《前編》 より

 

【ストレスによる悪循環】
「人が大きな肉体的あるいは感情的なストレスを受けるとき、物質界と非物質界を隔てる境界が薄くなってしまうんだ。それが薄くなればなるほど、その向こうが見えやすくなる。・・・中略・・・、離婚のせいで、きみにはストレスがかかった。おかげできみは、まず最初に幽霊を見やすくなったんだ。今度は幽霊がきみを怖がらせているので、きみにはさらにストレスがかかっている。悪循環みたいなものだよ」(p.268)
 ストレスを受けると、霊的に敏感になってしまう傾向がある。このような状況下で怖れが誘発した悪循環の轍に嵌ると、場合によってはポルターガイスト現象がおこったりして、収拾のつかない状態になってしまうことがあるらしい。
 「怖れ」の反対は「愛」。
「幽霊を移動させるのを手助けするために、きみにできる一番パワフルなことは、愛を感じて、ハートからものを言うことなんだよ」 (p.468)
 基本的に「愛」に常駐していれば、幽霊は寄ってこない。

 

 

【食事量と霊的敏感さの関係】
「・・・中略・・・憶えているかい、ストレスが物質界と非物質界の境界を薄くしてしまう、って話をしただろう?」
「ええ憶えているわ」
「絶食したり、ごくわずかしか食べなかったりすると、同じことが起きるんだ。長く食べずにいればいるほど、境界はいっそう薄くなってしまう。聖書にも、祈りと断食によって、霊とのコミュニケーションがたやすくなると書かれている。・・・中略・・・。君が食べ物を食べると、その消化に必要なプロセスに、意識を向けざるを得ない。そうすると、意識をよそに向ける余地が少なくなるんだ。あまりにも怖いことが起こってきたら、できる対策のひとつは、何かを食べることだよ。わかるかな?」(p.287)
 グラウンディング(意識を物質世界に戻す)の方法には、いろいろあるけれど、その最たるものが摂食。
 霊的に敏感すぎる人がこれを避けたい場合は、食事を摂ることが有効だけれど、逆に霊的に敏感とは言えない人が神社などに詣でてスピリッチュアルな世界を感受したい場合は、前日ないし数日前から何も食べない方がいい。

 

 

【非物質界の言語】
「行っちゃった!」彼女の熱は、上がったときと同じくらい急激に下がった。「声に出して言う必要はなかったわ。ただ、その、あいつに向かってそう(『おまえはここに属していない』『今すぐ立ち去りなさい』)考えただけで、いなくなった」
「そのとおり。非物質界では、思考によってコミュニケーションができるんだ。思考自体が非物質的なものだし、同じ素材からできているようなものだ。非物質界の言語は、思考と感覚の言語だ。きみは、彼へのメッセージを『感じた』んだ。彼の世界では。その思考や感覚というのは、ブルドーザーと同じくらい現実的なものなんだ。きみが彼にその思考を向けたら、彼は避けることができない。きみの思考は現実的な実体であって、彼を押しのけたんだ」(p.288)
 「非物質界」というのは、「意志と想念の世界」だから、『思考が実体』なのである。
 人類がアセンション(次元上昇)をしてゆけば、非物質世界の様相に近似してくるから、一挙に言葉が不要になる段階までいかなくとも、思考によるコミュニケーションが可能な人は増えてくるだろうし、共有感覚の発達としての意識の広がりも起こってくるだろう。
 このような世界を予告している著作は数多存在している。
    《参照》   『胎内記憶』 七田眞・つなぶちようじ (ダイアモンド社) 《前編》
              【右脳の特性】
    《参照》   『ジュリアの音信』  山波言太郎  でくのぼう出版
              【霊界の様子】 【人格が宝】

 

 

【非物質界はアケスケな世界】
「プライバシーなんて幻想にすぎないってことが、私にはわかってきたよ。心の中で考えることさえ、隠してはおけないんだ。・・・中略・・・」「そんなこと、どうして我慢できるの? ブルース」
「ただ、それが事実だと受け入れるだけさ。そういうものだよ。彼らが、一番プライベートな瞬間に私を見たいとと思ったとしても、それが何だっていうんだ。そうやって、ただ受け入れるしかないのさ」 (p.328)
 そう、ただ受け入れるしかない。
 このことを考慮して、非物質世界に住む人びとのことを考えると、「邪悪な想いを抱く人々と、善良な想いを抱く人々は、それぞれ別の世界(星)に住み分けるようになるのが必然」だと分かるだろう。
 物質世界では正邪が混在する玉石混淆状態がありうるけれど、非物質世界では、想いのレベルによって詳細に階層化されてしまう。
 故に、非物質世界には向上の機会がない。玉石混淆する物質世界に生まれることで初めて向上の機会が得られる。なのに、せっかく物質世界に生まれてきながら、欲望全開でモノ・カネに囚われているだけで、何ら向上を達成していない人たちって、一体全体・・・・。

 

 

【性的な関係を持った場合】
「ふたりの人間に性的な関係があると、お互いの間にエネルギー的な結びつきができるんだ。こういう結びつきは、ある種の回路を開くことになって、感覚や思考や感情や願望や意図などが、お互いの間を行き来することになる。とてもオープンな回路なので、どれが誰の感覚なのかわからなくなることもある。いともたやすく、相手の感覚を自分の感覚と取り違えてしまい、そういう対応をし始めてしまったりするんだ。
 ごく単純な例を挙げると、たとえば、きみのパートナーがすごく空腹だったとする。きみ自身は全然空腹じゃないのに、パートナーが空腹を感じているために、自分でもなぜなのかわからないまま、ものを食べ始めてしまうということがありうるんだ。(p.301)
    《参照》   『チャクラ・クリアリング』 ドリーン・バーチュー (JMA)
              【エーテル・コード】

 性的な関係を持った場合、お互いの間にエネルギー的な結びつきができる以外に、非常に重要で本質的な問題を含んでいる。
    《参照》   『ガイアの法則[Ⅱ]』 千賀一生 (ヒカルランド) 《後編》
              【天性と霊性を損なう乱脈なセックス】

 

 

【『贖罪』という観念による自縄自縛】
「この子、チェリクの考えでは、『贖罪』とは、人生で自分がしてきたことへの嘆きと悲しみの気持ちを繰り返し味わうことだったのだ。そのおかげで、この子はあんたのいう『フォーカス23』に囚われてしまったのだ! もう充分だ! 『贖罪』とは赦しを求めることだ。・・・中略・・・。赦しこそ、その本質だ。『贖罪』とは赦しなのだ! これこそ、あの子らが学び、知るべきことなのだ。赦し、それが『贖罪』だということを!」 (p.399)
 死後、自分の身体の周りだけ仄かに明るいだけで全体が真っ暗な空間に住み続けている人が多いらしいけれど、この子のように、教会で学んだとおりに誤った『贖罪』の観念を抱いたままでいるから、このような世界に囚われることになってしまう。
 仏教にしても、カルマ思想と六道輪廻思想を組み合わせて、そこから出る(=解脱する=輪廻を出る)ことはとうてい容易ではないなどと教えているから、教団の信者たちは死後も集団で同じ観念に支配された下層霊界に囚われているのである。もういい加減、出鱈目なことを教えるのは止めるべき。
 キリスト教でなくとも、あらゆる宗教が教える観念世界は、完全に前時代的なものになっている。
「愛」とは「赦し」であり、もっと大胆に拡張して言うなら、「愛」とは「地上で植えつけられたあらゆる既成概念や信念の解除」であるとも言えるだろう。
 地上で生きている間に、新時代用に出版されている、この本などに書かれている内容を理解し吸収することで、自分で“地上世界が投げかけてきた既成概念や信念の解除(≒脱洗脳)”を達成することは可能である。
    《参照》   『空なる叡智へ』 サアラ (ヒカルランド) 《前編》
              【知ること】 【新たな楽園を築くために】
              【アダムとイブの「失楽園」について】

 

 

【このメッセージを記憶しておいてください】
 私たちの信念の多くは、物質界だけが唯一の「本当の」現実だということを中心に据えている。「あの世」を探索して「未知」に出会ううちに、自分が何者なのか、ということが変化してくる。私にとって、それは成長のプロセスなのだ。そのプロセスを通して、私は新しい、より統合された人間となり、私たちの物質界と死後の世界とほかのあらゆるところでの人間存在について、どんどん多くのことに気づき続けているのだ。
 あなたが、未知なるものの中で、ご自身の信念と対立する経験に遭遇するときに、このメッセージを思い出してくださるよう、せつに願っている。(p.421)
“物質界だけが唯一の「本当の」現実だ”と盲信していたい人は、このメッセージを読んだことすら記憶に残らないだろう。
「死後世界の探訪などの非物質界なんかには興味がない」という人でも、誰であれ人は死ねば必ずや非物質界に移行するのだから、事前に学んでおけば、数多の階層からなる非物質界を自由自在に行き交うことが可能になる。学ばないのなら最下層の非物質界(霊界)に囚われることになってしまう可能性が高い。いずれにせよ、生きている間に、拡張された人間の本質に迫りたいなら、物質界のみの認識に固執するのは得策ではない。

 

 

【除去すべき信念の一例】
 「非物質界を探索するには、物質界と同じような視覚や聴覚が必要だ」という信念は、非物質界での私の知覚を完全にブロックしてしまっていた。これは、ただ変えるだけではなく、除去すべき信念の一例だ。(p.450)
 仏教の般若心経には「五蘊皆空(色、受、想、行、識は、すべて空である)」という表現がでてくるけれど、最初の「色」について、「色界(物質界)を認識する上で、物質界を知るのに人間が使っている五感は、非物質界を知るのに何の役にも立たない=空である」と言っている、と解釈してもいいだろう。

 

 

【人間とヘルパー:共同作業による霊の救済】
 死後の世界には大勢のヘルパーたちがいて、機会が訪れさえすればいつでも、喜んで手を貸そうとしているのだ。・・・中略・・・。あなたはまだ肉体を取って生きているせいで、ヘルパーたちと比較して特別な利点を持っている、ということだ。
 幽霊の意識は物質界のレベルにフォーカスしているので、幽霊はあなたを認識できる。同じ理由から、幽霊はたいていヘルパーの存在に気づかないのだが、あなたを見ることはできるのだ。幽霊はあなたが考える内容を聞くことができる。つまり、ヘルパーがその幽霊とコミュニケートできないときにも、あなたはコミュニケートが可能なのだ。これは特別な利点だ。
 もしあなたがコミュニケートすることで、ヘルパーの存在を幽霊に意識させることができれば、ヘルパーがその先を引き受けてくれるだろう。(p.461-462)
 下記リンクの書き出しにある、「心の目を開けば、迎えに来ている人たちの姿が見えてくるはずです」という表現が、幽霊にヘルパーの存在を意識させる簡単な技法だろう。
    《参照》   『2012年 アセンション最後の真実』 浅川嘉富 (学研) 《後編》
              【アセンション版、先祖供養】

 ヘルパーさんたちは、死後世界にいると言っても高位の階層からきているから、幽霊から見れば光の存在に見えるだろう。だから、以下のように言ってもいい。
 光を探しなさい。光が見えたら、それに向かって行きなさい。
 私たちの多くは、「彼らを光へと送り出す」という言い回しを聞いたことがあるはずだ。(p.462)
 
【ヘルパー】
 ヘルパーの一部は、信じがたいほど力強い愛に満ちた存在で、「卒業生(Graduates)」と呼ばれている。「卒業生」の光に照らされると、平安と、純粋な無条件の愛に満ちた受容の感覚を強く感じるのだ。私の4冊目の本では、この「卒業生」たちについても、もっとご紹介することになる。(p.464)
 卒業生と呼ばれるヘルパーを日本語で言い換えるなら、神使だろうか。守護霊とか指導霊はガイド(ガーディアン・エンジェル)と表現されている。
 神さまの使いに成れるほどなのだから、“純粋な無条件の愛に満ちた力強い存在”なのだろう。本来、人間として生まれてきたのなら、誰だってこのようなヘルパーになることを目指していたはずである。なのに、欲望充足のみという愛なき存在に成り果てている自分を憐れむ気持にすらなれない人間達は、どうしたらいいのだろう・・・。

 

 

 なお、上記にある「私の4冊目の本」とは、『死後探索4 人類大進化への旅』 のこと。
 このジャンルが重要と思える人は、1~4まで購入して自分でちゃんと読んだ方がいい。なお、『死後探索1 未知への旅立ち』 は入手可能だけれど、『死後探索3 純粋な無条件の愛』 は現時点では絶版重版未定になっている。その他にブルース・モーエン関連で役立つのは 『リトリーバル 過去世の救出』 と 『死後探索マニュアル』。

 

 

 下記のYouTubeの動画の後半に、モーエン の著書が紹介されています。

 

 

 
<了>