9月17日の記事。「あわせて読みたい」が、見る人が飽きないよう、頻繁に表示が入れ替わるように設定されているとしたらすごい仕組です。思ったより面白いので、上の方に移動。
 Yahooブログで新規投稿もしくは修正投稿するとお勧め記事が表示されるようになりましたが、聴覚障害者の職場でのコミュニケーションの難についての記事が出たと前に書きました
 その時のブログや、検索して出てきたサイトを見ますと、聴覚障害者の中でも少しは聞こえる、難聴の方の困難とその支援方法にはASと共通するものがあります。
 
 相当重度でなければ障害者手帳は交付されず、隠して就職することもあり、会議など多くの人が話す場では状況がつかめず、1対1のコミュニケーションでも大きな声でゆっくり話して欲しいとか適宜筆談を取り入れて欲しいなどの要望になかなか応じてもらえないそうです。本当に
「書いてもらってもいいですか」
というお願いは嫌がられます。こちらが言いがかりつけているかのように。
 難聴であることを伝えるのがよいとわかっていても、正社員ならともかく派遣や契約社員の場合は面倒くさい人と受け取られ、別な理由をつけられて雇い止めになることが怖いようです。
 
 いやはや。就職にも障害者枠がありますが、そこに含まれない、ほんの少しの配慮で普通に働ける人が通常枠で入りこんでくると、
「とんだ貧乏くじ引いた」「面接で言ってくれないと(そうすれば採用しなかったのに)」
となってしまうのではないかと妄想します。企業ですから、誰にも取って代われないほどすごい能力があるのでなければ、扱いの楽な人を採用したいに決まっています。ASと同じく、仮にカミングアウトしても
「集中して聞きなさい」「人に要求する前にあなたが努力するべき」
で終了になりそうです。そうなったら、協力は得られず差別は残ります。
 
 打ち明ける時点でギリギリに追いつめられているのに、打ち明けられた人にとっては始まりに過ぎず、そこから努力の証明をしなければならない絶望、証明しても証明しても
「まだ努力の余地はあると思うよ」
で突き放され、そのトラウマがネガティブと責められる悪循環。言わないでわかってもらおうというのは甘え、言ったら努力が足りないの八方塞です。(自分に重ね合わせた妄想です)
 
 私は小学4年の時、自分は難聴ではないかと考えました。親も
「そうかも知れないね」
と言いました。どこまで本気だったかわかりませんが、ちょっと耳の聞こえが悪いかもくらいは思っていたのかも知れません。しかし学校の健康診断では聴力は極めて正常で、全く難聴の気配はありませんでした。
 ASは空気が読めないという情報が先行していますが、聴覚認知能力障害と2つのことを1度に思考できないことが空気の読めなさを形成しているのではないかと想像します。(想像しただけなので過剰反応しないで下さい)
 
 このブログ内では色弱を取り上げたことがありますが、色弱といい難聴といい、全盲や聾の方が困難が大きいとわかっていても、障害者手帳の交付されない、健常者の社会で生活している、ちょっとした配慮でいいのに誤解を招きやすい種類の「困難」に惹かれてしまいます。
 
 
 9月16日の記事。「あわせて読みたい」(この話題ばっかり)に表示されるブログはよく入れ替わります。意外と安定しないものですね。一期一会。
 さっき書いた記事を非公開にしてしまいました。ご覧になった方もいると思うので言い訳です。
 記事を書き終えてから、決定ボタンを押すことができずに引っこめてしまった経験は1度しかありませんが、書いている途中で
「これはここを突っこまれるのではないか」「こうすればいいんですよとアドバイスされたらどうしよう」
という恐怖にさいなまれることは時々あります。そういう時は、最後に
「なお、○○というコメントはしないで下さい」
をつけることで乗り切ってきましたが、われながら感じ悪いのでなるべく使いたくありません。
 
 非公開にした記事は、アメブロ版のサイドバーに貼った「あわせて読みたい」のブログパーツに関してですが、書きながら上のような恐怖にさいなまれてしまい、その予想される
「こうすればできますよ」
を、記事作成画面を開いたままいろいろ試してしまいました。馬鹿ですね。
 
 文章には勢いというものがあるので、こうしたけど、ああしたけど、みたいなことを書き加えていくとその勢い自体が死にます。このブログの初期ではすぐ
「こうしたらどうかしら」「あれは試してみたの」
というアドバイスが次々と入っていちいちそれができない理由を答えなければならず、答えても納得してもらえず
「努力が足りない」「甘えている」
という話になってへとへとでした。書きながらそういう昔のトラウマ体験を思い出すのは、ストレスがたまっているかあまり体調がよくないのかも知れません。 
 
 まだ指摘されてもいないのに、勝手に指摘されるのではないかと妄想しまくったあげく、余計なことをして後悔します。そうなりそうな時は、書きかけの記事でも引っこめる勇気が必要です。自分の記事に追いつめられては元も子もありません。
 そういう訳で、先ほどの記事はツッコミ対策ばかりで文章の流れが悪く、何度直してもよくならないので引っこめることにしました。公開時間1時間。
 
 
 9月15日の記事。今日の阪神×巨人は先ほど終了、5対4で阪神。そらさんも「あわせて読みたい」に登録してくれたけど、私のところに出ない。
 安倍首相は入院された そうですが、辞任の原因は病気だったという結論なんでしょうか。後継者はどうなるかに関心は移り始めていますが、私は今挙がっている顔ぶれの中では福田氏の顔が総理っぽいと思います。顔だけですが。
 このニュースのせいでぶっ飛んでしまいましたが、ホワイトカラーエグゼンプション(通称残業代ゼロ法)を家庭だんらん法と言い換えようという話 が、ネットでボコボコに叩かれていました。
 私ももちろん反対ですが、基準である年収400万というのも私には夢のような金額だということもあり、ちょっとだけ擁護します。賛成している訳ではないのでボコボコに叩かないで下さい。
  
 名前を言い換えるというのは子供だましに見えますが、名前の響きから得られる印象の違いは大きいです。残業代ゼロ法だと労働者も過剰反応しますが、経営者も過剰反応して
「しめしめ、これで残業代ゼロでいくらでも働かせることができるぜ」
と傾いてしまいます。名称が家庭だんらん法なら、やっぱり家に帰さないと、という気分に、3%くらいはなってくれる、かも知れません。
 
 私の経験の範囲では、経営者は案外残業を強要したりせず、
「なるべく早く帰りなさい」
と言います。実態がわかっていないのか、建前なのか知りませんが。
 終電まで働かないと仕事がまわらない、という会社もあるでしょうけれど、日本の企業ではまだまだつき合い残業が多くありそうです。
 仕事が全部終わって帰る、なんてことはなくて、必ず残ります。今日はこれくらいにして続きは明日にしようという見切りが必要なのですが、他の人が忙しく 働いている中帰ってしまうと、陰で何言われるかわかりません。それが昇進昇給や、最悪解雇にもつながっていきます。上司が
「さあみんな帰ろう」
と声がけするのを見たことがありますが、
「部下は上司が帰るまで帰れない」 ⇔ 「上司は部下が帰るまで帰れない」
が交錯して全然機能しません。
 
 多くの人が言うように、サービス残業をなくさないとこの問題は解決しないのでしょう。残業代が必ず発生するのであれば、早く帰る事で会社の財務に貢献することもできます。
 最低賃金値上げの話の時もそうでしたが、そんなことをしたら中小企業はやっていけない、倒産するしかない、そうしたら失業者が大量発生するという泣き落 としが必ず入ります。そういう会社は大企業に値切られて汲々なので、値切りの連鎖を止めるには仕方ないと個人的には思いますが、多くの優しい日本人はそこ に躊躇してしまいます。
 
 
 9月13日の記事。「あわせて読みたい」慣れてきたらなかなか面白いですね。「もっと」をたどっていくといろいろ出てくるし。
 ある程度自分を出して理解してもらうか、徹底的に定型発達者のルールに合わせるか、後者の方が一見よさそうに見えますが、相手の言っていることが理解できていないのに、はい、はいと素直に返事をすると、業務上の実害が発生します。理解を優先するために質問すると
「素直でない」「口答えしている」
と怒られ、今度は自分の評価、雇用継続有無に実害が発生します。
 
 3年目ともなると、最初心地よく機能していたはずのルールが
「これ無駄なんじゃないの」「こうした方がいいんじゃないの」
とそこかしこ削り取られ、代わりに柔軟な対応が置いていかれます。削り取られたルールの代わりに「柔軟な対応」、私の苦手な柔軟な対応。それで問題が発生すると、削り取られる時予測できなかった私が悪いのです。
 金を稼がない部署の社員というのは業務の効率化を図らないと実績にならないので、私はルールを部分的にいじられては混乱します。
 
 私は社会人歴は年齢相応に長いのですが、1年3ヶ月を越えて同じ部署にいるのは2度目です。その1度目の時しか3年目のサンプルがないのですが、この時は自分を通してしまっていました。
 自分が悪いらしいということを知ってしまうと、自分を通すことに躊躇します。若ければまだしも、ちゅうねん派遣OLが自分を通す姿は見苦しいです。
 次も同僚のいない職場を探すか、通訳に出会う可能性にかけるか迷い中です。まだクビになった訳ではありませんが。
 
 ところで、昨日からYahooでは記事を投稿または修正するとお勧め記事が数件表示されるようになりました。昨日の記事「3年目の壁 」を投稿した時は、表示された5件の中に2件、聴覚障害者の職場でのコミュニケーションの困難に関する記事がありました。
 確かに、職場における音声コミュニケーションの難については共通する内容でしたが、私の記事中には障害、コミュニケーションはおろか、聞き取りという言葉すらないのに、よくわかりましたね。さすがYahoo様です。
 
 
 9月11日の記事。サイドバーに貼ったブログパーツ「あわせて読みたい」3日目を迎え安定してきたのか知っているブログが表示されるようになりました。そらさんのお友達のブログもあって、信憑性が増してきました。(今まで疑っていたのか)