ヴィー  生。生命。人生。(広辞苑第四版より)
 
 広辞苑から面白い言葉を拾って五十音順にタイトルにするシリーズ第3弾。今回は取り上げた言葉に深い意味はなく
「ウに点々」
をやってみたかったのです。
 ヴィーはフランス語(広辞苑でフランス語を調べるニーズがあるのだろうか)ですが、be動詞のbeの語源と関係あるでしょうか。フランス語のbe動詞にあたる単語は別にあります。
 初めてbe動詞を習った時、普通の動詞がA動詞で、amやisをB動詞というのだなと思ったのは私だけではないでしょう。
 
 広辞苑には「ヴ」単独の項目はありませんでしたが、ウィキペディア にはありました。さすが。それによると、最初に考えたのは(多分)福沢諭吉で、その後なるべく使わないようにしようとかやっぱり使おうとか変遷しながら現在に至っているそうです。私が小学校くらいの時はあまりなかった気がします、と書くと年がばれるでしょうか。
 何か、ヴァイオリンとか書いてあるとうざいのですが。カヴァーとかヴァケーションとか。ラジオをレイディオと無理して言っているみたいです。
 
 この表記を初めて知ったのは、ドラえもんに出てくるドイツの古城の少女のセリフ
「ヴェア?」(誰? という意味、だと思う)
だったか、それとも桜田淳子の
「気まぐれヴィーナス」
だったでしょうか。
「ビーナス」
と歌っているようにしか聞こえませんでしたが。
 
 ただのバ行もヴを使うとうざくも高級感が生じます。ブログもヴログと書くと何やら高級感が・・・意外としませんね。
 なお、ブログはblogなのでヴログにはなりませんというコメントはしないで下さい。
 
 
 8月28日の記事。最後の1行、エントリーの時は、迷った末つけなかったのです。この注意書きが最後にあると嫌味っぽいし、そんなところ突っこまないだろうと、思ったら突っこまれてしまいました。私がそんなことも知らない人に見えたとしても、リンク先のウィキぺディアに書いてあることなのに、私は自分で貼ったリンク先すら見ていない人だと思われたのか、とウダウダ落ちこむ自分でありました。関連コメントは削除しました。ごめんなさい。
 花形主役の新約巨人の星 、お盆を挟んでの連載第2回目になったのは、読者の反応を見たかったからでしょうか。
 2回目もいかにも文法通りの展開ですが、これ「リングにかけろ2」みたいに、花形と明子姉さんの息子を主役にして、周辺キャラも2世で固める方が違和感なかったように思います。私が思いつくくらいですから編集者も思いついたでしょうが、余計、著作権管理者の許可が下りなかったのかも知れません。リンかけ2は同じ作者だから問題ありませんが。
 
 旧花形はいわゆるスポ根のライバルキャラの原型で、多くの後続作品にそのキャラが踏襲されています。
「リングにかけろ」の剣崎順、
「とどろけ一番」の常仁勝(また誰も知らないところを)、
「ガラスの仮面」の姫川亜弓など。
 
 彼らの特徴。
1 家は超大金持ち
2 主人公より美形
3 主人公に敵意を表すが実はいい奴でフェア
4 読者は実は主人公よりこのライバルに感情移入している
5 主人公以上にドラマチックな背景を持つ
 
 などと書いておりましたら、アメブロ版の記事「リングにかけろ 」に常仁勝ネタのトラックバック がついておりましたので、興味のある方はご覧下さい。画像の著作権が心配ですが。
 試験のためにNASAの特訓とは、昔の受験はすごかったのだなと思っていただけるでしょう。現代版花形にもやって欲しいものです。
 
 この常仁勝の教官役のミスターアポロ、あの人に似ていませんか。姫川亜弓の演技指導していた(あれ、カメラマンだっけ)ミスターハミルだったかハミルトンだったか。
「アユミ・・・」
とか言っていた外国人。ガラスの仮面姫川亜弓バージョンというのも面白そうです。
 
 
 8月27日の記事。新約巨人の星の花形はちっともあの花形らしくなってこないので、あの花形の息子だと思いこむことにします。
 犯行予告の金曜日が来た。マイコは勤務時間終了後、ハヤミのゴミ箱で見つけたチラシのピンサロ近くをうろついてみようと思っていた。
 本当に、ハヤミがあのチラシを捨てたのか。もしかしたら誰かに無理やりもらっただけかも知れない。使うつもりなら捨てずに持っているだろう。ハヤミがピンサロに行くとしたら、もうショックで顔も見たくない。
 
 この日、ようやくマイコは給湯室でハヤミと2人で話すチャンスを得た。
「先日は、コメントありがとうございました」
「すぐ消されたけどね。それから会社でその話はしないで。ホストクラブに行った上、警察に事情聴取されたと知られたらまずいよ」
マイコは誰も聞いていないか周りを見た。自分が
(ホストクラブで働いていることを知られたくなかったら私の言うことを何でも聞くのよ)
と脅す予定だったのに、これでは逆だ。
「じゃあ外で会ってくれるんですか」
すごいことを言ってしまった。
「いいよ。じゃあ今夜デートしよう。定時で上がれる」
デート。その単語に飛び上がりそうだ。いいのだろうか。他の女子社員に、というよりホストクラブの客に見つかったら命をねらわれる。犯行時刻の9時までは時間がある。それまでに切り上げてしまえばいい、と好奇心を膨らませた。
 
 業務終了後、マイコはいつもより念入りに化粧直しをして待ち合わせ場所に向かった。
「イトウさん、何が好き」
「カレーライス」
ハヤミはぶははっと笑い出した。ハヤミはカレーが嫌いなのだろうか。あんなにおいしいのに。
「じゃあね、フレンチとイタリアンと和食とどれがいい」
「えーと、和食」
ハヤミは携帯を取り出してどこかに電話をかけた。
「ハヤミです。6時に個室を1つ。2名で」
「個室って何ですか」
まさかピンサロでは。そんな覚悟はまだない。
「そういう個室じゃないよ」
ハヤミは笑いをこらえながら手を上げてタクシーを止めた。行き先を告げてから
「お座敷だから携帯は切っておいて。僕も切るから」
と言った。
 
 ヤマザキから連絡が入るかも知れない、というのが頭をチラッとよぎった。
(でも8時過ぎくらいで終わりにすれば)
マイコは言われた通り、携帯の電源を切った。
 
 
 8月26日の記事。マイコの名字は全然考えていませんでしたが、イズミはイガラシイズミにせざるを得ないであろう→確か大学の学籍番号が一番違いという設定にしていたから、五十音で近い姓にしなくては ということでイトウマイコさんに決定です。
 ふぁみさんの記事 によると、ニートの就労支援対策に発達障害者支援への支援を取り入れるという内容が読売新聞の一面に載ったそうです。
 
 私は読売新聞でないので知りませんでしたが、画期的な第1歩です。ふぁみさんも記事中に書いていらっしゃいましたが、これで
「ニート=発達障害者」
みたいな新たなレッテルが貼られないかは心配です。発達障害者でないニート、ニートでない発達障害者は当然存在します。
 この辺りは諸刃の剣で、発達障害が多くの人に知られ、公表することで適切な支援を受けられる期待が生じる反面、差別や
「努力が足りない、やろうとしないだけ」
攻撃がなくなる訳ではないだろうという被害妄想も生じます。現状では知的障害を伴わなければ法律上の障害者ではなく、障害者枠での就職にはなりません。
 
 昨日の記事「マイノリティたち 」ともリンクしますが、
「こういう人もいる」
という知識が広まるだけで救われます。
 自分のことを棚に上げた発言なので怒らないで下さい。私は説教族を受け入れられません。説教アレルギーです。出入り禁止です。絶対に嫌です。
 
 あの襲撃事件が、このブログの、どちらかというと熱心な部類に入る読者から起こったことを私は重く考えています。それ以前は
「こういう障害があるとみんな知らないからびっくりして怒り出すので、知っていればノー問題」
とお気楽に考えていました。しかし知ってなお、ごく一部の人は
「怠け者」「やろうとする意志が感じられない」
と罵倒するのです。それは、社会に知られていった後も存在する問題です。
 
 私は働いていますが、発達障害への理解、支援が進むことを望む1人として、社会がどれだけ「彼ら」を許容できるか、興味深く見ています。「許容」などと書きますと、また
「まずは自分が許容されるよう努力すべき」
と説教されそうです。この手の話題は様々な立場から説教を受けやすいので封印していましたが、書かずにいられませんでした。どうか、怒らないで下さい。
「あなたの考えは甘い」「理解、支援が進むことを願うならこうするべき」
というコメントもしないで下さい。
 
 
 8月24日の記事。ニュース記事のリンク先が切れておりました。これ絶対説教されそうシリーズ。障害か個性か、とよく言われますが、個性と位置づけると
「努力すれば直る」「直そうとしないだけ」
攻撃が来るので、現状では障害と位置づけないと理解を得にくいでしょう。昨日の記事の色弱と思われる人と同じです。
 転載記事(Yahooブログの機能)として時々見かける、色弱のお話 です。私は自分の記事を転載不可にしているのでトラックバックだけしますが、現在までに1500以上転載されていて、何とか元記事(だと思う)にたどり着きました。
 小学校の同級生で変わった色使いをする子を仲間外れにして、15年後、大学で研究していて色弱だったのでは、という見解にたどりつく話です。無知は罪である、とこの記事は結びます。
 
 この話のいいところは、最後
「あの子はもしかしたら色弱だったのではないか」
で終わることです。本当に色弱だったかどうかわかりません。しかし
「もしかしたら」
と思うことで、思うだけで、少しでも、異質な特徴を持つ人々に優しくできるのではないか、という期待につながります。
 本当に、医学的な意味で色弱かどうかは大した問題ではありません。色弱でなければいじめてもいいということはないからです。公表していない人に
「あなた色弱なんじゃないの」
と聞いたらそれはそれで暴力です。テラ・インコグニタ(未知の大地)はすぐ近くにあります。
 
 しかしつい反射的に説教族を思い出すのです。
「言ってくれないとわからない」
「健常者だって万能ではない、言ってくれないことを理解しろなんて無理だ」
と、叫ばれるのでしょうか。
 障害と怠けの区別をする必要性を執拗に訴えていましたっけ。多分、私のような人を
「怠け者」
と攻撃した経験があったのでしょう。
 
 このブログを書き始めた頃、読んでくれた人が私に似た特徴を持つ誰かに出会って、こういう人もいるかも、と思ってくれたらいいなと考えていました。障害と名がつくかどうかではなく、世の中にはこういう人もいる、と。今はこの考えは変わったので責めないで下さい。
 いい話を見てもこんなことばかり思い出す自分が本当に嫌です。今年ももうすぐ、24時間テレビ の季節です。
 
 
 8月22日の記事。Yahooブログには「転載」という独特の機能がありまして、ボタンひとつでその記事を丸ごと自分のブログの記事としてエントリーすることができます。記事の右下に「転載元」が表示されますが、不具合で消えることがあり、転載記事を転載すると直接の転載元だけしか表示されないため、Yahooブログ界では著作権上問題にされています。
 私はこの機能をオフにしていますが、人探しなど、
「この記事を、短期間に多くの人に見てもらいたい」
時には有効な場合もあるようです。自分が書いたとわからなくなってもいいからどんどん転載して欲しいという人もいるので、難しいところです。