たいちょ〜の心のつぶやき 第2章

たいちょ〜の心のつぶやき 第2章

『縁は、連結する』鉄道など交通を中心に興味の赴くままに、日々呟き語るブログ。
※最近すっかり鉄道ルポタージュ化してますが、言いたいことを素直に言うという意味でブログタイトルは変えてません。
その時限りも大事だけど、できる限り日常を大事に。

毎度、当ブログをご覧いただきありがとうございます。


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無断での使用はいっさいご遠慮願います


そういや昨年の秋は、ずいぶん記念乗車券づいてたような。

どこの会社も、いざ記念モノを出す時って時期が偏る傾向があったりするよね。

その傾向に気づいちゃうと、コレクター心が疼く反面折れかける場面も多々見受けられる。


予算オーバーになっちゃうじゃん!


って財布の中身を気にせずっていう境遇には、未だ程遠い寂しい実情。


2025年11月8日土曜日。

7000系復刻帯の記念乗車券から2週間ちょっと。

また京王電鉄は次なる一手を出してきた。


競馬場線開業70周年


とか。

んと、開業(1955年)4月29日じゃなかった??

というツッコミはナンセンスなのかしら?

とりあえず、買っちゃう。

6000系末期の頃に沿線くまなく撮り歩いたし、まぁ思い入れはあるほうだけども。

(ただし馬券は買ったことがない)


そして、この日も記録に歩き出す。


まずは西調布で、臙脂帯を一閃。

といったところで、不意に思い出した。


なんか調布市制70周年に、京王電鉄乗っかってなかった?


という。

それで駅に聞いてみたら、


今は調布にだけ残っている…


との由。

またちょうど、ヘッドマーク付きの8000系来たし。


てことで、

あった。


表紙、渋過ぎでしょうよ。

調布市、個人的にはたまに仕事行ったくらいしかない。
もしくは、狛江市内の仕事帰りにバスでごくたまに出ていくくらいとか。
付き合い関係も本当皆無に等しいし。

ただ、それがあったからなのか、地下化工事前後には折々に移り変わりを記録していたけれど。


さて、この日次に行ってみたのは若葉台。

実は調布よりも若葉台の方が、ほんのちょっとだけ縁があったりする。

約30年前に初訪問した時には、駅前には京王線の車両基地・工場以外何にも無かったが…

時を経てすっかり開発され、様相が一新している。


ここにわざわざ降りたのは、新2000系の試運転が始まったのを小耳に挟んだからだったのだが…


動きそうにないなこりゃ。


そうと分かれば、即踵を返して。


また臙脂帯の7000系を捕まえて、調布から乗っていく。


結局、笹塚まで乗っていって…


見送ってみて、


さてどうしますかね。


高尾山トレインも半端に見送って、また少し戻る。


今度は八幡山。


1面4線の狭いホームで、臙脂帯の通過を迎撃。


ちょうど来たのが7727Fで、一瞬のコルゲートの並びが実現。

どちらも旧番号ではないが、それはこの際どうでもいい。


そして、新宿まで乗って記録終了。

この日の井の頭線は井の頭公園駅高架下の火災で麻痺状態だったため、予定を大幅に変更した。

結果的にはこの日はそれが功を奏したが、その先のスタンスには頭を悩ませていくことになる。

平たく考えれば、ここのところは一番見る対象が多い時期になっている。
しかも、1形式が数社に乗り入れる運用があることも珍しくなくなった。
そのあたり、ずいぶん時代が変わったものだなと実感する今日この頃である。

りんかい線続き。

 

2025年11月1日土曜日、与野本町駅

今だから書けるが、この日は埼玉県内の県立高校の文化祭に手伝いに行った日。

かねてから懇意にしている人からの依頼を受諾したのだった。

先日りんかい線の撮影を共にした友人も一緒だったので、迷いなく遂行したが。


その前後、埼京線の駅で乗降するついでにやっぱり70-000形の記録をしている。

この日は10月までと打って変わって、良好な天気でのスタートになった。

 

りんかい線70-000形は、編成総数で言えば埼京線の1/3程度。

運用によって時間帯にバラツキがあるものの、見るには困らない形式であった。

そのことが、これまでなかなか記録にうだつが上がらなかった要因でもあるが。

 

それでも、ほとんど高架区間の埼京線に青系の帯は良く似合っていた。

 

それと、りんかい線は地下鉄扱いの路線ではない事に注意。

京葉・武蔵野線と同様、大崎~東雲間を通常の"トンネル"として扱っている故だ。

そのことが埼京線E233系、新型71-000形と同じく前面を非貫通としている。

 

同、中浦和駅

そして仕事を終えて帰路、中浦和駅でも迎撃。

E5系との並走、そして追い越されるのも日常風景であった。

 

天気が良ければ、被写体映えは実に良い形式。

209系ベースとはいえ、しっかり個性はあった。

それでも、まさかJR東日本に譲渡される車両が出るとは想像もしなかったけど。

そして令和の時代になって、今度はJR九州に渡るなんて。

 

もっとも、ここのところの全国の譲渡車の動きはなかなかに奇異だ。

縁に左右されるとはいえ、予想の斜め上をいく成約も散見されている。

 

70-000形はいまのところ4両が九州に渡った。

さらに6両が譲渡される予定だが、さてどのような姿に変わるのだろうか?

 

この日は武蔵浦和まで短区間乗車し、武蔵野線に乗り換え帰宅の途についた。

と、いきなり前に誰?!と思ったが、これはこの日共に手伝っていた高校時代の同期。

現役の頃は互いに知らないでそのまま卒業したが、四半世紀後に再会したという稀有な縁である。

 

そんなことがありつつも、まだまだ70-000形は日々の生活に走り続ける。

 

11月15日土曜日、新宿駅

この日は都営フェスタのため、板橋経由で高島平へ。

『都営フェスタ2025 in 三田線』2年ぶりに、三田線で。『都営フェスタ2023 in三田線』本日、都営三田線志村車両検修場で都営フェスタ2023が開催された。割合、短区間の利用は折々にある三田…リンクameblo.jp

タッチの差で乗り換えに間に合わず、後ろ流しで見送ったという図。

新宿駅4番線の微妙な停車位置は、未だに慣れてはいない。

野球の守備で、後ろに逸らした球を見失ったような失態を犯したのである。

 

それでも、たまにすれ違うので前に居ると油断できない。

普段埼京線は乗る号車を問わないが、板橋駅の改札が大宮寄りしかなく下りは前寄りが必須故。

 

そして都営フェスタからの帰り、板橋駅北側の踏切へ。

うっかり発車の迎撃は間に合わなかったが…

 

後追いは、ギリギリ見送る。

今年はどこかで、また撮りに来よう。必ず。

 

この日購入した71-000形運行開始記念乗車券。

さぁ、本格的に世代交代の波へ。

11月3日、秋の入りの続き。


午前しか集中的に巡れなかった京王界隈の記録。

7000系記録としては二度目の、上北沢で下車。

1年と少し経つ間に、高架工事により周辺の雰囲気が少しずつ変わってきていた。


ここで改めて、7728F臙脂帯を迎撃!


かつてはいくらでも見る機会はあっただろうが、意外にもここで臙脂帯を撮るのは初。

1990年代は何故か、京王線界隈に足を運ぶ機会は中央線振替輸送時以外は皆無に近かった。


そのあたりの取り掛かりの遅さなども、最近の気持ちのズレと強ち無関係ではないかもしれない。

そもそも沿線に縁が皆無に近い東急、京急とはまた違う感覚の独特さがあった。


そんな気難しさに頭を悩ませながら、もう少し下ろうとすると…

8000系のトップナンバー、デハ8001。

こうした邂逅も、また楽しいことだったりする。

これを見て、京王稲田堤まで向かい…


改めて迎撃したのは、なんと都営新宿線10-300形10-450F!

わざわざ迎撃したのは、前面を飾っていたヘッドマークの存在だった。


しかも、本八幡側と橋本側でヘッドマークデザインが違う。


どういうことかというと、この10-300形は2005(平成17)年登場以来デビュー20周年!

それを記念して、現時点での10-300形最若番の10-450Fにヘッドマークが取り付けられていた。

なおこの取り付けは、昨年12月末をもってひっそりと終了している。


しかもこの初期顔で残るのは、10-450F含め4編成までに減少している。

10-000形の中間車を連結した10-300R形6編成と、370〜440F8両編成8本は既に廃車。

370〜440は平均17年、300R形(310〜360F)は僅か10年ほどの短命に終わっている。


JR東日本E231系をベースに設計された10-300形。

490Fからは前面デザインが一新され増備が継続しているが、この初期顔はまさかの風前の灯!

気がついたら遭遇率が減っており、ここからあの手この手で記録が増加していくことになる。


…うっかり京王多摩川で降りてしまい、ここで記録一区切り。


…ところで、井の頭線界隈も地味に動きが活発になり始めたことに気づいていくことになるが…


観劇合間、高円寺から下北沢への移動時間に。

新線新宿まで頑張って歩いて、新宿線内折り返しの10-450Fを再迎撃。


新線新宿もホームドア整備が終わり、すっかり様相が変化した。


京王新線側の引上線で折り返し、再入線。

ホーム1面のみで、発着は思いの外慌ただしい。


ほんの数分の停車時間で、ヘッドマークをようやくゆっくり見届けた。


高幡不動で遠目に見づらかったヘッドマーク、やっと全容を見届けられた。

この日はこれだけ見られれば、十分満足だった。


そして夕日に苦心しながら、臙脂帯など今の京王線の姿を記録する。


晴れ過ぎるとギラつくのも、ステンレス車の悩み。

そして個性。

そんな気難しさにもすっかり慣れ、その限られた表現範囲をどう活かすか。

それを突き詰めるにつれて出てくる難題も含め、これから頭を悩ませることになってくる。

それは他社局とて同じなのだが、こと京王界隈はまた違う感覚に襲われることが多々…

この秋冬は、そのあたりに真摯に向き合いつつ葛藤する機会が増えていくことになる(現在進行)

それは、夏の終わりから始まった。

夏の終わり、ふと目を向けていた京王電鉄。

その勢いが増すのには、本格的な秋の入りを待たねばならなかった。


7000系、臙脂帯復活を待って。


それを踏まえて記録を重ね始めたが、看過ならないことも次第に見えてきて…


11月3日続き。

この日は午後から観劇予定を2本組み込んでいたため、午前中のみの記録巡行だった。

ただ、7000系7728Fの動きを睨みながらのノープランだったため、随分と記録が迷走していた。

高幡不動で8000系(調布市制70周年記念ヘッドマーク)を撮ったのは、寝過ごしたからかな?


そして、8713F高尾山トレインを見かけ、また戻る。

実はこの8713F、音鉄的には未更新のGTO-VVVFのままで注目度が高いそうで。

確かにデハに乗ると、すっかり珍しく懐かしくなった変調音を聴くことができる。


そして、また府中に戻る。

少しだけ待って…


上りホーム先端で、7728F再迎撃。

約15年前、6000系最後の廃車回送を捉えた、拘りの場所である。


そして、今度は乗りながら移動。

車内は取り立てて変化もなく、ただ淡々と乗って…


停車駅で、それとなく外観を見る。


臙脂帯と共に、車両番号プレートが旧書体に復元。



会社名表記も「K.T.R.」が6000系リバイバル塗装編成以来およそ14年ぶりに復活した。


ただ、この編成というか京王電鉄線内でヘッドマーク付きなど所謂「ネタ編成」を撮るにあたっては
多少なりとも気持ちを強く保つのが困難になる場面に遭遇することが増えてくる。
それは、他の撮り鉄の行動云々もある以上に、京王電鉄という会社そのものに対して。


実は四半世紀前に関わった時期があった頃から、なんとなく感じていたことだったかもしれない。

その部分がチラチラ覗き見えることに、不安感よりも怒りを感じる場面が出始めていた。


さて、明大前まで来たところで、ふと見た都営新宿線10-300形の並び。

ただ並んでいるだけならそれで終わったのだが、下り電車の違和感を見逃さなかった。


なんかヘッドマークがついている!


さらに調べてみたら、京王多摩センターで折り返すことを掴んだためまた下ってみることに。


7000系7726F、初期のコルゲート車体を持つ編成でのんびり下る。


桜上水で、8000系8713F高尾山トレインに追い越される。

相変わらず、各停は特急とは真逆のゆったりっぷり。

次への思索を練りながら、またまた京王線を下っていく。

西武秩父で、珍客と戯れた雨降る秋。


2025年10月26日の昼下がり。

ずいぶん西武秩父で8000系を撮ってきたが、だんだんワンパターンに…

と思っていたところに、この日一番の注目ポイントがやってきた。


秩父鉄道のSL「パレオエクスプレス」との邂逅である。


12:25、御花畑駅を発車し駆け上がってきたところで、汽笛一声高らかにゆっくり通過。


互いに手を振り合い、ほっこりとした風景。


C58 363も、今年で復活してから38年になる。

JR線に出張したり、広瀬川原で脱線事故を起こして長期離脱したり、なかなか波瀾万丈であったが…


そういえば、西武秩父駅構内に入線したこともあった。見に行けてないけれど。

公式記録によると、2016年から2018年にかけて計15回運転があったらしい。

記念乗車券も何かのついでに買った割には、であるが。

ただ、本列車自体は少なくとも2回は乗っている。


「ちちぶ30号」が発車すると、1番ホームは閉鎖に。

8000系の編成撮影はできず、加えてよこぜ車両基地フェスタに寄る時間もなくなるため移動を決断。


と、次にやってきた12:39発は30000系31803Fによる周年記念トレイン。


12:33到着直後は、横瀬から流れてきたであろう人達も交錯してなかなかな賑わいになったが…


ちょっと経つと、すぐ閑散とした。


そして、素早く乗り込んで横瀬へ。

ちなみにこの周年トレインに会ったのは、この時のみ。

あとはどうなったか、車内がどんな感じだったかとかはまるでノーチェックのまま終わっている。


そして、横瀬車両基地に入り…


およそ30分後。

ツアー列車の帰路が横瀬を発車。

その場面を、車両基地会場内から捉えた。

構内にも通過のアナウンスが流れ、一気に注目が向く中を撮影。


保存展示車クハ2001・クモハ505(355)との並び。

スタッフがクモハ505の前に立ってしまったのは誤算だったが…

数年前には考えられなかった並びが、この時代に実現した。


ここで西武秩父線内では最後の撮影。


この後再度西武秩父駅に向かい、祭の湯のフードコートでランチの後「ちちぶ34号」で所沢へ。

さらに新宿線に乗り換えて…

本川越、ギリギリ間に合った。


ツアー列車はここで終点。

この直後、すぐに回送となった。


これで、この日の記録を完了。

そして、寒さもあり帰宅を急いだ。


本川越は、これから先大きな変化が待ち受けている。

昨日、駅ビルの本川越ペペが営業終了。

これに伴い、以前初代銀河鉄道999デザイン電車さよなら運転の時に待ち合わせで滞在した事もある

本川越駅の2階改札口も、昨日限りで役目を終えて閉鎖となった。

そして、10000系ニューレッドアローも撤退近し、との話が。

関連しているのか、構内改良工事に合わせて2・3番線頭端の特急券券売機も明日から移設となる。

変化の足音が高まってきた本川越駅界隈、これからどうなる?

久しぶりの追跡が、追い越しに変わり。

10月26日続き。

書いていて思い出したが、この日は入間市〜仏子間で線路内立入があり遅延が発生していた。

だから、西武秩父に向かうにあたりちょっと気持ちがピリピリもしていたと思う。

それでなくても雨で寒くて、また撮り鉄がなんかやらかしたの?と邪推しかけたりもしていた。


…そして、寒さから尿意まで引き起こし、やむを得ない事情も絡んで一度降りたのが

仏子だった。


当初は、ここの中線で待避するのかなとも踏んでいたが、意に反してあっさり通過。


また雨も強くなりはじめ、コーヒーを飲みながら後続に乗りさらに西へ。


飯能に着くと、側線に停車していた8103Fがすぐに動き出した。


側線は最近、東急9000系の武蔵丘入場時の牽引車両入換など使われる機会が増えてきている。

かつてはE851牽引の貨物列車・さよなら運転等でよく使われていたが、機回し線端は一部撤去。

最小限維持しておいたのは今となっては良かったのかなというところ。


そんな側線を発車し、ポイントを次々と渡って西武秩父方面へ。


ここで一度完全に見送り、移動を模索。


2・3番線では西武秩父行き4000系の増結作業が行われていたが、普通列車は時間がかかり過ぎ…


結局、こちらも少々遅れていたが「ちちぶ11号」に乗車することに。

少しゆっくりしながら西武秩父に向かう。

どうやら8103Fは、芦ヶ久保あたりでちょっとウトウトしている隙に追い抜いた模様。


…そうして11:50頃に到着し、待つことしばし。

11:58。

2・3番線にはそれなりに待っていた人がいたが、1番線には自分と確かもう1人のみ。

実におとなしい雰囲気で、西武秩父で8103Fを出迎えた。


西武秩父へは、昨年2月の試運転以来。

乗客を乗せての入線は、初めてのことであった。


西武8000系は、現時点では日常的にLaviewと並ぶ機会はない。


あっても、南入曽に回送された時に所沢で可能性があるかどうかである。

数年経って、東村山駅の高架化が完成して新宿線との直通が再開したら日常的になるかどうか?


これが4000系となると尚更で、現在の西武線では4000系が新宿線界隈に入らない限り見られない。

なかなか人の流れが途切れない中、苦心惨憺の末得られた並びのカットであった。


そんな希少な西武秩父でのシーンを、思い思いに収める。


幸いにして、西武秩父駅に8000系が留まる時間は長く設定されていた。


雨も弱くなり、十分希少なカットを収めて満足していたが…

さらにレアな場面は、この後に訪れることに。

2025年10月26日、日曜日。
この日、実はただ見に行ったわけではない。
実際は、新所沢〜西武秩父間で催行された8000系8103Fのツアー列車の撮影もしていた。

しかし、当日ブログに書いたように雨と寒さとで、その成果はイマイチだったみたいだ。
かつて2000系2007Fの時も天気は良くなかったが、その時はまだラストラン直前というのもあり
それなりにモチベーションは上がっていたが、まだまだこれからの形式は一段下がるのか?

いずれにせよ、なかなか苦心しながら記録に巡っていたらしく、段々記憶も薄らいでいる。
とりあえず、写真を出すだけ出して次へ!


9:35、南入曽車両基地から回送されてきた8103Fが新所沢駅4番線に入線。


6月の武蔵丘ツアーの時に比べ、新所沢駅ホームはホームドア設置に向けた工事が完了。

この時、ホームドアは2・3番線のみ設置・稼働済みだったが、4番線も時間の問題かな…

と思っていたら直後の10月29日未明に4番線設置し、11月19日稼働開始。

次いで1番線に12月1日未明に設置、同23日から稼働開始し整備を完了した模様である。


ただ、再デビューからこの時点でおよそ5ヶ月。

すっかり市松模様のデザインも沿線に溶け込んだが、それにつれて周囲は落ち着いたようだ。


天気の影響も強かったか、5月の頃に比べると撮っている人は少なかった。

沿線は雨にも関わらずそれなりに出ている人がいたようだが、寒さもあり大変だっただろう。


そこにやってきたのは、着実に数を減らしている新2000系。

それも方向幕装備の2両編成が先頭だったので、乗って移動…


というところで、ホームで雨に足を滑らせて転倒するハプニングが。

かなり身体が痛かったが、どうにか乗り込む。

それにしても、6月の時もそうだったが、新所沢はなんか色々ある。

ところでこの時の新2000系、2両編成ばかりがめだまではなくて…


本川越方に、当時新宿線に転属してきたばかりの2069F110周年記念トレインが。

2両編成と合わせて「チョコバナナ」と渾名されている編成であった。

この編成は、どこかで編成が全て入る撮影記録をしてみたいものだが…

8両編成単独の運用も多く、なかなか捕捉はしづらいようである。


さて、所沢では乗り換えついでに少し待ち…


渡り線を渡り、久しぶりに池袋線に入線。

今回はホーム中程から、安全に注意を払って出迎えた。

終始一般利用も多くて難儀したが、短い時間でいい記録ができた。


次の瞬間には、急行池袋行きが入線。


急ぎ4番線に移動し、発車直前のカットも。


入線から発車まで、わずか4分ほど。

忙しなかったが、ここは経験を積み重ねておいて正解だった。


去年のこの頃、こんな不思議なコラボもあったなw


さて、池袋線で飯能方面へ移動。

これまでは小手指で待避があったりしたが、今回は??

最悪、池袋線内での記録はできないか?と危惧したが…


なんと入間市駅2番線で待避。


基本特急しか入らないホームに入るという、極めてレアなカットが。

こうして、入間市〜飯能間で捕捉できることになった。


さて、これまでの経験からどこで捉えようか?

元加治も考えたが、ホームが狭いから撮り鉄が輻輳するとリスクが高い。

思案に思案を重ねて、向かったのは…

昨日、季節恒例のイベントがめでたく10周年!

毎年年始と夏の開催が定番化している鉄道イベント「恋する!たび鉄部」が10周年を迎えた。

それを記念して、今回のイベントは初の昼夜二部制による開催になった。


昼の部は都電おもいで広場に11:30集合…のところ、参加予定者の9割が20分ほど前に集合!

かつ雲ひとつない快晴で、鉄道界の最大雨男・栗原景さんが体調不良w

しかし、後々“かげりマジック”が意外なところに飛び火することに…


ここでは記念撮影をして、早々に都電で三ノ輪橋に移動。


都電が入ってきたタイミングで、自分だけ撮れたツーショットw


改めて昼の部の本会場は、三ノ輪橋の「都電カフェ」へ。

今回の10周年を記念して、イベントロゴがリニューアル。

デザインは北沢直樹さん。


そして、都電カフェ内のプロジェクターで振り返り映像を流すことになったのだが…

オオゼキタクさんのアダプターの問題か、画面がずっと緑のみになるトラブルが発生。

これが“かげりマジック”その①で、その様子を自分が「グリーン車」と呼んで収めることに成功w

ただ、後々旅報告で列車の色合いが伝わりにくくなり、苦慮する場面が見られたが。


たび鉄部ロゴリニューアルに併せて、ステッカーも制作された。

3人のキャラクターもデザインされた正方形は、来場者全員プレゼント。

ロゴステッカーも販売されたが、どういうわけかサイズ違いの3枚セットに…w


これまでの開催の変遷。

基本皆勤と思っていたが、2018年夏は平日開催になってしまい、仕事都合で泣く泣く欠席。

2023年夏のJAMも、確か仕事都合で欠席しているはず。

それでも、それ以外は万象繰り合わせて参加を続けてきた。


これまでの出演者の方々からのメッセージも寄せられ、懐かしい記憶が蘇る。

中には亡くなった横見さんの姿もあり、しんみりもしたが…


オオゼキタクさんは、都電ブルースを初披露w


物販ゲストには、人気イラストレーターの始発ちゃんが登場。


そして、夜の部の前には有志(主に母校同期&先輩たち)で近くの沖縄料理店で軽く呑み…


夜の部は、お馴染み青山の月見ル君想フにて。


振る舞い酒は昼の部からの通し参加者は特典サービス。

能登の日本酒「宗玄」が振る舞われた。


恒例の乾杯!


物販ゲストは、元小学館の江上英樹さん。

昨年横見さんが急逝して以来初めて会うこととなり、思い出話に笑う場面が。



今回のゲスト陣は、鉄道パートは全員が初登場!

漫画家のやすこーんさんと鉄道写真家の久保田敦さんは結構前から知り合っていたが、意外!


オオゼキタクさんのライブパートは、昨年1月以来の劇団・ネコ脱出の長谷実ヅキちゃんが再登場。

奇しくも昨日、ネコ脱出から「卒業」が発表されたが、しんみりせず明るく送り出すのは人徳かな。

もちろん会場でもしんみりしたことは全くなく、ますます溶け込み楽しむ強心臓ぶりは健在!


彼女との出会いで、昨年はネコ脱出を中心に出会いが増え、演劇関係の活性化に寄与することに。

そんな彼女のネコ脱出からの卒業は残念ではあるものの、悲観は全くしていない。

寧ろこれからの各方面での活躍に期待したいし、鉄道関係も増えてくれれば嬉しいのだが。


そして、人気YouTuberがみさんが遂に登場!

なかなか閉まらない踏切の話題をフィーチャーし、俄然旅欲が盛り上がる。


しかし、ここで“かげりマジック”その②が発覚。

がみさんはこの後「サンライズ出雲・瀬戸」で移動の予定が、なんと雪で運休!

よりにもよって出演者に影響を及ぼし、栗原景さんが大ブーイングを受けることにwww


だが、怪我の功名でがみさんは懇親会にも参加。

そのために、ただでさえ盛り上がる懇親会が俄然盛り上がったことは付記しておく。


やっぱり、何かしらいい意味での化学反応があるのがこのイベント。

コロナ禍の中断もあったが、それを経てより深く濃い稀有な集まりになった。

それはどうかこれからも1年、2年と言わず10年、20年と続いていって欲しい。

音楽関係の恒例が次々最終回を迎えている現状、数少ないレギュラーで楽しめる貴重な機会である。


懇親会にて、がみさんと。

純粋な鉄道系YouTuberの人に会うのは今回が初めてで、またご縁がひとつ繋がった。

これからも鉄道関係はここの基軸を大事にしていきたい。

当日、お会いした皆様に感謝!!

2025年10月というのは、いざ週末になると天気が悪かった記憶ばかりが残っている。
それでいて仕事に掛かり切りの平日は快晴ばかりで、なんとも恨めしく思ったものであるが。

10月25日土曜日、大崎駅

この日の東京も、朝から雨。

最低気温こそ12.0℃だが、最高気温は13.5℃(大手町)と朝から大して上がらず。

那覇で3日連続真夏日になったのとは極めて対照的で、なんと函館よりも気温が低かったという。

やたら寒かったなという記憶は、データ上でもあながち間違っていなかったのである。

そんなことでだいぶ動くことに逡巡したのだが、夜に池袋で俳優の星宏美さん主催のイベントがあり

その集合時間まで周辺で撮影することとした結果、割と手軽な大崎駅へ。

ここからりんかい線の撮影に取り組み始めたのだった。

(山手線環状運転100周年記念号も渋谷で迎撃こそしたが、ブレブレで大失敗したので)


しかも早速、70-000形2編成の並びから始まった。


もっとも、一番並びやすいのはこの大崎かもしれない。

前後して、7・8番線に並ぶ場面を撮ったりもしている。


これがさらに3編成とか並ぶとしめたものだが、どこかにタイミングがあるかな?

湘南新宿ラインなどが絡んで、遅延も多いのが悩ましいのだけれど。

4編成は…それは無いか。


と、7・8番ホームになにやら気配が。

なんと、鉄友が偶然同じ被写体にカメラを向けていたのであるw

10年以上にわたり大月、宮崎台など偶然の遭遇率があまりに高い一人。

ここで互いに目が合って爆笑、以降しばらく共に行動することになった。


一時期は毎日のように通勤利用していたこともあるりんかい線。

たった1ヶ月の出向だったゆえか、その記憶は限りなく薄くなってきている。

はっきり覚えているのは、警報誤作動に関与し始末書を書いたのと叔母が急逝したことくらいか。

たぶんりんかい線は、比率的に埼京線205系に乗った機会の方が多かったのだろう。

あとは、急な出向で定期代が一時的に持ち出しになったが、それが普段の3倍ほどに跳ね上がった為

思いの外(叔母急逝の絡みも加わって)やり繰りに苦心したことくらいだろうか。

遊びに利用するのは下町方面に比べたら格段に少ないのも、この時期の影響が濃いかもしれない。


それに、通勤利用の時は基本的に新宿乗り換えだったために大崎はスルーする傾向が強かった。

意識して足を運び始めるのは、目的は違うが2019年の暮れぐらいからかな?

単発で配給輸送を追ったこともあるけど、実際乗降したりする機会は思った以上に少ない。

気がつけば、205系もアッという間にいなくなってしまっていた。

今みたいに、前のめりで記録することも当時はほとんどしていない。


それだけに70-000形も優先順位は下位で居続けたが、ようやく記録を重ねて1年近くになる。


そして、友人と二人で十条駅へ。

これはなんだ??


そんな疑問もありながら、少し。


池袋側の踏切で、71-000形Z11編成を迎撃。

ただ、雨でブレが…


そして、なんとこの列車に別の友達が乗っていたことが後に発覚。

後からメッセージが来てまたまた大爆笑!


ただ、寒さは次第に身体を蝕み始め…


不本意ながら十条で鉄友と“切り離し”し、板橋駅近くの銭湯へ“臨時入場”。

一時温まってから再出場したところで…


板橋駅で70-000形Z6編成を迎撃。

そこへ…


71-000形が到着!

並びを狙ったが、タッチの差で並ばず。


やむなく71-000形に乗り込み、池袋へ。


本当はしばらく乗っていたかったが、向かう場所が駅から少々離れていたのでこれで打ち切り。

この後およそ3時間、たくさん呑んでたくさん食べ、たくさん喋って大満喫したのだった。


帰路、池袋駅で。


70-000形の夜の池袋駅撮影は、池袋在勤時にも無かったかもしれない。

もっとも2010年の在勤当時は、中央快速線201系引退直前でそちらはほぼ眼中無し。

205系も川越線内の踏切火災事故によるユニットの組み替えがあった程度。

夏以降から201系に関連して、京葉線方面の記録を増やしていったくらいである。


一瞬の“出会い”


偶然のタイミングが、こんなカットを収められることも。

すっかり酒に酔っていたはずだが、こうしたところはまだ鋭い感覚が残っていたのかな。


そして、そのまま来た上りで新宿まで一区間乗っていく機敏さも。

最近はお酒を飲んでも、あまりフラフラになるほど酔っ払うことがすっかりなくなっている。

そのあたり適正量を把握できているからか、この日は後半食べる方にシフトしていたからか。


そんな中で新宿に到着したが、やはり週末ということで21時を過ぎても相当忙しない。


寒さもあり、2番線で折り返したのを見届けて帰宅の途についた。


翌日も天気が悪くなきゃいいな…


と期待を込めていたが、その祈りはなかなか届いてくれない。

鉄道イベント最盛期の10月、なかなかうまくいかないジレンマと隣り合わせの休日が続く。

10月21日、上板橋の続き。

夕方にかかるにつれて、空は次第に暗くなるし、本数も増えるしでなかなかうまくいかなくなる。


そのまま上板橋で10000系11005Fを待った時のこと。

上り副本線の30000系が発車したところで、電車が来てしまった。

こんなコンマのタイミングの悪さも、記録の端々に起こるものである。


秋になり、やがて冬を待つ頃は記録可能な時間はどんどん短くなっていく。

それを見据えて、それでもなお確実に記録できる術を模索していく。


今度は、11006Fを出迎え…


これは下り副本線入線のため速度も緩み、まぁ及第点といったところ。


ここまで撮り、今度は待避の隙に下りホームへ。


意外に下りホームの成増寄りとかは、まだ未履修な部分が多い。

成増寄りから上り列車を撮るのは、今年の課題の一つである。


ここで10030系準急と接続。

準急が上板橋に停車するようになり、池袋〜成増間の速達利便性は少しばかり向上した印象がある。


そして、いよいよ更新車だから、と撮影を敬遠していられなくなってきた。

野田線同様、満遍なく記録を仕掛けていく時期に入っている。


ここで、成増まで準急で先行。

改めて、11006Fをホームで迎撃した。


一度入線してしまうと、成増駅下りホーム上で再び停車列車の撮影は事実上不可能。

こういったホーム構造上のポイントを予め理解しておくことも、この先大切なことになってくる。


そして、引上線に回送されていくところを見送り…


今度は10030系11031Fを迎撃。

この時点で、ホームドア設置に向けた点字ブロックの整備は終わっていた。

そして、昨年12月25日から2・3番線で稼働を開始したとの由である。

今ではこの構図で撮影すると、ホームドアが完全に視界に入ってしまう。


そして、夕暮はどんどん速くなっていく。

それにつれて、どんどんピントも合わなくなっていく。

11003Fを迎撃するが、やはりブレる。


この時は、先に引き上げていった11006Fが戻ってくるには少しタイミングが早かった。

10000系未更新車も残り3編成となり、並びはだいぶ希少なことになってしまっている。

いかに夏の並びが奇跡的だったことか!!


そして、泣く泣く見送って数分後…


11006F、3番線へ。


この11006Fも、8両は今年新製から40年。



この陣容のまま、とりあえず無事に2025年は乗り越えた。


昭和末期から平成、そして令和へ。

3元号を駆け抜けたロイヤルマルーンの通勤電車は、いよいよ大きな山に差し掛かる。


この日はこれで記録を終えて朝霞台から速やかに帰宅したが…

2025年はさらに、数度の記録機会を持っている。

そして、周りの動きもなお活発に。

公私の時間の割り振りに苦心しながら、暮れに向けて一層ノッチを上げていく。