節約のためには家計簿をつけるという習慣が欠かせませんが、多くの人と同様(失礼な)私も1週間と続いたためしがありません。
 正確であることよりも続けることに意義があるとしても、財布の中身と合わないとイライラするし、全ての買い物でレシートもらえるとは限らないし、帰りが遅くなってつけられない日もあるし、と挫折する要素満載です。
 
 この1月からつけ始めたエクセル家計簿が今のところ続いているので、仮に挫折してもまた始めようと思った時の参考に、その心構えを記しておきます。挫折しないことを第1の目標とし、端折るものは端折って簡便化したのがポイントです。
 
1 レシートやメモを見ながらつけない。自分の記憶だけでつける。
2 金額は大体でいい。1057円ではなく1000円でつけてしまう。
3 財布の中身と照らし合わせない。何を買ったか忘れたら忘れたでよい。
4 クレジットカードで買ったものや銀行引き落とし分はつけない。
5 あらかじめ月額予算を組む。食費いくら、医療費いくら・・・など。食費のうちビール、コーヒー、豆乳は減らせない(減らせよ)ので別予算で計上。
 
 エクセルの1シートを1カ月分とし、横軸1段目に食費、日用品、医療費・・・合計、と見出しをつけます。縦軸に予算、実績計、1日平均の見出しを取り、 予算金額と計算式を入れ、ここまでを固定見出しとし、その下から日付を1か月分入力します。(1日入れたら後はコピーなんですが)
 文章で書かれてもわかりにくいから、ファイルか画像を貼れよなんですが、自分のために書いているのでいいのです。
 
 その日使った金額を入力すると、実績計の数字は増えていきますが、1日平均は節約すれば減らすことができるので、これが励みになります。新しい数字を入れるとピコッと変わるのがかわいいですね、計算式って。
 自分の記憶だけでつける、と決めておくと、今日は合計でいくら使った、と常に意識するようになり、スーパーでいろいろカゴに入れてしまうことに歯止めをかけている、ような気もします。
  
 毎日エクセルに入力するのが楽しみになりました。その日最初の買い物をした時、これで今日も入力できると喜んでしまうのはいけません。
 まだ1か月経っていないので、節約にどれだけ役に経っているかというとまだまだですが、家計簿をつけることに喜びを覚えることに意義があるのです。
 
 
 2月2日の記事。幸いにもまだ続いています。節約にどれくらい役立っているかわかりませんが、今日どうしても必要なもの以外はなるべく明日に伸ばす、というくせはつきました。
Computerworld.jp IT業界で闘う“アスピーズ”
 
 リンク先は、社会人ASに関する記事(長い)のうち、AS向きの職業を記したページです。
「視覚型思考の人」「非視覚型思考の人」
に分かれているのが特徴的です。私なら
「映像型思考の人」「言語型思考の人」
に分けたいところです。(参考:なぜ書けるのか
 
 発達障害の診断の時には、言語性IQ(一般的な知能テスト)と動作性IQ(パズルや積み木を使ったテスト)の2種類の知能診断を受けます。私は言語性>動作性ですが、言語性<動作性の人とブログで知り合ったことがあります。もうやめてしまわれましたが。その人は
「言葉にたくさん接しても言葉が積み重なっていかない」
と表現していました。
 ASは言語性>動作性、高機能自閉症は言語性<動作性と教わったこともありましたが、前にも書いたように、最近は診断時の言語能力に問題なければ診断名はASになります。
 
 現在ASの診断名を持つ人には、高機能自閉症に近いタイプ、非言語性学習障害に近いタイプ、ADHDに近いタイプが混在しており、対処方法も一部異なると考えています。
 最後のADHDに近いタイプは比較的知られています。ASとADHDの両方の基準を満たす場合、診断名はASになるからです。
 
非言語性学習障害型・・・思考:言語 IQ:言語性>動作性
高機能自閉症型・・・・・・・思考:映像 IQ:言語性<動作性
ADHD型・・・・・・・・・・・・・思考:直感 IQ:言語性>動作性が多い
 
 分類する時はいつもそうですが、実際のところはこうきれいに分かれないし、重なる特徴の方が多いのですが、あるくくりを設けることで個性を浮き彫りにし、気をつけるべき点を探りやすくなるという利点はあります。
 どんなに偏っていても、言語でしか思考しない、というのではなくて、定型発達者のように必要に応じて思考方法を切り替えるというのが難しいということです。無事であれば続く。
 
 
 1月31日の記事。3月に何万人の失業者が出ると新聞紙上を賑わしていましたが、時期的にシャレになりません。。昨年の今日(2月18日)「お仕事探し中 」という記事を書いていますが、この頃より仕事量は少なく条件も悪い感じがします。
はてな匿名ダイアリー こりゃPTSDになったかもなあ
 
 リンク先は、小学1年生の女の子が火葬場で遺骨を見てトラウマになっているというお話です。恥ずかしながら私はこの年まで本物の遺骨を見たことがありません。機会が全くなかった訳ではなく、避けていたのです。怖くて。無理に骨を見ろと勧める人もいませんでした。
 本物の遺骨と書くと偽物の遺骨なら見たんかいなと突っこまれそうですが、歴代徳川将軍の頭がい骨の写真などを見たことがあります。
 
 生きている頃を知っている人があんな顔になって出てきたら絶対卒倒します。と言うと、そんな形になっていないから大丈夫だと言われるのですが、いやそんな形だと言う人もいて、火葬の加減によって両方のケースがあるのではと妄想しています。
 単にだまされている可能性もありますが、今となっては、初めて見る遺骨が親のものだったらすごく嫌だなと思っております。
 
 上のリンク先のお嬢ちゃんのご両親はこの機会に体験させておこうと考えたのでしょう。ショックが大きすぎたようですが。
 何歳で見るのが適当かというのは迷います。大体火葬場までついて行けるのは近い間柄の親族と考えられますが、そういう親族のお葬式が都合のいい年齢の時に行われるとは限りません。
 
 遅くなればなるほど、私のようにビビって逃げ回り、覚悟が決まらないので、多少幼くても、というより幼くてよくわからないうちにこそ見せてしまった方がいいのでは、と思うのは、私がいまだに見ていないからでしょう。
 よく知っている人の遺骨を見るというのはいくつであってもショッキングな体験に違いありません。人の世の無常、魂とは何か、命の大切さ、そして自分なり の死生観が、そこから始まって形成されていくのでしょうか。私はまだ死を理解していないのではないかと思うと、それも怖い話です。
 
 
 1月29日の記事。風邪は治った模様です。病院行っていないので風邪だったのかどうかも不明ですが。
 「アスペルガー症候群と非言語性学習障害 子どもたちとその親のために」
 明石書店 2,310円(税込)
 
 この書籍は翻訳本なので、アメリカでの発達障害児支援の様子がかいま見えます。アメリカでは10%の人に学習障害があるそうです。いくら何でも多すぎだろ、と思うのですが、日本に比べて読字障害や書字障害が多いのは、筆記体のせいもあるようです。
 あんな渦巻きみたいなの、私だって読めないし書けません。そういえば中学の頃、クラスに私の他もう1人か2人は筆記体の書けない人がいました。
 
 日本では宿題というと何ページの練習問題を次の授業の時までにやっていらっしゃい、みたいに具体的に指示されますが、アメリカでは小学生に平気で○○について調べてレポートにまとめましょうという宿題を出します。
 これをこなせないから学習障害なら日本ではもっと多くなるぞ、と思いましたが、土壌が違うので、日本なら(学力は水準以上あるのに)作文が全然書けない子、くらいでしょうか。
 
 日本でも教師が指導しづらいお子さんに発達障害のレッテルを貼る傾向が問題視されていますが、アメリカも似たようなものなのでしょう。
 しかし、レポートをバンバンこなすお子さんはそれなりに指導し、無理なお子さんを支援と称して別枠で指導する、というのは必ずしも教育上悪いことではなさそうです。
 
 上記リンク先の書籍では
「診断名によって支援方法は異なるので正確な診断名は欠かせない」
とあり、現代日本の
「診断名にとらわれず個々の困難に合わせた支援をしていきましょう」
とは対照的です。診断名にとらわれずというより、専門医が少なく、疑わしい子全員に正確な診断ができないからという消極的な理由からではないかと考えられます。(アメリカなら正確な診断ができるという意味ではありません)
 
 個々の困難に合わせて、というのは理想的ですが、診断名を基準として不都合があれば修正する、という方式に比べて指導者側が大変です。
 医学的な発達障害児と、教育上支援を必要とするお子さんが何者かの陰謀(また陰謀か)により微妙にごっちゃにされているのでしょうか。この辺は実態を知らないのでこれ以上突っこめませんが、ふぐ、何をす(無事であれば続く)。
 
 
 1月27日の記事。眠い眠い。一昨日夜から風邪気味です。今日も早く寝ます。おやすみなさい。
 「アスペルガー症候群と非言語性学習障害 子どもたちとその親のために」
 明石書店 2,310円(税込)
 
 昨日の記事 で予告したシリーズの第1回目です。多分。自分が診断されて4年、ネットや本、現実の当事者や支援者との交流の中でいろいろ知識を得てきましたが、発達障害についてはトンデモも含めていろいろな説があり、流行によっても変わったりします。
 
 前にはてなブックマークで
「法律についてQ&Aサイトを見たら間違った回答がたくさんあってびっくりした、ネットは異なった考え方を知るにはいいけど本当のことを知りたい時には向かない」
という文面を見たことがありますが、学問分野によっては真実が1つに定まってなくて、学者によって主張が違ったり、(トンデモも含め)いろいろな説が混在することもあります。
 
 どの書籍も自分の学説が正しいという前提で断定的な書き方をしています。その本しか読んでいない人はそこに書かれていることが絶対無敵の真実だと思うかも知れません。だからといって
「書籍は異なった考え方を知るにはいいけど本当のことを知りたい時には向かない」
とは言わないでしょう。
 
 ブログで断定的な書き方をするとそれは違いますよというご意見が殺到しますが、あれもこれも正しいかどうかわからない、ではどこにもたどり着きません。文句言われるのがうざくて
「かも知れません」「とも考えられます」「でしょう」
という語尾を多用してきましたが、馬鹿馬鹿しいことです。
 
 発達障害にはいろいろ種類がありますが、同じ診断名でも苦手なことや困る点は個々で異なるため、診断名で厳密に分けず、発達障害という枠の中で個々の困った点を支援していきましょうという流れに現在はなっています。現実の支援策としては正しいと思います。
 
 最初に挙げた書籍は、日本での発行が2004年で少し内容的に古く、現代視点で見るとトンデモ系の内容も含まれています。ASを、高機能自閉症とは別の発達障害として分類する考え方を取っています。
 私が最初に教わったのは、自閉症のうち知的障害のないものが高機能自閉症、高機能自閉症のうち幼児期の言葉の遅れのないものがアスペルガー症候群、というものでした。初期に書いた記事で
「ASに特徴的に見られる運動機能の障害や手先の不器用さは幼児期の言葉の遅れのなさだけでは説明できない」
と紹介しました。しかしこの特徴を持たない人もいます。最近は、幼児期に言葉の遅れがあっても診断時点の言語能力に問題がなければASと診断するとも聞きます。
 
 おや、誰か来たようだ。(無事であれば続く)
 
 
 1月25日の記事。今日は早く寝よう。