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「育児書にない!&しゃかりき!」〜元塾講師&ASD母子&不登校勉強対策用のブログ

ASD当事者で、子供もASDです。元社会科塾講師です。
不登校の娘への授業記録、歴史の勉強で自分たちが勉強しやすいように情報整理した内容、ASDなりに勉強して生き抜いていきたいこと、についても語ります。

2025年春に、塾講師ブログ「しゃかりき!」と合併しました。

みなさま、本日もありがとうございました。 


今日から12月ですね。


今日から「ナポレオン」の映画が

始まりますね。


本当は観に行きたいですが、うーむ、

行けるかな…、という状態です。



不登校ですが、学校関係のことは

最低限しなきゃいけないので

それをすると娘が精神不安定になり

癇癪おこしやすくなるので。



ナポレオンは私の人生を変えてくれた

恩人なので


可能な限り

映画館で観に行きたいですが


無理だったら

絶対にブルーレイで視たい(可能なら買いたい)

です。



ナポレオンについては

よく私の思い出シリーズのマンガに

よく出ているので



古い作品もあるので

見ずらいところもありますが、

マンガもご覧頂けるとうれしいです。



ナポレオンが好きになった理由の話↓ 




ナポレオンのおかげで塾講師になった理由↓ 




自分らしく変わった話↓ 




ナポレオンについてのイラスト、マンガは
また描いていきたいと思います。



みなさま、本日もありがとうございました。


かなり久しぶりなのですが、
実録エッセイマンガの続きです。ニコニコ

かなり間があいてしまって
失礼いたしました。

小学校、中学校の
図工と美術の授業で
自分の「これから」を台無しに
してしまったシリーズの
第2部第5話です。

長々と続いてますが
必ず終わらせるつもりなので
がんばります。




第一回(第一部)はこちら↓ 




















今から思えば
夫や娘に悪いことしたな、と思います。


自分にとっての怒り対象は
本来は、小学生のときに私を
いじめた元同級生や
盗作冤罪をかけた
小学校の元担任なのに

それを私を大切にしてくれる家族を
被害妄想で困らせたり
私の作品を大切にしてくれる方々に
対して不信感を持ってしまったことが
私はすごく嫌でした。


自分にとって
好意のない人の思考に引きずられ
本来の素敵な人、善良な人を
信じられなくなること、

それが、いじめられた人の末路に
なることは、よくあります。


自分を悪く言う人の意見には
従うのに

自分をほめてくれたり
好意を抱いてくれる人には
不信感を持ったり
辛くあたってしまったり。

その好意を抱いてくれる人が差しのべた手を
手に取ることが
イジメや虐待を受けた人が
どれだけ大変か…は
当事者じゃないとわからないかも
しれません。


でも、自分から、きちんと
信じる人、信じない人を分けて
信じる人を大切にする!
と努力しないといけない!
と思ったのが、
自分がASDで、
多くの他人が
決して私を理解することはない、
とわかったからです。


たった1人でも私を助けようとしてくれる人、
好きだと言ってくれる人がいたら
その人の信頼に応えられるようにしたいです。


また続きが完成したら
アップしていきたいと思いますので
よろしくお願いいたします。ニコニコ

みなさま、本日もありがとうございます。




娘は小さい頃から工作が好きです。

ただ小さい頃は、

頭で思った図と、実際に作ってみたら
思った通りにならない、といって
大癇癪の毎日でした。えーん
しかし、工作そのものは大好きなので
制限すると、またしても、癇癪。えーん



なので
娘が工作をする=私にとっての恐怖、でした。

でも、小学生低学年くらいのとき

もしかして、合同な図形、相似な図形、
角度や比とか円周率とか、重力とか
数学的、理科的な知識をつけたら、
パニックにならずに工作をできるのでは?

…と気がつきました。爆笑爆笑爆笑


娘の癇癪はパニック由来で
パニックになるのは
「わからない」「わからないから不安」
なので。アセアセ



なので、工作は、
キット付きの簡単な工作以外は
「算数で比を習うまではやらない」
ことにしました。(比が最後なので。)


ただ、子供向けのキット付きの工作は
「物足りない」となり、
でも、大人向けだと「難しすぎる」だし、
自由にやらせると癇癪、

…と、娘にとっての工作は
「好きだけど、ストレス過多」でした。

娘には「工作を大人になっても楽しめるよう、子供のうちに嫌だ、辛い、などの
小さなトラウマを積まないようにしよう!」
として、約3年間、工作を封印しました。


そして、比まで教えたので、
娘は工作をしても
癇癪はおこさなくなりました。

ただ、道具の使い方(基本的な使い方は知っているが、ボンドの適量や、どのくらいの強度の素材を作ると自分の思う通りのものが使えるかの予測)が、わかってないことが判明したので
それは教えたら、

色々と作れるようになりました。


冒頭の、竪穴住居は
博物館のお土産で購入し
娘と一緒に作ったものです。ニコニコ


夏休みには
色々と工作もして楽しんだ娘。



最近は、自分でぬいぐるみを作ったり
ぬい撮りしたり、
ぬい撮りのための工作もしたりしてます。

以前行った博物館に
当時の町並みやムラの再現ジオラマを見て
それが実は個人でも作ることができることを
知り、ジオラマ作りにも興味をもち始めた娘。

しかし、ジオラマ作りは、子供にはまだ
難しいものも多いので
将来の目標として、今は工作や、ジオラマ構成を考えて楽しんでます。






みなさま、本日もありがとうございます。





娘はASDで、私自身もASDです。


そのためなのか、

ASDうんぬん関係なく

そういう性格に起因するものなのか?

…はわからないのですが


多くの人には有効な解決方法、

教育指導が

娘には有効でない、

むしろ、パニックのもとに

なるものが多々あります。

私にとってもストレスがたまる一方の

やり方のものです。




「娘には有効でない、むしろ、良くないもの、なのは経験上わかっていたが、

なぜ多くの子には有効な方法なのに、

娘にはそうでないか?の根本的理由」


がわからないため、

今まで黙ってましたが


でも、最近、突然、

「こういう理由では?!」と

ひらめいたこと、わかったことが

あるので、

ここで備忘録として

述べたいと思います。


合わない教育とは?


娘には有効でない教育指導とは


報酬系」、「罰則系」の指導です。



例えば

「次のテストでがんばったら、

好きなオモチャを買ってあげよう!」

とか

「旅行に行きたいんだったら、

○○することが条件」

「クラス優勝したら、

○○がもらえる」

とか、がんばったごほうびの報酬系のもの。


または


「次のテストで平均点以下なら

ゲーム機を捨てるよ!」

とか

「旅行は、○○しなければ

ナシだから」

という罰則系


幼児相手だと

「○○しないと、サンタさん来ないよ」とか。





娘の場合、

罰則系はもちろんのこと、

報酬系を提示されても

がんばれなくなります。



本人が元々言っていた、苦手な理由は



もし、○○できなかったから、××を禁止、という条件の場合、


○○できるようにしよう、


ではなく、


○○できなかった未来ばかり考えてしまって、


もうがんばりたくても、その未来に脳が支配されて、何も頭に入ってこなくなる。えーん



もし、○○できたら、△△△を買ってもらえる、という条件だと、


私は○○できることを目的としたいのに、

まるで△△△をほしいから、

○○をがんばったと条件を出した人に思われるのが屈辱だから、


○○をがんばるのが、

だめなことのように感じてしまう。ガーン

…と。



たしかにその通りだと思います。


私もそうだったから。



近所でクラスの大半の子が

通っていた人気の学習塾や

周りの友達(当時)がよくしていた

子供向けの通信教育系は

テストで良い点を取るとポイント制で

なにかの景品?商品がもらえたり、

そういうのが娘と同じ理由で

無理でした。


テストの点数が悪いと

みんなの前で晒される系の学習塾も

嫌でした。


(そのため、中3からは、

私は先生がひたすら解説のみして

の授業と、模試を受けて郵送で模試が帰ってくるだけでとくに先生からの指導もない、

予備校に通ってました。)


そのような塾や通信教育が

合う人には合うので

それが良いかどうか?の

話をしたいわけではありません。



今でも買い物のポイントカードとか苦手で

「ポイント集まってお得だから買い物を

するとなると、究極のお得は買い物をしない、だから、そもそも、必要なもの以外の買い物をしない努力をしよう。」

…という思考になってしまい、

ポイントカードも最低限しか

使いこなせない私…。






苦手な根本原因は?


話を元に戻します。


自分や娘が

報酬系、罰則系の教育指導が

苦手な理由はわかっては


苦手な理由根本的原因

わからないままでした。



でも、最近、

「ASDはマルチタスクは

苦手(な子が多い。)」

+

「ダブルバインドの教育は

子供に混乱をひきおおす」


ということが大きいのでは?と。



報酬系罰則系

本来はダブルバインドではないです。


「○○しないと、×××…」

もいうのは、

「○○をしてほしい」

という要求は1つだし、

マルチタスクでなく、

「○○をする」という

1つのタスクのはず。



しかし、ASDの娘のなかでは

「○○しないと、××は禁止」

「○○したら、△△△を買う(許す)」は

マルチタスクに感じてしまう。


現在「○○すること」と

未来の「××ができない」

「△△△を買ってもらう」が

並んでしまうんです。



さらに


どちらが発言者の目的か?が

わからなくなる。



「自分に○○してもらいたい」

のか

「××を禁止すること」(「△△△を買うこと」)


のどちらが真の目的なのか?

がわからなくなり、


発言者はそんなつもりはなくても

娘には、「ダブルバインド」のように

感じてしまう。



「多くの人間は本音を言語化して話さない。」

「相手の本音は察しなければいけない。」

というのは、経験でわかってはいるので。


でも、時間をかけて分析すれば

相手の本音はわかるけど、

会話しながらその瞬間にわかるわけでは

ないのがASDの娘。

(ASD全員が察せないわけではないです。)



…というわけで

正確には、ダブルバインドでは

ないのだけれど、

娘の中には

「××禁止」「△△△購入」という

実現する可能性もあるということは

発言者の真の目的は

「○○をできないようにさせているのでは?」

という疑いを持ってしまい


しかし、発言者の意図通り

「○○できるようにしてほしい」

というのも考えられるので


矛盾する意図に感じられ、

つまり、ダブルバインドと

感じられてパニックになるんだろう、と。



さいごに


夫(おとーさん)が娘に

報酬系、罰則系の指導を

やっしまうことがあり、

それを一度でもしてしまうと

娘の被害妄想がひどくなり、

毎日癇癪の嵐になることが

多々あります。



夫としたら、

報酬系に素直に従わないので

娘は

可愛げがない、偏屈、

罰則系に従わないと

娘は

ワガママだ!


と怒りだす。


報酬系、罰則系の指導さえしなければ

娘が本来されない評価なのに。


誰だって、自分に合わない指導を

されれば、発言者の思ったような

行動はできない。



多数派に合うものが合わないからこそ

発達障害なのに


多数派に合う教育で成果だせない、

自分の心を守るために癇癪おこしてるのに

それをワガママ、偏屈と言われても…。


それで娘と夫の二人が揉めて…の

毎日なので、

最後は私が二人に怒って、


娘と私は話し合い、

夫は怒って他の部屋に行く…

という感じ…。




私が報酬系、罰則系の教育指導は

他の子には有効でも

娘には有効でないと

確信したので


最近は

「○○してほしい」なら「○○しなさい」

とだけ、


「××をやめてほしい」なら「××はダメ」

とだけしか、私は娘には要求しません。


「○○してほしい」「××はダメ」な理由は

話しますが、

大人になると納得できる内容でも

社会経験がない子供だと

創造力の限界もあって

完全に納得できる内容でなかったりします。



なので、そこらへんの加減は難しい

けれど…。



他人から見たら

「要求しか話さない母親はなんて横暴でしょう!」と見えるかもしれません。


でも、娘には合う指導方法で

これからもがんばっていきたいなぁ、

と思います。爆笑




みなさま、本日もありがとうございます。


以前のブログでも話ましたが


最近は、自由時間があるときには

裁縫をしています。ルンルン



元々は、不登校の娘に裁縫を教えられるよう

苦手な裁縫を一から勉強して

練習する、のが目的でした。



しかし、それよりうんと前から、

自分が大学生のときから



歴史の服装を着たぬいぐるみ

ほしいなぁ、と思ってました。ニコニコ



市販で探してみると


江戸時代の服装っぽい服を

着ている人形は見かけます。


よく、海外のお客さんが多い観光地の

お土産屋さんで見かけるタイプのもの。



でも、それ以前の歴史の服装となると

なかなか見つからない。


博物館の特別展示で限定品で

見かけることはあるけれど。




じゃあ、

自分で作ってしまえば良いだろう、と

思いつつも…



サムネイル

自分なんて

裁縫ができるはずもない!


…と、自分で自分の行動を制限してしまってました。





でも、裁縫が上手い、下手はさておき、


できるようになってきたラブ


…という感触になったとたん



「右利き用の裁縫の本を読んでも

自分の中で構築できる。」と

いう状態にもなることできました。


そして、色々と作るように。


私が裁縫得意になれば

娘に教えられる範囲も広がりますし♪ニコニコ



最初は、一般の服装を型紙を使って

…としました。




シルバニアファミリーに。
(娘も一緒に作ってます。)



そうすると、
だんだんと、「

たぶん、こういう風にすれば、こ
の服装は作れるんじゃね?」と
自分なりに型紙を構築して
作ってみることもできるようになりました。


市販のポケモンのぬいぐるみの
大きさを測って
自分で型紙を考えて縫い縫い♪

失敗もたくさんしましたが

失敗込みで楽しくなった裁縫。

「失敗込みで楽しい」段階までいけば、
あとは上達するだけなので
たぶん上達するはず…?♪


この段階までいくのが難しいところ。
教育としても
生徒さんや子供をその段階に持っていけるか?
が教育者の腕の見せ所だったりします。


ま…今回は
自分が先生で、自分が生徒、
なんですが。(笑)

最近のヒラヒラタイプの浴衣。
ポッチャマは何を着てもかわいい♪



ナポレオン1世の戴冠式の服装。
ブースターも何を着てもかわいい。


飛鳥時代の女性の服装。
飛鳥時代の服装って一番すきなんです。

ヨーロッパのどの時代か?は問わないドレス。



最初は、シルバニアファミリーや
ポケモンのぬいぐるみに着せていく…
という形をしていましたが、



そういうことをしていくと
だんだんと
自分の作ったぬいぐるみにも
服装を着せたい!
という欲求になるんですよね。

それで
最近、流行りの推しぬいを
がんばって作成。
(ボディは、既製品。)



初めて刺繍で顔を作ってみました。
オリキャラのまじょしゅるさん。(人間バージョン)




他にも作ってみました。(まじょしゅるさんは、おだんごがまだない。)
飛鳥時代の服装。(右の服は、最初はポッチャマに着せていたもの。)




奈良時代??な服装。まだまだ努力中♪


やはり飛鳥時代の服装好き。
色は実際の色じゃないけどね。
でも、ピンクかわいい。






次の段階は


一からぬいぐるみを
作ること



もっと服装をリアルに
裁縫すること


の2つです。口笛ラブラブラブ口笛


絵も歴史風のものを描いてます。


現在休止中の
クリエイター活動、同人活動ですが

歴史のかわいいイラスト、グッズ、
歴史のテスト勉強向けのマンガ作成

…をして、どこまで稼げるか?は
わからないですが

「私はこの力でお金を稼ぐことができます」
といえる力を手に入れたい!
と日々がんばってます。


もう、したてに出たり、心のきれいさを
優先しない。

自分の力で芸術や学問の分野で
お金を稼ぎたい!
…と努力することの何が悪い!と。

狭き門だから…と言われても

でも、
子供を他の教育機関に預けて
自分はお仕事に行く!という
広き門でも入れない私なんだから

狭き門とわかって
入れる努力をしたほうが

精神的には楽かも?と感じです。

なれるか、なれないか?は
わからないけど

自分がなるための
アクションをおこさないかぎり
なれないのは100%のままなので。爆笑

みなさま、本日もありがとうございます。


2ヶ月ほど前に描いた作品でしたが
こちらのブログにアップをしていなかったので
アップいたします。


もう20年くらい前の話に
なりますが、私が大学受験の試験会場で
なぜ?と不思議に感じた話です。




センター試験は
当時、学校ごとに申込をしてたので
同じ学校の人は同じ試験会場でした。

ただ、同じ教室内には
別の高校の人もいました。

たぶん、自分たちが
受験番号が高校内では最後の方
だったからかもしれません。

誰かに話しかけるわけでもなく
私たちの高校名を名指しで
馬鹿にする言動で…。


模試ならまだしも
本番で、しかも、
国公立大なら大いに合否に関係するセンター試験、私立大ならセンター試験受験という形で、遠方の学校にわざわざ試験会場に行かなくてもセンター試験結果で合否が決まる(つまり、滑り止めのために受ける大学は、わざわざその学校の過去問対策しなくても合格できる可能性がある)というセンター試験。

そんな、自分の一生を大きく左右する
大学入試センター試験の日に
なぜ?!

休み時間に友達と話す余裕は私には
ありませんでした…。



未だに彼女たちの発言の真相は
わかりませんが、
とりあえず、試験直前の勉強は
その教科のモードにしたいために
しているのに…????
…だったので、今更ながら
あの人達が言うように
自分は馬鹿なのか?と心配になりつつも
まあ、他人の意見に惑わされず

これからも自分なりに
正しいと思う勉強を
続けていきたいし

娘にも教えていきたいなぁ
と思います。ニコニコ


教える方が精神ブレブレだと
教えられる生徒のほうも
精神不安定になりやすいので。

みなさま、本日もありがとうございます。


今日は七夕ですね。


去年は七夕についてのマンガを描いたり

してました。


七夕についてのマンガはこちら↓ 



七夕は元々、裁縫や書道の上達を願う行事
ではあったのですよね。


今の私は、裁縫と書道の上達を願っている
ところなので、まさに大切な七夕の日♪


裁縫は前回の記事でも書いた通り
不登校の娘のために裁縫の腕を上達して
きちんと体系的に教えられるようになりたい、
という気持ちがあります。




書道についても
裁縫のときと同様、
左利きの私を否定する存在であったので
最近まで書道は嫌いでした。


文字を書くのは好きだけど
利き手でない手で文字を書くのは苦痛でした。


でも

書道については
色々と歴史を調べてみたら
かなり奥深く、
中国史とリンクしているところがあり
面白い、とわかりました!

他の人に迫害されないために
字を利き手でない右手で上手く書くとか
自分の心を字を通して字を書くというより
というより
古典を知るために、
深く味わうために習字をする、
…と視点を変えたら、かなり
楽しくなりました。

こう小学校の先生が教えてくれたら
習字を右で書くことも
大変だけど苦痛ではなかったかな?と。

習字や裁縫そのものが
私を否定するのでなく
左利きの人格否定をした
小学校の先生が
私にとっては苦痛な存在だったわけで
習字や裁縫とは友達でいられたんだよな、と。

今まで習字や裁縫のことを
憎んでごめん、
私が勝手な思い込みで
習字や裁縫に冤罪をかけていた、
と今になって大反省です。えーんえーんえーん


まあ、ただ、小学校の先生に色々と
要望しても
…とは思いますが。
背景より手段のみを教える、というのが
私の小学校のときの先生たちだったので。


左利きであるので
右利きの文化を実践するときは
右手でやらないといえないことは
わかってます。
右手でやる努力もします。

でも、それは「右利きの文化」を知るために
やるわけで、
「左利きの人は右利きの人より劣っている」と
右利き優性説の人の考えを
認めるわけではないのです。

左利きの私のまま、
右利きの文化を嗜んだって
いいじゃん♪と。口笛口笛口笛


なので、今日は
左利きのスタンスのまま、
裁縫と習字の上達を祈る日
したいなぁ、と思います。、ラブ

みなさま、本日もありがとうございます。


前回の続きです。

今回は第四話の後編です。


今回で、このシリーズは終了になります。

ご覧頂き、ありがとうございました。


音楽理論がわからなかった話 第四話2

前回からの続きになります。









学校の先生が、
「なぜ、そういう説明をしたか?」
というと、

先生は音楽が得意だから
音楽の先生になったか、
音楽は得意じゃないけど
小学生の先生になりたかった、
のどちらかかな?と思います。

得意な人は、自分がわかっていることと
他人がわかっていること、わからないことの
見分けがつかないと、教えるのって
難しいんですよね。

私以外のクラスメイトは
「事実を事実を受け入れることができる」人達が多かったので、
当時の私みたいにパニックに
ならなかったのかも?とは
思います。

ただ、音楽を教えてくれた先生は
小5▪6の担任の先生ではないので、

私自身は
「音楽理論はわからんなかったけど
音楽理論がトラウマになったり、
のちのちに大人になったときに
音楽関係で癇癪おこすことはないので
別にその先生に対して、
なんの恨みも不満もない」
という形になりました。

やはり、先生が生徒に
「人格否定」をしたり
「冤罪」をおしつけたりすると
後々まで生徒はひきずるなー、と。
私自身は
わからない授業が嫌なのでなく
わからないことで自分を否定される授業が嫌でした。



ではでは、5回にわたり
ご覧頂き、ありがとうございました。


また、不定期ですが
実録エッセイマンガは
作成してアップしていきたいと
思いますので
よろしくお願いいたします。

みなさま、本日もありがとうございます。



今回も前回の続きで

音楽理論がわからなくて

困った話の続きです。


今回は第四回です。


本来は第四話で終わりなのですが

第四話はページ数が多すぎたので

二回にわけてアップいたします。



音楽理論がわからなかった話 第四話1













私はかなり、新しい情報を入れるのが
苦手です。

色々な方々と話をしていると
「これはこういうものなんだ」と
素直に受け入れることができる方も
多いんだな、という印象を受けました。

確かに、「受け入れてから考える」
「受け入れたからこそ、発展した考えを
することができる」
とは思います。

ただ、それが、私の場合、
どう努力してもできない。

発達障害ゆえなのか、
私個人の問題なのか?は
わかりません。

私の場合、
「実際に正しいか?」は
別として
「受け入れることができる体制」までは
自分で持っていかなくちゃいけなくて、

それが今回だと
「0という存在がなかったときの数学の世界」を自分なりに考えることだったんだな、
と思います。

続きます。

みなさま、本日もありがとうございます。


本日も前回の続きで、音楽理論が

わからなくて困った話です。

今回は第三話です。



前回はこちら↓ 





音楽理論がわからなかった話 第三回


学校や習い事ではわからないまま
放置してた音楽理論ですが

きちんと本を読んでいたら大丈夫、
と思って本を読んでみましたが

わからないことだらけ…の話です。。








続きます。