新卒1年目、ほうれんそう ではミソつけたものの、まだ夢いっぱいで働いておりました。
 
 私は叱られると、すぐ何がいけなかったのかと考え次はどうすればいいかを検証し、それを口にも出しました。
「こう考えたんですけど」
「こうなっていたのでこうしたら」
考えると口から出てしまいます。ある時
「言い訳ばかりするな」
と雷を落とされました。
 愛読しているマニュアル本にも、失敗した時の言い訳は見苦しい、すぐ謝るようにと書いてありました。理由や次回に向けての検証を口に出してはいけないのね(→考えてはいけないのね)と微妙に誤った方向に向かいました。口に出すことと考えることはイコールだったからです。
 
 そこで、何を言われてもすぐ謝る、を実行しました。自分がやったことでなくても、誰々さんがやったというのは告げ口みたいでよくないし、また言い訳と言われるかも知れないので、とにかく謝りました。
 マニュアル本に、元巨人の川上監督が、打たれ弱い選手を叱りたい時、頭ごなしに叱ると萎縮するので、代わりに叱られてもすぐ忘れる長嶋選手(後に監督)を叱って他の選手を引き締めたというエピソードが紹介されていました。私の役目は長嶋選手だと、とてつもない勘違いを始めました。
 
 他の人のやったことでも、私が代わりに叱られておけばその人も私にいい印象を抱くだろうし、人間関係がよくなると考えました。
 マニュアル本には、入社3年以内の成果など会社は気にしないと書いてあったし、言い訳してさらに叱られたら印象が悪くなるだけだったからです。
 新人のうちは叱られるのが仕事、2年目からはそうもいかなくなる、叱られた分だけ成長する、と信じていました。(マニュアル本に書いてあったから)
 
 私がどんどん上司に誤解されるのを心配して、
「自分が悪くない時は言わないと駄目よ」
と忠告する人もいましたが、そういう人は私がそれで怒られると
「言い訳するからいけないのよ」
と申しました。どっちやねん。
 
 非言語の超能力が頭上を飛び交っていることなど知りもせず、ひたすら純粋でひたすら一生懸命だった自分を、かなうなら後ろから蹴飛ばしてやりたいものです。
 
 
 5月2日の記事。この頃から説教族の餌食でした。ゴチャゴチャ思いつきのアドバイスしたがる人の多いこと。先輩ならわかるけど同期入社の子までお姉さまぶって適当なアドバイス。振り回されてひどい目に合いました。
 私のような人間にはジョブコーチにあたる人は必要だと思いますが、1人にして欲しいです。いろんな人が入れ替わり立ち替わり現れては一貫性のないことを言うと混乱します。感謝を強要する上内容に責任を持たない人に物教わるのは迷惑を越えて恐怖です。
「バナナとリンゴとミカンとどれが一番好き?」
と聞かれて、どれも同じくらい好きだけど、それでは答にならないから、一生懸命に考えてミカンを選んだのに、他の人は
「全部好き」
と言って全部持っていってしまう、ずるいと泣いても
「ミカンがいいと言ったのあんたでしょ」
とどうにもならない、リンゴしかない時は
「リンゴ嫌いだったね」
と分けてもらえない。
 
 人に責任を押しつけられる時はこんな感じです。他の人はおいしいところを持っていって責任は取らないのに、私はミカンについては全責任を取らされ、ミカンに問題がある時は責められるのに、ミカンは他の人と均等に分配され、ミカン以外のおいしいものは分けてもらえません。
「あなたが決めたんでしょう」「自分で選んだことでしょう」
質問にはっきり答えるというのはかくも責任が重いのです。
「両方」「中間」
という答は私をイライラさせますが、責任取らされないためには仕方のないことです。
 
 私は聞いたことにまっすぐ答えてもらえないととても腹が立つので自分が聞かれた時はちゃんと答えようと思うのですが、聞かれたことはできるだけあいまいにして相手に情報を与えず、相手からは情報を聞き出す、というのが、他人を支配する有効なテクニックのようです。
 
 買い物での店員との会話が苦手なのも、先方はこちらの情報を得ようとたたみかけてくるのに、こちらが聞いたことにはなかなか結論を言わないからです。
「いくらくらいなんですか」
「ご予算はおいくらですか」
質問を投げ返すな。1円だと言ったら1円で売るのか。
 
 現代の情報戦を制覇するには、私もあの会話術をマスターしないといかんのでしょう。聞かれたことには常にあいまいに答え、ればいいかというとそうでもなさそうです。それに、お互いにあいまい発言を繰り返していても話が進まないから、段々イライラしてきて、結局私が折れてしまうのだな。
 
 
 5月1日の記事。大したネタではなかったのに書いてみたら結構面白かった(自分で言うな)です。
 いかに自分が後で責任を取らなくて済むかということに重点を置いた話し方をする人は現実にいます。解析できる自分に感心しながら聞きます。そうでない人もいます。そうでない人の方が安心できます。
 ゴールデンウィークです。クリスマスや大みそかや元旦と同様、
「みんなきっとブログなんかせずにどこかに遊びに行っているのだわ」
という被害妄想な気分になります。
 
 4月3日に新社会人となった方にとっても初めてのゴールデンウィークですが、私は新卒最初のゴールデンウィークも、夏休みも冬休みも勝手がわからず何も予定を入れられませんでした。休日出勤とかあるかも知れませんし。あるならある、ないならないではっきりして欲しいのですが、そういうことを聞くと
「休日出勤を嫌がっている」
と受け取られるのが困りました。みんなどうやって要領よく休みを取っているのか不思議でした。
 
 そう言えば、短期の派遣先に行った時に
「職場は禁煙ですか」
と聞くと、
「喫煙所はそこですよ」「休憩時間以外の喫煙はご遠慮下さい」
など、まるで私が喫煙者であるかのような扱いを受けました。喫煙者だったら
「煙草は吸えますか」
と聞くと思うのですが。何で勝手に先回りして推測しておいて、こちらが違うと言っても信じないのか、地団駄踏みたくなるようなイライラです。
「禁煙ですか」
と聞いているんだから
「はい」「いいえ」
以外に答なんかねーだろ、と言いたいのですが、相手がどう推測するかをこっちが先に推測しなければならないと思うと会話は疲れます。いえ、私が悪いことはわかっているんですが。
 
 今は、あらかじめ休みだとわかっていても、金と気力がないために何も予定を入れません。わざわざ混んでいる場所に行きたくないし。長い休み中のイベントというと、昔住んでいた場所に行って
「ここも変わったなあ」
とババくさい感慨にふけることだったりします。
 
 
 4月30日の記事。ゴールデンウィークを平塚5遺体事件と共に過ごす(ネットやテレビのニュースで)ことになりました。
 この記事に、おそらく新着で入ってきたであろう人のコメント。
「なんだか疲れているようですね。ゴールデンウィーク中にしっかり体力、精神面も休めるといいですね」
多分私が疲れておかしくなって上記のような言動になったと思ったのでしょう。すみません、いつもこんなです。でも温かい言葉をありがとうございます。
 昔好きだった少女漫画です。最近復刻版 が文庫で出たので立ち読みしました。が、連載していた雑誌で読んでいた頃と違うところがあるような気がします。
 
1 復刻にあたって作者が手を加えた
2 雑誌の連載から単行本になる時に作者が手を加えた(私は当時の単行本を読んでいない)
3 記憶の美化による
 
 何か3のような気がしてきました(そんなに自分の記憶力が信じられないか)。昔のアニメ(またアニメか)のDVD見た時、記憶の中の映像と少し違っていて(色使いではない)、弟にそう言ったら
「あり得ない。それは記憶の美化だ」
と申します。 
 
 好きな漫画やアニメは、その世界観を元にしてよく脳内二次創作していました。本編と二次創作の記憶は分けて保存してありますが、絶対混じっていないとは言い切れません。自信がないという意味ではなく、何事も疑おうと思えば疑えるということです。
 連載当時、実は1号飛ばして読まなかったのに気づかなかったとか、嫌いなキャラはなかったことにしてしまっていたとか。
 
 20年の歳月は長いです。記憶の美化もあるでしょう。20年経つと漫画家も絵柄変わります。絵が下手になってしまった漫画家もいます。同じ絵を維持するのは大変そうです。
 漫画のタイトルを記事タイトルにしておきながら全然ストーリーを紹介していませんね。平凡な少女を複数のイケメンが奪い合う話 です。間違ってはいないと思いますが、こんな紹介だとファンには怒られそうです。
 
 
 4月28日の記事。この作品のラストは救いがありません。普通主人公カップルが死ぬにしても、天国で結ばれるとか、生まれ変わってもう1度会おうとか救いがありそうなものですが、それもありません。この漫画家はこの作品以降第1線を退くのですが、やけにでもなっていたのでしょうか。
 早食い競争ではありません。(やったことはあるが)仕事中、たまに差し入れとしてお菓子や飲み物をいただくことがあります。この差し入れへの対処は難しく、一歩間違うと失礼になったり、常識を疑われたりします。
 
 一般的には、差し入れにいただいたものをすぐ食べると意地汚く見えます。しばらく置いてから、周囲の状況をにらみつつ、さりげなくいただく、もしくは持ち帰る、というのがセオリーですが、私はいただいたジュースの存在を忘れてしまい、放置して帰宅したことがあります。ジュースをくれた人の方が遅くまでいたので放置したジュースを見られた可能性があり、そうだとしたらとても失礼なことをしてしまいました。
 差し入れをもらったらすぐ対処法を考えなければなりません。差し入れてくれるのが、近くの席の上司や同僚なら
「ありがとうございます。いただいていいですか」
と声をかければすぐ食べても不自然ではありませんが、私は上司や同僚と机を並べてはなく、顔を合わせるのは会議室を利用しにくる他部署の人ばかりです。上記のようないただいていいですか交渉をする前にスーッと行ってしまいます。たとえその人からOKが取れても、他の人の目があります。
 
 その中でも最大限に難解なのがアイスクリームです。アイスクリームはすぐ食べるか、冷凍庫に入れなければなりません。アイスクリームを放置して帰ったら最悪です。
 アイスクリームでも、5分くらい放置してから、あら大変、溶けちゃうわという顔をして冷凍庫にしまうのがよい、というのは今思い出しながら書いているから思いつくので、その場でとっさにわかる訳がありません。
 あらかじめ予測できることなら私(指令脳)が対策を考えておけますが、「とっさの判断」は8歳児並の動作脳が行うのです。(指令脳と動作脳については片付けられる女 参照)

 その時は大変、すぐ食べないと溶けてしまう、ということで頭がいっぱいで、すぐ受付の後ろに隠れて食べ始めてしまいました。人がたくさん出入りしているというのに。
 しまった、と思っても、食べかけのアイスクリームを冷凍庫に持っていったらもっとまずい、ということでやめられません。やめろよ、と突っこめるのは今書いているからで、その時は早く食べ終わらなくては、の方向に向かって行きました。
 
 アイスクリームをもらったら5分放置後気づくという原則を動作脳に知らしめるため、ここに記します。5分くらいだとうっかり10分くらいになりそうです。気温にもよるしあいすまんじゅうなら5分で溶けるから、とっさの判断が難解です。
 
 
 4月27日の記事。間抜けな行動をした時、後でその時の心理を思い出しながら書くと、
「何でわかっているのにできないの」
と怒られそうです。行動しているのは私(指令脳)ぢゃない、なんて言うとさらに怒られそうです。常に
「こう書いたらこうゆわれるんぢゃないか」
とびくびくしているのが一番よくないんですが。だったらコメント受けつけるな、とか、うがー。