労働者A
「あれもこれもいくらやってもできなくて自分を責めたこともあったけど、得意なことだってあるから、それを活かせる職場に巡り会えばやっていける」
ニートB
「働けていいですね。私は二次障害がひどくて働くこともできずお先真っ暗です」
ニートC
「能力が職業に直結しない人間だっているんです。あなたは恵まれているんです」
ニートD
「私だってできないことはたくさんあったけど、努力してできるようになりました。どうせできない、と投げ出してはいけないと思います」
 
 B、Cの発言は、ASが掲示板でこんな発言して感じ悪い的なネタ(都市伝説かも知れない)をアレンジしたものです。
 Dが、言っていることが一番訳わかんないし卑劣だと思うのですが、多くの人は3ニートのうちDに最も好感を抱くのではないかという気がします。Dがニートだと知っていてもです。
 BもCもうざいけど、書かれたら削除はするけど、発言の意味も気持ちもわかります。Dが卑劣なのは、客観的には最もまともであるはずのAは怠け者であることを確定的事実として扱い、ギャラリーに
「あ、この人怠け者なんだ」
という錯覚をインプットしているからです。ニートであるはずのDが、まるでAよりも努力家であるように見えます。Dはなぜこんな発言をするのでしょう。
 
1 本当に卑劣な人間である
2 自分の立場に全く気づいていない間抜けである
3 自分が有利になり、他者が不利になる発言を無意識にしている
 
 1や2である可能性もありますが、定型発達者の「無意識」による情報処理は侮れないと最近強く考えます。ずるいんではなくて無意識、すなわち天然なのです。無意識でーす、と言われたら責めることもできやしません。
 
 こう書くとまた、
「それは定型発達者だからということではないと思います」
「発達障害とは関係ないのではないでしょうか」
という人がぞろぞろ来そうです。これがうざくて、極力
「定型発達者は、発達障害者は」
という表現や、断定表現を控えてきましたが、結局こいつらに操られているんだと思うと面白くありません。
 分類は大変嫌われる行為ですが、例外は何にでもあります。例外は覚悟で情報を分類整理しないとゴチャゴチャしてどんどんわからなくなり、そこから対処法を抽出することもできません。
 
 実はまた分類研究してみようかと企画しているのです。初期の頃は本を読み読みそんなことも書いていましたが、一部ファン限定や非公開にしてしまいまし た。こう言われるからこれを書くのはやめよう、というのが多すぎて、気づいたら大量のタブーを抱えていました。手放したいです。
 例年、6~9月に事件が起こり、11月くらいまでウダウダするというスケジュールなので、やるとしたら今が最適です。書くことで自分の勉強にも情報整理にもなるので、タブーに挑戦です。
 
 
 1月24日の記事。悪人は善人面してやってくる。さらに、悪ぶっているけど本当は優しい人面してやってくる。気づいたら自分1人が悪者になっている。
 前回紹介した ニュース番組の婚活特集の中で、活動中の女性が
「(相手の男性の)年収500万でもいい」
と発言していました。500万でもぜいたく、だからスイーツ(笑)とか言われるんじゃないのさ、と一瞬思ったものの、勤務地がいわゆる都会で奥さんが専業主婦の場合、年収500万は厳しいです。
 
 私には見たこともない高給であるものの、年収500万だとボーナスを除く月収は33万くらい、手取り28万くらい、2人で住むなら2LDKは欲しいとこ ろ、すると家賃は10万くらいはするか、と妄想を進めると、家賃を除く月々の生活費は18万くらい、他に車を持っていたら、かなり苦しい家計です。
 ご主人の年収が500万以下なら奥さんはパートに、400万以下だったらフルタイムで働く必要が出てくるくらいでしょうか。(年収500万などもらったことがなく、2人暮らしもしたことがないので数字があちこちおかしいかも知れませんが、指摘しないで下さい)
 
 話は変わりますが、はてなブックマーク で最近まで
「共働き夫婦の家事分担」
に関する議論が流行っていました。ご主人は家事に協力しているつもりでも、休日に料理とか子供と遊ぶとか比較的楽しい家事だけで、奥さんの日々の壮絶な苦労を全然わかっていない、とかそういう感じです。
 奥さんの日々の壮絶な苦労の描写を読んで、
「私だったら絶対共働きは無理、どっちかが家事に専念しないと(その前に結婚は無理)」
とビビってしまいました。
 
 婚活を勧める政府の陰謀(私の妄想による)は、給料安くても2人ならやっていけるよね、的ニュアンスが含まれています。私もそう思っていたんですけど。
 うみわあおさんが紹介していたNHKの番組 によると、男性は遠い将来絶滅する運命にあるそうです。お金のこと、家事育児環境、労働時間長すぎ問題など、少子化の原因を求めては1個1個解決していっても、もう戻れないところまで人類も社会も進んでしまったのでは、と遠い将来を妄想してしまうのでした。
 
 
 1月22日の記事。中高の家庭科の授業でライフプランみたいなのやったけど、結婚して子供が産まれても働くライフスタイルが割と簡単そうに掲げられていたのも陰謀に違いありません。
 先日ニュースを見ていたら婚活特集をやっていました。婚期をやや過ぎた女性(でも美人)が出会い系サイト(この表現は使っていなかった)に登録してがんばっている、という内容でした。
 女性なら、このくらいしないと結婚できないんだなという気にさせられるし、男性ならあんな美人(若くはないが)がいるなら登録してみようかなという気になるのではと予測されます。
 
 正直私の知る範囲のちゅうねん未婚女性の容姿レベルは私も含め、必ずしも高いとは言い切れないものがなきにしもあらずなので、テレビに出ていたような人が結婚できなくて必死、というのは、本当かも知れませんが疑ってかかってしまいます。
 
 最近婚活婚活とあちらこちらで見かけますが、ほとんど出会い系サイトを勧めているのに激しく違和感を覚えます。出会い系ではなく有名ポータルサイトが運営する安心健全優良なサービスです、ということらしいですが、完全に業者や詐欺師を排除するのは難しいでしょう。
 
 ちょっと前まで出会い系サイト(他の呼び名が思いつかないので便宜上)は
「怪しい」「危ない」「犯罪に巻き込まれる」「だまされる」
の代名詞でありましたが、婚活という流行語に埋もれていくうちに、女性にとっても敷居の低いものになって、むしろ今時これくらい当然、のレベルに洗脳されそうです。私も冒頭のニュースの後はYahoo!パートナー を検索してしまったものです。
 
 これは何かの陰謀なのでしょうか。(すぐ陰謀説)そういう系統のサイトは安心健全優良に運営しようとすると、女性会員の確保が大変なはずです。
 1人でも多くの独身者を結婚させれば、少子化対策にはなるし、意欲がわいて生産性向上につながるし、犯罪抑止(背負うものがあれば思いとどまると期待)にもなるし、結婚情報サービスや有料サイトへの登録やレジャー機会の増加で経済活性化、という作戦でしょうか。
 
 陰謀だから悪いということではありません。陰謀だとしたらよくできているということです。政府主導で、少子化対策としてネットで婚活をとか言い出すと、叩かれてつぶされて批判されまくりそうです。
 
 
 1月20日の記事。婚活漫画を立ち読みしました。女性からメールするのは当たり前、女性から誘うのも当たり前、女性からプロポーズするのも、とあおりまくりでした。世の中は陰謀でできています。
玉響(たまゆら) 【広辞苑第四版より】
1 (万葉集の「玉響(たまかぎる)」を玉が触れ合ってかすかに音を立てる意としてタマユラニと訓じた)ほんのしばらくの間。一瞬。一説に、かすか。
2 草などに露の置くさま。
 
 広辞苑から面白い言葉を選んで五十音順にタイトルにするシリーズ第16弾。
 更級 と同じく、何だか意味わからないけどきれいな言葉として記憶にありました。「響」の部分が常用漢字にない読み方のせいか、「たまゆら」と表記されることもありますが、平仮名だとやや間抜けに感じられます。「玉ゆら」よりましですが。
 
 NHK朝の連続テレビ小説に「たまゆら 」という作品があったことも、それが川端康成がテレビのために書き下ろした小説だったことも今回知りました。
 朝の連続テレビ小説は現在も続いている身近なもの(見ていないけど)であるのに対し、川端康成は既に歴史上の人物です。川端康成も連続テレビ小説を見ていたんだと思うと親しみがわきます。
 
 主に歴史ものを得意とする漫画家長岡良子の作品にも「玉響 」がありますが、内容よりタイトルを先に考えたそうです。それくらい、音も字面も美しいです。
 似た意味の刹那(せつな)も好きです。一瞬のような短い時間の輝きとはかなさは、人生で一番綺羅綺羅しい時代をそのまま凝縮した宝石のようです。(私にもそんな時代が・・・あったのか?)
 過ぎ去った時間を宝物として振り返ったり、それを大事にしながら生きていく、というのは日本人の感覚に合っていそうなんですけど、誰だ、ぽじてぃぶ とか変な外来語を持ち出して過去を振り返るのを悪いことみたいにしてしまったのは。
 
 どんな使い方をされているのかとググると、普通の文章中にさりげなく登場する、ということはなかなかなくて、会社名とかお店の名前、サイト名としてよく使われています。
 響きもいいし使いたくはなりますね。個人的には、会社、お店、サイトの名称としては縁起悪いんではという気もせずにいられませんが。
 
 B○サイト(ゲーム?)にも。それはわかる気がします。○Lのカップルは年を取ると絵的にアレなので(何てことを)物語としては若いうちにどちらかが死 ぬか別れさせないといけません。愛し合いながらも別の道を行く2人、現代の純愛です。はっ、あらぬ方向へ走ってしまいました。
 はかなくも美しいものは、時代が過ぎ去っても2度と手にすることができなくても、生きる希望なのでした。
 
 
 1月19日の記事。なぜかコメント欄はB○方面へ。
 買い物会話の苦手な私は全ての生活必需品をネットで購入する生活を目指しています。しかし店員さんと会話しなければならない商品ほどネットでは買いづらいものだったりします。その最たるものは服です。試着しないとサイズや素材が合わないのではと不安です。
 
CNET Japan
 「ネットで服は売れない」は過去の話--ネットと実店舗の連携を進めるアパレル業界
 
 こんなニュースもありましたが、店舗で商品を見てネットで買うとしたらどちらにしろ店員さんと会話しなければなりません。服飾ショップの店員さんというのは同じ人間であることが信じられないほど会話が成立しません。
 サイズを聞いておいてそれを信じない、試着してサイズが合わないと言っても素材が肌に合わないと言っても絶対信用しない、これでは監視カメラ付きぬいぐるみでも置いておいた方がまだ温かみがあるというものです。余程サイズをごまかす人が多いのだなとは思いますが。
 
 服は敷居が高いので靴を買ってみました。靴も、服ほどではありませんが、サイズや履き心地が不安なアイテムです。22.0~22.5か、 23.0~23.5か迷いました。普段は22.5か23.0で、試着して決めるからです。22.0では入らないかなと思って23.0~23.5にしまし た。
 
 届いた靴を履いてみたら、かかとがバコバコでした。うわ、失敗した、と思いながらも、出勤前だったのでそのまま履いて出かけました。ベルトがついているので、バコバコはしますがシンデレラ状態にはなりません。
 会社ではサンダルに履きかえ、1日過ごした後帰りに履くと、若干足が大きくなっていて、左はかかとが抜けない程度にはなりました。私は左足の方が少し大きいです。手のひらも左の方が大きいのですが、これはみんなそうなのでしょうか。心臓がある側だからでしょうか。
 
 2、3日履くうち、足が靴に合ってきたのか靴が足に合ってきたのか、段々歩きやすくなってきました。ベルトを深くかけ、かかとを後ろにつけるよう心がければそんなに外れなくなりました。
 通販にはサイズの不安がつきまといますが、数字は示してあるし店員さんが横からゴチャゴチャ言って判断を鈍らせるということがないので、妥協して買ってしまう危険がありません。これも縁というものです。こうしてまた少しだけ自信がついたのでした。
 
 
 1月15日の記事。靴は大きすぎても足によくないとかで、この記事 に従い、かかと部分と前の方の足を入れるところに一辺2cmの厚紙を重ねてガムテープで貼り、調整しました。(ひどい)