仕事を覚えるということには、
 
学習(短期記憶) → 整理(長期記憶へ移行) → 実行
 
という手順が伴います。新しい情報はまず短期記憶として「学習」されます。これをフォルダに分け、過去の関連情報と接続し、長期記憶に移行することで「整理」していきます。
 
 学習したことを「実行」するためには、適切に整理され保管された情報を素早く検索して取りださなくてはいけません。整理という作業は重要な割に、定型発達者においてはほとんど意識されていないようです。
 学校教育は教科書にワーク、カリキュラムが用意され、「整理」に長けています。新卒新入社員の場合、学校の勉強に準じた方法(集合研修など)が取られますが、中途採用、派遣はいきなり現場に放り込んでOJT、が普通です。
 だから一番いいのは、社員教育のしっかりした大企業に新卒で入社し、絶対辞めないことです。私は間に合いませんが。
 
OJTの問題点(私にとっての)
 1 板書がない
 2 レジュメがない
 3 カリキュラムがない、あっても見せてもらえない
 4 主に、作業を見せながら教える方法がとられる
 5 教える人はその作業を言語化できない
 6 質問すると怒られる(一見業務と関係ない質問をするから)
 
123→整理できない
45→映像記憶が弱い
6→情報整理のための最後の頼みの綱が切られる
 
 今の職場は板書レジュメ代わりの仕事一覧表がありましたし、OJTのカリキュラム(何日に何を教えるという1か月の予定)も見せてもらえましたが、普通 はこれがない、と思っていた方がいいでしょう。このシリーズでは仕事覚えられない問題を、どういうトレーニングを積むことで緩和できるかまで考えていく、 予定は未定です。
 
 
 2月17日の記事。仕事が覚えられるかも心配ですが、仕事があるのかも心配です。派遣会社のサイトを見ても、3か月前と比べても仕事が少ない、と感じます。(chargeup調べ)
 他人が提案したことの是非を検討し、取捨選択するのは、実は大変高い能力を必要とします。
 ビジネスシーンだと、そのプロジェクトに対する個々の立場やどこまで絡んでいるかが(そうでない場合よりは)見えやすいし、資料をよく読まずに的外れな 提案をしたらその的外れな提案をした人が馬鹿っぽい扱いですが、そうでない場面では逆で、提案された側が上手に対処しないと、何て意地の悪い人だろうと思 われてしまいます。
 
 ブログの初期、発達障害者向けの色つきレンズ眼鏡を会社で注意された話を書いたら
「説明して理解してもらえばいい」
という助言がたくさん来て私は混乱しまくりました。
 私の職場には同僚がいなくて、会議等の時に利用する人が来るだけであり、よく来る人というのはいるけれど毎日必ず来る人はいない、という環境でした。その人たちにいちいち色眼鏡のことを説明するのか、会議の前にか、それとも会場案内に
「ここの受付は色眼鏡をかけていますがご理解を」
とでも書けというのか、普通そんなこと会社に要求できるのか???
 
 半年くらい経ってよく考えてやっと、助言した人は私がどんな環境で働いているのかなど全く考えていないのだ、色眼鏡のことを周囲に説明すればいいのにしないのは何か理由があるんだろうか、という疑問すら持たないのだ、と気づきました。
 そんなこと言ってくれないとわからない、と逆ギレられそうですが、職場環境はそれまでの記事で何度も書いてきましたし、その前にそれが問題の焦点であることに私が気づきませんでした。そこまで周辺情報を整理できていれば自己解決できます。
 
 まともに受け取って、来る人来る人に色眼鏡について聞かれもしないのに説明しまくっていたら大変非常識な人になるところでした。上の助言した人に、あなたの言う通りにしたらひどい目にあったと抗議したら私がおかしい人扱いでしょう。
 こう書くと助言して下さる方に何とひどいことをですが、この世界では、助言される側が責任持って取捨選択し、助言する側の精神的フォローまでするというルールになっています。それも社会性です。
 
 他人の助言を消化するには、助言者が何をどう勘違いしているかまで見抜き、考慮検討しなければなりません。さらに、私の知らない定型発達者特有のルールを私が知っているものとしてすっとばしている可能性もありますから、すごい複雑な情報組織化・系統化スキルが必要です。
 
 自閉症の特徴の中に
「他人の立場に立って考えられない」
というのがありますが、それ自体は定型発達者も同じなのです。私は骨折したことがないので骨折した人の立場になるために、自分が骨折したところを脳内で描き、その痛みを想像します、一生懸命想像していると本当に痛くなってきます。
「痛い痛い、今自分の骨が折れたところ想像しちゃった、ギャー」
と骨折した人の前で叫んで場を凍らせるのですが。
 
 相手の立場を想像できるかできないかの問題ではなく発話テクニックの問題ですな。むしろ相手の立場に立つという言葉を文字通りに受け取ってそうしようとすると余計ややこしいことになります。その場にふさわしい発話ができればそれでいいのです。
 
 
 2月14日の記事。禁断のカテゴリーシリーズのスピンオフ。本にはASの人には具体的に指示しましょうと書いてあるけど、具体的の意味も違っていそうです。
 Engram Down様 管理人に訊いてみたい9の質問
 
 100質大好きな者ですが、サイト管理人やブロガーに訊く系は半分くらい同じような質問で構成されており、いくつもやっても面白くありません。上のは割と珍しい質問が入っていて数も少ないので、やってみます。
 
1. あなたが今のサイトを開設した動機と、現在も公開している理由を教えて下さい。
 
 開設動機は発達障害診断を受けたので状況を整理しようとしたことですが、現在も公開している理由は、そうですね、惰性かな。身も蓋もないのですが。
 
2. あなたが突然死したとき、あなたのサイトはどうなると考えていますか? 或いはどうなって欲しいと考えていますか?
 
 弟にブログを伝えて、万一の時には読者さんに伝わるようコメントしておいてくれ、と頼んであります。(いたずらしないよーに)管理はできないけれど、た まにはみんなが集まってくれて、古い記事にコメントが入ったりトラックバックがあったりするといいな。Yahoo様に消されるまで。
 
3. あなたが好感を抱いていたサイトが突然、消滅したらどう思いますか? 或いは何か行動しますか?
 
 とりあえず残念だという記事は書きます。
 
4. あなたの思うネチケット(コンプライアンスを除く不文律)に類する私見を簡単にまとめて下さい。
 
 コンプライアンス→ネチケット→マイルールの3段構成になっているのがわかりづらいです。この中で最も強制力がないのがなぜかネチケットです。
 守っても守らなくてもよいように受け取れるし、はてなの優秀なブロガーさんに馬鹿にされるので(例:「無断リンクはネチケット違反です」「嫌ならネットに公開するな」)マイルールとした方が理解を得やすいと思います。
 現実世界では「自分はこうして欲しい」はわがままで、「常識でしょう」の方が主張が通りやすいのですが。コンプライアンス(モラル含む)こそもっと強化されて欲しいです。
 
5. あなたにとって「サイトが炎上した」とは、どう言う意味ですか?
 
 一般的には何百もの誹謗中傷コメントがつくこと。自分のブログ内においては私の機嫌が悪いこと。
 
6. あなたはサイトアクセス数、PVをどう言うものだと考えていますか? 或いは理想や信念はありますか?
 
 アクセス数がどういうものかというと、アクセスしてくれた人の数ですね。そのまんますぎますが、ありがたいものです。理想や信念といっていいのかわかりませんが、たくさんあるに越したことはありません。
 
7. 個人ニュースサイトに個性はあると考えていますか?
 
 あると思いますが、これって個人ニュースサイト管理人向けのものだったのでしょうか。まあいいや。あと2問だし。
 
8. あなたにとってインターネット、或いはウェブページとはどう言う意味のある存在ですか?
 
 新聞読まずにネット、雑誌読まずにネット、本屋行かずにネット、な日々になるとは思いませんでした。メディアであり雑誌であり書籍であり、使い方を間違えれば廃人養成工場であります。
 
9. 今のお気持ちをどうぞ。

 もっと簡単に書けると思ったらすごい時間かかってしまい、疲れました。
 
 
 2月11日の記事。2番目の質問なんですが、逆の立場で交流のある人のブログを見に行ったら兄弟と名乗る知らないハンドルのコメントがあって、そんなことを告げられたらびっくりして悲しくて大ショックである、と後で気づきました。放置して最近更新ないなと思われながら忘れられていくのが思いやりというものですね。
 
 「アスペルガー症候群と非言語性学習障害 子どもたちとその親のために」
 明石書店 2,310円(税込)
 
 私はブログでは一見組織化や系統化が得意に見えるらしいですが、得意なんではなくて、無意識に処理できないから言語化で補い、方法を考え出し、実行してきたのです。
参考:「片付けられる女 」「ティッシュとストッキング
 
 誰もが考えていることを文章化できるのがすごい、とほめられるのはうれしいですが、すごいのではなくて効率悪いのです。ない知恵絞ってやっていることが、誰もが考えることか、とがっかりもします。
 他の人は私ほど一生懸命考えなくても掃除機をかけられるしストッキングをバッグの中にしまうことができるのでしょう。
 
 ブログ書く分には便利ですが、現実には何をするにも鈍いし時間がかかるしとっさに適切な判断ができないのが難しいです。こう書くと不幸自慢みたいに言われるし、欠点が昇華して才能となったのだと書くと自分で何言ってんだとなるし、その辺もいろいろ難しいです。
 
 リンク先書籍によると、ASと非言語性学習障害の共通の、そして中心となる問題は3つです。
 
Ⅰ ソーシャルスキルの問題-異なることばを話す子どもたち
Ⅱ 視空間認知と協調運動の問題-空間での混迷
Ⅲ 情報処理と組織化・系統化の問題
-情報を脳に取り込み、記憶し、最終的に使うための回路が、「切れて」いる
 
 翻訳がうまいのか、キャッチフレーズが面白いです。「恐るべき子供たち」みたいで。内容の半分以上が上の特徴を持つお子さんへの支援方法、教育方法の具 体的な記述に割かれていますが、その中にはかつて私がやっていたこと、今も続けていることもあります。スケジュール管理を
 
1 起きる
2 着替える
3 歯を磨く
4 洗顔する
 
のように箇条書きにして一個一個こなしていくことです。私の手帳と職場の仕事ノートは今もこの作りです。誰かに教えられた訳ではないのですが、箇条書き法は、就職までの私の生活を支えてくれました。それでは片づかなくなるのが、就職してからです。
 
 
 2月7日の記事。もう2月終わりか、がーん。新聞のトップニュースは非正規雇用者が失業する話ばかりだし、オープン戦(野球の話)も始まろうという時期なのにWBCの話題ばかりで盛り上がらないし、とりあえずは春ですね。
 「アスペルガー症候群と非言語性学習障害 子どもたちとその親のために」
 明石書店 2,310円(税込)
 
 学習障害の定義は
「全般的な知的発達に遅れはないが、聞く、話す、読む、書く、計算する、推論するなどの特定の能力の習得と使用に著しい困難を示す」
というものです。非言語性学習障害についてコンパクトにまとまった定義が見つかりませんが
「視空間認知、協調運動に障害があり、言語能力は正常だが適切に使用する能力に欠ける」
という特徴を持っています。
 
 2ちゃんねるの単独スレもmixiの単独コミュニティもなく、ウィキペディアにもなく、ググッて出てくるのは上記書籍関連か、学習障害の種類を羅列したページ、個人ブログや掲示板にキーワードが登場するものばかりで、信頼できそうな解説ページが見当たりません。
 日本の学校では、国語や算数ができないのは大問題でも、体育や図工ができないのは個人の問題とされ教育問題としては捉えられてこなかった、という背景がありそうです。
 
 非言語性学習障害はASを含む広汎性発達障害と同じものを指す、と私は教わりました。上の書籍では両者を関連性の高い別な障害と位置づけていますが、少なくとも日本においては
「AS(あるいは広汎性発達障害)の中のあるグループは非言語性学習障害でもある」
という捉え方が現実に即していると思われます。
 
 ASと非言語性学習障害が同じであれ別であれ、両者の根源的な問題が
「脳の情報処理と、組織化・系統化の障害」
にあるという説明は、自分と照らし合わせた時大変理解しやすいものでした。診断のきっかけになった仕事が覚えられない問題からコミュニケーション問題まで、これで説明できるからです。
 
 これだけだとまた障害を盾に取って甘えていると言われるといけないので、上の書籍には組織化・系統化の訓練方法(子供向けですが)も載っていたことを記しておきます。
 次回はこの「情報処理と、組織化・系統化の問題」について書いてみたいと思います。次回があればですが。
 
 
 2月5日の記事。このシリーズ、3月中に終わらせようという気概が欲しいということです。それにしても玉置浩二と石原真理子の結婚にはたまげました。