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 この本は、表紙ばかりではなく内部にまでいろんな冴えたデザインが施されている。美を重んずる著者の意向に沿うように企画されたものなのだろう。デザインを担当した方は高橋雅之さんという方らしい。若い頃の美輪さんの写真と相まって印象的な本になっている。2002年6月初版。

 

 

【もらおうとするのではなく・・・】
 講演会などでよく聞かれます。「美輪さんはどうしてそんなにパワフルなのですか」と。それは簡単なことです。人からパワーをもらおうとするのではなく、人にあげようと思うと力は泉のようにわいてくるのです。与えようと思えばわいてくる・・・・、それは愛も同じです。(p.30)
     《参照》   『上級の仕事術』 深川太郎 (明日香出版社)
               【常にギブ】

 

 

【愛を知らないで終わってしまう人生であってもいい】
 誤解してはいけません。運命の人に出会うことだけが恋愛の終着点ではないし、最高の幸福ではありません。愛を知らないで終わってしまう人生があってもいいのです。・・・中略・・・。結婚と離婚を繰り返し、死ぬまで恋をして、その経験から素晴らしい作品を生み出し、「ああ面白かった!」と言う言葉を残して亡くなった宇野千代さんのような生き方もあるのです。(p.50)
 これからは、結婚や離婚を経験せず、生涯独身で終わってゆく人が多くなるはず。数ある生まれ変わり死に変わりする輪廻転生の中で、一回や二回はそういう人生があってもいいじゃないですかと思う。
 今の時代、結婚に気持ちが向かない人は大勢いるはずである。もっと別の経験をするために生まれてきているのに、この地上世界の社会的な観念に繋留されて、本来の目的すら分からなくなっている魂が多いような気がする。愛は向ける対象があれば注ぎやすいけれど、それが特定の人であらねばならないという定はない。

 

 

【それが教育です】
寂聴  お金持ちになんかならなくていい、有名な人にならなくてもいい、権力のある人にならなくてもいい。ただ自分よりも弱い人、不幸な人、悲しい人、その人たちの力になれる、そういう人間になっておくれということ。これが、親が自分のお子さんにすべき教育じゃないでしょうか。
美輪  そのとおりです。それが教育です。お勉強するのはお金のためじゃない。人様に何を聞かれても答えられる、人のために涙を流せる、そういう立派な人になるためよって。そう教えれば子は親を尊敬します。(p.84)
 これは、「魂のきれいさ」を重視するからこその教育観だろう。高貴で繊細な日本神霊界にとって、本来、教育の全てはそこに置かれていたんじゃないだろうか。
     《参照》   『ぴんぽんぱんふたり話』 美輪明宏・瀬戸内寂聴 (集英社)
                 【魂がきれい】

  貨幣経済制度を卒業した世界には、純粋で清らかな存在たちが集っているけれど、この地球上において、お金持ちでも魂の清らかな人は極めて稀である。 この地球上において、魂の清らかな人々は、貨幣経済を卒業したパラレルワールドのハイアーセルフと繋がっているんだろう。
 自分が満足に食べられなくて、頭にハエをたくさんたからせているくせに、人の頭のハエを追おうとする。困っている人を見ると、見て見ないふりができない。これはもう、業のようなもの。宿業です。それが人として、そして表現者として、私の根底に流れているのです。(p.315)
 そういう人でないと、 「ヨイトマケの唄」 なんてつくれない。
 美輪さんのような人ばかりだったら、世界はずっと美しく清らかなものになるだろうに、地球上の現実世界にいるのは、そうじゃない人間がほとんどである。

 

 

【日本を腐らせている犯人】
「今の若いヤツらが大人になったら日本は滅びる」
 それはウソです。
 日本を腐らせているのは政財官界を含めた、
 今の40代、50代、60代、70代。
 連日マスコミを賑わせている
 礼儀を知らず、恥知らずで、不遜で、無教養な強欲者の
 この世代の再教育こそ、今もっとも必要なこと。
 若い世代の迷いや悩みの根っこにある元凶は
 実はこんなところにあるのです。 (p.261)
     《参照》   『日本中枢の崩壊』 古賀茂明 (講談社)

 

 

【自分に手をかける】
 私が歌手としてデビューしたのは17歳の時。だけど仕事がなくて喫茶店のボーイやキャバレーの呼び込みをしてお金を稼いでいました。貧乏のどん底で、その日の食事代や電車賃もままならない。そんな飲まず食わずでも、私は本が読みたかったし、演劇や音楽に触れたかった。手に入ったお金は迷わずフランス語、モダンバレエ、日舞などのレッスン代に使いました。お金と時間のすべてを自分磨きに費やしたあの経験が肥やしになり・・・中略・・・、今も舞台に立たせてくれているのです。
 自分に手をかけるとは、そういうことです。 (p.123-124)
 自分に手をかけるのに、お金がなくても図書館に行けば本は誰でも読める。
 この本の中には、ボーリング場で投球の合間に本を読んでいる若い頃の美輪さんの写真が掲載されていたりもする。

 

 

【美輪さんの読書指南】
 本を読む時間がない? それなら詩集をバッグにしのばせておいたらいかがでしょう。北原白秋や室生犀星など、詩人の言葉は美しい宝石のようです。読み感じることで、美しい表現が身につきます。汚らしい現実から一足飛びに、美しい想像の世界で快く生きられるのも詩の魅力です。
 最近は読書をしない人が増えているというけれど、何も難しいものばかり読む必要はありません。エッセイや短編集など、読みやすく、やさしいものから入ればいいのです。幸田文の『台所のおと』というエッセイは、大正から昭和初期の日本人の言葉遣いや身ごなし、暮らしぶりが見事に表現されています。岡本かの子の短編集『巴里祭/河明かり』は、随所に幻想的な表現があり、読書の楽しみ方をつかみ取りやすい作品です。(p.159-160)
 齋藤孝さんは、幸田文は文章で日本人の身体知を伝承した、と書いている。
     《参照》   『身体感覚を取り戻す』  齋藤孝  日本放送出版協会
                 【身体知の巨人】

 日本の文化と美を語ってくれていた 草柳大蔵さんも、幸田文の作品に何度も言及していたのを記憶している。
 読書は知識を吸収するだけのものではありません。精神を豊かにしてくれるものです。テレビや雑誌の中に踊る言葉しか知らない人生では、薄っぺらな人間にしかなれません。
 英語をはじめとした外国語なんて後回しでいいのです。まずは自分のアイデンティティ、日本語の勉強から始めてください。(p.276)
   《参照》  草柳大蔵・著の読書記録

 

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