3月ダイヤ改正後。
記録するものがなくなって張り合いを失くすか、他の視点に移してさらに注力するか。
近年は後者のパターンが多く、割合に張り合いを維持した生活を送れている。
ただ、地震など外的要因のブレーキもあったり、なかなか気難しいこともあるけれどね。
3月14日土曜日。
JRグループダイヤ改正の当日、この日は秩父に向けて足を運んでいた。
西武鉄道4000系の動向もそろそろ気掛かりではあるが、この日はもう一つ気になっていたことが。
秩父鉄道5000系の、装飾変更記念乗車券。
1999(平成11)年に、都営地下鉄三田線6000形を14両譲受。
このうち12両が3両編成4本に組成して導入され、2000系(元東急電鉄7000系)を置き換え。
2011(平成23)年の踏切事故で5004Fが廃車され、現在3本が運用。
全車1972(昭和47)年製で、都営地下鉄在籍時に京王重機施工による車体更新を実施。
旧国鉄・JR101系の1000系廃車後は、秩父鉄道線内の電車で最古参に。
かつ、都営地下鉄時代の在籍期間に比例する在籍の長さになってきている。
それらのうち5002・5003Fが今回、前面装飾を外し都営地下鉄時代の姿が再現されたのである。
5002Fが開業当初の赤帯、5003Fが1972(昭和47)年ラインカラー選定時の青帯。
末期の装飾がそのまま残る5001Fと共に、3形態の様相となった。
その装飾変更の記念乗車券が出たので、買いに赴いたのである。
購入は西武秩父駅至近の御花畑駅でも良かったのだが、丁度横瀬駅で直通の長瀞行きに接続したため
そのまま秩父駅まで乗車し、秩父駅で無事に購入と相成ったのである。
ちなみに、記念乗車券は3月23日までに完売。
早めの判断を取って正解だった。
しかしこの日は、記念乗車券さえ買えればすぐに帰ってもいい態勢だった。
実際この日、西武鉄道の「秩父漫遊きっぷ」しか買っておらず、西武秩父駅祭の湯でたっぷり休養し
西武4000系を買い摘みながら早めに帰宅する算段だったのである。
とりあえず御花畑駅までと、帰りの電車を待っていたら…
なんと、そこに来たのが5003F!
これもあり、急遽三峰口まで乗る方向にシフトチェンジすることに。
運転台は、ATSや無線、ワンマン機器に手が入れられた以外は都営時代のままのようである。
もっとも、都営三田線は今に至るまで最も縁の薄い路線であり、撮影した写真はごく少数残るものの
実際に乗車したかは記憶になく、秩父鉄道時代の付き合いのほうが遥かに濃い。
側面車号プレート上には社紋を追加、形式は4000番台を飛ばして5000系となった。
付番は羽生方から5000-5100-5200となっている。
前面装飾の無い顔は写真でしか見たことが無く、今回が初の遭遇となった。
前面帯のある顔に慣れ切っていたせいか、無い姿は実にのっぺりした印象である。
この日、デキ102単行による貸切のフォトランが行われていたが…
この秩父駅で、両者の並びを撮ることができたのも高収穫。
車内も、優先席の吊り革の交換以外ほとんど手がつけられていない。
それらの状況は、後刻三峰口に着いた後にチェックしていくことになる。
秩父駅では列車交換の関係もあり、8分ほど停車したためゆっくり撮影ができた。
11:22、秩父駅発車。
11:24、御花畑駅。
この日はここで多くの下車があり、この先は相当に閑散とした状況に。
SL運転再開前のオフシーズンは初めての訪問だったが、ここまで空いているのかと愕然とした。
影森駅では貨物列車編成が停車中。
羽生〜寄居間の東武東上線車両甲種輸送と共に、貨物列車の本格記録にはまだ着手できていない。
武州中川駅では、6000系と交換。
もっともこちらは、回送列車だったらしい。
西武101系の譲渡事例で、最も最上位の急行型として改造された同車。
中扉を埋め、西武10000系から転用されたシートを装備し、まだまだ活躍を続けている。
車齢半世紀超えをものともせず快調に走り続けてきたが、警戒信号にググっと減速すると…