たいちょ〜の心のつぶやき 第2章

たいちょ〜の心のつぶやき 第2章

『縁は、連結する』鉄道など交通を中心に興味の赴くままに、日々呟き語るブログ。
※最近すっかり鉄道ルポタージュ化してますが、言いたいことを素直に言うという意味でブログタイトルは変えてません。
その時限りも大事だけど、できる限り日常を大事に。

毎度、当ブログをご覧いただきありがとうございます。


当ブログの写真の二次使用をしたい場合は、事前にお知らせください。


無断での使用はいっさいご遠慮願います


たかが8編成、されど8編成。
9050系含めても残存8編成と、編成数は決して多くはない。
しかし運用範囲一都二県に及び、その遭遇率は意外に高い水準を維持している。
更新しながら約39年、運用を拡大しながら第一線で走る姿はまだまだ頼もしいものがある。

しかしこの2026年から、いよいよその山が動き始める。
それも9000系だけじゃない、ロイヤルマルーンのステンレス車全体に及ぶ大転換。
後悔しないうちにあれやこれや、とやり始めたこの秋の記録蓄積は膨大。

まだしばらくは、その放出に総力を尽くす。


10月21日続き、まだ和光市駅。

新木場から追いかけてきた9000系9104Fを、改めて迎撃。


やっぱり撮っていそうで撮ってなかった(はず)のカット。

うまく後ろに引きつつ、正面一閃!


ATC・TASC制御もあり、ホームドアのある駅は前後間隔が詰まりがち。

和光市駅も、広角使いながらやっと。


ここで、2編成並びを一閃!


こちらは9103F。

森林公園から元町・中華街までのロングランである。


また、東京メトロおよび東急東横・みなとみらい線内はワンマン運転。

東武東上線内は車掌乗務が復活し、直通列車はそのまま一人乗り込んで発車していく。


もっとも、東武東上線内では希少なホームドア完備駅であり、長居は無用。


とか言いながら、次々に来る9000系を撮っていく。


ホーム中程で発車するさまも撮ってみたり。


上りホームに移って迎撃も。


ここは人気ポイントであるが、駅の警戒モードは高め。

よくよく気をつけて記録をこなしていきたい。


ここでは、他社から乗り入れてくる電車との並びも拘ってみたい。


東京メトロ以外で一番広範に走るのは、東急5050系であろう。

東海道新幹線カラーの4105Fなど特別ラッピング編成もあり、さまざまな組み合わせを狙いたい。


そして今度は、遅い昼食(15時少し前)のため成増で下車。

たびたび訪れる成増駅西側の踏切で、引上線を折り返してきた10030系方向幕車を迎撃。


11661Fと11441Fを連結した10両編成であるが、中間の運転台は機器を撤去し半固定化。

30000系と10030系で見られた東上線ならではの編成も、しっかり狙っておきたいものである。

2026年になり、はや5日。
一時期恒例になりかけた年末旅にも行かず…
12月27・29日の演劇関係と、3日のライブ以外は基本地元界隈でのんびり休養。
気怠さを背負いつつ、控えるイベントラッシュに備えてギアを上げて動き出しています。
具体的に乗り鉄や記録に動き出すのは、寒さの兼ね合いもあって2月に入ってからかな?
プランは幾つかしっかり作って熟成させておこう、とは思っていますが。

てことで、ここではもうしばらく、2025年秋の記録蓄積を出していこうかなと。

今回の記録は、2025年10月21日火曜日。

この日は、疎開回送された東京メトロ8000系8101Fの様子を伺いに新木場へ。

その行き帰りに、東武鉄道9000系の有楽町線乗り入れ運用を狙って乗車&記録。

こちらも余命宣告がなされて、俄然記録欲が増してきているところ。

東武東上線界隈は、乗り入れ先まで満遍なく見渡し始めていた。


スタートは飯田橋で9105Fからだったが、途中豊洲で9104Fとすれ違う場面が。

豊洲は2・3番線が使用停止中で、なおかつ新木場寄りはAB線の高低差が発生する。

それもあり、辛うじて「あっ、向かいに居るな」程度の、豊洲駅らしい記録を。


豊洲駅というと、ようやく豊洲〜住吉間の有楽町線新線が建設着手。

東武スカイツリーラインへの直通も決定したが、9000系は残念ながらその開通を待たずに引退へ。


ただ開通の暁には、東上線の車両検査のやり取りも有楽町線と新線・半蔵門線を介してできそうだ。

計画の90000系が全て地下鉄乗り入れ対応としているのも、そのあたりの意識があるのだろうか?

問題は、末端や越生線に残るワンマン4R車の扱いをどうするのかというところだが。


そしてそのまま、新木場へ。


新木場は相変わらず1番線が降車専用で、引き上げてから折り返す“府中本町方式”である。


引上線と出入庫線は兼用であり、そのまま車両基地に回送するパターンもある。

そのあたりが、府中本町とは違うところであるが…

ダイヤ編成上でネックになってはいるんだろうな、というのは想像できる。


それと、ホームドアが整備されてすっかり撮りにくくなってしまっている。

それは他の駅でもそうだし、どんどん他の路線でも広がってきているが…

それにつれ無茶な乗り出しも増えてくるし、逆に過度な防衛も…バランスが難しいと感じる昨今。


さて、新木場車両基地での記録を終えて、都営バスで新木場に戻るとまた9000系が。

行きに豊洲ですれ違った9104Fである。


平日23Tは朝に東急東横線元住吉検車区から出庫、武蔵小杉始発で副都心線を和光市まで行くのだが

東武東上線へは戻らずに有楽町線内を3往復半して新木場車両基地に一度入庫。

夕ラッシュ後再出庫し、ようやく森林公園に戻るという“ほぼアルバイト運用”。

東京メトロ、東急電鉄と複雑な車両貸借に係る精算の難しさを垣間見る場面である。


ちなみに、この9104Fのクハ9104のみ前面非常扉の窓が小さい異端編成。

9102〜9107Fがアルナ工機・東急車輌・富士重工で1987(昭和62)年の夏に一気に製造されたが

この車両のみ、中途でこの扉に交換されたままになっている。


コルゲートのステンレス車体とホームドア。

しつこいが、見られるのはあと数年。


で、やっぱり撮りづらい。


今度は戻ってくるのを待たず、有楽町線でひたすら北西へ。


そして、和光市に降りた。


ここで迎撃したのは、平日19T運用に入る9103F。

森林公園〜元町・中華街間3往復と有楽町線内2往復(前後は東上線直通)を含むロングラン運用。

東急東横・横浜高速みなとみらい線内で非VVVF制御の車両が走る貴重な機会である。


ただ、それに入るかどうかは運次第?50070系と共通運用であることも注意。

今のところは、日々1〜2本は副都心線方面に直通しているようである。


とここで、さらに和光市駅引上線には9000系の姿が…

もう少し腰を据えて、記録を続けていく。

昨日は、新年1月3日恒例・エージ&テツ「こたつから愛をこめて」で横浜へ。

しかし会場のサムズアップの入る相鉄ムービルが、周辺再開発に伴い取り壊し決定。

今年が最後の開催となると共に、今後関連するイベント全てが“最終回”に。

いつかは訪れる別れがいよいよ現実味を帯び、例年にない寂しさを背中に負う年になった。


このブログによると、2011年1月7日に1日限定でライブを開催。


2012年以降、1月3日の開催が定着。


そして、コロナ禍により2021年は唯一有観客開催が無し。

このブログの鉄道ブログ化が顕著で、次第に扱いは小さくはなっていたが…

自分の気持ちの中では変わらないどころか、より大きい節目のエンタメイベントになっていた。

その節目が(コロナ禍を挟んだにせよ)いよいよ途切れることに、感慨と寂しさが入り混じる。


とはいえ、それでもライブ中は笑顔が弾け合う、やっぱり最高のエンタメ始め。


新潟第一酒造提供・これまた恒例の振る舞い酒。






久しぶり登場の寒空はだか師匠(還暦)








初めてのお客様も巻き込みながら、笑顔が絶えない屈指の年始イベント。
定番の曲にパフォーマンス、サムズアップ閉店が決まり作られた「親指だけは立てといて」etc…
初めてで曲が知らなくても楽しめる、稀有な正月イベントの一区切り。
特別な感慨をもって、ほどよく酔って笑って楽しめた時間に。


それだけあれば、鉄分取らなくても満足なのよね。

昔みたいに掛け持ちとかは(極力)無理しないようにマイペースで…

特に今年は、そのあたりを明確に振り分けていこうかなと。


とりあえず、今日までしっかり休養取りました。

明日からまたがっつり働いて、楽しんでいくぞ!


祝!2026開幕


旧年中は、皆様には大変お世話になりました。

今年2026年は“青年躍動の年”

5月で47歳を迎えますが、気概はまだまだ青年!

未来、未知の分野への挑戦を果敢に、生命を躍動させていけるように!


2026年も、オーバーヒートにならない程度にさまざまな場所に出向いていきたいと思います。

本年も、何卒よろしくお願い申し上げます。


元旦は、例年通り地元からスタートしました。

昼に出かけるために家族で外に出たら、家族連れから唐突に挨拶が…

ん、誰?と顔を見合わせると、なんとかつて近所に住んでた一つ下の後輩!

偶然実家に帰省してきていて、なんと約20年ぶりの再会というサプライズから始まりました。

そして出先でもたくさんの出会いにパワーを貰い、いざや前進、快進で!


(ブログ限定)そろそろ、旅に出たい。


※日常記録は3日から、蓄積記録は4日から再開します。

早い早い!
2025年も大晦日!
自分は実質28日までに、今年の業務を家業とともに納めました。
去年今年と年末の旅には出ず、のんびり休養モードに入る一方で…
12月に入ってから、それとなく「エンタメモード」に入っていた自分。

自分にとっては、そうすることはもはや恒例行事だったりするわけだが。

今年はご縁のある方々の公演が次々と重なり、より今まで以上にどっぷり演劇に浸ることとなり…


12月27日昼、ネコ脱出「烈火のオカン!!」


昨年暮れの本公演「道場破り!!」あたりから、俄然注目が上がった劇団が「ネコ脱出」。

劇団員の長谷実ヅキちゃんが、コーラス代役としてオオゼキタクさんのライブにも出演し、それまで

交流のあった谷口礼子さんやモリマリコさんといった円熟技巧女優陣との共演や、劇団員の個性派の

外部出演や関連イベントなど、より多くの舞台に足を運ぶこととなった。


ネコ脱出の持ち味は「人情ドタバタコメディ」

今回は学習塾をベースに、戦中戦後80年の思いを目まぐるしく1時間45分に凝縮。

たくさん笑わされ、時にホロリ泣かせる場面も。

熱いメッセージも随所に放たれる、屈指の熱い熱い公演だった。

そのあたりの細かい語彙力は持ち合わせていないが、これくらいの思い切りが実に心地いい。


12月27日夜、星降る湯の花〜オヤと月夜はいつもヨイ

こちらは、星宏美さんのご縁で足を運んだ舞台で、短編4編からなるオムニバススタイル。

1年半前の夏にも同様の舞台があり、その時に出演していた俳優さんとの再会も。

その時に名前を知ってXをフォローだけしていて、ようやく挨拶を交わしたなんて出会いもあった。


ひとつのシナリオをどっぷり観るのも良いが、違うシナリオを次々に観るのもまた面白い。

その分、個々のキャラが濃いと気持ちの切り替えが間に合わない、という側面もあるけどね。


それでも、個々に実力がある人達の演技を見られるのは至福でもあった。

それはネコ脱出でも、シアターキューブリックでも同じだったからすごく幸せなことだけどね。


12月23日、超最高的仮面クリスマス会

かたや音楽では毎年12月23日はこの人たちのために空ける、と定めてから優に15年は超えた。

令和に移り、祝日でもなくなってしまったためにスケジュールの組みにくさは増してしまったが…

もはや、ちょっとした同窓会的な集まりになってきている。

年を追うごとにメンバーの子供たちとコミュニケーションできることも増えてきているのが嬉しい。


その間メンバーが結婚して子供が生まれたり、サンタとトナカイの下剋上があったりしたが(謎)

それと今年は、高田エージさんが秋のライブツアー中、低血糖症で倒れ救急搬送のハプニングも。

仕事(ライブ)前の食事と、元気かつ笑顔で再会できる大切を改めて実感させられた後半。


そして、この10年ずっと基軸の一角を担ってきた墨田界隈では。

21日、帰ってきたキューピッドガールズ14周年記念ステージ


29日、帰ってきたキューピッドガールズ&ボーイズ紅白歌合戦


この流れは、ここ数年ですっかり不動のものになった。

劇団が母体、音楽を基軸にしつつもコント、寸劇、大喜利などなんでもアリなエンタメの頂点。


そんな中で原点回帰の潮流、ここでも。

そんな中でもエンタメの楽しさを届けてくれたことに、ずっと感謝である。

まさか「50の夜」の言い出しっぺが自分だったことには驚きを禁じ得なかったが(謎)


そして、胃袋も満たせる稀有な場所。

「たこ焼こんこん」のたこ焼き


たこ焼きにおでん、パン、カレー、ハンバーガー、豚丼、和菓子、お惣菜、スイーツ…

エンタメとグルメを満たせる場所は、下町人情キラキラ橘商店街しかない。

それに加えて最近では、銭湯と理髪店、リラクゼーションも選択肢に増えている。


ただ、正直、今年後半はその流れが崩れるのではないかと水面下で危惧していた。

昨年暮れ、なんとなく書いていたが…

今年は「ネコ脱出」への“深入り”で、ずいぶん演劇観は変わったなとは思う。

そのことが、半月前のシアターキューブリック公演に際しても少なからず影響があった。


自分はやはりシナリオ重視なんだな、ということ。


シアターキューブリックという自分としての“原点”を経て、はっきり見えたスタンス。

もちろん俳優個々の個性も、観劇に赴くにあたっての直接の動機にはなり得る。

10月にネコ脱出劇団員の黒木涼子ちゃんが初客演を果たした「GOLD RAIN」なぞは最たる例。

それは言下に否定しないし、来年以降もそれは往々にあるとは思う。

(既に計画の俎上に上がっているものもいくつかある)


ただ、アイドル的な推しというのは、やはりちょっと自分とは相容れないのかなというところ。

周りの動きに関して、言下には否定はしないが…

チェキやグッズを集めまくるというのは、あくまで自分の観劇スタンスには馴染まない。

それは、音楽関係でも同じことが言える。

個人的な繋がりはまだ各所に細々残るが、努めて周りに目を向けるように努めている。


ただそんなスタンスだから、折角足を運ぶ回数を増やしても距離が開いているのも勘づいている。

せっかくこれまで醸成してきたその場所の雰囲気に、変にアイドル的な売り込みはどうも…という

ちょっとした疑念が、ある方面に怖いという疑念を抱かせていたことも理解してもいるが…

その場に合った動きを…とは、自分も含めての今後の課題になっていくとも思うが。

観劇の本分はあくまで観劇
ライブの本分はあくまでライブ

その基本的な考えというのは、2026年も変わらないようにしていきたい。
それを貫けられれば、万事OK!

※昨夜買った正月用の小肌。

 中に入っている鷹の爪に注目w


鉄道関係も基幹たる場所、是々非々、中道を見失わないようにすること。

それを肝に、自分らしく動いていきたい。

来年早々には基幹たるスケジュールも入っているし、できるなら旅も…

来年春までのヒント。


それと、敢えて書いてこなかったこと。

新たな分野への進出もあるが、中でも大きなトピックが…

11月12日未明、飼い犬のモモが逝った。

およそ19歳半、大きな病気もせず大往生だったと思いたい。

飼い犬の系譜は4代35年に迫り、亀などを含めると40年ぶり位に生き物がいない生活となった。


2025年も、拙ブログをお読みいただきありがとうございました。

2026年もどうぞよろしくお願い致します。

秋の記録は、まだ始まったばかり。だけど…

10月18日の埼京線での記録は、新たな動きへの布石になった。

以降、なかなかタイミングは合わないものの、折を見てチェックを続けている。

時には、こうして書いていることが新たなモチベーションにもなったりする。


新宿まで乗って、この10月18日は記録を終えている。


新たなイメージリーダーとして躍り出た71-000形。

その活躍を、これからも気にかけていきたい。


この時は運転開始からおよそ半月、新車フィーバーも落ち着いてきた頃。

それもあって、穏やかに撮り回れたから良かった。


車体の標準化は進んだが、顔の個性化はより進んでいる。

特に埼京線界隈は、相鉄12000系という超個性派がいる。

新宿〜大崎間での共演も、進んで狙ってみたいと思っているが。


そして、また武蔵浦和へ発車していくのを見送り終了。


その後は、再び山手線環状運転100周年ラッピング編成を新宿駅で記録。

まずは205系ラッピングのトウ44編成から。


気がつけば、山手線でホームドアが無い駅は大崎駅の一部とこの新宿のみとなった。


しかし新宿駅も改良工事真っ只中、こうしてゆったり撮れるのもそう長くはなさそうではある。

それに、山手線はホーム進入速度が高めだからその流れにも注意しないといけない。


人の流れも多く、その動きに細心の注意を払いながら撮る。

しかし考えてみたら、山手線界隈ではほとんどこういうことをしてこなかった。

やったとしたら、E231系500番台の「汚点だらけ・喧騒だらけのラストラン」の時くらいか。


そんな負の記憶を思い出しつつ、しばし…

そして見送り…ってところで、この時は内回りが入ってきた。


そして、103系風のトウ39編成を。


実は山手線の103系には、国鉄時代に一度だけ乗ったことがある。

区間は新宿〜巣鴨間で、母に付き添って一緒に行っている。

なんとなく覚えているのは、現8番線に停車していたカナリア色の103系の姿だった。


しかしこの日は夜から雪になり…

以降運休というスレスレの状況で、地元に帰ったことを覚えている。

となると、1984年1月19日か2月17日頃だったのだろうか。

その次に山手線に乗ったのは1993年で、もう205系全盛期だったのでそれきり。

埼京線での103系も1990(平成2)年4月8日のみだった。


その分、他ではこれでもかというほど乗れたけどもね。

今のところ、最後に103系に乗ったのは約10年前のことである。


ちなみに後追いは、曇り空もありブレブレにて終了。


おまけ

新宿駅構内にある、開業140周年記念で201系モチーフのオレンジ色の自販機。


これで10月18日分は終了。

記録の続きは、また来年に…

4日前のラストランは幻だったのか?


山形新幹線の2代目・E3系が今年いっぱいで引退する。


その話はかねてから聞いてはいたが、山形に縁のあるらしい友人の動きぶりをよそに、自分が今まで

E3系に関して時間を空けて取り立てて動くことは、これまでしてこなかった。

どうしてかというと、父の生家界隈に行ったのは1990年代後半。

最後に山形新幹線に乗ったのは22年前と、思い切り400系全盛時代だったのである。

E4系の時に活用していた週末パスは6月末に廃止され、機動力が大幅低下していたことも否めない。

E3系そのものも、2000年代半ばに秋田に行った時に大曲→秋田間で乗った程度だっただろうか?


また、途中から塗装変更されたことも動きにマイナスを示したのは、これまでも示唆していた。

ただ、振り返るとE4系やE2系の200系塗装とかのついででずいぶん撮ってもいたようだが…

またE8系の“分離事故”による臨時ダイヤの影響もあり、改めて赴くタイミングが掴めなかった。


また、時期的に山形界隈の雪のリスクを避けたこともある。

雪のリスクは自分にとってはトラウマ級の経験があり、野岩鉄道方面以外は極力避けてきている。

今回、銀のつばさの撮影会に行った友達が、降雪倒木の影響で直前中止を喰らったとも聞いていた。

また別視点では、今年は例年以上に関連する舞台鑑賞の予定が重なったこともあったが…


そうこうしているうちに、24日の「つばさ149号」でE3系ラストラン、との話が一斉に流れた。

当日の車内アナウンスで告知されたほか、特設ホームページでもそのお知らせが掲載されている。

そんなこともあり、もう会う事はないと諦めていた。

ただ来年にはE3系を改造した貨物新幹線も走るというし、走り始めたらそのあたりを少しくらい…


と思っていたが。


昨日、利府の新幹線総合車両センターから、疎開留置されていた?L72編成が動き出した。

そして山形まで回送、今朝の山形発新庄行き「つばさ171号」から運用に入ったのである。

突如こうなったのは、昨日E8系の窓ガラスが破損して運休が発生したため…とのことだが。


となると??


てことで急遽、昼に空いた身体を大宮に差し向けた。

昨日までに観劇の予定も全て済ませていたことが、結果的には奏功した。


E2系やE5系を撮りつつ、省エネモードで待つ。

今日は朝方には氷点下となり、昼になってもなかなか気温が上がらなかった。

そんな中、12:14にはE8系単独運行による臨時の「つばさ78号」がやって来た。


それにしても、E8系は近年ではなかなか珍しいハプニングメーカーになってしまった。

今回のガラス破損は不慮のものであったであろうが、それにしてもよくよくツイてない。


そして、12:22。


ああ、本当に帰ってきた!!


嘘みたいに追わなかったE3系を、こうして捉えることになろうとは!

新庄で折り返してやってきた「つばさ129号」、道中の遅延に負けず定刻での大宮到着。


しっかりお客を乗せて、健脚を示して都心に帰ってきた。

まさに不死鳥の如く、である。


噂を聞きつけて、到着直前の大宮駅15番線側には10人ほど撮り鉄が集まっただろうか。

脚立を組んだのが居て非常に肝を冷やしたが、状況を見て上がらなかったから苦言はしなかったが。


それにしても、ラストラン宣告からたった4日。

近年の撮り鉄の状況に鑑みた、クリスマスソングにも似たサイレント・ラストランを目論んでいたか

よくは分からないけれども、不測のトラブルによりそれはガラスのように脆くも割れてしまった。


ただ、あまりにも急であったからか激パとまではならず、それが幸いではあった。


結局、バトンをつなぐのはもう少しだけ先になった、ということか。


それが今年のうちに蹴りがつくのか、もしくは来年まで跨ぐのか。

今の時点では全く読めないのだが。


そして、東京から折り返してきた「つばさ136号」を迎撃。


混雑緩和策で東北方面の発着番線が一部を除き16番線に変更されており、最後にレアなカットが。


各々停車時間は1分ちょいだったけれど、良いラスト?記録ができた。


そして、最後は動画で。

ちょっと最後のはみ出しに、思わず録画を止めてしまったが…

このまま運用が順調にいけば、30日までは通常運用で走る可能性が。
撮り鉄の周りが見えない暴走が、各方面への帰省ラッシュを止めないように祈りたいものである。

埼京線は最強、そう呼ばれて40年。


さて、久しぶりに埼京線を丹念に歩くと気がつくことがある。

おや、撮り鉄対策??


国鉄末期の建設以来40年余、バリアフリー対応のエスカレーターやエレベーター以外はほとんど手が

つけられていない埼京線新線区間であるが、最近ホーム端の床にテープが貼られているのを確認。

武蔵野線や京葉線の先例もあり、これはもしや?と思ったのだが…


そして、さらに乗車を進める。


走りそのものはE233系と同一なものだから、取り立てて特記することもありはしない。


今度は南与野まで乗ってみて、見送ると…


ここにもあった。

でもなにかオカシイ…


よく見ると、発車メロディスイッチへの配線カバーを埋めた部分が、経年劣化で露出してきている。

よくよく気をつけないと躓きそうになるため、注意喚起のために貼り付けたようだ。

撮り鉄対策でないことに少しホッとしたが、今後の70-000形淘汰の進行具合でどうなっていくか。


ともかく、まだ静かなうちに巡るに限る。

それでも所々で見かけ始めているが…来年はどうなるのか…


それと、時代の変化で快速が武蔵浦和〜大宮間各駅停車に変更され、撮影パターンが少なくなった。

この南与野もかつては通過で外側通過線を走行していたが、現在は通勤快速以外は走行しない。

通勤快速が運行する平日の朝と夕夜間が、現時点で数少ないチャンスとなる。


そんな運用を始めて、早いもので23年。

以来機器更新や各種リフレッシュを受けつつ、第一線で走り続けてきた。


そんな風景も、2年もすれば見られなくなりそう。

来年一年が、ある意味正念場になってくるのかなというところ。


そして、さらに北にもう少し。


3月にも来ていた、北与野にまた来たよのう…


寒いw


ここで撮影している人が、やはり一番多いようだ。

半年余りを経て、71-000形を初迎撃。


そして、また乗って…


溶け込んでいく、ニューフェイス。

その存在感は、これからの最混雑線を支えるにあたり心強い。


少しずつ始まった、世代交代。

思っていたよりもそのペースは緩やか、というか、遅い。

それかJRや大手私鉄とは違うところだが、それでも油断するとその最後はあっという間に訪れる。

その時流に取り残されないよう、しばらく思案と行動力の温存はしておきたい。

写真の記録だけが手掛かり。


10月18日続き。

赤羽から埼京線に乗り直して、個人的に縁の深い戸田駅にやってきた。

基本的にはライブとかイベントのある時に降りる機会が多く、実は撮り鉄目的は今まで一度もない。

それだけに、実際降りてみないとどんな感じか分からない駅がまだまだ多いのが埼京線界隈。

車内から一瞥する以外に、一回E233系で撮影してみて再検討する時間も必要。


他の駅では、4年前にE4系Maxを撮りに巡ったこともあったが。

…今にして思えば、この戸田駅にも立ち寄っておけば良かったかな。

まだこの頃は、そんな追跡はあまりやっていなかったけど。


そして、大宮方から出迎えるのは…


71-000形Z11編成。

思っていたより、埼京線の高架線にも似合うデザインである。


ここからようやく、半月越しに初乗車が実現。


車内はグレー基調でクールながら、都会的な明るい雰囲気で纏められている。

車端部の号車・車号表示もどことなくスタイリッシュ。


そんな雰囲気は、埼京線内でも今なお調和する。

こうしてデザインをまとめていく方達の仕事ぶりに、ただただ敬意。


こうした個性的な相互乗り入れは、見た目だけでも楽しい。


そんな中で、旧赤羽線区間はなかなかに異色なロケーション。

単線区間が残る川越線と共に、消えゆく70-000形共々しっかり撮り尽くしておきたいものだが。


とりあえず、71-000形は一度板橋で見送り。


まだまだ、撮る場所を追い求め…


今度は、4年ぶりの訪問になる浮間舟渡へ。


ここではまず、70-000形Z6編成による快速川越行きを捕捉!


東京メトロ半蔵門線の8000系同様、快速運用は最後まで残るのが70-000形の運命。

その堂々とした走りを、一日一日大切に。


そして同じ場所で、71-000形Z11編成もまるっと!

上手い具合に70-000形と続行で来てくれて、効率良く記録することができた。


ここから、また乗って移動。

E4系の時の記録も思い出しつつ、また70-000形と絶妙に被らないポイントの模索へ…

クリスマスを迎えたこんな年の暮れになって、ふと思う。

 

秋、なにしてたんだっけ??

 

四季が二季になったとか言われるくらい、あんなに暑かったのが急に寒くなってきたせいかスコンと

9月の終わりから今月にかけての記憶が曖昧になってきてしまっている。

 

ちょいちょいリアルタイムでネタを挟んでいるが、すっかり振り返り蓄積ネタが多い拙すブログ。

FacebookとInstagramはたまにストーリーズやリール動画を投稿するのみで、Xも気まぐれ。

ちょっと昔のような頻繁なSNS投稿をしなくなって以降、記憶が薄れてしまっているのだ。

個人的には最後の飼い犬が逝き、両親もインフルエンザで共倒れ(回復済み)したのもあったかな…

 

そんな激動で記憶がチグハグな秋だが、自分も引っ張られる(?)わけにはいかない。

写真をしっかり整理して、振り返っていかないと。

越年に関してはもはや諦めているが、記録を積み重ねていた意味がないからね。

 

てことで、ここでは秋はまだ終わってません!

 

10月18日。

割と細かい記録が日々散らばってはいるが、改めてまとまった記録はこの日から。

およそ2週間ぶりに、山手線に手をつけているところから始まる。

 

実際は東急世田谷線100周年記念乗車券を下高井戸に買いに行き、その足で池袋の友人店でランチ。

そこから山手線環状運転100周年記念の復刻編成を捉えに出向いたようだ。

まずは205系イメージのトウ44編成を、後追いでギリギリ捕捉。

なお、ヘッドマークは11月3日に掲出を終了したが、ラッピングはしばらく残るようである。

 

続けて、埼京線ホームに振り返ると…

 

りんかい線の新車71-000形、堂々入線。

車体そのものは相鉄12000系とも同じだし、やはり溶け込みや馴染みは早いなと感じる。

 

もっとも、趣味的にはもっと個性が欲しいと感じる人もいるだろうがね。

それでも、海の生き物を連想させる前面デザインは好感をもって迎えているが。

 

ということで、今回は乗り入れ先の埼京線内でアレコレ撮り回ってみようかなと。

 

とまた山手線内に振り返ると、103系風ラッピング車トウ39編成が。

 

この時は、停車中の編成を捉えることもできた。

側面の部分ラッピングは、お隣埼京線のE233系とも相通ずるものがあるが…

 

そして、りんかい線の消えゆく旧型・70-000形も。

ここではZ2編成が到着。

 

最近ではZ9編成も離脱し、先頭車の70-090・099がJR九州に譲渡。

かたや71-000形が3編成目が入線しているので、3本目の離脱もそろそろだろうか。

臨海界隈も世代交代が活発になり始めている。

 

この日、埼京線40周年記念ラッピングのハエ117編成は、板橋側線でお昼寝中だった。

相鉄線にも直通するため、なかなか運用している場面に遭遇できない。

そのあたり、りんかい線車両は運用が固定されている分捉えやすい。

ダイヤが乱れてしまうとこの限りではないけども。

 

板橋、最近ほんのちょっとだけ身近になりつつある。

先月は、都営フェスタに行く際に初めて新板橋駅への乗り換え目的で利用した。

それにしても、かつて近くのライブハウスに行った頃とはだいぶ駅も変化したなと。

 

そして、赤羽に到着。

ふと左手に視線を移すと…

 

70-000形同士の並び…が、


絶妙な立ち位置に頭を抱える。


なかなか上手いことはいかぬもの。

でもそれが駅。公共施設。

そこで間違っても、そこどいてとか罵声とか発してはいけないのである。

 

並びは不完全燃焼だったが、とりあえず上り電車を改めて撮ることで妥協。

こちらはZ3編成だった。

 

ドア閉扉、発車までを見送って、赤羽での撮影を終了。

もちろんこれだけにはとどまらず、さらに埼京線単独区間に向けて記録に進むことになる。