たいちょ〜の心のつぶやき 第2章

たいちょ〜の心のつぶやき 第2章

『縁は、連結する』鉄道など交通を中心に興味の赴くままに、日々呟き語るブログ。
※最近すっかり鉄道ルポタージュ化してますが、言いたいことを素直に言うという意味でブログタイトルは変えてません。
その時限りも大事だけど、できる限り日常を大事に。

毎度、当ブログをご覧いただきありがとうございます。


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無断での使用はいっさいご遠慮願います


2026年度、はじまりはじまり。
そのフットワークは、軽めに設定しておくに限る。

それが溜まりに溜まる分、ここでの“鮮度落ち”は避けられない課題があるが。
義務感で書くものじゃないから、引き続きマイペースにやっていく。
裏を返せば、それだけ日々充実しているという自信を持って!


さて、新年度初日…4月1日も、さっそく北へ東へ。

まずは、通過線がある駅といえば…


埼京線南与野駅で、唯一通過線を走行する通勤快速を。

しかもさらに希少なりんかい線車両の通過を捉えるには、平日朝夕のごく限られた列車のみである。


2025年度の70-000形は、結局3編成が離脱した。

このうち両先頭車はJR九州に電撃移籍し、筑肥線用として改造工事が進む。

昨年からだいぶ記録を重ねてきたが、もう少し動向を注視しておきたい。


続けて戸田駅に移動し、開業30周年記念ヘッドマークが取り付けられた71-000形Z11編成を。


こちらのヘッドマークは、およそ半年間掲出予定。

側面ラッピングを施した70-000形1編成と共に、しばらく節目を彩り走っている。



71-000形、運転開始から半年。

こちらも折々に見かける機会も増えてきた。

70-000形の復習方々、注目していきたい。


まずは北与野で見送り…


大宮方の定番ポイントで、一閃。


70-000形でウォーミングアップして…


30周年記念ヘッドマーク付き71-000形、一閃!


これをここで撮ると、またしばらく北与野に行く理由がなくなるけどw


そして、ここから乗りつつ動いていく。


武蔵浦和で、通勤快速を待避。

埼京線の通勤快速は、朝でも双方向運転かつ運転時間が長い。

ただ、快速が武蔵浦和以北各駅停車化してしまった分貴重な速達列車である。


そうそう、記念ヘッドマークは前後でデザインが違う。

こちらは新木場方。


と、ここでやってきた通勤快速は70-000形!

9:42頃は、りんかい線車が並ぶナイスタイミングである。


…しかしこの日は、上り方はホーム中程に仮囲いがありスッキリ並びが撮れず。


仕方ないので、ここで通勤快速に乗り換えて先行…

しかし、この4月1日はなにかしら穏やかでない空気があった。

その予感が、さっそくこの後当たることに…

どうも今年は

この数字に

意味があるのかもしれない

数字に重ねる想い

その頃の熱量が甦るか

もしくはさっぱり冷え込むか


…今のところは

後者の傾向が強そうであるが


今年はこの数字に少しこだわりを持って

懐かしい場所を巡り

懐かしいものを食べ

可能なら、懐かしい人に会う


後悔の無いように

充実度の高い時間を過ごしたい

その動きは、もう始まっている


ではまた明日。

まだ溜めているものはたんまりとある。

そしてこれが、最後の8500系V1編成との戯れ。

3月27日のL00系運転開始記念式典、30日の最終運行には平日で行かなかったからである。

これをもって、西武山口線との付き合いで初めて8500系の在籍率100%が途切れることとなった。


折々にリニューアルなど手入れされたというものの、昭和末期の趣は随所に残っている。


他社線を見ると、平均的に車齢が短めなAGT車両であるが…

大手私鉄故の整備の手厚さが、ここまで寿命を伸ばしたと言えるだろうか?

もっとも、山万というところはもっと長生きになってきてはいるけれども。


運転機器を丸々覆うカバーなぞ、実に意欲的な設計が随所にあった。

総じて車両設計には保守的かつ堅実なものが見られていた時期に、相当攻めていたのだなあと。


後年にさまざまな新交通システムと呼ばれた路線に乗りに赴いたが、全ての原点はここ西武山口線。

39年前は野球観戦のオマケに過ぎなかったが、こうも長い付き合いになるとは思わなかった。

これだけ長いと、廃止された路線(桃花台新交通ピーチライナー)もあったりするしね。


さまざまな思い出を乗せて、まだこれからも西武山口線は走り続ける。

車両の世代交代は必定なれど、廃線にさえならなければ良い。

かつての外資系株主の要求に屈しなくて良かったよなあと。


駅名板類こそ近年の意匠に一新されたが、ホームそのものの佇まいはほとんど変わっていない。

ホーム終端の臨時改札口が使われなくなったことくらいである。


8501Fは側面がラッピングが全面に貼られると共に、連結面の帯部分は白ラッピングで覆われた。

このスタイルのまま運用を終え、今日時点で山口車両基地の奥で搬出を待っている。

てっきり即時搬出と思っていたが、未だに動かないのはどうしたことだろう?


一部欠落は残念だったが、車内の表記類もほぼそのまま残された。


長いこと、ライオンズと共に。
黄金時代からAクラスの安定期、そして近年の厳しい時期も共に走ってきた。
再びの夢は、後進に託して。

そして、最後は多摩湖まで乗り通す。


今後はオリジナルカラーの8521Fを中心に、見守っていくことになるだろうか?

まぁ、これまでもだいぶ記録を積んできたけど。


そして、トンネルを抜けて多摩湖駅へ。


これで、お別れ。


静かな時に、静かに見送り。


最後まで日常運行を全う。


13:53。


これが、最後に動いていた姿であった。

結局3月30日の午前中まで走り、41年近くのキャリアに区切りをつけた。


最後の方は、この昭和復刻カラーも悪くないなと思うようになってしまっていた。

緑の8511Fのほうも、もう少し愛でることができるだろうか?


次からは、L00系も含めた新たな時代の姿を。

しかし、その先行きを不安視させる出来事に早速遭遇することに。

これからの時代を決めるのは今の人、その自覚を互いに持たねば再びの成長は望めない。

そのあたりの危機感を、近いうちに今一度蜂起しておければと考えているところだ。

鉄道趣味界隈ってとこは、なんか無駄にアツいなと思うことが多々ある。
もっともそれは他の趣味でも往々にしてあるけれど、巡り巡って界隈に帰ってくると鉄道ってのは
相当に異様だなと思うことばかりなのは、強ち気のせいじゃないだろう。

さて最近は、またちょいちょい西武鉄道に足を運んでいるが…

この夏、山口線に続いて俄に動きが気になってきたのが、狭山線で走る101系である。


多摩湖線撤退に前後して狭山線で定期運用が再開されてから、はや5年余。

野球ダイヤや土休日の日中以降を除き細々運用されてきたが、いよいよ6月27日からサステナ車両の

7000系(元東急9000系)の運用開始・一部ワンマン化により再度撤退の運びとなった。


ただ、これまで折に触れて記録に動いてきているせいか、なかなか改めては腰が重かった。

それでも山口線に関連して少し記録を追加したが、そのあたりは後日。


そこへ昨日から多摩川線車両交換が始まったのだが、前回から2ヶ月半と思いの外スパンが短くなり

且多摩川線行きは3月の時と同じツートンカラー編成だったから、前回はブログに上げてもいないし

今回も先約があった関係で、所沢で発送前に停車中の所をなんとなく撮ったに過ぎなかった。


3月と全く同じアングルばかりで汗顔の至りだったが、これもいよいよ先行きが見えてきた。


…ということで、本番は今日に持ち越し。

今回多摩川線から戻ってきたのは、近江鉄道カラーの251Fであった。

今朝は、10:30頃に八王子に着いた。

既に牽引機は連結され、中線で発車を待っていた。


多数の101系の中で、意外に近江鉄道カラーの251Fの記録は重ねられていない。

ただ5年前は降雪予報により輸送中止の当該になり、多摩川線内で一度甲種輸送装備を解いた上で

運転を再開するという稀有な経歴を持った編成になっている。

他の編成同様、屋根上の機器以外は全て白色に塗られたのが5年前との最大の変化だ。


八王子での撮影も小慣れたもので、中央線を降りてから順当に横浜線ホームへ。


いつも通りに撮りつつ、横浜線の電車内越しとかちょっと違うアングルを模索していたら…


あっ、動いた動いた!

えっ…


マジかい?!


なんと、いつも(ダイヤ改正前)よりも1時間半近くも早く発車。

八王子で早めのランチや探し物に時間を充ててもまだ発車しないと踏んでいたため、かなり意外。


しかも、予想通りではあったが中央線内は全て通過して武蔵野線へ。

結局そのまま武蔵野線に向かって…

新秋津へ。


今日の新秋津界隈は、ちょっといつもとは様相が異なっていた。

西武連絡発着線に隣接するJR東日本の八王子総合訓練センターでは試験車両が頻繁に往復し、時には

クモヤ145や209系をギリギリ前に寄せて職員向けのプチ撮影会が行われていたのである。


特にEF65と101系263Fの顔を並べてのツーショットは、今までありそうでなかった。

EF65も定期運用が既に終わり先細りしていく一方で、この拘りは引退が近いからなのか?


そんなザワザワしたシーンの傍では、クモヤ145が黙々と往復していた。

JR東日本管内で稼働するクモヤ145はもはやここだけ、143系列も風前の灯。

特にクモヤ145の走行機器は旧国鉄101系由来で、その意味でも非常に貴重なものになっている。

しかし車体の錆などによる塗装欠落など状態は芳しくなく、動向が気掛かりではあるが。


そして、正午前からは209系も動き出した。

房総各線に転出した209系の余剰MM'を活用し、各所の訓練センターへ先頭車化改造の上転用。


209系1000番台より遥かに早くオレンジ単色帯を貼っていたのがここの特徴。

しかし普段の甲種輸送の時は休んでいるばかりで、こうして走っている姿は初めてお目にかかった。


さらにさらに、中央快速線から珍客East-i Eが襲来。

先に移動してきた時に豊田車両センターで存在を確認していたが、そのまま武蔵野線へ。


そして、12:27頃に EF65は去っていく。


引き続き、101系263Fも入換開始。


ゆっくり徐行して転線し…


連結。


そこまでそれとなく見届けて、秋津駅に移動。

とりあえず所沢まで行き…


約1時間後。

秋津〜所沢間、北側にある歩行者用未舗装歩道。

しばらく歩いていたら、春の装いのごとく花たちが咲く華やかなポイントがあり、そこで迎撃。


並走や離合など被りのリスクが大きい同区間であったが、被られず成功!



25km/h以下のゆっくりしたそうこうだったが、ほかに撮る人もおらずゆったりした記録に。


そして、所沢を経て…


最後は西所沢へ。

狭山線運用中の101系がちょうど到着したところでの通過となった。


最後まで、かつての記録時に比べるとおよそ40分ほど早い走りで記録を終えた。

今年はこのダイヤで走ると解釈して、今後可能性がある7000系の輸送にも備えたい。


今日は最高気温30℃の真夏日だったが、撮影者の熱量は比較的おとなしめだった。

急に気温も上がったし、コントロールを誤ると後々に疲れを残しやすいからだろう。

その比例式が計算成立しないよう、絶妙なパワー配分をこれからも心掛けていきたい。

撮り続ける“遊園地西駅”で。


沿線撮影は事実上失敗したけども、西武園ゆうえんち駅の掬水亭への陸橋はほんの少し賑わいもあり

もう少し腰を据えて撮影してみることにした。

とりあえず、8500系在籍編成をひたすらに撮る。


ワンパターンだけど、それもいつかは貴重なものになる。


その気持ちだけが、モチベーション維持のたったひとつの理由だった。


もうちょっとしたら、きっと撮る余裕なんてなくなりそうだから。


それを見越して、前のめりでどんどんやっていく。

繰り返すさよならの歴史の中で、どのように活かしていくのかである。


そして駅に戻り、陸橋を入れたカットで8501Fの入線を。


縦に横に、思いつくだけ。


そして、人がいてこその駅という前提も。


ワンマン運転の挙動もしっかりと。

実は西武鉄道式ワンマン運転のはしりも、この山口線からだった。

そのスタイルが40年ぶりに変わるのも、ここ山口線からになるのである。


そうしたテストは、山口線が全長2.8kmのミニ路線だからこそできた。

棒線中間駅もあり、信号場もあり、さまざまな運転シミュレーションにはつくづく最適である。


次なる課題は、軌道桁および軌道敷のリフレッシュではなかろうか?

後日L00系に乗りに来た時も気になっていたが、どうも乗り心地にゴツゴツしたものを感じるので。

かつてのような新しさもなく、高速走行は無いものの安全面に心配はないのか?と気にしている。


ちょうど世代交代が進むいまこの時。

大手私鉄である西武鉄道がまさか気にしていないわけなかろうが、珍しく間をおかず山口線に乗って

幾度も往来していると、なにかしら五感をもって反応するようである。

そのきっかけをもたらしてくれた8501Fに感謝して、今後も欠かせぬリリーバー的存在として。


そんな気づきを得つつ、さらに歩く。

8501Fと対峙できる時間は、どんどん少なくなっていく。

オープン戦観戦に行く人たちとは全く違う熱量が、自分の身体を動かし続ける。

久しぶりの沿線撮影、四苦八苦の春


3月22日続き。

観戦に向かったベイファンの友人と別れた後は、西武園ゆうえんち駅で途中下車。

駅出てすぐの掬水亭に向かう陸橋に上がり、まずは多摩湖行きの到着を一閃。


西武園ゆうえんち駅も、陸橋から一望できる。

山口線内では屈指のビューポイントかもしれない。


ただ、人があまり居ないのは寂しい。

シーズンオフはそれが際立つように感じて切ない。


でも、それを含めてこのあたりの日常風景なのだろう。

ちなみに駅構内は全て西武園ゆうえんちの敷地であるが、西武園ゆうえんちのリニューアルを経ても

敷地外に出ることは構造上可能であるが、周辺に人家は全く見当たらない。

基本的には、利用者のほとんどが西武園ゆうえんち等の来場客または関係職員ということになる。

付近住民の利用がほぼない=ある意味、西武鉄道屈指の“秘境駅”ともいえる駅である。


多摩湖駅で折り返してきて、もう一回。


角度を微妙に変えて、見送る。


新交通システム転換に際して周辺は大規模な工事が行われており、それからも40年以上が過ぎた現在

おとぎ電車時代の痕跡はもはや簡単に見つけ出すことは不可能である。


実は小学校の卒業遠足で、西武園ゆうえんちにスケートをしに(別にしたくもないのに)訪れており

その頃は園内のスケート場横に蒸気機関車527号機が客車4両と共にレストランで使用されていたが

2011年に台湾の博物館に移設されてしまったそうである。

遠足の際に写真を撮ったような気がしたのだが、果たしてどこにやったのだろうか?


因みに卒業後の中学1年の夏に友人と遊びに行く計画も立てていたが、夏休み中に足を骨折し断念。

以来、園内への再訪を果たせぬままそろそろ34年、というところである。


さて、駅を出て少し道沿いに歩いてみると、いつも西武界隈でお会いするI氏に再会。

少しばかり、そこにお邪魔して撮影してみるが…


車内から見ていてわかっちゃいたが、車道やらガードレールやら柵やら、とにかく撮りづらい。


車の動きも読みづらいし、車道に張り付くのも怖い。


曇り空も相まって、いまいちパッとしない出来に終わる。

それもあって、早々に辞して西武球場前駅に向けて…ではなく、西武園ゆうえんち駅に戻ると


おや、結構撮影者が増えてきたな。


昼時になって、到達しやすい時間になってきたのかな。


そんな賑わいの変化を見つめながら、もう少し記録に歩く。


やがて見れなくなる風景を、しっかり焼き付けて。

効率のよさを活かして、さらに先へ。

改めて、8500系の魅力に迫る。


車内は2007年度以降、リニューアルによって車椅子スペースの設置やシートモケットの交換を経たが

車内の基本的な意匠は、登場時とほとんど変わっていない。

優先席のシートは赤に変更され、車内でもライオンズカラーがしっかり展開されている。


運転台もほとんど変化はなく、イタズラ防止に運転機器全てを覆うカバーも健在。


そしてまた、復習のように記録を続けていく。


8500系で特徴的だったのが定速制御。

惰行と力行1ノッチの間に【定速】ノッチがあり、巧にハンドルを合わせて速度節制をしていた。


そして、東中峯信号場での列車交換。

こうしたシーンが恒常的に見れるのは西武鉄道らしさではあるが、それも次第に減ってきている。


多摩湖線回田信号場は実質複線区間走行中にという感じだし、秩父線の正丸トンネル信号場は一方が

高速通過の機会が多いから、双方が停止しつつ行き違いはここが最後の存在かもしれない。


さて、1年ぶりに西武園ゆうえんち駅に下車。


相変わらずゆうえんち来訪目的では降りたことがない。

それに、まだ3月春休み前ということもあってか利用客もそんなにいない。


自分みたいに撮影目的もほとんどいなかったから、穏やかに過ごせたのは良かったけどね。


やっぱりレジャー施設の側の駅なのだから、賑やかさが欲しい。

残念ながら、閑散期のローカルな雰囲気のほうが勝ってしまった。

なかなかうまくいかないものである。


ただ、車内はオープン戦に向かう観客で賑わい始めていたのである。


ひとまずここは、ほぼ利用客なく終了。


8521Fを見送って…

これまた久しぶりに、駅外に出て付近の散策に動き始めたのだが…

新たな視点を、探しに探して。


ライオンズカラーの誘惑に抗いながら、記録は続く。

1本落とすと、次に来るのは10分後。

多摩湖駅3番線は、約半分がトンネル内の特異な構造。


そんなホームに、ゆっくり進入してくる。


他の路線のように、自動運転ではない。

ここでは運転士の技量に大きく左右される、アナログ感覚のある新交通システムである。


方向幕も手動巻き取り。

野球ダイヤの際には、レオとライナのシルエットが描かれた特殊幕が使用される。


ありがとうポスターと8501Fの並び。


40年余、車体色こそ変えられど一貫して山口線で運用されてきた。

まぁ、一貫しかできないのだが。


野球開催となると、多摩湖線からの平面乗り換えの人の激しい流れを受け入れ、そして吐き出した。

自分も幾度となく、その流れに乗ってきた。

行きはウキウキと楽しげに行くが、帰りは試合結果に左右されたものだ。


そんな悲喜交々の思いが複雑に絡み合うのが、この山口線だった。

もっとも、自分がよく観戦に行っていた頃は、レオライナーなんて愛称は無かったけどね。


そんな複雑な歴史に、一つの大きな区切りを迎えることとなった。


ビジターの応援をする人にも、それぞれにいろいろな思い出があるだろう。


その思いは、L00系が受け継いでいく。


そして、4月以降は残り2編成。


それらも、来年度までの命。


みんなは、後悔なく記録できているか?

身近で手軽だからこそ、抜かりなく撮り続ける。

約2年という時間を、大切に。

1/3の純情な感情。


3月22日続き。

10:55、山口車両基地内で待機していたV3編成が動き始めた。

一瞬だけ、ハリーポッタートレインと並ぶ。


ベイファンに出迎えられw

ゆっくり本線を跨ぎ、8番線に入る。


実は去年と比べて、8番線側の旧第三球場との築堤が整備され、西武ライオンズのロゴが。


スッキリした築堤の横を、最徐行で入線。


ここで開扉し、野球ダイヤが全て開始となった。

時間的に、プレーボール約2時間前である。


野球ダイヤは10分間隔で、運転時間内は西武球場前駅7・8番線で交互発着。

各編成が13分ほど停車し、その間は編成をゆっくり見て回ることが可能である。

その事が後日、要らん下らないトラブルに遭遇することになるのだが…


題:ライオンズカラーとベイカラーw


そして、11:01にV1編成再入線。


何度もここで撮ってきているが、行く度についつい一回はカメラを向けてしまう。


この日のL00系は、ずっと検修庫内に籠ったままだった。


東中峯信号場は、野球ダイヤなど臨時ダイヤ設定時のみ列車交換が行われる。

ここでの交換が、自分にとっては野球観戦やイベントの時のひとつの楽しみであった。


そしてまた、多摩湖へ。

V1編成には申し訳なかったが、オリジナルのライオンズカラーの方がテンションが上がる。

個人的には、最後の最後にラッピングを剥がして欲しかったかなぁ、とか。


試合開始時間が近づくにつれての賑わいが増していくところを、友と共に見守った。


交代の過渡期には、西武鉄道お手製のポスターが山口線各駅に掲出。

車両外観へのヘッドマークなど装飾は無かったが、その代わりささやかながら外部からの盛り上げは

西武鉄道らしい温かなものに終始していた印象がある。


ただ、温かいと甘い、甘やかすというのは違う、というのは後々しみじみ実感することになるが。

甘いのだから何をしてもいい、という雰囲気が醸成されている部分は、そろそろ抜本的な改良修正を

折々に仕掛けていかないと、どんどん増長してしまう事を肝に銘じておかねばならないだろう。

2026年3月30日。
僅か3日間の“4本体制”の後、遂に西武山口線の歴史が動いた。

8500系8501F、運用離脱。

ちょうど1年前に、いよいよの気概を持って動き始めたが…

そうこうしている間に、L00系L11編成が搬入され、試運転が進んだ。
そして3月27日運行開始、という告知が出たところで、ようやく重い腰が上がった。
3月22日日曜日、ちょうどこの日ベルーナドームで埼玉西武ライオンズと横浜DeNAベイスターズの
オープン戦が開催されるとの話を聞き、事実上最後となりそうだった8500系3編成フル運用による
デーゲーム野球ダイヤを記録すべく、西武山口線に向かったのである。


10:32。

“幻のV4”モックアップが出迎える多摩湖駅で、最初に捉えた。


ここ1年、8501Fは8521Fで行われた西武園ゆうえんちラッピングをカラーのみ引き継いでいた。

そして、この装いのまま運用を終えることになってしまった。

個人的にはオリジナルのライオンズカラーを維持して欲しかったけど、これも美学なのかな。

昭和の一時期に西武電車で纏われた、所謂リバイバルカラーでもあるしね。


全長2.8km、大手私鉄のAGTの挑戦は第二ステージへ。

かつて構想されていた拡大はならなかったが、西武球場へのアクセスとしてはすっかり定着。

そして、新型車両の導入によりまだまだ維持していくという揺るぎない意志が明確になった。


西武園ゆうえんちのアトラクション的な要素も残しつつ、細々と奮走はこれからも続く。

ただ、路盤や軌道設備の老朽化は進んでいるようで、このあたりの整備はあるのかどうか?


そして、オリジナルカラーの活躍は8521Fによりもう少し残るのは気持ち強くなる要因に。


…さて、西武球場前駅に着くと、どこかで見た横浜DeNAベイスターズのユニフォームを纏う男が。

この日のオープン戦を観戦に来た友人に、偶然?遭遇したのである。

というか、観戦に赴いているのを捉えていたからこそ出向いたと言ってよい。

しかも、西武山口線に乗ったことがないとか言うものだから、ここから案内方々巡ることに。


まぁ、よくよく考えてみたら西武山口線は新宿・拝島線系統から来ないと乗りづらい路線である。

自分も、国分寺で多摩湖線に乗り換えてアプローチするからこそ延べ39年乗ってきたわけだし。


西武球場で野球観戦する時は、ほぼ例外なく山口線経由で行き来してきた。

たった一度だけ、試合終了が延びて終電を逃したことがあった程度である。

乗り鉄目的だと狭山線利用が激増するが、それはまた別の話。

あくまでも、西武ライオンズの思い出のほとんどに山口線と、赤電351系時代の多摩湖線がある。


ちなみにオープン戦開催日の11時前は、まだ駅構内に余裕がある。

まして、多摩湖行きは一転して空気輸送化。

このあたり、イベント輸送の気難しいところ。


立体的なレオヘッドマークは、ラッピング後も全編成健在だった。


新交通システム、いまはAGTと呼ぶが、それと地上信号機という唯一の組み合わせ。

ランニングコスト抑制の観点から、保安装置にATSを採用したのが西武鉄道式の特徴だった。


8511Fは、SDGs×Lions GREEN UP!プロジェクトトレインとして2020年9月から運行中。

こちらも、このラッピングのまま運用を終える可能性が高くなってきている。


狭山線を走ってきたハリーポッタートレインとの並びも、今のうちに。


選り好み、している場合じゃないのはなんとなく分かってる。


そうやって満遍なく記録できたのは、自分にとっては事実上この日が最後。

フル運用のラストチャンスを、友と語らいながら次々に復習のように収め続けていく。


…と、西武球場前駅では去年までと違うポイントを発見したりも。