たいちょ〜の心のつぶやき 第2章

たいちょ〜の心のつぶやき 第2章

『縁は、連結する』鉄道など交通を中心に興味の赴くままに、日々呟き語るブログ。
※最近すっかり鉄道ルポタージュ化してますが、言いたいことを素直に言うという意味でブログタイトルは変えてません。
その時限りも大事だけど、できる限り日常を大事に。

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恩田での記録開拓、さらに南へ


恩田駅界隈での撮影は続く。

今度は駅を挟んで南側、長津田方面に向けて歩き始めた。

列車と違い、駅横の道は坂にさしかかる。

すると、大きな建物の先に懐かしい車両たちが!

2020年5月に引退した、デハ8506・8606である。


この2両は東急テクノシステムに譲渡され、研修用途に利用されている。


側面方向幕は「東急テクノシステム」に差し替えられているが…

それ以外は、現役最終期のまま残されている。


自力走行のできない無架線区域にあるが、オールステンレスゆえか良好な状態を維持。


懐かしい姿そのままに、界隈の行方を見守っている。


とそこに、8637Fが入線。


この臨時運転では、およそ10分に一回、ここで両者の並びが見られたのであった。

車内から眺める以外は、この側道から遠目に眺めるしかなかったが…

それでも、引退から3年余り経ってようやくの胸熱な光景だった。


ほんの数年前まで、ごく日常だった光景。

自分は比較的短めに切り上げたが、たまにしか乗らない人にはきっと貴重な時間だっただろう。

そして、さらに日常的な記録を大事にしていこうと肝に銘ずることとなった。


ところで、もう1両残された8500系の行方はいかに?


そして、Y000系もしっかりと。


そもそもが、こどもの国線でしか走らない貴重な車両。


その走りを追うべく、更に…




車両工場南側の踏切へ。

ここから長津田方面側は、撮影の名所になっている。

どうにか位置を確保して、まずY000系でイメージを固める。



続けて、8637Fを!


踏切を走り抜ける光景も、東急・メトロ線内では

珍しいものだった。


それだけに、東武線内に直通していった時には大層驚いたものだったが。

それも約20年、乗り入れ運用の第一線で走り続けたことも。

8606Fを始め数編成「サークルK」もいたが、この8637Fを含めて東武伊勢崎線内の複々線の区間を

東武特急らに伍して爆音で駆け抜けていた頃が、今となっては懐かしい。


4両に短くはなったが、その風格はこれっぽっちも薄れちゃいない。


この向きで見直すと、尚更!


これが、かつての全盛期の側面帯なしの原型態!

パンタグラフも菱形のままの、胸熱な動態保存のあるべきスタイルである。

これを残し走らせてくれている、東急電鉄の英断に感謝したいもの!

恩を仇で返すような愚行など、あってはならないのである。

早い夏、水分補給しつつ新たな動きへ


今回、初めて降りた恩田駅。

2000(平成12)年3月29日、通勤線化の際に開業。

駅設備は第三種鉄道事業者の横浜高速鉄道が所有する無人駅である。

周辺にコンビニなどはなく、自販機で飲料を確保して補給しながら徒歩移動を開始。


夏のような日差しに辟易しながら、線路沿いにこどもの国方面に少し歩くと…

撮り鉄が多く固まるポイントがあり、その少し後ろに陣取ることにした。

インカーブで編成が収まる好位置である。

前日の雨でぬかるんでいた足元の土に足を取られ、滑りかけたハプニングはあったが…

穏やかに待つこと、少し。


少しズームしてもよし、


引いてもよし!


やはり、人が居る場所では一度は試しておきたいのが人情ってものか。

天気が良かったから、それはなおのこと感じた一閃であった。


ただ、後追いは人の重なりと生い茂る草に阻まれ失敗。


ちょっと速足で駅に停車しているところを撮ったが、意外にすぐ発車して断念。


そしてまたさらにこどもの国方面に歩いて、今度はY000系を。


うしとひつじの重連も貴重だから、もうちょっと力を入れても良さそうなものだが…

8500系を撮った後は、パワーの回復に少し時間が掛かる。


そして、パワーチャージしてまた8500系。


かつての西武鉄道西武園線と違って、違う列車を1本(2回)挟むのでイメージも作りやすい。

あとは、いかにテンションをそこそこに持続できるかがキーになりそうだ。


乗り入れ先だった東武鉄道走行エリア内でも無かった、単線のローカルな風景。

令和のこの時代になって、こんな走りが見られるようになるとは思いもしなかった。


もっと深く、なんならこどもの国駅まで歩いても良かったかと思ったが…

思ったより気温が上がり(約27℃!)この先の予定を考えたら過度な体力消耗は避けたかった。

(この後、下北沢で朗読劇の観劇が控えていた)

それもあり、一旦恩田駅に戻る。


ということで、今度は恩田駅到着から発車までを記録。


もっとも、駅を絡めて撮れるのはこどもの国方面の東側のみ。

またこちらからは恩田駅に入ることはできず、こどもの国側の踏切に迂回する必要がある。


側線には、東急電鉄の入出場車両がやってくる。

場合によっては、他社向けの車両も?

今まで気にしてこなかった分、今後は気にする機会もできてくるだろうか??

さて、久しぶりの8500系に乗って、これまた久しぶりのこどもの国駅へ。
それにしても、ここまで人で賑わっているこどもの国駅に降りたのは今回が初めてであった。

ゴールデンウィークというのもあって、駅横の駐車場は満車状態。

電車の利用が増加するのも織り込み済みではあるが、それにしてもであった。


改札外に出ても、いつもと違う雰囲気。

ここまで電車に向けてカメラが向けられている光景は、自分としては初めてのことであった。


かつては多客期に本線から8000系や9000系が応援に入ったと聞いていたが、全く興味なくスルー。

しかもその頃は恩田駅はなく、全線1列車しか運用できないゆえの措置だった。

もう四半世紀以上前になった通勤線化により、輸送力は倍近くに増大している。


現在のホーム屋根は、2015年に整備。

その前年、2014年2月の大雪により倒壊したことによる再建である。


2014年の大雪のような積雪は近年見られないが、猛暑の際の日陰凌ぎにも良い効果があろうか。

こうした部分の整備の手厚さは、東急ならではというところ。


ただし屋根が架けられた部分は、20m車およそ2両分のみ。

それ以外の長津田方は通常柵で閉鎖されており、今回の運転に際して久しぶりの開放となった。


それもあり、発車に際しては慎重な確認作業を要した。


それは恩田駅においても同様であり、そのことが若干遅延傾向を生んでいたようである。

他の運転日は結局再訪しなかったからわからぬが、東急サイドも慎重を期していたのが窺えた。


とにかく自分は8500系を含めた東急電鉄の入出場は撮ったことがなかったので、一々新鮮な光景を

このこどもの国線で都度撮っていくこととなっていった。

最初は1往復程度で済ませようとしていたが、次に向かう時間の余裕、さらに天気の良さも相まって

少しずつ出来得る記録アプローチを増やしていくこととなる。


そしてそれは、早々に駅内での撮影に見切りをつける、ということでもあった。


それでなくても東急線内は年々撮りづらさを増しているが、それはここでもまた同じであった。


それでも他線に比べれば、ではあるのだが、その多少のやりづらさが外にアンテナを伸ばす要因に。


特に多少なりとも不完全燃焼だった3年前の引退の頃を思い返し、次の一歩へ動き出す。


幸いにして、復活運転が始まった時のような不安要素はこの頃には消えていた。


水分を適時摂りながら、新たな記録に一歩踏み出していく。

夏を先取り!
さて、ものすごく久しぶりなこどもの国線。
とにかく、周囲に用事なんてものがほとんど無いのである。
いったいいつぶりだろうと振り返ってみたら、たぶんこれの取材の時。
通勤線化されて四半世紀余になるが、あまり沿線風景は変わっていない。

しかし、長津田駅の7番ホームは屋根が延伸されたり、すっかり様相が改まっている。



通勤線化で運転時間、本数は大幅に増加したが、今回はそこからさらに日中に増発。

9〜11分間隔と微妙な時間間隔ではあるが、“おおよそ10分間隔”と捉えて差し支えない。


今回は8500系が4扉車であることから、ホームの乗車口も追加で貼られていた。


ホームドア設置が進んだ東急各線に比べて、こどもの国線は未だ未着手。

運転速度が低いため今後もどうなるかわからないが、撮り鉄の動きには神経を尖らせる。

朝のデマ騒ぎはあったが、実際トラブルがあった場合には運転中止の可能性にも言及されていたから

そのあたり、水面下では東急側も良識ある撮り鉄側もピリピリしていたように感じられた。


またこの昼前、あれやこれや喚くクレーマーが出没したと聞こえていたから尚更だった。


この日3回目の長津田迎撃、7番ホームに立つとまた違う緊張感に気持ちが張り詰めた。

そのあたり、かつて身を置いていた所に絡む“職業病”が表に湧き出てくる癖が未だに抜けない。


それでも、とりあえずは少し遅れ気味ではあるものの順調に推移していた。

13:03、到着からおよそ1時間にしてようやく動き出した。


田園都市線での最後の時期は朝ラッシュ時の運用ばかりで、しかも撮り鉄トラブルも多かったりして

かなりうやむやな中でいつの間にか引退した、という印象だった。

たぶん、まともに乗ったのも2022年の夏が最後だったような気がする。


それでも、東急電鉄は8500系を動態保存車とした。

技術伝承という社内での狙いもあるが、東急電鉄は基本ファンサービスには理解のある会社である。


さて、実際にフルノッチで過去を彷彿とさせる高速走行できる区間はほぼない。

そのあたり、散々界隈で乗り慣れてきた身からすると少し寂しくはある。


そんな中、恩田に到着。

沿線の長津田車両工場には、入場中の6020系が。


通勤線化の見返りもあって新設された恩田駅。

この日はここで定期電車と臨時交換となる。


「うし電車」との交換さがまたシュールに見える。

並びの撮影は後刻に。


そして、多くのカメラの出迎えを受けて、終点へ!

今年のGWは、どちらかというとエンタメ重視でスケジュールを組んで動いていた。
それでも、諸々の事情でやむなく行けなかった場所もあったけれども。

そんな中、東急電鉄からビックニュースが!

8500系、復活!

3年前に引退したものの、惜しむ声に応えて登場当時の4両編成で動態保存。
そして5月2〜6日、一般営業の臨時増便としてこどもの国線で運行されたのである。
近年はどこもツアーなど高額な有料イベントが設定される傾向が顕著だったところに、普通乗車券を
所持さえしていれば乗れる一般臨時列車はなかなかに珍しい機会。
しかも、朝8時台から17時頃まで概ね20分間隔というのも、実に動きやすかった。
特に運転期間の前半は天候に恵まれたこともあり、結構な人出となった。

自分もスケジュールを吟味したところ、2日夕刻に下北沢に朗読劇を観に行くことを決めていたため
それまでであれば、こどもの国線に赴く時間が取れる。
というか、それしかまとまった時間を取るのが既に困難だった。
それまでの疲労や、臨時運転前にXで散見されたデマに気を揉んだけれども、無事に走り始めた旨の
確定情報を正式に確認してから、正午に長津田駅に辿り着いた。


既に結構な撮影の人出はあったが、引退前と比べると(遭遇機会が比較的多いゆえか)穏やか目。

まずは6番線側で主役の登場を待ってみる。


まずやってきたのは…


こどもの国線専属の横浜高速鉄道Y000系、であるが。


8500系に合わせて4両編成に増結、となったが…

当線名物として定着した「うしでんしゃ」と「ひつじでんしゃ」が併結して共演!

小さな子供を連れた人たちは、こちらを目的に乗る選択肢もあったようである。


そして、12:22。


再会!


渋谷方デハ8637は、現役最末期の青帯。

同時に海側も青帯を維持したが、もちろん広告類は全て撤去。


異彩は、中央林間・こどもの国側のデハ8537の前面は赤帯を復元、山側は無装飾となった。

従って、角度により前面赤帯+側面青帯の新形態となっている。


しかし、10分間隔で余裕があるかと思われたが結構スレスレ、もしくは若干遅延を生ずる場面が。

さまざまな要因はあろうが、臨時運転ゆえの不慣れやら諸々原因が混ざるのだろう。


それでも、かつてのエースがこうして返り咲いたのは万感胸に迫るものがある。


まずは一回、見送り…


渋谷方に歩き、再迎撃。


こうした一般営業運転でありがたいのは、客足が程よく分散すること。

GWということもありいつもより多いものの、集中してカオスになることは少なくとも滞在時間中は

見られなかったかなと、記憶に残る限りはそんな印象である。


その穏やかさもあり、折り返し時間は相当短かったもののさまざまなアングルを実行できた。


運転区間の短さも、また効率良い路線・車両巡りに一役買った。
まだ長津田から動けないが、今の姿を存分に収めるためにはいいスタートとなっている。

2026年、台風は来たが、まだ梅雨入りしていない関東地方。

今年も、西武鉄道最大のイベントの季節がやってきた。


…というくだりで、昨日は始まった。


そして、そうなると今年も走る。

ただ、こちらも年々実施規模は縮小気味になってきている。

しかも今回は変則的で、往路が池袋発、復路が小平行きというものになった。

また昨年来いくつかツアーが催行されているからか、催行こそされたものの参加者は少なめ。

前記事に書いた通りサステナ車両に対しての忌避感も露わになっているから、諸々気難しく感じる。

ただ自分は、そもそも元形式の小田急8000形が好きなので今回も記録に巡った。


…まずは、送り込み回送を狙おうと秋津へ。

結論から言うと、狙いは間違ってはいなかった。

課題として残ったのは、絶妙な時間按配である。

それも朝一に池袋線内にダイヤ乱れ案件があったため、ごく微妙に感覚が狂っていた。

‼️


秋津駅西方の、かつて10000系や9000系などを撮っていた踏切。

上りに回送が接近したところで下り快速が来てしまい、後追いをギリギリ記録するのみに終わる。

これだったら、一瞬考えた秋津駅上りホームに入場してからでも良かったか。


そのミスもあり、これ以上の送り込み回送の深追いをやめた。
ツアー列車のセオリーとして、池袋で多くは特急ホームと繋がる7番線への発着がある。
定期特急の発着がない時間を縫って、7番線で客扱いを行う。
それに伴って、東長崎で長めの待避を取り7番線が空くのを待つのである。

実際東長崎で待避はあり、事前のツアー受付スケジュールに鑑みて考えていた池袋駅での発車時間は
思いの外遅かったから、後から考えれば東長崎、さらには椎名町あたりで撮れたかもしれなかったが
結局は回避とし、以前から候補地を考えていた場所で腰を据えて狙った。


大泉学園、である。


これまた思いの外肌寒く、半袖で出てきたことを後悔しかけたがほぼイメージ通りに迎撃。


これをもって、往路のツアー列車の撮影は終了。

以前のような小手指や入間市、はては仏子で待避もあるかと思ったが結構速い走り。

飯能でのスイッチバックすら間に合わなかった。

おまけに、積み残しが出るほどの普通電車大混雑で西武秩父線は遅延傾向となっていく。


さて、復路。

昨年は疲労から回避していたのと、友人たちを早くに高麗、飯能で見送ったので、そのまま飯能駅で

少し待ってみて、どこに入線するのかと思っていたら…

入ったのは1番線横の電留線、であった。


かつてはE851形牽引貨物の機回し線として使われていた線路。


去年秋の西武秩父行きツアーの時は撮れなかったが、今回はゆったり記録できた。


と、思ったよりもゆっくりだったので、先回り。


午後過ぎてから急に晴れてきたし、体力温存も兼ねて移動。


続けて向かったのは…元加治。


思っていた以上に晴れて、暑さが増した上に逆光になったのは誤算だったが…

そんなに撮影者も膨れ上がらなかったので、概ね理想通りの迎撃。


そして、今度はなんと入間市駅の上り副本線で待避。

確かに事前のざっくり行程を見てもダイヤに余裕があるなと感じてはいたが、ここでとは。


ちなみに昨年は、下り2番線で待避していたり。


そして、ここから新宿線、小平に向けて帰るとなると。

所沢駅上り2番、逆線進入!


定期電車の合間を縫っての到着。


およそ3分ほどの停車を経て、すぐに発車。


最高速度105km/hの束の間のフルパワーをもって、この日のツアーを全て終了。

それで別に不満もない、そんなつもりだった。


小平に追ってみると、西武新宿方の引上線に既に入線。

このまま玉川上水に回送されて、全て終わり…


と思っていたら?!


なんと、引上線から2番線に直接入線!


そしてここで、ツアー参加者全下車!!


拝島線内運用などで3→1番線の折り返しは見てきたが、2番線入線は初!

最後の最後にレアシーンをぶちかまして、本当にツアーを終えた。


そしてそのまま、南入曽へ。

小田急電鉄側の廃車計画の事情か、2編成目以降の導入計画が進まない。

事前の計画概況を見るとまだ余裕があるはずだが、なぜ周囲はこうも不安を煽りたいのか。

それがこれまでの西武鉄道の黄色い電車のイメージとは違うから…とか言う人もちょいちょい居るが

イメージなんてものは、時代で必ず変わりゆくもの。

もちろん阪急とか頑ななところもあるが、西武なんかこれまで結構短期間で変化している会社。

6000系初導入から34年、30000系初導入からももう18年が経っている。

可笑しな煽りを一笑に付し、もうしばらく鷹揚に見守る心構えでいたいと思う。


…そして、そんな時代で変わりゆくもの、西武鉄道ではさらに控えているものがある。

ここのところ、臨時列車として動きが活発だったものは…

2026年、台風は来たが、まだ梅雨入りしていない関東地方。

今年も、西武鉄道最大のイベントの季節がやってきた。


去年はサステナ車両の第一弾・8000系がデビュー。

そして今年は、間もなく東急9000系改め7000系がデビューする。


今年もフリー入場となり、朝から人出は結構なものに。

そんな中で、往路の西武秩父線、定期電車が4000系4両編成しか入っていなかった。

そりゃラッシュのようなギュウギュウ詰めになるわなと。

開催時間帯には30000系「昭和100年トレイン」による臨時電車が飯能〜高麗間に運転されたものの

4000系定期電車の増結は結局今年は無く、さらに輸送量が減った点は気掛かりのひとつめ。

特にラッシュ慣れしていない子供連れの家族には、さぞかし苦行だっただろう。

乗った電車でも結構な子供の泣き声が響き、中には乗車を諦める人も見られたのである。


さて会場内は、今年もステージイベントは無し。

それは個人的には別にいいのだけども、年々展示や出店は減ってきてしまっている。


ただその分、機器類の展示はグレードアップしてきている。

屋根から床下まで、細かい部分のマニアックぶりは増しているような印象を受けた。


だがしかし、目玉のひとつであったAK-3形コンプレッサーの動作実演は今年は


担当者不在


のためお休みとのことで、音鉄の皆様方は軒並み残念がっていた。


そして車両展示は「52席の至福」と7000系7106F。


既に狭山線などで乗務員訓練も始まっているし、自分としては急速に見慣れつつある。

また、8000系でもそうであるが、どうもサステナ車両に対して否定的な人が多いらしい。

それもあってか、車両展示の行列は開始時しばらくを除いて解消状態だった。


また、8000系はツアーとして午前と午後に運転。

午前は池袋発、午後は小平行きとなった。

両系列の並びを期待したかったが、それは当面先への夢の続きに。


また停車位置も半端で、午後のツアー発車までの留置中に編成撮影もできなかった。

相変わらずのメイン撮影会場所のポジションの気難しさといい、これはどうしたことだろう?


さて西武バスからは、3月から営業運転されているA6-23号車「きいろいバス」が展示参加。

小平営業所の所属車だが、未だに立川駅や国分寺界隈で見たことがない。


車内のシートモケットも新101系や2000系更新車と同じものに交換。

小田急マテリアル統一モケットに似ているせいか、意外に違和感はないのだね。

また外板側面の車両番号も更新車風プレートにされているのが目新しい。


ところで今回、駅掲示ポスターや会場配布のプログラム等紙媒体がほとんど姿を消した。

AI制作のポスターは少数あったものの、そのあたりも西武にも時代の波が押し寄せ始めたか。

そんな中で、今回も恒例のネタKY活動表が比較的ひっそりと2ヶ所に置かれていた。


そして整備車両の目玉は、改造中の元東急クハ9112(らしい)

記念写真撮影コーナーとして、後に出すクハ2050と共に展示。

帯や銘板類はほとんどが外され、側面はドアの半自動ボタンが設置工事中であった。

そのドアには「九品仏ステッカー」も撤去されないまま残されていた。


かたや車内はほぼもぬけの殻。

半自動ドアの配線を引きつつ徹底的に修繕しているようである。


それだけは良かったのだが、前面に西武車両の方向幕やLEDを仮設したのは粋だったのか?

無理矢理な後付け感が拭えず、実にアンバランスな様相を呈していたのは気掛かりの二つめ。

そんなことをするなら、逆に外したままでいいのに、とも。


また横のクハ2050にも、方向幕を取り付け。

こちらはもともと2000系のものだったか、違和感が全くない。


車体はパテで平滑にされているところ。

その整備ぶりから、まだもうしばらくは使われる意志が見えてくる。


そして台車入れ実演は、4000系4021Fのクハ4022が充てられた。

つい先日4023Fが廃車回送されたばかりであるが、こちらももう少し継続使用の光明も見えた。


ただこれ以外の同時入場しているはずの編成の車両は、特修エリアに固められ隔離された様子。

こうした検査車両の展示も、以前に比べると大幅に減ってしまっているのは残念であった。

それが気掛かりの三つめ、というところ。


また今回、検修場全体では「携帯の電波の悪さ」がかなり切実な問題に。

西武鉄道の方も把握していたようだが、とにかく電話やネットが繋がらないのは大きな問題。

もとより山間部の立地であり、そもそものエリア上仕方ない部分があるにせよ、来場者アンケートを

募ってその特典にノベルティを配布しようとしても、ネットが繋がらないのでは意味がない。

自分も何度かトライしたが結局繋がらず諦めた次第で、それなら入場時配布に戻した方が良い。

また個人的には、友達との連絡に難儀どころか、全く用をなさなかったのである。


あとは、相変わらずのグッズ販売の待ち時間の長さ。

今日は比較的に検修場内が涼しく保たれていたからまだ良かったものの、やはり時期的には熱中症の

リスクは見過ごせないものがあるので、どうにか改善できぬものかと毎回思うのである。

今回も東急とのコラボグッズ目当てに並んだが、一通り見た後だからまだ良かったものの、それでも

約1時間並んだのには、アラフィフの身体はやっぱり疲れてしまったのだった。


それは撮影会の方もそうで、今回は行列時に庫内の日陰に誘導していたから比較的楽に待てたものの

ここのところの気候変化に対応して、細々と変えていくものが増えてきているように感じた。


それでなくとも、幾ら無料イベントとはいえ“退化”と受け取られてしまうのは西武鉄道側としても

またいち西武ファンとしても本意ではなく、各所に示された忌憚なき意見に対して真摯に向き合って

また次回以降の改善に、そして発展に並々ならぬ期待を寄せていきたい。


今日は高麗駅下車時をはじめ、鉄道関係で多くの縁との再会が。

半ば定期的な縁もあるし、かなり久しぶりな再会も。


取材に来ていた豊岡真澄ちゃんにも。


ただ、それも電波の悪さに左右されてしまうのが如何にも現代ならではで歯痒くもあるけど。

それでも、その縁のおかげで楽しめた部分も多々あるのは否定できない事実。

それはこれからも、可能な限り大切にしていきたいものである。

4月の終わり、少しの機会を見逃さぬ


志木駅で折り返し留置中の東武90000系試運転を眺めていると、留置1番線の10030系が動き出す。

パンタグラフが上がり電源が入って、ドア開閉など点検も進み…


いざ、引上線へ!


今度は引上線で折り返して上り線に入っていく。

旧態依然の入換はなかなか大変だが、それもまた東武東上線なりの味わいとしておこうか。


そしてまた、90000系の編成全体が眺められるようになった。


今回はそんなに情報が出回っていなかったからか、比較的大人しめに推移したようである。

こちらも情報管理には気をつけていたし、理想に近い巡りができたからホッとした。


そして、時間の余裕を見てもう少し並びの記録。


個人的に熱くなるのは、9000系と並ぶ時。

トータル45年越しの世代交代が、いよいよ目前である。


今年の夏は、さてどれくらい東上線に通えるだろうか?

思っているほど、行っている暇が取れなさそうなだけにこれまでの積み重ねが重要になってくる。


よくよくあまり乗れていない、50090系にも。

ことに、TJライナーに乗る機会がまったくない。


そしてこの日は、また先行を仕掛け…


再び、柳瀬川へ。


曇っていたから、もう下手に冒険をしなかった。


柳瀬川の池袋方は、島式ホームながら少し狭く…

ビク付きながら、その時を待つ。


しばらくして…


…なかなか来ない。


以前の若葉駅でのように、ブレーキ試験による一旦停車をやりつつの通過である。

人身事故が多いポイントゆえ、慎重なシミュレーションをしているのだろうか?


まぁおかげで、いくつもカットが撮れたけども。


あとは晴れた時に、改めて撮りたいね。

実はこちら側ではまだ撮っていない、9000系や10000系列と共に。


後追いも上手くいかず、課題を残して一連の試運転記録終了。

柳瀬川はホームドアの整備もまだ先のようだし、早いうちに再訪を考えたい。


…そしてGW後半。

今年のGWは、乗り入れで縁がある先が賑やかだったよね〜な話が待っている。

アンテナを広く張っていると、見えるものが多いね。

まだまだ追って追いかけられて、な痺れる日々が続くアラフィフである。

4月30日、巡り巡ってみずほ台に辿り着くまで。


この日、時間は既に15時をとうに回っていたが。

そうまでしても東武東上線に行ったのは、まだコイツが走っている情報を捉えていたからだった。

東武90000系91001F、試運転である。


相変わらずの曇り空でピント合わせに苦労したけども、まずはみずほ台で一閃。

とりあえずは1往復だけでも、と動いて正解だった。


ただ、それ以外は若干チグハグな動きになっていく。


だんだん、カメラロールを見直してみて


この時にこの撮影順、どうしてこうなった?


みたいか記憶のズレが見えてくる。

ただ発車に間に合わなかっただけだったんだろうか?


でも、10000系への愛着はしっかりある。

未更新時代の伊勢崎線でほとんど撮らなかっただけに、なおのこと写欲が高まる。


志木に戻ってきた時も、下り上りと立て続けに10000系が。


そんな中で、

一旦引き上げ線に回送されていた90000系の入換を、満を持して見る。


試運転の流れとはいえ、構内で2回も方向転換して電留線に入っていくのは珍しい。

今回の東武東上線では、志木駅でこの走りが都度見られたのであった。


ただ、3回目は電留1番線に10030系の姿があった。


これもあり編成全体は最初のうちは眺められなかったが…

前回訪問時にちゃんと全体を眺められているから、これはこれで良い。


ここで、下り列車との3編成並びのバリエーションをいくつか撮っていく。

時代の流れで、ホームドアが設置されて綺麗には撮れなくなってきているが。


続けて30000系。

現時点で、50000系列と同じくらい写欲がないw


そうしている間にも、上りにも気になる編成が入ってくる。

最初に乗った9152Fが早々と戻ってきたり。


そして、10030系方向幕車も。


ATC搭載、簡易10両固定化による運転台撤去など変化はあるが、排障器は取り付けられていない。

絶妙な原型感が残るのが、東武東上線内では10000系共々異彩でマニア心をくすぐる。

4月後半、俄かに熱気が高まっていた東武東上線界隈。


4月30日。

西武狭山線に行ってはみたが、訓練運転の7000系は入庫してしまったので…


そのまま(?)東武東上線に行ってみると。

どうしたことか、朝霞台駅に上りで立て続けに10000系がやってきた。

いきなり急行池袋行きで11005Fがやってきて…


次の準急が、11006F。


ちょっと停車時間があったからと、池袋方に回り…


10030系との並びも押さえたりなんかしたら、


また来るんかい!笑


到着してから、なんと10分ほどで3本一気。

走らない時は全然なのに、この日はどうした?


とはいえ、この日は10000系を狙うんじゃなかった。

吸い寄せられそうな気持ちをスパッと切り替えて、下り電車で移動。

もちろん、その道すがらには9000(9050)系を押さえてみたり。


9050系の遭遇率は、意外に高い。


この日はアルナ工機製の9152Fに乗車。

東急車輌もそうだが、この30年ほどの鉄道車両メーカーの変遷は思いの外に激しかった。

アルナ工機はアルナ車両へ、新潟鐵工所は新潟トランシスへ、東急車輌はJ-TRECへ。

川崎重工業は川崎車両に改称、富士重工業と武庫川車両工業、大榮車輌は撤退となった。


いよいよ置き換え間近の9000・9050系。

この日は柳瀬川まで短区間乗車。

なかなか直通区間も含めてフル乗車とはいかぬのが、乗り鉄としては悩みどころではある。


それにしても、ほんの数年前まではあまり興味が湧かなかったものだが。

そもそも足を運ぶ頻度からして、ここ30年で比べては爆増している。


そして、柳瀬川駅上り線を走ってきた9000系9105Fを迎撃。

このあたりの撮影は、10000系の頃の経験則を再用している。


昭和末期を彷彿とさせる鉄道風景も、どんどん希少になっていく。

コルゲートのついたステンレス製車体を見る機会も、これからはより大事に。


そして、車掌のいる風景も変化が始まっている。

ワンマン運転化でそもそもいなくなる以外に、夏の猛暑化で制帽を省略する事例が。

制服もポロシャツなど軽装を採用する会社も出始め、昭和世代には風格・威厳が低下してきたとか

言い出しそうな情勢の変化が進んでいるのも、また気掛かりである。


そんなことで憂わないうちに、動ける範囲でしっかり動いておくことは大事だ。

そのことが近年、特に今年は、より深い動きを仕掛けられるようになってきている。



そんな思考回路が折々に動く癖がすっかりついたからか、動きを仕掛けるのも早くなってきている。

矢継ぎ早に見切りをつけつつ、まず落ち着いたのはみずほ台。

相変わらずの曇り空が誤算ではあったが、まずここで一閃仕掛けていく。