リベラルを

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最近、選挙の前にしか更新していない・・・

 

以下に記す問題意識は日々抱いてはいるものの、選挙直前にならないと

その考え方をまとめられないというのは、「夏休みの宿題いつやるの」問題が

いまだに改善できていないようで (汗)

 

さて、最近気にしている法律に「労働基準法第34条」がある。そこには

 

使用者は、労働時間が六時間を超える場合においては少くとも四十五分、八時間を超える場合においては少くとも一時間の休憩時間を労働時間の途中に与えなければならない。

 

と記されている。この定めに従って、

某精密機器メーカーの場合

 

・勤務時間は8時半~17時

・そのうち休憩時間は12時~13時

 

と定められている。

これを勝手に、

 

「渋滞を避けたいから、仕事を16時55分に切り上げることにして

その分、昼休みは55分までにしておこう」

 

と変更すると、労働基準法に違反することになってしまう。

 

わたしは休憩時間を5分短縮されたところで

わたしの健康に危害が加えられたようには思えないので

ぜひ、労働規制緩和してもらいたい。

 

しかし、ここで単純に労働基準法34条だけを撤廃して

休憩時間についての規定のみリベラルにしてしまうと

「休憩なく労働させられてしまう」という問題が発生するので

前記労働規制緩和のためには、

労働基準法から「休憩1時間」という文言を消しても

休みたいときに休める、という大枠でのリベラルが担保されていないといけない(※)

 

さて、これを担保するのは大変なことだ。

制度設計としては、雇用の流動性を高め

「労働条件の良さが競争されるようにする」ように仕向けることが考えられるが

そのことよりも

「日本文化の悪しき側面(集団同調第一主義)を正す」ための教育

が大切だと思う。

 

しかし、「悪しき側面のみを正す」なんて都合良くは出来ないだろうから

・集団同調が生み出す「美しさ」をとるか

・リベラルが生み出す「安心」をとるか

どちらか選択しなければならない・・・と、そんな風に考えている。

 

 

(※)

休みたいときに休める、という考え方のほかに

業務の正確性、安全性を担保するために「休ませる」という考えがある。

 

たとえば厚生労働省のホームページには・・・

 

・平成24年4月29日に発生した関越自動車道における高速ツアーバス事故を受けて開催されたバス事業のあり方検討会の結果を踏まえ、国土交通省は、この度、新たに高速乗合バスの交替運転者の配置基準を定めるとともに、貸切バスの交替運転者の配置基準を改正しました。これらの配置基準は、平成25年8月1日(一部は平成26年1月1日)から適用されます。

・これらの交替運転者の配置基準を遵守することは、バス運転者の労働条件の向上にもつながると考えられますので、厚生労働省においても周知を図ってまいります。

 

とある。  一方で、労働基準法 施行規制32条には

 

・労働者のうち列車、気動車、電車、自動車、船舶又は航空機に乗務する機関手、運転手、操縦士、車掌、列車掛、荷扱手、列車手、給仕、暖冷房乗務員及び電源乗務員(以下単に「乗務員」という。)で長距離にわたり継続して乗務するものものについては、法第34条の規定にかかわらず、休憩時間を与えないことができる。

 

となっている。 

 

現代の安心と安全を担保する両面から、

「昭和22年に制定された古~い労働基準法を改正しよう」

という強い意思をもつ方を応援したい。

 

 

神は心の中に

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日々思っていることをなかなか書き留められずにいるが
参院選の前に、なんとかまとめてみたい。

人の形をして、すべてを知り、判断を絶対に間違わない=「神」
は、人の心の中(想像上の物語)としてしか存在しない
・・・と、私は考えている。今のところ。

したがって、参院選立候補者、あるいは政治家みなさんの中に
「実は僕、神なんですよ」という方はいないと思わざるを得ないので
「政治家皆さんは、常に正しい判断を下せるとは限らない」のであろう。

なので、どうも
「(私たちは間違えないので)この道を真っ直ぐ行くしかないんです!」
と言われるとどうも腑に落ちない。

とはいえ、政治家にはカリスマも必要なので
自分のことはあまり悪く言えないのであろうから、
せめて、身内の行った判断を是々非々で語ってくれると信用が増すように思える。

逆に、
「祖父のやろうとしたことは、皆、正しい」
という態度の世襲議員は、ますます信用ならないのではないか。

もしかしたら、お爺様はとても仁徳がある方だったかも知れないが
お爺様の取り巻きが偏った情報しかインプットしなかったせいで
正しい判断ができていなかったのかも知れない。

現在のマイナス金利政策も、偏った入れ知恵のもとにオペレーションされ、
壮絶なギャンブルに首を突っ込んでいまいか?

また、原発問題のように、現代科学でリスクアセスをすれば
そんなギャンブル絶対できません・・・というように
絶対的に知識が足りなくて、判断を誤ったという例もあるのだろう。

政治オペレーション能力(仁徳、人脈、体力、気合、経験、、、)と、
やったことが結果的に正しかったかどうか=判断能力
は全く別物である。

選挙の前に、大切だと述べたいことは以下の2点である

1)為政者は全治全能ではないから、大きすぎるギャンブルは
  勝手にオペレーションできないようにルールを定めておく

2)ギャンブルの負けに気付いたとき、破綻するまで続けないで
  政策の誤りを認めて、異なるオペレーションが出来やすいようにしておく

個々の政策について、自分と考えが全部同じ!という候補者はいないし
比例区は候補者皆さんの考え方を調べること自体、なかなか大変なのだが
なるべく上記の考えに最も近いと思える方を探し、投票に臨みたい。


デモに参加された皆様お疲れさまでした。

このことを報じたニュースについて、多くの友人が自身のページにリンクを貼っており、
私の考えをまとめてみたいと思いました。

今回の安保法案は、9月中に成立するでしょうから、その法律群や
その礎となっている2014/7/1の閣議決定自体を亡きものとするためには
次回の参院選と衆院選に、今の野党側が連勝する必要があります。

そのために、デモに参加された皆さんや、それを支持された方々は
以下の行動を着実に実行すべきです。

1.少なくとも、国政選挙では、必ず「民主党」に投票する。
  
  この提案では、「民主党」と一つに絞っていることが重要です。
  実力的には、共産党にも全選挙区に候補者を出す能力がありますが、
  今の選挙制度の下では、反自民票が2つ以上に分散してしまうと
  死に票が出て自民党に勝てないので、絶対1つに絞らねばなりません。

  (実は必ず民主党でなくても良いのですが、とにかく死に票にならないような
   投票行動が重要なので、このことを野党指導者はよく考えてください
   そのことに関する提案はコチラ)  

  また、自民党(または現執行部)の勢力を削ぐことも肝要なので、
  地方議会選挙でも、自民党を勝たせないことが
  サポート要件になるでしょう。


2.全国津々浦々を回って、デモ参加者1人あたり、
  60人のお爺ちゃん、お婆ちゃん(現・自民党支持者ならなお良い)に
  上記の投票行動を実行してもらう。

  これはデモに参加するより遥かに大変なことですが、
  この行動をどれだけ頑張れるかが、あなたがどれほど
  「安保法制に反対なのか」のバロメータになります。

  この提案では「全国津々浦々」というところにポイントがあります。
  都市部で、いくら賛同が得られても、現在の選挙制度の下では効果が薄く、
  1票の価値が高い地域で、キャンペーンを成功させる必要があります。

  前回小選挙区の得票総数は自民2500万に対して民主1100万なので
  12万×60人=720万票を無駄なく自民⇒民主に移行できれば、
  選挙に勝つことが出来るハズです。

  デモ参加者には優秀なソフト開発者もおられるでしょうから、オープンソースで
  「どの地域で、どれくらいの人に、次回の投票行動を促したよ!」という
  ゲームを作って、楽しみながら、有効にキャンペーンが展開できるよう
  考えてみてはいかがしょう。
  

よもや、次回の参院選でも自民党が圧勝し、正々堂々と
「憲法を改正して」集団的自衛権が行使できるようになる・・・ということを
今回デモ参加者の皆さんは、何としても阻止しなければならないはずで、
そのために、どうすれば上記の様なことが実施しやすくなるのかを知恵を絞るべきです。
今年の終戦記念日(この呼び方が好きではないが)は、
例年より怒(いか)らずに過ごすことが出来た。

戦後70年談話が発表されたおかげで、例年の
「あの戦争は悲惨だったんじゃよ・・・2度と戦争はいけない」という紋切型の
街角インタビューが減って
「あの惨劇を繰り返さないために、誰が何をどう反省するのか」を考えるための
題材になる報道特集が多かったように感じるから。

安倍首相も冒頭で
「その歴史の教訓の中から、未来への知恵を学ばなければならないと考えます」
と述べているわけだから、ここは是非、来年から中学校の教科書に全文掲載して
5時間は必ず内容について議論するように指導してはどうか。

以下、5時間で議論してもらいたいポイントを5つ列挙してみる。

私が教諭ならば、まず談話の第二段落
「日本はアジアで最初に立憲政治を打ち立て、独立を守り抜きました。日露戦争は、
 植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました。」

に着目して、

1.このとき、まさに先の大戦における悲劇の芽が生まれていたはずなので、
  その芽にはどんなものがあったと考えられるか


を議論させたい(副読本は、「坂の上の雲」か)

その際には、日本人には「死にもの狂いで」頑張れる性質があること勘案に入れた上で
議論が展開されるように指導する。 つまり、

2.日本には「命を捧げることは美徳である」という文化があり
  先の大戦の悲劇を経てもなお「命を大切にしなかったこと自体」を反省する風潮は
  全体としてあまり感じられない。(ひょとしたら、反省の項目にさえ挙がっていない?)
  その証拠に今でも「必死に頑張れ」とか「当たって砕けろ(玉砕)」という言葉を
  平気で使っている。


ことを意識させる。

次に、談話の中段
「日本は、孤立感を深め、外交的、経済的な行き詰まりを、
 力の行使によって解決しようと試みました。
 国内の政治システムは、その歯止めたりえなかった。」

に着目して

3.「力の行使によって解決しようとしない」という思考を国内で維持し、
  外国の方々(特に隣国の首脳陣)にもそう思って頂くには
  どうすれば良いか? それは可能なのか?


4.もしそれが不可能だった場合、暴走に歯止めをかけるには、
  どのような政治システム・憲法・あるいは憲法解釈(笑)
  があれば良いのか?


を議論してもらいたい。

そして最後に、2.の観点に戻って

5.「美しき日本の文化を誇りに思うこと」と
  「先の大戦の悲劇を繰り返さないこと」の両立


について考えてもらって、授業を終わりにしたい。