転載記事(Yahooブログの機能)として時々見かける、色弱のお話
です。私は自分の記事を転載不可にしているのでトラックバックだけしますが、現在までに1500以上転載されていて、何とか元記事(だと思う)にたどり着きました。
小学校の同級生で変わった色使いをする子を仲間外れにして、15年後、大学で研究していて色弱だったのでは、という見解にたどりつく話です。無知は罪である、とこの記事は結びます。
小学校の同級生で変わった色使いをする子を仲間外れにして、15年後、大学で研究していて色弱だったのでは、という見解にたどりつく話です。無知は罪である、とこの記事は結びます。
この話のいいところは、最後
「あの子はもしかしたら色弱だったのではないか」
で終わることです。本当に色弱だったかどうかわかりません。しかし
「もしかしたら」
と思うことで、思うだけで、少しでも、異質な特徴を持つ人々に優しくできるのではないか、という期待につながります。
本当に、医学的な意味で色弱かどうかは大した問題ではありません。色弱でなければいじめてもいいということはないからです。公表していない人に
「あなた色弱なんじゃないの」
と聞いたらそれはそれで暴力です。テラ・インコグニタ(未知の大地)はすぐ近くにあります。
「あの子はもしかしたら色弱だったのではないか」
で終わることです。本当に色弱だったかどうかわかりません。しかし
「もしかしたら」
と思うことで、思うだけで、少しでも、異質な特徴を持つ人々に優しくできるのではないか、という期待につながります。
本当に、医学的な意味で色弱かどうかは大した問題ではありません。色弱でなければいじめてもいいということはないからです。公表していない人に
「あなた色弱なんじゃないの」
と聞いたらそれはそれで暴力です。テラ・インコグニタ(未知の大地)はすぐ近くにあります。
しかしつい反射的に説教族を思い出すのです。
「言ってくれないとわからない」
「健常者だって万能ではない、言ってくれないことを理解しろなんて無理だ」
と、叫ばれるのでしょうか。
障害と怠けの区別をする必要性を執拗に訴えていましたっけ。多分、私のような人を
「怠け者」
と攻撃した経験があったのでしょう。
「言ってくれないとわからない」
「健常者だって万能ではない、言ってくれないことを理解しろなんて無理だ」
と、叫ばれるのでしょうか。
障害と怠けの区別をする必要性を執拗に訴えていましたっけ。多分、私のような人を
「怠け者」
と攻撃した経験があったのでしょう。
このブログを書き始めた頃、読んでくれた人が私に似た特徴を持つ誰かに出会って、こういう人もいるかも、と思ってくれたらいいなと考えていました。障害と名がつくかどうかではなく、世の中にはこういう人もいる、と。今はこの考えは変わったので責めないで下さい。
いい話を見てもこんなことばかり思い出す自分が本当に嫌です。今年ももうすぐ、24時間テレビ の季節です。
いい話を見てもこんなことばかり思い出す自分が本当に嫌です。今年ももうすぐ、24時間テレビ の季節です。
8月22日の記事。Yahooブログには「転載」という独特の機能がありまして、ボタンひとつでその記事を丸ごと自分のブログの記事としてエントリーすることができます。記事の右下に「転載元」が表示されますが、不具合で消えることがあり、転載記事を転載すると直接の転載元だけしか表示されないため、Yahooブログ界では著作権上問題にされています。
私はこの機能をオフにしていますが、人探しなど、
「この記事を、短期間に多くの人に見てもらいたい」
時には有効な場合もあるようです。自分が書いたとわからなくなってもいいからどんどん転載して欲しいという人もいるので、難しいところです。