そして今日から、仕事…
今回の記録は、2025年10月21日火曜日。
この日は、疎開回送された東京メトロ8000系8101Fの様子を伺いに新木場へ。
その行き帰りに、東武鉄道9000系の有楽町線乗り入れ運用を狙って乗車&記録。
こちらも余命宣告がなされて、俄然記録欲が増してきているところ。
東武東上線界隈は、乗り入れ先まで満遍なく見渡し始めていた。
スタートは飯田橋で9105Fからだったが、途中豊洲で9104Fとすれ違う場面が。
豊洲は2・3番線が使用停止中で、なおかつ新木場寄りはAB線の高低差が発生する。
それもあり、辛うじて「あっ、向かいに居るな」程度の、豊洲駅らしい記録を。
豊洲駅というと、ようやく豊洲〜住吉間の有楽町線新線が建設着手。
東武スカイツリーラインへの直通も決定したが、9000系は残念ながらその開通を待たずに引退へ。
ただ開通の暁には、東上線の車両検査のやり取りも有楽町線と新線・半蔵門線を介してできそうだ。
計画の90000系が全て地下鉄乗り入れ対応としているのも、そのあたりの意識があるのだろうか?
問題は、末端や越生線に残るワンマン4R車の扱いをどうするのかというところだが。
そしてそのまま、新木場へ。
新木場は相変わらず1番線が降車専用で、引き上げてから折り返す“府中本町方式”である。
引上線と出入庫線は兼用であり、そのまま車両基地に回送するパターンもある。
そのあたりが、府中本町とは違うところであるが…
ダイヤ編成上でネックになってはいるんだろうな、というのは想像できる。
それと、ホームドアが整備されてすっかり撮りにくくなってしまっている。
それは他の駅でもそうだし、どんどん他の路線でも広がってきているが…
それにつれ無茶な乗り出しも増えてくるし、逆に過度な防衛も…バランスが難しいと感じる昨今。
さて、新木場車両基地での記録を終えて、都営バスで新木場に戻るとまた9000系が。
行きに豊洲ですれ違った9104Fである。
平日23Tは朝に東急東横線元住吉検車区から出庫、武蔵小杉始発で副都心線を和光市まで行くのだが
東武東上線へは戻らずに有楽町線内を3往復半して新木場車両基地に一度入庫。
夕ラッシュ後再出庫し、ようやく森林公園に戻るという“ほぼアルバイト運用”。
東京メトロ、東急電鉄と複雑な車両貸借に係る精算の難しさを垣間見る場面である。
ちなみに、この9104Fのクハ9104のみ前面非常扉の窓が小さい異端編成。
9102〜9107Fがアルナ工機・東急車輌・富士重工で1987(昭和62)年の夏に一気に製造されたが
この車両のみ、中途でこの扉に交換されたままになっている。
コルゲートのステンレス車体とホームドア。
しつこいが、見られるのはあと数年。
で、やっぱり撮りづらい。
今度は戻ってくるのを待たず、有楽町線でひたすら北西へ。
そして、和光市に降りた。
ここで迎撃したのは、平日19T運用に入る9103F。
森林公園〜元町・中華街間3往復と有楽町線内2往復(前後は東上線直通)を含むロングラン運用。
東急東横・横浜高速みなとみらい線内で非VVVF制御の車両が走る貴重な機会である。
ただ、それに入るかどうかは運次第?50070系と共通運用であることも注意。
今のところは、日々1〜2本は副都心線方面に直通しているようである。
とここで、さらに和光市駅引上線には9000系の姿が…
もう少し腰を据えて、記録を続けていく。










































































































































































