川本三郎『マイ・バック・ページ』
●川本三郎『マイ・バック・ページ』
'70年代にカウンター・カルチャーやサブ・カルチャーに浸った者には、川本三郎は馴染み深い作家だ。俺も単行本というより雑誌のコラムなどで川本の映画や漫画などのエッセイを読み、いろいろ教えられたこともあった気がする。まあ好きな作家だったわけだ。
この本は、'88年に刊行され、去年映画化に合わせて復刊されたとある。'69年から'72年に渡る川本自身の記録だ。彼得意のサブ・カル物でもなければ映画や文芸物でもない。これはあの時代の反体制運動に、記者としてどっぷり浸かりもがいた川本青年の、挫折と敗北の記録だった。そんな記録だから、読んで気分が良い物でもない。特に、ちょこっとロックを引き合いに出して、自己憐憫の道具立てにしてるとこが、どうもイヤな感じだった。ディランの曲名からとった『マイ・バック・ページ』というタイトルに騙された気がする。
'70年代にカウンター・カルチャーやサブ・カルチャーに浸った者には、川本三郎は馴染み深い作家だ。俺も単行本というより雑誌のコラムなどで川本の映画や漫画などのエッセイを読み、いろいろ教えられたこともあった気がする。まあ好きな作家だったわけだ。
この本は、'88年に刊行され、去年映画化に合わせて復刊されたとある。'69年から'72年に渡る川本自身の記録だ。彼得意のサブ・カル物でもなければ映画や文芸物でもない。これはあの時代の反体制運動に、記者としてどっぷり浸かりもがいた川本青年の、挫折と敗北の記録だった。そんな記録だから、読んで気分が良い物でもない。特に、ちょこっとロックを引き合いに出して、自己憐憫の道具立てにしてるとこが、どうもイヤな感じだった。ディランの曲名からとった『マイ・バック・ページ』というタイトルに騙された気がする。
- マイ・バック・ページ - ある60年代の物語/川本 三郎
- ¥1,260
- Amazon.co.jp
髙田郁『出世花』『想い雲』/村上春樹『村上ソングス』
ブログをさぼってるうちに、読み終えた本がたまってしまった。
●髙田郁『出世花』
『想い雲 ~ みをつくし料理帖』
最近のシリーズ物時代小説で一番好きなのは髙田郁の”みをつくし料理帖シリーズ”。この『出世花』は彼女が時代小説作家として頭角を現した初期の作品で、初期といっても2007年ですから、『出世花』と『みをつくし..』は連続して書かれた、似た雰囲気の小説だと思います。ヒロインの職業は違っているけど、その年齢や境遇は似ており、健気でしっかり者のヒロインを、助け温かく見守る周りの人達がいる、という設定も似ています。
『出世花』のお縁は、死者の弔いを専門にする墓寺で湯灌(死者を納棺する前にお清めをする仕事)の仕事をしています。今で言う「おくりびと」のようなお仕事でしょうかね。その心のこもった仕事ぶりから「三昧聖」と呼ばれ、"三昧聖の湯灌を受けた者は、皆安らかに浄土に旅立つ"と評判となります。
『想い雲 ~ みをつくし料理帖』のヒロイン澪は、江戸元飯田町の「つる家」で腕をふるう女料理人。幼い日に両親を失い、大阪の一流料理屋に奉公。そこの主人に料理の才能を見いだされますが、その料理屋がつぶれ、女将さんとふたりで江戸に出てきます。そして「つる家」の料理人となり、、、、というお話し。まだまだ先がありますよ。
『出世花』『みをつくし料理帖』は、それぞれ湯灌、料理人の仕事ぶりを忠実に丁寧に描き、それだけでも面白いのですが、更に、連作短編としてそれぞれに軽いミステリが仕立てられていて、この辺もじつに巧い。両ヒロイン共、少女から大人の女性に成長するその年頃でもあり、仕事を通した人々とのふれあいも繊細に描かれ、楽しみが幾重にも広がる、只今ピカイチな江戸市井物語なのであります。
●村上春樹『村上ソングス』
装幀・絵 和田誠 であるからして悪かろうはずがない(笑)。音楽通である村上春樹が、マイ・フェバリット・ソングを自らの訳詞付きで語るというもの。更にそこには和田誠のイラストが添えられているという、読み物として軽いけど、趣のある、時に含蓄のある本となっています。選ばれた曲は、ポピュラー、ジャズ、ソウル、ロックと、戦後の音楽通が辿ってきた遍歴と言える曲がならびます。当然、通な春樹氏のこと、俺なんかの知らない曲が多く、とても勉強になります。例えば、クラレンス・カーターの「パッチズ」。サザン・ソウル・シンガーとしてのカーターしか聴いて来なかったので、この曲には面食らった。しかもこの曲は米英でチャート・インのヒット曲。偏った聴き方していると、こんなことはよくあることなんだけどね。思わぬ収穫もある。バート・バカラックとエルヴィス・コステロによる曲「この家は今からっぽだ」の章、歌っているのはクラシック歌手アンネ・ソフィー・フォン・オッター。このオッター嬢とコステロによるアルバム『Von Otter Meets Costello For The Stars』にちょっと惹かれて買って聴いていたら、中にトム・ウェイツの「ブロークン・バイシクルス」という曲が歌われていて、これがとても良かった。で、さっそくウェイツが歌っているアルバム『ワン・フロム・ザ・ハート』(コッポラ映画のサントラ盤だった)を聴いてみたら、これがもの凄い名曲!こうゆう出会いって嬉しいんだよね。音楽を聴いたり、本を読んだりしてると、この場にいるだけじゃ経験できない、突然の素敵な出会いがある。いつでもってことはないから、そんな出会いがあると、とても幸せな気分になる。
●髙田郁『出世花』
『想い雲 ~ みをつくし料理帖』
最近のシリーズ物時代小説で一番好きなのは髙田郁の”みをつくし料理帖シリーズ”。この『出世花』は彼女が時代小説作家として頭角を現した初期の作品で、初期といっても2007年ですから、『出世花』と『みをつくし..』は連続して書かれた、似た雰囲気の小説だと思います。ヒロインの職業は違っているけど、その年齢や境遇は似ており、健気でしっかり者のヒロインを、助け温かく見守る周りの人達がいる、という設定も似ています。
『出世花』のお縁は、死者の弔いを専門にする墓寺で湯灌(死者を納棺する前にお清めをする仕事)の仕事をしています。今で言う「おくりびと」のようなお仕事でしょうかね。その心のこもった仕事ぶりから「三昧聖」と呼ばれ、"三昧聖の湯灌を受けた者は、皆安らかに浄土に旅立つ"と評判となります。
『想い雲 ~ みをつくし料理帖』のヒロイン澪は、江戸元飯田町の「つる家」で腕をふるう女料理人。幼い日に両親を失い、大阪の一流料理屋に奉公。そこの主人に料理の才能を見いだされますが、その料理屋がつぶれ、女将さんとふたりで江戸に出てきます。そして「つる家」の料理人となり、、、、というお話し。まだまだ先がありますよ。
『出世花』『みをつくし料理帖』は、それぞれ湯灌、料理人の仕事ぶりを忠実に丁寧に描き、それだけでも面白いのですが、更に、連作短編としてそれぞれに軽いミステリが仕立てられていて、この辺もじつに巧い。両ヒロイン共、少女から大人の女性に成長するその年頃でもあり、仕事を通した人々とのふれあいも繊細に描かれ、楽しみが幾重にも広がる、只今ピカイチな江戸市井物語なのであります。
●村上春樹『村上ソングス』
装幀・絵 和田誠 であるからして悪かろうはずがない(笑)。音楽通である村上春樹が、マイ・フェバリット・ソングを自らの訳詞付きで語るというもの。更にそこには和田誠のイラストが添えられているという、読み物として軽いけど、趣のある、時に含蓄のある本となっています。選ばれた曲は、ポピュラー、ジャズ、ソウル、ロックと、戦後の音楽通が辿ってきた遍歴と言える曲がならびます。当然、通な春樹氏のこと、俺なんかの知らない曲が多く、とても勉強になります。例えば、クラレンス・カーターの「パッチズ」。サザン・ソウル・シンガーとしてのカーターしか聴いて来なかったので、この曲には面食らった。しかもこの曲は米英でチャート・インのヒット曲。偏った聴き方していると、こんなことはよくあることなんだけどね。思わぬ収穫もある。バート・バカラックとエルヴィス・コステロによる曲「この家は今からっぽだ」の章、歌っているのはクラシック歌手アンネ・ソフィー・フォン・オッター。このオッター嬢とコステロによるアルバム『Von Otter Meets Costello For The Stars』にちょっと惹かれて買って聴いていたら、中にトム・ウェイツの「ブロークン・バイシクルス」という曲が歌われていて、これがとても良かった。で、さっそくウェイツが歌っているアルバム『ワン・フロム・ザ・ハート』(コッポラ映画のサントラ盤だった)を聴いてみたら、これがもの凄い名曲!こうゆう出会いって嬉しいんだよね。音楽を聴いたり、本を読んだりしてると、この場にいるだけじゃ経験できない、突然の素敵な出会いがある。いつでもってことはないから、そんな出会いがあると、とても幸せな気分になる。
- 出世花 (祥伝社文庫)/高田 郁
- ¥670
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- 想い雲―みをつくし料理帖 (時代小説文庫)/高田 郁
- ¥600
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- 村上ソングズ (村上春樹翻訳ライブラリー)/村上 春樹
- ¥1,260
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ムーンライダーズ『火の玉ボーイコンサート』5.5メルパルクホール
●ムーンライダーズ35周年記念『火の玉ボーイコンサート』5月5日 東京メルパルクホール
* チケットの日時とゲスト出演者は、3月11日東日本大震災により変更になりました。
「火の玉ボーイから、たった3年でがらっと変わって」みたいな鈴木慶一のMCで始めた曲は「ヴィデオ・ボーイ」!懐かしい、、、。あれは'79年の会場も同じ当時の郵便貯金ホール、俺が初めて見たライダーズのライヴ、その時がまさに「ヴォデオ・ボーイ」を始めとするライダーズのテクノ・ニューウェイヴの幕開けだった。遡る3年前'76年に登場したのがムーンライダーズのデビュー・アルバムとも言える『火の玉ボーイ』だった。『火の玉ボーイ』から35年とは、感慨深い。
この夜、第一部は『火の玉ボーイ』を曲順どおりに演奏、第二部はセカンド・アルバムの曲など、懐かしめな曲が披露された。でもそこは只者じゃないライダーズの面々、ゲストミュージシャンなど様々なお楽しみが用意されていた。
先ずは開演前の会場アナウンス嬢のMC。火の玉ボーイと言う所をキン・・と言い始めあわてて訂正、大真面目なアナウンス嬢のキン・に会場失笑(笑)結局これは演出だったのだが、更に真面目な口調で可笑しなMCを連発しファンを和ませる。そしていよいよ開演。
最初の登場は客席後ろから、ブバブバ~♪とバリトン・サックス集団東京中低域が中低域を鳴り響かせながらステージに向けて練り歩く。全員スマートでかっこいい。彼等がステージ最後方上段に揃い「魅惑の港」を開演のファンファーレとして高らかに鳴らし、そしてムーンライダースが登場。当時はライダーズじゃなくてライダー「ス」だったんだよね。アルバムと同じ1曲目「あの娘のラブレター」でライヴは始まった。矢野顕子、あがた森魚、徳武弘文、髙田漣などをゲストに交え『火の玉ボーイ』は進行する。『火の玉..』の頃のライダースと現在のライダーズの違いといえば、ギターが椎名和夫から白井良明に代わったこと。ギタリストの交代はバンドのカラーを見事の変えたわけだが、この夜の演奏にも、『火の玉..』にいなかった白井のギターが、懐かしさに浸りたい観客を現在に引き戻す効果があったように思う。第一部の大団円はやはり「髭とルージュとバルコニー」だった。ステージも客席も、みんなが手拍子をし歌い、『火の玉ボーイ』の時代を祝ったのだった。
第二部も懐かしい曲が披露され、オールド・ファンを喜ばせた。まさか「マスカット・ココナツ・バナナ・メロン」が聴けるとは思わなかったし、なんといってもかしぶち哲郎がアコギ&矢野顕子がピアノ、それに武川のヴァイオリンが寄り添う「砂丘」には参った。かしぶちと矢野のデュオを目の前にできたなんて、ほんと幸せなひとときだった。もひとつ、こんなの聴けちゃっていいの!?って曲が南佳孝の「風にさらわれて」。あの大名曲を本人の歌とライダーズの演奏で聴ける喜びと幸せ。嗚呼ここの来て良かったと、しみじみ喜びをかみしめた。あがた森魚はかしぶちの曲で自身のアルバムにも収録の「リラのホテル」を歌い、矢野顕子は豪快に「達者でな」を熱唱し、アリちゃん松田幸一はしみじみと「東京の屋根の下」を歌い、そしてDr.K徳武トクちゃんは「ピーターガンのテーマ」をラウンジーな演奏で聴かせてくれた。ライダーズの「バックシート」は彼等のポップ・アヴァンギャルドでプログレな側面を思い起こさせる演奏が、俺的には懐かしかった。そしてコンサート最後の曲は最新アルバムから、メンバー全員が歌い回す「6つの来し方行く末」をしみじみと、、、。
アンコールは出演者全員がステージに立ち「大寒町」。作者の博文君始め、矢野、慶一、あがた、南がそれぞれヴォーカルをとり、この夜の大団円となった。そう、まるであのザ・バンド『ラスト・ワルツ』の「アイ・シャル・ビー・リリーストのように、、、。曲が終わり、とその時、慶一がエレキ・ギターを掻き鳴らしアンプに近づける。フィードバックした轟音、それに呼応する東京中低域のいななき。始まりの終わり、終わりの始まりを、こんなカオスで表現するなんて、まったくムーンライダーズは鈴木慶一ってやつは!!! 気がつけば3時間超えのライヴだった。明かりの戻ったホールには「蛍の光」が流れていた。
1曲のヒットも無ければ好セールスを記録したアルバムもないロック・バンドの35年だった。ライヴに定評のあるバンドでもない。というより、彼等程ひとりひとりのプレイヤーとしての実力を、ライヴで伝えるのがヘタなバンドも珍しいと思う。それでも、ムーンライダーズのファンは、このバンドを愛し続けた。それはムーンライダーズというバンドのセンスを愛し続けたと言えるだろう。俺はそうだ。35年間ずっと、彼等独自のセンスから紡ぎ出されるロック・ミュージックが好きだったし、これからもそれは変わらない。ムーンライダーズの35年間は、ファンに恵まれた、ファンに愛され続けた35年間だったと、このライブ会場で確信した。
* チケットの日時とゲスト出演者は、3月11日東日本大震災により変更になりました。
「火の玉ボーイから、たった3年でがらっと変わって」みたいな鈴木慶一のMCで始めた曲は「ヴィデオ・ボーイ」!懐かしい、、、。あれは'79年の会場も同じ当時の郵便貯金ホール、俺が初めて見たライダーズのライヴ、その時がまさに「ヴォデオ・ボーイ」を始めとするライダーズのテクノ・ニューウェイヴの幕開けだった。遡る3年前'76年に登場したのがムーンライダーズのデビュー・アルバムとも言える『火の玉ボーイ』だった。『火の玉ボーイ』から35年とは、感慨深い。
この夜、第一部は『火の玉ボーイ』を曲順どおりに演奏、第二部はセカンド・アルバムの曲など、懐かしめな曲が披露された。でもそこは只者じゃないライダーズの面々、ゲストミュージシャンなど様々なお楽しみが用意されていた。
先ずは開演前の会場アナウンス嬢のMC。火の玉ボーイと言う所をキン・・と言い始めあわてて訂正、大真面目なアナウンス嬢のキン・に会場失笑(笑)結局これは演出だったのだが、更に真面目な口調で可笑しなMCを連発しファンを和ませる。そしていよいよ開演。
最初の登場は客席後ろから、ブバブバ~♪とバリトン・サックス集団東京中低域が中低域を鳴り響かせながらステージに向けて練り歩く。全員スマートでかっこいい。彼等がステージ最後方上段に揃い「魅惑の港」を開演のファンファーレとして高らかに鳴らし、そしてムーンライダースが登場。当時はライダーズじゃなくてライダー「ス」だったんだよね。アルバムと同じ1曲目「あの娘のラブレター」でライヴは始まった。矢野顕子、あがた森魚、徳武弘文、髙田漣などをゲストに交え『火の玉ボーイ』は進行する。『火の玉..』の頃のライダースと現在のライダーズの違いといえば、ギターが椎名和夫から白井良明に代わったこと。ギタリストの交代はバンドのカラーを見事の変えたわけだが、この夜の演奏にも、『火の玉..』にいなかった白井のギターが、懐かしさに浸りたい観客を現在に引き戻す効果があったように思う。第一部の大団円はやはり「髭とルージュとバルコニー」だった。ステージも客席も、みんなが手拍子をし歌い、『火の玉ボーイ』の時代を祝ったのだった。
第二部も懐かしい曲が披露され、オールド・ファンを喜ばせた。まさか「マスカット・ココナツ・バナナ・メロン」が聴けるとは思わなかったし、なんといってもかしぶち哲郎がアコギ&矢野顕子がピアノ、それに武川のヴァイオリンが寄り添う「砂丘」には参った。かしぶちと矢野のデュオを目の前にできたなんて、ほんと幸せなひとときだった。もひとつ、こんなの聴けちゃっていいの!?って曲が南佳孝の「風にさらわれて」。あの大名曲を本人の歌とライダーズの演奏で聴ける喜びと幸せ。嗚呼ここの来て良かったと、しみじみ喜びをかみしめた。あがた森魚はかしぶちの曲で自身のアルバムにも収録の「リラのホテル」を歌い、矢野顕子は豪快に「達者でな」を熱唱し、アリちゃん松田幸一はしみじみと「東京の屋根の下」を歌い、そしてDr.K徳武トクちゃんは「ピーターガンのテーマ」をラウンジーな演奏で聴かせてくれた。ライダーズの「バックシート」は彼等のポップ・アヴァンギャルドでプログレな側面を思い起こさせる演奏が、俺的には懐かしかった。そしてコンサート最後の曲は最新アルバムから、メンバー全員が歌い回す「6つの来し方行く末」をしみじみと、、、。
アンコールは出演者全員がステージに立ち「大寒町」。作者の博文君始め、矢野、慶一、あがた、南がそれぞれヴォーカルをとり、この夜の大団円となった。そう、まるであのザ・バンド『ラスト・ワルツ』の「アイ・シャル・ビー・リリーストのように、、、。曲が終わり、とその時、慶一がエレキ・ギターを掻き鳴らしアンプに近づける。フィードバックした轟音、それに呼応する東京中低域のいななき。始まりの終わり、終わりの始まりを、こんなカオスで表現するなんて、まったくムーンライダーズは鈴木慶一ってやつは!!! 気がつけば3時間超えのライヴだった。明かりの戻ったホールには「蛍の光」が流れていた。
1曲のヒットも無ければ好セールスを記録したアルバムもないロック・バンドの35年だった。ライヴに定評のあるバンドでもない。というより、彼等程ひとりひとりのプレイヤーとしての実力を、ライヴで伝えるのがヘタなバンドも珍しいと思う。それでも、ムーンライダーズのファンは、このバンドを愛し続けた。それはムーンライダーズというバンドのセンスを愛し続けたと言えるだろう。俺はそうだ。35年間ずっと、彼等独自のセンスから紡ぎ出されるロック・ミュージックが好きだったし、これからもそれは変わらない。ムーンライダーズの35年間は、ファンに恵まれた、ファンに愛され続けた35年間だったと、このライブ会場で確信した。
樋口毅宏『民宿雪国』/ROBERT PLANT『BAND of JOY』
今年は雪の量が多かったのと、重い雪が積もったせいか、家の周りの樹木がけっこう傷んだようだ。曲がったり、枝が折れたり、それでも新芽が出て花が咲く。強いね、野のものは。
●樋口毅宏『民宿雪国』
あの『日本のセックス』の、あの『さらば雑司ヶ谷』の作者だから、面白い小説に違いないとは思っていたけど、これはなんか凄いね。タイトルにだまされた(笑)。なんとも露悪的なピカレスク(悪漢)小説だった。様々な仕掛けが用意されているんだけど、これ策に溺れてない?。読み終えてみて、これは第一章「吉良が来た後」だけで充分だったと思った。
●ROBERT PLANT『BAND of JOY』
2010年作品。それ程ツェッペリン・ファンでもない俺がロバート・プラントの新作を何故買って聴いてるかと言えば、それはアリソン・クラウスとの共演盤『レイジング・サンド』の素晴らしさがあったからだよね。そして本作のプロデューサーがバディ・ミラーだってことも大きい。再結成ツェッペリンの活動継続を断ってまで、本作のソロ・プロジェクトをスタートさせたのは、『レイジング・サンド』成功で得た自信が、新たなアルバムへの渇望となったのかと推測。内容はアメリカーナの巨匠バディ・ミラーを起用したことで判るとおり、アメリカン・ルーツ・ミュージックに寄ったものとなっている。ロス・ロボスの曲に始まり、リチャード・トンプソン(これは英国だけど)、バーバラ・リンやケリー・ブラザーズなど南部のソウル、タウンズ・ヴァン・ザントのカバーもあったり、ミネソタのインディーズ・バンドの曲も取り上げている。サウンドは思った以上に重厚で躍動感があり、プラントの力強い歌声とうまく合っている。
ロバート・プラントという一大ロック・レジェンドが、ツェッペリンに寄りかかることなく、新たな音楽に挑む姿に、俺はあの「移民の歌」の雄々しさを重ね合わせる。なんだ、俺の方がツェッペリンに寄りかかってしまった(笑)
●樋口毅宏『民宿雪国』
あの『日本のセックス』の、あの『さらば雑司ヶ谷』の作者だから、面白い小説に違いないとは思っていたけど、これはなんか凄いね。タイトルにだまされた(笑)。なんとも露悪的なピカレスク(悪漢)小説だった。様々な仕掛けが用意されているんだけど、これ策に溺れてない?。読み終えてみて、これは第一章「吉良が来た後」だけで充分だったと思った。
- 民宿雪国/樋口毅宏
- ¥1,470
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●ROBERT PLANT『BAND of JOY』
2010年作品。それ程ツェッペリン・ファンでもない俺がロバート・プラントの新作を何故買って聴いてるかと言えば、それはアリソン・クラウスとの共演盤『レイジング・サンド』の素晴らしさがあったからだよね。そして本作のプロデューサーがバディ・ミラーだってことも大きい。再結成ツェッペリンの活動継続を断ってまで、本作のソロ・プロジェクトをスタートさせたのは、『レイジング・サンド』成功で得た自信が、新たなアルバムへの渇望となったのかと推測。内容はアメリカーナの巨匠バディ・ミラーを起用したことで判るとおり、アメリカン・ルーツ・ミュージックに寄ったものとなっている。ロス・ロボスの曲に始まり、リチャード・トンプソン(これは英国だけど)、バーバラ・リンやケリー・ブラザーズなど南部のソウル、タウンズ・ヴァン・ザントのカバーもあったり、ミネソタのインディーズ・バンドの曲も取り上げている。サウンドは思った以上に重厚で躍動感があり、プラントの力強い歌声とうまく合っている。
ロバート・プラントという一大ロック・レジェンドが、ツェッペリンに寄りかかることなく、新たな音楽に挑む姿に、俺はあの「移民の歌」の雄々しさを重ね合わせる。なんだ、俺の方がツェッペリンに寄りかかってしまった(笑)
- Band of Joy/Robert Plant
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ALISON KRAUSS & UNION STATION『Paper Airplane』
ようやく桜が咲き始めた。雪の咲く桜だね。
●Alison Krauss & Union Station『Paper Airplane』
カントリーの歌姫アリソン・クラウスについては、ずっと前からファンとして聴いていたけど、そんな彼女がロバート・プラントと共演盤('07年『レイジング・サンド』)を出したのには驚いた。しかも素晴らしいアルバムだったしね。そして届けられた彼女のホームグラウンド、ユニオン・ステーションの新作がまた素晴らしい!カントリー・ミュージックという広大なグラウンドを伸び伸びと翔る彼女と素敵な仲間達。凄腕から繰り出される超安定した演奏に若干スリルが足りないと思っていると、そこはジェリー・ダグラスのドブロが溜息の出る程のソロ・プレイで、しっかり満足させてくれる。
アリソン・クラウスのブルーグラス~カントリーで鍛えた歌声は凛として清々しく、ストレートに聴き手の身体に飛び込んくる。リチャード・トンプソンの名曲「dimming of the day」における祈るような歌声、ジャクソン・ブラウンの「my opening farewell」の清らかに突き抜ける歌声、どの曲も彼女の大人の魅力にうっとりだよ(笑)。それにしてもジェリー・ダグラスのプレイは素晴らしいな!
●Alison Krauss & Union Station『Paper Airplane』
カントリーの歌姫アリソン・クラウスについては、ずっと前からファンとして聴いていたけど、そんな彼女がロバート・プラントと共演盤('07年『レイジング・サンド』)を出したのには驚いた。しかも素晴らしいアルバムだったしね。そして届けられた彼女のホームグラウンド、ユニオン・ステーションの新作がまた素晴らしい!カントリー・ミュージックという広大なグラウンドを伸び伸びと翔る彼女と素敵な仲間達。凄腕から繰り出される超安定した演奏に若干スリルが足りないと思っていると、そこはジェリー・ダグラスのドブロが溜息の出る程のソロ・プレイで、しっかり満足させてくれる。
アリソン・クラウスのブルーグラス~カントリーで鍛えた歌声は凛として清々しく、ストレートに聴き手の身体に飛び込んくる。リチャード・トンプソンの名曲「dimming of the day」における祈るような歌声、ジャクソン・ブラウンの「my opening farewell」の清らかに突き抜ける歌声、どの曲も彼女の大人の魅力にうっとりだよ(笑)。それにしてもジェリー・ダグラスのプレイは素晴らしいな!
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